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「上戸、任せたわ!」
「おう、任されたぜっ!」
 待望のタッチを受けて飛び出した上戸は、
 朦朧としながら赤コーナーに向かって這い進むジョーカーの首根っこを掴んで強制起立。
 ダブルアームスープレックスで軽々と投げ切り、フォール……には行かず、
「お返しだぜ!」
 控えていた真帆をラリアットで叩き落とした。
「何するんだっ!?」
 怒ってリングに入ろうとする真帆を、レフェリーが必死にロープ際で食い止める。
 先ほどまでとは完全に逆の状況が現出したところで、ダメージをおして内田が入って来た。
「いいのかよ?」
「ええ、お返しの時間だわ!」
 上戸がジョーカーの両足を掴んで振り回し、徐々に速度を上げて行くのを、
 内田はニュートラルコーナーで観察。
 最高速に達したのを見計らい、側頭部へのドロップキックをやり返した。
 更に二人掛かりで引き起こし、ダブルのブレーンバスター。
 真帆に見せつけるように高々と持ち上げ、勢いよくマットへ叩きつけた。
「お前ら、卑怯だぞっ!」
 自分たちのことを棚に上げて抗議する真帆を完全に無視し、
「おいおい、もう決めちまうか?」
「そうね、大した相手じゃないわ!」
 上戸と内田はさっさと仕上げにかかる。
 ぬいぐるみか何かのようにジョーカーをあっさりと持ち上げ、パワーボムの体勢。
 そこで向かい合った内田が力一杯垂直に飛び上がり、ジョーカーの両肩に手をかけつつ開脚して尻餅をつく。
 リングを揺らしたダブルのパワーボムに、観客席から大きなどよめきが沸き起こった。
 そして、完全にKOされたジョーカーを上戸が思い切り押さえ込む。
 もはやジョーカーはピクリとも動かなかったが、内田の妨害をくぐり抜けた真帆のカットがどうにか間に合った。
「起きろぉッ!!」
 真帆は上戸を突き飛ばしてジョーカーに馬乗りになり、その頬に向かって力一杯の張り手。
「ぶふぅっ」
 手形がはっきり残るほどの一撃は、トドメになったかと思われた。
「お前は黙って見てろ!」
 上戸が真帆を引き離して場外に落とし、今度こそ内田が釘付けにする。
「観念しなっ!」
 再度、上戸がジョーカーを持ち上げてパワーボムの体勢。
 こうなっては、フォールが取れるまでエンドレスで叩きつけられることになる。
 しかし真帆の一発が気つけになり、ギリギリのところでジョーカーが目を覚ました。
「うおおおっ!」
 最初のパワーボムを投げっ放しのフランケンで切り返して見せ、赤コーナーへ飛びつく。
「悪い、しばらく任せる……ッ!」
「やってやるぞ!」
 すかさず内田を振り払った真帆が駆けつけ、タッチ成立。
 茶色の長髪を靡かせてロープを飛び越えると、真帆は一直線に上戸へ突進。
 上戸はこれを肩口で受け止め、ロープを指さした。
 その通りロープに走ってタックルを仕掛けてきた真帆を、やはり仁王立ちで受け止める。
「お前、もう一回行け!」
「次はそっちが行け!」
 二人それぞれがロープを指さした末、結局互いにロープへ飛ぶ。
 リング中央で激突した二人は少しよろけたが、それを隠すようにすぐ歩み寄り、額をつけて睨み合う。
 そしてどちらからともなくヘッドバット合戦が始まり、それに段々とナックルパートが混じり、
 終いにはほとんどショートレンジラリアットのようなハンマーブローで殴り合っても、互いに譲らない。
「ふぅ、ふぅ……」
「はぁ……くっ……」
 相打ちから同時に手が止まり、腕をだらりと下げて見合う。
((負けるかっ!))
 真帆が更に振り回した右腕をかいくぐり、上戸は真帆を両肩の上に担ぎ上げた。
 が、背骨が軋みを上げる前に真帆は上戸の背中を滑り降り、振り向いた上戸の首に両手をかける。
「ぐ、おお……」
「ふんぬッ!!」
 歯を食いしばり、真帆は首を掴んで上戸を投げ切った。
 しかし、ロープに飛んで追撃をかけようとしたした真帆へ、上戸はカウンターのニーリフト。
 体をくの字に曲げて悶絶した真帆は置いて、ここで上戸は内田へタッチ。
 まずは膝立ちの真帆の足へ鋭いローキックを放ち、真帆がこれに耐えて強引に立ち上がった瞬間、
 下段を意識させて無防備になった顎へ的確に決まるローリングソバット。
「うわっ!?」
 内田が出てきたことで、試合の流れがぐっと引き締まった。

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by right-o | 2010-09-06 00:55 | 書き物
「余計なことを考えてるんじゃないですか?」
 珍しく、試合前の控室で寝ずにいるジョーカーに、自分の試合を終えて帰ってきた小川が話しかけた。
「ん?」
「勝つことだけを考えろ、と初日に言われた気がするんですけど」
「……状況が違う」
 ジョーカーは座って爪を噛みながら、含みのある微笑を浮かべる小川に返す。
「勝ったところでこちらに優勝の目は無い。相手の足を引っ張るだけだ。
 そしてどっかの誰かがコロッと負けたもんだから、これがウチとしては最後の試合。
 ……どうしたもんかねえ」
「なぁんだ。要するに、好き勝手できるってことじゃないですか」
「……ああ?」
 爪を噛んでいた口が止まった。
「ふん、そうか。勝っても仕方が無いってことは、勝つ必要も無いってことか」
 首を振って立ち上がったジョーカーに合わせ、こちらはいつも通り丸くなっていた真帆も跳ね起きる。
「お前、たまにはイイことを言うな」
「勝者の余裕、ですね」
 したり顔で言い切った小川の頬を、ジョーカーと真帆は左右から抓り上げた。


 八千人超の観客の中でも、二人はあくまでふてぶてしい表情を通した。
 時折真帆やジョーカーを呼ぶ声がするのは、あのいつもの会場から応援に来てくれたファンか、
 それともこの大会が始まってから増えたファンだろうか。
(どちらにしても、期待には応えるさ!)
 もはや優勝は無いとわかった自分達を応援してくれるファンへの決意を新たに、
 ジョーカーと真帆は二人揃ってトップロープを飛び越えた。

 先に入場しているラッキー内田とマッキー上戸のタッグには、まだ優勝の可能性がある。
 というか、勝てば永原&越後と同点で並ぶ。
 ちなみにジョーカー組が勝っても同点だが、直接対決で負けている分で優勝は無い。
 内田&上戸は永原組に引き分けているため完全に横並びということになるのだが、
 その場合どういう扱いになるのかはわからない。
 さて、そんな内田と上戸にも、大舞台で緊張しているような様子は伺えない。
 青コーナーを挟んで静かに佇む内田と、遠目にも熱を発散している上戸。
 対照的な二人が、不思議なことに立っているだけで呼吸が合っているように見えた。
(ふん)
 楽な相手でないことはわかっていたが、そうでなくては張り合いもない。
 ジョーカーも真帆も、自然唇の端から犬歯をのぞかせていた。
 好き勝手に暴れてやる。
 言葉にするまでも無く意思は通じたが、それだけでは通じきらない部分を、
 ジョーカーは小さく目くばせすることで補った。

 越後・永原戦に引き続き、再度ゴング前の奇襲。
 先発を譲った内田がコーナーに控えるため背中を見せた瞬間を狙う。
「てめ……うおっ!?」
 一直線に内田の背中へ殴りかかろうとするジョーカーに上戸の視線が逸れたところへ、
 不意を突く形で真帆が刺さった。
 スピアーで倒した上戸をリング下へ転がし、真帆とジョーカーは内田を捕獲。
 両側からトーキックを打ち込んでロープへ飛ばすと、
 跳ね返ってきた内田の左右の足をそれぞれで抱えて持ち上げ、背後に倒れる。
「つっ……!」
 無理矢理に急上昇急降下させられた内田は、体の前面からマットに叩きつけられた。
「「いくぞッ!!」」
 二人同時にヘッドスプリングで立ち上がると、内田の左右に分かれてロープへ走り、
 起き上がろうとして浮いた内田の頭を挟み込むように、滑り込んでの低空ドロップキック。
「空を飛ばせてやるぞっ!」
 ふらつく内田を強引に引き起こし、真帆は一息で右肩へ仰向けに担ぎ上げた。
「ちょ……っ!?」
 場外で立ち直った上戸に向かい、真帆はリング内から内田を投がい。
 ジョーカーが「国境越え」と名付けた、投げっ放しのフォクシードライバーである。
 そして上戸が見事に相方を受け止めた時、ジョーカーと真帆は反対側のロープに背中を預けていた。
 二人同時にロープの間をすり抜け、真帆は一直線に上戸へ、ジョーカーは背中を丸めて内田へぶち当たった。
 トペ・スイシーダとトペ・コンヒーロの編隊飛行。
「大したことないぞ!」
「お前らに優勝はさせられないな!!」
 好き勝手を言いつつ、二人は上戸を引き摺ってリングへ戻す。
 まずは完全に先手を奪った。
 ここで一旦真帆が下がり、ジョーカーは上戸をニュートラルコーナーに座り込ませ、その顔面を靴で擦る。
「ほら、どうしたッ!?」
 足で上戸の顔を何度も擦り上げてから、反対側のロープ、つまり青コーナーへ飛ぶ。
 コーナーに戻って来た内田を肘で場外に押し戻しつつ反動を受け、助走をつけての顔面ウォッシュ。
 と同時に赤コーナーからエプロンを走り込んだ真帆が、
 ロープの外から両足を差し込んでドロップキックを合わせた。
「何しやがんだてめぇ!!」
 ここで上戸は真帆の方に突っ掛かって行く。
 不意打ちのスピアーから溜まっていたものがあったのだろうか。
 てっきり自分の方にくるものと思っていたジョーカーは拍子抜けしたが、
 そういうことなら、と、背中を見せた上戸を放ってコーナーに戻り、真帆にタッチ。
 が、相手のコーナーからも声がかかった。
「上戸、交代を!」
 パートナーの気性とダメージを考慮した内田が手を伸ばし、上戸はそれに従った。
 かなり気が強いと思われた上戸が大人しく引いたのは意外である。
 ここまでに上戸と内田が築いた信頼の現れか。
(しかし、それじゃあ面白く無いな!)
 真っ直ぐ向かって行った内田は、同じく飛び出した真帆が振り回した右手を屈んですり抜ける。
 そのままロープの反動を受けようとした時、その背中をジョーカーが蹴った。
「ぐっ」
 またも不意を突かれた内田へ、真帆が意外にもカニ挟みという小技。
 同時にジョーカーはトップロープを飛び越えて走りだし
 抗議の声を上げる上戸をよそに反対側のロープへ。
 そしてうつ伏せに倒された内田の顎を前から両手で掬うように掴むと、
 マットを蹴って前方に回転し、内田を跨ぐように両足を開いて着地。
 足を極めないまま鎌固めを仕掛けた形になり、内田の顔を前向きに固定。
 そこをジョーカーと同じ軌道でロープへ走った真帆が、無防備な顔面へ両足を叩きつける。
 するとすぐにジョーカーは腕を解いて立ち上がり、代わりに真帆が内田に跨った。
 キャメルクラッチで内田の頭を持ち上げ、今度はジョーカーが顔面ドロップキック。
「いい加減にしろ!!」
「ほらアイツ入ってこようとしてるぞ。止めろ止めろ」
 堪りかねた上戸がリングインしようとしたが、これを巧みにレフェリーを使って阻止させる間、
 更にジョーカーたちは二人掛かりでの攻撃を続ける。
「回せ!」
 真帆が内田の両足を持ってジャイアントスイングを仕掛け、
 回っている内田の側頭部へドロップキック。
 ここでようやくジョーカーが下がったが、真帆は内田を赤コーナーの前にボディスラムで叩きつけ、タッチ。
「よっ」
 ロープを飛び越しつつ内田を背中で潰して着地したジョーカーは、内田の髪を持って強引に引き起こした。
 なすがままの内田の体には、全く力が入っていない。
(なんだ、本当にこれで終わりか?)
 疑問に思いつつも、ふらふらの内田をリング中央に置いて張り手を一発食らわし、
 ジャンピングネックブリーカーか人工衛星ヘッドシザースを狙ってロープへ。
 跳ね返って内田へ襲い掛かろうと距離を詰めた瞬間から、
 ジョーカーはスローモーションを見ているような感覚にかられた。
 内田は左から右へ腰を切り、両足をマットから放してその場で回転。
 内田の右足が、青い放物線の軌跡をゆっくりと描いていく。
 マズイ、と必死で体を止めようとしても、もう止まらない。
 青い軌跡を引いた踵が、完璧なタイミングでジョーカーの額を打ち抜いた。
「よしっ!!」
 フライングニールキックをカウンターで決めた内田は、
 コーナーから必死で手を伸ばす上戸に向かって這い進む。
「ぐ……っ」
 昏倒したジョーカーは、真帆がエプロンをバンバン叩く音で、
 切れかけていた意識をかろうじて繋ぎ止めた。

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by right-o | 2010-09-06 00:52 | 書き物
 霧子が用意させた専用の控室で、鏡は相変わらず他の試合を見ることなく、
 静かに試合前の調整を進めている。
「あら」
 第一試合の結果を聞いた時には、床に座り込んで柔軟体操をしながら小さく驚きの声を上げた。
「意外?」
「ふふ……」
 床に開いて投げ出した両足の間に上体を沈ませたまま、低く笑う。
「あの子が、唯一の楽しみでしたのに」
 鏡はゆっくりと上体を起こして立ち上がり、左右に分かれた銀の流れを肩の後ろに押しやった。
 その様子に、霧子は壁にもたながら惚れ惚れと見入る。
 細く長い手足に優美な曲線を備えた体のライン、更に銀の長髪が相まって、
 誰がどう見てもプロレスラーとは思えない。
 それでいてここまでの戦績が示すように、十分過ぎる強さを持っている。
 「いかにも」なプロレスラー像を嫌う霧子の、理想そのものであった。
「油断しないで。あのディアナという子も相当に……」
 わざと余計なことを口に出した霧子の横に手をつくと、
 鏡は霧子にしなだれかかるようにして上から顔を覗き込み、囁く。
「相当に?」
「あ、いえ……」
 特殊な嗜好は持っていないが、それでも霧子は自分が赤面していないか心配だった。
 ちょうど目の前にある鏡の白く塗った唇が、それ自体意思を持つように一語ずつ切りだしていく。
「私以外に、優勝者など、いるはずがありませんわ」
 それだけ言うと、鏡は身体を離して控室を出て行った。
「うふ、うふふ、そうよ、そうよね……!」
 期待通りの返答を得た霧子は、改めて鏡の優勝――単に次戦の勝利ではなく優勝を確信した。
 苦戦を強いられたと言えるライラと中森は既に敗退、
 渡辺に勝利した楠木はリーグ戦で苦も無く退けている。
 そして足が癒えたとはいえ、ディアナは万全とは言い難い。
 この中で、鏡が以外の一体誰が優勝できるというのか。
 霧子でなくとも、こう考えるのは無理なことではなかった。


(どうしてあげようかしら)
 そして当たり前のように鏡はディアナを舐めてかかった。
 ようやく治ったらしい左足か、どうにか血の止まった頭部か、
 それとも先ほど散々痛めつけられたと聞いた首か。
 ゴングが鳴っても、依然鏡はディアナの体を品定めするように眺めている。
「ふざけないでくだサいッ!!」
 ディアナは、鏡の態度に反発するように突っ掛けた。
 打ち返す間を与えずにエルボーで押し切り、ロープに飛ばして打点の高いドロップキック。
 倒れなかった鏡の右腕を掻い潜って背後に回り、振り向きざまのローリングソバットで倒して見せる。
 今夜二試合目というのに、ディアナのスタミナは一向に衰えない。
 しかし、身体に刻まれたダメージはそうはいかなかった。
 途中、鏡はこれまでのリーグ戦と同じく、狙いすましたスタンガンで流れを変えにかかる。
 これをディアナは、持ち上げられると同時に自ら飛び上がり、
 首を打ちつけられるはずだったトップロープへ両足で着地。
 この身体能力とバランス感覚は本当に驚異的としか言いようがない。
 だが、そこからバック宙しつつ鏡を飛び越えてリング内に舞い降りたディアナへ、
 会場中がため息を漏らしたその瞬間、鏡がラリアットで首を刈った。
「う゛っ」
 薙ぎ倒したディアナの首を踏みつけ、快心の笑み。
「うふふ、捕まえましわ」
 ここから、鏡の時間が始まった。

 まずは首を抱えて引き起こし、ゆっくりと首をねじ切るようなネックブリーカードロップ。
 すぐにまたボディに膝を入れつつ立ちあがらせてブレーンバスターで持ち上げ、
 ロープに相手の両足を引っ掛けて、落差をつけて放つエグいDDT。
 ディアナは、首を押さえながらもどうにか転がって場外に脱出。
 これを鏡は楽しそうに微笑みながら追いかけ、鉄柵へのスタンガン。
 そして場外を覆っているマットに手をかけ、大きく引き剥がしすと、
 剥き出しの床へジャンピングパイルドライバー。
 これまでのリーグ戦を総括するように、鏡はディアナの首を容赦無く攻めた。
「くぅぅ……!」
 それでも諦めることなく立ち上がるディアナの姿は、観客の人情と鏡の嗜虐心を一層に煽る。
「思ってたより頑張るのね。さあ、次はどうして欲しいのかしら……?」
「は、反則でス。離れなサい……ッ!!」
 上から圧し掛かられ、両手で首を絞められながらもディアナは言い返した。
 この期に及んでも毅然とした光を失わないディアナの瞳は、鏡の想像力をかきたてる。
 こういった相手がついに膝を屈する瞬間こそ、鏡にとっては何物にも代えられない楽しみなのだ。
 しかしここで、レフェリーのカウントも意に介さず締め続ける鏡に業を煮やし
 、ついにレフェリーが割って入った。
「やれやれ……ですわね」
 あくまで職務に忠実なレフェリーに、若干興醒めしたような様子で鏡が離れ、ディアナは身体を起こす。
(ま、マだ動く?ワタシの身体……!!)
 失われきった体力を気力で補い、ディアナは覚悟を決めて両足に力を込めた。
 間に入っているレフェリーと鏡の脇を一気にすり抜け、ニュートラルコーナーへ。
 一足飛びにコーナー上へ飛び上がり、ディアナは宙を舞った。
(低い……?)
 前回は華麗な放物線軌道を取ったディアナのムーンサルトアタックが、
 弧を描くことなく、振り向いた鏡目掛けて一直線に落下してくる。
 結果、鏡とディアナが逆さまになったまま抱き合うような形で重なった。
 そして落下の勢いに任せ、鏡を後ろに倒しつつ反対にディアナが両足をマットにつく。
 得意のツームストーンパイルドライバーの体勢だったが、
 そこから鏡は体格差を活かして体重を後ろに預け、また自分が両足をついた。
 しかし、足を必死にバタつかせたディアナが更にもう一度逆転。
 着地した瞬間、即両膝を折って鏡の長身をマットに突き刺した。
「ぐっ……!」
 受身が用をなさない垂直落下技を受け、一瞬視界が真っ黒になる。
 それでも、鏡は冷静に状況を見た。
 倒れた場所はリングの中央であり、真上を向いた視界にはいずれのコーナーも入っていない。
 落差のある飛び技は無い。
 そう漠然と頭で考えた鏡は、まさかここが試合の境目……というより終点であるとは読めなかった。
 ツームストーンを決めたディアナは、そのまま即座にロープへ跳躍。
 両足でしっかりとトップロープの反動を受けると、そこから振り向きつつ450°前方回転。
 必殺のフェニックススプラッシュを、なんとスワンダイブ式で放って見せた。
 コーナーより不安定な足場からいつも以上の勢いで舞ったディアナは、
 無防備な鏡の胴体へ垂直に交差する形で落下。
「がッ……!?」
 そして確かに、レフェリーはマットを三回叩いた。


 ×フレイア鏡 (8分55秒 スワンダイブ式フェニックススプラッシュ) ディアナ・ライアル○

「馬鹿な!どこを見ているの!?」
「そうよ!今ので三つ入ってるわけないでしょ!?」
 鏡と、エプロンに上がった霧子の猛抗議に対して、レフェリーは頑として突っぱねた。
 大半の観客が彼女らを無視して、勝利したディアナに惜しみない声援と労いの言葉を送る中、
 鏡はレフェリーを殴り倒してリングを下りた。
 確かに鏡は微妙なタイミングで肩を上げて見せたのだが、
 2.999と3の違いを客観的に証明できるはずがない。
「くっ……」
 カウント3を取れば勝ち。
 詰まるところそれだけの単純な事柄がプロレスの本質。
 そんな自分の理念を、霧子は鏡と共に唇を噛み締めながら嫌というほど味わったのだった。

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by right-o | 2010-09-05 23:47 | 書き物
「さて、決勝だが。問題は一つだな」
 最終戦の前日、小川とジョーカーは練習する気配も見せず、
 無駄にケータリングの充実した食堂で話し込んだ。
「ビューティー市ヶ谷。アレをどうするかに尽きます」
「そう。アレさえいなけりゃ何てことはない」
 二人の見解は一致していた。
「最悪、どっかで襲って試合が終わるまで大人しくしててもらうか。
 それぐらいやっても文句は出ないだろ」
「話題にもなりますし、ウチの社長としてはむしろ喜ぶでしょう。でも……」
 小川は、少し間をおいて真顔で言い切った。
「私はクールかつエレガントに勝ちたいです」
「……何か変なものが伝染したな。まあ、何か考えがあるならいいが」
 妙に清々しい顔で立ち上がった小川は、ジョーカーを振り向いて更にこう漏らした。
「最初に戦ったソフィアだって弱いとは思いません。まして私はあの真壁さんに勝ちました」
 あの、という短い言葉には、精一杯の敬意が詰まっているようである。
「これで私が彼女に負けたら……それはウソだと思いませんか?」
 小川らしからぬ真っ直ぐな言葉だが、偽りのない本音だった
「ふん、まだまだ若いな」
「ええ、おばさんより二つも年下ですよ」
 この後、即猛ダッシュで逃げた小川をジョーカーが追いかけ回し、
 二人は約二時間のランニングで最後の練習を終えた。


 そして最終日第三試合目のリング上、先に入場したた小川は、
 相手が入場して来る前にマイクを取った。
「先日、真壁さんは市ヶ谷の方に苦言を呈しました。
 私は、あなたの方に苦言を呈したいと思います。榎本綾さん」
 綾の入場曲が鳴らず、自分の行動が容認されたことを確認して続ける。
「あなたに負けたターニャも、野村さんも、皆一生懸命この大会のために頑張ってきた。
 その気持ちをあなたは打ち砕いたんです。他人の力で!」
 ここであと一人名前をあげるべきだった気がしたが、小川は思い出せなかった。
「あなたが一人前のプロレスラーだというなら、そして人並みの良心があるなら、
 一人でリングに上がりなさい!」
 小川が言い切ると同時に綾の入場曲が鳴り響き、榎本綾――と、
 ビューティ市ヶ谷が長い花道の向こうに姿を現した。
 怒りに燃える市ヶ谷の手には、既にマイクが握られている。
「黙って聞いていれば好き勝手に……」
「やっぱりあなたは一人では何もできないのかしら!?」
 わざと市ヶ谷の言葉に被せるように、小川は声を張り上げた。
「アナタ、この私の話を……!!」
「保護者がいなければ何もできない、見た目通りの小学生なのかしら!?」
 あくまで市ヶ谷を相手にせず、黙って俯いたままの綾を問い詰める。
「……!!」
 ぎりり、と凄い音を立てて歯軋りした市ヶ谷に、会場中が固唾を飲んだ。
 しかし市ヶ谷は意外にも怒りを内に押さえこみ、いつもの超上から目線を取り戻し、こう言い切った。
「ふ、いいでしょう。この試合は黙って見ていることにしますわ。綾、あなたの成長を見せて御覧なさい!」
「うん。綾、……一人でできるもん!」
 これまた意外にも、小さな両目に精一杯の決意を湛えた榎本綾は、
 ついに一人でリングへ向けて歩き出した。


 綾の振り回すエルボーも、ロープに飛んでのヒップアタックも、
 小川はその場で動かずに受けきって見せる。
「もっと強く!もっと早く!そいつを黙らせるんですのよ!!」
 エプロンを叩き回しながら叫ぶ市ヶ谷の声になんとか応えようと、
 綾も出せる限りの力で小川を打つ。
「えいっ!えいっ!えいっ!!」
 そして体ごと飛び掛るようなエルボーで、ついに綾は小川を倒すことに成功した。
「決めなさいっ!!」
 起き上がる小川を待ち構えてロープに走り、今度は低く飛び掛ってのスライディングe。
 が、小川はこれを待っていた。
 起こした上体を再度マットにつけてこれをかわし、即座に両脇をすくっての横十字固め。
 綾がなんとかカウント2で返したことにどよめきが起こる間も与えず、
 即座にマットへ手をつき、低い姿勢のまま回転しての延髄斬り。
 間髪入れずもう一回転して勢いをつけ、蹴りつけた頭を横から両足で挟み込んで月食に固める。
「綾!!!」
 咄嗟に市ヶ谷がリング下からレフェリーの足を引っ張ろうと手を伸ばしたが、
 それよりも早く、綾は上に圧し掛かった小川を自力で跳ね除けて見せた。
「くっ……!」
 返されると思っていなかった小川の立ち上がり際目掛け、全体重をお尻に預けたヒップアタック。
 再度小川を倒した綾は、今度は先ほどとは逆に小川の後ろにあるロープへ。
「……!?」
 綾を見失った小川が無防備に上体を起こしたところへ、綾は後頭部へのスライディングe。
 そして動きを止めた小川へ、さらに正調のスライディングeが完璧にヒット。
「やりましたわ!!!
 市ヶ谷は両手を上げて歓喜したが、これを小川はギリギリで肩を上げた。
 だが、更に小川の立ち上がり際、攻めに気持ちが転換した瞬間を突いたカサドーラ。
「つ……ッ!」
 これまで他人に散々やってきたことを自分にやられた小川は、かなり際どくこれをクリア。
 更に走り込んできた綾に対し、小川はかなり身を屈めて脇をすり抜けつつバックを取ると、
 その軽い身体を高々と持ち上げて叩き落した。
「うぅ……!」
 それでもすぐに立ち上がって見せた綾へ、さらにもう一発バックドロップ。
 しかし、ふらつきながらも綾はまだ、立ってくる。
(やれば十分、できるじゃないの……ッ!)
 必死にエルボーで胸を打ってきた綾に、強烈なヨーロピアンアッパーカットのお返し。
 後ろを向いた綾の背後にがっちりと組み付き、角度をつけたバックドロップを決め、
 そのままブリッジしてフォールを奪った。


 ○小川ひかる (7分09秒 バックドロップホールド) 榎本綾

「ふぅ……」
 優勝した、という実感より、とりあえず目の前にあった試合に勝った、という感じだった。
 つまり、楽勝では無かった。
 綾は自分一人の力で小川を追い詰めたのだ。
(お陰で、あんまりクールには勝てなかったかしら)
 さて、ここは試合前にこき下ろした綾に謝り、健闘を称えておくところか……
 と思った小川がリング外に目をやると、
「あんな捻くれ者相手によく頑張りました!私の見込んだとおりですわ!!」
「うん…うん……」
「あなたが成長するために一肌脱いだこの私の期待に、あなたは見事に応えましたわ!」
 目に涙を一杯溜めた綾を市ヶ谷が慰め、その光景に観客は惜しみない拍手を送っている。
 そんな馬鹿な、と無粋なツッコミを入れる観客など一人もいない。
「はあ……」
 結局、試合に勝っても最後には全部持っていかれるのか、
 と、勝者は一人寂しくリングを下りた。

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by right-o | 2010-09-05 23:25 | 書き物