2010年 08月 08日 ( 3 )

「おお~……」
「ふぅん……」
 ジョーカー&真帆がタッグリーグ初戦をモニター観戦している横を、
 銀髪を揺らしたフレイア鏡が通り過ぎて行った。
 ちなみに、休憩前に敗戦を喫した中森の姿は控え室にない。
「おい大将」
 肩越しに振り向いた鏡へ、ジョーカーは続けた。
「このままじゃウチが勢いに乗れない。最後は勝ちで締めてくれよ」
「ふん」
 誰にものを言っているのか、とでも言いたげな一瞥を残して鏡は消えた。
(相変わらず嫌なやつだ)
 率直なところである。
 セレモニーに乱入してきた派手な金髪とはまた違った嫌味が、鏡にはあった。
 TNA内ではほぼ無敵を誇る鏡が、今回のリーグ戦なら誰かに一泡吹かされるかも知れない。
 それがジョーカーの密かな楽しみでもあった。


 入場からリングに上がり、対戦相手に向かい合った時点でも鏡の表情は変わらなかった。
 やはり緊張とは無縁な人種ように見える。
 しかし対戦相手もまた、雰囲気に呑まれるどころかこの舞台を楽しんでいるように思われた。
「う~、緊張してきた~~!!」
 とか言いながら鏡の対角線上でぴょんぴょん飛び跳ねているのは渡辺智美。
 先ほど勝利を上げた小縞と同じ闘京女子の選手であった。

 向かい合った両者の体格は、一回り以上鏡が大きい。
 小川やジョーカーほど対戦相手に関心の無い鏡は、この時点で大雑把な戦法を定めた。
「ふっ」
 互いにじりじりと近づいて組み合うかと見えた瞬間、鏡の右が斜めに振り下ろされた。
 いきなりのパンチで機先を制し、ロープへ押し込む。
 鏡の選択は力攻めであった。
 反対側のロープへ飛ばした渡辺が戻ってくるのをリング中央で待ち受けると、
 右腕を相手の左脇に差し込んでアームホイップで放り投げようとした。
 が、投げられると同時に自分からマットを蹴っていた渡辺は、
 空中で体を丸めて回転し、器用に両足で着地して見せる。
 咄嗟の機転と柔軟性のなせる動きであった。
「よいしょっ」
 触れたままの鏡の右手に自分から腕を絡ませ、渡辺はマットに転がった。
 釣られて前のめりになった鏡へ逆にアームホイップを決めた形になる。
 渡辺はさらに尻餅をついた鏡の背後を取り、両手を背中側に引っ張りながらその背中に右足を置いた。
「よーし!」
 流れるような動きでサーフボードストレッチが決まった。
 倒してしまえば体格差は問題にならない。
「ちっ」
 これを力任せに返そうとした鏡は、足を畳んで片膝立ちから立ち上がると、
 両手首を握られたままで強引に振り向こうと体を捻る。
 意外にも逆らわず鏡を振り向かせた渡辺は、
 直後に両手を離すと同時に飛びかかり気味のヘッドバット一閃。
 見た目に似合わぬ力技に怯んだ鏡を見て、渡辺はロープへ走る。
 このままスリングブレイドを決めて一気に攻め立てようと試みたようだ。
 しかし鏡に向かって突っ込んだ渡辺の首へ、これをかわした鏡の腕が蛇のように絡みつく。
「うっぐ!?」
 立ったままでのスリーパーホールド。
 咄嗟に手首を取って切り返そうと試みたが、上から押し被さるように体重を預けられておりままならない。
 密着していても立っていれば体格差は生きる。
 こうして、鏡は強引に流れを自分の方へ引き寄せた。

 鏡の攻めを耐えた渡辺が躍動するのは数分後。
 カウンターのスリングブレイドを見事に決め、さらにその場飛びのムーンサルトで追い討ち。
 一気に静から動へと試合を移行させた渡辺は、このままフィニッシュを狙った。
「いくよー!!」
 鏡の長身をなんとかボディスラムで投げ切った渡辺がコーナーを登る。
 今度はコーナーから、美しい放物線を描いてのムーンサルトで宙を舞ったが、
 鏡は転がってこれを回避していた。
「む、このぉッ!」
 それでも自爆せずに着地した渡辺は、すぐさまロープ際で立ち上がりかけていた鏡へ向かう。
 これを待っていた鏡は、低い姿勢から渡辺の懐に入って真上に持ち上げ、そのまま背後に倒れる。
「うぐっ」
 不意を突かれた渡辺は鏡の後ろにあったトップロープで喉を強打。
 思わずふらふらとリング中央へ歩き出たところを後ろから捕まった。
 鏡は背中側から渡辺の両腕を取ると、そのまま体の向きを半回転。
 すると、鏡の背中の下にマットを向いた無防備な渡辺の頭が来る。
 そこから一気に倒れこみ、自分の体重を乗せて顔からマットに叩きつけた。


「ふぅ」
 アンプリティアーから両肩を押さえ込んでのフォールで3カウントを奪った鏡は、
 軽く息を吐き出した。
 一つ大きく髪をかき上げ、振り向くことなく無感動にリングを降りる。
 試合を楽しむまでの余裕が無かったのは、相手の実力か、それとも表に出ない緊張があったのか。
 とりあえず、鏡は初戦を無難な勝利で飾った。


 ○フレイア鏡 (9分33秒 アンプリティアー→体固め) 渡辺智美×


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by right-o | 2010-08-08 22:16 | 書き物
 第一試合開始前。
 TNA組は割り当てられた控え室に固まっていた。
(おや)
 初日は試合が組まれていないため、何をするでもなくボーっとしていたジョーカーの目が、
 小川にとまった。
 折り畳みの椅子に腰を下ろし、タオルを被ってうつむいている。
「小川が緊張している」
「真帆もキンチョーしてるぞ!」
 メロンパンを頬張りながら返事をしたパートナーに水を向けたことを後悔しつつ、
 ジョーカーは腰を浮かせた。
(しかしまあ)
 他の二人に振ったところで同じか、とも思う。
 鏡は頬杖を突きながら宙を見つめて自分の世界に入っているし、
 中森も何か一人で思いつめている様子だ。
 今日これから試合が組まれているというのに緊張とは無縁な二人だが、ちょっと可愛げがない。
 そこをいくと、普段は落ち着いていながら慣れない舞台で若手らしい緊張を見せる小川を、
 なんとなく構ってやりたくなった。
「小川」
「はいっ?」
 背後から両肩を掴まれた小川は、驚いて体を硬直させた。
 小川にジョーカーと会話した記憶はほとんど無い。
「余計なことは考えるな。どんな手を使ってでも勝つことだけを考えろ」
「……余計なこと?」
「イベントの開幕戦だとか、第一試合だとか、そういうこと」
 所詮今日は他所様の興行さ、とジョーカーは付け加えた。
「相手のガキは見たことがある。実力は大したことないが、硬くなってると付け込まれるぞ」
 ここで不意に控え室のドアがコンコンとノックされた。
 どうやら試合開始の時間ということらしい。
「リーグ戦とトーナメント戦では一試合の重みが違う。負けたらそこで終わりだということを忘れるな」
「はい。……ありがとうございます」
「よし、行ってこいっ!」
 立ち上がった小川の尻を叩いて、ジョーカーは送り出してやった。


 大阪府立体育センター別館の扉をくぐりながら、意外に広くないなと小川は思った。
 セレモニーの時と違い、満員の客が入った上でリング以外の照明が落ちているせいでもあるが、
 このことは小川を何となく落ち着かせた。
 流石に客席に目を向ける余裕は無かったが、イスの間の短い通路を通ってリングに上がると、
 既に入場していた対戦相手、ソフィア・リチャーズを冷静に観察することができた。
「ふん、さっさと始めなさいよっ!」
 こちらも緊張はしていないらしく、コーナーにもたれかかって毒づいている。
(これは、いけそうかも)
 慎重とか用心とかいった言葉とは無縁そうなソフィアを見て、小川はまた少し肩の力を抜いた。

(あらっ……)
 ゴングと同時に突っかかってくる――と思っていた相手が、
 意外にも腰を落として組み合う姿勢を見せたので、
 小川はちょっと肩透かしをくらった。
 が、それでも攻撃的な性格ではあるらしく、自分から積極的に動いて掴みかかってくる。
 対して小川は素早く身を屈めつつソフィアの脇をすり抜け、巧みにバックを取った。
「このッ!」
 ソフィアは背後に回った小川を強引な腰投げで振りほどこうとした。
 素直に前方へ投げられた小川は、左手をマットへついて体を浮かせる。
「わッ!?」
 次の瞬間、左手を支点にして体を回転させた小川の右足がソフィアの両足を一度に刈った。
 尻餅をついたソフィアへ、小川はさらにもう一回転。
(余計なことは、考えない……!)
 通常の試合であれば、いきなりこの技を使うことはなかっただろう。
 小川はソフィアの頭を両足で挟み込み、そのまま回転の勢いを利用して横に倒す。
 頭の上に乗るような、フランケンシュタイナーと同じ形でソフィアをがっちりと押さえ込んだ。
「え、ちょ……」
 こうして、エンジェルカップの開幕第1戦は30秒に満たない内に幕を閉じたのである。

 ○小川ひかる(0分27秒 月食)ソフィア・リチャーズ×


「ちょ、ちょっと待ちなさいよコラッ!!」
 3カウントと同時にリングから脱出した小川は、ソフィアに手を振りながらさっさと退場して行った。
「お前、……いくらなんでもなあ」
「どんな手を使ってでも勝たなきゃ、でしょう?」
 ものの数分で控え室へ戻って来た小川を、ジョーカーは苦笑とハイタッチで出迎えたのだった。


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by right-o | 2010-08-08 18:00 | 書き物
 試合開始二時間前。
「「暑い……」」
 地下鉄御堂筋線のなんば駅に着いたジョーカーと真帆は、
 早く着き過ぎて余った時間を持て余した。
 昨日は全員同じ車で送ってもらったため、初めて自力で行く際に迷う時間を考慮したのだが、
 意外にもあっさり発見できてしまった。
 とりあえずなんばパークスに寄ってみたあと、
 そこから体育館に向かう途中で見つけたMACもといマクドにて時間を潰しているところである。
「まだ二時間もあるぞ……お」
 二階席でアイスコーヒーを啜りながら通りを見下ろしていたジョーカーは、
 昨日のセレモニーで見かけた顔が通って行くのを見つけた。
 あの顔の強張りようからして、これから試合が組まれているのではないだろうか。
「若いねぇ」
「……暑い」
 ジョーカーの隣で、真帆はカウンターに突っ伏していた。
 狐の尻尾に例えられる豊かな長髪が、この炎天下で非常に暑苦しい。
「暑いぞ……」
「お前今日そればっかりだな」
 ダレきっているが、入店の際にためらわずメガ何とかいうのを注文したあたり、
 食欲はいつも通りなので多分大丈夫だろうとジョーカーは思っている。
「さて、まあ今日は試合も無いからホントは行く必要も無いんだろうけど、
 まあ緊張してるヤツらの顔でも……」
「zzz……」
 寝息を立て始めた真帆の背中に氷の塊を滑り込ませ、ジョーカーは店を出た。

 どこから入っていいかわからなかったので、
 ジョーカーたちは当日券売り場に並んでいる客の横を堂々と正面から入って行った。
 誰、とはすぐに気づいてくれないが、明らかに目立つ存在ではあるため、
 ちょっとだけ騒がしいことになったが、無視した。
「立地は、多分いいんだろうな」
 街中にあり、交通の便がいい。
 理想的な会場ではあるが、鏡などに言わせるとあまりにも「体育館」然とし過ぎているらしい。
 そこが外国人のジョーカーなどには面白く映った。
 剣道場やら柔道場をふらふらと見学したあと、ようやく階段を下りて地階へ。
 グッズ売り場等を用意している間を縫って、試合が行われる「別館」と呼ばれるスペースに到着した。
(ふーん)
 普通、という以外に感想は無い。
 2,000人収容する規模があると聞くと、ちょっと小さいような気もする。
(ま、こんなもんかね)
 と、ジョーカーが改めて選手を控え室を探そうとした時、
 会場の外を慌てた顔で駆け抜けていく霧子が見えた。
 それに続くスタッフの悲鳴。
『誰か、TNAの方はいらっしゃいませんか!?』
 そして、いつの間にか真帆がいなくなっていることに気づく。
(………)
 その時外では真帆とファンとの交流会が徐々に規模を大きくし始めていたことは、後で知った。
 とりあえず、嫌な予感がしたジョーカーはそ知らぬ顔でバックステージに入って行った。

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by right-o | 2010-08-08 16:00 | 書き物