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アジアタッグの記録と妄想2 「黒真帆」

「先輩、聞きたいことがあります」
「何かしら?」
 アジアタッグリーグ開幕の日、控え室でストレッチの補助をしてもらっている吉原先輩に、私は自分の抱いている疑問をぶつけずにはいられなかった。
「何故、私の衣装が普段と違うのでしょうか」
 この日、控え室には形状は同じだがいつも着ている試合用コスチュームとは違う黒と白で統一された衣装が置いてあったのである。
「パートナーに合わせるんだ、ってリーダーは言ってましたよ」
「真帆のコスチュームは白や黒ではなかったはずですが。それに、その私のパートナーの姿が試合開始10分前になっても見えないのはどうしてなんでしょう」
「試合に向けての最終調整だそうです」
「私以外の誰と、試合に向けての何を調整する必要があるんでしょうか」
 床に座り込んで開脚している私の背中を押していた手が止まった。やはり吉原先輩は何か知っていたのだろう。
「それはその…」
ガンガン
 不意に乱暴なノックが2つ、金属のドアを叩いた。私達の試合が近いことを告げに来たのだろう。
「真帆ちゃんは先に入場ゲートの所で待っているはずだから…」
「そうですか」
 すまなそうに言う吉原先輩を残して控え室のドアを閉めると、私は一つ大きな溜息をついた。普段ならこれから始まる試合のことだけに集中しているはずの時間だったが、今日は試合中でさえ自分が集中していられるかどうか不安だった。


 入場ゲートに行ってみると、確かに真帆…と思われる人間がいた。ただしその女は、全身にやたらテカテカ安っぽく光る黒い布?を着て、頭からは黒い頭巾を被せられて顔をすっかり隠され、その首にはトゲのついた首輪を填められて、首輪からぶらさがっている鎖は傍らに立っている鏡先輩の手に握られていたが。
「これは一体どういうことでしょうか?」
 と、このリング上のスーパーモデルだかSM女王だか呼ばれている先輩に対して質問している時間が私には無かった。既に私の入場テーマ曲のイントロが会場の方から聞こえてきているのである。
「はい、これ。リングに上がったらまず首輪を外して、…そうですわね、頭の布は彼女の名前がコールされる時に取るのがいいかしら。何事も最初のインパクトが大事ですものね」
 そう言って鎖を私に手渡すと、リング上のあばず…スーパーモデル様はさっさと観客席の方へ行ってしまった。一般客に混じって観戦するつもりらしい。何か話すどころか、俯いたまま呼吸音一つたてない真帆と共に残された私には、溜息をつく暇もなかった。いつの間にか流れている曲が真帆のものに変わっている。どうやら合体テーマらしい。


 どうにも噛みあわない合体テーマ曲に乗ってリングに上がった私達は、先に入場していた対戦相手の相羽・ノエル組と観客の怪訝そうな視線を一身に受けていた。元々意外な組み合わせだとは思われていただろうが、それが黒いコスチュームに揃えて首輪で繋がって立っているのだから当然ではある。
「青ぉーコーナァァァー、163cm、相羽ぁぁぁ和ぅぅ希ぃぃぃぃぃ!」
 相手組のコールが行われいる間に、私は相棒の首輪を取ってやろうと真帆の背後にまわった。見た目に反して安物らしく、留め具を外すと簡単に2つに外れた。
「同じくぅー、ノエルぅぅ白ぁぁ石ぃぃぃ!」
「まず私がかき回すから、あなたは下がって様子をみていてください」
 リングの内外問わず脳天気だったはずの変わり果てた相棒に向かって、私は頭巾に顔を寄せて意思の疎通をこころみたが、相変わらず息を殺しているかのように静かなまま反応は返ってこなかった、
「赤ぁぁぁコーナァァァー、156cm、杉浦ぁぁぁ美月ぃぃぃ!」
 一歩前に出て対戦相手に一瞥をくれ、下がる。どんなに内心で動揺していても、いつも繰り返している動作は無意識にできてしまうものである。
「同じくぅぅ、167cm、中村ぁぁぁ真ぁ…」
 真帆のコールに合わせて私が彼女の黒い頭巾を取り去ると、もうそこに彼女の姿はなかった。
「うわぁっ!」
 視界が開けると同時に相手組の先発だった相羽にむかって突進した真帆は、そのままタックルをかまし、さらに相羽を持ち上げて青コーナーに激突させたのである。
「ウオォォォォォォォォォ!!」
 完全に不意をつかれた対戦相手組が落ち着きを取り戻す余裕を与えないまま、真帆は相羽を抱えたまま反転し、リング中央に相羽もろとも突っ込むと馬乗りになって唸り声をあげながら拳を落とし始めた。控え室に真帆の姿が無かった時から、もうなるようになれとある程度のことは覚悟をしていたが、予想を超える展開に私は対戦相手と同じぐらい面食らっていた。
by right-o | 2007-09-03 23:50