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『エンジェルカップ』十一日目第五試合 越後しのぶ&永原ちづるVSジョーカーレディ&フォクシー真帆

「しっかし、面倒くさそうだな」
 中森が金井の足首を取った頃、ようやく惰眠から起き上がったジョーカーは、
 両手を上げて大きく伸びをした。
「……ジョーカーさんにとっていつものことでは?」
「いいや、今回は特別面倒くさい。あの二人は特に面倒くさいな。
 というか、多分ここの団体は全体的に面倒くさい気がする」
 首を左右に振ってバキバキいわせながら、ジョーカーは小川の突っ込みに応える。
 ついで起き上がった真帆も、四つん這いから前足を思い切り伸ばして猫のような伸び。
 相変わらずのこの二人を見ていると、小川にはなんとなく「面倒くさい」の意味がわかる気がした。
 多分、「真面目だ」ということなのだろう

「Cut the music!」
 先に入場を終えたジョーカーは、マイクを要求してわざと英語で呟いた。
「……にしても今時有線のマイクか」
 続いて飛び出したあまりに流暢な日本語に、客席は苦笑で沸き立つ。
「まあいい。さて今日でこのエンジェルカップも11日目だ。
 どっかの誰かの言い草じゃないが、既に結果は見えているんじゃないか?」
 リングの上から、やや見下した調子でジョーカーは続ける。
「で、その誰かのことは置いておくとして、さっき勝った中森だって決勝の目はあるし、
 ジュニアは言うまでもなく小川が決勝進出だ。相手は保護者同伴の小学生だろう?
 優勝はもらったようなものじゃないか」
 微妙な反応を示す会場を見渡し、溜めをつくってから本題に入る。
「そして何より、ここまで無敗のタッグチームである我々が、
 タッグリーグ戦を制するのは自明のことだな!
 今日の相手はなんだ?存在が地味なヤツと地味な必殺技を使うヤツだろう!
 今時ジャーマンなんてカビの生えた技も、
 受けの美学なんていうマゾヒズムも流行りはしない!
 プロレスの最先端を行く我々こそ、この大会の勝者にふさわしいのさ!」
 現時点で無敗のチームは3つもある。
 1.5倍増しで言いたいことを言ってやったジョーカーは、
 ブーイングを気持ちよく浴びながら、入場してくる対戦相手を待った。
 越後と永原両方の顔にみるみる戦意が満ちて行く様子を見て、ジョーカーは満足げに笑う。


「……いくぞ?」
「おうっ!」
 真帆の耳を引っ張ってゴソゴソと話をしていたジョーカーは、
 ゴング前の奇襲を敢行した。
 突進した真帆が永原を弾き飛ばして場外へ落とし、
 一方でジョーカーがトーキックを入れて動きを止めた越後を二人掛かりでロープへ振ると、
 跳ね返ってきたところへ同時にマットを踏みきってのドロップキック。
「上げろ!」
 強引に越後を立たせて背中を取った真帆は、ジョーカーの待つ前方に向かって越後を突き飛ばした。
 そこを待ち構えたジョーカーのトラースキックから、真帆が越後の腰に両手を回して一息に放り投げる。
「越後さんっ!!」
 ただ腕力だけに任せて背後に投げられた越後は、
 後ろに回りきらずほぼ逆さまになったまま頭から着地した。
「どうだ、いいジャーマンだろう!?」
 とまあ、永原に向かってこれが言いたかっただけの仕掛けである。
「ど、どこが……ッ!」
 永原が憤る通り、真帆の投げっ放しジャーマンはもう別の何かと言っていいかも知れない。
 投げ上げるために滞空時間が長く、大体は相手が回りきらずに頭から墜落する。
 しかし、越後は平然と立ってきた。
「ふん、雑なだけだな!」
 恐らく落下の直前に体を丸め、垂直に刺さるのを避けたのだろうか。
(……やっぱり面倒くさいか)
 流石の受けを発揮する越後を見て、ジョーカーは当初の予定通りに試合を運ぶことにした。

 その当初の予定とは永原狙い。
 というよりはジャーマン狙いか。
「投げてみろ!」
 永原と相対したジョーカーは自分から背中を向ける。
 もちろん永原は躊躇いなく反り投げたが、
 自分からマットを蹴っていたジョーカーは永原の手をすり抜け、
 くるりと宙返りして背後に着地。
 美月戦と違って痛がる芝居を見せることなく、
 振り向きながら起き上がりかけている永原の顔面へドロップキック。
(これほど分かり易い相手もないな)
 これまでの試合、特に負けた美月近藤戦を見るに、永原の狙いは余りに明白である。
 加えて遊び半分のダメ押しで更にジャーマンを意識させた。
「絶ッッッッッ対、ぶっこ抜いてやる!!」
 かくしていつも以上に頭の中がジャーマン一色となった永原をあざ笑うように、
 ジョーカーは次々に永原の代名詞を切り返していく。
 まずはクラッチされた両手を掴みつつ、浮き上がった両足で永原の胴を挟み、
 そのまま前転して両肩をつけるカサドーラ。
 次にクラッチにきた右腕を捕まえてチキンウイングアームロック。
 さらには小さく飛び上がってクラッチを抜け、
 畳んだ両足を伸ばして永原の顔面を蹴るカンガルーキック。
 と、このように悉く切り返されても永原に諦める気配は無い。
 しかし、どんなに攻め込まれていても相手のジャーマンで逆に流れを変えられるため、
 全般的に試合を支配しているのはジョーカーと真帆。
 そしてまだジャーマンへの切り札を隠しているジョーカーは、
 余裕をもって仕掛けどころを計っていた。

 とはいえ、真帆もジョーカーも越後は何故か苦手だった。
「せぇぇぇいっ!!」
 ダブルニーを仁王立ちで受けきった越後は、
 ダイヤモンドカッターを踏ん張ってジョーカーを前に放り投げると、
 首根っこを掴んで引き起こし、一気にブレーンバスターで持ち上げて垂直に落とした。
 中盤から越後は永原を一旦下げ、自分が長めに出ている。
 越後の受けっぷりはジョーカーと真帆のリズムを狂わせた。
「おぉぉぉぉッ!!」
 ジョーカーの上半身だけを起こし、越後はロープへ走る。
 勢いをつけたまま、倒れ込むようにして肘を突き刺すスライディングE。
「うおっ!?」
 自分から倒れることでいくらかダメージを減じたが、
 それでも心配した真帆が跳び込んでくるほどの一撃が決まった。
 が、越後はフォールへ行かず、永原に託す。
「決めてみせろ!」
「ハイッ!!」
 真帆と越後がもつれ合って場外へ消え、結局勝負はジョーカー対永原。
 ジョーカーの背中を取って引き起こした永原は、やはり迷うことなくジャーマンへ。
 しかし、ジョーカーの胴を捕まえるはずの両腕が空を切った。
「!?」
 今度は自分からマットに座り込むことで腕から抜けたジョーカーは、
 素早く後ろに倒れつつ、両足を上げて永原の両脇に引っ掛けて前に転がし、
 両肩をつけてフォール。
 サムソンクラッチというこの技はカウント2で返されたが、
 互いの立ち上がり際に永原の顎を跳ね上げるトラースキック。
「終わりだ!」
「永原、今だ!」
 と、永原の頭を固定してコーナーを指さしたところで、
 永原の両手がジョーカーの腰に回る。
(読んでたさ!)
 ここでついに、ジョーカーは自信満々でジャーマンへの切り札を繰り出した。
「ふんっ!」
 靴の踵で、思い切り永原の右足を踏みつける。
 お手軽簡単誰にでも出来て効果的なカウンター、でもなかなか思いつかないだろう。
「痛くなぁぁぁぁいッ!!」
 そんなジョーカーの心の中の小さな自慢は、
 何のことはなくぶっこ抜かれてマットに叩きつけられた。


  越後しのぶ               ジョーカーレディ×
 ○永原ちづる (13分44秒 原爆固め) フォクシー真帆

「ぐうぅぅぅぅ……」
「いや、悪かった。悪かったから……」
 明らかに暴れ足りない真帆をなだめながら、
 後頭部を押さえたジョーカーはこそこそと退場して行った。
『やっぱりジャーマン!おはようからお休みまでジャーマン!!』
 訳がわからないけど何だか得意げな永原のマイクが心に痛い。
 この後、さらに小川や鏡からも散々からかわれることになるジョーカーであった。



by right-o | 2010-08-26 20:55 | 書き物