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『エンジェルカップ』四日目第三試合 中森あずみVS小早川志保

 TNA組にとっては使い慣れたロッカールーム。
 しかし普段の何倍もの人数が集まった今日は、一部屋当たりの人口密度が増加している。
 その床にマットを敷いて、ジョーカーと真帆がTの字になって寝ていた。
「zzz……」
 仰向けになって寝息をたてる真帆の、上下するお腹の上に頭を乗せて、ジョーカーは静かに目を閉じている。
「あなた達……普段は控室が違うから知らなかったけど……」
「試合がある時の方がぐだぐだしてますよね……」
 鏡と、休憩に来ていた小川は呆れかえってしまった。
 度外れた自信家の鏡でさえ、試合前のウォームアップぐらいはするのだ。
「ふん、試合の前から体力を使ってどうするんだ」
 器用に片目を開けて言い返したジョーカーの前を、青い長髪が横切った。
 ジョーカーと違って完璧な準備運動をこなしたあとも、中森は汗一つかいていない。
 控室を出る中森の様子は、試合に行く時も手洗いに立つ時も変わらないようだった。


「はっ!」
 ロープを軽やかに飛び越えてリングインした小早川は、赤コーナーの上で両手を広げて客席にアピール。
 自分以上の歓声を受ける小早川を、中森は冷めた目で見つめいている。
 小早川はここまで一勝一分け、対して中森は一勝二敗。
 三日目に自分よりかなり大型の朝比奈を破っている分も合わせ、小早川の方が流れに乗っていると言えた。
 とはいえ、たとえ何連勝したところで「流れに乗る」などという表現と中森とは無縁だったが。

 ゴングと同時に突っ込んで来た小早川の脇をすり抜け、中森は素早くバックを取る。
「おっ!?」
 と同時に小早川を真上に持ち上げて仰向けに倒し、グラウンドへ。
 小早川の背中で半回転すると、倒れたままの状態でフロントネックロックに捕らえた。
 なんとか立ち上がろうともがくところを、うまく体重を前に預けて動きを封じる。
 このままの状態が数十秒続いた。
「ふんっぬ……!!」
 どうにか小早川は中森の圧力を跳ね除けようとしたが、
 その立ち上がりかけたところへ、腹部に膝が突き刺さる。
 思わず体を曲げて怯んだ小早川に対し、中森はロープへ飛んだ。
「……うりゃあああッ!!」
 しかし、弾丸のように飛び出した小早川のフライングショルダータックルが、
 ロープの反動を受けた中森を吹き飛ばした。
 その瞬間、退屈していた客席も一気の盛り上がりを見せる。
 文字通り試合が一気に動き始めた中で、小早川の勢いが再燃した。

 静と動のターンがはっきり分かれた試合は、双方ダメージの上では拮抗したまま十分を過ぎた。
「うおおおッ!!」
 コーナーに振った中森に対し、走り込んだ小早川の串刺しエルボーが決まる。
 そのまま対角線に振ると、小早川は一気に体を弾ませた。
 走りながらマットに手をついての見事な側転から、勢いそのままに側面から中森へ突っ込む。
「ぐっ……」
 体重の乗ったスペースローリングエルボーに、流石の中森も表情が歪み、腰が落ちた。
「よしっ!」
 勝負どころと見た小早川は、素早くエプロンに出て中森の背後にあるニュートラルコーナーに飛び乗った。
 中森の後頭部に右膝を添えると、そのまま全体重を前へ。
 必殺のカーフブランディングを狙ったが、中森は自ら頭を下げつつ背中の小早川を前に投げ出す。
「わっ!?」
 左足一本で着地した小早川の右足へ、カーフブランディングを切り返してのアンクルロック。
 これで完全に攻守交替かと思われたが、
「負けるかぁッ!!」
 残った左足で素早くマットを蹴ると、掴まれた右足を軸に半回転し、左の踵で中森のこめかみを蹴った。
「ぐぁっ……!」
 たまらず中森は手を放し、小早川はすぐさま立ち上がる。
 再度、試合は振り出しに戻った。
 が、ここで中森が意外にもエルボーで突っ掛ける。
 驚きながらも、望むところとばかりに小早川もエルボーを返し、打ち合いへ。
 二回りは体格で劣る小早川は、それでも全く引かないどころか、次第に押し始める。
 中森の試合としてはかなり珍しい展開に、会場も一気の盛り上がりを見せた。
「これでッ!!」
 ふらついた中森に対し、小早川は押し切るつもりで体ごと右肘を叩きつけた。
 が、これは空を切る。
 小早川の右肘をかいくぐってその下に頭を突っ込んだ中森は、右腕を小早川の左肩にかけ、
 左腕で右足をすくって思い切り反り投げた。
 初めからこの瞬間、エルボーにカウンターを取るタイミングを待っていたのだ。
 かなり角度をつけたエクスプロイダーで頭から叩きつけられたが、
 それでも小早川は、投げた中森よりも早く立ち上がった。
(よくやる……!)
 意地というか本能というか、考えるよりも早く立った小早川に体がついていかない。
 思わず中森に覆いかぶさるようにふらついた小早川へ、中森は再度エクスプロイダーの体勢から、
 左腕を右の太腿に通して相手の右手首を掴む。
 さきほど以上の角度をつけて投げ切り、小早川の意地を断ち切った。

 ○中森あずみ(12分14秒 リストクラッチ式エクスプロイダー→片エビ固め)小早川志保×


by right-o | 2010-08-14 18:44 | 書き物