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「リングイン/リングアウト」

 相羽和希、ノエル白石、それに杉浦美月が、寮の一室に集まっていた。
 三人揃ってのデビュー戦を翌日に控えたこの夜、彼女たちは、明日から始まる自分たちのキャリアについて語らいながら、
 それぞれに(専ら相羽と美月が)高まる緊張を和らげようとしていた。

「そういえば、最初リングに入る時ってどうするんだろう」
「リングに入る時って……ああ、リングインの方法ですか」
「うん。でも新人の内は、あんまり目立つことしない方がいいのかな」
「いえ」
 会話の途中で、美月の眼鏡がキラリと光った。
 丸机を挟んで盛り上がる二人をよそに、傍らでは机に突っ伏したノエルが寝息を立てている。
「新人かベテランかなどということは関係ありません。
 プロレスラーたるものは目立つのが仕事。そのためにはリングイン一つとっても工夫が必要です」
「そうかなあ。でも、その辺は全然教えられてないよ?」
「まあわざわざ練習するものでもありませんけどね。
 ただ確かに……目立つと言っても、リングインの方法など流石にやり尽くされているでしょうし、
 今更独自のものを研究する時間もありません」
「ってことは、やっぱり普通に……」
「そうではなくて、手っ取り早く言えば誰かの真似をすればいいんですよ」
 ここで暫く、相羽と美月は視線を中に浮かせて考え込んだ。
「うーん、真似って言われても……」
「とりあえず、思いつく限り先輩方のリングイン方法を上げてみましょうか」
「ん~……ああ、ソニック先輩はカッコイイよね!」
 ソニックキャットは、入場時コーナーに上ってポーズを決めたあとでリングへ飛び下りる。
 同じパターンのリングインは他にウィッチ美沙がいて、
 こちらはコーナー上で「美沙があなたを裁判します!」と言ってから。
「最初にコーナーへ上る形ですね。これは目立ちますが……何というか、キャラが確立してる人専用じゃないでしょうか」
「あと覚えてるのが、市ヶ谷先輩」
「ああ、アレ……」
 市ヶ谷の場合、必ずお付の二人がトップロープとセカンドロープを一杯に広げたところで、本人が悠々とロープを跨ぐ。
「あの人ならではですね。他人には真似できません」
「真似できないと言えば、前にみぎり先輩が一回だけトップロープ跨いだよね?」
「直後に本人が恥ずかしさでへたり込んだ時ですね。誰がやらせたんでしょうか」
「他だと、鏡先輩のもよく覚えてる」
 鏡は、エプロンから客席に向けて自分の肢体を見せびらかすように体を反りつつ、
 そのままサードロープを蹴ってぐるりと反転し、リング内に着地する。
 ちなみに同じ方法でリングアウトするのが十六夜美響で、
 こちらはリング内からロープに背を預けながらトップロープ越しにセカンドロープを掴み、
 同じく後ろに一回転して場外に下りる。
 こちらは鏡と違って色気を感じさせず、十六夜の体格に似合わない身軽さを示しているかのようであった。
「残念ながら、和希さんでは誰も喜びません」
「う、でも美月ちゃんに言われたくない」
「……。さて、私が印象に残っているのは、まず八島先輩でしょうか」
「え、普通じゃない?」
「いやまあ、普通なんですけどね。そこを普通に感じさせないのがあの人というか」
 八島のリングインはゆっくりとセカンドロープからリングに入るだけなのだが、
 対戦相手への視線を外さないまま、あの大きな体がのそりとロープをくぐる様は、なんとも言えない迫力があった。
 ついでに言えば八島はリングアウトの方が少し凝っていて、
 トップロープから乗り出してサードロープを掴み、そのまま体を横に逃がして場外へ着地する。
「あとは、滝先輩、祐希子先輩、真田先輩ぐらいですか」
 滝は、ロープをくぐる前にセカンドロープに片足を引っ掛け、客席に投げキッスやら何やらとアピールする。
 ちなみにこれと同じ形で客に悪態を吐くのが村上姉妹。
 祐希子の場合は片手でトップロープを持ってひらりと飛び越え、
 真田は花道からダッシュしてきた勢いのままリングに向かって滑り込む。
 どちらも選手のキャラクターがよく現れていて、客ウケがよかった。
「そうそう、綾先輩のは可愛いよね」
「小川先輩なんかは単純ながら一工夫ある感じですね。それと神田先輩はリングインが突然派手になりましたっけ」
 榎本綾はセカンドロープを掴んだあとで小さく跳ね、片足ずつリングに着くのではなく、一気に体をロープの中へ入れてしまう。
 これもリングをちょこまかと動き回る彼女の個性が現れていると言えた。
 小川はロープに正対してからまず上体でトップロープをくぐり、
 次いで差し入れた右足でサードロープを蹴って残った左足を抜く、珍しい形。
 最後の神田は、何に感化されたのか、両手でトップロープを握ってから前転してのリングインを最近やり始めた。
「う~ん、どうしようかな~」
「迷いますね……」
 話が尽きない二人の傍らで、「もっと試合の内容に関わる部分について議論しろよ」と、
 ノエルが思っていたかどうかは定かではない。

 翌日。
 まず真田式リングインを試みた相羽は、滑り込んだ際にリングと自分の間に起こった摩擦熱で悶絶し、
 次いで小川の真似をしてみた美月は、サードロープを蹴り損ねて前にずっこける。
 そんな二人を尻目に、ノエルだけが神田と同じ方法で華麗にロープを飛び越えて見せたのだった。
 が、雑誌やらネットやらでは失敗した相羽と美月の方に注目が集まったのだから、
 本人たちの思惑はどうあれ、目立つということに関しては成功したと言えなくもない。

by right-o | 2009-10-20 21:23 | 書き物