「ドウモ・ラリアト」 ソフィア・リチャーズVSカレーウーマン
社長が一人でパソコンに向かっていると、社長室のドアが突然大きく開け放たれた。
「社長!!」
「うおっ!何だ菊池、せめてノックぐらい…」
「それどころじゃありません!祐希子さんが大変なんです!!」
「祐希子がどうした?電話で何か言ってきたのか?」
社長室に乱入してきた菊池が慕う祐希子は今、海外遠征に出ていた。
当然の流れで、社長は単身で外国にいる祐希子の身を案じたのだが、
「そうじゃありません!とにかくコレを…」
言うなり菊池は社長を押しのけてパソコンを占拠すると、暫く検索サイトに色々な言葉を入力しては試していた。
が、結局目的地にはたどり着けなかったらしく、
「もうっ、さっきのアレはどこなのっ!?こうなったら朝比奈さんを呼んできます!!」
「い、いや俺にも仕事がだな…」
こと祐希子については普段以上に熱の入る菊池の背中に、社長の声は全く届かない。
数分後、菊池に引っ張られるようにして部屋に入って来た朝比奈が開いたのは、
ある海外の動画投稿サイトであった。
『コ~ンニチワ~』
という、外国人による間の抜けた日本語発声のあと、
黄色と赤を基調にした全身コスチュームに黄色い帽子を被った、赤いマスクのレスラーが入場ゲートに姿を現した。
そいつは皿を持つように開いた両手を肩の上で上下させて踊りながら、
体を揺らしつつリングに転がり込むと、帽子を客席に向かって投げ捨てた。
そして帽子の下から現れたビニール製のカレーを得意げにアピールし、指で皿の縁を拭う。
業界にマスクマンは数いれど、マスクの上にカレーを乗せたヤツはまず他にいないだろう。
『From Yamaguchi,Japan....CURRY WOMAN!!!』
TWWAのリングアナからコールを受けたカレーマスクは、コーナーにもたれて胡散臭そうに自分を見ている対戦相手に対し、
指を曲げてcurryの「C」の字を作った右手を大きく顔の前に突き出した。
動く度にピンク色の後ろ髪が揺れたが、ここTWWAの常設会場に、
それを見てマスクの下を推測できる人間などいるはずがない。
「…なんなのコイツ。馬鹿にするんじゃないわよッ!」
ふざけた対戦相手に業を煮やしたソフィアが、ゴングと同時にその頬を張り倒そうとする。
が、カレーマスクはひょいと身を屈めてこれを難無くかわした。
「このっ、このっ!!」
更にソフィアは意地になって左右の平手を振り回すが、かする気配すらない。
どころか、ソフィアの攻撃をかわすごとに、怪人は左ジャブを小刻みに繰り出していく。
「うっ、くっ、このぉっ!!
何度目かにソフィアが怯んだところを見計らい、大きく振りかぶった怪人の右パンチが炸裂。
仰向けに引っくり返ったソフィアを足で転がしてうつ伏せにすると、その上に飛び乗って踊り始めた。
「もう、なんなのよ…ッ!?」
振り払って飛び起きたソフィアの目に、怒りと恥ずかしさのせいで涙が滲んでいる。
この怪人、どこをどう見ても色物でありながら、中身が中身だけに動きは異様なほどキレていた。
ソフィアが一方的に遊ばれる展開が数分続いたあと、フィニッシュはあっさりと訪れる。
ロープに飛ばしたソフィアが跳ね返ってくるところを目掛け、カレーマスクの右腕が唸りを上げた。
「ぎゃあッ!!」
抜群のタイミングでカウンターを受けたソフィアが一回転すると同時に、
怪人は何故かそのカレーが乗った頭をペコリと下げてお辞儀。
『ドウモ、ラリアット!!』
試合前に本人から伝えられたと思われる技名を実況が叫んでいたが、
果たしてアメリカ人に意味がわかっているのか怪しいものである。
ともあれ、試合そのものはカレーマスクの勝利で終わった。
試合後もノリノリでアピールを続けるカレーであったが、リングに上がったインタビュアからマイクを向けられると、
そのマスクの下に明らかな動揺の色が表れる。
どうやら、英語は苦手らしい。
「え、え~っと……」
口ごもるカレーマスクを見て、同じTWWA所属外選手のよしみか横からソフィー・シエラが割って入り、
カレーに向けてそっと片目をつぶって見せた。
自分が適当に誤魔化すから、何を喋ってもいいと伝えたかったのだろう。
「…び、ビューティイチガヤ、サンダーリュウコ、ブレードウエハラネ!」
『彼女は、この団体で更なる高みを目指すと言っているわ』
「パンサーリサコ、ボンバーキシマ、えーっと…メグミ・ムトウネ!」
『こんな雑魚では相手にならない。メガライトを出せ、血祭りにしてやると言っているわ』
…というような、適当なのか機転が利くのかわからないソフィーとのやり取りもあって、
とりあえず、カレーマスクは歓声を背にデビュー戦のリングを降りることができたのだった。
「くっ…はははは!なんだあのカッコは!!」
「な?面白ぇだろ!昨日ネット見てたら偶然見つけたんで、みんなに教えてやったんだよ」
「二人ともっ!笑い事じゃありませんよ!!」
モニターを指さして笑う社長と朝比奈を見て、菊池は机を叩きながら熱弁する。
「祐希子さんはきっと向こうで不当な契約を結ばされて、嫌々あんなことをやらされているに違いないんです!
さあ、今すぐあの団体に抗議してくださいッ!!」
「いやー、あれは絶対楽しんでるだろ。カレーをモチーフにしたマスクマンなんて、
アメリカ人は普通思いつかないだろうし」
「だよな。っていうか、いくら英語が喋れないからってあのマイクアピールはねーよなぁ。
あれ思いついた名前適当に言ってるだけだろ」
「そんなことありません!!!」
楽しんでやっているのかどうか。
それは結局、本人のみぞ知るところであった。