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「パワートリップ」 マイティ祐希子VS武藤めぐみ

 一年で最も大きな大会のメインイベント、世界王座戦。
 セミで龍子に完璧な3カウントを喫した市ヶ谷が、悔しさを体中に滲ませながら退場するのを待たず、
 入場ゲート上の大型ビジョンは早速この試合の煽り映像に切り替わった。
 
 今年、全レスラーの目標と言えるこの舞台に立つのは、マイティ祐希子と武藤めぐみ。
 挑戦者である祐希子は、長きに渡ってこの団体を引っ張ってきた、誰もが認める大エースである。
 しかし、そんな彼女が長期の欠場に入っていた一年の間、
 祐希子不在の団体を人気・実力の両面から支えてきたのが、現在の王者である武藤めぐみであった。
 そして、数ヶ月前に復帰した祐希子が熾烈な挑戦者争いを勝ち抜いてめぐみの前に立ったことで、
 新旧二人のエースによる、真の主役を決める戦いが実現することになったのだった。


 リング上で改めて二人が向かい合った時、数万人の歓声は物の見事に割れた。
 それぞれ「祐希子」「めぐみ」を呼ぶ声が完全に拮抗し、全体として何を言っているのかよくわからない。
 さらにゴングが鳴った後も膠着状態は変わらなかった。
 スピードは互角、やや力に勝る祐希子に対し、めぐみは鋭い打撃で対抗する。

 そんな中、まず均衡を破ったのはめぐみ。
 走り込んできた祐希子にカウンターの低空ドロップキックを決めると、
 片膝をついた祐希子へシャイニングウィザード…ではなく、有り得ない低さのフランケンシュタイナーで飛びつき、
 中腰の祐希子を頭からマットへ突き刺した。
「ぐっ!?」
 予想外の攻撃にふらつきながらも、すぐに立ち上がろうとした祐希子に合わせ、
 ロープの反動を使ってのフライングニールキック。
 通常より打点の高いめぐみの一撃は、見事に祐希子の眉間を射抜き、
 かつて大きな目標だった先輩を昏倒させた。
 が、これであっさりと幕を引いていい舞台ではない。
 意地と根性に加えてファンの応援も味方したか、祐希子はめぐみの必殺技を2.9で跳ね返して見せる。
 
 対して祐希子の反撃は、正調のフランケンシュタイナーに来ためぐみを
 投げっ放しのパワーボムで切り返したところから始まる。
 すぐに立たせためぐみを背後から肩車で持ち上げ、両手を体の前で交差させる形で固定。
 そのまま背後に倒れてJOサイクロンで叩きつけたが、まだフォールにはいかない。
「決めるよッ!!」
 位置を整えためぐみを背にしてコーナーに上り、滞空時間の長い独特のムーンサルトプレスへ。
 天女の飛翔は完璧だったものの、めぐみもまた祐希子絶対の決め技に肩を上げて見せる。
 体力でも気力でも、双方全く譲らない。
 普通なら試合が終わるような場面を二度も乗り越え、二人の戦いが未知の次元へ入ろうとしていたこの時、
 実は密かに試合の結末が入場ゲートへその姿を見せていた。


「このぉ!」
「このッ!」
 互いに技と余力を出し尽くしたかに見えた二人は、暫く何も考えられないまま、
 ただただリング中央で足を止めてエルボーを打ち合った。
 そんな肘の応酬が数え切れなくなった頃、やや足をふらつかせためぐみに対し、
 祐希子のローリングソバットが顎を捉える。
 どうにか倒れずに踏み止まっためぐみの横をすり抜けてロープを背にし、
 祐希子が背後からフェイスクラッシャーか何かを狙おうとした時、
「…ハァッ!」
 めぐみは突然後ろ向きに回転し、その場飛びのニールキック。
 これ以上ないタイミングのカウンターが、再び祐希子の眉間を撃ち抜いた。
「ぐぅっ……うあああああ!!!!」
 しかし、一度は仰向けにマットへ倒されながら、祐希子は一瞬で起き上がる。
 今度は何を狙ったかわからないが、とにかく勢いのままロープへ走り込んで戻って来たところで、
 めぐみの左足が、走って来た祐希子の右足の付け根辺りにかかった。
「私が…勝つんだッ!」
 続けて右膝が祐希子の顎を下から突き上げ、一時的に意識を吹き飛ばす。
 スタンディング式のシャイニングウィザードとでも言うような一発が、
 続け様のカウンターとして綺麗に入った。
(私が、勝つんだ)
 思わず口をついて出た言葉を無意識に反芻しながら、めぐみは最後の仕上げにかかる。
 シュミット式バックブリーカーを挟んで祐希子を横たえ、コーナーに上がっためぐみは、
 最後の気力を振り絞り、祐希子と同じかそれ以上の華麗さで宙を舞った。



 新しいエースが古いエースを下し、若干の寂しさを残しつつの大団円――
 完全にそんな気分に浸っていた観客達を、いつの間にかリングサイドにいた市ヶ谷が現実に引き戻した。
 カウント3直前、ムーンサルトからフォールに入っていためぐみの足を引っ張り、決着を阻止。
 さらには止めに入ったレフェリーへ暴行を働くと、持っていたイスをめぐみの脳天に振り下ろしたのだ。
 だが、これだけなら良かった。
 「またいつものワガママで、試合を壊しに来たか」と、そう思っていた観客達は、
 続いてふらふらと立ち上がった祐希子へも、市ヶ谷が当然に何かするものと信じて悲鳴を上げる。
「………」
 しかし、何を思ったか市ヶ谷は無言のままでイスを祐希子へ差し出し、祐希子はそれを躊躇なく受け取った。
「…あとで何とでも言えばいいわ」
 ぐったりしためぐみを、市ヶ谷が無理矢理に起立させる。
「ただ、どうしても勝ちたかった。そのベルトが欲しかった。それだけのことよっ!!」
 祐希子対めぐみ。
 近年稀に見る注目カードと言われたこの試合を決めたのは、
 ムーンサルトプレスでもフライングニールキックでもなく、イスを使った一撃だった。
 「なんで!?」「どうして!?」周囲が口々に言い騒ぐのを意にも介さず、
 年間最大のイベントは、祐希子と市ヶ谷の固い握手という、
 ファンの期待を最悪の形で裏切る行為によって締め括られたのであった。

by right-o | 2009-06-28 23:07 | 書き物