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「サムソンクラッチ」「SMF」 杉浦美月VSラッキー内田

(こうして見ると、大したことは無さそうな……?)
 内田は、目の前の対戦相手をそんなふうに値踏みしていた。
 杉浦美月。
 初めて参戦したこの団体で、今ちょっと注目されている若手である。
 冷静を絵に描いたような表情で赤コーナーを背にしているあたり、
 並の若手とは違うように思えなくもないが、体格は内田より二回りは小さい。
(どんなもんか、少し遊んでみますか)
 そんな心の余裕を顔には全く表さず、美月と同じような表情をした内田は、
 もたれかかっていた青コーナーを離れてリングの中央へ足を進めた。


「よろしく」
 ゴングが鳴ったと同時に、内田はそう言って右手を差し出す。
「………」
 対する美月は躊躇無くこれを握り返した。
 瞬間、内田は正面から飛び掛かり、
 左足で美月の右肩を跨ぎながら右足で首元を押さえると、
 小柄な相手をそのまま引き倒すべく自分からマットに転がった。
 が、この奇襲にも美月は動じず、
 内田の両肩がマットについたところを見計らって上から押し潰しにかかり、
 あとコンマ数秒で記録的な秒殺勝利になるところであった。
「おっと!?」
 内田はくの字に折り畳まれた体を一気に伸ばしてフォールを跳ね返すも、
 勢い余ってうつ伏せになった体勢を美月が見逃さず、
 一旦グラウンドのヘッドロックに捕らえてから体を滑らせ、
 正面に回ってフロントネックロックへ。
「ち」
 下になった内田が自分の首に回された美月の手首を取って抜け出すも、
 美月もさらに切り返しを見せ、とにかく内田を立たせようとしない。
(可愛くないヤツ…!)
 恐らくは対戦する相手の体格や戦法、
 性格まで事前に調べた上で試合に臨んでいるらしい対戦相手に対し、内田は率直にそう感じた。 
 確かにキャリアが上の選手から見れば、こういった、
 言ってみれば小賢しいタイプの若手は可愛げ無く移るだろう。

 暫し関節の取り合いを続けていた両者が距離を取ると、
 客席からは一斉に拍手が沸き起こった。
「ふん」
 全くの互角に見えた両者だったが、ここに来て内田は余裕の笑みを浮かべる。
 そして再度互いが接近し「組むか」と見えた瞬間、美月の頬に強烈な張り手を一閃。
「うっ…!?」
「ほらほら、やり返してみなさい!」
 言いながら背中を反らせて手招きし、体格差を強調しながら撃ち合いを誘った。
 仮に技術が互角だったとしても、他の要素で自分に優る点は無い――と、
 隠していた余裕をあえて顔に出して挑発し、美月の反応を待つ。
 美月の若手らしくない戦い方と落ち着き払った表情を見て、
(ちょっとイジメてやるか)
 という思いも内田にはあったのだろう。
 頬を張られたあと、いかにも意外だったという風に横を向いたまま黙っている美月を見て、
 内田の嗜虐心はやや満足した。
 しかしその実、美月の方は内田が思っているより一段と可愛げが無い。
「いっ!?」
 相手の注意が自分の顔に向いているスキを突き、美月が思い切り内田の足を踏んだのだ。
 次いで思わず内田の頭が下がったところへ、バチッ、と音を立てて張り手のお返し。
 そして意外なことに、右足を振るって右の脇腹付近を狙ったトーキックを繰り出してきた。
(コイツ…っ!)
 内田は難なく身をかわしてこれを避け、逆に蹴り足に右腕を巻き付けて小脇に抱えるように固定。
 さあどうしてくれようか、と考え始めた内田の目の前で、足を取られたままの美月が回転した。
 残った左足を浮かせて内田に背を向けると同時に、踵を左脇に差し入れるようにして後ろ向きに飛びつき、
 そのまま体重をかけ前方に内田を倒しながら、しっかりと両脚を掴む。
 前転の途中で両肩をついて止まった内田の頭に乗るようにして、絶妙な丸め込み技が決まった。
「う…ッ!?」
 これはきわどかった。
 跳ね返した内田も、返された美月も指を三つ立ててレフェリーに確認してしまったが、
 結果的にはこの間が明暗を分けたかも知れない。
 我に返った美月が向かって行った時には、内田にも迎え撃つ準備が出来ている。
 カウンターのハイキックで美月の側頭部を薙ぎ払うと、
 ぐらぐら揺れている小さな頭に背中を向け、顎を屈んだ自分の右肩へと乗せた。
(コレまで切り返されたら、諦めるけどね…!)
 首を持ったままでバック宙を決めて尻餅をつき、後頭部を変形のリバースDDTで叩きつける。
 データに無かったのか、それとも体が動かなかったのか、
 ついに美月は何もできないままでマットに沈められた。


「ホラ」
「………」
 試合後に再び差し出された右手を、美月は暫く眺めていた。
 迷った挙げ句に握り返してみると、いきなりぐっと力を込めて内田の方に引き寄せられ、
 体が緊張して硬くなったが、内田は、がさがさと美月の頭を手荒く撫で回すだけで解放する。
(健気なヤツ)
 手を合わせてみて、内田は美月の苦労を感じ取っていた。
 対戦相手のデータを入念に研究するというのは、
 体格で圧倒的に劣る中で周囲について行くための、美月なりの工夫なのだろう。
(これからも厳しいだろうけど、ま、注目しといてやるか)
 内田はリングを降りながら、何やらわからずに首を傾げている後輩に向け、
 一つ目配せをしてやった。


by right-o | 2009-04-26 18:53 | 書き物