「ヨシタニック」「バイスグリップ」 サキュバス真鍋VS大空みぎり
「はーい、みんなお待たせ☆あたしがいなくてぇ、寂しかったでしょー?」
怪我による数ヶ月の欠場から帰ってきた真鍋つかさは、早速リングを占領して自分の世界に浸っていた。
実力は全く無いものの、その小憎らしいキャラクターとやられっぷりの良さで、彼女の会場人気は驚くほど高い。
「で、今日は何か、新人のデビュー戦の相手をして欲しいって言われてるんだけどぉ、
まー休み明けのリハビリには丁度イイっていうか~。
何にしてもちゃっちゃと終わらせて帰る予定だから、さっさと入場しちゃって…」
つかさの話を遮り、聞き慣れない曲と共に現れた新人レスラーを見て、
会場中が一斉に「おお…」とどよめいた。
「ぬぁ…!?」
明らかにデカイ。
遠目の目測だと、身長がつかさの二倍ぐらいあるように錯覚してしまう。
そのくせ見た目は厳めしくなく、フリルだらけのコスチュームで覆った体の上に、
おっとりした可愛いらしい顔が乗っていた。
「こ…このあたしとデビュー戦で戦えるんだから、光栄に思うと…いいよ…」
「あ、はい。よろしくお願いします~」
動揺しつつ悪態を吐くつかさに対し、新人・大空みぎりはにっこり笑って返した。
『ぷっ…』
リング上で二人が向かい合うと、客席のそこかしこから忍び笑う声が漏れた。
つかさとみぎりが相対する光景は、何か見ているだけで笑えてくるぐらいに不自然と言うか、
有り得ないというか、とにかく妙な感じを醸し出している。
大人と子供、とも違う、言うなれば、両方とも子供だけれど育ち方でこれだけ差が出ます、
という実例を目の前に突きつけられているようで、あまりにも両者に違いが有り過ぎ、
つい単に驚くというよりは笑えたり感心したりしてしまうような、そんな状況であった。
(どうしよかっかなー…)
と、もちろん実際に試合をさせられている方はそれどころではない。
つかさは、じりじりと迫ってくるみぎりを前にして、必死で作戦を考え込んでいた。
(よしっ!)
みぎりが目前にまで来た時、つかさは意を決して腰を落としていたみぎりの股をくぐり、背後へ抜ける。
「あらららっ…!?」
「とうっ!」
つかさを捕まえようとして前のめりになっているみぎりの背中へ、つかさは全力で体当たり。
見事に狙い通りみぎりをよろけさせ、レフェリーに接触させることに成功した。
「あらぁ…どうしましょう~?」
転倒した軟弱なレフェリーを心配してオロオロするみぎりを尻目に、つかさは客席へ一直線。
「はーい、どいてどいてー!」
慣れた様子で最前列の観客からイスを調達すると、リングに戻ってみぎりの後ろへ立ち、背伸びをしてその肩を叩く。
「はうっ…!」
振り向いたみぎりの腹部へ、畳んだイスの背で一撃。
思わず大きく腰を曲げ、45度に前傾したみぎりの背中へ、イスを捨てて正面から飛び乗った。
「いただきッ!」
みぎりと逆を向いて背中に乗った状態から、胴に回っている両足をみぎりの両脇に引っ掛け、
その状態で一旦大きく背中を反って反動をつけると、そこから前方に大きく半回転。
みぎりが上体を起こそうとする力も利用し、大きな体を振り回しつつ超高速のローリングクラッチホールドを決めて見せた。
「はうぅ~…」
思い切り後頭部をマットに打ち付けて目を回したみぎりに対し、ここで丁度よく起き上がったレフェリーがカウントを入れる。
が、際どいところでみぎりは肩を上げ、押さえ込んでいたつかさは体勢を崩した。
「はぁ!?」
カウント2をアピールするレフェリーに、すかさずつかさが食って掛かる。
「ちょっと、どこ見てんのっ!?ちゃんと3つ入ってたんだから!!」
手足をジタバタさせて駄々をこねるつかさに対し、客席から笑い声に混じって「真鍋、後ろー!」の声が飛んだ。
「へ…?」
しかし、つかさは振り返れなかった。
ゆらりと起き上がったみぎりの両手が、背後からつかさの顔を挟むように固定しているのだ。
「もう、許しませんよぉ~!!」
「むぐぅ!?」
両頬に掌を押し当て、みぎりは一気に力を込める。
たったそれだけの単純な技だったのだが、
「ひぃぃぃ…ぎびゅあっぷぅ……!!」
顔を真ん中に向かって思い切り圧縮され、つかさは必死でタップしつつ何事かを叫んでいた。
翌日、『脅威の新人あらわる!』というコピーと共に、みぎりのデビュー戦についてスポーツ新聞に掲載された。
が、写真つきで載っていたその記事において、最も読者の注目を集めたのは、
まるで「にらめっこ」で相手を笑わせるためにやるような変な顔にされたまま、
必死でギブアップを訴えているつかさの表情だった。