「垂直落下式ブレーンバスター」「TKO34th」 伊達遥VS森嶋亜里沙
旗揚げから団体を引っ張った龍子や、二年以上に渡ってベルトを保持したみことと同じく、
長期政権を築くかと思われた十六夜が、意外にあっさりと王座を明け渡してしまったことで、
団体のトップを巡る争いは一気に激化することになる。
ほとんど偶然に十六夜からベルトを奪回したみことに、
もはや全盛期の力が無いことは誰の目にも明らかであり、
彼女以外の選手達にとっては、再び十六夜の番が回ってくるまでの間こそ、
自分が王者になるための絶好の機会と映っていた。
そんな折、最初にチャンスをモノにしたのはパイレーツ森嶋。
十六夜よりさらに若い森嶋が六歳上のみことを倒したことは、
彼女の時代が終わったことをより強く周囲に印象付けることになったが、
しかし、そんな時の流れに正面から待ったをかけようとする選手が現れる。
それが伊達遥だった。
みこと同い年の伊達はこれまで、元はタッグパートナーでもあった同世代のエースに阻まれ続け、
一度もシングル王者の経験が無い。
だがそれだけに、年齢的にもラストチャンスになりそうな今回にかける意気込みは凄まじく、
加えて自分とみことの時代が終わることを認めたくない心も手伝って、
かつてない自己主張を見せて森嶋への挑戦に漕ぎ着けたのであった。
ともに170cmオーバーのスラリとした体格の両者が、まずは冷たい視線を交しつつ向かい合う。
そこから腕の取り合いが始まり、王座戦らしい静かな立ち上がりになるか、と一旦は思われた。
そんな時、いきなり伊達が序盤から大技の口火を切る。
何気なく首投げで森嶋を前方に投げて尻餅をつかせ、
同時に自分も前転して同じ姿勢で並ぶと、
「ハッ」
と、片手を軸にしてその場で回転し、得意の地面を這う延髄斬り。
「…くッ」
耐えて起き上がる気配を示した森嶋に対し、伊達は素早くロープへ飛んでクローズラインで引き倒そうとするも、
これをかわした森嶋が伊達の背後に回りこみ、コブラクラッチに捕える。
伊達の勢いを殺してペースダウンを図るかに見えたが、そうではなかった。
「ッ!」
森嶋は、伊達の首に自分の腕と相手の腕を巻きつけた姿勢のまま、
背後に体を反って一息に投げ飛ばし、伊達を頭からマットへ叩き落した。
この攻防が引き金となり、これ以降互いに大技を掛け合い耐え合う、凄惨な試合が幕を開ける。
ひたすらな我慢比べが続く中、やはり伊達の執念が光った。
「おおおぉぉぉぉぉぉ!!」
うつ伏せで肩に担いだ状態から相手の足を跳ね上げ、旋回させつつSSDのように落とす森嶋の必殺技を、
カウントどころかカバーされるのも拒否し、雄たけびを上げて立ち上がる。
唖然とする森嶋に対し、その側頭部へすぐさま右のハイキック。
「倒れろ、倒れろ!!」
間髪入れず左ハイ、さらにもう一発右を入れて棒立ちにすると、
前のめりに倒れようとした森嶋の頭を脇に挟んで捕獲。
「倒れろッ!!」
腰を入れて一気にブレーンバスターで持ち上げ、頂点で止める。
そこから後ろに投げ捨てず、森嶋の首を固定したままで自分だけが勢いをつけて背中から倒れ込んだ。
自然、森嶋は逆さまになった姿勢で垂直に、頭からマットへ突き刺さる。
これこそが“脳天砕き”という和名そのままの、“ブレインバスター”本来の姿である。
「グッ…!?」
垂直方向に圧縮される負担は、頭と胴を繋ぐ首にかかる。
森嶋は思わず自分の首に手をやりかけたが、伊達が許さなかった。
一度投げ終わったあとも掴んだ腕を離さなかった伊達は、倒れた姿勢から体を捻りつつ自分と森嶋を強引に立たせると、
もう一度持ち上げ、頭から落とす。
それでもまだ手を放さず、さらにもう一発。
まるでジャーマンのようにロコモーション式のブレインバスターを三発決め、
ようやく森嶋を押さえ込んだ。
「ま…だっ!」
ほとんど殺意を疑われるような無茶苦茶な攻めだったが、それでも森嶋は三つを許さない。
「!?」
デビュー以来初めて、伊達はレフェリーに対して指を三本立てて見せた。
そしてレフェリーが首を振る姿を呆然と眺めつつ、攻めていながら息の上がってしまった自分に気づく。
(ダメかな)
頭の方はそう考えてしまっても、体は勝手に動いた。
序盤と同じように森嶋の起き上がりを狙い、ロープへ走る。
何がしたかったのか自分でもわからなかったが、結局何かする前に止められた。
森嶋はこの土壇場でも冷静に、返って来た伊達の胸板へカウンターのミドルキック。
続けて太股の裏へのローキックを挟み、伊達と同一線上の側面に逆方向を向いて立つと、
そこから真上へ飛び上がり、後頭部をヒールキックで蹴りつける。
「いくわ…!」
前に傾いた伊達を再度両肩へうつ伏せに担ぎ上げ、
足を思い切り跳ね上げて角度をつけながら、今度は自分の正面ではなく側面へ、
ちょうど隣に並んで倒れるような形に背中から叩きつけ、その上へ必死で覆い被さった。
「ごめん…」
セコンドについていたみことは、マットの上で伊達を介抱しながら、黙ってかぶりを振った。
これで間違いなく、伊達とみことの時代は終わったのだ。
「あの…その…頑張って…」
「…わかった」
試合が終わり、すっかり素に戻った伊達が新時代のチャンピオンに声をかける。
それに応えてから、森嶋は改めてコーナーに上り、客席に向かって、防衛したベルトを掲げて見せた。
相変わらずの無表情からは何も読み取れなかったが、本人がどう考えているかに関わらず、その前途は決して明るくはない。
十六夜に加え、既に急成長を見せている後輩達が背後から迫って来ているのだ。
乱世の王者に、気の休まる暇は無いはずだった。