「レモン、ソルト&ビーンズデスマッチ」 越後しのぶVSオーガ朝比奈
「オラッ!」
エルボーの打ち合いを制したあと、越後をボディスラムで叩きつける。
相手を一時的にダウンさせた隙に公認の凶器を手にし、ひとまず自分に優位な状況を作り上げた…はずだったのだが。
「…どうすんだよ?コレ」
朝比奈は、コーナーに山積みされたレモンを手に取って考え込んでしまった。
これまで随分と色々な凶器を手にしてきた二人でも、試合中に食べ物を使うのは初めての経験だった。
この試合、元を辿れば社長のアイデアであるらしい。
使用する凶器がどんどん過激になっていく最近の風潮を心配し、
日常にある普通の物を用いて、それに工夫を加えることでデスマッチアイテムに変貌させるという、
頭を使ったデスマッチへの新しい試みなのだとか。
が、実際は単なる思いつきという線が濃い。
リング内三ヶ所のコーナー下に設置された凶器はそれぞれ、山盛りのレモン、袋入りの塩、枡に入った豆であり、
最後の「豆」は明らかに節分と「オーガ」朝比奈の連想から生まれたものだろう。
それでも試合をする選手達としては、それらを使って何とか格好のつくものにしなければならない。
とりあえず、朝比奈は青々したレモン一つを持って越後へ向かった。
軽く振りかぶって、立ち上がりかけの越後目掛けて放ってみる。
「イタっ!」
結構固いらしく、頭に当たって怯んだ越後をフロントハイキックで蹴り飛ばす。
(なんか、違うよなあ…)
我ながら要領を得ないと思っても、とにかくやってみるしかない。
対して、“塩”コーナーまで吹き飛んだ越後は、なかなか気の利いた切り返しを見せる。
素早く袋を破って塩を一掴みすると、追って来た朝比奈の顔面へ撒いた。
「うっ」
視界を奪われた朝比奈へドロップキックを決めて倒し、続いて越後は“豆”コーナーへ。
枡を手に取ると、
「鬼はぁ、外っ!」
言いつつ、倒れた朝比奈へ手掴みの豆を思い切り投げつける。
「いててててっ!!」
地味な痛さに転げまわった朝比奈がそのまま場外へ追い出されると、客席から笑いが起きた。
(これをやらせたかっただけだな)
社長の意図を汲んでやった越後の方も、さてこれからはどうしたものかと、困り顔だった。
このあと場外の朝比奈がイスを持ち出し、試合は暫し通常のハードコアマッチとして続いた。
そんな中、先に例の特殊な凶器の使い道を思いついたのは朝比奈。
越後をイスで打ち倒すと、先ほど自分が投げつけられた豆を手に取り、マットの上に撒く。
ついでに何粒か口に放り込んでボリボリいわせながら、引き起こした越後を、
自分が撒いた豆の上へ向かってボディスラムで叩きつける。
「いっ!?」
豆を潰しながら、越後は受身の通じない痛みに背中をよじって悶えた。
何の変哲も無い炒り豆だが、これが叩きつけられると意外に固い。
豆に関しては、人間より鬼の方が賢く使ったと言える。
続いて何も無いコーナーへ振ってから、朝比奈はそれぞれの手にレモンを一個と塩を一掴み。
越後をレモンで殴って大人しくさせると、コーナーに寄り掛かった越後の前を塞ぐようにして、
自分はその正面へセカンドロープを足場にして立ちはだかった。
「よっしゃ行くぞッ!」
何のアピールか分からなかったが、とりあえず客席は調子を合わせてくれる。
その状態から追い詰めた越後を見下ろし、右手に持ったレモンで越後の額を乱打。
「チッ、やっぱ使えねぇ」
痛そうだが特に変化が表れないのを見てレモンを捨てると、朝比奈は今度は越後の額へおもむろに噛みついた。
ここでようやく少し流血させ、次にその傷口へ、左手の塩を容赦無く擦り込んでいく。
「いっ…痛い痛い痛いッ!」
普段滅多に悲鳴を上げたりしない越後だが、それでもつい叫んでしまうぐらいにこれは痛い。
イスや竹刀で殴られるより、ただ痛いというだけならこっちの方が痛かった。
「どうだ。オレの方がうまく凶器を使えて…うぉ!?」
「調子に乗るなぁッ!!」
朝比奈のよくわからない自慢に腹が立ったわけではないが、とにかく越後は怒った。
セカンドロープに立っている朝比奈の両足を正面から掬い上げて持ち上げ、
そのまま投げっ放しのパワーボムで叩きつける。
そして朝比奈が倒れている間に塩を袋ごとリング中央にぶちまけ、
立ち上がった顔面を、潰れるほど激しくレモンで殴打。
フィニッシュへ向け、朝比奈を両肩に担ぎ上げた。
「食べ物を粗末にするなっ!!」
自分のことは棚に上げつつ、こんもりと盛り上がった塩の山へフェイスバスターで顔から突っ込ませ、
「このバカタレぇぇぇぇぇぇ!!!」
朝比奈が真っ白くなった顔を中腰で上げたところへ、走り込んでの低空ドロップキックで蹴り飛ばした。
(う~ん…)
なんとも緩い試合が終わり、勝った方も負けた方もどこか情けない顔をしていた。
「これで勝ったつもりか!」とか、「またいつでもやってやる!」とか言い出す気にはどちらもなれない。
ただ、こんな勝負でも意外に湧いてしまった客席から送られる、温かい拍手を耳にすると、
(まあ、いいか)
という気分にならなくもない。