TNA リプレイ 4年目11月~12月「ターニングポイント」
人の気配に気づいた龍子が振り返ったところへ、
まずは神楽が、チェーンを巻きつけた拳で顔面を殴り倒した。
「うわ、手、痛ったぁ…!」
「…あなた、バカじゃありません?」
突然のことに声も無く昏倒した龍子の首へ、
続いて鏡が神楽の取り落とした鎖を巻いて締め上げる。
試合終了後の乱入劇に、会場は騒然となった。
バックステージの霧子は、その様子をただ見ていることしかできない。
レスラーの暴挙に対して体を張って止める勇気は、流石に持ち合わせていなかった。
「ど、どうしよう…」
と言いつつひたすらオロオロしていたが、
実は霧子だけがこの事件の予兆があったことを知っている。
ほんの数日前、鏡と神楽がGM室を訪ねてきたのだ。
「あなた達、何か要求があるならリング上で…」
「そんな大それたことではありませんわ」
「そーそー」
追い返そうとする霧子を押し止めた二人が言うには、
「私達、手を組むことにしましたの」
ということだった。
「え?あなた達、仲が悪かったんじゃ…?」
「そこはホラ、何て言うか、戦う内に通じ合うところがあったとか、そういうことにしといてよ」
「そうですわ。私達は、自分の考えを理解し合える存在がお互いしかいないことに気づきましたの」
そう言って、二人は来月以降のマッチメイクで自分達の関係に配慮することを、
結局は霧子に要求して帰って行ったのだった。
(なんであの二人が?)
霧子にとっては訝しかったが、
元々鏡と神楽の諍いの根っこには同属嫌悪のようなものがあっただけで、
それが一旦どこかで解けてしまえば、気が合っても不思議は無いかもしれない。
とにかく、リング上では鎖に巻かれた龍子が、鏡の足の下に転がされている。
「あなた達、一体何の用ですの!?」
「用って…」
市ヶ谷に問われ、神楽と鏡はわざとらしく顔を見合わせた。
「まず一つは、私達『ビューティフルピープル』のお披露目ですわ」
ユニット名らしい。
この辺、鏡は誇らしげだが、神楽は内心で(ダサい)と思っていたりする。
「ハッ!この私を抜きにして美を語ろうなんて、とんだお笑い種ですわね」
「そう、それであなたも加えてあげようかと思ったんですの」
言いながら、鏡は龍子の頭を足で押さえつつ鎖を絞っている。
「…私に、あなた達の仲間になれと?」
「そりゃ別に無理に入れとは言わないわよぉ」
神楽は龍子が落としたベルトを拾い上げた。
「で、も。例えばあたし達はこんなもの全然要らないんだけど、あんたこれ欲しいんでしょ?
あたし達と手を組んだりしたら、結構簡単に手に入ると思うんだけど」
そう言って、市ヶ谷の前に放り投げる。
「…………」
「まあ、返事は年が明けてからでも結構ですわ。その間によく考えておくことね。
それではみなさん、良いお年を」
満場のブーイングの中、投げキッスしながら帰っていく二人の背中を見送った後、
市ヶ谷は、龍子を助けるでもなく、ただ一人黙って引き上げて行った。
このことが、市ヶ谷にとっての転機になるかどうか。
それはまだ、この時点からは答えが出ない。