November to Remember エピローグ
満場がスタンディングオベーションを送る中で、社長一人が青い顔をして呟いた。
試合を終えた六角と龍子は、遠目にも無事でないことがわかる。
激戦の疲労などではなく、明らかにどこか体の部位を痛めたことが原因で、
二人とも立てずにいるのである。
普段の興行なら、六角が落ちた時点で試合を止めただろうし、
何よりこんな試合は初めから企画もされない。
(こんなことが、プロレスか!?)
そう思った社長の感情は、周囲のファンからすれば時代遅れというか、
話にならないほどの浅慮だろう。
しかし、日頃から選手達に直に接している人間の持つ心境としては、
誰も笑うことができないものだ。
六角と龍子は、互いの恨みを晴らすためではなく、
観客を満足させるためだけに自主的にこんな無茶苦茶な試合を行った。
龍子に至っては、こういうことが喜ばれるのを毛嫌いしていたにも関わらず。
他団体から提示された試合形式ということで、
いくらか自分達が試されているような意識があったのかも知れないが、
何にしても異常なほどのプロ意識の為せる業だ。
この後、勝者、敗者が共に誰の肩も借りずに歩いて退場していった。
それを見送る観客の声援が一層大きくなり、
二人の姿が見えなくなるまで止まなかったことも、
社長には関係の無いことだった。