TNA16年目。
 旗揚げから団体を引っ張った龍子や、二年以上に渡ってベルトを保持したみことと同じく、
 長期政権を築くかと思われた十六夜が、意外にあっさりと王座を明け渡してしまったことで、
 団体のトップを巡る争いは一気に激化することになる。
 ほとんど偶然に十六夜からベルトを奪回したみことに、
 もはや全盛期の力が無いことは誰の目にも明らかであり、
 彼女以外の選手達にとっては、再び十六夜の番が回ってくるまでの間こそ、
 自分が王者になるための絶好の機会と映っていた。

 そんな折、最初にチャンスをモノにしたのはパイレーツ森嶋。
 十六夜よりさらに若い森嶋が六歳上のみことを倒したことは、
 彼女の時代が終わったことをより強く周囲に印象付けることになったが、
 しかし、そんな時の流れに正面から待ったをかけようとする選手が現れる。
 それが伊達遥だった。
 みこと同い年の伊達はこれまで、元はタッグパートナーでもあった同世代のエースに阻まれ続け、
 一度もシングル王者の経験が無い。
 だがそれだけに、年齢的にもラストチャンスになりそうな今回にかける意気込みは凄まじく、
 加えて自分とみことの時代が終わることを認めたくない心も手伝って、
 かつてない自己主張を見せて森嶋への挑戦に漕ぎ着けたのであった。


 ともに170cmオーバーのスラリとした体格の両者が、まずは冷たい視線を交しつつ向かい合う。
 そこから腕の取り合いが始まり、王座戦らしい静かな立ち上がりになるか、と一旦は思われた。
 そんな時、いきなり伊達が序盤から大技の口火を切る。
 何気なく首投げで森嶋を前方に投げて尻餅をつかせ、
 同時に自分も前転して同じ姿勢で並ぶと、
「ハッ」
 と、片手を軸にしてその場で回転し、得意の地面を這う延髄斬り。
「…くッ」
 耐えて起き上がる気配を示した森嶋に対し、伊達は素早くロープへ飛んでクローズラインで引き倒そうとするも、
 これをかわした森嶋が伊達の背後に回りこみ、コブラクラッチに捕える。
 伊達の勢いを殺してペースダウンを図るかに見えたが、そうではなかった。
「ッ!」
 森嶋は、伊達の首に自分の腕と相手の腕を巻きつけた姿勢のまま、
 背後に体を反って一息に投げ飛ばし、伊達を頭からマットへ叩き落した。
 この攻防が引き金となり、これ以降互いに大技を掛け合い耐え合う、凄惨な試合が幕を開ける。

 ひたすらな我慢比べが続く中、やはり伊達の執念が光った。
「おおおぉぉぉぉぉぉ!!」
 うつ伏せで肩に担いだ状態から相手の足を跳ね上げ、旋回させつつSSDのように落とす森嶋の必殺技を、
 カウントどころかカバーされるのも拒否し、雄たけびを上げて立ち上がる。
 唖然とする森嶋に対し、その側頭部へすぐさま右のハイキック。
「倒れろ、倒れろ!!」
 間髪入れず左ハイ、さらにもう一発右を入れて棒立ちにすると、
 前のめりに倒れようとした森嶋の頭を脇に挟んで捕獲。
「倒れろッ!!」
 腰を入れて一気にブレーンバスターで持ち上げ、頂点で止める。
 そこから後ろに投げ捨てず、森嶋の首を固定したままで自分だけが勢いをつけて背中から倒れ込んだ。
 自然、森嶋は逆さまになった姿勢で垂直に、頭からマットへ突き刺さる。
 これこそが“脳天砕き”という和名そのままの、“ブレインバスター”本来の姿である。
「グッ…!?」
 垂直方向に圧縮される負担は、頭と胴を繋ぐ首にかかる。
 森嶋は思わず自分の首に手をやりかけたが、伊達が許さなかった。
 一度投げ終わったあとも掴んだ腕を離さなかった伊達は、倒れた姿勢から体を捻りつつ自分と森嶋を強引に立たせると、
 もう一度持ち上げ、頭から落とす。
 それでもまだ手を放さず、さらにもう一発。
 まるでジャーマンのようにロコモーション式のブレインバスターを三発決め、
 ようやく森嶋を押さえ込んだ。
「ま…だっ!」
 ほとんど殺意を疑われるような無茶苦茶な攻めだったが、それでも森嶋は三つを許さない。
「!?」
 デビュー以来初めて、伊達はレフェリーに対して指を三本立てて見せた。
 そしてレフェリーが首を振る姿を呆然と眺めつつ、攻めていながら息の上がってしまった自分に気づく。
(ダメかな)
 頭の方はそう考えてしまっても、体は勝手に動いた。
 序盤と同じように森嶋の起き上がりを狙い、ロープへ走る。
 何がしたかったのか自分でもわからなかったが、結局何かする前に止められた。
 森嶋はこの土壇場でも冷静に、返って来た伊達の胸板へカウンターのミドルキック。
 続けて太股の裏へのローキックを挟み、伊達と同一線上の側面に逆方向を向いて立つと、
 そこから真上へ飛び上がり、後頭部をヒールキックで蹴りつける。
「いくわ…!」
 前に傾いた伊達を再度両肩へうつ伏せに担ぎ上げ、
 足を思い切り跳ね上げて角度をつけながら、今度は自分の正面ではなく側面へ、
 ちょうど隣に並んで倒れるような形に背中から叩きつけ、その上へ必死で覆い被さった。


「ごめん…」
 セコンドについていたみことは、マットの上で伊達を介抱しながら、黙ってかぶりを振った。
 これで間違いなく、伊達とみことの時代は終わったのだ。
「あの…その…頑張って…」
「…わかった」
 試合が終わり、すっかり素に戻った伊達が新時代のチャンピオンに声をかける。
 それに応えてから、森嶋は改めてコーナーに上り、客席に向かって、防衛したベルトを掲げて見せた。
 相変わらずの無表情からは何も読み取れなかったが、本人がどう考えているかに関わらず、その前途は決して明るくはない。
 十六夜に加え、既に急成長を見せている後輩達が背後から迫って来ているのだ。
 乱世の王者に、気の休まる暇は無いはずだった。

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by right-o | 2009-02-17 22:58 | 書き物
 TNAの年間で最も大きな興行において、これからメインイベントが始まろうとしていた。
 照明が落ち、会場全体が薄暗い闇に満たされると同時に、観客の声援は一気に盛り上がりを見せる。
 その時、大型ビジョンを備えた入場ゲートの脇から、
 黒いローブを着た人影が燃え盛る松明を持って次々と現れ、
 合計三十人ほどが広い花道の両脇に並んだ。
 続いて、
ゴーン……
 という、低く不気味な鐘の音が響き、さらに厳かな葬送曲が流れ始める。
 そんな中、カラミティ十六夜がゲートから姿を現した。
 両側から掲げられた松明で出来た炎のアーチの下、ゆっくりとリングに足を進めると、
 コスチュームの上から羽織ったオイルコートの端を持ち上げ、リング脇の鉄階段を静かに上る。
 上りきってコーナーの外側に立ち、静かに両手を開いて掲げると、
 会場を覆っていた闇が一気に晴れていった。
 今年で十五年を迎えるTNAの歴史の中でも際立って異彩を放つ、
 最も神秘的で謎に満ちたレスラーの入場である。


 試合が始まる前からすっかり十六夜の雰囲気に呑まれてしまった感のある会場の中で、
 唯一、十六夜の後からベルトを持って入場してきたみことだけは、冷静に対戦相手を観察していた。
 桜井からシングルベルトを継承したみことは、その後二年以上に渡って同王座を保持し、
 これまで磐石の安定政権を築いてきた。
 その防衛記録の中には、眼前の十六夜を退けてのものも複数回含まれている。
(とにかく、プレッシャーに負けてはいけない…!)
 目の前にすると実際以上に大きく見え、また滅多に表情が動かないことから生ずる多大な威圧感に呑まれないことが、
 十六夜を攻略するための第一歩だとみことは知っていた。

 試合は剛と柔がはっきり分かれた形で進み、
 腕力と体格にものを言わせる十六夜に対し、試合巧者ぶりを発揮したみことがそれをいなすという展開が続く。
 しかし終盤、ついに十六夜の大きな掌がみことの首を掴んだ。
「ぐっ…!」
 苦しさに喘ぐ間もなく片手一本で持ち上げられ、そのままチョークスラムでマットへ叩きつけられる。
(不覚っ…)
「………」
 背中を浮かせて痛みに悶えるみことの傍で、
 十六夜はゆっくりと、親指の爪で自分の首を横一文字になぞった。
 「これで終わり」というアピールだろう。
 みことの引き起こすと、その体を軽々と自分の肩へ担ぎ上げる。
「くっ、まだッ!」
 が、危険を察知したみことは、十六夜の腕を擦り抜けて背後に着地。
 間髪を入れず、後ろから十六夜の首に手をかけた。
「やあッ!!」
「…!?」
 直後、短い気合を一閃させて反り投げ、兜落しが炸裂。
 十六夜の大きな体が半円を描いて頭からマットに突き刺さった。
 しかし必殺技を放ったみことも疲労から動けず、ここで両者が横になってダウン。
(フォールしないと…!)
 そう思ってなんとか体を起こしたみことが、仰向けに倒れている十六夜へ這って近づこうとした時、
「なっ…!?」
 まるで何事も無かったかのように、十六夜の上体がむくりと起き上がった。
 そしてそのまま、片手をついて普通に立ち上がってしまう。
(き、効いていないはずは……ここでもっと畳み込めば!)
 心に生じた焦りを嘲笑うかのように、
 十六夜は、突っ込んで来たみことを再びあっさりと肩に担ぎ上げて捕えた。
 次いで肩の上に仰向けにした状態から、自分の前に垂らすように移動させ、
 ちょうど両膝の間に頭がくる位置で、逆さにしたみことの胴を両腕で固定。
 こうなってしまえば、もうどうしようもない。
 前に向かって十六夜の膝が折れ、マットに着くと同時に、
 垂直になったみことの頭頂部もまた打ち込まれた。
 どこをどう頑張っても、受身の余地などは存在しない。
「安らかに、お眠りなさい」
 力無くリングに横たわったみことの両腕が十六夜によって、
 死人が棺の中でそうされるように、体の上に組んで置かれた。


 ベルトを受け取った新王者が、その場に片膝をついて押し戴くような姿勢を見せると、
 会場はほんの一瞬、またしても闇の中に包まれた。
 そしてそれが晴れた時には、既に十六夜の姿はリングから消えている。
 この時から、闇の王者が支配する新しい時代の幕が上がった。

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by right-o | 2009-01-20 22:55 | 書き物
「負けた負けた」
 そう言って笑いながら控え室に戻ってきた龍子と小川を、仲間達が迎えた。
 シャワーを浴びて着替えを済ませ、
「今夜はお別れ会だお!パーっといくお!!」
 という流れで外に繰り出そうとした時、不意に控え室の扉が開く。
「あ、チャンピオンだ」
 祐希子の言った通り、そこにはジャージ姿の桜井が一人で立っていた。
 ついさっき載冠したばかりのチャンピオンは、つかつかと龍子の前に進み出て、唐突に質問を口にした。
「まだ理由を聞かせてもらっていません」
「理由?」
「だから理由ですよ。どうしてあなた達全員が結託して、揃って汚いことをやり始めたのか…!」
 龍子がわざとらしく首を傾げ、それを見た桜井の眉間にしわが寄った。
 この辺り、二人ともまだリング上での呼吸が抜けていない。
「前に言ったじゃないか。おまえ達のような人気の無い奴らに、第一線を任せておけなかったのさ」
「私は真面目に…」
「こっちだって冗談で言ってるんじゃない。大体、ちょっと思い返してみろ。
 小川が裏切ってこちらにつくまで、あたし達がいくら反則してたって応援する声はあったんだ。
 ひるがえって言えば、それだけおまえ達とは人気に差があったってことじゃないか」
「だからって、あんな無茶苦茶をしていい理由になるとは思えません」
 そう言い返された龍子の視線がちょっと泳ぎ、周囲のベテラン達も苦笑いする。
 本音を言えば、再び自分達が陽の目を見る機会が欲しかったというのもあった。
「それはまあ、もっといいやり方はあったかも知れないが…。
 でもこっちは選手としての晩節を汚してまでお前らに人気を譲ってやったんだ。
 もう少し感謝してもらいたいな」
「…人気を譲った?」
「そう。あたし達が徹底して悪役をやって、この一年でお前らの人気を引き上げてやった」
「誰もそんなこと、頼んでいません」
「頼まれなくたってやりたくもなるさ」
 ここで初めて、龍子は桜井を真っ直ぐに見た。
「ここはあたし達が作ってきた団体だ。それがあたし達が引退したからって、
 人が来なくなって萎んでいくなんて見てられない」
「……」
「衰えた先輩を強さで上回るなんて簡単なんだ。いつかは誰にでもできる。
 でも上の世代を人気で追い越すなんてのは、そうそうできることじゃない。
 だからせめて、やり易いようにしてやろうと思ったのさ」
 龍子はゆっくり桜井の方に足を進め、肩に手を置いた。
 桜井の方はまだ、憮然としている。
「お前も、私や小川みたいに体が衰えてくればわかるかもな。
 自分の後に残る人間のために、って」
「しかし…」
「まあ、正直やり過ぎたのは認める。
 お前の番になった時は、もっと良い方法で後の世代の踏み台になってやってくれ。
 あと、折角高めてやったんだから、その人気はちゃんと維持しろ。
 映画や写真集も嫌がらないこと。…じゃあな」
 龍子が部屋を出たのにつれて、それぞれの先輩が桜井に声をかけながら続いて、
 控え室には桜井一人が残された。
「ふん……」
 これからは、名実共に自分が団体を引っ張って行かなければならない。
 リングの中ならともかく、外のことを考えると、
 世代交代を果たした当人は、晴れ晴れとした気持ちにはとてもなれなかった。

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by right-o | 2008-12-31 00:54 | 書き物
「本当に、いいんですか?」
「何をいまさら」
 メインイベントを控えた舞台裏で、小川が最後の念を押し、龍子が答える。
「最後だけ真っ向勝負なんて、虫が良すぎるよ」
「それはそうですけど」
「大体、他のみんなが格好つけ過ぎなんだ。ロクに反則もせずに負けやがってさ」
 これまでの試合を思い浮かべながら、龍子は苦笑いした。
「こうなったら、あたしだけでも悪者を貫くしかない。付き合わせて悪いとは思うけど」
「いいえ」
 隣の小川が、真っ直ぐに龍子を見上げる。
「向こうを裏切った形の私こそ、最後だけ善人ぶることはできません。
 だから一生懸命悪いことさせてもらいます。
 …それが、桜井さんのためにもなるんでしょうから」
「だといいけどね。じゃ、いこうか!」
 最後の戦いが、こうして始まった。


 ベルトを肩にかけ、小川を伴って入場してくる王者を、
 桜井はリング上に仁王立ちで待ち構えた。
 その背中を、ほとんど全ての観客が声を張り上げて後押ししている。
 この一方的な声援こそ、龍子が約一年かけて作り上げたものだった。
 今日に至るまで、龍子は時にマスコミまで使って嫌味を言いつつ桜井を挑発し、
 対して無口な桜井もいくらかは反撃してきた。
 その成果だった。
(いい感じだ)
 思いながら、桜井の前に立った龍子は不敵に笑ってベルトを誇示する。
「奪えるもんなら奪ってみな!」
 ほとんど鼻がぶつかるような距離で睨み合い、一旦コーナーに戻るため互いに背を向ける。
 直後、その桜井の背中に踵を返した龍子が襲い掛かった。

 奇襲で始まった試合は、そのまま桜井がいいようにやられる展開が続く。
 そのまま龍子によって場外へ放り出されたところを小川が追撃、
 イスで滅多打ちにしてリングへ戻し、龍子が踏みつけてフォール。
「どうした、こんなもんか!?」
 カウントが2まで進み、客席の方を向いた龍子がそう言った瞬間、
 いきなり攻守が逆転した。
 桜井が乗っていた右足首を取って引き倒し、強引にアンクルロックへ。
 さらに自分から横になり、右足全体に抱きつくようにして完全に捕獲してしまう。
 これには小川が血相を変えて助けに入った。
 その後も、小川の乱入と反則を交えた龍子が桜井を痛めつけては、
 そのすぐ後に桜井が強烈なお返し、という攻防が繰り返され、
 攻守が入れ替わる度に強烈なブーイングと大歓声が交互に沸き起こった。
 そうして二十分が過ぎた頃。
「終わりだ!」
 小川のイス攻撃から、さらにリングにイスを置いた上へのプラズマサンダーボムが決まる。
 が、それでも桜井はカウント3を許さなかった。
(流石は…!)
 先の祐希子達と同じように、一瞬は勝ったかと思ってしまった龍子は、
 改めて後輩の強さに舌を巻く。
 そんなことはもちろん顔には出さず、続けてラリアットにいったところを桜井がハイキックで迎撃。
 右、左と繋いで棒立ちにさせたあと、慌ててエプロンに立った小川も蹴り倒して制裁すると、
 最後に渾身の一発でついに龍子をノックアウトし、完璧な3カウントを奪った。
 別に名勝負でもなく、ある意味単調で展開も見え透いていて、まして正々堂々となど全くしていない。
 それでも、今までこの団体で行われたどんな名勝負より、この試合は盛り上がった。


「応援、ありがとうございました」
 試合後、昔に比べれば随分と上達したマイクアピールを、
 桜井はこう言って締めくくった。
「これで本当に世代交代、ですね」
「ああ」
 小川の肩を借りて退場しながら、龍子はぶつぶつと喋り続けた。
「これからは、あたし達がやってきたことを全てあいつらがやるんだ。
 映画もテレビも写真集も、全部やらなきゃいけない」
「大変ですね」
「何せ揃って口下手だからな。でも、あたしがやってこれたんだから、あいつらに出来ないとは言わせないよ。
 こっちはその下準備までやってやったんだ」
 そう言って、龍子は最後のリングをひっそりと後にした。

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by right-o | 2008-12-30 16:16 | 書き物
「うっきゅっきゅ、もはや人類に希望は無いのさね!」
「なにをっ!人間は捨てたもんじゃないぞ!!」
 黒いコスチュームの悪役と、それに立ち向かう赤いスカーフの正義の味方。
 そんな光景が、何故かリングの上で繰り広げられていた。
 ここ数ヶ月、奪われたジュニアのベルトを巡って抗争を続けてきたソニックと小早川の間では、
 いつの間にかこういった、試合とは全く関係の無いやり取りが定番になっている。
「今日こそはそのベルト、返してもらうっ!!」
「ふっ、オマエには無理だおッ!!」
 黒いヒロインは、好敵手に恵まれたこともあって、
 意外にすんなりと周囲から受け入れられたのだった。


 そんな二人も、一旦試合が始まってしまえば一変する。
 超高速のロープワークから足を払ってフォールの取り合い、
 ソニックがアームホイップを連発すれば小早川はヘッドシザースで反撃し、
 互いが跳ね起きてのドロップキックは相打ち。
 スピードが身上の両者ならではの、目にも止まらない展開が序盤から続いた。
 そして、試合が進むに連れて、次第に二人の違いが出始める。

「はあッ!」
 突っ込んできたソニックをショルダースルーで場外に落とすと、すかさず小早川は飛び技を狙って反対側のロープへ。
 そして跳ね返って来た勢いそのままに、両足でトップロープに飛び乗った。
(うきゅっ!?)
 下で受けて立つ姿勢をとっていたソニックの頭上で、小早川は体を反ってバック宙。
 場外に向かってのシューティングスタープレスで落下すると、
 ソニックを押し潰しながら着地も決めてみせる。
 これには、流石のソニックも意表を突かれてしまった。
「まだまだいくよっ!」
 勢いに乗った小早川は、すぐにソニックをリングに転がし入れ、自分はトップロープ上で待機。
 起き上がりしな、コーナーから飛びつく形でのヘッドシザースホイップを狙ったが、
「ふんぐっ!」
 気合を入れたソニックの体は、マットから根が生えたように動かない。
「あ、あれっ?」
 飛び技では小早川が上回っていても、力ではソニックが遥かに上をいく。
 首にぶら下がっている小早川を一気に持ち上げると、
 そのまま全力のプラズマソニックボムで叩きつけた。
 そしてフォールには行かず、小早川の位置を調整してからコーナーへ。
「ここで、悪の必殺技が炸裂するのっ!」
 微妙に変わってしまった決めゼリフとともに、
 コーナーから前方に飛び出しつつ後方へ宙返り。
 黒い流星が小早川の上に落下した。
 が、
「負けられないんだぁッ!!」
 完全に決まった、と思っていたソニックの下から、小早川の右腕が高々と上がる。
 同時に、その健闘に対して会場から大きな声援が起こった。
(うきゅきゅ、こうなったら…)
 悪に染まったソニックは、迷うことなく場外へ。
 本部席に置いてあるジュニアベルトを強奪し、ついでにレフェリーを殴り倒して、
 小早川が起きるのを待ち構える。
 そんな姿に、元はソニックファンだったらしいちびっ子達の罵声が飛んだ。
『ソニックー!汚いぞー!!』
『負けちゃえー!!』
「うるさいおっ!!」
 ソニックが客席の方を向いて言い返した隙に、すかさず小早川がヘッドスプリングで跳ね起きる。
「へへっ、こっちだよ!」
「うっきゅッ!!」
 ベルトの大振りを掻い潜った小早川が、振り返り様にカウンターのトラースキック一閃。
 すぐさまベルトを外に投げ捨てると、悪のヒロインをコーナーの下に設置。
 会場は大きな盛り上がりを見せながら、正義のヒロインの決め技を待つ。
「あたしは、もっと高く飛んでみせるよ!!」
 その言葉通り、ソニックのものより高さと滞空時間を重視した華麗な流星が煌いて、
 悪のヒロインから完璧な3カウントを奪い取った。


「なあ、ちょっと待てよ!」
 試合が終わり、とぼとぼと花道を引き返していたソニックの背に、
 いきなり小早川の声がかかった。
「あんた、まだまだ普通にやっても強いじゃん。
 今日で引退ってわけじゃないんなら、一緒にやってこうよ」
 一旦振り返ったものの、ソニックは足を止めない。
「あ、ちょっと!…やっぱり正義のヒロインの方が似合ってるって、絶対!」
 頭を掻きながら、小早川はもじもじしている。
「いや、その、…あたしも、好きだったんだよね!ソニックキャットって!みんなも、正義のヒロインの方が好きだよね!?」
 観客は大歓声で小早川の問いに答え、
 その声に後押しされたソニックは、またとぼとぼとリングに向かって引き返し始めた。

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by right-o | 2008-12-29 17:57 | 書き物
「………」
 入場ゲートの裏、会場と暗幕一枚隔てた場所で、
 祐希子と市ヶ谷は出番に備えていた。
 市ヶ谷にとっては、この試合が現役最後の一戦になる。
 それが何で――
(このコが隣にいるのかしら)
 と、今さら考えなくもない。
 思い返せば十一ヶ月前、今日と同じカードから始まった流れの中で、
 何故か一緒に組んでベルトを持たされることになり、それが今日まで続いてしまった。
「よし、行くよっ!」
「ええ!」
 テーマ曲がかかり、振り向いた祐希子の言葉に自然と合わせる。
(まあ、いいわ)
 そう思って無駄な考えを打ち消した。
 色々あった気がするが、組んでみたら意外にうまくいった。
 というのが、市ヶ谷の正直なところだったし、
 今ではすっかり、隣にいるのが当たり前になってしまっている。
 

「まさか、これで引退だからってみすみす後輩に負けてあげる気は?」
「フッ、無いですわ」
「それでこそ!ね」
 何がそんなに嬉しいのか、祐希子は笑顔で先発を買って出た。
 挑戦者組からはみことが出て、リングの中央で向かい合う。
 じりじりと両者の間合いが詰まり、組むかと思われた瞬間、祐希子の足がみことの腹を蹴り、
 前傾させたところをヘッドロックに捕える。
 ヒールになってから、祐希子はすっかりこの手の小技が巧くなった。
「くっ…!」
 もっと動いて戦いたいみことを嘲笑うように、グラウンドのヘッドロックへ移行してさらに締め上げ、
 立たせることなく地味な勝負を続ける。
 この辺りは、ベテランならではの省エネ戦法だった。
 そしてさんざん焦らしてから立たせ、ロープに振ったところで背中へ市ヶ谷の蹴り。
 さらに市ヶ谷は、思わず自分の方へ手を出してきたみことを避けつつその頭を掴み、
 そのまま場外へ飛び降りてみことの首をトップロープで跳ね上げた。
 思わず怯んで後ずさったところへ、すかさず祐希子が背後からバックドロップ。
 反則ながら、息の合った見事な連係である。
(ちょっとズルいけど、私達もまだまだやれるじゃない)
 そんなことを考えながらコーナーの上に飛び乗った祐希子が振り返ると、
 もうみことの顔が目の前に来ていた。
 すぐに右腕同士を絡まされ、雪崩式のアームホイップでマットに叩きつけられる。
「つッ!?」
 初めて経験する投げられ方に腰を打ちながら、
 祐希子は、投げられてもすぐに立ち上がった挑戦者の気合をしみじみと味わった。
(こりゃやっぱり、向こうが数段上か)
 そう思いつつ、コーナーから声を上げて励ましてくれているパートナーの元へ這い進む。
 彼女の引退試合を、とても勝利で飾らせてやれそうになかった。

 みことや伊達などの若手達にとって、今日は最後のチャンスだった。 
 反則も許されるとはいえ、フォールかギブアップのみで決着のつくルールで、
 それぞれ個々にベルトを懸けた戦い、というのはベストに近い条件だったし、
 何より見ているファンの期待が最高に高まっている。
 どんな手を使っても、とベテラン達のようにはいかないが、どうしても今日は勝たなければならない。
 当然、これまで以上に気迫がこもっていた。
 その後何度か交代を繰り返し、手数の上では両軍互角の勝負をしているように見えたが、
 次第に息の上がってきたベテラン二人に引き替え、伊達とみことはまだ溌剌と動き回っている。
そんな中、
「がっ!?」
 鞭のようにしなった伊達のミドルキックが脇腹に刺さり、市ヶ谷が膝をついた。
 すかさず伊達が、側頭部へ容赦無く右足を振り抜く。
 意識が飛びそうなほどに頭が揺れたが、なんとか持ち堪えた。
(チャンスッ!)
 腕を回して伊達の右足を頭と挟む形に固定すると、さらに左足も掬い上げながら力を振り絞って立ち上がる。
 入り方は特殊だが、パワーボムの体勢。
 今まで数え切れないほど放ってきた絶対の必殺技で、伊達を思い切り叩きつける。
 が、カウントが2まで進んだところで畳まれた伊達の長身が勢い良く伸び、市ヶ谷を跳ね除けた。
 この光景も、もうそれほど珍しくない。
「ハァ、ハァ……」
 自分の衰えか、それとも相手が強いせいなのか。
 市ヶ谷が漠然とそんなことを思い浮かべていると、
「もう一回!」
 コーナーの祐希子が背後から声をかけた。
 祐希子にも、何か思うところがあったのかも知れない。
 励まされた市ヶ谷が、返したとはいえダメージの残る伊達を今度は正調のビューティボムで抱え上げたところで、
 祐希子がコーナーに飛び乗った。
 そして持ち上げられている伊達目掛けて頭を擦るように飛び掛り、
 空中でその首に腕を巻きつけ、ブレーンバスターのような形でロック。
 と同時に下の市ヶ谷が二人まとめて叩きつける。
 ビューティボムに飛びつき式のネックブリーカーを合わせた贅沢な合体技が、鮮やかに決まった。
 流石に顔色を変えて飛び出して来たみことを祐希子が押さえる間に、
 完全にKOされた伊達のカウントが進む。
(勝った!?)
 祐希子と市ヶ谷は、そう思った。
 しかし、祐希子の脇をどうにかすり抜けたみことが、
 伊達を押さえ込んでいる市ヶ谷にぶつかってフォールを崩し、ギリギリでカットが間に合った。
「っこのッ!!」
 パートナーの花道を邪魔した相手へ、不意に火が点いてしまった祐希子が夢中で肘を振るう。
 そしてあっさりとかわされた。
「あ……」
 背後にいた市ヶ谷へ、手本のような誤爆。
 直後に意地で立ち上がった伊達が祐希子を蹴り倒し、みことが市ヶ谷へ兜落とし。
 すぐに役割を交代すると、みことが祐希子を場外へ追う間に、
 伊達が垂直落下式のブレーンバスターで市ヶ谷を沈めた。


「本っ当にあなたってコは!他人の引退試合で何やってるんですの!?」
「う…うるさいわね!あんたが頼りないからわざわざ助けてやってたんでしょ!!」
「はあ!?今まで私が、あなたをどれだけ陰で助けてあげていたとお思いですの!?」
「無茶苦茶言わないでよ!ず~っとあたしがあんたを助けてた、の間違いでしょうが!?」
 ベルトを取り戻した伊達とみことが大歓声の中で引き上げていくのを見送ったあと、
 リング上では久しぶりで二人がいがみ合っていた。
 ひとしきりお互いを罵倒し、それぞれが別に引き上げていったが、
「これで引退なんだから、早く帰れこのサイタマ!」
「あなたの方こそ、さっさと引退してド田舎にお帰りなさい!」
 とは、言えなかった。
 もしかしたら、別々に引き上げていったのも、
 何か見られたくないものが目元に光っていたからかも知れない。

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by right-o | 2008-12-22 22:45 | 書き物
 夏のタイトル強奪から八ヶ月。
 龍子、祐希子、ソニック、市ヶ谷とその仲間達は、
 ありとあらゆる反則と抜け道を使ってベルトを保持してきた。
 凶器や乱入は当たり前、さらにリングアウト負けや反則裁定では王座が移動しないことを利用した不透明な決着に加え、
 極めつけはGM霧子を利用した強引な王座移動の取り消し。
 最初こそベテラン達の活躍見たさに応援していた観客も、
 今では会場の全てがブーイング一色になってしまっている。
「うまくいったよ」
 十一年目を締めくくる最後のPPV開始前、龍子は控え室に仲間を集めて語り始めた。
「お膳立ては全部揃った。あとは、正義の味方が悪役を倒すだけだな」
「倒せなかったら?わざと負けてやろうってわけじゃないんでしょ?」
 神楽が口を挟んだ。
「その時は、倒されるまでこのまま居座ってやるさ。
 もっとも、ベルトに挑戦してくる奴はどれもまともに戦って勝てる相手じゃないが」
 程度の差はそれぞれあっても、団体の活動期間と同じだけ現役生活を送ってきた彼女達は、
 みんな体力的な全盛期はとっくに過ぎている。
 小細工を使わなければ、ベルトを巡って若い選手と互角にやり合うことなどできはしなかった。
「ただ、あたしも含めて今日が最後って人間もいるんだ。
 だからどう戦うかはそれぞれに任せるよ。最後ぐらいは真っ向勝負で終わるのもいい」
 最後と聞いて、全員がやや表情を暗くする。
「…ちなみに、あたしは今まで通りどんな手を使ってでも勝ちにいくよ。
 情けないけど、そうでもしなきゃ桜井とは対等に戦えないしね。
 それに今日は全試合が反則裁定無しの完全決着ルールだ。
 逃げは利かない代わりに、何やったって反則にはならない」
 そう言って一息吐くと、龍子は輪になっている全員を見回して、最後まで一気に続けた。
「まだ現役を続ける奴もいるけど、間違い無くこれから今日以上に目立つ機会はもう来ない。
 それぞれ自分の最後を飾る気持ちで、悔いなく戦って終わろう」
 聞き終わって、全員が手を合わせるとか、威勢のいい掛け声がかかるようなこともなく、
 それぞれが普段通りに自分の準備へ取り掛かった。
 着替えて、体をほぐして、仲間と一緒に控え室で出番を待つ。
 最後の舞台へ向け、一人々々が内に決意を秘めながらも、
 ベテラン達の風景はいつもと全く変わらない。

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by right-o | 2008-12-20 21:44 | 書き物
「卑怯者のたわ言を聞くつもりはありませんが、小川さん!
 あなたが私たちを裏切った理由だけは、今ここではっきりと聞かせてもらいます…!」
 PPV明けの興行、総取りしたベルトを見せびらかしながらリングを占拠しているベテラン達の前に、桜井が姿を現した。
 先日のあんまりな結末に呆れていた観客は、大きな歓声でこれを迎える。
「理由?」
 ふふっ、と、馬鹿にしたような笑いを浮かべる小川の表情は、意外と板についていた。
「言ってみればその質問が既に答えなんですよ。
 あなたには、私やこの人たちが考えていることなんて全くわからないでしょう?
 でも私にはよくわかった。あなたと私では、それぐらい状況が違うの。
 強いて言うなら、それが理由です。
 聞きながら桜井の眉間にほんの少し皺ができ、すぐに消えた。
「…わけのわからないことを。
 もう何であっても、私はあなた達を許しません。
 どんな卑怯な手を使われようが、最後には必ず全員を倒してみせます」
 そう言って引き上げていく桜井を、小川は皮肉っぽい笑みを浮かべたまま見送った。


 その夜。
 興行を終えたベテラン達は、夜景を見渡せる高層のラウンジで、
 先日の勝利を祝うささやかな宴を張っていた。
 相変わらず小言を言い合いながらも二人くっついて座る祐希子、市ヶ谷、
 それからやや離れて静かに飲んでいる鏡、神楽、
 そして二組の間をすっかり出来上がった真帆とソニックが肩を組んで往復しているのを、
 小川と龍子がバーカウンターから肩越しに振り返った。
「こっちは賑やかですね。向こうにいた時はみんな張り詰めてたのに」
「まあ、悪巧みを仕掛けている方は呑気なもんだよ」
 苦笑しながら、龍子は氷だけになったグラスをカラカラと振った。
「しかし、小川はこれで本当によかったのか?
 こっちとしてはブーイングももらえたし、凄く助かったんだけど」
「いいんです。私はこちら側ですから」
 注がれたものにほんの少し口をつけてから、小川は一つ溜息を吐いて続ける。
「今でこそうまく隠せてますけど、自分の衰えはよくわかります。
 私は、桜井さん達ほど長くこの仕事を続けられません」
「…そうか」
 コーチについたわけではないものの、後輩の中で何かと接点の多かった小川の言葉は、
 龍子にとって少し悲しくもあった。
 小川にも、それが伝わったのかもしれない。
「でも、自分のキャリアは充実してたと思います。
 ファンクラブも沢山できたし、それにチャンピオンにもなれました。
 だからこそ、引退したあとまで持っていけないものは、他の人にちゃんと残してあげたいんです」
「ああ、あたし達も同じ気持ちだ。
 …それじゃ短い間だけど、改めてよろしく」
「はい」
 カチッ、と二つのグラスが合わさったところへ、背後からにゅっと手が伸びてきて、
 さらにもう二つが無理矢理乾杯に加わった。
「真帆も、よろしくなのだ~」
「小川ちゃん、全然飲んでないお~」
 こうして、ようやく折り返し地点を迎えた龍子たちに、新しい仲間が増えたのだった。

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by right-o | 2008-12-18 22:25 | 書き物
サンダー龍子・マイティ祐希子
VS
桜井千里・草薙みこと・伊達遥


 龍子側は他に祐希子のみを残し、相手は桜井・みこと・伊達という中核の三人。
 ほんの一瞬の出来事から劣勢に立たされたベテラン二人は、いよいよ反則に手を染め始めた。
 引き続きリングに残る伊達に対して龍子が出て行ったその陰で、
 コーナーに待機する祐希子がこっそりとターンバックルのカバーに手を掛ける。
 龍子は正面から伊達と打ち合いつつ、カバーが完全に外されたのを確認すると、
 おもむろに伊達の顔面に爪を立てて引っ掻いた。
「あっ!?」
 怯んだ伊達を掴み、作業の終わった赤コーナーに向けて思い切り振る。
 結果、普段通り背を向ける形でコーナーに振られた伊達は、剥き出しになった金具で背中を強打。
 思わず伊達が数歩前に出てきたところを龍子が抱え上げ、
 リング中央へ向き直りつつスパインバスターを決めて、フォールへ。
(こ、これぐらいでっ…!)
 伊達は勢い込んで返そうとしたが、
「…えっ!?」
 不意に両足を掴まれて下半身の勢いを殺され、これで3つ入ってしまった。
 リング下にしゃがんでいた祐希子が、場外から手を伸ばして伊達の足首を掴んだのだ。
「そ、そんなっ…!?」
「ハイハイ、負けたらさっさと帰るのよ!」
 驚きと怒りでわけがわからなくなり、試合モードから半分素に戻りながらレフェリーに食ってかかった伊達は、
 完全にヒールと化したベテラン達によって場外へ投げ捨てられた。
「さて、と。……うわ、怒ってるね」
 青コーナーの二人、特に伊達のタッグパートナーであるみことは歯を食いしばり、
 顔を引きつらせて対角線上を睨んでいる。
「それじゃ、あとはよろしく」
「了解だ」
 祐希子は何事か龍子と確認したあと、
「あなた達はッ…!!」
 と、怒りに任せて襲い掛かって来たみことを避け、場外へ逃げた。
 そして珍しくリング外まで追ってきたところを二人掛かりで客席に放り込み、
 祐希子が残ってみことと場外乱闘を続けている間、龍子だけは平然とコーナーに戻り、桜井を牽制。
「いけない!戻って!!」
 場外カウントが半分まで数えられたところで、桜井に呼びかけられたみことがリングへ戻ろうとするも、
 祐希子が必死にしがみ付いて離れない。
 助けに行こうとした桜井も龍子に押えられる中、10の場外カウントが数えられて両者リングアウト。
「……」
 怒りがさらにもう一段階上がりかけた桜井だったが、逆に目だけを据えて冷静になった。
 これで一対一、あとは自分が龍子を倒せば済むことだと思い直したのだが、
 やはり事はそう簡単に終わらない。
 リング上、既に組んだ状態から始まった最後の戦いは、桜井の猛ラッシュから始まった。
 膝を入れて龍子を離すと、左右の掌打からミドル、ロー、ハイと繋いで膝をつかせ、
「ハッ!」
 膝立ちになった龍子の側頭部を容赦無くミドルキックで薙ぎ払う。
 無防備に横倒れた龍子を冷ややかに見下ろしながら、桜井は起き上がるのを待った。
「うっ、く…」
 手探りで、正面に立つ桜井にすがって立ち上がろうとしている龍子はいかにも弱々しい。
 しかし、これまでのことを考えれば三味線を弾いているだけかもしれない。
 そんなことも、今の桜井にはどうでもよかった。
(何にしても、次で確実に仕留める!)
 やや右足を引いた構えは、見るからに必殺のハイキック狙い。
 例えどれだけ余力を残していても、一撃で決める自信がある。
 が、ここで今度は全くの外野から邪魔が入った。
 入場ゲートから鏡と神楽が飛び出すと、持参のイスを滑り込ませながらリングへ上がろうと試みて、
 阻止しようとするレフェリーと揉み合いを始める。
「待てっ、お前ら!」
「この期に及んでまだ…!」
 これを追いかけて来た小早川と、帰りかけていたみことが阻止側に加わり、大きな騒ぎになった。
 それでもなお、桜井の集中は切れない。
 押し合いの中、龍子が神楽の放り込んだイスへ飛びつこうとしたところをイスを踏んづけて止める。
「見苦しい…!」
「待って!」
 両手を前に出して卑屈な姿勢を取った龍子を構わず蹴り飛ばそうとしたところで、意外な声がかかった。
 場外乱闘の脇をすり抜け、頭に包帯を巻いた小川がリングインしてきたのだ。
 試合前に襲撃された若手側の参謀が、龍子から凶器を取り上げ、
「私にっ…!!」
 そう言ってイスを持ち、大きく後ろに振りかぶる。
「ちょ、待ってくれ!!」
 哀れなほど慌てふためいた龍子を見、ここでほんの少し戸惑ってしまったのが桜井の不覚だった。
 小川が振りかぶったイスは、横殴りに龍子ではなく桜井の顔面を直撃。
 昏倒したところを引き起こされ、プラズマサンダーボムをくらってしまう。
 イスをさっとリング下へ捨てた小川は、鏡と神楽が引きつけておいたレフェリーを促してカウントを入れさせ、
 その後は呆気に取られるみこと、小早川を押さえる役を手際良くこなした。


 試合後、団体始まって以来の大ブーイングが渦巻く中、それぞれのベルトを携えた龍子以下の四人と、
 真帆、鏡、神楽、そして小川の八人が、繋いだ両手を高々と掲げて勝利をアピールしている。
「私の策に、かかったようですね!」
 小川が投げ捨てた包帯の下には、何の傷もついていない。
 皮肉っぽい微笑とともに得意のフレーズを宣言した勝利の立役者を、桜井たちは呆然と見つめるしかなかった。

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by right-o | 2008-12-17 23:00 | 書き物
サンダー龍子・マイティ祐希子・ソニックナイト・フォクシー真帆
VS
桜井千里・草薙みこと・伊達遥


 十六夜を退場させた祐希子が真帆と交代し、残り三人の若手から伊達が出てくると、
 リング上はしばし通常のタッグマッチのように展開した。
 中央で組み合った状態から真帆が膝を入れて機先を制し、ロープへ振れば、
 跳ね返ってきた伊達はショルダースルー狙いで屈んでいた真帆の上体を蹴り上げて阻止。
 直後に真帆が思い切り顔を張り、伊達もエルボーを振り下ろしてやり合う。
 これに打ち勝った伊達が、首投げで転がした背中へサッカーボールキックを一閃。
「いッ…!?」
 思わず息を詰めて仰け反った真帆を尻目に、ここで早々とみことへタッチ。
 みことは、痛む背中のお返しをするために突進してきた真帆を、アームホイップで何度も投げ飛ばして手玉に取り、
 何度目かの起き上がり様にトーキックを入れてブレーンバスターの体勢に捕えた。
「せいっ!」
 自分とほぼ同じ体格ながら力で勝る相手を、タイミングと瞬発力で投げ切ろうとしたが、
 真帆の両足はしっかりとマットについたまま動かない。
「ぃやぁっ!」
 逆に、堪えようと踏ん張る間も与えずに真帆が一息で持ち上げ返すと、
 みことを垂直に持ったままで赤コーナーまで歩いてソニックとタッチしつつ、
 ロープ際へ平行な向きで叩きつけた。
 続けて、
「うきゅっ!」
 と、前傾しつつロープを飛び越えたソニックが、
 寝ているみことを首の後ろと背中で潰しながらリングイン。
 こうのようにして、暫く真帆・ソニック対伊達・みことの局面が続いた。

 この2チームの均衡が破れたのは、それぞれもう一度交代して真帆と伊達の戦いになった場面。
 ニュートラルコーナーに振った真帆へ向かい、伊達が串刺し式のフロントハイキックを顔面に入れ、
 さらに対角線へ飛ばして再度同じ技を狙おうとした時、真帆がこれを振り返して逆に伊達をコーナーへ貼り付けた。
 そこへ間髪入れず、真帆が伊達の腹部に向かって肩口から突っ込む。
「ごほっ!?」
 崩れ落ちた伊達を引っ張り出すと、続けて真帆の方も再び同じ攻撃を狙っていった。
 伊達を元いたコーナーへ向かって力一杯放り、その後を全速力で追いかける。
 が、伊達は前方コーナー脇のトップロープを両手で掴むと、掴んだままふわりとその場でジャンプ。
 後から来ていた真帆を自分の下に入れてかわしつつ、コーナーへ突っ込ませた。
 そしてターンバックル直前で慌てて止まった真帆の真上で、伊達は両手を放して横に回転。
 体の表裏を入れ替えながら、背中合わせになった真帆の両脇へ長い足を差し入れ、
 そのまま前に体重を預けて転がすと、ローリングクラッチホールドの体勢でガッチリ固める。
「わわわっ!?」
 真帆にとっては何が何だかわからない内に、あっさりと3つ取られてしまった。
「まずいのっ、すぐ取り返すお!!」
 カウント3が叩かれた瞬間、すぐさまソニックが飛び出したのと同時に、
 これを見越していたみことの方も走り出る。
 一直線に伊達へ襲い掛かろうとしたソニックへ、側面から飛びついた。
 ソニックの左腕へ同じく左腕、右腕へは左足で絡みついて背面へ引き倒し、両肩をつけて見事に横十字固めを決める。
 しかしタッチを交わしていないため、当然みことによるフォールそのものは意味が無い。
「うきゅきゅ!?」
 どうして対戦権の無い相手から丸め込まれたのかわからずソニックが戸惑っているところへ、
 正当な対戦相手の伊達が、その天井を向いてバタバタしている両足を抱えて前転、
 ブリッジをつくり、ジャックナイフ式エビ固めで上から押さえ込んだ。
 と同時に自分はフォールを解いたみことが、カットに入ろうとしていた祐希子へ飛び掛ってこれを阻止。
 前タッグ王者らしい、見事な連係プレーだった。
 結果ほんの二十秒ほどの間に、伊達が真帆・ソニックを連破し、
 残った人数は若手組が桜井、伊達、みことに対してベテランは祐希子と龍子の二人。
「…そろそろ本気で形振り構ってられないんじゃない?」
「だな」
 最後の二人は、ちらと視線を入場ゲートの方に向けた。

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by right-o | 2008-12-16 23:09 | 書き物