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 あるシリーズの開幕戦のこと。
 都内の某会場で行われたこの興行のメインイベントは、チャレンジマッチとしてシングル王者フレイア鏡に急成長中の若手相羽和希が挑む一戦だった。
 試合は経験で勝る鏡が序盤からペースを握ったまま10分が過ぎようかというところ。
「やぁっ!」
 鏡に蹴り足を取られた相羽は、残った方の足でマットを蹴り、苦し紛れの延髄斬りを繰り出す。
が、これを読んでいた鏡は頭を下げて回避した。
「終わりですわ」
 べちゃっ、とマットにうつ伏せに倒れこむ形になった相羽の足に、鏡は自分の足を絡めると背中に圧し掛かり顔に腕を回す。
鏡必殺のSTFの体勢とあって、見守る観客もセコンドについていた選手達もこれで勝負は決まったかと思った。
しかし、
「まだまだぁっ!」
 もはやギブアップを待つだけだったはずの当の相羽だけは、この期に及んでも勝負を捨てていない。
ちょうど鏡が相羽の背後からその顔面を締め上げようとした時、相羽は鏡から逃れようとしてもがく中で、意図せず頭を思いきり後に反らせてしまった。
「うぶっ………!?」
その結果相羽の後頭部が鏡の鼻を直撃し、不意のことに珍しくうろたえた鏡は鼻を押さえてその場にうずくまった。
 指の間からは赤いものがマットに滴っている。
デビューして3年、偶然生まれたこの絶好の勝機を見誤るほどには既に相羽も甘く無かった。
鏡の腰に手を回してがっちりとクラッチをつくると、相手が膝をついているのも構わずそのままの体勢で引っこ抜く。
「いっやあああぁぁぁぁぁ!!!」
 気合一閃、見事に決まった相羽のスターライトジャーマンは、受身を取り損ねた鏡の意識を飛ばし、大先輩から殊勲の3カウントを奪取した。


 ということがあった翌日。
 シリーズ日程の都合でこの日は試合も移動もなく、選手達はそれぞれ体を休めたり自主的に練習をしたりして思い思いの一日を過ごしていた。
 そんな束の間の休日の終わりに選手達が夕食のために寮の食堂に集まっていると、不意にドアが開き、鏡が食堂に入って来た。
 鏡はこの日朝から姿を見せていなかったため、他の選手達は昨日の敗戦がショックだったのではないかと心配していたが、こうして見る限りでは普段どおりで特に精神的に堪えているという様子はない。
 しかしたった一点、ほとんど鼻を覆うようにして医療用テープで固定されている大きなガーゼが、昨夜の無様な敗戦を物語っているだけである。
 鏡は自分に集まる注意には気にも留めない様子で普段と同じく長テーブルの端の指定席に腰を下ろすと、隣に座っている八島に声をかけた。
「相羽さんはどこに?」
 ちょっと、周囲が緊張する。
「あ?ああ…多分、まだ練習してんじゃねーか」
「そう」
「あの…」
 この団体のまとめ役で、最も年長の吉原泉が普段通りのやさしい調子で問いかける。
「和希ちゃんに何か用?」
「ええ。個人的な用事ですわ」
 特に苛立っている様子こそないものの、相羽に個人的な用事があるという言い草は、周囲に色々な想像をさせた。
 いかにもプライドの高そうな鏡には、自分より格も年齢も下の若手に、事故があったとはいえ完璧な3カウントを奪われるなど我慢ができないはずの事柄で、もしかしたら何か仕返しを考えているのではないか―――
 と、この場にいる選手の大方の考えはこうだった。
 一人例外を除いて。
「ぷっ………」
 真鍋つかさだけは、鏡が入って来た瞬間からただ笑いをこらえるのに必死だった。
 つかさには、いつも通りの鏡の澄ました顔と態度にどうしようもなく不似合いな鼻のガーゼがひどくマヌケに見え、可笑しくて仕方がなかったのだが、一応大先輩であり団体内のヒール側のリーダー格でもある鏡にはつかさなりに遠慮して、笑いをこらえていた。
しかし、それももう限界に近いらしい。 
「つかさ…。鏡さんに聞こえるよ?」
「だってかすみん、あれは、アレは…くっ……ぷぷぷ…」
 これでもつかさは必死に可笑しさを押し殺そうとしているのだが、口の端からどうしようもなく笑い声が漏れている。
 笑い声のせいでつかさの感覚が伝染したのか、八島を挟んで鏡の近くに座っていた村上姉妹まで二人一緒に俯いて肩を震わせ始めた。
「………」
少なくともつかさに気づいていないはずは無いのだが、鏡はとりあえず無反応だった。
 すぐ横にいた八島と吉原は呆れている。
 すると鏡は突然組んでいた足を解き椅子からスッと立ち上がった。
 一瞬後、相羽が食堂のドアを開けた時には既に相羽の方に向かって歩きだしている。
 鏡が相羽の目の前に立つと、ちょうど10センチの身長差そのまま自然に相羽を上から見下ろす形になった。
 周囲の緊張が高まる。
 八島と吉原は二人とも少しだけ腰を浮かせていた。
 年長者同士の暗黙の了解として、ヒールもベビーもなくリング外の争いは収めるという意識が二人にはあるのだろう。
 見下ろされている相羽自身は、姿勢こそガチガチに固まっているものの、その目は先輩の威圧に負けまいという気迫で漲っている。
「相羽さん」
「は…ハイ!」
 が、意外にも相羽を見る鏡の眼差しと声音は妙に優しげだった。
「社長にはもう話をつけておきました。このシリーズの最終戦、あなたを私のベルトに挑戦させてあげます」
「ハ……ええっ!?」
「当然よ。若いといってもあなたはもう十分に実績を積んだもの、ベルトに挑戦する資格は十分にある。それに」
 鏡は一旦言葉を切って相羽の目をみつめた。
「リングの借りは、リングで返さなくては私の気が済まないわ」
「…わ、わっかりましたっ!!ボク、鏡先輩のベルトに挑戦します!一生懸命やります!よろしくお願いします!!」
 深々と頭を下げる相羽と、満足げな微笑をみせた鏡を見て、周囲は少し安心した。
 「そういうやり取りはリングでやれよ」と思わなくもなかったが。
「さて、と。挑戦させてあげる、なんて偉そうなことを言ったけれど、昨日は私が相羽さんに敗れているのよねえ」
 そう言いながら鏡は、まだ一人突っ伏して笑っている小悪魔の方へ向きを変えて歩を進めた。
「タイトルマッチに向けて新技の特訓をしなければいけないわ」
「み゛やっ!?」
 鏡はつかさのパーカーの後襟を掴んで立ち上がらせると、襟を掴んだままつかさを引き摺るようにして食堂を出て行った。 
「いやぁぁっ!助けてかすみ~ん!!」
「黙りなさい。別に痛いことはしないから」
「つかさ、それは自業自得だよ…」
 尊い犠牲を払ったものの、とりあえず何事も無く済んだということで選手達は皆ほっと胸を撫で下ろして引き摺られていくつかさを見送った


 その夜。
「おい、千秋、千春」
「なんスか姉御」
 夕食後、食堂に残ってテレビを見ていた八島は頬杖をついて体をテレビに向けたまま、背後に同じく座っている村上姉妹に声をかけた。
「遅いと思わねーか?」
「え、何が?」
「鏡たちだよ」
 つかさを引き摺った鏡が食堂を出て行ってから、もう三時間が経とうとしている。
 鏡はともかく、夕食前に連れ去られたつかさはもうとっくに音をあげているはずだった。
「んー、鏡さんさっきは平気な顔してたけど、やっぱり悔しかったじゃないッスかね」
「それで練習に熱入っちゃってなかなか放してもらえないんスよ、きっと」
「お前ら、ちょっと道場行って見てこい」
「えーっ…」
 今まで千春→千秋と交互に喋っていた姉妹がここで口を揃えた。
「自分で行けばいいじゃないッスか」
「もうすぐ食わず嫌い始まるし」
「…いいか、アタシはなあ」
 千秋→千春の順番に代わった姉妹の方へ、八島は頬杖の上で首だけを使って振り向く。
「物心ついてから一度も金八先生を見逃したことはないんだ」
「ハ?」
「あー、要するにどうせ自分がドラマ見るからオマエら食わず嫌い見れねーよ、って言いたいんスね」
「どうでもいいから早く行ってこい」
 そう言って八島が視線をテレビに戻した後、姉妹は顔を見合わせ、一つ溜息をついて席を立った。


「ったく、自分で行けっつーの」
「いつもなら真鍋に行かせるとこなんだけどなー」
 ぼやきながら、二人は寮と直結している道場の扉の前に立った。
「明かりは点いてっけど、音しねーな」
「疲れて休んでるとか…」
 と言って千秋が引き戸に手をかけた瞬間、
「イィィィィヤァァァァァァァァ!!!?」
 中からつかさの絶叫が響いたかと思うと、内側から戸が開き、悲鳴の主が転がり出てきた。
「ちょ、おい!真鍋どうした!?」
「は、初めて、私初めてだったのに……!」
 つかさは千秋の胸に顔を埋めて何かぶつぶつとつぶやきつつ、震えている。
 かなり動揺している様子のつかさを二人が持て余していると、中からコツコツと足音が近づいてきて、鏡の声がした。
「ダメね。その子じゃ身長が違い過ぎてうまく掛からないわ。…あら」
 わざとらしく、鏡は姉妹に視線を向ける。
「ちょうどいいところに」
 その夜、姉妹が開放されたのは日付が変わった後だった。


 二十日後、シリーズ最終戦。
 ウォーミングアップを終え、試合着に着替えて自分の出番を待っている鏡の控え室に八島が入ってきた。
「凄い客だよ」
 言うなり壁に立てかけてあったパイプイスを一脚取ると、鏡と向かい合って座った。
 八島の言うとおり、まだ知名度の低い若手の相羽にメインを張らせることへの会社の心配を余所に、蓋を開けてみれば大会場ながら興行的にはなかなかの成功と言える入りであった。
 後はメインを待つだけとなり、タイトルマッチに向けてリングアナウンサーがもったいをつけた文句を喋っている今も、その煽りに反応する観客の声援がバックステージにまで聞こえてきている。
「そう。私が相羽さんに負けたのが話題になったのかしら」
「それとアンタが煽ったからだよ」
 この日のスポーツ新聞は、各紙それぞれ“鏡、新技投入を予告!”だとか、“リング上で血の制裁か!?”といった風に題してこれから始まる試合について大きく紙面を割いてくれていた。
 これは、普段それほどマスコミに多くを語らない鏡が珍しく記者を集め、いかに相羽に負けたことが悔しかったかということと、今度の試合では相羽に必ず借りを返すということを様々な表現で語ったことが一因になっている。
「何企んでるんだい?」
「別に。…そうね、これに書いてある通り」
 鏡が指し示した化粧台の上のスポーツ新聞には、“鏡、新技でギブアップ狙う”とある。
「ふーん。で、その新技ってのは?」
「全く新しい技を考え出したわけではないわ。そうね、ちょっとマイナーな既存の技に斬新なアレンジを加えた、というところかしら」
「斬新なアレンジ、ねえ…」
 八島はどうにも鏡の言う新技が気に掛かっていた。
 というのも、あの村上姉妹を道場に見にやった翌朝、そのまま帰って来なかった姉妹とつかさの三人は揃って抜け殻のように虚ろな目をして起き出してきたのである。
 あの夜に行われた特訓がその新技絡みのものだったということは間違いが無いが、八島が三人にいくら事情を聞いても、
「初めてだったのに…」
 とか、
「姉御、アタシらにもね、青春ってヤツがあったはずなんですよ…」
 などと要領を得ない答えばかりで何をやっていたのか全くわからなかった。
「ま、アタシにはどうでもいいんだけどな」
 そう言って八島は、一旦はお手上げとばかりにパイプイスの背もたれに体を預けた。
 八島の出番は先ほど終わったところだが、スタイル柄苦手とする中森あずみとの一戦で、勝ちはしたものの楽な勝利とはとても言えないキツイ試合だった。
「お疲れね」
 鏡は気だるそうにしている八島を労った。
 二人は互いに組んだり戦ったりしながら今まで長いことやってきた仲で、同期でもある。
「思えば、アタシも相羽ぐらいの頃はこんなに疲れたりしなかったな」
その時不意に控え室のドアがコンコンと二回ノックされた。
 もうすぐ試合、という合図である。
「ま、油断さえしなけりゃ相羽はまだまだアンタの相手じゃないだろうし、せいぜい痛めつけて王者の威厳ってやつを示してやんなよ」
「痛めつける?」
 ドアを開けて出て行こうとする鏡の背中に向かって八島が声をかけると、鏡は立ち止まり、顔を半分だけ八島に向けた。
「辱めるのよ」


 試合開始のゴングが鳴った後、鏡はおもむろに相羽に歩み寄って右手を差し出した。
(「白々しい」)
 控え室のモニターで見ていた八島でなくともそう思わざるを得ない。
 鏡がここで握手と見せかけて奇襲、というような陳腐な手段を取らないことはよくわかっていたが、かといって最後まで真っ当な勝負をするつもりがないということはそれ以上に明白である。
「血まみれで失神、なんてことにならなきゃいいが」
 鏡の手を両手でしっかりと握り返した相羽を見て、八島はそうつぶやいた。
 控え室を出る際の鏡の一言で、やはりまた試合の行方が気掛かりになってきている。
 とはいえ、そんな八島の考えとは別に、今のところ試合自体はごく普通の展開を見せていた。
 始めこそ鏡は相羽が挑んできた力比べに応じるかにみせてこれをいなし、すかさずバックを取ると軽く持ち上げてテイクダウンを奪うことで得意のグラウンドに持ち込む場面があったものの、後はどちらかというと相羽に合わせて、相羽にもらった同じ技をすぐにやり返したり、ブレーンバスターを力ずくで堪えたりしていつにも増して正統派的なプロレスを戦っている。
 そうこうしている内に特に反則も場外戦も無いまま15分が過ぎ、互いに残りの引き出しも少なくなってくると、リング上は一見それぞれの気迫の勝負といった様相を呈していた。
「うおおぉぉぉぉぉ!!!」
 鏡の踵落しを思いきり頭で受けた相羽は、それでも倒れることなく咆哮すると、ロープに走って渾身のラリアットを返してから自分もマットに倒れこんだ。
 両者への声援が交錯する中で二人は同時に立ち上がり、どちらからともなくエルボーを繰り出し、返し、互いに肘での殴り合いを続ける。
「くっ…!」
 先に鏡の手が止まったと見るや、ここが勝機と見た相羽は余力を振り絞って延髄斬りを繰り出した。
 前回と違い打点の高い見事な一撃が側頭部に決まると、たまらず鏡は前のめりになり、足に力が入らずに倒れそうになるところを必死で堪えているように見えた。
「よおっし!決めるぞぉっ!!」
 両手を掲げて観客にアピールすると、相羽は鏡の背後に回り、この勝負にケリをつけるべく鏡の腰に手を回す。
 しかし。
「え?」
 背後から正面に回った相羽の左手首が鏡によって捕まれた、と思ったほんの数瞬後にはその左腕そのものがどういうわけか相羽自身の首に巻きついていた。
体勢としてはコブラクラッチに近いが、締め技ではない。
「まだ、これからよ」
 鏡はしっかり掴んだ相羽の左腕に全体重をかけて引っ張りながら、マットに対して仰向けに倒れこんだ。
 自然、首に掛かった自分の腕に引き摺られる形で相羽は後頭部から引き倒される形になる。
「うあっ…!!」
 高さこそ無いが、受身はほぼ不可能に近い落とし方である。
「(アレが新技か?)」
 モニター越しの八島は一瞬そう思ったが、すぐに思い直した。
 見たことの無い形ではあるが、わざわざ事前に使うことを予告して出すような技とも思えない。
『ワン、ツー、…』
 危うくカバーを跳ね返した相羽にも、まだなんとか余力はあるように見える。
 逆に返された鏡の方が、いかにも苦しそうにへたりこんでいた。
 両者ともそのまま立たずに呼吸を整えていたが、しばらくして鏡はいかにも辛そうな様子でニュートラルコーナーまで這ってたどり着くと、そのままのそのそと登り始めた。
 体力の回復を終えた相羽が膝を突いて立ち上がろうとしている時、ちょうど鏡が普段滅多に使わないコーナーの二段目に上り終え、ふらふらしながら相羽の方向に向き直ろうとしているのが見えた。
「三味線弾いてやがる」
 という八島の観察は当たっている。
 相羽にもう少し経験があれば、あるいはこの芝居を見破ることができたかも知れない。
「(ここでもっと攻めないと!)」
 という、追い込まれてもまだ前向きさを保っている相羽の心理を読んだ鏡の陽動である。
 加えて事前の新技投入予告もこの辺りを計算に入れてのことだった。
「させない!」
 鏡のいつもとは違った動きを何か新技への予備動作と見たのか、相羽はそれを阻止するためにセカンドロープに立っている鏡を止めようと、とりあえず拳を振り回す。
「かかったわね」
 伸びてきた相羽の右腕を掴むなり、鏡はすぐさま引き寄せて腕の付け根を両足の太股で固定し、そのままお尻でロープを乗り越えると相羽の腕一本に自分の全体重をかけてトップロープから逆さまにぶら下がった。
 要するにロープぶら下がり式の腕ひしぎ逆十字固めの体勢である。
「…ッぁああああああ!!」
 流石の相羽も肩から逆方向に曲がった腕に加減無しに体重をかけられては悲鳴をあげる他無かった。
 しかし反則であるこの技でギブアップを取られることは無い。
『ワン、ツー、スリー、フォー、…』
 この試合が始まってから初めて数えられる反則カウントを聞きながら、鏡はさらに相羽の腕を引っ張ることでゆっくりとロープ上に体を戻し、脚で挟んでいた腕を放した。
「あ…あ……!」
 相羽はリング中央へ数歩ふらふら進むと、腕を押さえてうずくまってしまった。
 一方鏡は、長身を反り返らせてロープに預け、そんな相羽の様子を見下ろしている。
 微笑んでいた。
「趣味悪ぃな…」
 と八島はそう思う。
 しかしモニターの中の鏡はこの上なく楽しそうだった。
 少し前の苦しげな表情はどこに行ったのか、待ち合わせ場所に遅れてきた恋人が道の向こうから必死で走ってくるのを眺めてでもいるように、期待感と少し意地の悪さが混じった、およそプロレスの試合中には似つかわしくない表情をしている。
 見られている相羽の方はそんなことに気づく余裕はなく、半ば痛さを通り越して感覚がなくなりつつある右腕を庇いながらも、なお立ち上がろうとしていた。
 なんとか両足で立ち上がり、前傾している上半身を起こそうとした時、相羽の視界に火花が散った。
 相羽の頭が上がるのを待っていた鏡が、横合いからニーリフトで相羽の顎を跳ね上げたのである。
 相羽は一瞬棒立ちになった後、ゆっくりと倒れた。
「ウフフフフフ…」
 目前に迫った楽しみを堪えきれなくなったのか、鏡の声が漏れる。
 すぐにはカバーにいかず、動かない相羽の真横に回ると、ゆっくり脚を折って横座りになり、目を閉じた相羽の顔を横から覗きこんで、申し訳程度に両肩を押さえた。
「(寝てろ、相羽…ッ!)」
 揃ってエプロンから首だけ出してリング内を見ていた村上姉妹とつかさは、相羽のことを心底思ってそう願った。
 が、相羽は返した。
「…ッバカにするなッ!!」
 もはや体力は尽き、相羽に残っているのは意地だけである。
 そんなこの期に及んで一気にガバッと上体を起こす形でカバーを返した相羽は、試合後にここで最後の意地を張ってしまったことを深く後悔することになった。
「流石だわ!」
 起こした相羽の上半身とマットの間に出来た隙間に、鏡は素早く下半身を滑り込ませると、両脚を開いて相羽の両腕を一気に捕獲した。
 と同時に正対する形になった上半身では、相羽の頭の後ろに正面から腕を回してがっちりと固定する。
 “ゆりかもめ”と呼ばれる技の体勢である。
 互いにくっついて上下逆方向に仰向けで寝ている状態から、相手の両腕の付け根付近を蟹バサミの要領で締め上げ、自然前に突き出てくる相手の頭部に手をかけて自分の方向に引っ張ることでこの技の体勢になる。
「痛…い…い…た……ぃ…」
 苦しむ相羽の両手は既にマットを離れ、タップアウトはできなくなっている。
 それ以前にロープは遠く、移動は全く不可能。
 主に腕と首にかかる苦痛から逃れるためには口でギブアップを言うしかないのだが、こんな状態になってもまだ、相羽の意地は負けることを拒んでいた。
「もう降参しちゃったら?」
 かすかに首を振る相羽の様子を、鏡はうっとりと眺めている。
「あらそう?困ったわねぇ…」
 そう言いつつ、鏡は体を前後に揺らした。
 当然揺れは密着している相羽の上体に伝わり、苦痛に波をつくる。
「あ…!…ぁ……!」
「このまま時間切れまで頑張ってみる?今何分だったかしら」
 制限時間60分の内、まだ40分も経っていない。
 もはや相羽の右腕は痛いなどというどころではなくなり、首を極められていることも手伝ってか段々と顔が紅潮してきている。
「まさか、アイツ…」
 控え室から見ている八島には、二人がこの体勢にはいってからずっと気になっていることがあった。
 顔が近いのである。
 加えて鏡が腕に力をこめるごとに相羽の頭が鏡の方に近づく形になり、もはや両者の鼻と鼻が触れ合うほどの位置に来ている。
 結局八島の危惧は最後まで当たった。
「ギブ……ァッ…」
 遂に我慢の限界を迎えた相羽が降参を口にしようとした時だった。
「ン……ッン……!!」
 目を見開いて声無き声を上げる相羽を見て、一瞬、こうなることを知っていた三人を除いた会場の全員が固まった。
 鏡の唇が相羽の口を塞いだのである。
 使い果たしたはずの力を使って、相羽は足をバタつかせ、首を振り、体を揺すって鏡を振りほどこうとしたが、無駄だった。
 そのままどれだけの時間が経ったろうか。
 呆気に取られていたレフリーが焦点を失った相羽の目に気づいてようやく試合を止めると、鏡は相羽を放し、唇を拭うと、ベルト受け取りさっさとロープを跨いだ。
 何か喋ろうかとも思ったが、やめた。
 大声援と怒号が入り混じった中花道を戻ると、バックステージに消える寸前に振り返り、鏡は改めてもう一度唇を拭って見せた
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by right-o | 2007-12-15 23:01 | 書き物
 美月は一人、道場のリングの上に立って目を閉じていた。
 頭に浮かぶのはこれまでの戦いと、これから始まる戦い。
「(それにしても――)」
 今回のアジアタッグで、美月は自分の上達を噛み締めていた。
 決して過信ではない確たる裏付けのある自信を、試合毎に深めることができている。
 その裏付けこそが、
「(我ながら、よく耐えられたものですね)」
 というふうに美月を感傷的な気分にさせるのである。


 杉浦美月入団の日。
 彼女は軍団のボスから二人の先輩を引き合わされた。
「こっちの二人が、直接君の指導にあたることになるから」
「鏡ですわ」
「吉原です。よろしくね、杉浦さん」
 二人とも物腰の丁寧な、理知的な大人の女性という感じで、少なくとも厳しい先輩には見えなかった。
 が。

「せ、先輩…もう無理であああああああ!!!」
 初対面の印象は、練習初日のスパーリングからすっかり変わることになる。
 タップしようが悲鳴を上げようが、この先輩達はそう簡単に手を緩めてはくれないのである。
「よ、吉原君、もうちょっとこう、手心というか…」
「でもリーダー」
「痛くなければ覚えませんわ」
 ボスの諫言にこう返した時の二人の爽やかな顔を美月ははっきりと覚えている。
 二人とも別にイジメでやっているのではなく、本心から美月のためを思って指導してくれている。
 それは、美月にもわかる。
 しかし、だからこそ一層タチが悪くも感じた。

 そういうわけで、 
「無理です!もう本当に無理ですから!!」
「大丈夫大丈夫」
「折れます!折れますって!!」
「痛くない痛くない♪」
 常に笑顔を絶やさない吉原先輩と、
「ギブ…!ギブアップです!!」
「あら、まだ体重かけてませんわよ」
「かかってます!ッ…背中、反ってるじゃないですか…!!」
「でも重心はまだ前。覚えておきなさい。これぐらいでギブアップしていたら恥ずかしいわよ」
 常に思いやりを忘れない鏡先輩。
 二人の先輩による親身な指導は今までずっと続いてきた。


「(練習でやってきたことが、確実に身についている…!)」
 と、実感できるようになったのは、美月が大会に参加するようになってから。
 体に覚えこまされた技術は、現実に何度となく美月の窮地を救った。
「…先輩に感謝しないと」
 自分の回想をこう締めくくって目を開けた時、美月の腕が不意に両側から掴まれた。
「あら杉浦さん」
「ここに居たんですの」
 美月を見下ろす二人の顔には、普段通りの微笑が湛えられている。
「あの、先輩、何か…?」
「杉浦さんがまた決勝に残った、って聞いたから」
「今度は優勝できるようにと思って、特訓を考えてきましたの」
「いえ…その、だから、決勝に備えて今日は体を休めた方が良策かと…」
「でもまだ試合始まるまでに1日あるんでしょ?」
「ですが、今までの疲れが…」
「大丈夫、疲れなんて残しませんわ」
 美月を掴む腕には、もうしっかり力がこもっている。
「うんうん、今日は特別優しくしてあげるから」
「え…ちょっと、ま、待ってくださ、待って…!」

今夜も、道場には遅くまで美月の悲鳴が響き渡った。
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by right-o | 2007-10-03 23:46 | 書き物
 とある大会場の控え室。
「…………」
 ウォーミングアップを終えてコスチュームに着替えた村上千秋は、珍しく神妙な面持ちでイスに身を沈め、これから迎える試合に思いを馳せていた。
ガチャ
「おーい千秋、準備終わったか?」
「千春…」
 双子の妹とは違い、全く普段と変わらない様子で部屋に入って来た村上千春は、千秋の様子を見て怪訝そうな表情を見せた。
「なんだ、調子でもわりーのか?」
「いや。ただ今夜の試合のこと考えるとよ…」
「試合?」
 今夜これから、村上姉妹は4チームで争われるタッグ王座戦に出場することになっている。
「なんだよ、久しぶりにベルト巻けるチャンスじゃねーか。なに沈んでんだよ?」
「ベルトねえ…」
 千秋が沈んでいる理由は、このベルトを巡る戦いが、最近はすっかり様変わりしてしまったことにある。

 始まりは半年ほど前、めぐちぐと村上姉妹の戦いを軸にして争われていたタッグ王座戦線に、フリーのガルム小鳥遊とグリズリー山本が参入してきたことから始まった。
 長年インディー団体を渡り歩いてきた彼女達は、そこで身につけたハードコア殺法と、トレードマークになっていた折畳式の簡易テーブルをリングに持ち込み、次々と対戦相手をテーブルに沈めていったのである。
 そして意外なことに、この暴挙が観客に対して妙にウケてしまった。
 ヒールなのに観客の支持を集めていることに気を良くした彼女らは、タッグ王者めぐちぐの試合に乱入し、千種を合体パワーボムでテーブルに叩きつけると共に団体側へタッグ王座への挑戦を迫った。
 この状況をさらに複雑なものにしたのが、神塩ナナシー&小早川志保の合体である。
 団体屈指のリスクテイカー二人はジュニア王座を巡って争う内に意気投合、何を思ったかめぐちぐ対グリガルム戦にハシゴを持って乱入し、テーブルに寝かされためぐみに対して小早川がシューティングスタープレスで襲いかかり、こちらもチャンピオンに宣戦布告した。
 しかし、めぐちぐは負けなかった。
 二人はどんなに痛めつけられても耐え続け、やられた分はきっちり相手のやり方でやり返して勝った。現にグリガルム戦で小鳥遊の頭が千種のバックドロップによってテーブルを貫通したシーンや、神塩&小早川戦でめぐみが下を一切確認せずにハシゴ上からムーンサルトで舞ったシーンはファンの間で語り草になっている。
 この3チームは先月にタッグ王座戦で直接対決しているが、それぞれが決着について納得がいかなかったことと、加えてあまりにもファンのウケが良かったために、今月のビッグマッチの目玉として村上姉妹を加えた上で特別ルールでの再戦が行われるという運びになったのだった。

「…アタシらにアイツらみたいな試合ができると思うかよ?明らかにオマケで数に入れられたって感じがするぜ」
「なーに言ってんだよ千秋。別にアイツらに付き合わなくても、今日の試合は天井に吊るされたベルトを取っちまえば勝ちなんだろ?楽勝じゃねーか。ついでに何しても反則は取られないって聞いたし、やりたい放題じゃねーか」
「そうは言うけどなあ…」
 特別ルールで行われる今夜のタッグチームバトルロイヤルは、千春の言うように反則裁定が無く、各チーム好きなものを持ち込んでよいことになっているが、その代わりに試合の決着は3カウントではなく上から吊るされたベルトを奪ったチームが勝者ということになっている。
 要するにどんなに相手を痛めつけようがベルトを奪わない限り勝ちにはならないため、ある意味通常ルールよりもずっと過酷な試合なのである。
 しかし千春はそんなことは気にもかけない。
「大体さ、これは久しぶりに巡ってきたチャンスなんだぜ?別にアイツらみたいなことできなくても、ベルト獲っちまえばアタシらが主役だろ。誰にも文句は言わせねーよ」
「…ま、そりゃそうだな」
 悩んでいてもいなくても試合はあるのだ。
 だったらいつも通り、どんな手を使ってでも勝ちにいこう―――
 と、千秋はそう決心して立ち上がった。
「よっしゃ!気合入れるぜ!」
 姉妹は控え室のドアを蹴り開けて出て行った。



『ただいまから、タッグ選手権試合を行います。まずは挑戦者、神塩ナナシー、小早川志保組の入場です!』

「4チームで争われるこのタッグ王座戦、まずは神塩と小早川が入ってまいりました。もうすっかりお馴染みの3m程もある大きなハシゴを担いでの入場です。これが無ければ吊るされたベルトを獲ることはまず不可能。このハシゴの行方が勝敗を占うと言っていいでしょう。さあ、ハシゴはまず一旦場外に置いて、今二人揃ってのジャンピングリングイン!この団体が誇る命知らずの二人です!」

『続きまして、同じく挑戦者、グリズリー山本、ガルム小鳥遊選手の入場です!』

「続いてはパワーファイター二人がテーブルを持って…おおっと何かテーブルに書いてある文字をアピールしていますが…これは!『武藤めぐみ』それに『結城千種』か!?今日こそはチャンピオンチームをこのテーブルに葬り去ってやるというアピールだ!!こちらもそれぞれ場外にテーブルを設置して、堂々のリングイン!」

『続きまして、村上千春、村上千秋組の入場です!』

「最近目立った活躍がないとは言え、タッグチームとしての経験は決して侮れないものがあるでしょう。この反則無しのリングが悪逆姉妹のベルト奪還の舞台となるか!?村上姉妹、イスを手にしての登場です!」

『続きまして、王者、武藤めぐみ、結城千種組の入場です!』

「この半年で様々の過酷な経験をしましたが、遂にこの二人がベルトを失うことはありませんでした。絶対王者めぐちぐは一体何を持って今日の試合に挑むのか…おおーっと何も持っていません!素手であることを観客にアピールしています!これはチャンピオンとしての意地と自信の表れか………」


 めぐちぐの入場に他の注意がむかっている中、千秋と千春は二人でこっそりと頷きあった。
「今だ」
 と。
 三者それぞれ赤以外のコーナーに陣取っている中、千秋が山本、千春が小早川をそのパートナー共々イスで奇襲して叩き出すと、それを見てリングに走りこんでくるチャンピオンを待ち受ける。
 二人は事前に打ち合わせていた通りにことを運ぶと、一目散にリングに駆けてきた二人の内、千種のリングインをイスで阻止した後、めぐみには膝蹴りを入れてリング中央に引き出して、姉妹はその両側でイスを振りかぶった。
「まずは一人っ!」
「戦闘不能だぁッ!」
バチーン
 イスは、互いを打った。
「バレバレなのよ!」
 めぐみは両側から迫るイスをあっさりしゃがんでかわすと、すぐさまロープに飛び、、イスを持ったまま突っ立っている姉妹にそれぞれ片足づつのドロップキック。
 二人して場外に転がり出た姉妹を見て、リングに上がっていた千種と一瞬目で頷く。
『飛んだぁーっ!!!』
 実況と観客が絶叫する中、めぐみが千秋にノータッチのトペ・コンヒーロ、千種が千春にトペ・スイシーダで突っ込んだ。
「ぐえっ」
 予期せぬ逆襲に面食らっている二人を、めぐちぐはまだまだとばかりに無理矢理立たせる。
 続いて、
「いっくよーっ!」
「いきますよ~!」
 エプロンから客席にアピールし終えると、神塩と小早川はリング内の方を向いて同時にセカンドロープに飛び乗った。
 ふわり、と綺麗な孤を描いたケブラーダで村上姉妹を薙ぎ倒すと、神塩と小早川は客席に向かって人差し指を立ててリングを指し、めぐちぐと同じように千秋と千春を強制起立させる。
 周囲ではリングの方を見た観客が、次々に驚嘆の声をあげているのが聞こえる。
「う、嘘だろ…おい…」
「こんなもん、受けられるかよ…!」
 目を疑いたくなることに、リング上では女子プロレス界1位と2位の巨体が、トップロープを掴んでリング下を見下ろしていたのである。
「いくぜ!」
「おう!」
 不恰好だが、これ以上無い説得力の重爆プランチャに、姉妹は揃って「べちゃっ」という効果音が聞こえてきそうなほど見事に圧殺された。


 その後、束の間の共闘を終えた3チームはリング上へと戦いの場を移す。
 しかし、圧倒的なパワーと体格を誇るグリガルムの前に、他の4人はなし崩し的に協力せざるを得なくなっていた。
「せ~のっ!」
 と4人が声を合わせ、小早川と神塩は山本に、めぐみと千種は小鳥遊にそれぞれ合体ブレーンバスターを狙うが、
「うおおおりゃあぁぁぁぁ!!!」
 気合一発、山本と小鳥遊は二人同時に二人を投げ返す。
「お前ら軽すぎるんだよ!」
「力もねえな!」
 たまらず村上姉妹とは別方向の場外に転がり落ちた二組を見て、怪物達が気勢をあげている、ちょうどそんな時に千春はリング下で意識を取り戻した。
「千秋、千秋…」
「あ?……ああ…」
 隣で同じくのびていた妹がなんとか無事であることを確認すると、千春はなんとかしてリングに戻ろうと体を起こした。
「(リングアウトになっちまう)」
 すっかりいつもの癖で特別ルールを忘れていた千春がエプロンを掴んでなんとかリングに入ろうとしていた時、観客が一斉に騒ぎ始めた。
『おっと、ついに机の投入を予告かー!?』
 小鳥遊が場外の『武藤めぐみ』テーブルを指さすと、すかさず山本が机と一緒に、場外で体を休めていためぐみをリングに転がし入れる。
 小鳥遊はテーブルを赤コーナーに立てかけると、めぐみをそれに投げつけ、自分は助走をつけるために対角線上の青コーナーまで下がった。
「アイツ、三味線ひいてやがるな」
 めぐみ側でも小鳥遊側でもないニュートラルコーナーでロープを掴んでなんとか立ち上がった千春は、めぐみの様子を見てそう判断した。
 さて、間抜けな番犬が自分の置いたテーブルにぶつかる様でも見てやるか、とコーナーを背にしてふんぞり返った時、
「めぐみっ!」
「…えっ」
 エプロンに上がった千種はロープ越しに千春の手首と後頭部を掴むと、千春をめぐみのコーナーに向けて思いきり振った。 
 それを見ためぐみが行動を起こし、さらにワンテンポ遅れて小鳥遊が走り始める。
 めぐみはトップロープを掴んでちょっと飛び上がると、軽業師のようにロープの間に体を差し入れてするりと場外に脱出してしまった。
 直後に、めぐみがもたれかかっていたテーブルに千春が叩きつけられ、さらに―――
「千春避けろォォォォォォ!!」
グシャッ
 千春の後を追ってリングに這い上がった千秋の絶叫もむなしく、串刺し式のガルムズディナーをくらった千春は、背後のテーブルと共にくの字に折れ曲がって崩れ落ちた。
「チィッ!」
 小鳥遊は、始めから誰もいないテーブルにぶつかったかのように、ボロ雑巾と化した千春を無視して山本と一緒にめぐみを追って場外へ降りていく。
「千春っ!」
 ぴくりとも動かない姉を心配して這い寄ろうとした千秋だったが、突然両足を掴まれて再びリング下に引き摺り下ろされた。
「な……ぐぁっ!」
 振り向くと、視界には一瞬黄色と焦げ茶色の靴底が見えた後、火花が。
 神塩と小早川ダブルのトラースキックをくらった千秋が倒れようとした先は、いつの間にか小早川が運んでおいた『結城千種』テーブル。
「ナナシー、上がって!」
「わっかりました~!」
 エプロンから直接コーナーポストに飛び乗った神塩は、両手を後頭部付近に上げると、バランスの悪い中で器用に体の重心を沈めた。
「離せ!離せぇぇぇぇっ!!」
「いやーだよ~だ!」
 完全にテーブルに横たえられた千秋は、両足を小早川に押さえられて脱出不可能。
「行きますよ~!え~い!!」
 観客の大歓声の中、神塩が自分の真上で前方に一回転する様を、千秋は意識が無くなる直前まで凝視していた。


 千秋が神塩の450°スプラッシュをくらってまたもや戦闘不能になったあと、試合は一気に終局に向けて動き始めた。
 花道で死闘を繰り広げていたグリガルムとめぐちぐは、めぐちぐが山本に花道上でのダブルのバックドロップを決めるも、投げきってから起き上がったところへ花道を走りこんで助走をつけたガルムズディナーで二人同時に吹き飛ばされてダウン。
 その隙にリング上でちゃっかりハシゴを立ててベルト奪取を狙っていた小早川&神塩に気づいた小鳥遊が慌ててリングに戻ると、あっさりハシゴを放棄した神塩が延髄斬り→前のめりになったところへ小早川が飛びついてDDTの連携が決まるも、ダブル攻撃を狙ってロープへ飛んだ小早川に意識を取り戻した千春が足をかけて転ばせる。
 直後に、キレた小鳥遊はラリアットで神塩を一回転させると、無理矢理神塩をエプロンまで引きずり出して断崖式のパワーボム狙い。
 実況と観客の悲鳴と歓声が入り混じる中、神塩がなんとかウラカンラナで切り返そうとするも、中途半端になり同体のまま場外へ転落。
 そのまま沈黙した小鳥遊に、起き上がった山本が駆け寄るのを見ていた小早川は、千春を場外に蹴り落とすと、おもむろにハシゴを手に取り、小鳥遊と神塩が落下した方の場外の方向へハシゴを設置してのぼり始める。
 
 千春に助け起こされた千秋は、リングに這い上がりながら、明らかにベルトとは別方向に向けて設置されたハシゴのてっぺんに、異名どおりマタドーラのように、スカーフをなびかせてすくっと立ちあがった小早川を見上げた。
 その小早川が膝を少し曲げて重心を沈めた時には、誰もが思った。
「(こいつ、死ぬ気か)」
 と。
「小早川、いっきま~す!!」
 まるでトップロープから飛ぶのと変わらないかのように、片手をあげてアピールすると、地面まで5mは下らない高さを、普段通りの華麗なフォームのシューティングスターで落下。
 これには、観客の誰もが一瞬息を飲んだ。
 直後、
ウオオオオオオオオオオォォォォォォ
 という会場中から溢れた歓声の後、続いて地割れのようなストンピングの嵐が起こる中、千秋と千春はやっと自分達に勝機が巡ってきていることに気づいた。
 小早川は言うまでもなく、それを受け止めた山本なども動けない中、今ベルトに一番近いのは自分達なのである。
「千春!」
「わかってるよ!」
 二人は痛む体を引きずってなんとかリングの中央にハシゴを立てると、両側からそれぞれ上を目指してハシゴを登った。
「もう少し……!」
 普段なら楽々と登れる3m程の高さも、今は両手両足を使ってじりじりとしか登れない。
 それでもなんとか、丸い輪に通された二つのベルトにそれぞれ手が届いた時、
「そのベルトは渡さないわ!」
 千秋と千春の足首を、めぐみと千種が同時に掴んだ。
「くそっ…!」
 後はベルトを輪から外すだけなのだが、
「千秋、外れない!」
「こっちもだ!畜生!!」
 ベルトの背後の留め金が妙なことに全く外れない。
「(アタシ達が巻いてた頃は外れやすかったクセに!)」
 と心中で毒づいている間にも、めぐみと千種の手は足首から膝へと上がってきている。
「もういい千春!力任せだ!」
「おう!」
 自分達がハシゴの上にいることも半ば忘れ、姉妹は二人して背を反らせながら思い切りベルトを引っ張った。
 しかしそれでもベルトは外れず、そうこうしている内にめぐちぐそれぞれの腕がついに腰に回り、挑戦者を引きずり落とそうと同時に力を込めた時、
ぶちっ
「あ」
 ベルトの留め具は同時に外れ、千秋はめぐみに、千春は千種に雪崩式のジャーマンスープレックスをくらうような格好で真っ逆さまに墜落した。
 今夜3度目の失神を味わう寸前、千秋は熱狂の渦と化した観客席を上下逆に見ながら、思った。
 「二度と、やらねえ」と。
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by right-o | 2007-09-24 23:38 | 書き物
「……は?何ですって?」
「だから、私ヒールになりたいの!」
「その…、どうしてヒールになりたいのかしら?」
「社長が、綾はヒールになりなさい、って。それで、鏡さんに反則を教わりなさい、って」
「はあ、…そうなの」
 突然寮の部屋に押しかけて来た綾の、自分を見る真剣な眼差しを、鏡は持て余した。
 それに加えて、綾の言うことがわからない。
「(これ以上ヒールを増やしてどうするつもりかしら?)」
 今現在、この団体ではトップベビーフェイスのマイティ祐希子とパートナーのボンバー来島を共に怪我で欠いており、そのせいでヒール側が勢いを増して、団体の全てのベルトをヒール軍団が独占している状態にあった。
「(これは社長本人に聞いた方が早いですわね)」
 と、そう決めた鏡はじーっと自分を見上げている綾の頭に手を置いた。
「お話はわかりましたけど、これからもう一度社長のところで一緒に話を――」
「その必要はありません」
 半開きになっていたドアから、社長秘書、井上霧子が顔を出した。 
「社長は今、海外まで出張に出ているために不在です。私が留守を預かっています」
「うん!私もさっき、霧子さんから聞いたんだよ。社長が言ってた、って」
「霧子さんから?」
「ええ、私が伝えました。ただし理由などそれ以上のことは聞いていませんので、お答えできません。悪しからず」
「でも、それでしたら何も私に頼まなくても…」
「それはズバリ、鏡さんが次のシリーズ中に特に用事が無いからです」
「………」
 補足すると、鏡はヒールでありながら他と群れない独特の立場に立っていたことが災いし、ヒール軍団ともそれと抗争中の数少ない正規軍とも絡めず、マッチメイク上かなり扱いに困る存在になっていたのである。
「…ということは、シリーズ中に実際の試合の中で指導しろ、ということですわね?」
「そうなります」
「…わかりましたわ。やるだけやってみましょう」
「わーい!やったあ!」
「引き受けて頂いてありがとうございます。くれぐれも次期シリーズ中にお願いしますね」
「ね、ヒールってイスとか使ってもいいんだよね?」
 一体何がそこまで嬉しいのかというぐらい、無邪気にはしゃぎまわる綾を見て、鏡は早くも引き受けたことを後悔し始めた。
 

 かくして、次のシリーズからタッグを組んでの反則の実地指導が行われた。

 ブラインドタッチ。
パチン
「おい、タッチしたのか?」
「しましたわ。音、聞いたでしょう?」
「え~綾してないよ。鏡さん一人で手叩いてただけだもん」
「………」

 ロープを使ってフォール。
「フォール!1!2!…」
「鏡さん足出てるよ!ブレイクだよ~!」
「………」

 イス攻撃
「榎本さん、イスを!」
「は~い!え~っと…すいませーん!すぐ返すからお客さんのイス、借りてもいいですかぁ?」
「………」

 これらの他、フォールされていることにレフリーが気づかなければ丁寧に教えてあげ、ダウンしていれば親切に助け起こし、反則はカウントが入る前に手を離し、ロープ際では毎回のクリーンブレイク。
 鏡が何度教えてもこうなのである。
 しかし綾本人は鏡に教わるたびに目を輝かせて真剣に聞き入り、話が終われば自分はすっかり一人前のヒールになった気分でいる。
 流石の鏡も、綾のあまりの邪気の無さに、ヒールは向いていないなどと面と向かって言う気にもなれず、そのままずるずるとシリーズ最終戦まできてしまった。


 この日、「榎本綾ヒール転向記念試合」が組まれていた。
 相手はこのシリーズ中も猛威を振るったヒール軍団の一員、村上千春である。
「(この会社、本当に何がしたいのかしら…)」
 何故ヒール転向を堂々と記念しなければならないのか、そして何故その記念試合の相手がベビーフェイスではなくヒールなのか。
 綾と相部屋の控え室の中で、試合の組まれていない鏡はちょっと真剣にこの会社のフロントのすることについて考えていた。
「ねえ鏡さん鏡さん!」
「え?何かしら?」
「綾、一人前のヒールになれたかなあ?」
 いつの間にかウォーミングアップを終えた綾が、鏡の顔を覗き込んでいる。
「…え、ええ。もう私が教えることは何もありませんわ」
「そっかぁ!それじゃあ、練習の成果、見ててね!」
「ええ、頑張って…」
 控え室のドアを開けて出て行く綾を手を振って見送った後、
「(これで…よかったのかしら)」
 という不安な思いが段々と増してこようとしていた時、
ガチャッ
「失礼します」
 霧子が綾と入れ違いに控え室に入ってくると、そのまま鏡の向かいのパイプイスに腰を下ろした。
「ようやく社長と連絡が取れました」
「それで、社長は何て?」
「鏡さんのことを話すと、大変満足していらっしゃいましたよ」
 どこか含みのある微笑を浮かべている霧子を、鏡は不気味に思った。
「話した…って、どういう風にですの?」
「鏡さんがとても親切に榎本さんを指導してくださっている、と」
「……。それで、どうしてこれ以上ヒールの人数を増やそうとしているのかは?」
「さあ。ただ社長はこの試合を見れば、すぐにわかると言っていましたよ」
「試合…?」
 控え室のモニターに目をやった鏡は、映し出されている試合を見て目を見張った。
『アタシ達のマネしようなんざ、百年はえーんだよ!』
 そう言って千春が綾の顔をコーナーで足蹴にし、その背後ではしっかりと千秋が綾を固定しながら、こちらも罵声を浴びせている。
 始めからルールを無視した村上姉妹の二人掛りの反則攻撃に対して、綾は目を真っ赤にしながらも泣かないようにして必死に耐えていた。
「あの子っ!」
 イスを蹴って立ち上がった鏡に、こちらもいつの間にか立っていた霧子が自分の座っていたイスを畳んで差し出す。
「相手は二人ですよ。これを」
 鏡はイスを受け取ると、控え室を飛び出して花道からリングまで一直線に駆けた。
 幸い、試合が終わった後はリングに上がって綾の健闘を称える予定だったので、リングコスチュームには既に着替え終わっている。  
「このっ!」
 イスを持ったままリングに滑り込むと、まずは向かって来た千春の脳天を一撃し、続いてリング上に上がってきたセコンドのはずの千秋にイスを放る。
「えっ?」
 不意にイスを渡されて困惑した千秋の顔面を、スピンキックでイスごと蹴り飛ばすと、すぐさま鏡は綾の元に駆け寄った。
「大丈夫?」
「うん、平気だよ。これくらい、何ともないもん!」
 強がる綾の目元を拭って、立たせる。
 ブーイングの嵐から大歓声に包まれたリングの中から、鏡と綾は花道に逃げた村上姉妹と相対した。
「おい!何だよ同じヒール同士かと思って手ぇ出さずにおいてやったのによ。私達に刃向かったらどうなるか、これからじっくり教えてやるからな!!」
「フン、本当に弱い犬ほどよく吼えるとはこのことですわ」
 マイクの応酬に対して観客は沸きに沸いた。
 この日も正規軍はヒール軍団に対して不甲斐無い惨敗を喫していたために、観客が終始イライラし通しだったところに、これが今夜唯一の痛快事だったのである。
 が、しかし、
「(しまった―――)」
 当の鏡本人だけは、ここにきて心中は複雑であった。
 ようやく全てに気づいたのである。
 もはや鏡の目はマイクでがなりたてる村上姉妹を見てはいない。
 見ているのはその背後、花道の向こうで、舞台裏から顔だけを覗かせて笑っている―
「(社長にまんまとしてやられましたわ)」
 観客が、選手が、そして社長が待ち望んだ絶対的なベビーフェイスが、ここに誕生した。
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by right-o | 2007-09-22 00:23 | 書き物
 カンナ神威対武藤めぐみ。
 来週に控えたタッグ王座戦の前哨戦として組まれたシングルマッチは、佳境を迎えようとしていた。
「やあっ!」
「うっ…!」
 カウンターのトラースキックが顎に入り、たたらを踏んだカンナに止めを刺そうと、めぐみがロープに飛んだ時――
バァン
「あっ!」
 ロープに預けた背中に向かって、リング下から思い切りイスが叩きつけられた。
「ギャハハハハハ!ぬるい試合やってんじゃねえ、よっ!!」
 レフリーがすぐさまめぐみの反則勝ちを宣言しゴングが乱打される中、加害者ライラ神威はセカンドロープを跨いで悠々とリングインすると、四つん這いのタッグ王者にもう一度イスを振り下ろした。
 その様を、カンナがただ見ているだけで止めようとしないのは、当然これが二人で示し合わせての行動だからである。
「急げよ、手筈通りだ。片割れが来る前にやっちまうぞ」
「…ああ」
 ライラは弱らせた武藤を無理矢理引き起こすと、予め用意していた手錠を二つカンナに投げて寄越した。
 カンナは何も表情に表さず、ただ淡々と武藤の手首をトップロープに縛りつける作業を無言で行い終わると、エプロンに出て動けない武藤の背後に回り、さらにライラから受け取ったイスの、畳まれた金属の「背」の部分を、背面から武藤の首に固定する。
「いっくぜェェェェ!!!」
 ライラが持参したもう一脚のイスを振りかぶった時、観客は悲鳴をあげ、または目を逸らした。
 ガン
 武藤の首にあてがわれたイスが、足を思い切り叩かれ、ちょうど槌で打たれた楔のように刺さり、武藤は声も上げられないまま苦悶した。
 手錠で繋がれているため、痛む首に手をあてることもできない。
「めぐみっ!!」
 直後、一足遅くリング上の異変を知らされた結城千種がリングに飛び込んでくると、そのままの勢いでライラを突き飛ばし、武藤に駆け寄る。
「カンナさん、手錠を外して!」
 しかし、千種の登場を見て、これ以上の関わり合いを避けて一人リング下に逃げていたカンナは千種の懇願に応えず、
「後ろ」
 とだけ言った。
 同時にこの日四回目のイス攻撃が千種の背中に炸裂し、続けざまにさらに四回、ライラが力任せに振るうイスが千種の背中を打った。
「…ちぐさぁっ!」
 何度イスで叩かれても、千種は身をかわそうともせず、それどころか一層強い力でめぐみの体にしがみついた。
「もういいから!離して!!」
「嫌…よ」
 自分が離れればどうなるか――
 それは千種にとって、自分が打たれるよりも嫌なことだ。
 しかし、千種の献身的な姿は余計にライラを苛立たせる。
「クソッ!気に入らねえんだよ!!」
 ライラは千種を力任せに引き離すと、イスをマットに捨て、千種を肩の上に担ぎ上げた。
「!?…やめてぇ!!」
「ヒャハハハハハ!!」
 マットに置かれたイスの上に、千種の頭が刺さった。
 地獄落とし、という名前そのままの容赦無い一撃である。
「まだまだ、終わりじゃねーんだよ!」
 ライラは、全く動かなくなった千種の頭をイスの上に置きなおすと、カンナが捨てたイスを手に取り、大きく真上に振りかぶる。
「やめて!もうやめてぇぇぇ!!!」
「死ィねェェェ!!」
 イスは、誰に止められることもなく、千種の頭に振り下ろされた。


 一週間後。
 予定されていたタッグ王座戦は、何ら変更無く開始された。
 ただ一つ違った点は、王者組二人の首と頭に痛々しい包帯が巻かれていたことだけ。
 それでも、王座戦中止を考えていたフロントに対して、断固として試合を行うことを主張した千種とめぐみの姿は、いつもの王者らしい堂々としたものであった。
 珍しい王者組の奇襲で幕を開けた試合は、中盤まで前哨戦の屈辱を晴らすかのように王者組の怒涛の攻めが続いたが、ライラの串刺しラリアットがめぐみの首を捕らえてから一変する。
 それ以降は目に見えて動きが悪くなっためぐみを相手に、挑戦者組が――というよりライラ一人が一方的に痛めつける展開が続く。
 隙をついてめぐみが千種と交代するも、髪を掴んで頭をマットに叩きつけるなどのラフプレーに加えて、リング外から文字通りに足を引っ張るなどのカンナの介入もあり、依然としてライラの一方的な蹂躙は続いた。
 加えて、
「千種!代わって!」
 と、いくらパートナーに呼びかけられても、千種は交代しようとはしなかった。
 そんな千種の様子が、さらにライラの嗜虐的な心をくすぐる。
「ヒャアハハハハハハハハハハハハハ!!」
 思うままに殴り、蹴り、叩きつける。
 パートナーのカンナまで顔をしかめる程の猛攻。
「もういい。さっさと終わらせろ」
「うるせぇ!俺に指図すんじゃねえ!」
 しかし、すっかり抵抗をやめた千種で遊ぶのにも飽きたのか、ライラは千種を肩に担ぎ上げた。
 すかさずカンナが対角線上のめぐみを抑える。
「てめぇら、よーく見とけよ!ヒャハハハハハ!!」
 地獄落としの態勢に入ったまま、ライラがめぐちぐの逆転を願うファンを嘲笑うようにゆっくりと一回転し、千種をマットに叩きつけんとした時であった。
「このォォォォ!!」
 カンナをかわしてリング下に落としためぐみの、渾身のフライングニールキックがライラの鼻っ柱に直撃。
 すかさず息を吹き返した千種が地獄落としの態勢を横十字固めに切り返し、一瞬で逆転の3カウントを奪取した。
「やった、やったよ!!」
 直後、めぐみに助け起こされた千種は、体の痛みもすっかり忘れてめぐみ抱きついた。
 一気に湧きかえった会場の中で、めぐみの胸に顔を埋めた千種の目には光るものがあるようにも見える。

「あアァ!?」
 しかし、敗れたライラが呆然としていたのは、ほんの数秒だった。
 まずレフリーを殴り飛ばし、気づいて場外に避難しためぐみと千種を追って自分も場外に出ると、最前列の観客を突き飛ばしてイスを強奪する。
 もはやベルトの行方も試合の勝ち負けも関係無く、ただただ、他人を傷つけたいということだけが動機の行動である。
 が、ライラが振り上げたイスは不意に背後から伸びた手で奪われた。
「テメェ、何しやが――」
 『もはや、付き合いきれない』と言わんばかりに、カンナは無言でイスを横殴りに払った。
 よろめいたライラの腰に、千種の腕がまわる。
 試合では遂に見られなかった千種の必殺技の態勢。
 次の瞬間、ライラは運悪く丁度場外マットの切れていた部分に、誇張抜きで垂直に刺さった。
 担架で運び出されたライラは、犬歯を剥いて笑ったまま失神していた。   
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by right-o | 2007-09-20 22:01 | 書き物