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 美月対神楽戦の舞台となったのは、神戸ワールド記念ホール。
 立地から見れば神楽寄りの会場だが、特に観客はどちら寄りということもなく、
 これから始まる試合の形式と、そこで何が起こるかに期待している者が多かった。

 美月は普段どおりの無表情でリングに入り、
 神楽もまたいつものように薄い笑みを浮かべてロープをくぐると、
 向かい合った両者の左手首に皮のストラップが巻かれる。
 それは、ちょうどリングの対角線を結んでやや余るほどの長さの鎖で、
 両者を結びつけるためのものであった。
(重い……)
 見た目アルミのように安っぽく光る鎖であったが、
 その実かなり太い鉄の輪を繋げたものであり、人間の力で断ち切ることは不可能だろう。
 先月、柳生美冬を惨たらしく痛めつけたこの凶器が、この試合形式においては鍵となる。
 神楽からの提案を受け入れる形で実現したこのチェーンデスマッチであったが、
 流石の美月も、相変わらずの無表情とは裏腹に、内心では怖いものがあった。
 それでも王者として、また一プロレスラーとしての意地から、
 もうどうにでもなれという半ば自棄に近い気持ちでリングに立っているのであった。


 しかし一度ゴングが鳴ってしまえば、内面がどうであれ身体は動く。
 ゴングと同時、手早く左拳にチェーンを巻きつけて殴りかかってきた神楽の腕をかいくぐり、
 振り向きざまに顔面へのドロップキック。
 が、神楽はドロップキックを受けて倒れながら、
 左手のチェーンを短く持って自分からリング下へ転がり落ちる。
 勢い美月も左手に引き摺られる形で前に倒れ、そのまま場外へ引っ張り出されてしまった。
「ほらほら、どきなっ!」
 すかさず美月の首にチェーンを巻きつけた神楽は、最前列に座っている観客へ手を振って非難させ、
 チェーンを持って場外フェンス越しに美月を投げ飛ばした。
 客席のイスを薙ぎ倒しながら地面に転がった美月へ、神楽はさらにイスを投げて叩きつける。
 この試合、お互いをチェーンで繋ぐこと以外ほぼノールールであり、
 一応ギブアップと3カウントをリング上で行うことの他、何も反則にならない。
 完全に神楽の土俵と思われたこの試合形式で、まずは予想通り神楽が美月を蹂躙した。
 さらに床へボディスラムで叩きつけたあと、
 神楽は再度チェーンを使って美月を場外フェンス越しに投げてリング側へ戻し、
 サードロープの下から美月をリングへ転がし入れる。
 そしてリング内へイスを放り投げておいてから、観客へ悪態を吐く余裕を見せた。
 スキを窺っていた美月はここから反撃開始。
 左手のチェーンを一気に引っ張って手繰り寄せると、場外の神楽が不意に腕を引かれて体勢を崩し、
 リングの支柱に頭から激突した。
「おお……」
 間の抜けた格好でダメージを受けて頭を抱える神楽へ、
 美月はサードロープ下をくぐって場外へのスライディングキック。
「ちっ」
 場外フェンスまで蹴り飛ばされた神楽がチェーンを巻いて殴りかかってくるのを避けつつ、
 神楽が巻いているチェーンの根元を引っ張って引き寄せ、側面から抱きつくような形で密着。
「せぃっ」
 一瞬のタメのあと、捻り式のバックドロップに切って落とした。
 体格の問題から投げ技はあまり使わない美月だが、これぐらいのことはできる。
 横方向の回転で頭頂部から場外マットに激突した神楽はぴくりとも動かず、
 美月はこれを引き起こしてリングへ入れた。
 それから一度自分もサードロープをくぐってリングインしたあと、
 トップロープを飛び越える形でエプロンに立った。
(まだまだ、いける)
 場外でいいようにやられていた美月だが、効いてないというアピールも兼ねて飛び技を狙う。
 流石にチェーンをつけたままで450°スプラッシュは無理と判断し、
 神楽が立つのを待ってからトップロープに飛び乗った。
 だがこういう場合の神楽の頭の回転は早い。
 左手のチェーンを引くことでドロップキックを狙う美月の体制を崩し
 トップロープから前のめりになったところへジャンプして飛びつく。
 ちょうど抱きつくように、右腕を美月の左首筋に巻きつけ、掌で後頭部を掴んだ。
 そのまま空中から美月ごと後ろに倒れこみ、美月の顔面を肩越しにマット――
 ではなく、自分が投げ入れたイスの上に叩きつけた。
 それから間髪入れず裏返してカバーへ。
「……うぶっ!」
 カウント3寸前で美月が肩を上げると同時、激しい呼吸に跳ね上げられた血の霧が舞った。
 顔からイスの底に突っ込んだ美月は、額と鼻から流血。
「ちっ、綺麗に決まったと思ったのに」
 指を鳴らして悔しがった神楽は、それでもすぐ次の手に移った。
 倒れている美月の首へチェーンを巻きつけ、無理矢理に身体ごと引っ張り上げる。
 後ろを向いて背中合わせになると、チェーンを両手で掴んだまま美月を自分の背中へ担ごうとした。
 半ば生命を感じた美月は担ぎ上げられる寸前、
 自分が突っ込んだイスに足を引っ掛けて放り上げ、なんとかそれを掴むことに成功。
「あんまり意地を張ると、知らないわよ……!」
 そう言って神楽は、美月の首にかかったチェーンを思い切り両手で引っ張った。
 鉄の鎖が首へ食い込むと同時、美月は神楽の背中の上で必死にイスを両手で振り上げ、
 神楽の後頭部へ一撃。
 チェーンが緩んだところで、下半身を起こして神楽の上で後方に一回転。
 丁度神楽の頭を跨ぎながらマットに両足をつき、そのままマットを蹴って逆回転。
 身体に巻きついたチェーンを空中で乱舞させながら、
 前方回転式のパイルドライバーで神楽の頭ををマットへ突き刺した。



 3カウントを奪ったあとも、美月は暫く動悸が治まらなかった。
 試合に勝った充実感や達成感は無く、まだ恐怖とそれに対する反発が胸の内で渦巻いている。
 途中までは冷静でいられたものの、スワンダイブを切り返されて以降は死に物狂いであった。
 どうにか立ち上がってベルトを受け取り、両手で掲げて誇示すると、
 客席からは、拍手と歓声に混じってスクリーンに映った血だらけの顔にどよめく声が聞かれた。
 そして赤く染まった美月の裸眼の視界には、花道を歩いて来るいくつかのぼんやりした影が見えた。
(ああ、もういい加減に……)
 汗と血と視力ためにはっきりと見えなくても、大体誰かは想像がつくし、
 用件は想像する必要もなく分かっている。
 美月はうんざりしつつ天井を仰ぐ他なかった。

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by right-o | 2012-08-16 00:13 | 書き物
 福岡での興行終了後、美月たちは新幹線で帰京の途についた。
 その車内、一つ前の座席を回転させてボックス席としたところに、
 美月、神田、相羽、そして越後の四人が向かい合って座っている。
「……美月ちゃん、次大丈夫なの?」
「……どうでしょうか」
 つい数時間前激しくやり合っていた人間から、美月は心配されていた。
「恐らくまた、今日みたいに無茶苦茶な試合形式を要求してくるに決まってますよ!」
「そしてチャンピオンであればなおのこと、挑戦者の要求を受けて立たずにはいられないわけだな」
 同じく心配顔の神田に、越後だけがそう淡々と応じる。
 四人とも、頭の中には先ほど見たリング上の無残な光景が生々しく刻まれていた。


 「参った」と言った方が負け、という、ある意味これ以上無いほど単純なルールは、
 裏を返せば当人以外は誰も試合を止められない危険なルールでもある。
 神楽が提案したルールを美冬が飲む形で決まったこの試合、事実上は何でもアリに等しい。
 その試合のゴングが鳴った瞬間、神楽は美冬に背を向け、猛ダッシュで場外へ滑り出た。
「なっ!?」
 喧嘩を売っておきながら即逃げの姿勢を見せた神楽を、美冬はバカ正直に追いかける。
 そして何やらリングの下をゴソゴソとやっている神楽の頭を、
 ロープから身を乗り出して掴もうとしたところ、
 咄嗟に体を起こした神楽が美冬へ竹刀で一撃。
 肩と頭に竹刀を打ちこみ、反対に下から掴んで美冬を場外に引き摺り出した。
「使えるものは、使わなきゃねぇッ!?」
 場外の鉄柵に美冬を振った神楽は、助走をつけて思い切り竹刀を叩きつける。
 美冬は、背にしていた鉄柵を乗り越えて観客席の中に墜落していった。

 奇襲に面食らった美冬だが、そこは元世界王者だけあり、
 ただやられたままというわけではなかった。
 観客席に叩きこまれた美冬に、神楽はまずイスを上から投げつける。
 二つ、三つと無造作に美冬の背中へ叩きつけたあと、
 仕上げとばかりに今度は持ったままのイスを振り下ろそうとした時、
「シィッ」
 フロアに這いつくばったままの姿勢から美冬が躍動した。
 イスを振り下ろしかけていた神楽の顔面へ、一瞬で飛び上がっての雷迅蹴。
 起死回生の瞬間を目撃し、会場は驚嘆の歓声に湧き返った。
(や、ヤバかった……)
 が、昏倒させられたかに見えた神楽は、倒されながらもまだ意識を保っている。
 イスを振り下ろしかけていたお陰で、顔の前に出ていた両腕が美冬の足をブロックする形になったようだ。
 そんな神楽をリングに戻そうと、美冬が右手で頭を掴んだが、すぐに両手で持ち直し、
 イスの倒れた観客席の中を引き摺って行く。
 おや、と神楽の唇が誰にも見えないところで歪んだ。
 神楽をリングに入れた美冬は、まずボディに膝を突き刺し、ついでミドルキックで上体を跳ね上げ、
 更に左右のローから左ハイキック。
「……っぐ」
 咄嗟に右腕を上げてガードしたものの、そのハイキックの衝撃は頭を揺らし、
 美冬にもたれかかるような形で前のめりに――倒れようとしたところで神楽は美冬の右腕を捉え、
 自分からその場に倒れ込む形のアームブリーカー。
「痛ッ」
 美冬は思わず肘を庇ってマットに転がった。
 美月戦から約一カ月だが、まだあの時の傷が完治していなかったようである。
 このスキに、神楽は再度場外に下りてごそごそとリング下を漁った。
 試合前に何か仕込んでおいたことは間違い無いが、
 そもそもこのルールでは何をしようが誰からも咎められることはない。
 けけけ……と邪悪な笑みを浮かべた神楽の腰と腕に、会場の照明を受けて光る何かが装備されていた。
「……この程度っ!」
 リングに上がった神楽へ、美冬は果敢にも痛めた右腕で掌底を放った。
「うっぐ」
 頬を捉えた一発は、腕を痛めていてさえ神楽を怯ませ、一歩退かせる。
 が、お返しとばかりに神楽が振るった右拳は一撃で美冬からダウンを奪った。
「効いたわぁ……」
 自分の頬を撫でながら美冬を見下ろす神楽の右手には、鎖が巻かれていた。
 そして仰向けに倒れた美冬の頭を左手で掴んで起こし、その額へ鎖を巻いた右拳を連打。
 最後に大きく弓を引いて殴りつけたあとには、鎖から血が滴っていた。
 それでも美冬は、半ば神楽に縋るような形になりながらも立ち上がろうとする。
「うぇ」
 触るな気持ち悪い、とばかりに神楽は膝を入れて美冬を屈ませると、
 すかさずその頭を右の脇に抱えつつ左手で腰のあたりを掴み、相手を持ち上げながら自分もジャンプ。
 自分も飛び上がることで落差と角度をつけたDDTで、美冬をマットに叩きつけた。
 そして足で美冬を裏返し、首元を右足で踏みつける。
「“参りました”は?」
「誰が……言うか……っ!」
 ボロボロになりながらも、美冬は敗北を拒否した。
「あっそ」
 神楽は、美冬の首に置いていた足を右肘の上に移し、体重をかけながら踵でぐりぐりと踏みつける。
 美冬は歯を食いしばって耐えていた。
 暫くして、神楽はその反応にも飽きた。
「あんまり酷いことしたくなかったんだけど、あんた強情だからしょうがないわよね……」
 言葉とは裏腹、神楽は何か楽しそうに美冬をコーナーまで引き摺って行く。
 そこでふと、美冬は右手首に冷たい感触を覚えた。
「!?」
 ついで右腕を引っ張られ、その先のトップロープと自分の腕が手錠で繋がれているのを見た。
 呆気にとられる暇も無く、さらに左手がコーナーを挟んだ反対側のロープへ繋がれる。
 二つの手錠は、神楽が場外から腰に手挟んで持っていたものであった。
「さーてぇ……」
 両手を後ろ手にロープへ繋がれた美冬の前で、神楽は腕に巻いていた鎖をするすると解き、
 その端を右手に持って振りかぶる。
 強烈な歓声とブーイングが半々の中、神楽はまた意地悪く微笑んだ。
「ここら辺でやめといた方がいいと思うんだけど、どうするぅ?」
「誰が……ぐッ!?」
 美冬が言い終わるのを待たず、神楽が振るった鎖が鉄の鞭となって美冬の右腕を打つ。
「じゃーあ、仕方がないわねぇ……!」
 心の底から楽しそうに、神楽が笑った。

 それから数分後。
 美冬は、両膝をついていた。
 露出の多い肌には一様に赤いみみず腫れが走り、所々丸い痣になっている箇所もある。
 それでも美冬は、勝負を投げていなかった。
「……頑張るわねぇ」
 ただし、神楽もまだ美冬を痛めつけることに飽きてはいない。
 神楽は鎖を放り投げると、動けない美冬に近づいて膝をつき、顔の高さを合わせる。
 そして神楽は、美冬の腰にある、
 胴丸のようなコスチュームにかかっている紐の結び目をしゅるりと解いた。
「なに、を……?」
「何って、勝つための手段よ」
 言うが早いか、その部分を取り外してがらりと放り投げた。
「あんたをここで丸裸にしてさぁ、それでも負けを認めないってなら、
 あたしが“まいった”って言ってやるわ」
 神楽は、美冬の耳に口をつけながらそう囁いた。
「バカな……っ!?」
 美冬が反応するより早く、神楽は短い和服状の美冬のコスチュームの襟を掴み、前を開けた。
「……っと、コスチュームの下が直に真っ裸ってことはないか」
 下は、襦袢であった。
「ん、でも汗で肌に張り付いてるってことは、この下は、と……」
 重ね合わせの隙間から、神楽の手が差し入れられようとした時、
「やめ……」
「ん?なに?」
 神楽は、差し入れかけた手を止めた。
「聞こえないんだけど」
「ッッ!?」
 焦れた神楽は、美冬の胸を襦袢の上から思いっ切り鷲掴んだ。
「やめ……やめろ」
「……やめろ?」
 不満げな神楽の指が、一層美冬の肌に食い込む。
「やめて、ください……まいりました、から……」
 こうして、いつの間にか三十分を越えていた長い試合がようやく終わりを迎えた。


「あれは暫く立ち直れんのだろうなあ」
 美冬の様子を思い返し、越後が呟いた。
 試合後、美月と神楽がやり取りしている間も手錠に繋がれたまま放置されていた美冬は、
 その後ぐったりした様子でみことに担がれて退場して行った。
 身体以上に心のダメージは相当だろう。
「やはり、先輩との試合も同じルールで……」
「いや、多分それはないな。
 多分、神楽は美冬をあんな目に遭わせることを始めから考えた上で、あの試合形式を要求した」
 心配げな神田に越後が即答した。
「え、っと……それはつまり?」
「だから、最初から美冬を辱める目的であの試合を選んだってこと」
「いや、美月ちゃんだって同じことされるかもしれないんじゃ?」
 美月より早く、相羽の方が聞きたかったことを聞いてくれた。
「んー、まあはっきり言えば、こんなちんちくりん苛めても面白くないと思う」
「……ほう」
 ウソウソ、と苦笑して誤魔化そうとする越後を、美月は思いっ切り睨みつける。
 勝利の余韻か、越後にしては珍しい冗談であった。

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by right-o | 2012-03-25 21:39 | 書き物
 とあるホテルの大広間。
 今宵ここでは、ある夫婦の結婚披露宴が催されていた。
 新郎はとあるプロレス団体の社長、そして新婦は現役の所属レスラーである。
 予定されていた式次第は順調に消化されていき、
 次はいよいよお定まりの“二人の初めての共同作業”という段になった。
 が、司会がその旨を会場に告げようとした時、
「ちょ、ちょっと待つッス!!」
 招待客の一人、真田美幸がおもむろに席から立ちあがった。
 彼女も新婦と同じく、新郎の団体に所属するレスラーである。
「じ、じ、じ、自分も社長と結婚したいッス!!!」
 いきなりの大告白に他のゲストが驚く間もなく、
「ぼ、ボクも!」
「あたしも!」
「私もですわ!」
「わ、わたしも……!」
 会場のそこかしこからぞくぞくと女子レスラーたちが名乗りを上げる。
 それを見て、司会の井上霧子は一つ咳払いをしたあと、声音を変えてこう宣言した。
『えー、ただいまより花嫁の座を懸けた時間無制限一本勝負を行います!
 なお、この試合はエニウェアフォールかつ反則裁定無し。決着は3カウントかギブアップのみ!
 負けた者から脱落していき、最後の一人に残った者が勝者となります!!」』
 いきなりのバトルロイヤル宣言を受けて戦闘態勢になった参加者たちを尻目に、
 何故か、ステージ上の席で困ったように頭を掻く新郎の隣、
 新婦のみは会場には目もくれず、何やら一心不乱の様子でテーブルに向けた顔を動かしている。


 花嫁候補に名乗りを上げたのは、相羽、美月、越後、真田、伊達、鏡、森嶋、小川。
 席から立ち上がると同時に全員が盛装を脱ぎ捨て、
 何故かその下から普段通りの試合着が現れたりしたが、細かいことを気にしてはいけない。
 一般の招待客が円卓に座って見守る状況のまま、
 一部を除いてまずは各自手近な相手へ突進して行った。
「やあああッッ!!」
「……!!」
 走り込んでのエルボーを打ってきた相羽を仁王立ちで受け止め、森嶋はお返しの逆水平。
 とても披露宴に似つかわしくない音を響かせた一発に、相羽は思わず後退。
「っ……負けるかぁっ!!」
 めげずに打ち返していくものの、腕力の差は歴然としている。
 じりじりと後ろに下がっていった相羽は、ついには背後に円卓を背負う形になってしまった。
「ええいっ!!」
 ここで相羽はトーキックを入れて森嶋を屈ませ、強引にブレーンバスターの体勢へ。
 テーブルの上に叩きつけて起死回生を狙ったが、森嶋はびくともしない。
 どころか、逆に森嶋が力を入れると相羽の体が浮き上がった。
「うわわわっ!?」
 慌ててじたばたと抵抗して森嶋をふりほどいた相羽は、
 それでも今度は間髪入れずにその場でジャンプ。
 両足で森嶋の首を挟んでフランケンシュタイナーを敢行したが、やはりびくともしない。
「……ふんっ!」
 森嶋は、自分の前にぶら下がっている相羽を力ずくで持ち上げ、そのままテーブル目掛けて叩きつけた。
 これで、相羽がこの試合最初の脱落者となった。

○森嶋 亜里沙(3分14秒 テーブルへのパワーボム)相羽 和希×

 相羽を軽くあしらってみせた森嶋は、次の相手を物色する。
 と、やや離れた位置で鏡と真田がやり合っていた。
「一気に……!」
 長身を翻して二人へ突進。
 ある意味、この試合に参加している姿が最も意外な一人である。
「うおっ!?」
 越後の振り向きざまをラリアットで薙ぎ倒し、返す刀で鏡へ。
 しかし鏡は冷静に身を屈め、森嶋の右足を抱え込んで一気に体を持ち上げる。
「引っ込んでいなさいッ!」
 鏡のフラップジャックで、森嶋は悲鳴も立てず背後のテーブルへ突っ込んだ。
 が、すぐさまフォールへ行こうとした鏡の肩を真田が掴む。
「お前の相手はあたしだっ!」
「……チッ」
 鏡が再度真田の方を向いたあと、
 森嶋が真っ二つに割ったテーブルの左右から同時に動く影があった。
「「……あっ」」
 ひとまず花嫁候補として手を挙げてすぐ、
 さりげなく席に座りなおして無関係を装っていた美月と小川である。
 同じテーブルの向いに座っていながら互いに気がついてなかった二人は、
 漁夫の利を得ようとして席を立ちかけたところで目が合った。
 ほんの一瞬の沈黙のあと、二人は同時に動く。
 まずは脅威となりそうな者を一人確実に排除するため、同時に森嶋へ覆い被さった。

○杉浦 美月
○小川 ひかる(5分3秒 体固め)森嶋 亜里沙×

 ちなみにフォールは井上霧子が会場を駆け回りつつカウントしている。
 3カウントが入ったあと、美月と小川は顔を見合わせ、どちらからともなく右手を差し出した。
 残り二人となるまで、とりあえずは手を組もう――という協定が結ばれる寸前、
「「卑怯者は花嫁にふさわしく無い(ッス/ですわ)!!」」
 真田が右足を、鏡がその場にあったイスを振り上げた。
 斬馬迅が小川の、折り畳みでも何でもないレセプションチェアの足が美月の、
 それぞれ後頭部をクリーンヒットした。

○真田 美幸(5分24秒 斬馬迅)小川 ひかる×
○フレイア鏡(5分24秒 イス攻撃)杉浦 美月×

 
 一方、会場の別の場所では伊達と越後が一歩も引かない打撃戦を繰り広げている。
 周囲が完全に引いてしまうほどの打ち合いはなかなか決着がつきそうにない。
 埒があかないと感じた伊達は、わざと後退することで背後にテーブルを背負い、
 ガードを下げてハイキックを誘う。
「はぁッ!」
 これに乗って来た越後の右足を掻い潜り、
 空振りしたことで半身からやや背後を向いた越後の腰を両手でホールド。
「私だって負けられない……!!」
 一気に越後を引き抜いて急角度のバックドロップ。
 テーブルへ逆さに突き刺さるかと思われたが、越後はまだ終わらなかった。
「くそっ!!」
 咄嗟にテーブルの上にあったビール瓶を掴むと、投げられながらも伊達の頭へ一撃。
 これで完全にKOされた伊達と、
 結局テーブルの上へ叩きつけられた越後は隣り合って仰向けに倒れ、
 それぞれ互いの腕が互いの上に乗っていた。

×伊達 遥(6分00秒 同時フォール)越後 しのぶ×


「どうやら向こうは勝手にカタがついたようですわね……!」
「あとは一対一、絶対負けないッス!!」
 いつの間にかラスト二人になっていた鏡と真田は会場中を舞台にやりあった挙句、
 最終的には新郎新婦のいるステージの上へもつれ込んだ。
 例の“二人の初めての共同作業”用の大きなケーキを前にして殴り合う二人を、
 会場中が冷や冷やしながら見守る。
 何しろ既にテーブルが3つダメになっているのだった。
 そんな形式上どうやっても荒れるはずの試合の決着は、意外にも関節技であった。
「終わりですわ!」
 真田の両足を掬って倒し、前に出した自分の右足に絡めつつステップオーバー。
 鏡必殺のサソリ固めが決まった。
 が、しかし何しろ相手は真田なので、容易にギブアップしようとしない。
「く、く……根性ォォォォォ!!」
 完全に極められていても、あるはずの無いロープブレイクを目指す真田。
 いい加減うんざりしてきた鏡だったが、
 目の前に置かれていたある物体を見た途端、自然と邪悪な笑みが浮かんでくる。
「ふふふ、これならどうかしら!?」
 サソリ固めを極めながら自由な上体で鏡が振り上げた物を見て、会場中が「まさか」と思った。
 そしてそのまさかであった。
 新郎新婦によるキャンドルサービス用の長い蝋燭を手にした鏡は、
 すかさず傍にあったチャッカマンで火を点け、容赦無く真田の背中の上へかざす。
「!?……熱ッ!!」
 流石の真田でも声を上げずにはいられないほど熱い液体が背中に落ちた。
「ちょ、シャレにならないッスよ!!」
 と言っても反則裁定無しなのでどうにもならない。
 それでも暫く耐えたあと、真田は無念のタップアウトとなった。

○フレイア鏡(12分54秒 サソリ固めwith蝋燭)真田美幸×


「ふ、フフフフ……私の勝ちですわ!」
 鏡が勝利の余韻に浸っている時、
「ぷはー」
 もう食べられないぞ、と、目の前のテーブル上一杯に置かれていた料理を食べ終えた新婦が、
 ようやく顔を上げた。
 ふー、と一息吐き、辺りを見回す。
 ちょうど鏡が新婦の方を向いたところであった。
「さあ、その席をおどきなさい。でなければ他のと同じく、実力で……」
「ケーキだぁー!!!!」
 新婦の視線は鏡の背後にそびえ立つウエディングケーキに向けられていた。
 甘いものは別腹、ということだろうか。
 さっきまで満腹だったはずのお腹に隙間をつくり、脇目もふらず巨大ケーキへ飛び掛かる。
 もちろん、その間に立っている鏡の存在はそもそも視界に入ってすらなかった。

○フォクシー真帆(13分30秒 スピアー)フレイア鏡×


 全てが終わったあと、花嫁の歯型がついたウエディングケーキへは、
 無事新郎新婦の手でナイフが入れられ、一件落着となった。
 結局のところ、数多の熱意ある花嫁候補より、
 どう見ても食べ物で釣られたようにしか見えない真帆が、新婦の座を防衛したのであった。

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by right-o | 2011-04-07 21:08 | 書き物
 前回のハードコアタイトルマッチから一年と数ヶ月。
 今までの最高視聴率と最多の抗議数を記録し、
 様々な方面で物議を醸したこのカードが再び組まれることになった。
 場所は新木場1stリング。
 どう詰め込んでも五百席に満たない小さな会場で行われた今回の興行は、
 このメインイベント一試合のためだけに「15歳未満お断り」となり、
 更にはなんとかR指定の枠で抑えるため、とある工夫が施されることになる。
「はあ……」
 久々でレフェリーシャツに袖を通した美月が、マイクを持ってリングに上がった。
 もうとっくに怪我も治り、レスラーとしての復帰も果たしているのだが、
 ハードコアタイトルマッチを裁くならやはり美月だろう、という判断で今まで通りレフェリー役である。
『試合のルールを説明いたします』
 そう切り出してみて、凄い矛盾に気づいた。
 試合そのものにルールなど無いからである。
 今回ルールを強制されるのは、なんと試合を見ている観客の方なのだ。
『これから、皆様には目隠しをした状態で試合を観戦していただきます』
 見ずに観る、というのもなんだか不思議な表現である。
『もしも試合中に目隠しを外してしまった方は、強制退場となりますのでご注意ください』
 目隠しを外した不届き者をつまみ出すためだけに、
 来島・龍子・八島・山本・小鳥遊の五名がスタンバイしている。
 新木場は会場と言ってもほぼ倉庫そのままなので、
 襟首を掴んでシャッター脇の入口から放り出すだけで事足りるのだ。
 客席から大ブーイングが飛ぶ中、美月は声を張り上げて続ける。
『これはこの試合を成立させるために必要な措置です!どうかご理解ください!!』
 なんでこんなこと言わなきゃいけないんだろう、と心の中で嘆きながら、
 美月は社会で働くことの理不尽さを噛み締めた。

 全観客が渋々ながら目隠しを装着したことを確認し、鏡、神楽の順番で入場。
 二人とも前回と違って普通のコスチューム姿ではあったが、
 それぞれが何やら黒いカバンを手に提げてコーナーの下に置いたあたりは不安要素である。
 ただそれでも、初めから両者が下着姿で、
 リング中央にベッドが置いてあった前回よりは一応まともなシチュエーションと言えた。
 
 ゴングが鳴り、まずは普通に試合が始まる。
 こんなディープなイベントに来るほど訓練されたプロレスファンともなれば、
 音だけである程度試合の内容がわかるものである。
 加えて新木場は狭いので、遠くて聞こえないということもない。
 ロープがたわむ音とマットが弾む音が聞こえないことから、
 両者はグラウンドの攻防を繰り広げているらしかった。
 そうなればもちろん鏡が有利。
 開始からしばらくして、たまらず神楽が場外に逃げてきた。
 これを追って鏡もリングを下りようとしたところで神楽が逆襲し、持参のカバンで殴打。
 鏡が怯んだのを見て神楽がカバンに手を突っ込んだ次の瞬間、
 カチャリ、という、まず最初に観客たちを戸惑わせる音が発せられることになる。
「えっ……」
 謎の金属音に続き、驚いた鏡の声、そしてもう一度金属音。
 その正体は手錠であった。
 鏡の右手首に手錠をかけつつ場外に立つコーナーポストに押し込み、
 すかさずポストを通して左手首にもかけると、神楽はあっと言う間に鏡を後ろ手に拘束してしまった。
「うふふふふふ、ここからが本番よねぇ」
「ちぃっ……」
 神楽の言うとおり、こうなってからがこの試合の真骨頂である。
 そして、この試合の八割はこの位置関係のままで進むのであった。


 ここまでで十人ほどが興味にかられて目隠しを外してしまい、
 屈強な女子レスラー達に放り出されていたが、これ以降に残った観客にしてみれば、
 彼ら(観客には女性もいたらしいが)は気の毒としか言いようが無い。
チキチキチキチキ
 という、ある種の刃物独特の音を聞いた時、客席の期待は数倍に跳ね上がった。
「うふふふふふふ……」
「………!!」
 取り出した凶器を携えてゆっくりと近づく神楽に対し、
 鏡は必死で手錠を外そうともがいたが、無駄だった。
「動かないで」
 神楽がそう言ったあと、刃物が布を裂くような音が聞こえ、
 続いて明らかに力ずくで何かを破りさる音が聞こえた。
 ここで一気に目隠し外す者が数十人現れ、目の前で拘束されている鏡の姿を網膜に焼き付けるように、
 目を一杯に見開きつつ退場させられて行く。
 晒し者状態の鏡はただ俯いて辱めに耐え、神楽はその様子をニヤニヤしながら楽しんでいたが、
 ふとその視線が、ある退場者が落として行った目隠しに止まった。
「あら、これは思いつかなかったわ。ふふふ、折角だから使ってみましょうか」
 鏡に目隠しを施すと、再度カバンをあさって次なる凶器を取り出す。
ヒュッ
 という、風を切る音がした。
「……何だか、わかるかしら?」
 凶器を振りながら迫ると、鏡はそれから逃れるようにして身をよじる。
 神楽はそれを面白がり、体に当たらないギリギリでそれを振り回して焦らしたあと、
 太股を狙って強かに打った。
「ああッ!」
 初めて大きな声を上げた鏡に、またしても数十人が脱落。
 目隠しを外したあともその場を動こうとしない不届きな輩が腕ずくで引き立てられて行く中、
 続けて神楽は鏡を打った。
「あッ、くぅッ……!」
「あははは、ほらほら、見られてるわよ」
 普段から考えられないような声を上げてのたうつ鏡の体を、腕、足、胸と容赦無く打ち、
 時たま感覚を空けて相手の恐怖を誘うと、見えていない相手の意表をつき、頬に叩きつける。
 なすがまま受身になっている鏡が上げる切ない声に、脱落する者が急増した。
「ねえ、見えない方が興奮する?それとも、自分が見られてるってわかった方が興奮する?」
「興奮してなんかいませんわ……!」
 耳に口をつけて囁いた神楽へ、鏡は気丈に言い返す。
 しかしその折れない態度が、神楽と、ついでに観客の心を更に煽る結果になるのだった。
「あっそ。じゃあ目隠しはそのままで、次は……と」
 その次に神楽が取り出した物は音がしなかった。
 また、美月を含む目隠しをしていない者たちの頭にも「?」が浮かんでいた。
 見た目は、化粧水か何かの容器に見える。
 が、その中から出てきた液体はやたら粘性があった。
 それを見て、ようやく美月たち全員が(うわあ……)という呆れ顔になる。
 観客たちと鏡は、今までと違って音でそれが何かを悟ることができなかったが、
 それだけに不安と期待が膨らんだ結果、
「あっ……あああああああああ!!」
 という屈辱的な声を上げさせられ、それに釣られて目隠しを外す者が続出した。
「ふふふ、染みるのかしら?それとも……」
 神楽に塗りたくられたそれの冷たい感触が、打たれて赤くなった皮膚の上を通る度に、
 鏡は自分の意思とは無関係に悲鳴を上げ、体をくねらせる。
 そしてもちろん、神楽の手は傷跡以外も容赦無くなぞっていく。
 この試合全体を通して、ここで目隠しを外した観客が最も多く、
 また恐らく最もいい思いをしたと思われる。
「ああ……い、嫌ッ!」
 更に神楽は、途中で目隠しを外した。
 よくわからないぬるぬるを纏った自分の身体を弄られ、
 それを他人から見られていることを恥じて赤面する鏡、
 という一番良い構図が見られたのは、このタイミングでつまみ出された者だけである。
「はあ、はあ……」
 神楽の手が落ち着くと、鏡はぐったりと頭を垂れた。
 それを見て、神楽は最後の仕上げに掛かる。
「ふふふ……」
 満面に邪悪な笑みを浮かべた神楽が取り出した物は、
 これまでリング上から死んだ目をして試合を傍観していた美月でさえ、
 思わずツッコミを入れずにはいられない代物であった。
「ちょ、神楽さん、それは……!!」
「んー?これ実は前回も使ったから大丈夫でしょ」
「いやダメ、絶対ダメ!!」
 前回は神楽の使用方法が巧妙だったから見えなかっただけであり、
 見えていたら色んな意味で絶対にアウトである。
 何しろ、音だけでも危ない。
 鏡と団体のイメージに大ダメージを与えることは間違いなかった。
「そこまでダメって言われると……使いたくなっちゃうわ!」
 それを持って鏡に向き直った瞬間、神楽は金属で頭部を殴りつけられた。
「う゛っ!?」
 倒れた神楽の両手をすかさず背中に回し、手錠で捕獲。
「ふん、余計な小道具が仇になりましたわね」
 神楽を踏みつけながら、鏡は手錠の跡が残る手首をさする。
 あの粘性のある液体が脱出の役に立ったようだ。
「ちっ、しまった……!」
 あられもない姿のままで、立場を逆転した鏡は神楽をリングに転がし入れ、自らもリングに入った。
 そして自分がされたように神楽のコスチュームを強引に剥ぎ取ると、
 ついに自分が持ち込んだ凶器を取り出す。
 この時、生き残った数少ない観客が聞いたのは、マッチを擦る音であった。
「げっ……!」
「ふ、ふふふふふふ……」
 誰の目にも用途が明らかだったこの凶器を、馬乗りになった鏡は神楽の膨らんだ部分に近づける。
「熱ッ!ちょ、マジで熱いって!!」
 これは神楽の趣味ではなかったらしく、ただ普通に熱がるだけであった。
 鏡は構わず、徐々に垂らす位置を下に移して行く。
「ッ……本当にやめて」
 紅潮した顔で初めて懇願する台詞を吐いた神楽に対し、
 鏡もまたここで初めて普段どおりの表情を浮かべて返した。 
「誰が」
 さらに下へ行こうとする鏡に、神楽は本気で危機感を覚えた。
「いやホントにやめ……」
 その時、心からどうでも良さそうな目で自分を見下ろしている美月に初めて気づく。
「ぎ、ギブ!ギブアップ!!」
 というわけで、こうして試合としては一応の決着を見た。

 神楽紫苑× (????→ギブアップ) ○フレイア鏡
※神楽が三度目の防衛に失敗。鏡が第18代王者に
 
 しかし、鏡にとっては試合もベルトも関係無く、
 前回と今回神楽にかかされた恥の仕返しをしてやりたいだけである。
 当然手が止まるはずも無く、このあとはただ神楽の絶叫だけが夜の新木場に響き渡った。
「はあ……」
 こうして、美月は観客のいなくなったリングを、何故か自分たちも帰ろうとしない先輩たちを残し、
 ため息と共に後にした。

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by right-o | 2010-10-03 21:49 | 書き物
+技「リバースタイガードライバー」

 この日のメインイベントを前にして、後楽園ホールは異様な雰囲気に包まれていた。
 リング上、東西南北の四面に張られているロープの内の南面と北面を、
 縦を向いた蛍光灯が隙間無く埋め尽くしているのだ。
 加えて各コーナーの下には数十本の束になった蛍光灯が置かれている。
 これまで多くの凄惨な試合を戦ってきた越後とライラの二人が、ついに行き着いた結果だった。
(ここまで来たか……)
 回を重ねる度により過激な試合を期待し続け、この状況を作った原因でもある満員の観客達でさえ、
 リング上の光景を見てそう思わずにはいられなかった。

『ウォー……オオオー……オオオーォォォォォォ……!!!』
 腹に響く叫び声から始まる曲がかかると、会場は一斉にライラの名前を呼ぶ声で埋め尽くされる。
「クックックック……」
 マスクの下をさも嬉しそうに歪ませながら、1mを越える長さの蛍光灯束を両手に抱えたライラ神威が姿を現した。
 リングの様子にも怯むことなくロープをくぐると、持参した蛍光灯束を青コーナーに立て掛け、
 待ちきれない様子で赤コーナーの向こう側へ視線を送る。
「オラ、さっさと出て来いよ……!」
 その真っ赤な両目は、誰がどう見てもマトモな人間のものではなかった。
「……押忍ッ!!」
 対してその後に入場してきた越後も、ロープへ並んだ蛍光灯を恐れることなく、
 一つ自分へ気合をかけてリングへ上がった。
 この日は、普段上着しか着ない白ランの上下に、サラシ一枚巻いただけの特別仕様である。
『ゴング!』
 中央で対峙した両者の横で、この試合のための厚い手袋を着けたレフェリーが、開始の合図を要求した。

「「ふんっ」」
 誰もが初めて経験する試合の幕開けは、意外にも基本通りのロックアップから始まった。
 しばしの均衡状態から体格でやや勝るライラが押し込み、越後の背中がロープの北面に並んだ蛍光灯に近づく。
「おっ……と!」
 誰もが息を呑んで見守る中、どうにか越後が押し戻した。
 一旦両手を解いて距離を取ると、互いに目線を合わせて出方をうかがいながら、
 リングの中央を挟んでぐるりと大きな円を描く。
「シッ」
 この緊張を、越後の強烈なローキックが破った。
 続けて二発三発と連打して怯ませたところで、ライラの手を取って南面のロープへ振ろうと試みる。
 これを一歩目で踏みとどまったライラが、後ろに立つ越後へ肘を叩き込んでヘッドロックに捉えたが、
 越後は頭を絞められた体勢のままで一気にロープまで押し込んだ。
 ライラの体とロープの間に挟まれ、押し潰された蛍光灯数本が一斉に破裂すると、客席が大きくどよめいた。
 同時に白い細かな破片が飛び散り、マットの上に散乱する。
「うぁ……ッ!!」
 体を蛍光灯に押しつけられたライラが、痛みのために両膝をついた。
 すかさず越後が左手でロープから蛍光灯を取り外してライラの胸板へあてがう。
「おおおおっ!」
 右足で蛍光灯を割りながらライラを蹴り倒し、破片が舞う中でこの試合最初のフォールへ。
 これを1で跳ね返した時、ライラの露出した肩と太股からは、既にいくつかの小さな赤い筋が滴ってきていた。

「一気にいくぞっ!!」
 まず優位に立った越後は、宣言どおり序盤から一気に畳み掛けていく。
 起こしてコーナーに振ったライラに対して、その傍のロープから蛍光灯を抜き取ってはそれを体にあてがい、
 次々とミドルキックで蹴り割った。
 その度に蛍光灯が飛び散り、いくつかの破片が白い肌に食い込む。
 まだ大きな傷こそ無いものの、ライラの露出した部分が徐々に赤く染まっていった。
 しかし、調子に乗った越後が数本を一度に取って向き直った瞬間、逆にライラが蹴りを返す。
 体の前に持っていた蛍光灯を一気に破裂し、今度は越後の肌を傷つけた。
 不意を突かれて怯んだ越後の額へ、ライラは三本の蛍光灯を横にして押し当て、それへ向かって躊躇の無いヘッドバット。
「うッ!?」
「おらぁッ!!」
 自分の頭で蛍光灯を割ったライラは、さらに越後の胴へ組み付くと、
 無傷を保っていた南面の蛍光灯へ勢いをつけて押し込んだ。
 越後は背中で十数本の蛍光灯を一度に押し潰し、白ランの所々に赤い染みを作った。

 ほぼ一進一退の攻防が続く内、ロープに並んだ蛍光灯も残りわずかになり、
 勝負は二十本ほどが一つに纏められた蛍光灯の束を使った攻撃にかかってきた。
 束は各コーナーの下に一つずつと、ライラが持ち込んだ分を合わせて五つ。
 これをまず先に越後が手に取った。
「このぉッ!!」
 蛍光灯の無い西面のロープへ飛ばしたライラが跳ね返って来たところへ、両手で持った束をフルスイングで叩きつける。
 まるで小さな爆発が起こったような音と白い煙が舞う中、さらに越後はもう一束を掴んだ。
「決めるぞッ!!」
 破片だらけのマットへ蛍光灯の束を設置すると、越後は上の白ランを脱ぎ捨てて気合を入れ、
 ライラを引き起こしてパワーボムの体勢へ。
 これで叩きつけて一気の幕引きを狙ったが、ライラは堪えた。
「ウオォォォォォォォ……ッ!!」
 逆に背中越しにリバーススープレックスで投げ捨てられ、むき出しの背中で束の上へ落下。
「うあぁぁぁぁ……っ!?」
 サラシを巻いただけの背中が真っ赤に染まり、綺麗に割り切れなかった蛍光灯の断面がいくつか深い溝を残した。
 破裂した時は見た目の派手さほどダメージを残さないが、蛍光灯で危険なのはこういった場合の裂傷である。
「くぅ……!」
 歯を食いしばって立ち上がった越後の脳天へ、すかさずライラによって三つ目の束が振り下ろされた。
 まともに食らった越後は、しかしよろめきを一歩目で踏み堪える。
「うおおおおおお!!!」
 大ダメージを与えたと見て油断したライラの頭へハイキック一閃。
 ふらついたライラの足を刈って尻餅をつかせると、四つ目の束を右の側頭部に立て掛ける。
 バンッ、というこの試合一番の快音とともに、助走をつけた越後のローキックが束ごとライラの頭を薙いだ。
 この時とっさに顔を反対側へ反らそうとして蛍光灯と頭の間に隙間ができたの災いし、
 カウント3ギリギリで肩を上げたライラがむくりと起き上がった時、その右顔面には殺到した破片がいくつも生えていた。
「オオオオオオオ!!!」
「おおおおおおお!!!」
 それでも立ち上がったライラと越後は、リングの中央で額をつけて吼え合ったあと、同時に頭を引いて叩きつけた。
 頭蓋骨同士がぶつかる鈍い音に続いて、血しぶきが飛ぶ。
 三度繰り返された頭突きの打ち合いは、ライラが制した。
 そのまま越後の下に潜り込んで肩の上に担ぎ上げ、もはや一面が破片だらけの凶器と化したマットの上へ地獄落とし。
「ヒャハハハハハハハハハハハ!!!」
 奇声を上げながら、ライラは半分に割れた蛍光灯の断面を自分の胸板にあて、衣装の上から横一文字に引き裂いた。
 いよいよ狂気を増したライラの姿に、観客はテレビで放送できない過激な声援で応える。
 最後に残った束をリングの真ん中に置き、ライラは越後を引き起こした。
 タイガードライバーの体勢で相手を持ち上げ、そのまま前へ開脚しながら尻餅をつく。
 勢い相手は背中からではなく体の正面から叩きつけられることになる。
 越後の顔が、丁度束の真ん中へ突っ込んだように見えた。


「痛ってぇ……」
 試合後、ライラと越後は並んで治療を受けていた。
「てめぇ、次はマジで殺すからな。人の顔こんなにしやがって……」
「はいはい。いつも手加減ありがとうございます」
 頬からガラス片を引き抜きながら毒づくライラに対し、越後はさらりと受ける。
 その顔は傷ついているものの、ライラよりはよほど軽傷だった。
「ケッ」
 どちらかがその気なら、先程の試合中だけで何十回となく死んでいる。
 これだけ無茶な試合ができるということは、それだけお互いを信頼しているということであった。

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by right-o | 2009-12-13 21:44 | 書き物
「ちょっと相談があるんだが」
 そう声をかけられて社長室に呼ばれた美月は、最初から嫌な予感しかしなかった。
 ちょうど美月にあのベルトの管理を任せた時のように、社長の目は何かを企んでいそうだったのだ。
 そして事実、企んでいた。
「前に美冬とRIKKAが林の中で戦った映像があったろ。もう一度ああいうの撮れないかな?
 いや~、アレが一般のメディアにも取り上げられてね。大好評だったんだよ」
「……」
 言いたいことは色々あった。
 あの映像は狙って撮ったものではないし、撮りたくて撮ったものでもない。
 というか、あの時に目の前で繰り広げられた出来事はあまりに常識と掛け離れていて、
 できることなら早く忘れてしまいたかった。
「なあ、頼むよ。このとおり」
「……はあ」
 しかし、冗談半分ながら社長に頭を下げられて、美月はつい生返事をしてしまった。
 怪我で試合に出られない身としては、他にできることもない。


 二週間後。
「う~ん、空気がおいしい!」
「お日様、ふわふわ……」
 早朝に都内を出発して数時間。
 美月・ノエル・相羽の三人は、某県山中にあるキャンプ場へ来ていた。
 前回のような映像を獲るためのお膳立てとして、社長が整えてくれた舞台である。
 ただし無観客試合だった前回と違い、今回は「キャンプ場プロレスツアー」と題して、事前に観客を募ってあった。
 そして用意されたカードは――
「待ってたぞ!」
 キャンプファイヤー用と思われる広場に出た美月たちの前方、
 太い木の枝の上に、フォクシー真帆が仁王立ちで待ち構えていた。
 色々と売り出し中で忙しい美冬に代わり、社長が独自にブッキングしてきたレスラーである。
 だが美月たちと、その後ろに引率されて来た観客一同は、
 一度真帆の姿を見上げた直後、視線をやや下に戻した。
 木の枝を挟んだ真帆の真下に、まるで水面に映った影のような形で人間が逆さまに立っているのだ。
「……」
 足の裏だけで木の枝にぶら下がったRIKKAは、閉じていた瞳をゆっくりと開いて、美月たちを上目で見下ろした。
 この二人と、美月が頼み込んで用意した相羽とノエルが、キャンプ場で戦うのである。
(ああ、帰りたい……)
 間近に見た忍びの技に沸きかえる観客たちを他所に、美月は早速ここに来たことを後悔し始めていた。


 ガーン
 地上のノエルと相羽が、木の上の真帆とRIKKAを見上げる形で対峙したまま、
 美月は飯盒をゴング代わりに馴らして強引に試合を開始させた。
「……ノエルちゃん、任せたっ!」
「あ、待てっ!」
 始まると同時に一人山奥へ駆け出した相羽を、枝から飛び降りた真帆が追って行く。
(RIKKAさんから逃げたか)
 前回カメラマン役だった相羽は、こういう時のRIKKAが何をしてくるかを知っている。
 最悪刃物が飛んでくるような事態を回避するために、自ら山へ入ったのだろう。
 ちなみに今回はカメラ専門のスタッフが同行していた。
「……」
「……」
 残されたノエルとRIKKAは、上下に分かれた状態のままでしばらく見つめ合った。
 なんとなくのどかな時間がぎたあと、ノエルは足元にあった人の頭ほどの石をおもむろに取り上げ、振りかぶる。
 ブンッ、という風を切る音がして、RIKKAのぶら下がっていた枝の根本が消滅した。
「……!」
 今度はいつの間にか別の枝の上へ現れたRIKKAの手元が光り、同時にノエルの前方の空間で火花が散る。
 カチカチッと乾いた音が聞こえたあと、いくつかの鉄片が地面に落ちた。
 どうやらノエルが、もう一つ手に持った石で手裏剣を弾いたものらしい。
(か、噛み合ってる……?というか、白石さんって一体……) 
 もう驚くのも忘れて呆然としている美月を残して、
 まるで誘うように木々の間へ消えたRIKKAを追い、ノエルもまた山の奥へと入って行った。
「あ、えーっと、どっちを……」
 相羽と真帆、ノエルとRIKKA。
 それぞれを追いかけて観客たちが移動して行く中、美月だけが立ち尽くしている。
 二万坪に対してレフェリー一人というのは、どうにも無理があるようであった。


「待てぇぇぇぇぇ!!」
「待たないッ!!」
 青々と茂る木々を掻き分けながら、相羽と真帆の追いかけっこは続いていた。
 獣ようにガサガサと迫ってくる真帆の気配が、確実に相羽の背中へ近づいてくる。
(何でこんなに早いの……っ!?)
 答えは「“前足”を使って走っているから」なのだが、そんなことを確かめる余裕は相羽に無い。
 すっかり野生に帰った真帆の姿は、犬科の狐というより猫科の肉食獣のようであった。
「あっ!ちょ、待って!!」
「真帆だって待たないぞっ!!」
 突然足の止まった相羽の背中へ、すかさず真帆が飛び掛かる。
 そのまま地面に引き倒すかと思われたが、
「……ん?」
「バカぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁ!!」
 前のめりになった相羽の前には、倒れ込むはずの地面が無かった。
 適当に山中を駆け回っていた二人は、谷川を囲む崖にぶつかったのである。
 盛大な水しぶきを巻き上げ、同体になった二人は水面に叩きつけられた。

(もう帰っていいかなあ)
 大勢の観客に混じってなんとなく山中を散策していた美月は、
 前の方が騒ぎ出したのを聞いて必死に背を伸ばした。
「すいません、レフェリーが通ります。開けてください!」
 人の波を掻き分けて前方に出ると、そこは川の浅瀬であった。
 その水遊びにちょうどいい岩場に囲まれた水面から、オレンジ色の三角形が二つ突き出ている。
「ぶはっ」
 と、潜望鏡のように水面に出ていた“耳”の下から真帆が飛び出した。
 どうやら上流から流れてきたものらしい。
「ふぅ、死ぬかと思った……ぞ?」
 ぶるぶると体を震わせて水気を飛ばし、ほっと一息吐いた真帆の腰に背後から両手が回った。
「っ!?」
 気づいて身を固くした時にはもう遅い。
「うわああああああああ!!!」
 透き通った川面に、相羽による綺麗な人間橋が架かる。
 すかさず観客の間から美月が飛び出し、水面を叩いた。
「ワン、ツー……」
「うッ!?ゲホッ、ゲホッ!!」
 しかし、3カウントを目前にしてそのブリッジは大きく崩れ、
 相羽はいきなり顔を押さえて水の上をのたうち回った。
 流れに顔を突っ込んだため、鼻に思いっきり水を吸い込んだようだ。
「うぇぇぇぇぇ……!!」
「……痛かったぞ!」
 鼻の奥へツーンと響く不快感からようやく立ち直りかかった時、
 後頭部に大きなコブを作った真帆が、ゆらりと相羽の前に立ちはだかる。
 ダブルアームスープレックスの形で持ち上げられ、一度肩の上で仰向けに置かれた相羽は、
 そこから落差をつけたタイガードライバーで川底の石へ叩きつけられた。
 

「逃した……」
「そ、そうですか」
 警察に捜索を頼もうかと真剣に悩んでいた美月の前に、体中を擦り傷だらけにしたノエルがひょっこりと戻ってきた。
(RIKKAさんは放っておくとして)
 岩場の石にもたれ掛かって倒れている相羽の姿は、まるで転落事故の現場のようである。
 そして、気がつけば真帆の姿が消えていた。
「はあ……」
 美月は、全てを投げ出して実家に帰ろうか、と思った。

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by right-o | 2009-10-04 12:46 | 書き物
+技「無明蹴」

 とある小さな団体でのお話。
 この日、来週の後楽園プラザで行われるタイトルマッチに向けて、
 王者・草薙みこと対挑戦者・RIKKAがタッグでぶつかる前哨戦が組まれていたのだが、
 RIKKAはいつまでたっても会場に姿を見せず、試合をすっぽかしてしまった。
「う~ん、締まらないなあ」
 試合後のリング上、みことと組んで代わりの対戦相手を蹴散らした小早川が、
 なんとなくマイクを持ったはいいが、特に話すことも無く間を持て余している。
「ま、いっか。じゃ後はチャンピオンお願い」
「はい。ええと、来週は必ず防衛してみせますので、応援を…」
「あ、すいませ~ん!」
 みことがタイトルマッチへの決意を述べて強引に締めようとした時、
 バックステージから練習生の榎本綾がトテトテと駆け寄って来た。
 そのままロープをくぐってリングへ上がると、なんというか、「直訴!」とでも書いてありそうな、
 古風な手紙をみことに向かって差し出す。
「RIKKAさんが、渡してくださいって!」
「ん~、どれどれ…」
 横から手を出した小早川が、手紙を開くついでにマイクを持ち、
 会場にも伝わるように音読し始めた。
「ええと、『三月二十四日 後楽園プラザ 月光闇討デスマッチにてそのベルトを頂戴する RIKKA』と。
 …なんか、アルファベットまで綺麗に筆で書いてあるんだけど。
 ところで、月光…闇討って何?」
「さあ、私に聞かれましても…」
 みことと小早川が二人して首を傾げた瞬間、
「例えば、こうだ」
 と、RIKKAらしき声が響き、会場の照明がほんの一瞬だけ暗くなった。
 一秒も無かった点滅のあと、二人の目の前にいたはずの綾の姿が消え、
 そこにはまぎれも無いRIKKA本人が試合用のコスチュームで立っている。
「なッ…!?」
 驚きの声をも上げさせず、RIKKAはみことへドロップックで宣戦布告。
 呆気にとられた小早川の手をするりとかわし、ロープを飛び越えて逃げ去って行った。
「な、何なんだ、あの人…」
 ちなみにその後、本物の榎本綾が控え室で眠っているのが見つかった。


 それから一週間後。
 RIKKAの提案をみことが受け入れる形で、月光闇討デスマッチは本当に行われることになった。
 一週間前の出来事以来、ファンの間で「RIKKA幻想」が過剰に高まり、
 この試合見たさにチケットの前売りが急激に伸びたため、団体側としてもやらざるを得なかったのだろう。

 ゴングが鳴ると、まずは素早いロープワークからアームホイップの打ち合い。
 技術と速度を兼ね備えた素晴らしい基本技の攻防に、客席から自然と拍手が沸き起こったところで、
 いきなり会場中が暗闇に包まれた。
(見えない…!)
 この試合形式はつまり、突然会場の照明が点いたり消えたりするというものなのだが、
 非常灯まですっかり消してしまった場内は想像以上に暗く、みことにはほとんど何も見ることができない。
 当然、そんな中では迂闊に動けず、ただじっと体を強張らせているしかなかった。
 しかしRIKKAは余程夜目が利くのか、数秒して明りが戻った時には、いつの間にかリングの外へ出ている。
「………」
「くっ!」
 追って場外へ出たみことが、リング内へ放り込むためにRIKKAを掴もうとした時、再び照明が落ちた。
 攻撃を受けるかと思わず身構えたが、襲ってくる気配は無い。
 今度は十秒近くたって闇が明けると、ややあって周囲の観客が一斉に上を向いてざわつき始める。
「………」
 みことの頭上、選手の横断幕などが張られている後楽園プラザ二階席バルコニーの手摺の上に、
 腕を組んで真っ直ぐに立ったRIKKAがみことを見下ろしていたのだ。
 が、みことは驚くより早く駆け出した。
 裏へ入って階段を二段飛ばしで上がり、二階席へ。
 場外乱闘はみことの得意とする分野ではなかったが、ともかくこれで追い詰めたはずだった。
 同じ姿勢のまま振り向きもしないRIKKAに対し、まずは手摺から引き摺り下ろすために手をかけようとした瞬間、
 またしても都合良く照明が消える。
 といっても、ほんの一瞬、ほとんど点滅と言っていいほどの短さだったが、
「そんな……!?」
 目前にいたはずのRIKKAの姿が、階下のリング上に移動していた。
 時間から考えて一階席に飛び降りたとしか思えないが、そんな音や気配など一切していない。
『おおおおお…!!』
 満員の観客は、ただただ感嘆の声を上げるしかなかった。

 その後もみことは会場中を使って翻弄され続け、少しずつ体力と気力を削られていった。
(このままでは…!)
 そう感じたみことは、誘いに乗らずリング内で相手を待つことを思いつく。
 リング内の狭い空間であれば、見えなくてもある程度は対応できるのではないか、
 と考えてのことだったが、実はそれこそがRIKKAの思う壺だった。
 四方をロープに囲まれたリング内こそ、RIKKAが弱った相手を仕留めるための空間だったのだ。
「ぐぅッ!?」
 みことがリングに足を踏み入れたあと、最初に照明が点いた直後、
 いきなりRIKKAの足の裏が視界一杯に広がっていた。
 スワンダイブ式のミサイルキックを受けて転倒したみことが立ち上がると同時に電気が消え、
 今度は背後から蹴り倒される。
 その後も暗くなる度に、前後左右のどこかからRIKKAが飛んできては無明蹴を浴びせた。
 明るい間に捕まえようとしても、何故か手が届く寸前でまた暗くなってしまう。
 偶然なのかどうかはわからないが、とにかくRIKKAを捕えるには、
 暗闇の中で攻撃を仕掛けてくる瞬間を狙う以外に無かった。
 そして追い詰められ、満身創痍のみことはここで奇策に出る。
 リングの中央に立ち、自ら目を閉じたのである。
(見えないものを見ようとしても無駄。気配を…)
 その後、ちょうど長い暗闇が明けた瞬間、、観客は今まさに背後から無明蹴で襲い掛かろうとするRIKKAを見た。
 しかし、
「そこッ!!」
「!?」
 みことは頭を屈めてRIKKAを避けつつ、自分の上を通り過ぎる相手を空中で捕獲。
 見事、兜落としに切って取った。


 試合後、防衛したベルトを受け取ったみことに全員の注目が集まった、ほんの少しの間に、
 マットに倒れて動かなかったはずのRIKKAは姿を消していた。
(一体、何者なんでしょうか…)
 リングの巫女は、自分のことを棚に上げて現代に生きるくの一を不思議がった。

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by right-o | 2009-03-23 23:35 | 書き物
「あの、南先輩、出番が…」
「わかってるわよ!」
 控え室のドアから頭をのぞかせた相羽に向かい、南は乱暴に答えた。
「ふふふ、羨ましいですわ。できることなら私が代わってあげたいぐらい…」
「うるさいっ!」
 同室だった鏡の冷やかしへも怒鳴り返すと、慌てて首を引っ込めた相羽の後を追う。
(まったく、社長は何を考えているんだか…!)
 南は、怒っていた。
 
 始まりは一ヶ月ほど前のこと。
 寮に貼ってあった試合日程を眺めていた誰かが、二月十四日に興行が組まれているのを発見し、
 バレンタインにちなんだ特別なイベントをやりたいと言い出した。
 それを聞いた社長が、どこからどう影響を受けたのかわからないが、ある新しい試合形式を提案する。
 そして実際にその試合形式で戦う選手がくじ引きで選ばれ、それに南が当たってしまったというわけだった。

(うっ)
 入場ゲートをくぐった時点から、既になんとも言えず甘ったるい匂いが漂ってくる。
 南の怒りと匂いの原因は、リングの中央にあった。
 よく子供のいる家庭などに置いてある、ビニール製のプールを二回りほど大きくしたような中に、
 ドロドロに溶けて液状化したチョコレートが溜まっている。
 相手をその中へ突き落とした方が勝ち、というルールになっており、
 もちろん落とされた方は目も当てられないことになる。
(誰が喜ぶのよ、こんな試合…!)
 そう思っていた南だったが、肝心の客席は異様な盛り上がりを見せていた。
 中にはあからさまに、
『南ー!負けてくれー!!』
 という、期待の声まで混じっている。
 しかし、こめかみに青筋を浮かせながらリングインした南は、一旦コーナーにもたれて気持ちを落ち着かせた。
(要は私が勝てばいい話よ。誰だろうと速攻で締め落として、こんな試合すぐに終わらせてあげるわ…ッ!)
 対戦相手は、南と違ってくじ引きではなく志願してこの試合に臨む選手らしい。
 すぐには思い当たらなかったが、まずロクな相手ではないだろう。
 そんなことを考えながら、南がその対戦相手の入場を待ち構えていると、
 何故か唐突に試合開始のゴングが鳴らされた。
「え?」
 怪訝な顔をする南に向かい、チョコレート溜まりの脇に立ったレフェリーが、
 手招きしながら黙って傍の茶色いドロドロを指差している。
「まさか…」
 そういえば、南は赤コーナーに誘導された。
 対戦相手は、既に入場を終えているのだ。
 リング中央のおぞましい液体へ恐る恐る近づいてみると、その表面にボコボコと気泡が浮いているの見えた。
「も、潜ってるって言うの…!?でも、だったらもう勝負はついてるんじゃ…?」
 試合開始前から、既に一方がチョコレートまみれなのである。
 問われたレフェリーも首を傾げてしまったが、
 とにかく、ここでチョコレートから目線を外してしまったのが南にとって悪かった。
 瞬間、ぬぼっ、という変な音を立ててドロドロの表面が盛り上がったかと思うと、
 突如それが人間の形をとって襲い掛かってきたのだ。
「きゃっ!?」
 あまりのことに、思わず似合わない悲鳴を上げながら尻餅をついてしまった南に向かい、
 プールを抜け出した茶色い人型が無言で圧し掛かり、その上で四つん這いになる。
 客席から見ると、尻尾と耳を形作っている髪が体と一体化して、
 普段以上にリングネームの由来がよくわかったりしたのだが、間近で相対している南にそんな観察をする余裕は無い。
「な、何なのコレっ!?」
 座った状態から腕を使ってリング端まで必死に後ずさり、ロープを掴んでどうにか立ち上がる。
 ここで動揺から立ち直った南は、普段の冷静さを少し取り戻した。
(立たせない…っ!)
 ベトベトにくっついたチョコレートの重さから、這った状態のまま立ち上がれずにいる相手に対し、
 素早くサイドに回っての脇固め。
 が、捕まえた腕はぬるりと抜けてしまう。
 表面についたチョコレートの生温かい感触がなんとも言えず気持ち悪かったが、とりあえずそれどころではない。
「くっ!」
 続いて足首と思われる辺りを掴み、腕を回してアンクルホールドへ。
 しかし、これも滑ってしまうためにうまく極められない。
 そうこうしている間にも、チョコレートまみれの怪人は片膝をつき、
 どうにか少しずつ立ち上がろうとしている。
「じゃあ、これなら…っ!」
 覚悟を決めた南は、自分が少々汚れるのも構わずに背後から組み付き、
 相手の首に手をかけてスリーパーホールドを仕掛けた。
 一度がっちりと固定してしまえば、首なら腕や足と違い、滑ってすっぽ抜けることはない。
 今度こそ、南の関節技が極まった。
「うぐぐぐ……!?」
「誰だか知らないけど、このまま落ちてもらうわよ…!」
 南の目の前には、相手の髪の層にチョコレートがコーテイングされた分厚い幕があり、
 一体聞こえるものかどうかはわからなかったが、なんとなく囁いてみる。
 もしかしたら、これが刺激になってしまったのかも知れない。
 相手はどうにか両足をマットにつけると、最後の力を振り絞り、
 首に巻きついた南を背負うようにして立ち上がった。
(大きい…!?)
 と思ったのは反射的に両足を胴締めの形にしてしまった南の錯覚で、実際の身長は南と全く変わらない。
 とにかく、チョコレートのプールから現れた怪人は、まるで生まれたところへ帰るように、
 南をおんぶしたまま数歩、まだまだ残っているドロドロに向かって後退する。
「え、ちょっと待っ…!?」
 そしてそのまま、南ごと背後に倒れる形で、二人揃ってチョコレートの中へと消えた。


「すっごく楽しかったぞ!」
「そう、それは何よりですわ」
 後片付けに追われるリング上で、試合を終えた真帆が鏡に体を拭いてもらっている。
「………」
 一方南は、ドロドロになった体を半分だけプールから出して燃え尽きたようになっており、
 早く撤去したいスタッフが数人、困ったようにその回りを囲んでいた。
「南さんは、楽しんで頂けたかしら?」
「………」
「あら、そういえば味見がまだでしたわ。ちょっと失礼」
 そう言うと鏡は、南の胸の、コスチュームから素肌が露出している部分を選んで人指し指を滑らせ、
 付着していたチョコレートを掬い上げて自分の口へと運んだ。
 それだけで、会場中が『おおお』と謎の歓声を上げる。
「…!?」
「美味しい。と言っても、客席の皆さんには目で味わってもらうしかないのですけど。
 これは来年への課題ですわね。それでは南さん、お先に」
 不覚にも南は、真帆を連れた鏡が帰って行く様子を、花道の半ばまでぼうっと眺めてしまった。
(…来年、ですって?)
 試合の内容と、それを許した社長にばかり注意が向いて、
 そもそも誰がこんなことをやろうと言い出したのかまでは考えが及ばなかった。
 こんなことを考えついて、しかも社長にまで強引に迫って試合を無理矢理に提案させ、
 ついでに真帆まで言いくるめて利用するような、手の込んだ悪戯が好きそうな――
「待ちなさいッ!!」
 チョコレートの飛沫を上げて南がリングを飛び出した時には、 
 鏡は笑い声を響かせてバックステージへと逃げ込んでいた。

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by right-o | 2009-02-14 16:03 | 書き物
 試合が始まり、まずは朝比奈が先手を取った。
「オラッ!」
 エルボーの打ち合いを制したあと、越後をボディスラムで叩きつける。
 相手を一時的にダウンさせた隙に公認の凶器を手にし、ひとまず自分に優位な状況を作り上げた…はずだったのだが。
「…どうすんだよ?コレ」
 朝比奈は、コーナーに山積みされたレモンを手に取って考え込んでしまった。
 これまで随分と色々な凶器を手にしてきた二人でも、試合中に食べ物を使うのは初めての経験だった。

 この試合、元を辿れば社長のアイデアであるらしい。
 使用する凶器がどんどん過激になっていく最近の風潮を心配し、
 日常にある普通の物を用いて、それに工夫を加えることでデスマッチアイテムに変貌させるという、
 頭を使ったデスマッチへの新しい試みなのだとか。
 が、実際は単なる思いつきという線が濃い。
 リング内三ヶ所のコーナー下に設置された凶器はそれぞれ、山盛りのレモン、袋入りの塩、枡に入った豆であり、
 最後の「豆」は明らかに節分と「オーガ」朝比奈の連想から生まれたものだろう。
 それでも試合をする選手達としては、それらを使って何とか格好のつくものにしなければならない。 
 とりあえず、朝比奈は青々したレモン一つを持って越後へ向かった。
 軽く振りかぶって、立ち上がりかけの越後目掛けて放ってみる。
「イタっ!」
 結構固いらしく、頭に当たって怯んだ越後をフロントハイキックで蹴り飛ばす。
(なんか、違うよなあ…)
 我ながら要領を得ないと思っても、とにかくやってみるしかない。
 対して、“塩”コーナーまで吹き飛んだ越後は、なかなか気の利いた切り返しを見せる。
 素早く袋を破って塩を一掴みすると、追って来た朝比奈の顔面へ撒いた。
「うっ」
 視界を奪われた朝比奈へドロップキックを決めて倒し、続いて越後は“豆”コーナーへ。
 枡を手に取ると、
「鬼はぁ、外っ!」
 言いつつ、倒れた朝比奈へ手掴みの豆を思い切り投げつける。
「いててててっ!!」
 地味な痛さに転げまわった朝比奈がそのまま場外へ追い出されると、客席から笑いが起きた。
(これをやらせたかっただけだな)
 社長の意図を汲んでやった越後の方も、さてこれからはどうしたものかと、困り顔だった。

 このあと場外の朝比奈がイスを持ち出し、試合は暫し通常のハードコアマッチとして続いた。
 そんな中、先に例の特殊な凶器の使い道を思いついたのは朝比奈。
 越後をイスで打ち倒すと、先ほど自分が投げつけられた豆を手に取り、マットの上に撒く。
 ついでに何粒か口に放り込んでボリボリいわせながら、引き起こした越後を、
 自分が撒いた豆の上へ向かってボディスラムで叩きつける。
「いっ!?」
 豆を潰しながら、越後は受身の通じない痛みに背中をよじって悶えた。
 何の変哲も無い炒り豆だが、これが叩きつけられると意外に固い。
 豆に関しては、人間より鬼の方が賢く使ったと言える。
 続いて何も無いコーナーへ振ってから、朝比奈はそれぞれの手にレモンを一個と塩を一掴み。
 越後をレモンで殴って大人しくさせると、コーナーに寄り掛かった越後の前を塞ぐようにして、
 自分はその正面へセカンドロープを足場にして立ちはだかった。
「よっしゃ行くぞッ!」
 何のアピールか分からなかったが、とりあえず客席は調子を合わせてくれる。
 その状態から追い詰めた越後を見下ろし、右手に持ったレモンで越後の額を乱打。
「チッ、やっぱ使えねぇ」
 痛そうだが特に変化が表れないのを見てレモンを捨てると、朝比奈は今度は越後の額へおもむろに噛みついた。
 ここでようやく少し流血させ、次にその傷口へ、左手の塩を容赦無く擦り込んでいく。
「いっ…痛い痛い痛いッ!」
 普段滅多に悲鳴を上げたりしない越後だが、それでもつい叫んでしまうぐらいにこれは痛い。
 イスや竹刀で殴られるより、ただ痛いというだけならこっちの方が痛かった。
「どうだ。オレの方がうまく凶器を使えて…うぉ!?」
「調子に乗るなぁッ!!」
 朝比奈のよくわからない自慢に腹が立ったわけではないが、とにかく越後は怒った。
 セカンドロープに立っている朝比奈の両足を正面から掬い上げて持ち上げ、
 そのまま投げっ放しのパワーボムで叩きつける。
 そして朝比奈が倒れている間に塩を袋ごとリング中央にぶちまけ、
 立ち上がった顔面を、潰れるほど激しくレモンで殴打。
 フィニッシュへ向け、朝比奈を両肩に担ぎ上げた。
「食べ物を粗末にするなっ!!」
 自分のことは棚に上げつつ、こんもりと盛り上がった塩の山へフェイスバスターで顔から突っ込ませ、
「このバカタレぇぇぇぇぇぇ!!!」
 朝比奈が真っ白くなった顔を中腰で上げたところへ、走り込んでの低空ドロップキックで蹴り飛ばした。


(う~ん…)
 なんとも緩い試合が終わり、勝った方も負けた方もどこか情けない顔をしていた。
 「これで勝ったつもりか!」とか、「またいつでもやってやる!」とか言い出す気にはどちらもなれない。
 ただ、こんな勝負でも意外に湧いてしまった客席から送られる、温かい拍手を耳にすると、
(まあ、いいか)
 という気分にならなくもない。

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by right-o | 2009-02-04 22:22 | 書き物
+技「右脚」


 とある過激な団体のメインイベント。
「ふーむ」
 いつも通り、自分のテーマ曲を合唱する観客の間を縫ってリングインした越後は、
 各コーナーにそれぞれ立てかけてある、この試合のキーアイテムを確認していた。
 それは1.5×0.5mほどのガラス製一枚板で、厚さは約1cm程度しかない。
「思ったより薄いか。これなら叩きつけられても大したダメージには……ぐッ!?」
 顔を近づけて厚さを確かめていたところで、不意に背後から後頭部を殴られ、
 越後は頭からガラスに突っ込んでしまった。
 が、流石にこの程度で割れはしない。
「クックック……意外に丈夫で良かったなあ。だが…」
 自分の入場を省略しての奇襲に成功したライラは、
 怯んだ越後を一旦ガラスから引き離すと、そのまま一気にパワーボムの体勢に入る。
「これならどうだァッ!!」
 一息で持ち上げ、縦方向で斜めに立てかけられているガラス目掛けての投げっ放しパワーボム。
 加減など一切無しの全力で、思い切り越後の体を叩きつけた。
 今度はバシャッと凄まじい音を立ててガラスが砕け散り、粉々になった無数の破片が宙を舞う。
 しかし――
「やっぱり…大したことは無いなッ!!」
 破片で傷を負わないよう、露出している腕を体の内側に畳みつつ、ガラスの上で受身。
 その直後に体を起こし、越後は高声を上げて笑っているライラに向かって突進していた。
 この驚異的な受けの良さこそ、越後がこの団体で絶大な人気になっている原因であり、
 越後自身のプロレスラーとしての最大のウリである。


 試合はこの後、残り三枚となったガラス板からは一旦離れて、
 主に場外を戦場にしつつ一進一退で進んでいった。
 イスと竹刀で殴り合い、マットも敷かれていない床の上に直接投げつける戦い。
 そんなことを十分ほど続けたあと、ついに両者はリングに戻り、
 互いが残った板を一気に使って勝負をかける展開へ。
「はッ!」
 その発端となったのは、ライラが大振りしたイス攻撃を掻い潜ってヒットした、越後得意の延髄斬り。
 体が伸びた無防備なところで側頭部へ的確に決まった一撃に、
 ライラは思わず、ガラスが設置してあるコーナーへと背中を見せてよろける。
「逃がすか!」
 開始前に襲われたお返しを狙った越後が、ライラの頭をガラスに押し付けての追撃を狙おうとしたところで、
 踏みとどまったライラがいきなり振り返った。
「ヒャハァッ!」
 同時に、両手で持ったガラス板を越後の顔面目掛けてフルスイング。
(くっ!?)
 流石の越後も、こればかりは受身の取りようがない。
 加えて反射的に顔を庇って背けてしまったことで、衝撃を全て頭で受けてしまう。
 最初に割れた時以上の大音響がし、破片の雨がリング外にまで飛び散ったあと、
 越後はゆっくりと大の字に倒れた。
「ヒャァハハハハハ!!」
 完全に動きの止まった越後をひとしきり笑い倒すと、
 ライラはさらなる悪行へと動き出す。
 あらかじめ投げ込んであったイスを向かい合わせに立て、その間にガラス板を橋渡し。
 フィニッシュに向けたお膳立てを揃えてから、越後の体を引き起こして両肩に担いだ。
「…させるかっ!」
 このまま頭からガラスを突き抜け、文字通り地獄落としになろうかとする寸前で、越後がなんとか息を吹き返す。
 足をバタつかせて抵抗し、ガラス板の前に着地した。
「チッ、いい加減でくたばりやがれッ!」
 と、勝負に焦ったライラがショートレンジのラリアットに来たのを倒れ込んでかわしつつ、
 素早く足を引っ掛けてドロップトーホールドで引き倒す。
 前のめりに転ばされたたライラは、顔からマットにぶつかる手前で自分の設置した透明の壁に鼻を強打。
「痛っ…!」
 地味な痛みに耐え、中腰になって振り返ったライラの目前に、透明の壁がもう一枚迫ってきていた。
 急いで立ち上がって設置された最後の一枚を取りに行った越後が、板を無造作に投げつけたのである。
 ライラが咄嗟に反応して受け止めたため、割れることはなかったが、
「おっと!ヘッ、残念だったな」
「それはどうかなッ!!」
 言うと同時に、ちょうど顔の前で止まったガラス板目掛け、越後が渾身の右ミドルキックを振り抜く。
 越後の右足は難なく板を砕きつつ、さらにライラの頭を横倒しに薙ぎ払った。
 マスクのせいか、もしくはライラもまた無意識に庇ったのか、ガラス板越しに蹴られた顔は無傷で済んだようだった。
 そして動かなくなったライラを担ぎ上げ、今度は越後がフィニッシュを宣言する番。
 だがその前に、越後は自分の着ていたコスチュームの学ランを脱ぎ、
 目の前にあるガラス板の最後の一枚の上にかけてやった。
「終わりだ!こンのッ…」
 ライラを両肩に担ぎ、左手側に来た両足を前方に放り出しつつ、
 学ランを乗せたガラス板に向かって開脚してのフェイスバスターで叩きつける。
 最後の一枚は、破片も飛ばさずに鈍い音を立てて割れた。
「バカタレぇぇぇぇぇッ!!!」
 顔を打って膝立ちになったライラの顔面へ、たっぷり助走をつけて必殺の低空ドロップキックが炸裂した。


「畜生ッ!次は殺してやるからな!!」
 負けても相変わらず口の悪いライラを適当にあしらったあと、
 コーナーに上って観客の声援に応えていたあたりから、
 徐々に試合の興奮が冷め、越後の体へ抑えていた痛みが蘇り始めていた。
 バックステージに戻り、観客の声が聞こえなくなればさらに痛みは大きなものになるだろう。
(懲りないよなあ、お互い)
 リングに上がる動機は違うかも知れないが、自分と同じようなバカをやってくれる同類として、
 ライラのような対戦相手であっても、なんとなく仲間意識のようなものを感じてしまう越後であった。

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by right-o | 2009-01-18 23:28 | 書き物