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 メインイベントを終えたAACのリング上。
 今夜、チョチョカラス&マスクド・ミスティと向かい合ったジョーカー&美月は、
 レフェリーの死角で相手二人のマスクを同時に剥ぎ取る暴挙に出て、
 そのままジョーカーがチョチョカラスを丸め込んで勝利した。
「もう十分だ」
 差し入れられたタオルを被ったチョチョカラスがマイクを持つ。
「毎回毎回試合を台無しにして……一体何が目的でこんなことをする!?」
「……目的だと?」
 向かい合ったジョーカーもマイクを掴んだ。
 すぐ後ろに黙然と美月が立っている。
「目的は初めから一つッきりだ。
 お前が持ってるそのベルト。私たちの望みはそれだけだ」
「『私たち』……か、ふん」
 ほんの少し間を置いたあと、チョチョカラスはこう言い切った。
「だったら二人同時に相手をしてやる。
 次回、このアリーナで、AACヘビー級王座を懸けたトリプルスレットマッチだ!」
 この一言で、それまでブーイング一色だった会場が大いに沸き、
 同時に美月たちは驚きながらも満足げな表情を浮かべる。
「大した余裕だが、必ず後悔させてやるよ。
 次の試合が終わったあと、そのベルトを巻いているのは、この私だからな」
 ジョーカーが言い捨てたあと、後ろの美月の表情がほんのわずか動いたところで、
 この夜のAACのテレビ放送は終わった。

「まさか、向こうから言い出すとは思いませんでした」
「チョチョカラスもわかってるんだよ。私ら一人一人じゃ力不足だって」
 数分後、パーテーションで仕切られたシャワールームで、
 美月は仕切りの向こうに話しかけた。
「『AACヘビーのベルトに挑戦させてやる』って言ったろう?
 この展開が読めたから誘ったのさ。
 そういうわけで次こそ本番。気合だ気合!」
 仕切りの上からにゅっと伸びてきたジョーカーの拳に、美月は自分の拳を押し当てる。
「次の試合、チョチョカラスは惨めに負けてベルトを失う。
 そして王者として会場を去るのは……」
 「この私」、と二人の声が重なった。
 二人とも、もうこの時点からオチは大体読めている。

 前日美月にかかってきた電話は、日本にいる社長からだった。
 内容はそろそろ帰って来いというもの。
 AACでの美月の活躍が日本に知らされ、それで修行はもう十分と判断したようだ。
 このままAACに定着されては困る、という意図があったかどうかまではわからない。
 良いとも悪いとも言わず「そうですか」と言って電話を切ったあと、
 どう言い出そうか迷っている美月へ、ジョーカーはただ目顔で頷いて見せた。
 そして今日、いつも以上に強引な介入と挑発のあと、
 チョチョカラスに対して二人同時での王座挑戦を認めさせたのだ。
 それから一週間後、美月のメキシコでの最後の勝負が始まった。


『I CAME TO PLAY!!』
 かかったのは本来ジョーカーの入場テーマだったが、
 エントランスゲートからは美月が一人で姿を現した。
 これまで、ほとんどジョーカーと一緒に入場していたので、
 結果として毎回このテーマで入場することになってはいたのだが、
 今回、ジョーカーから入場テーマそのものを譲られたのだった。
 普段通りリングに上がり、ニュートラルコーナーから客席を睥睨すると、
 美月に対して一斉にブーイングが送られる。
(これはこれで、いい眺めだなぁ)
 呑気にそんなことを考える。
 不思議と緊張しなかったし、同時にこれが最後という哀愁も感じなかった。
 ただただ、現在の、AACの登場人物、ヒールの「美月」として立っているだけであった。
『I hear voices in my head, they council me,they understand,they talk to me……』
 続いて全く聞き慣れない、新しいテーマでジョーカーが入場して来た。
 相変わらず、ふてぶてしくて、傲慢で、狡猾で、残酷で、貪欲で、
 そんな様々な悪いイメージを、フェイスペイントを施した顔で表現しながら、堂々と花道を歩いてくる。
 役者が違う、と美月は感じた。
 あるいは自分がどう逆立ちしたって真似できない、目標にすべき存在ではないのかも知れない。
 しかし美月は、ひとまず考えることをやめ、これからやるべきことへ集中し直した。
 ジョーカーが青コーナーに背中を預けると同時に、場内の照明がやや明るさを落とし、
 チョチョカラスがステージに姿を現す。
 ベルトを巻いたままでリング下まで駆け抜け、勢いのまま跳躍。
 トップロープを飛び越えながら背中を丸め、着地と同時に転がって立ち上がる。
 これまた別の意味で真似できそうにない動作である。
 今夜も大歓声で迎えられたチョチョカラスは、ベルトを外しながら赤コーナーを背にし、
 試合開始のゴングを待った。


 どんなにチョチョカラスが強かろうとも、二対一。
 序盤はほとんどの観客にとって、とてもストレス溜まる展開となった。
 が、すぐに転機が訪れる。
 何度目かの連携を狙ったジョーカーと美月からロープへ振られた時、
 チョチョカラスはロープに背中を預けたまま、跳ね返るのを拒んだ。
「往生際の悪いっ!」
 と、突っ込んできたジョーカーを屈ませた上体に乗せて跳ね上げ、
 背後のロープを越えてエプロンに着地させる。
 同時にマットを両足で蹴り、バック宙。
 エプロンに立った直後のジョーカーの顔面に、オーバーヘッドキックが炸裂した。
「っ!?」
 声を出す間もなくジョーカーはリング下へ墜落。
 確かな手応えを感じたチョチョカラスは、リング中央に向き直りつつ立ち上がるべく、
 片膝を立てて顔を起こした。
 膝の上に何かが乗った感触と、目の前一杯にリングシューズの底が広がったのが同時だった。
「はあッ!」
 私を忘れるな、とばかりに、美月がチョチョカラスの膝を踏み台にして、
 もう片方の足で力一杯その顔面を蹴りつけた。
 ジョーカーと冗談半分で練習していた中で使った、シャイニング式の前蹴り。
「かはっ」
 不意を突かれたジョーカーを尻目に、美月は背中を向けてニュートラルコーナーに張り付き、
 両手をトップロープに乗せて自分の身体を引き上げる。
 再度チョチョカラスが立ち上がる瞬間を待って、セカンドロープからジャンプ。
 正面から飛びついて首根っこを小脇に抱え、思い切り背後に倒れる。
 コーナーから飛びついて決める、DDTであった。
 手応えあり。
 メキシコで得たものを全て吐き出すような攻めから、片足を取ってがっちりと片エビ固め。
 が、あとはフォールのカウントを待つだけだったはずの美月は、
 突然足を引っ張ってリング外に引き摺り出された。
「ふぅ、危ないところだった」
「何をする……!」
 勝利を邪魔された美月と、邪魔したジョーカーがリング外で対峙する。
 その光景に、客席からどよめきが起こった。
 この試合、ルール上は決して二対一ではない。
 ただ一人の勝者だけが王者となり、ベルトを巻くことができる。
 それぞれ味方など誰もいない、あくまで一対一対一なのだ。

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by right-o | 2011-09-12 19:17 | 書き物
 とある団体の寮の一室。
「いつまでもイジケてんじゃねーよ」
「まあ別に、どうでもいいんだけど」
「そう落ち込むことないさ」
 美月と相羽とノエルが暮らしていた部屋で、相羽が三人の先輩に囲まれていた。
「もうボクなんて、どうでもいいんですよ……」
「うん、あんたなんか全くもってどうでもいい」
 相羽の呟きを、内田がばっさりと斬って捨てた。
「ちょっと、そういう言い方をするもんじゃないよ」
「そーだそーだ、置いて行かれた相羽の身にもなってやれ!」
 本当に心底どうでもよさそうな内田に対して、六角と上戸がフォローを入れる。
 さっきからずっとこのパターンの会話が繰り広げられていた。
 美月とノエルが、ある日突然海外遠征に行くと言い出したのが半年前。
 行かないでと縋る相羽を蹴り剥がして二人は部屋を出て行った。
 翌日、「ボクも海外遠征に行かせてください!」と直談判した相羽に対し、
 社長は若干目を逸らしながら、「相羽は……普通に成長してくれればいいよ」と一言。
 それ以来、すっかり意気消沈してしまい、
 リング上でもそれ以外でも精彩を欠く相羽であった。
 元からリング上で精彩を放ってなどいなかったが。
 今日はそんな元気の無い後輩を心配して――という建前で――三人の先輩方が相羽を訪ねてきたのであった。
 ただし両手に酒と肴を携えて。
「っていうか、あなた妙に相羽の肩持つじゃない。
 何なの?馬鹿同士で親近感が涌いてるの?馬鹿は馬鹿を呼ぶの?」
「なんだとテメェ!表に出ろ!!」
「はいはい二人とも喧嘩しない。今日は相羽を慰めに来たんだろー?」
 相羽以外の三人ともアルコールが入っている。
 普段以上に口さがない内田と、普段以上に沸点の低いの上戸をたしなめながら、
 面白そうにニヤニヤしている普段通りの六角であった。


「そうそう、そういえば、美月が雑誌に出てたよ。ほら」
 六角はそう言って、低いテーブルの上に散らかったスナック菓子を片付け、
 週刊のプロレス雑誌を開いて置いた。
「あ、生意気にもインタビュー記事だと……ん?」
 紙面を覗き込んだ上戸と内田が、微妙な顔をして固まった。
 そして一瞬遅れてから、何故か肩を震わせて笑い始めた。
「ぷぷっ……何か……何なんだコレ?」
「く、燻ってたって……な、何が?」
 記事そのものは普通のインタビュー記事で、
 単に美月がメキシコでの暮らしとかプロレスについて答えているものだったが、
 表題に、美月の写真と一緒に大きく「燻ってたんですよ、あの頃は」と載っている。
 その一言が、取り澄まして写っている美月と全くイメージが合わず、
 非常にシュールな感じを醸し出している。
「まあ本人にしてみれば意識しなかった一言なんだろうけど、
 書いた人が面白がってタイトルにしちゃったんだろうねえ。
 それはともかく、うまくやってるみたいだよ、美月は」
 先輩たちの間から、相羽もそーっと記事を覗いてみた。
 内容は確かに、メキシコでの充実ぶりを示すものである。
「いいなぁ……」
「だーかーら、お前はいちいち落ち込むなって」
 上戸が相羽の頭を乱暴に揺すった。
「大体、お前海外に行って何するんだよ。何かやりたいことでもあんのか?」
「いや、それは……」
 ぼそっ、と、内田が口を挟む。
「あの子はずっと、今のままじゃダメだって思ってた。
 で、色々やって変わったんだけど、壁に当たってたから、それを何とかするために海外へ行った。
 まあ与えられたチャンスではあるんだけど、成長したいって強い意思があるのよね。誰かと違って」
 相羽が怯んだところへすかさず追い撃ちをかける内田であったが、
(そういう自分は、知らず美月の肩を持ってるじゃないか)
 と、六角は思わなくもない。
「それにしても、海外遠征と言っても色々あるね。何も修行に行くだけじゃない。
 現にノエルなんかは向こうからご指名だったって話だろ」
「え、そうなんですか……?」
 もう一人の同期がそこまで買われていたことを知った相羽は、更に深く落ち込んでいくのであった。
「あの体格であのパワーならね。アメリカでもウケるんじゃないの」
「あとそう、最近だと龍子も行ったっけねぇ。ワンマッチだけどうしても、って言われて」
 龍子はこれまで、ほとんど海外に行った経験が無かったが、
 いつの間にか海外のファンの間で「まだ見ぬジャパニーズ・レジェンド」として幻想が膨らみ、
 それを汲んだある団体から一試合だけ呼ばれたことがある。
 試合は何をやっても異様に沸きかえり、
 終了後は「Please come back!」のチャントが鳴り止まなかったという。
「あと逆に、向こうで有名になって帰ってくるパターンもたまにあるわね」
「真田とか武藤みたいなのか?」
「いや、武藤はどうかねぇ」
 真田は日本でそれほど知られたレスラーではなかったが、
 アメリカのインディー団体で有名になり、そこが潰れたあとでもっと大きな団体に拾われ、
 そこで更に有名になったあと、色々あって自分の意思で日本に戻ってきた。
 武藤は日本でも既に有名だったが、
 アメリカではフェイスペイントをした極悪ヒールレスラーとしてブレイクしたのだった。
 今では武藤の別人格ということになって、ネタに困るとたまにやっている。
「海外だと別キャラ、ってのもたまにあるわね。現に美月も今はヒールらしいし」
「想像できねーな。あとそうだ、ソニックキャットもそのパターンで生まれたのか?」
「……は?」
「いや、この前あいつが『結城みかはリヴァプールの風になったんだお』って」
「それは別キャラとは違うんじゃないかい……」
 という感じで、相羽たちは相羽たちの生活を送っているのだった。


 一方、メキシコ。
「っくし」
「誰かが噂をしてる、だっけ?そろそろこの前のインタビューが雑誌に載ってる頃じゃないかな」
 唐突なくしゃみをした美月を見て、ジョーカーが言った。
「別に噂されるような内容じゃありませんけど……」
 美月が言いかけた時、不意に携帯の着信音が鳴った。
「……海外通話?」
 液晶には、見慣れた日本式の電話番号が並んでいた。

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by right-o | 2011-09-09 19:31 | 書き物
 引き続き、とあるメキシコの夜。
「スペイン語で“乾杯”って何て言うんですかね」
「えーっと……知らない。まあいいじゃん。はい、カンパーイ!」
 部屋に戻った二人は、メキシコ産の瓶ビールで乾杯していた。
 「メキシコでなら、美月の年齢でもお酒飲めるよ」とはジョーカーの談。
 ジョーカーに年齢の話をした覚えのない美月だが、深くは考えないことにした。
 実際、重度のプロレスマニアであるジョーカーなら、美月の年齢ぐらい調査済みかも知れない。
「ところで、何で立ったまま乾杯しなきゃいけないんですか?」
「アメリカでは、乾杯をした相手にスタナーをかける習慣があるから」
「いやどんな国民性だよ。っていうか、それやったら瓶で殴りますからね」
 美月がメキシコに来て数ヶ月、すっかり打ち解けた(?)二人であった。

「DDTって何の略でしたっけ?」
 こんなもん何がおいしいの、みたいな顔でビールを舐めていた美月が、ふとそんなことを言った。
「ジクロロジフェニルトリクロロエタン」
 対して、凄く得意げに、ジョーカーが即答してみせる。
「てっきり、“デンジャラスドライバー~”っていうボケがくるかと思いましたが」
「……ハッ!?」
 意味はわからないが、本気で残念そうなジョーカーであった。
「って、まあ名前は置いといて、そういえばDDT使えばいいのに」
「あー、まあ考えなくはないんですけど、他に使う人沢山いますしね」
 仕掛けるのに体力を使わないDDTは、小柄な美月にとって非常に便利な技である。
 ただし、便利な技であるために使うレスラーも数多く、自分のものとして定着させることは難しい。
「確かに、いい加減使い尽くされた感はあるかなぁ」
 ジョーカーはちょっと小首を傾げて目を瞑り、記憶の中からDDTの映像を漁り始めた。


「いまだにメインのフィニッシュで使ってるレスラーっているんですか?
「ええと……いなくはないね。USAとか」
 ザ・USAは、相手の首を固定したあと、両足を高く上げて思い切り後ろに倒れこむ。
 今時珍しく、正調のDDTをフィニッシュにしているレスラーだった。
「繋ぎ技としてなら、それこそ皆が使ってる。
 でもほんの少し工夫するだけで、かなり印象に残る使い方ができるんだよね。滝とか」
 最近はナルシスト系ヒールが定着してきたミシェール滝は、膝立ちの相手へのDDTをよく使う。
 相手の首を抱えてやや前傾し、反動をつけて倒れるような動きが躍動感を増している。
「あとはちょっと変形して、首を固定したあとで相手の体を掴んで持ち上げて、
 落差をつけた形で落とすのも流行ったかな。ダイナマイトスパイクとかね。
 で、これをリバースフルネルソンの姿勢からやっちゃうのがロイヤルDDT。
 まあ両方とも、頭というよりは顔から落としてる気もするんだけど」
 俗にインプラントDDTと呼ばれる形がダイナマイトスパイクで、
 ダブルアームDDTと呼ばれるのがロイヤルDDT。
 どちらも、DDTというよりはフェイスバスターに見えなくもない。
「あと、ランニングDDTというのは見たことがあります」
「あー、八島ね。あれは受け辛そう」
 ショルダースルーを狙って前傾している相手に対し、カウンターとして、
 前から走り込んだ勢いのまま、首根っこを抱えてDDTにいくのが八島静香。
 真下に向けて八島の体重がかかった状態で落とされるため、かなり危険そうに見える。
「あとはスイング式か。これも全部同じようで微妙に違ったりして。美月の師とかね」
「師匠……とは思ってないんですけど」
 コーナー上に座って相手の首を固定し、
 リング中央に向かって横方向にに半回転しつつDDTを敢行するのがスイング式だが、
 AGEHAの場合、コーナー上から相手に飛びついてから半回転して決める。
 また、ラッキー内田の場合は、マットの上で相手の首を捉えてから、
 逆にコーナーやロープ、タッグ戦であればもう一人の対戦相手等を蹴って回転して見せる。
「それと、私コーナーからやられたこともありますよ」
「あ、それ見た覚えある。相手鏡だっけ」
 鏡の場合、トップロープや、酷いときはコーナーの上に相手の足を引っ掛け、
 強引に落差をつけた形のエグいDDTを放ったりもする。


「ブレーンバスターのステップがDDTとか言う輩を抜かすと、そんなもんかな。
 改めて、使い尽くされた感があるね。
 で、そういえば、何でこんな話になったんだっけ?」
「ああ!そう、そうでした」
 一息吐いてビールを飲み干したジョーカーの前で、美月は傍にあった雑誌を手に取り、
 くるくると筒状に丸め始めた。
「それがですね、ちょうど殺虫剤がないかなって思ったわけで」
 美月はスッと立ち上がり、丸めた雑誌を大上段に構える。
「無さそうだから仕方ありません。……動かないで」
「え……?って、まーたまたご冗談を」
「頭の上で、何か動いてる感じしません?」
 言われてみれば、そんな気がする。
 ジョーカーは、自分の頭に手を伸ばしかけ、慌てて引っ込めた。
「え、まさか黒いヤツ……?」
「うん、黒いヤツ」
 美月は、初めて人の顔面から血の気の引く様を見た。
「Really?」
「マジで。多分、苦手ならトラウマになるレベル。正直、この大きさは初めて見た。流石メヒコ産」
「いや何が流石だよ感心するなよ!じゃなくって、私の頭の上で潰す気!?」
「ここで仕留めないと、部屋中を飛び回るかもしれませんよ」
「………!!?」
 ジョーカーは完全に硬直した。
 まさか潰してくれと言うわけにもいかず、かといって飛び回られても非常に困る。
 ただただ、涙を溜めたすがるような目で美月を見上げることしかできない。
 そんな様子を見ながら、美月は内心で大笑いしながら同時に困っていた。
(まさか本当に引っ掛かるとは思わなかったけど、これ後で怖いかなあ)
 笑いが表情に出ないよう必死に自制しながら、
 美月は透明な虫としばらくにらみ合っていた。

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by right-o | 2011-08-15 08:52 | 書き物
 とあるメキシコの午後。
 誰もいないAACアリーナのリング上で、美月とジョーカーが練習していた。
 ジョーカーがランニングやらスクワットやらの基本練習を嫌っているため、
 自然と二人の練習は実戦形式のスパーリングが主になる。
 それも普通にやるのではなく、毎回ごとにジョーカーがテーマを設定する。
 今回は「シャイニング式の技は出尽くしたのか?」というテーマの下、
 二人は互いに、
 “可能な限り「シャイニング~」と名のつく、
 片膝をついた相手に仕掛ける技を狙っていかなければならない”
 という謎ルールに沿って、今日もスパーリングに勤しんでいた。

(飽きたなあ……)
 低空ドロップキックで膝を打ち抜く王道パターンで片膝をつかせてから、美月は思った。
 もう既に、正調シャイニングウィザードは元より、
 踵落し、延髄斬り、フェイントヒールキック、三角締め等、大概のシャイニングな技が出尽くしている。
 そしていい加減に毎回の謎ルールにも辟易してきていたが、
 とりあえず膝をつかせてしまったものは仕方が無い。
 やる気無くジョーカーの左膝に飛び乗った美月は、勢いのまま適当に右足を突き出した。
「ゲフッ」
 これで意外にも体重の乗った一撃がジョーカーの横っ面を蹴り飛ばし、ダウン。
 美月はこれ幸いとすかさずフォールへ――
「あっ、と」
 倒れたジョーカーと交差するように覆い被さって気がついた。
 カウントを数えるレフェリーがいないため、フォールに行っても仕方が無いのである。
「……ちょうどいいから、ちょっと休憩しよう」
 顔を蹴られて目を回したジョーカーが、下からそう呻いた。

 
「それにしても、流石日本のレスラーはちゃんとフォールで押さえ込んでくるよね。
 こっちは結構、その辺が雑な人も多いんだけど」
「はあ、そういう点は教え込まれましたから」
 基本的に、美月はフォールの際に相手の両肩を両手で押さえる形で体固めに入る。
 大柄な相手の足を抱え込むことは、体格の小さな美月にとって時に楽な作業ではないため、
 手間無く素早くフォールに入ることを優先した形だ。
「ま、そういうの大事だよね。あんまり真面目に押さえ込んで、
 それで本当に試合が決まっても困るんだけど、何ていうか、説得力がね」
 そう言うジョーカーは、基本的に片エビ固め。
 仰向けの相手の左右どちらかから覆い被さり、
 反対側の足を片手で引っ掛けて持ち上げつつ、背中で相手を押さえ込む。
「どんなに焦っていても、持ち上げる足を間違えないのがコダワリ。
 格好悪いからね」
「……ふーん」
 相変わらず、プロ意識なのかオタク根性なのかわからない拘りを語るジョーカーであった。
「あとね、片エビといっても、相手と正対する形で押さえ込むと、ちょっと必死さが増すかな。
 さらに自分の足で相手のもう片方の足も固めるとなお必死な感じ。
 まあでも、これは背中で押さえ込む形でも一緒か。
 相手の両足を両手で抱え込んで、ぐっと相手を折り曲げるんだよね」
「ああはい、そうですね」
 流石についていけなくなった美月は、適当に相槌を打ちながら聞き流した。
「……真面目に聞いてないな。フォールの入り方一つとっても、プロなら拘るべきなんだよ。
 例えば、八島静香。彼女には拘りを感じるね」
「八島静香って、……あの八島さんですか?」
 パワーファイトを売りにする美月の先輩だが、
 とてもフォールの入り方などに拘っているとは思われない。
「わかってないなあ。ほらちょっとそこに寝て」
 ジョーカーは、言われるままマットに横たわった美月の両手首をそれぞれ掴み、
 頭の上に回して万歳させるような形で押さえ込んだ。
「八島のフォールはこういう形。いやー、他じゃ見たこと無いね」
「いや独特な形なのはわかるんですけど、これ全然肩を押さえつけてませんよね」
 何しろ押さえつけられているのは手首だけなので、下になった美月は苦も無く右肩を上げて見せた。
「いいんだよ、カッコよければ」
「いやさっき説得力て」
 口答えしかけた美月に対し、ジョーカーは右前腕で顔面を押さえつけて黙らせた。
「ちなみに、八島がキレてる時はこの形のフォールね」
「………」
 押さえつけながら腕をごりごりと美月の顔面に押し当てて圧迫する。
「よし、跳ね除けてみ」
 ジョーカーがちょっと力を抜いた瞬間、言われるまでもなく美月は跳ね起きたが、
 すぐに力づくで引き倒され、再度腕を顔に押し付けられた。
「と、こういう形で続けてフォールに入って、相手の体力を地味に奪うのがエミリー・ネルソンね。
 ひょっとすると、何かランカシャー的なテクニックなのかな」
 いや絶対それイギリスのランカシャースタイル関係無いよね、とか思いながら、
 美月は次やられたら腕十字に切り返してやろうと決心し、準備する。
「あと独特と言えば十六夜美響かな。Rest In Peaceってね」
 押し付けていた腕を離しつつ、ジョーカーは美月の頭側に移動し、
 美月の両手首を今度は胸の上で組み合わせるように置き、その上から体重をかけて押さえ込んだ。
 ちょうど棺桶に入れられて埋葬される死体のような姿勢である。
(ちっ)
 切り返せなかった美月は心の中で舌打ち。
 が、直後にやり返す機会が巡って来た。
「そしてこれがフレイア鏡式の踏み付けフォール――」
 美月の胸板辺りを踏みにきたジョーカーの右足首を掴み、素早くマット上で姿勢を180度回転。
 ジョーカーの右足に両足を絡ませて引き倒し、足首を脇に挟んで思いっきり反り上げた。
「こ、これは美月がデビューした時の必殺技アキレス腱固め……痛い痛い痛いッ!!」
「ああ、流石によく知ってますね」
 言いながら涼しい顔で更に捻り上げてやった。
「で、でも結局この技でギブアップを取れたことは無……!!」
「そうでしたっけねー。じゃあ記念すべき第一号になってください」
「くぅぅ、ロープが遠い……!」
 あくまでギブアップは拒否し、ロープに手を伸ばすジョーカーであった。
 美月のメキシコでの日々は、大体こんな感じで過ぎて行くのだった。

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by right-o | 2011-08-14 17:31 | 書き物
 とあるメキシコの夕暮れ。
「ふー………」
 買い物からアパートの一室に帰って来た美月は、
 買い物袋を提げた手でドアを閉めながら、大きく息を吐いた。
「おや、今日は囲まれた?」
「ちょっとした人だかりができてました」
 ベッドに寝そべりながらPCを見ているジョーカーに返事をしながら、
 美月は、買いこんで来た一週間分の食料を床にどさりと置いた。
 チョチョカラスをKOした試合以降、町を歩いていて声を掛けられることが度々ある。
 応援されたり、握手を求められたり、冗談混じりにリング上の悪行を非難されたり。
 何しろ日本では全く無い経験だけに、最初は大いに戸惑った。
「ま、日本で言えば地上波のゴールデンタイムに出てるわけだからね。
 そりゃあ外歩いてれば注目されるよ。……気分いい?」
「……少し」
 珍しくはにかんだ美月は、正直な気持ちを認めた。
「あ、何か今可愛かった」
「え、いや……!?」
 ジョーカーがにやーっと笑い、反対に美月はバツの悪そうな顔をする。
 二人とも、もうすっかり打ち解けていた。
「といって、ここで満足してもらっては困るからね。今日は一つ、刺激を用意してみた」
「刺激?」
「そう。外に出て頑張ってるのは、美月だけじゃないってことでね。
 まあ、何か食べながらでも見ようじゃないか」
 そう言って、ジョーカーはベッドに乗せたPCを美月の方に向けながら、
 床に置いてある買い物袋に手を伸ばした。
「あ!」
 PCで再生された映像には、懐かしい顔が映し出されていた。


 リング上、ノエル白石とソフィー・シエラが組み合ったまま、動かない。
 美月と同じく、足にすがってくる相羽を蹴りはがして海外に旅立ったノエルは、アメリカにいた。
 そしてその体格に似合わぬ腕力はアメリカでも存分に発揮され、大きな注目を集めている。
 そうやってファンの支持を受けた結果がこの試合、世界王座への次期挑戦者決定戦であった。
 ただし相手のソフィーも並のレスラーではない。
 共に腕力を売りにする両者は、暫く互角のままでじっくりと組み合った。
「ちっ」
 長い硬直状態から、遂に埒が明かないと見たソフィーは、素早くヘッドロックに移行。
 ノエルはロープに押し込んで反対側に飛ばそうとするが、容易には放さない。
「!」
 さらにギリギリと締め上げようとした瞬間、ソフィーの両足がマットを放れた。
 自分よりずっと大柄の相手をバックドロップに切って落としたノエルは、
 いつもと変わらない無表情のまま、むっくりと起き上がった。
 
 パワーファイター同士の対決はほぼ互角の様相を呈していたが、
 そうした場合はやはり、ずっと体の小さいノエルの方を応援する声が大きい。
 決して表情には出さないが、ノエルはその声援に応えるような攻勢に出た。
「……ふぅっ」
 クローズラインにきたソフィーの懐に潜り込み、胴を背中に乗せて一息で持ち上げる。
 そこから一瞬体を沈ませて跳ね起き、ソフィーをうつ伏せの姿勢で空中に跳ね上げた。
「ぐっ!」
 無防備に落下してくるソフィーの腹部を、待ち構えていたノエルの両膝が直撃する。
 しかしカバーには行かず、ノエルは苦しむソフィーを再度肩に担いだ。
 一つ大きな深呼吸をしてから、小さくジャンプしつつ前に回転。
 肩の上に乗せたソフィーを、背中からマットに叩きつけた。
 と同時に、ノエルは自然とソフィーの腹部に全身で突き刺さるような形になる。
 逆さまになった体を足から前に倒し、足をクラッチしてカバーへ。
「がぁッ!!」
 が、続けて腹部に打撃を食らいながらも、ソフィーはカウント3を拒否した。
「まだよ……!!」
 腹を押さえて立ち上がるソフィーに、ノエルは特段意外な様子も見せずロープへ走る。
 トドメを狙ってのラリアット。
 顎を打ち上げるように振り上げたノエルの腕が届くより早く、ソフィーが右足を前に突き出した。
「!?」
 首をもがんばかりのカウンターだったが、ノエルは倒れない。
 対して今度はソフィーがロープへ走る。
 背中に反動をつけてノエルに相対すると、体ごと飛び上がるように左足を振り上げ、
 その左足を下げる勢いを乗せて再度右足を振り上げる。
 流石のノエルも今度は耐えられなかった。
 どんなに腕力があっても、最終的に質量の勝負となれば負けざるを得ない。
 暫く息を整えたソフィーは、ノエルを軽々と背中合わせに担いだ。
 両手を脇の下に入れて真上に持ち上げ、まるで相手を十字架に架けるような体勢。
 そこから前に倒れ込み、ノエルをマットに叩きつけた。


「「惜しいっ!!」」
 3カウントが入った瞬間、美月とジョーカーは同時に床を叩いていた。
「よくやっているんだけど、どうしても最後は体格がなあ……」
 完全に自分の方がのめり込んで見ていたジョーカーの横で、
 美月は、自分と同じ境遇の仲間から確かに刺激を受け、それを静かに噛み締めていた。
 ただ、あと何かもう一人いたような気がしたが、強いては思い出さないことにした。

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by right-o | 2011-07-03 20:25 | 書き物
 とある日のAAC常設会場。
 関係者用の入口を通り、廊下に貼ってあるマッチメイク表の前を通り過ぎようとした美月の足が止まった。
「……!?」
 思わず二度見してしまったマッチメイク表の、一番上に美月の名前があった。
 相手はチョチョカラス。
 それもシングルマッチである。
「あ、来た来た。今夜は頑張ってな」
「な、え……?」
 にこやかに歩み寄って来たジョーカーに対して、美月は陸に上がった魚のように口をぱくぱくさせている。
「そのカード、偉い人に直訴したらあっさり通っちゃった」
「あ、そうなんで……なぁッ!?」
「いやー、何事も言ってみるもんだねえ」
 てへっ、と舌を出してウインクするジョーカーであった。
「そ、そんな、いきなりこんな試合組まれても」
「ナニ言ってんの。私の片棒を担いでもらうんだから、ここはあっさり勝ってもらって」
「勝つって……」
「勝つのさ。それもきっちり3カウントでね」
 困惑する美月の前で、ジョーカーの表情がリング上の冷たい笑顔に変わっていった。


 ジョーカーに伴われ、ジョーカーの映像と入場曲が流れる中で、
 美月はメインイベントのリングに姿を現した。
 それだけで、温まりきった会場は凄まじいブーイングに包まれる。
 そのブーイングの中を、いつものようにニヤニヤしているジョーカーとは対照的に、
 美月はいつも以上の無表情を装ってリングへ歩を進める。
「何があっても動じるなよ。平常心平常心」
「……」
 言われなくても、そうそう感情が表に出ない美月であったが、
 今回は特にジョーカーから念を押されていた。
 周囲へのアピールが不得意なら、中途半端にやろうとせず、あえて全くやらない。
 ジョーカーのアドバイスによる、ヒールならではのキャラクター確立法である。
「さあお出ましだ!」
 青コーナーに落ち着いた美月の背後、エプロンからジョーカーが声を上げた。
 と同時にチョチョカラスの入場が始まる。
 入場ゲートを出て軽く観客にアピールすると、リングに向かって一直線。
 ステージ上からランプを駆け下り、勢いのまま場外からトップロープを飛び越えてリングイン。
 背中を丸めての着地から、流れるような鮮やかさで立ち上がる。
(……あれ?)
 今この人、さらっと凄いことしたような。
 美月がそんなことを考える間もなく、試合開始のゴングが鳴った。
 

 まずは美しいアームホイップ二連発から、
 チョチョカラスは自分よりずっと身長の低い美月にコルバタを決めて見せる。
(流石は王者……!)
 あっという間に三度も宙を舞わされ、ロープを背負いつつ起き上がった美月は、
 さらに突っ込んで来たチョチョカラスに対し、身を屈め、背中に乗せて跳ね上げた。
 すかさずトップロープを掴んだチョチョカラスがエプロンに着地したところで、
 下にいたジョーカーが待ってましたとばかりに場外へ引き摺り下ろす。
「何をするッ!」
 当然怒ったチョチョカラスとジョーカーがやり合い始めたのを尻目に、美月は反対側のロープへ走る。
(こんなことだろうとは思ったけど)
 当たり前のように介入してきたジョーカーに注意の向いた相手目掛け、
 美月はロープのやや手前で踏み切った。
 空中で身を縮め、両足を前に突き出した美月は、トップロープとセカンドロープの間を高速ですり抜けた。
「ぐぁッ!」
 チョチョカラスの横っ面へ、リング内からのドロップキック。
 美月の考えた、頭からではなく足から突っ込むトペ・スイシーダであった。
 すかさず、どうよ、と美月はジョーカーを見たが、いない。
「?」
 その頃、周囲の注目が美月に集まると同時に、ジョーカーはリングの下に潜っていた。
 そして美月たちがいるのとは逆方向から、
 イスを手にして姿を現し、ゆっくり忍び足でリングに上がる。
 まずは場外の美月たちに気を取られているレフェリーの頭を一撃、
 気づいた美月が唖然とする間に、場外で起き上がりかけていたチョチョカラスにもイスを投げつけた。
「上げろ!」
 イキイキと悪行を働くジョーカーの指示を受け、美月はチョチョカラスをリングに押し入れる。
 頭にイスが直撃したチョチョカラスを強制起立させ、電光石火のダイヤモンドカッター。
「やれッ!」
 親指を下に向け、ジョーカーが最後の指示を出す。
 美月にとって、覚悟を決める時であった。
(これがヒールのやり方、か)
 チョチョカラスの頭を太股に挟んだ美月は、親指を自分の首筋に当ててゆっくりと横に引く。
 そして相手の背中に張り付きながら、両足でマットを蹴った勢いで相手ごと前方回転。
 前転式のパイルドライバーが完璧に決まった。


 ダウン中にいくつもの反則を見逃したレフェリーが都合よく蘇生し、
 チョチョカラスに覆い被さる美月を見て3カウントを入れる。
 その瞬間、場内は美月たちが入場してきた時の、さらに数倍のブーイングに包まれた。
「快感だろ?」
 両手を振って憎らしげに観客を煽るジョーカーの横で、
 ヒール美月は、事も無げに自分が下した相手を見下ろしていた。

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by right-o | 2011-06-20 21:36 | 書き物
 引き続き無人のAAC会場、リングの上。
「ところで折角メキシコに来たんだし、ルチャ殺法でも覚えて帰らない?」
 前転式パイルドライバーのダメージから回復したジョーカーが、
 首の状態を確かめながら言った。
「今時ルチャ殺法て……。大体、無茶な飛び技はやめろとか言ってませんでしたっけ?」
「無茶じゃなきゃいいのさ。あ、ちょうどいいや、
 お手本のついでにパイルドライバーのお返しするから、そこ立って」
 いや、それはアンタがやれって言ったんじゃん。
 そう言いたげな美月に対し、ジョーカーは鼻をならして場外を指さした。

「せーのっ、と」
 場外に立つ美月と反対側のロープへ走ったジョーカーは、
 跳ね返ってきた勢いのまま、美月の目前でトップロープを掴みながら踏み切った。
 体を横に流してロープと平行になりつつ、前方へくるりと一回転。
 見事にちょうど正対する形で回転を終え、真下にいた美月を押し潰した。
「おふっ」
 全体重をほんの一瞬だけ美月に預けたあと、すぐに足を畳んで着地。
 仰向けの美月に手を差し伸べる。
「どうよ?こんなカンジで」
「……まあ、無理ですね」
 多分、飛んで回転するだけなら美月でもできるだろう。
 ただし、その後正確に相手の上目掛けて落下したり、
 まして全くダメージを受けず、自分だけ両足で着地するようなことは到底不可能だ。
「そうかー。じゃあ色々試してみようかね」
「あ、いや、それはまたの機会で……」
 このまま実験台にされ続けてはかなわないので、美月はさっさと会話を引きあげることにした。

 少しあと、美月たちが暮らしているアパートの部屋。
「いやー、探せば見つかるもんだねえ。日本食」
「そうですね……」
 練習後、部屋に帰る途中のスーパーで買ったインスタント味噌汁を啜りながら、
 美月はどうにも納得のいかない顔をしている。
 日本食と言えば日本食だが、
 自分の考えた技がレトルト食品と引き換えというのはちょっと安過ぎる気がする。
 だがジョーカーの方は、先ほどの使用許可の約束について、
 これで無かったことにする気満々であった。
「よく味わってお食べ」
 してやったり、の笑みである。
「……」
 この時ばかりは、世界中に広まりつつある日本食がちょっと恨めしかった。
「さて、ルチャ殺法の話に戻るけど、どんな飛び技だったらできそうかな」
「別に飛び技だけがルチャ・リブレってわけでもないでしょう」
「いやいやいや、日本ではそう思われてるんじゃないの?
 ていうかメキシコに武者修行に来たんだから、普通は飛び技を携えての凱旋帰国じゃないの?
 あと、個人的にジャベ(ルチャの関節技)は凝り過ぎてて嫌い」
 言葉の端々に色褪せたストロングスタイルを覗かせながら、熱弁を振るうジョーカーであった。
「じゃあトペで」
「今時スーパーヘビーでも使うわ」
 俗に言うトペ、正確に言うとトペ・スイシーダは、相羽の得意技だったりする。
 「何も考えずに突っ込んで行くのは、和希さん得意ですもんね」とは美月の弁。
「ならプランチャ」
「宇宙人式、もしくは三角飛び式なら可」
 見た目、単にトップロープを越えて相手の上に落ちるだけに見えるのがプランチャ・スイシーダ。
 しかしディアナは、一旦トップロープに両足で飛び乗り、
 場外鉄柵の向うにいる相手へ大胆に飛んで見せる。
 一度その様子を見たAGEHAが、「アレは宇宙人ですカ!?」と言ったので、
 その後宇宙人式と呼ばれるようになったとかならないとか。
 また、榎本綾の場合、場外にいる相手の目の前ではなく、
 側面側にあたる方のトップロープ上から飛ぶので、三角飛び式と言われる。
「……トペコン」
「譲歩したつもりだろうけど、ノータッチなら可」
 トペ・コンヒーロは、トップロープを飛び越しながら前に回転し、
 丸めた背中から相手にぶつかるという技。
 飛ぶ際にロープを掴むのが原型だが、最近は掴まないで飛ぶのが当たり前のようになりつつある。
 これを得意とするのがドルフィン早瀬で、ジャンプしてから体を丸める前、
 一度背中を大きく反るのが特徴。
 その様子はリングネームの通り、イルカのように美しいと形容される。
「ケブラーダ……ができれば苦労はしないか。
 ふーむ、何か手軽でルチャっぽい技って無いもんかな」
 上を向いて自分の記憶を漁り始めたジョーカーに対し、
 美月はふと、別の考えを思い浮かべていた。
(何も頭や背中を向けて飛んでいく必要は、無いんじゃないかな)
 そんな当たり前の考えが、ちょっと意外な技を編み出す結果になるのだった。

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by right-o | 2011-06-12 21:32 | 書き物
 メキシコのとある平日。
 観客のいない、がらんとしたAACの常設会場で、
 美月とジョーカーが実戦形式のスパーリングをしていた。
「はっ!」
 背後をとった美月が、ジョーカーの両肩に手をかける。
 腕の力で自分の体を持ち上げつつ、跳び箱を跳ぶような形でジャンプ。
 ジョーカーを飛び越しつつ後頭部を掴み、落差のあるフェイスクラッシャー……というのが、
 前の試合で美月が見せた新技だったのだが、
「ふふん」
 ジョーカーは身を屈めて美月をかわし、自分の前に着地した美月の両肩を掴む。
 そこから、一瞬前の美月の動きをなぞる様に、跳び箱の要領で美月を飛び越しながら、
 空中でやや体を左に傾けて、真下にある美月の後頭部を右膝の内側で蹴りつけた。
 そのまま右足に体重を預けることで、美月の頭をギロチンドロップの形でマットに叩きつける。
 美月の額がマットで弾んだ。
「くぅッ……!」
「ひひひ」
 頭を強打して動けない美月を見下ろし、ジョーカーはいたずらっぽい素の表情を見せた。
 が、次の瞬間には試合モードの冷たい笑顔に切り替わり、
 うつ伏せからゆっくりと起き上がろうとする美月の横から、頭を突き合わせるように倒れ込みつつ、
 両手でマットを大きく叩く。
 手をついて少しずつ起き上がろうとする相手を、ジョーカーは間近で舌舐めずりしながら観察。
 遂に美月が上体を起こす寸前、前に突き出た首へ飛びつく。
 溜めを作ってから大きく躍動し、説得力十分のダイヤモンドカッターで切って落とした。


「一時期ちょっと流行り過ぎた感があったけど、良い技だよね。ダイヤモンドカッター」
「……」
 リング上、胡坐をかいてペットボトルの水を飲むジョーカーの横で、
 美月はどうにか、うつ伏せから仰向けに体を転がし、天井を仰いだ。
 まだ頭がガンガン鳴っていて、酷く痛む。
「何より仕掛ける相手を選ばないところがいい。機会があれば使ってみるといいよ」
 メキシコに来てからこっち、二週間ほど一緒にいてわかったことだが、
 ジョーカーは試合中とその他のオン・オフの切り替えが非常にはっきりしていて、
 しかもその落差が激しい。
 ずる賢く嗜虐的なヒールの仮面を取ってしまえば、ファン気質を多分に残した茶目っけのある少女である。
 年齢も多分、美月とそんなに変わらない。
「……それはともかく、さっき人の技を盗みましたよね」
「ふふん、人聞きの悪い。ちょっとアレンジを加えれば、もう別の技と言ってもいいのだよ。
 小指の角度が違うってね」
 たまに美月でも知らない日本のプロレスの故事を引いてきたりもする。
「まあ正直、良い技だから是非使わせてもらいたいんだけど、ダメかな?」
 それでも一応マジメに許可を求めてくるあたり、良い奴ではある。
「……そろそろ日本食が恋しくなったんですけど」
 で、マジメに来られると、ついこんな答え方をしてしまう辺り、美月は間違いなく嫌な奴である。
「う、さらっと無茶言うなあ。うーん、まあ……探してみる。
 さて、そんなことよりも」
 ジョーカーはペットボトルを投げ捨てて立ち上がった。
「この前の試合、もっと凄い技を出したろ。アレをもう一回見たい」
「アレ?」
「パイルドライバー。あれは絶対に自分のモノにすべきだ」
 前の試合、美月はターニャを前転式のパイルドライバーで完全KOしたのだ。
 ただそれは、美月が通常のパイルドライバーを仕掛けようとしたところを、
 力任せに返そうとしたターニャが勢い余って後ろに倒れたため、偶然そうなったようなものであった。
「あの形を自力でできるとは思えないんですが」
「とりあえず試してみることさ。もしあの形をモノにできれば、今まで全く見たことの無い新しい技になる。
 美月の代名詞になるぞ。それにもっと大げさに言えば、……プロレスの歴史に残るね」
 妙に熱っぽく語るジョーカーに対し、そういうもんですかね、
 という感じで、美月は仕方なく付き合うことにした。

 屈ませたジョーカーの頭を自分の太股に挟み、体に両手を回してホールド。
 そこから持ち上げて尻餅をつくことで、相手の頭頂部をマットに叩きつけるのが通常のパイルドライバー。
 しかし、これから美月がしようとしていることは逆であった。
(そういえば、あの時は必死で背中に張り付いてたんだった)
 持ち上げるのではなく、背中の上に覆い被さるようにべったりと相手に張り付く。
 こうすることで、回転の軸が低い位置にくる。
「よっ」
 小さく気合をつけ、ジョーカーの頭を挟んだままジャンプした。
「おおっ」
 美月の重さと勢いに引き摺られたジョーカーの頭が、立った時と同じ位置に上がり、
 そこからさらに4分の1の孤を描いてマットに激突する。
「ごふっ」
 綺麗にパイルドライバーの形で頭から着地したジョーカーは、
 しばらく両足をバタバタさせながら子供のように痛がっていた。
「こ、これは……二人分の体重に加えて遠心力の勢いが加わって……
 ふふ、説得力は申し分無いな……」
 痛がりながらも何故か嬉しそうに呟いているジョーカーを見下ろして、
 美月もようやく小さな手応えを感じていた。
 この技なら、やり方次第ではどんな相手にも掛けられ、威力はジョーカーが身を以て証明してくれた。
 加えて誰の真似でも無い。
 自分だけの必殺技。
 これまで地味を通して来たプロレスラーが、ようやく小さな輝きを手に入れた。

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by right-o | 2011-06-06 23:33 | 書き物
「さ、納得のいく説明をしてもらいましょうか」
 美月の数倍のブーイングを受けながら引き上げてきたジョーカーに、すかさず美月が詰め寄った。
「まあまあ、一息吐かせてくれよ」
 美月が持ってきたタオルと水を受け取りながら、
 ジョーカーはイスをバックステージのモニターの前に運んで腰を下ろし、美月もそれにならう。
「結論としては『ヒールの方がおいしい』ということなんだけど」
 何か言いたそうな美月を手で制して、ジョーカーはしばらく顎に手をあて考えるポーズ。
「順序立てて説明するなら……何て言うのかな、お互いもう、
 ただ頑張ってればいいっていうレベルではないよね?」
「……どういう意味ですか?」
「ポジションを考えなきゃいけない、ってこと」
 また思案顔に戻りながら、ジョーカーは少しずつ言葉を続けた。
「プロレスラーってのは結局、見てくれる人があっての存在だからさ。
 それが声援であれブーイングであれ、観客からリアクションをもらえなきゃ一人前とは言えない。
 そしてリアクションは大きければ大きいほどいい。
 で、大きなリアクションをもらうためには、その時々で自分自身が最適なポジションにいる必要がある。
 ……わかる?」
 ここでジョーカーは言葉を切り、前にあるモニターに目をやった。
「ポジションってのは相対的なものだからさ。
 団体全体だったり、ベルトやら抗争やらと自分との関係を見て決める必要がある。
 今この団体で考慮すべきは、まずアレの存在」
 ジョーカーが顎で示した画面には、長い金髪を優雅に靡かせて躍動する覆面レスラーの姿が映っていた。
「チョチョカラス……でしたっけ?」
「そう、AACの絶対的なエース。ただ、問題なのはアレに対抗できるヒールがいないこと」
 段々と美月にも話の内容がわかってきたが、それでもまだ引っ掛かる点がある。
「……一人でやればいいじゃないですか」
「それが一人じゃできないからさ。
 格でも実力でも人気でも、私だけでアレの向こうを張るのは無理だよ。残念ながらね」
 ジョーカーはあっさりとそう言ってのけた。
「そこで、さ。もう一人極悪なヒールと手を組んで、二人掛かりでやってやろうと思ったわけ」
 リング上で見せる不敵な笑みとは違う、いたずらっぽい笑顔を見せてジョーカーが笑った。
 そして急に、何か言おうとした美月へ身を乗り出してその肩へ手をかけた。
「大体、外国人なんだからヒールの方が目立ちやすいって。
 それと一つ約束する。必ず美月をAACヘビーのベルトに挑戦させてやる」
「は?いや、私は別に」
 急に話が変わって口ごもってしまった美月へ、ここぞとばかりに畳み掛けた。
「プロレスラーであるからには欲しくないとは言わせないし、獲れないとも言わせないぞ。
 どう?いい条件だと思わないか?」
「え、あ、いやそういう問題じゃ……」
 結局、このあとも何やかやとジョーカーに言いくるめられた美月は、
 ヒールとしてやっていくことになるのであった。


「ところでベルトと言えばさあ、美月の団体のヘビーのベルト、あれデザイン変わったのいつだっけ?」
「ヘビーのベルト?」
「あの、何ていうのかな、城壁の上みたいな……デコボコがついてたやつ」
「ああ、アレ……」
 美月の団体では、数年前まで上に凹凸のついている変わったデザインのベルトが、
 最高位王座の証明だった。
「確か祐希子先輩の時にくるくる回るベルトに変わって、それから何代かみんなオリジナルのベルト作って、
 それで落ち着いた時は今の普通の丸いベルトになってましたね」
「あの頃は何かやりたい放題だったなあ」
 特徴的なデザインが気に食わなかったのか、
 祐希子は自分が獲った時にヘビー級のベルトを変えてしまった。
 しかしそれが、真ん中にある団体のロゴがくるくる回転するという謎の仕様だったため、
 そのベルトは祐希子一代で終わる。
 が、その後も武藤めぐみが人の顔を象った紫色のちょっと不気味なベルトを作ってみたり、
 ライラ神威が髑髏マークのあんまりなベルトを作ってみたりしていずれも定着せず、
 結局いつの間にかごく普通の丸い金色のベルトで落ち着いた。
「私は正直、ベルトのデザインだけなら昔のJWIが好きでした」
「三冠な。わかるわかる。私も好きだった」
 JWIのベルトは、市ヶ谷が世界を回って集めた三つの王座を統一したものであり、
 以前はその名残として王者に三本のベルトが渡されていた。
 実は王者によってそれぞれベルトの巻き方が違っていて、
 そのコダワリを発見するのもファンの楽しみだったとか。
「私はいつか、どこかの世界ヘビー級のベルトにスプレーで落書きしてやるのが夢なんだけど」
「あれ最初にやったの鏡さんでしたっけ?」
 俗に言うフリーの三大ヒールがとある団体を制圧した時、
 フレイア鏡が自分で獲ったその団体のベルトに黒いスプレーで文字を書いたことがある。
 当然そこのレスラー達の怒りに火をつける結果になり、その後の抗争は大いに盛り上がった。
「まあ、デザインで言えば私はシンプルなのが好きだね。IWWFとかGWAとか」
 IWWFヘビーのベルトは世界図がその前面に描かれていて、
 金色の中で海にあたる部分の青が印象的である。
 GWAヘビーは最もシンプルなデザインで、中心に赤で「GWA」のロゴが輝いている。
「最近は色々凝ったベルトもあるようですね。鍵穴がついてたりとか」
 激闘龍のベルトには鍵穴がついており、挑戦者にはその証としてベルトの鍵が渡されるのだとか。
「シンプルと言えば、美月は自分の持ってたジュニアのベルトに愛着は?」
「アレは地味過ぎます。大体、全面銀張りだと何が描いてあるかわかりません」 
「金ピカもどうかと思うけどなあ。理沙子ベルトとか」
 十角形というか楕円というか、不思議な形をしているアジアヘビーのベルトは、
 その昔十数回に渡って防衛を繰り返したパンサー理沙子に因んで、
 理沙子ベルトとか理沙子モデルとか言われているらしい。


「自分で振っておいて何だけど、ベルトの形はどうでもいいんだよ。獲ることが大事。
 そういうわけで、二人掛かりであのベルトを獲ってやろうじゃないか」
 画面の中では、試合を終えたチョチョカラスがベルトを巻いて退場していた。
「二人掛かり……?」
 この時のジョーカーの言葉の意味を、美月は数カ月後にようやく理解することになる。

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by right-o | 2011-04-17 11:58 | 書き物
「いやー、いいデビュー戦だった。流石流石」
「……知ってましたね?知っててわざとけしかけましたね?」
 ブーイングを背に憮然とした表情で引き上げてきた美月を、ジョーカーは笑顔とハグで出迎えた。
「そうそう、メキシコじゃパイルみたいな頭から落とす技は反則なんだよ」
「だったら何で私に……」
「その辺の事情はあとでゆっくり話すとして、次は私の番だからさ。
 サクッと片付けてくるからちょっと待っててくれ」
 そういえ、ジョーカーは既にフェイスペイントを描き終えて試合モードになっている。
「あ、そうそう」
 美月を残して入場ゲートに向かおうとしたジョーカーが、不意に足を止めた。
「あんなパイルドライバー初めて見た!……パクッてもいいかな?」
 むくれている美月に手を振りながら、ジョーカーは観客の前へと出て行った。


(やっぱりキャラ作ってるな)
 観客を睨みつけたり悪態を吐いたりしながらリングに上がったジョーカーは、
 不敵な感じの笑みを浮かべてコーナーに佇んでいる。
 日本で見たときよりいくらか軽薄な感じがするあたりも演出だろうか。
 何にせよ、普段の顔を知っているとやはりちょっと違和感を感じてしまう。
 美月がそんなことを考えつつバックステージから観戦する前で、
 次の試合、ジョーカーレディ対ミレーヌ・シウバ戦のゴングが鳴った。


(格下相手のシングル戦で手間取りたくないが)
 不敵な表情は変えず、両手を広げて組む姿勢を見せながらジョーカーが距離を詰める。
 大してシウバは、ガードを上げてやや右足を浮かせたファイティングポーズから微動だにしない。
(こういう手合は苦手なんだよな……)
 間合いに入った瞬間、シウバの右足が鞭のようにしなり、
 バチッ、という音を立ててジョーカーの太股を打った。
「フンッ!」
 やせ我慢しつつも動きの止まったジョーカーへ、シウバは右足を戻すと同時に再び走らせ、
 間髪入れずに左脇腹へミドルキック。
 いきなりの強烈な打撃に、客席が一気に沸いた。
「ぐっ」
 呻き声が漏れ、ジョーカーの体が傾く。
 が、ジョーカーは後ろではなく前に向かって動いた。
 よろめきながらもシウバの肩に両手をかけ、距離を潰す。
 ちょうど立ち技の格闘技で言うクリンチの状態に持ち込んだ。
「離れろ!」
 シウバが突き放そうとしても離れないため、
 やむなくレフェリーが強引にブレイクしようとした時、ジョーカーが動いた。
 両手で頭を掴むように持ち、親指を使ってサミング。
「ぐぁっ……!」
 思わず顔を覆って後ろを向いたシウバの頭をヘッドロック気味に捉え、
 顔面をトップロープに押し付けて思いっきり擦る。
 額で発生する摩擦熱から逃れようともがくシウバを、そのまま強引にコーナーまで持っていった。
「さっきまでの威勢はどうしたっ!」
 コーナーに詰めて解放したシウバの顔面を思い切り張る。
「何だとッ」
 反発して前へ出てこようとしたところで、ジョーカーの膝が腹部へめり込んだ。
 さらに素早くシウバの足を払って座り込ませ、無防備な顔面へ両足を揃えたドロップキック。
 少し引っ張ってロープ際から離し、前腕を顔面に押し付けてカバー。
「クソッ!」
 シウバはイラ立ちながら力任せに跳ね除けたが、もはやすっかりジョーカーのペースにハマっていた。

「汚っ」
 裏で見ていた美月が思わずそう呟くほど、ジョーカーは当たり前のように反則を駆使していた。
 とはいえ、ここまで堂々としていると逆に感心してしまうほどである。
 その後もペースを握ったまま試合を進めたジョーカーは、
 開始から五分ほど経ったところで、ダウンさせたシウバを残して場外に下りた。
「ただ勝ってもつまらないな!」
 そして抵抗する客から強引にイスを奪い取ってリングへ戻る。
『おいっ』
 という感じで制止に来たレフェリーを無視してイスを振りかぶったが、
 流石にレフェリーがイスを掴んで阻止。
「ちっ」
 が、これはジョーカーの策であった。
 舌打ちしつつも、起き上がりかけていたシウバの頭を股に挟んで電光石火のパイルドライバー。
 そして素早く起き上がり、何食わぬ顔でコーナーに寄りかかる。
 レフェリーが背を向けたほんの数秒の仕事であった。
 美月の時の数倍のブーイングを受けながら、訝しげな視線を送るレフェリーに対し、
 何のことやらと首をかしげて見せる。
 完全に勝負は決まっていたが、まだフォールにはいかなかった。
「くっ……そ……!!」
 仰向けから両手をついて少しずつ必死に起き上がろうとするシウバを、
 ジョーカーは欠伸をしながら待った。
 ようやく片膝がマットから離れようとしたところで側面から忍び寄り、ジャンプ。
 上げかけていた後頭部へ右の太股を乗せ、体重をかけて真下に叩きつける。
 シウバは、後頭部にギロチンドロップをくらうような形で、顔面からマットに叩きつけられた。


 明らかに故意の反則と、そこから更に無用のダメ押し。
 会場の憎悪を一身に集めたジョーカーは、楽しそうにマイクを握っていた。
『アッハッハッハッハ!他のヤツはなんてことない。あとはお前を潰し、ベルトを奪うだけなんだよ!
 チョチョカラス!すぐにお前をコイツと同じ目に遭わせてやる!!』
 ああ、どこに行ってもこういう場合のマイクアピールは共通だなあ、
 などと思いながらリングを見ていた美月は、このジョーカーのアピールが、
 この後自分と無関係では無くなるとは、夢にも思っていなかった。

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by right-o | 2011-03-13 23:32 | 書き物