タグ:美月のだらだら技談義 ( 69 ) タグの人気記事

 美月たちがタッグベルトを防衛した夜、同時に様々な路線の物語が決着を迎えた。
 中堅ベルトを巡る内田と上戸の抗争は最終的に上戸の勝利で終わり、
 内田は試合後の握手でもってそれを認めた。
 そして世界王座のベルトを巡る世代間闘争においては、
 若き王者伊達遥が、主だつ挑戦者たちを全て退け、長きに亘る戦いに終止符を打った。

 そんな記録的な日から一週間後、都心からそう遠くない、とある温泉地にて。
「コレ、一度やってみたかったんだよ。
 熱いお湯に浸かりながらの冷酒ってのがまた、体に沁みいるねぇ……」
 六角が、露天風呂のお湯に盆を浮かせて日本酒を呑んでいた。
「へー、あんなのホントに用意してもらえるんだな」
「勝手に持ち込んでるんじゃないの?」
 その隣で内田と上戸が、激戦を物語る痣だらけの体を湯に沈めている。
 更にその隣では、先輩ばかりの中に一人だけ入って恐縮しきりの神田。
 そして無言で遠くを見つめる美月と、更にその横で暗いオーラを放って湯に沈みかけている相羽和希。
「それにしてもどういう風の吹きまわしだい?全員を温泉にご招待ってのはさ」
「そうね。私たちと、まあ神田はともかく、そこの暗いのまで」
 内田が相羽を顎で示した。
「……ツアー中はともかく、寮に帰ると未だに同室なんですよ。
 部屋でいつまでも暗い顔されてると、こっちまで暗くなります」
 美月にそう言われて、沈みかけていた相羽がちょっと浮いてきた。
「で、結局、何でオレたちをここに呼んだんだ?まさか、日頃お世話になってる先輩方に……
 って柄じゃないし、どーせ何か企んでるんだろ?」
 鋭い、というより遠慮の無い上戸は、ずけずけとそう言ってのけた。
「まあ……そうなんですけど、その前に一つ」
 美月は頭上に置いていたタオルを取って、背中を預けている岩の上に置き、
 お湯に浸かった一同を見ながらこう切り出した。
「この中で、世界王座に挑戦しようって人は?」
 とてもとても、と即座に首を振ったのは神田と相羽。
 内田、上戸、六角の3人は、返答までにやや間があった。
「今のところ興味無いね。当面はアイツでも鍛えてやって、
 もう一回あんたたちのベルトに挑戦するのが目標だよ」
 そう言って、六角は持っていた猪口で相羽を指した。
「興味が無くはないけど……中堅ベルトを落としたばっかりで、
 その上を狙うってのは、ちょっと難しいわね」
「あたしも頂点に興味はあるんだけどさ、
 その前にまたコイツと組んで、お前らのベルトに挑戦すんのが先かな!」
 そう言って肩を組んできた上戸へ、内田は諦めたように抵抗しない。
「あーもう好きにして。あなたと殴り合うのはもう懲りたわ……組んでた方がまだマシ」
「……みなさん、当面は挑戦の予定無しと」
 全員の答えを聞き終えた美月は、ちょっと躊躇ってからこう切り出した。
「実は、ちょっと協力していただきたいことがあります」


 翌日、都内で行われた興行の控室にて。
「あ、神田」
 試合から帰ってきた神田は、同期の近藤真琴から呼び止められた。
「お土産ありがとな。あとで食べるよ」
 神田が控室に置いておいた温泉まんじゅうの箱を振りながら、近藤が言った。
「あ、ああ……」
 神田は、何故か目を逸らし気味。
「なあ、その……お前、やっぱり伊達さんへ挑戦しようとしてるのか?」
「当然だろ。敵わないかもしれないけど、今は少しでもインパクトを残したいんだ。
 ベルトを先に獲ったのはお前だけど、見てろよ、すぐ追いついてやるからな!」
「そ、そうか」
 何も知らない同期に対し、神田は心の中でこっそり詫びを入れていた。

 こちらはまた別の控室。
「あら、お菓子ですか」
 この日タッグで試合が組まれている二人、草薙みことと柳生美冬が控室に入ると、
 簡易机の上に置いてある温泉まんじゅうの箱が目に入った。
「誰かのお土産でしょうか」
「そういえば、杉浦たちが温泉に行くとか言っていたな」
 美冬が箱を開け、白い薄紙に包まれた中身を何気なく摘まんでみた時、
「あんたたち、それ――」
 ちょうど二人の後から、六角が控室に入って来た。
「六角さんからのお土産ですか?ありがとうございます」
「あ、ああ……」
 六角の目は、みことの頭上あたりを泳いでいる。
「あー、ところでその、あんたたちは伊達を狙ってるのかい?」
「当然だ」
「そうですね」
 二人とも即答した。
「あいつとは一緒にやってきたが、つまらない抗争から解放された今、次はこちらを向かせてみせる」
「私も同じ考えです。そして、挑戦は表明するには、今日こそが最適の日」
「そ、そうかい。まあ、頑張りなよ……」
 淀み無くそう言ってのけた二人の前から、六角は苦笑を残してさっさと退散した。

「これでホントにうまく行くのか?」
「さあ。うまく行くかどうかは私たちに関係ないもの。とりあえず頼まれたことはやったわ」
 内田と上戸の二人は、バックステージからメインイベントを覗き見ていた。
「……でも試合後って、結構甘い物食べたくならない?」
「なるよなあ」
 二人も、『お土産です』と書いた温泉まんじゅうの箱を控室に幾つか置いてきていた。
「さて、成功か失敗か、すぐにわかるわよ」
 リング上では、メインの試合が終わり、勝者の伊達が勝ち名乗りを受けている。
 そんな時、影に隠れて覗いている二人の横を、美月一人が通り過ぎて行った。
「うまくいったな」
 そう囁いた上戸に、片眼を閉じて見せた。

『ちょっとすいません』
 タッグのベルトを襷掛けにし、マイクを持って花道に出て来た美月を見て、
 観客からは意外そうなざわめきが起こった。
 リングの手前まで歩を進めた美月は、伊達がこちらを真っ直ぐ見つめるのを確認してから、
 再度ロープ越しに語りかける。
『お疲れのところ申し訳ありませんが、あなたへの挑戦を認めていただきたくて参りました。
 色々と不足はあるかも知れませんが……』
 ここでチラリと花道の後ろを見やる。
『他に誰も……いらっしゃらないようですし、
 ここは一つ、防衛回数を稼ぐと思って、私の挑戦、受けていただけませんか』
 とりあえず、下手に出て見た美月である。
 更に何か言おうとした美月を、伊達が手を上げて制し、自分もマイクを持った。
『……いいよ。あなたの挑戦、受ける』
 普段から言葉少ないチャンピオンは、それだけ言って右手を差し出す。
『ありがとうございます』
 美月は、その伊達の手を力強く握り返した。
 
 その頃バックステージでは、数人のレスラーがトイレを離れられない事態になっていたのだった。

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by right-o | 2011-11-13 21:20 | 書き物
 とある団体の移動バスの中。
「ハッタリでしょう」
 タッグ王座防衛戦の相手、六角のパートナー・Xについて、美月はそう結論づけた。
「私もあなたも、他人から因縁を持たれる覚えは無い。
 加えて私たちより格上のレスラーは、大方既に当日の試合が組まれています」
「あの、私も考えたんですが」
 神田が控えめに口を挟んだ。
「先輩のように、海外から帰国する方じゃないでしょうか?例えば先輩の同期の……」
「ノエルさんが帰国するという可能性はありません」
 眼鏡を押し上げつつ美月が応じる。
「社長に確かめました。ノエルさんは遠征先の団体がどうしても帰してくれないんだそうです」
 自分とは違って羨ましい話だ、とでも言うように、美月は小さく溜息を吐いた。
「とにかく、パートナーは気にしなくていいんですよ。それより本人の方がよっぽど問題です」
「六角葉月、先輩……ですか。実力者だとは聞いてます」
 神田は、膝の上の拳を強く握りしめた。
「そう、普段は何考えてるかわかんないような人ですが、
 格も実力も私なんかよりずっと上ですから、本気にさせたらどうにもならない可能性があります」
 六角は元々、神田以上の超エリートコースを歩んできた人間である。
 加えてガチンコ最強説があったり、現に抜群のアマレス実績があるだけに、
 一部のファンは六角に幻想めいたものを抱いていたりする。
「……勝てるでしょうか?」
「そこを勝てるようにもっていくのが、言ってみれば私の役目ということになるんでしょう。
 その代わり、Xの方はお任せしますよ」
「ハイッ、もちろんです!」
 と、美月たちはこういう意図でもって六角の挑戦を迎え撃ったのであった。


 なので、自分たちより先に入場していた六角の、横に立っている相羽を見ても、
(ああ)
 ぐらいにしか思わなかった。
 もっと正確に言えば、「ああ、そんなもんか」とか「ああ、これなら勝てそうかも」ぐらいなもんである。
 二人同時に入場した美月たちは、リングインからそれぞれにコーナーへ上ってベルトを誇示。
 再度反対側のコーナーへアピールに行こうとした美月の前へ、相羽が立ちはだかった。
「………!」
 睨んでいる、とは言えないまでも、今までになく強い眼差しで美月を見つめる相羽に対し、
 美月はほんの小さく鼻をならして引き下がった。
 お前なんか張り合う価値もない。
 そう態度でもって示していた。

 先発を神田に任せて赤コーナーに控えた美月には、大体の事情が飲み込めていた。
 大方、うだつの上がらない相羽を見かねた六角が、相羽を発奮させるためのタッグベルト挑戦なのだろう。
(お優しい先輩だことで)
 とすれば、六角はあまり自分が前面に出てこようとはしないはずである。
 六角が試合を引っ張って無理矢理ベルトを獲ったとしても、
 相羽が成長できない、もしくは成長がファンに見せられないのでは意味が無いからだ。
(そうはいくか)
 と美月は思う。
 自分からは何もせず、他人からチャンスを与えられたレスラーなどに負けるわけにはいかない。
 相羽を沈めてさっさと終わりにしてやる――
 そんなパートナーの思考が伝わったかのように、先発した神田はいきなり猛攻を見せる。

(大したことない……!)
 序盤、ほんの少し肌を合わせただけでそう直感した神田は、
 テンプレートな寝技の応酬を終えて立ち上がった瞬間、
 いきなり左のボディブローを相羽の脇腹に突き刺した。
「ふぐぅ……!?」
 声にならない呻きを上げる相羽の首を捕まえ、さらに腹部へ膝を数発。
 相羽の上体を完全に曲げさせたところでロープへ走り、反動をつけながら右足を掲げて跳ぶ。
「シッ!」
 美月との練習では決められなかった、相手の頭を横から挟み込むような踵落としが、
 相羽の後頭部に炸裂した。
「え、ちょ……っ!?」
 いきなりの大技にコーナーから身を乗り出した六角を尻目に、神田は淡々とカバーへ。
 美月も当たり前のように赤コーナーで六角のカットに備えている。
 が、当の六角は急なこと過ぎてカットに入れなかった。
 終わったか……と大方の観客までが思った瞬間、なんとか際どく相羽の肩が上がった。
「ちっ」
 神田と美月は同時に舌打ち。
 神田も既に勝負付けが終わったと思っている相手に、今更手こずりたくはない。
 それでも赤コーナーから手を出している美月に気づくと、大人しく先輩にその場を譲って退いた。
 代わった美月は、仰向けになってどうにか立ち上がろうとしている相羽の左足首をいきなり捕獲。
 スタンディングでのアンクルロックだった。
「うぁっ……!?」
 朦朧としていた意識を苦痛で覚醒させられた相羽は、必死に這ってロープへ向かうが、
 美月は一旦わざとロープへ近づけておいて引き戻す。
「相羽ァッ!!」
 カットを躊躇する六角に対し、神田はすぐ飛び出せるように体勢を整えている。
「うう、う」
 少しずつ、少しずつ、もう一度ロープに這う相羽の粘りを嘲笑うように、
 美月は自分からマットに体を横たえ、グラウンドでのアンクルロックへ移行。
 相羽の片手が上がり、六角がもう限界かとカットの姿勢を見せたが、
 それでもなんとか相羽はロープまで根性で這いきった。
(……相手の粘りが光るような展開も癪だなあ)
 作戦変更。
 極めきれなかった美月は、ここで意外にもあっさりと相羽を放し、逆に距離を取った。
 そして六角の方を向くと、挑発するように小首を傾げる。
「仕方がないね……」
 しばらく相羽は使い物になりそうにない。
 そう判断した六角は、倒れている相羽にロープの隙間から手を伸ばした。

(あ、これはダメだ)
 六角と組み合った瞬間、美月はそう直感した。
 体幹の強さも単純な膂力も美月とはケタ違いである。
 美月がグラウンドで適当に遊ばれたあと、変わった神田もいいように弄ばれた。
 といって一方的に負けているわけではなく、美月や神田が攻め手に回る場面もあるものの、
 どうも六角がわざと受けているような感触があった。
 それならば、と美月は、掌の上でいいようにされて悔しい気持ちはひとまず脇に置き、
 勝負に徹して時期を待つ。
 六角の狙いはわかっているのだ。
 青コーナーの相羽が身を起こし、どうにか戦えるまでに回復したのを確認した六角は、
 相対していた神田に一瞬背を向けて青コーナーへ下がろうとする。
 同時に、美月も交代を要求した。
「よし、行きます!!」
 このままでは終われない相羽は、勢い込んで飛び出していく。
 対して美月もダッシュし、正面からぶつかる……と見せて、相羽の左足を両足で挟み込んで引き倒した。
「行って来な……っておい!?」
 機械のような正確さで、再度左足首へのアンクルロック。
 前に立つ神田へ目配せしたが、それを待たず神田は飛び出していた。
 ロープを跨ぎかけていた六角へ体当たりして場外に落とし、自分もその後を追ってリングを下りる。
 今度は極めきるかと見えたところで、美月は相羽の足を放した。
 立て、という目で、友人を見下ろす。
「くっ」
 舐めるな、と立ってきた相羽の頬へ平手打ち。
 打ち返してきたところを更に打ち返し、平手の応酬が肘の応酬に変わっていく。
「それッ」
 思い切り振りかぶった相羽のエルボーが、ついに美月をぐらつかせた。
 が、美月はロープに走り、勢いを乗せたエルボーを打ち返した。
 これにも耐えて見せた相羽は、自分も反動を受けるべくロープへ走る。
「あちゃあ……」
 相羽が背を向けた瞬間、場外で神田と揉み合っていた六角に向け、美月が舌を出した。
(勢い任せの単純バカ)
 走り込んだ相羽の振るう右腕に自分の右腕を引っ掛けつつ、
 相羽の背後に飛びついて右足を左腕に引っ掛ける。
 横十字固め……と見せかけて、咄嗟に体を固くした相羽の背中の上で、美月は一瞬間を置いた。
(それに研究不足)
 この技は相羽の見ている前、対ノエル戦で初めて出した。
 あの時は返されたが、相羽にはこれで十分だと思った。
 タイミングをずらして溜めた勢いと体重を真下にかけ、相羽を後頭部から背後に引き倒す。
 頭を打った相羽は、そのまま為すすべも無く固められてしまった。


 瞬間的には濃密な時間もあったものの、終わってみれば10分足らず。
 軽いハイタッチを神田と交わしたあと、美月は影のように暗く退場して行く相羽を、
 リング上から手を振って見送った。
(ま、暫くは試合で当たることも無いでしょう)
 美月の中では、同期・友人としての情よりも、
 同業者としてずっと恵まれた位置にいる相羽への憤りや嫉妬の方が大きかった。

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by right-o | 2011-11-06 20:22 | 書き物
 美月と神田がタッグ王者になってから一週間後。
 二人はリングの上で相対していた。
「シッ」
 不用意に突きだれた美月の腕に被せた神田の右拳が、美月の頬に食い込んだ。
 カウンターの一撃は、厚いグローブ越しでさえ、相手の動きを止めるのに十分な衝撃を与える。
「うっぐ……!」
 返す刀で左のボディブローが脇腹に突き刺さり、美月はたまらず体をくの字に曲げた。
 これを狙っていた神田は、すかさず美月と水平方向のロープへ飛ぶ。
「いけぇッ!」
 勢いのまま飛び上がりつつ右足を大きく上げ、振り下ろす踵で美月の後頭部を狙う。
 反動で浮き上がる左足と合わせて、ちょうど美月の頭を両足で挟み込むような形。
 しかし、美月は間一髪で体を起こして両足の鋏から逃れ、同時に今度は自分がロープへ走った。
 避けられた神田はよろめきながらも体勢を立て直すが、その時にはもう美月がロープを背にしている。
 どう対応すべきか判断に迷っている間にも、目の前の美月が一歩一歩眼前に迫り、大きくなっていく。
 ままよ、と意を決して足を踏み出し右腕を振りかぶった時には、美月は既に踏み切りを終えていた。
 美月は、神田がしたのと同じように右足を振り上げながら前にジャンプ。
 ただし、足は振り下ろさず、膝の側面を神田の頭にあてがう。
 神田の首に右足を引っ掛けるような姿勢から、体重を預けて後ろに引き倒した。
 ちょうど立っている状態から無理矢理ギロチンドロップを仕掛けられたようになり、
 神田は後頭部からマットに叩きつけられることになる。
 
「見事でした。やっぱり自分では、まだまだ先輩の相手にはなりません」
「いや……グローブ無しだったら私の体が動いたかどうか」
 道場のリングを使ったスパーリングを終え、二人は並んで隅のベンチに腰を下ろした。
 神田は後頭部を、美月は右の脇腹をそれぞれ手でさすっている。
 練習のため、神田は厚手のボクシンググローブを嵌めていたが、
 それでも美月には十分ダメージが感じられた。
「あ、ところで先輩、これ、記者の人から貰いましたよ」
 そう言って神田は、美月にグローブを脱がせてもらった手で、脇に置いていた雑誌を取り上げた。
 斜め線で大きく二つに区切られた表紙には、立っている千秋にダブルニードロップを仕掛ける神田と、
 千春に前転式パイルドライバーを掛ける寸前の美月の、躍動感に満ちた写真が載っている。
 週刊のプロレス雑誌だった。
「ああ、この前の……まあ棚ボタで載ったようなもんですけどね。その表紙」
「それでも私は嬉しいです。ようやく自分のやってきたことが形になって」
 神田は、いつもの真面目な表情を崩してふやけた笑顔を浮かべた。
 美月もまんざらではない様子で、神田の手にある雑誌を覗きこむ。
「あ、でも」
 ふと、神田は思い出したように怪訝な表情をつくった。
「昨日のあれ、次の挑戦者のXって誰のことなんでしょうか?」
「さあ……」
 美月は軽く首を捻って、つい昨日の夜のことを思い返してみた。


 その夜、美月たちが戴冠を果たして初めて迎えた興行でのこと。
 試合の無かった二人が、ベルトを獲った喜びをささやかに味わいつつ、
 バックステージでのんびりとモニターを眺めていた時、
『これの表紙になってる二人、ちょっと出てきてくれないかな?』
 モニターの中、リングに立っている六角葉月が、
 美月たちが表紙になっているあのプロレス雑誌を掲げてそう言ったのだ。
「へ?」
 一瞬顔を見合わせた美月と神田は、
 慌てて傍らに置いていたベルトを引っ掴んで入場ゲートに向かった。
『まずは、おめでとう。良い試合だったよ』
 内心では何事かと訝りつつも平静を装って出て来た二人へ、六角はそう続けた。
『でもあんまり良い試合だったもんだから、私もそのベルトに興味が沸いちゃってさ。
 昨日の今日で悪いんだけど、次は私に挑戦させてくれないかい?』
『……それは構いませんが』
 美月は、出際に手渡されたマイクを持って、ひとまずそう言った。
 ここで間違っても嫌とは言えないのが、ぽっと出の新米チャンピオンの辛いところである。
『パートナーは誰ですか?まさか一人で挑戦するわけじゃないでしょう』
『まあ、それは当日のお楽しみってことでどうだい?
 ヒントは……あんたたち二人に因縁を持ってる人間、ってところかな。
 それじゃ月末の両国で、私とパートナーのXでタッグのベルトに挑戦決定と。そういうことでよろしく~』
 そんな感じでゆる~く締められて、六角の挑戦が決まったのであった。


「帰国してから、まだ他人から因縁を持たれるようなことをした覚えは無いんですが……」
「私なんか入団以来ありません……」
 本気で悩む二人の後ろ、
(……不憫な子)
 たまたま通りかかって道場の様子を伺っていた内田が、
 忘れられている六角のパートナーを思って、心の中で呟いた。

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by right-o | 2011-10-30 20:54 | 書き物
 再びホテルへ向かうバスの中。
「っ痛……」
「だから私がリングサイドに付くって言ったんですよ」
 千春に蹴り上げられた頭部を冷やす神田の横で、美月が呆れ気味に溜息を吐いた。
「……ただ、試合は見事でした」
「あ、ありがとうございます!」
「お礼を言われても……」
 殊勝に頭を下げる神田を見ていると、美月はどうも背中がむず痒いような気持ちになる。
 自分がジョーカーにしてもらったようなことを神田にしているつもりだったが、
 あんな風に飄々と後進に接することは、なかなかできそうにない。
「でも自分はまだまだです。現に試合の序盤は何もさせてもらえませんでした」
「その辺はもう慣れというか経験が大きいと思いますが、
 確かにまだまだ試合内容には工夫が必要かもしれません。……ところで」
 と、美月はジャージ姿の神田を上から下まで改めて見た。
「一応わかりきったことを聞いておきますが、蹴り技とかはできないんですよね?」
「それはまあ……ボクサーでしたから」
「コスチュームを見ていても思ったんですが、折角足が長くてスタイルもいいし、
 何か蹴り技を使ってみたらいいんじゃないですか?」
「す、スタイルって……」
 あんな思いっ切り側面の開いたコスチュームを着て戦っておきながら、
 そう言われると神田はちょっと赤くなった。
「し、しかし足技は素人ですので、自分には難しいかと思うんですが」
「うーん、何も高等な技術の要る技でなくても……踵落としとかはどうでしょう?」
「……それは普通に空手の技なのでは?」
「ただ踵を振り下ろすだけのことでしょう?
 まあプロレス技なんだし、とりあえず見栄えと威力があればいいんですよ。
 例えば早瀬さんなんかシャイニング式で使うじゃないですか」
「あれは琉球空手の奥義か何かじゃないんですか?」
「そういえば……ってそんなわけないでしょう」
「私は伊達さんの、コーナー串刺し攻撃へのカウンターが好きです」
「あれは本当に顔面狙って踵落としてきますからね……」
 この日も、美月と神田はバスの中で熱い議論を繰り広げ続けた。 


 そんな二人の一つ前の座席。
「はぁー……どうしたもんかねぇ」
「何がよ?」
 深ーい溜息を吐いた六角に、横で目を閉じていた内田が話しかけた。
「いやさ、コレ」
 そう言って六角は、通路を挟んだ隣の席を親指で示す。
 そこには、魂の抜けたように真っ白くなって座っている相羽がいた。
「……それが?」
「なんとかして立ち直らせてやりたいんだけど、どうすりゃいいのかわからなくってさ」
 物好きな、とでも言いたげに、内田は眉間にしわを寄せる。
「どこで情が移ったか知らないけど、放っときなさいよ」
「んー、いや、何か構ってやりたくてさ……」
「自分で解決しなきゃ成長できないわ」
 六角の言葉も、内田は冷たく切って捨てる。
 相羽はまだまだ立ち直りそうになかった。

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by right-o | 2011-10-10 20:32 | 書き物
 神田対相羽の試合から一週間後。
 その間にいくつかの興行を経たあと、美月たちには願ってもない試合がやってきた。
 神田と村上千秋とのシングルマッチである。
 相手の千秋はタッグチャンピオンの片割れであり、
 タッグ王座挑戦を目指す美月たちにとっては、もちろん願っても無い相手。
 ここで印象的な勝ち方をしておけば、挑戦に向けて大きく前進することになる。
「相手は千秋さんですが、姉の方も必ず試合に介入して来るはず。
 なので、今日は私がリングサイドに付きます」
 試合直前、そう申し出た美月に対して、神田は首を振って拒否した。
「今日は私一人で結果を出して見せます」
「あ、いや、私たちが組んでいることをアピールするためにもですね……」
 食い下がる美月を手で制し、神田はこう言った。
「大丈夫です。ただ、試合が終わったあとで、何かあったらお願いします。
 その方が、私たちをより印象的にアピールできるはずですから」
 そう言って神田は入場ゲートをくぐって試合に行ってしまった。
「………むぅ」
 試合が終わったあと、ということについて、美月は神田の言わんとすることがわかった。
 介入は何も試合中だけとは限らないのである。
(結構言うじゃないですか)
 試合そのもについての自信も含め、美月は神田に対する印象を改めた。


 ただし、試合は始まる前から千秋のペース。
「ルーキー!あたしが可愛がってやるぜッ!!」
 ゴング前、コーナーへ一旦控えようとした神田の背中に飛び掛かって奇襲。
 その後もサミングからタッグロープを使ってのチョーク攻撃まで、
 本当に様々な反則技を織り交ぜて神田を翻弄する。
 たまにようやく神田が攻勢に出たかと思いきや、
 今度は村上千春が、ロープに走った神田の足を場外から掬う。
 同伴を拒否された美月は拳を握って見ているしかない。
 ただ、神田は自分の言葉を証明する瞬間のために、ひたすら機会を待って耐え続けた。
 そしてついにその機会がやってくる。
「ハッハー!遊びは終わりだぜ!!」
 千秋が裏投げを決めてカバーに入ったが、神田はこれをギリギリで返す。
「……チッ、おい、さっさと三つ叩きゃいいんだよ!」
 レフェリーに抗議している千秋の背後、神田がゆっくりと自力で立ち上がった。
「おら、どうせ某立ちで動けねーんだからよ!」
 言いながら、千秋は振り向き様弓を引くように振り絞った右拳を振るう。
 神田は、どんなに痛めつけられても集中を切らさず、この時を待っていた。
「遅いッ!!」
 神経を張り詰めさせた神田にとっては、欠伸の出そうな速度で千秋の腕が伸びる。
 これに対し、神田は踏み込みながらわずかに首を振ってかわしつつ、
 自分の右腕を千秋の腕に巻きつかせるように被せる。
 千秋から見れば振り切った右腕の影から、突然神田の右拳が生えた。
「ッ」
 完璧な右クロスカウンター。
 何をされたか意識する間も無く前のめりになった千秋へ、
 すかさず神田はニーリフトを腹部に突き刺し、ダウンを許さない。
 自分が某立ちになった千秋をボディスラムで持ち上げ、コーナーの前に叩きつけた。
「いくぞっ!!」
「……っ、しまった!」
 コーナーを上る神田へ、突然のことで反応が遅れた千春が妨害のために追いすがる。
 だが一瞬早く、神田がコーナーからリングを向いて飛び立った。
 思い切ってかなり高く跳んだ神田は、ジャンプの頂点で両膝を曲げ、
 さらにそれを真下に突き出すようにしながら千秋の上に着地。
「ぐぇっ……!」
 エグい一撃から、場外の千春を睨みながらカバー。
 言葉通り、神田は自分一人で結果を残して見せた。


 ただ、試合の後に起こった出来事については、若干神田の予想を上回ってしまう。
 勝ち名乗りを受けている神田の背後を千春がイスで襲ったのだった。
 たまらず前のめりになって両手をついた神田を見て、千春は意味ありげにコーナーに控えて距離を取る。
「テメェ、舐めたマネしやがって……ッ!」
 慌てて美月がバックステージから飛び出したが、間に合わない。
 コーナーから突進した千春は、四つん這いになった神田の頭を、
 まるでボールか何かのように思い切り蹴り上げた。
 声も無く昏倒した神田を見下ろしているところへ美月が乱入、
 放置されていたイスを振り回して千春を追い払う。
「だ、大丈夫……!?」
 神田に駆け寄ってみると、完全に気絶していた。
 思わず、引きあげて行く千春を睨む。
 すると向こうも、千秋に肩を貸しながらこちらを睨みつけていた。

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by right-o | 2011-10-09 20:37 | 書き物
 会場から宿泊先のホテルへ向かうバスの中。
 来る時と同じ座席で、美月と神田が同じように話しこんでいた。
「……と、いうわけで、私と組んでタッグ王座を目指してもらいます。
 それが私からの、あなたに協力するにあたっての条件です」
「それは願ってもない話ですが、その……私に務まるでしょうか?」
 美月は、ふっ、と苦笑しつつ答えた。
「ま、少なくとも私が選択できる限りでは最良のパートナーですよ」
 腑に落ちない表情を浮かべながらも、神田はとりあえず美月の話に乗って来た。

「ただ、まずはあなたの試合をどうにかするのが先ですね」
「すいません、先ほどは恥ずかしい試合を……」
 しゅん、と神田は肩を落として表情を暗くする。
 意図したものでないだけに、神田にとっても反則負けは不本意だった。
「いや、あのカウンターは続けてください。直接フォールにさえ入らなければ誤魔化せるはすです」
 試合の最後で神田が見せた絶妙なカウンターこそ、相羽には無い引き出しであり、
 美月が神田を買っている点である。
「ただし、どうやってもフィニッシュにはなり得ませんので、何か別の決め技を身につける必要があります」
 もし神田のバックボーンが空手やキックボクシングであれば、
 蹴り技の応用を利かせればどうにでもなるのだが、ボクシングではそうもいかない。
「何かありませんか?こう、得意な投げ技なり関節技なり……」
「そ、そう言われても……。一通りは教わったのですが、何か特別できるわけではなくて……」
 だろうな、とは美月も思っていた。
 そうであればこそ美月に相談してきたのだし、何より相羽との試合を見ていてよくわかった。
「それでは、これから一緒に考えましょうか。
 お手軽簡単かつ説得力を備え、しかも神田幸子のイメージに合う必殺技を」
「はいっ!」
 何だかジョーカーみたいになってきたな、と思いながら、
 美月は神田と一緒に様々なプロレス技を頭の中に思い浮かべる作業を始めた。


「……フットスタンプなんかどうでしょう?多分、あまり使ってる人はいないと思いますが」
「あ!昔は理沙子さんが使っていましたね」
 その名の通り、
 コーナーからもしくはその場で飛び上がって、相手の腹部を両足で踏みつけるのがフットスタンプ。
 その昔、パンサー理沙子がコーナーから華麗に飛んで決めていた。
「自分の知っている限りでは、今使うのはみぎりさんと栗浜さんぐらいです」
「いや、あー……栗浜さんがいましたっけ」
 みぎりの場合、もちろんダイビング式で使えば死人が出るので、
 せいぜい片足を相手の上に置き、徐々に体重をかけながら踏み越えるように使う。
 逆に今現在完全な形で技をモノにしているのが栗浜亜魅。
 彼女はまず相手をコーナーの上に逆さ吊りにし、自分もそのコーナーに上る。
 そして足元にある相手の膝頭をぐりぐりと踏み、
 痛みのために相手が逆さまの上体を腹筋の力で起こしたところを、
 すかさずコーナーから飛んで両足で思い切り踏みつける、という応用も得意としていた。
「あと、ムーンサルト式で使う人もいたとか聞きましたが……」
「上原さんですね。私も実際に見たことはありませんが」
 コーナーからムーンサルトの要領でバック宙しつつフットスタンプ、
 という冗談のような技を過去唯一使っていたのがブレード上原。
 数々の飛び技を使いこなした彼女であっても、これは本当にここ一番でしたか使っていない。
「んー……あ、そうか小早川さんがいました。これはやっぱり考え直した方がよさそうですね」
 小早川は、スワンダイブ式で、かつツープラトンでパートナーが固定した相手の腰や腕でさえ、
 狙ったところをピンポイントで空襲できる。
 栗浜とは別の応用を駆使する名手であった。


「やっぱり別の技にした方がいいでしょうか?」
「いや、単純な技だけにまだまだ応用が利くはず……」
 美月と神田が熱い議論を交わしている中、そのすぐ後ろの座席。
「まあ、そう落ち込むんじゃないよ」
「………」
 珍しく本気でヘコんだ相羽が、六角から慰められていた。
「あーあ、今度こそ重傷かねぇ。よしよし、美月に振られたぐらいで泣くんじゃない」
「ううう……」
 前の会話が聞こえているだけに、相羽は色々とやるせないのであった。

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by right-o | 2011-10-08 19:25 | 書き物
 神田の話は長かった。
 自己紹介から始まって、自分が入団した経緯、練習への取組み方と現在の状況まで、
 遠慮がちながら真摯に話し続けたため、要点を端折ってくれとも言えなかった。
「……で、ですね。あなたが神田幸子さんという名前で、
 ボクシングからプロレスに転向して半年前に入団した後輩で、なのに私より2つ年上で、
 これまで特別扱いされながらも真面目に練習してきたことはよくわかりました。
 でもその、結局私に何をして欲しいんです?」
「わ、私は、もっとプロレスが巧くなりたいというか、もっと良い試合がしたいんです!」
 強くなりたい、とか言わないあたりは、流石真っ当な格闘技からの転向者だろうか。
「杉浦先輩のことは、自分が一ファンだった時からずっとテレビで見ていました。
 ジュニア戦とか、メキシコとか、体格的に恵まれていないのに凄い活躍をされていると思います。
 そんな杉浦先輩から、是非アドバイスをいただきたいと考えました!」
 真剣な顔で言い切られて、美月は戸惑ってしまった。
 ジョーカーからも似たようなことを言われたが、自分がそういう風に見られているのかと思うと、
 何か照れるような、でも何か素直には喜べないような、複雑な心境になった。
「……いかがでしょうか」
「え、ああ、そうですね」
 とりあえず、神田の事情を聞いて悪い気はしなかったので、美月も真面目に応えてみることにした。
「ひとまず試合なり練習なりを見させてもらわないと、何とも言えません。
 今日、試合が組まれてたりしますか?」
「あ、はい!ええと、今日は確か試合が……だ、誰だっかな相手は……」
 神田は、荷物の中をごそごそと探し回り、シリーズ全体の日程表を探し出す。
 そこには、確かに今日の興行に神田の名前が載っていた。


 数時間後、試合が組まれていない美月は、
 体育館の中を暗幕で仕切ったバックステージから顔を出してリング上を覗いていた。
 無難に第一試合で会場を温めた後輩たちを適当に労ってやり、次は第二試合。
 いよいよ神田の登場である。
 向かい合うのは、神田と同じような髪と体格をした、美月が見飽きるぐらいよく知っている顔。
 相羽和希であった。

「おや珍しい。同期の成長が気になるかい?」
「いや、相手の方にちょっと」
 ゴングが鳴ると同時に、後ろから六角に声をかけられた。
 と同時に、リング上では二人が組み合っている。
「神田?鳴り物入りだった割にはパッとしないね」
「でもプロでボクシングやってたんでしょう?それが何で第二試合なんかに」
「あー……その辺は見てればわかるよ。バックグラウンドが活かせてないっていうか、
 まあボクシングをどう活かすかっていうのも難しいけどね」
 言われるままに黙って見ていると、二人は型通りのバックの取り合いからグラウンドに移行し、
 一進一退の攻防を繰り広げていった。
「普通だろう?」
「……普通ですね」
 内容的にはいくらか高度だが、やっていることはさっき第一試合に出ていた若手と大差ない。
「考えてみれば可哀そうな話だよ。いくら格闘技のキャリアがあるからって、
 まだデビュー半年なのにあまり過大な期待をするべきじゃない。
 本人も真面目だから、そんな期待に応えようとしてるみたいだけど、
 このままゆっくり成長させてやった方が本人のためさ」
 六角は溜息混じりにそう言う。
 自身もアマレスの実力者で、かなりの期待を背負ってデビューしたという六角の言葉は、
 同類を憐れむような調子が含まれていた。
 とはいえ、六角の場合は期待に応えるだけの技量と、それに耐えうる図太い神経を備えていたが。
「それよりも、あんたはもっと相羽を気にかけてやるべきだよ。
 あいつこそ未だにこんなとこで燻ってちゃ……」
「それは自業自得です。あの人は現状に真剣な危機感を抱いていないんですよ。神田さんと違って」
 美月はそう言ってのけた。
「相変わらず冷たいねぇ。それはともかく、神田と何かあったのかい?」
「まあ、色々と」
 裏でそんな会話をしている内に、ようやく試合が大きく動き始めた。

「受けてみろっ!!」
 神田の背後を取った相羽が雄叫びを上げ、一息に反り投げる。
 美しいブリッジを描いてスターライトジャーマンが決まった。
「まだッ!」
 が、なんと神田はこれをカウント2でクリア。
 茫然とする相羽の前で、朦朧とする頭を振りながら神田がゆっくりと立ち上がる。
「まだ……まだだッ!」
「ッ……負けないっ!!」
 神田がエルボーを打ちこみ、相羽が打ち返す。
 二人が交互に肘を振るう度に、客席も声を合わせて盛り上がった。
「この、このっ、倒れろっ!!」
 先に手が止まった神田に向け、相羽がエルボーを連発。
 棒立ちになったと見るや、大きく振りかぶって渾身の一発を見舞う。
 が、相羽の右肘は空を切った。
 突然瞳に鋭さを宿した神田は、紙一重のところでほんの少し体をずらして避け、
 それまでのように右手を振りかぶらず、畳んだところから拳を最短距離で伸ばした。
 相羽の右腕が伸びきった瞬間、神田の拳が相羽の顎先をわずかにかすめる。
『おお……!』
 美月と六角、それと客席の全員が思わず呻くほど、完璧なタイミングのカウンター。
 くらった相羽は、糸が切れた人形のように声も立てず前のめりに倒れた。
 10カウントを数える間でもなく完全KO状態の相羽を裏返し、神田は冷静にカバー。
 しかし、思わずマットを叩きかけたレフェリーの手が寸前で止まった。
「え……?」
 神田に対して首を振り、カウント拒否の意思表示。
 普段なんとなく5カウント以内まで許されるものの、厳密に言えばプロレスで顔面パンチはルール違反。
 要するに顔を殴ることとイスで殴りつけることは同じなのだ。
 従って、このレフェリーはカウントを取らなかった。
 ただし完全に目を回して倒れている相羽が起きてくる気配もなかったので、
 結局はゴングを要請して無効試合を宣言した。


「ね?だからボクシングを活かそうってのは難しい……って」
 六角を残して、美月はいつの間にかリングに向かって一人で歩き出していた。
 美月に気付いた観客から起こるどよめきの中でリングに入り、
 寝ぼけたようにふらふらと起き上がりつつあった相羽をリング外に投げ捨てて排除。
 驚いて目を見張る神田の前に立つと、強引にその右手を握りしめた。
「やれやれ、何を企んでいるのやら」
 握っていた神田の右手を挙げ、彼女が勝者だと言わんばかりに誇示して見せる美月を見て、
 六角はそう独りごちた。

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by right-o | 2011-09-24 22:22 | 書き物
 杉浦美月は怒っていた。
 いきなりメキシコから呼び戻されたので何事かと思ったら、特に何もなかった。
 社長はただ、遠征の成果が上がったと見て、美月を呼び返しただけ。
 何か特別な役割を期待するとか、美月に任せたい事柄があるとか、そういうのではなく。
 修行に行ってるんだから当たり前、という考え方もあるが、
 メキシコでのレスラー生活が充実していただけに、美月は納得できなかった。
 帰国した日にそういう事情が分かり、その時は社長に散々文句を言ってやったが、まだ気が治まらない。
 イライラしながら寮の元いた部屋に戻ってくると、
 同室の相羽がいきなり抱きついて来て、またイラっとする。
 それでも翌日からは、早速団体のシリーズに同行しなければならない。

 移動に使う大型バスに乗ろうとして、またまた気にくわないことに遭遇した。
 移動の際、美月は小川ひかるの横が定位置と決まっている。
 「車内で本を読んでも全く酔わない」という共通した特技を持つこの二人は、
 移動ではいつも隣に座り、互いに無言で黙々と本を読んでいるのが常であった。
 そんな小川が、今シリーズは怪我で欠場。
 仕方無く静かそうな場所を目で探していると、
 相羽が自分の隣をばんばん叩いてアピールしていたので無視した。
 後ろから三列目の窓側、今のところ誰もいない一角に座り、外を向いて他が乗りこむのを待つ。
 すると、
「と、隣に座ってもいいですか……?」
 と声をかけられたので、
「はい」
 と、相手を見もせずに答えた。
 わざわざ聞いてくるぐらいなので後輩だろう、と思ったし、何より今はイライラしている。
 幸い、その後美月の周囲には、真帆や上戸等の無神経・無遠慮かつ騒がしい人々が座らなかったので、
 旅の時間をしばし快適に過ごすことができた。

 窓の外を流れる風景を一時間ほど眺めてから、ようやく美月は気分を落ち着けた。
 腐っていても仕方が無い。
 プロレスラーたるもの、自分のポジションは自分で作らなければならない。
 そして最適なポジションは、周囲の状況を踏まえて考えなければいけない。
 ジョーカーから教えられたことであった。
 美月は、昨日相羽や内田から聞かされた、今現在の団体の状況を思い返した。
 まず、全体を巻き込んで関係するほど大きな抗争は無し。
 団体を一人で代表するほどのエースもいなければ、
 ブーイングを一手に引き受けるほどのヒールもいない。
 次にベルトごとに考えていく。
 美月の格からして一番近くにあり、
 かつ当面の目標としていた打倒内田という意味でも狙いたいのが中堅王座なのだが、このベルトは現在、
 タッグを解消して泥沼の抗争に入った内田と上戸の間で行ったり来たりしているらしく、
 割って入る余地が無い。
 また最高位王座については、今現在「世代交代」という重いテーマの元でベルトが争われており、
 これもぽっと出の美月が付け入るスキは無いように思える。
 もう一つジュニア王座という道も無くはないが、既に二度獲得しているし、
 折角の海外遠征帰りなのだから、もっと上を目指したい。
 とすれば、残るベルトは一つ。
 タッグ王座である。
 タッグ戦線は手薄になっている上、現王者が村上姉妹というのも、
 彼女らには申し訳ないが魅力的だった。
 だがしかし、タッグを組むにはもちろんパートナーがいるわけで、
 美月の周囲を見回してみた時、組んでくれそうな人間は一人しかいない。
 言うまでもなく、相羽和希だ。
「はあ……」
 メキシコ行きのずっと前、相羽と組んでジョーカーにタッグで勝った、なんてこともあったが、
 どうも美月から見て相羽は色々な意味で頼りない。
 とは言え、人脈に乏しい美月にはどうしようもなく、
 また一つ長い溜息を吐いてしまったところで、不意に横から声をかけられた。
「あの、杉浦美月先輩、ですよね……?」
 ん、と隣の席を見てみると、知らない顔が緊張した面持ちでこちらを向いている。
 やはり後輩だったようだ。
 それも全く見覚えが無いので、美月がメキシコにいる間に入団してきた人間かも知れない。
 ただ妙なことに、見た感じ美月よりも年齢は上のような気がする。
「ご迷惑でなければ、先輩に相談にのっていただきたいのですが……」
 彼女は、真剣だが遠慮がちな様子で、美月に対してそう切り出してきた。
「あ、ええ、まあその、私でよければ」
 いきなりのことに困惑する美月に、彼女、神田幸子は少しずつ語り始めた。

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by right-o | 2011-09-19 15:04 | 書き物
「いやー、我ながら予想通りのオチだった」
「ま、結局ああなりますよね」
 チョチョカラスとのタイトルマッチを終えた翌日。
 二人は並んで空港の中を歩いていた。
「でも、あれで美月に勝ちを譲られたら逆にどうしようかと思った」
「いくらなんでも、そこまで慎み深くありませんから」
「知ってる。それでこそ、プロレスラー」
 美月はガラガラと旅行カバンを引き摺りながら、
 ジョーカーは両手を組んで頭の後ろに回して、陽気そうに歩いていく。
「それじゃあ、ここで」
 手荷物検査場の前で、美月が振り返って言った。
「ところで、最後に一つ、真面目に聞きたいんですが」
「ん、なに?」
 明るく言ったジョーカーに対し、美月は真剣に尋ねた。
「どうして、こんなに良くしてくれたんですか?」
「好きだから」
 ニヤニヤしながらジョーカーが即答し、
 それを見てはぐらかされたと感じた美月は、ふっとため息を吐いた
「だから、そうじゃなくて……」
「好きだからさ。ファンとして」
 すると不意に柔らかい笑顔をつくって、ジョーカーは美月をそっと抱きしめた。
「自分で言うのも何だけど、私だってそう身体的に恵まれてる方じゃない。
 昔はクサってたりしたもんだよ。しょっちゅうね。
 そんな時、自分よりずっと小さなプロレスラーが必死にやってる試合を見たのさ。
 そしたら、この子がこれだけやってるんだから、自分も頑張らなきゃ、って思った。
 今まで他人を見てそういうふうに考えたこと無かったんだけど、
 その時は本当に素直に、そう思った」
 そう言ってジョーカーは美月を離し、顔を正面からのぞきこんだ。
「それから美月のファンになった。
 本当言うと、前に日本で試合した時も裏で話しかけようかと思ってたんだけど……あ、テレたな」
「て、照れてません!」
 美月は思わず目を背けてしまった。
「まあいいや。とにかく、私は杉浦美月のファンで、いつもどういう試合だろうと応援してるし、
 あなたの成功を心から願っている。それだけ、覚えておいていて欲しい」
「……ああ、はい」
 全くもってどうしていいかわからず、美月はただ小さく頷くばかりであった。
 こういうことは、もちろん日本にいた時も言われたことはなかった。
「それと……できれば」
 今度はジョーカーの方が言いにくそうに続けた。
「私のことも、同じように祈っていて欲しい。
 ……プロレスラーになってから、ここまで他人と親しくなったことはなくて」
「テレた?」
 すかさず美月がやり返し、ジョーカーもバツが悪そうに笑った。
「ま、私はメキシコに来て、憧れ、目標にする人が増えました。
 遠く離れていても、その人が成功するように願う気持ちは変わりません」
「……あ、ありがとう」
 二人は顔を見合わせて笑った。
「それじゃあ、もう行きます。本当にお世話になりました」
「うん、それじゃ、またいつか、どこかで」
 お互いに見えなくなるまで手を振ったあと、二人はそっと目尻をぬぐった。

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by right-o | 2011-09-15 20:29 | 書き物
「お前は私が勝つのをサポートすればいい。出過ぎたことをするな!」
 ジョーカーがそう言えば、
「知ったことか。私だってベルトが欲しい」
 と相変わらずの無表情で美月が返す。
 二人は事前に、どっちが勝ってベルトを手にするか、などという無粋な打ち合わせはしなかった。
 そして結果こうなることも目に見えていたが、こうでなくては面白くないとも思っていた。
 さらにジョーカーが何か言おうとした時、突然観客のざわめきが大きくなる。
「ハッ」
 言い争う二人を尻目にリング内から跳躍したチョチョカラスは、
 ロープと平行になるほど身体を横にし、更に空中で高速回転しながら二人の上に降ってきた。
 見事なトルニージョで二人まとめて押し潰し、その内ジョーカーの頭を掴んでリングへ。
 まずはジョーカーをコーナーに振り、そのあとを追いかける。
 そしてサードロープを足場に、ジョーカーの肩を蹴って背後に大きく宙返り。
「この……!」
 踏み台にされたジョーカーが怒って前に出ようとしたところへ、
 ねらい済ましたトラースキックで顎を蹴り飛ばした。
「これからだ!」
 それまでの憂さを晴らすべく、チョチョカラスは攻勢に出ようとする。
 再度ジョーカーをコーナーに振り、自分も反対側のコーナーに待機。
 そこから一杯に助走をつけて串刺し式の攻撃に出ようとした……が、足が動かなかった。
「ちっ」
 リング下から美月がチョチョカラスの足を引っ張っていた。
 そして必死に振りほどこうとするチョチョカラスの目前には、
 反対に自分が助走をつけたジョーカーが迫っている。
「くらえッ!」
 飛び掛りつつ両膝を突き出し、それでチョチョカラスの胸板を打つ。
「ぐぅっ……」
 ふらふらとコーナーから出たチョチョカラスの背後を取り、その両肩に手を置いた。
 肩にかけた両手で自分を持ち上げ、跳び箱のようにジャンプ。
 空中で身体を傾けて右膝の内側を相手の後頭部にあてがい、
 そのままギロチンドロップを決めるように落下。
 チョチョカラスの顔面をマットに叩きつけた。
 間髪入れず、体を裏返してカバーへ。
 しかし、カウント1を聞く間もなくジョーカーは引き剥がされた。
「何をする!勝つのは私だ!!」
「知るかっ!」
 とうとう美月は、言葉ではなく右肘で応じ。対するジョーカーも拳で返す。
 つい十数分前までの盟友がリング中央で殴り合いを展開した。
 そして案の上、復活したチョチョカラスが、
 両足を開いたドロップキックで二人まとめて蹴り飛ばしたのだった。

 その後、ジョーカーと美月は、チョチョカラスに対しては微妙な共闘関係を続けるものの、
 隙あらば互いに出し抜こうと常に伺っていくようになる。
 そして徐々にチョチョカラスが支配する時間が長くなるのだが、
 そんな中で、美月に大きなチャンスが訪れる。
「これで終わりだ!」
 乱戦の中、コーナー下に美月を叩きつけ、チョチョカラスがコーナーを上る。
 華麗な飛び技で試合の幕引きかと思われた時、
 場外でダウンしていたジョーカーが、際どくリングに滑り込んできた。
「終わるのはお前だよ。ベルトはもらう……っ!」
 コーナー上で立ち上がりかけていたチョチョカラスに飛び掛ったジョーカーは、
 パンチを連発して怯ませると、自分もリング中央を向いてコーナーに上った。
 チョチョカラスの頭を肩の上に乗せて固定し、リング内に向けてジャンプ。
 雪崩式のダイヤモンドカッターという大技を決めてみせる。
 二人分の体重を乗せた落下がリングを震わせたが、
 チョチョカラスとジョーカーの下敷きになる位置にいた、美月の姿が無い。
 また邪魔をされてはかなわないので、先に美月を黙らせるべく立ち上がったジョーカーの前に、
 美月が待っていた。
「このっ!」
 反射的にジョーカーが振るった右腕に自分の右腕を絡ませ、ジョーカーの背中側に飛びつく。
 そして右足をジョーカーの左腕に引っ掛けた。
(十字固めか、いや……!?)
 過去の美月の試合を見ているジョーカーは覚えていた。
 ノエルの持つジュニア王座に挑戦した時、美月が使った危険な技のことを。
 そのまま相手を倒して十字固めにいかず、逆に相手の側に一旦体重を預けて反動をつける。
 そこから一気に相手の背中側に勢いをつけて引き倒し、後頭部をマットに叩きつける技。
 自分の頭がマットにつく寸前、ジョーカーは衝撃に備えることができた。
「さて……」
 マットに転がるジョーカーを押しのけ、美月は立った。
 対して、チョチョカラスも立ち上がりかけている。
 あれだけの大技をくらって、この短時間で立つというあたり、流石としか言いようがない。
(ただ、いくらなんでも虫の息のはず)
 普通ならとても一対一で勝てる相手ではないが、美月は覚悟を決めた。
 ふらつきながらも、チョチョカラスが振るった右の肘をかいくぐり、背後へ。
 そこから勘でタイミングを計り、振り返り様トラースキックのように右足を振り上げる。
「かはっ……!」
 目論見通り、美月はチョチョカラスの腹部に右の踵をめり込ませた。
 素早く頭を持って両足の間に挟み、パイルドライバーの姿勢。
 チョチョカラスから事前の申し出により、今回のみ危険技も見逃されることになっている。
(勝つ……!!)
 メキシコで得たもう一つの技、前転式のパイルドライバー。
 ここに来て美月が勝利を確信した瞬間、前からジョーカーが踊りかかった。
「甘いっ!」
 チョチョカラスの背中を蹴り、無防備な美月の顔面へシャイニングウィザード。
 額を打ち抜かれた美月は真後ろに倒れて昏倒し、ほんの一瞬だけ早く試合からリタイアした。
「やはり勝つのは、わた……」
 着地し、チョチョカラスと向き合ったと思った次の瞬間、
 ジョーカーはマットへうつ伏せで叩きつけられていた。
 目にもとまらぬ速さでジョーカーへ巻きついたチョチョカラスは、
 人工衛星ヘッドシザースのような回転から神速の脇固め。
 ほとんど反射的にタップしたジョーカーから、
 大逆転とも言える勝利を奪った。

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by right-o | 2011-09-12 19:39 | 書き物