タグ:美月のだらだら技談義 ( 69 ) タグの人気記事

 挑戦者決定トーナメント決勝戦から一ヵ月後。
 美月を破ってトーナメントを制した美冬は、勢いのまま伊達を降して新王者となった。
 その試合の翌週、東京・後楽園ホール。
 休憩前、ベルトを巻いた姿でリングに上がった美冬が、マイクを持って何かを言おうとした時。
 西側雛壇の裏から一人の影が走り出た。
 肘の上までギプスで固めた右腕を三角巾で吊り下げた影は、
 美冬の背後から忍び寄ってリングに転がり込み、三角巾を外して不自由な右腕を振り被る。
 あっ、と観客が声を上げる間を与えず、美月は美冬の後頭部を右腕のギプスでぶん殴った。
 前のめりになった美冬が振り返ったところ、その横っ面にも一撃。
 倒れた美冬をリング下に蹴り落し、自由な左手でマイクを取る。
「一応、ベルト奪取おめでとうございます」
 そう言いながら、美月は傍に転がっていたベルトをリング内から美冬の方に蹴り出した。
「ただ、もうこんな物はどうでもいい。もう一回私と戦いなさい。
 仮にもチャンピオンは逃げませんよね?」
「くっ、今度はベルトを懸けてお前と戦えというのか!?」
 激昂した美冬がエプロンまで上がったところへ、美月は再度右腕を叩きつけて場外へ落とした。
「だから、どうでもいいって……!黙ってもう一回戦え!
 今度は私が、お前を私と同じ目に遭わせてやる!!」
 美月も激昂していた。
 ここでようやく下の階からから他のレスラーやスタッフがどやどやと現れ、二人の間に割って入る。
「必ず、お前に悲鳴を上げさせてやる!やめてくれと懇願させてやる!!」
 止めに来た同僚から揉みくちゃにされながら、美月はそう叫んで引き立てられていった。


「というわけで、戻ってきました」
「というわけで、って……怪我はもういいんですか?」
 控え室に運ばれてくるなり、けろっと普段の様子に戻った美月を見て、神田が呆れていた。
 美月を連行してきた者たちの大半が引き上げたあとには、神田と相羽だけが残っている。
「折れてはいませんからね。このとおりです」
 既に切れ目が入っていたギプスをすぽっと引き抜いて、美月は生の右腕をを振ってみせた。
「靭帯の損傷だけなので本当は不要だったんですが、
 今日のために無理矢理ギプスを作ってもらいました」
「え、えー……」
 相羽まで呆れ返った。
「……これぐらいやらなきゃ、気がすまないんですよ」
 右腕を曲げたり伸ばしたりしながら、美月はまた表情を固くする。
 互いに顔を見合わせて首を振った神田と相羽が、続けて何か話しかけようとした時、
 不意に控え室のドアがノックされた。
「あのー、すいません」
 後輩の早瀬が、遠慮がちに顔をのぞかせた。
「雑誌記者の方が、杉浦先輩にお話を聞きたいそうなんですけど……」
 ああ来ましたか、とばかりに、美月は自然な足取りで早瀬の方に歩いていく。
 残された相羽と神田は、またもや顔を見合わせた。

 さらに一週間後、道場。
「早瀬おそーい。はい50回追加ー」
「うぇえええええ……もう無理です……」
 壁際に立たされた早瀬が、汗だくになりながらスクワットをしていた。
 その横で、越後が持ち込んだ竹刀を肩に担いだ六角が、嬉しそうに指示を出している。
「口を動かす前に足を動かしなー。相羽はまだピンピンしてるよ」
 早瀬の隣では、相羽が二倍ぐらいの速さで上下動していた。
 元々基礎には力を入れている上、越後がついてからより一層体力が強化された相羽である。
「あ、相羽先輩と比べないでください……。越後先輩、もう上がってもいいですよね……?」
 ここで早瀬は、そもそもの指導係である越後に助けを求めた。
「あと50回か、相羽が終わるまでか、好きな方を選べ」
 目の前のベンチに座っている越後は、読んでいた雑誌から顔を上げ、
 それだけ言ってまた視線を元に戻した。
「あと50回頑張ります……」
「ほらほら、形が崩れてるよー」
 越後から一時的に指導役を任された六角が、楽しそうに竹刀で床を叩く。
 そんな光景をよそに、越後はもくもくとある記事を読んでいた。
 その両脇からは、内田と上戸も雑誌を覗き込んでいる。
「ちっ、オレもやってやろうと思ってなのになあ。先を越されちまったよ」
「その上単独インタビューとは」
「やられたわね」
 三人が見ているは、先週の後楽園で美月が起こした騒動の記事だった。
 そこには、先月のトーナメント決勝から先週に至る流れと、
 最後には1ページを使って美月に直接話を聞いたインタビュー記事が載っていた。
「どうもこういうやり方は好かない」
 雑誌を開いたまま上戸の膝の上に押しやり、越後がそうこぼした。
「そうかしら?でもあんな負け方をして、何もしないのはやられ損よ」
「……そういうもんか。逞しいというか何というか」
 内田に言われて、越後は半分呆れつつ感心した。
「まあその辺は何でもいいんだけどよ、大口叩いといて本当に勝てんのか、アイツ?」
 インタビューの中でも、美月はリング上で言ったのと同じような主張を繰り返している。
 行動も言動も、今までの美月からは考えられないことであった。
「相手が美冬だからなあ……あれも圧倒する時は圧倒する代わり、負ける時は案外コロッと負けるし」
「そっか。前回もあの事故が無きゃわかんなかったもんな」
 越後の分析に、今度は上戸が感心した。
「あれは故意よ。少なくともあの子はそう思ってるし、今度はやり返すと言ってる。
 それがどう出るか、ね」
「それと仮に勝ったとしても、それが本人と周囲のためになるかどうか」
 内田と越後は、それぞれに思うところがありそうである。
 良くも悪くも、これまでにない注目が美月に集まる中、問題の試合は二週間後に決定していた。

[PR]
by right-o | 2012-01-03 23:07 | 書き物
 近藤戦から約一時間半後。
 メインイベント、世界王座挑戦者決定トーナメント決勝戦のリングへ、
 美月は静かに足を踏み入れた。
 入場ゲートをくぐる直前、相羽や神田に励まされ、上戸から自分の仇討ちを託され、
 内田から無愛想に背中を押されて送り出された美月は、
 ようやくモチベーションが高まっていくのを感じた。
(まあ何事も勝って悪いということはないし)
 これまでの二戦は、単に格下相手に負けられなかっただけのこと。
 伊達への挑戦権という賞品は決して魅力的なものではなかったが、
 それでもトーナメントを制したという実績が残るのは悪くないかもしれない、
 というぐらいには考え直してみた。
 決勝戦の相手は柳生美冬。
 美月対近藤戦の直後、同期である草薙みことを退けて上がってきた彼女は、
 同じく同期である伊達の背中を追いかけることに執念を燃やしている。
 内面にかなり温度差のある二人は、
 それでもゴング直前、どちらからともなく右手を差し出した。
 「健闘を」と美冬、「お互いに」と美月。
 別段好きでも同士でも嫌い同士でもない二人は、
 お互い、相手がここまで上がってきたことに対して素直な敬意を表した。
 この時は、まさかこれからの試合が、それぞれが初めて経験する遺恨試合になろうとは、
 当事者同士全く思いもよらないのであった。


 ゴングが鳴ると、まず二人は睨み合ったままでリングに半円を描いた。
 一見様子見の姿勢だが、それぞれに思惑が違う。
 美月は、試合を長引かせるため故意に前へ出ない。
 美冬とみことが戦った準決勝第二試合は紙一重の接戦であり、
 また試合順が第一試合よりあとだったことから、決勝までの休憩時間が短かった。
 そこを突いて長丁場の持久戦でスタミナ切れを狙う美月は、
 ゆったりじっくりした展開に持ち込みたい。
 対して美冬は、自分の方に余力が少ないことを認識しているため、
 積極的に仕掛けて短期決戦で仕留めてしまいたい。
 そのための、一気に仕掛ける糸口を探っている状態だった。
 お見合状態から、やはり美冬が動く。
 前へ踏み出して組み合う姿勢を見せたのだ。
 そういうことなら、と美月も前に出、両者ロックアップの体勢。
 ここは美冬が体格を生かして美月をロープへ押し込み、レフェリーが割って入る。
 この組み合った両者の別れ際というのがプロレス序盤の見せ場の一つであり、
 どちらかというと美月が望むじっくりした展開に近い。
 が、ここで美冬はセオリーを無視して突っ掛けた。
「ぐふっ」
 レフェリーを無視して美月のボディに膝を入れ、
 抗議の声が上がるのを待たず反対のロープへ振り飛ばす。
 跳ね返ってきたところを更にニーリフトで追撃しようと試みた。
 が、続けて腹部へ膝を入れられたかに見えた美月は、
 自分から美冬が振り上げた右膝を飛び越えていた。
 美冬の右足を巻くように前転しつつ、
 後ろから股の間に手を入れて引き倒し、スクールボーイに固める。
「ちっ」
 カウント1で美冬が返した反動を受け、
 美月はそのままごろごろと場外まで転がって退避。
「ふー……」
 お腹を押さえつつ呼吸を整え、間合いを外す。
 最近、打撃主体の相手と続けてシングルで当たっている美月だが、
 美冬は近藤より体格も経験も勝り、伊達を相手にして美月以上に善戦したレスラーである。
 迂闊にペースに乗せられるわけにはいかなかった。

 のらりくらりと美冬の攻めをはぐらかしつつ試合を進めていた美月だったが、
 そんなゲームプランどころか、試合そのものが根底から崩れる瞬間が突然やってきた。
 ようやく美冬のニーリフトがカウンターで美月を捕らえ、
 身体がマットから浮き上がるほどの衝撃を受けた美月は、マットへうつ伏せに倒れる。
(これでもまだ、伊達さんとの試合を思えば……!)
 内臓が裏返ったかと思った伊達の膝に比べれば、まだまだマシ。
 痛みに変な耐性が出来つつある美月は、そんなことを考えながらマットに右手をつき、
 起き上がろうとする。
 ここで美冬の頭に閃くものがあった。
 おもむろに左足を滑らせ、美月の右腕へローキックが走る。
「あっ」
 と、試合を見ていた全員が固まったあと、
 一瞬遅れて美月が右肘を押さえてのたうち回っていた。
「っぐ……」
 場外に転がり落ちた美月は、肘を抱いてその場に蹲った。
 腹部への膝とは全く異なる痛みと違和感は、
 身体の一部が変形したのではないかという恐怖感へと変貌し、次第に心の中で広がっていく。
 だが幸か不幸か、負傷について深刻に考えるだけの時間が、美月には与えられなかった。
 躊躇無く美月を追ってきた美冬が、
 美月の頭を掴んでコーナーポストへと投げつける。
 咄嗟に頭を反らせた美月は、右肘から硬い鉄柱に激突した。
「あぐっ」
 そのまま鉄柱にもたれて動けなくなった美月の右腕を掴み、美冬はさらに鉄柱へ叩きつけた。
 そこから腕を放さず、強引にリング内へ引っ張り上げ、コーナーへ振る。
「せっ!」
 コーナーにもたれているところへの強烈なミドルキック。
 これをまた、美月は反射的に腕を上げて受けてしまう。
 美月は痛みに膝をつき、ついで前に崩れ落ちた。
(まずい、かな……)
 肘の痛みが、今までの試合で受けてきた一過性のものとは違う。
 あともう少し冷静になれば、試合を棄権するべきかという考えも、
 打算的な美月の頭には浮かんできたことだろう。
 が、そんなことを考える間を与えないほど、美冬の攻めは苛烈を極めた。
 腕を捻り上げながら美月を強引に立ち上がらせると、
 リング中央に引っ立てて蹴りの連打。
 まずローキックが太股を叩き、次いで胸板へミドルキック。
 さらに脇腹へのミドルは、爪先が美月の胴にめり込んだ。
 いずれも腕を使って防ぐことのできない美月は、滅多打ちにされるしかない。
 そして側頭部へのハイキックから、ふらついたところで両足を刈るローキック。
 これで尻餅をつかせたところへサッカーボールキックを入れると、
 美月の正面へ回って軽くロープの反動を受け、顔面を目標にしたローキック。
 これをなんとか自分からマットに倒れることで威力を減じた美月は、続くカバーを2カウントでクリア。
 体は悲鳴を上げていたが、何故か美冬に蹴られるたび、
 美月の精神はより強硬に負けることを拒否し始めた。
(舐めるなッ)
 ここでロープへ飛んだ美冬に対し、その右足を狙って滑るようなカニばさみ。
 顔からマットに突っ込んだ美冬が起き上がる間に、美月は背後のロープに飛び、
 膝をついた美冬の背後からシャイニングウィザード。
 さらにそのまま相手を跨いで正面のロープを背にし、正調のシャイニング前蹴り。
 相羽戦で閃き、続く近藤戦を決めたコンビネーションである。
 足だけを使った反撃から、なんとか腕の痛みをおしてカバーへ。
 だが美冬もこれをカウント2で返した。
「ああ、もうっ……」
 右腕をだらりと下げたまま、美月は左手で美冬の頭を掴んで引き起こしにかかる。
 この時にはもう、自分の痛みより相手を痛めつけることの方を考えていた。
 しかし、ここまでだった。
 美冬を掴んでいた左腕を引かれ、美月はマットに這いつくばった。
 脇固めの要領で美月を捕まえた美冬は、左腕を自分の両足で挟んで固定し、
 両手を使って下になっている美月の右腕を取り、逆に曲げ始める。
「………!?」
「諦めろ……っ!」
 背中越しに、美冬は美月の右腕を脇の下に固定し、さらに後ろへと締め上げた。
「……ふざけるな」
 顔から血の気が引き、冷や汗がふき出しても美月は負けを認めない。
 かといって場所はリング中央、しかも相手は二回りは自分より大きい。
 普通に考えれば完全に詰みであった。
 それでも、美月はギブアップする素振りも見せない。
 美冬も、ああそうですかとばかり更に絞り上げる手に力を込める。
 もはや美月は、痛いものを痛いと感じていなかった。
「もういい、取り返しがつかなくなるわ!さっさとギブアップしなさい!!」
 いつの間にか、内田がリング下からそう叫んでいたが、美月の耳には全く届いていない。
 結局、業を煮やした内田が無理矢理試合に介入しようとする直前、
 見かねたレフェリーが試合を止めた。


「動くな!」
 美冬を押しのけるようにして飛び込んできた内田は、
 まだ起き上がろうとする美月を無理矢理押さえつけ、バックステージに向けて担架を要求した。
「嫌、だ……」
「わかったから、お願いだから今はじっとしてなさい」
 コイツのどこにこんな負けん気が隠れていたかと呆れながら、
 内田は子供をあやすようにして美月を抱き、どうにか担架の上に載せてやる。
 こうして、美月は何度目かの病院送りとなったのであった。

[PR]
by right-o | 2012-01-01 23:51 | 書き物
 サイン会からさらに一週間後、神奈川・横浜文化体育館。
 この夜、準決勝・決勝と続けて行われるトーナメント戦の、まずは準決勝第一試合に美月が姿を現した。
 気負いなくリングに上がり、青コーナーを背にして対戦相手を待つ。
 ほどなくして入場曲が鋭いギター音に切り替わると同時に、
 入場ゲート付近からドライアイスの煙が噴出した。
『YEAAAAAAAHHHHHHHH!!!!!』
 絶叫音が会場に轟いたあと、次第に煙が晴れていくにつれ、
 ゲート下で片膝をついた近藤真琴の姿が明らかになってくる。
 胸の前で交差させて両手の、前腕部半ばまで巻きつけたバンテージの上、
 手の甲に当たる部分には禁欲を表す「X」のマーク。
 ストイックなその性格とは裏腹、赤毛のポニーテールを靡かせたスタイルの良い長身は、
 同時に華やかさをも併せ持っている。
 彼女は神田と同期の格闘技経験者にして、神田以上の将来性を期待される逸材であった。
 デビュー以来初めて迎える大舞台にも動じることなく、
 むしろその両目は一層ぎらぎらと貪欲な輝きを増しているように見える。
(……可愛げの無い後輩だなあ)
 美月にとって、なかなかに厄介な相手となりそうであった。


 とはいえ、同じ打撃主体の伊達と戦ったことを思えば、まだいくらもマシな相手。
 加えてこのあとに決勝戦が控えていることを考えれば、あまり悠長な試合はできないため、
 美月は自分から積極的に仕掛けていくことにした。
 見合った状態から、ゴングと同時に脇をすり抜けるようにして背後に回り、バックを取る。
「くっ」
 ほぼ反射的にクラッチを切った近藤は、
 自分の腰に回っていた美月の右手を取って捻り上げようとする。
 これを見越していた美月は、自分から前転してマットに倒れることで腕の捻りを解消しつつ、
 掴んでいた美月の手に引っ張られる形で下を向いた近藤の顔を、
 寝転がった体勢から両足を真上に突き上げて蹴り飛ばした。
 基礎的な練習がしっかりしていたばっかりに、近藤は美月に釣り込まれる形になってしまったのだ。
 素早く立ち上がった美月は、同時に立ち上がりかけていた近藤の頭をヘッドロックで捕らえ、
 そのまま腰投げの要領で前方に投げ捨てつつ、グラウンドでのサイドヘッドロックへ移行。
「くそっ!」
 逸る近藤の勢いを挫き、10cm以上身長で優る相手をひとまずはコントロールして見せた。

 が、流石に期待のルーキーだけあって、近藤もペースを渡したままにはしておかない。
 組んだ状態から膝を入れ、美月を強引にコーナーへ振ると、
 躊躇無く、その背後を追いかけて自らもコーナーへ突進した。
「こんのぉぉぉッ!!」
 美月がコーナーを背にした瞬間、近藤はその脇のサードロープに左足をかけると、
 右膝を突き出して美月の顎を跳ね上げた。
「がっ……!?」
 反動で前に出掛かった美月の頭をヘッドロックの形に固定し、
 そのままリング中央に向かい、自分の両足を投げ出すようにして尻餅をつく。
 こうすることで、美月を顔面からマットに叩きつけた。
 しかしここでカバーには行かず、近藤は美月が立ち上がるのを待つ。
「せいッ」
 立ち上がったところへ左の掌底を脇腹にめり込ませ、
 続けざま顔面へ左右の掌底、さらにその場で回転して右バックブローの一撃。
 怒涛のコンビネーションから、仕上げの左ハイで側頭部を打ち抜いた。
 が、何度も脳を揺さぶられながら、美月は倒れず踏みとどまる。
(流石は、先輩……っ)
 好戦的な笑みを浮かべた近藤は、足元をふらつかせる美月の懐に潜り込み、
 自分の両肩の上へその身体をうつ伏せに担ぎ上げた。
 会場からどよめきが起こったことは、この体勢が試合の終わりを予告するものである証拠だった。
「これで、終わりだッ!!」
 肩の上に乗せている美月の身体を、前方にふわりと浮くように投げ捨てる。
 同時に右膝を突き上げ、空中で無防備な状態にある美月の顔面を思い切り蹴り飛ばした。
 蹴られた反動を受けて後頭部から倒れた美月の上に覆い被さり、勝利を確信したカバー。
 ここで興奮の余り手応えの無さに気づかなかったことが、経験の違いと言えなくもない。
 意外に危なげなく、美月はカウント2で近藤の必殺技をクリアして見せる。
 実のところ、この技で決まった神田との試合を見ていたため、事前に対処を考えていたのだった。
 空中に放り出されたところで上体をできるだけ反らせつつ、
 膝頭を避けて受けることでダメージを軽減させていた。
 しかし、ここで美月はダメージが残っているように見せかけ、すぐには起き上がらない。
(まだまだ、手はある……!)
 必殺技を返された近藤は、呆けていたのも束の間、
 すぐ次の攻め手に移るべくロープをくぐってエプロンへ出た。
 この前向きさと引き出しの多さが、今回は逆に仇となってしまう。
 どうにか気力だけで動いているという体でふらふらと立ち上がった美月を見届けると、
 近藤はエプロンからトップロープに飛び乗り、さらにリング内へジャンプ。
 上体を前に出す形で、スワンダイブ式のラリアットを敢行しようとした。
(ジョーカーの見様見真似でっ……!)
 直前まで足元が覚束ない様子だった美月は、途端にしっかとマットを踏みしめ、
 飛んでくる近藤に半ば背中を向けるような形で踏み切る。
 空中で近藤の首に右手を巻きつけ、肩の上に固定。
 そのまま自分は背中からマットに落下し、フライングラリアットをダイヤモンドカッターで切り返した。 
 すかさず息を吹き返した美月は、
 朦朧としながら膝をついて起き上がりかけた近藤の背後からシャイニングウィザード。
 近藤の後頭部を蹴り上げながら跨ぐように飛び越し、そのまま正面のロープで反動を受けると、
 続けざま正調のシャイニング式前蹴り。
 気鋭の後輩を文字通り一蹴して見せたのだった。


「ありがとうございました。どうせなら、次も勝っちゃってください」
 試合後は潔く握手を求めてきた近藤に応えながら、美月はそそくさとリングを後にした。
 これでまた、もう一試合上がらなければならなくなった。
(さて、どうかな)
 準決勝第二試合はこの直後に開始される。
 美冬とみこと、どちらも楽な相手ではないため、
 美月としてはなるべく互いに潰しあってくれることを祈るしかない。

[PR]
by right-o | 2011-12-30 21:02 | 書き物
 トーナメント第一戦が行われた日から一週間後。
 とある大型書店のイベント用フロア、その控え室。
「……うーん」
 いつもの「控え室」とは違う、畳敷きのいわゆる楽屋の座布団に座り、
 美月と相羽が難しい顔をして向かい合っていた。
「美月ちゃん、メキシコで経験あったりしないの?」
「そう言われれば会場外でファンに囲まれて十数枚書いたことはありますが、
 今回とはまた別の体験というか、やっぱりその、日本とメキシコでは勝手が……」
 今日これから、二人にとってデビュー以来初めてのサイン会が行われるのであった。

 二人にとって急遽決まったイベントだった。
 元々はジューシーペア、内田&上戸のサイン会が予定されていたのだが、
 この二人、先日のトーナメント初戦にて仲良く病院送りとなったのである。
 試合そのものはどちらも激闘そのものだったのだが、
 その最後の部分だけを見るならば惨敗と言ってよかった。
 内田はみことの兜落しで頭からマットに突き刺さり、
 上戸は美冬の雷迅蹴を顔面で受け切って前のめりに轟沈。
 これに伊達を加えた三人で「えげつない世代」と呼ばれる、
 同期二人の魅力が最大限に発揮された試合であった。
 内田・上戸とも既に回復してはいるものの、負傷箇所が頭部ということで大事をとって暫く休養。
 その代わりに選ばれたのが美月と相羽なのだった。

 サイン会どころか、こういうファンとのイベント自体が初体験な二人は、そろって緊張している。
「そ、そういえば、美月ちゃんのサインってどんなのだっけ?」
「そういう和希さんはどうなんですか?」
 ちょうど机の上に置いてあった書店の便箋とボールペンを手に取り、
 二人ともすらすらとペンを走らせて自分のサインを書いてみた。
「ボクのは昔からこれだけど……」
 相羽のサインは、単にフルネームを崩して縦書きしただけのシンプルなもの。
「ふっ、相変わらずサインまで普通ですね。……と言いたいところですが」
 美月の場合は筆記体で「Mitsuki.S」。
 元々は美月も相羽と同じく漢字を崩して繋げただけのものだったが、
 メキシコ時代、せめてアルファベットで書こうとして変えたサインを、
 帰国後も続けて使っているのだった。
「……ま、サインなんて単純な方がいいよね。ファンの目の前で書いて間違えたらカッコ悪いもんね」
「……ですよね」
 ファンサービスという面では経験も発想も大差無い二人であった。
「っていうかホント間違えて書いたりしないかな。いっそ事前に書いといて渡すだけならいいのに」
「事前に書くどころか色紙に印刷していった人たちはいましたっけね。
 後で八島さんにシメられましたけど。
 まあファンにしてみれば、会話なんかしつつ目の前で書いてもらえるからいいんでしょう。
 それに『○○さんへ』とか、サイン以外にも一言書いて欲しいってリクエストがあるかもしれませんよ」
 美月の言う「事前にサインを印刷していった子分」をシメた八島には、この手のリクエストが多い。
 彼女の場合、『何か好きな言葉を書いてください』と言われることが大半で、
 八島も何を求められているかわかっているため、
 「喧嘩上等」とか「世露死苦」とか一言サインに添えてやる。
「え、座右の銘的なこと?えーっと……特に無いんだけどなぁ」
「無い、です、ね……」
 頭をかきながら悩む相羽を見ても、今日ばかりは笑えない美月であった。
 こういう時に強いのが(色んな意味で)古風なレスラーたちである。
 「一撃必殺」柳生美冬、「明鏡止水」草薙みこと、「常在戦場」RIKKA、等。
 ちなみに彼女たちのサインは筆ペンで書かれているが、本物の筆を差し出しても書いてくれるらしい。
 その他、今現在は「宇宙キター!」の藤原と、「私が守ってあげる……」の富沢は、
 一定期間ごとでサインに添えられる文言がころころ変わったりする。
「何か考えた方がいいんですかね?」
「って言われも……」
 そうこうしている内に控え室のドアがノックされ、
 時間が来たことを知らせるスタッフが顔をのぞかせる。
 もうなるようになれ、と覚悟を決めて部屋を出る二人であった。

 二人が会場に現れた瞬間、中型のイベントスペース全体にどよめきが起こった。
(多いよ……!!)
 明らかに3桁は下らない人数が集まっている。
 まあ数十人だろうと予想していた二人は、必死に驚きを隠しつつ、
 並んで置かれている机に腰を下ろした。
 思ったより人が集まって嬉しいという思いは、この場では緊張の高まりに押しつぶされて沸いてこない。
 それではただ今より開始いたします、という声とともに、集まった人々が二人の前に列を作り始めた。

 開始から30分後。
 当初はガチガチだった美月にも、ようやく気持ちの余裕が出てきた。
 応援してます、とか、頑張ってください、と声をかけてくれるファンにも、
 次第にきちんと応えられるようになってくる。
 同時に、「ど、どうも……」としかいえなかった最初の数人には悪いとも思ったが。
 それに引き換え。
「ありがとうございますっ」
 と、自分と同じく緊張していたはずなのに、一人目から元気よく応対していた相羽のことは、
 ちょっと見直す思いであった。
 応援されれば素直に反応してしまう、相羽の人の良さが滲み出ていた。
 その辺りを含めたリング内外の人間性を反映してか、
 美月と相羽に並んでいるファンは、よく見るとそれぞれで毛色が違う。
 一言で言うと、美月の方が「濃い」。
 相羽に並んでいる列は、たまたま買い物に来ていたらサイン会やってたので参加してみた、
 みたいな、軽い客が多い。
 根拠としては、ほとんどの人が傍で配っている色紙を片手に相羽のところへやってくる。
 対して美月の列は、Tシャツ等持参したグッズにサインしてもらおうとする輩が多い。
 相羽列に並んでいたあるファン(?)のように、
「プロレス見たことないけど、
 下の階に貼ってあったポスターの写真が可愛かったからサインもらいに来ました」
 というような男は、間違ってもいない。
 驚きながらも「これからは是非、会場へ見に来てくださいね!」と笑顔で返す相羽を見て、
 正直なところちょっと羨ましい美月であった。
 ただ、並んでいる人数では美月も負けていない。
 あと、女性は美月列の方が多い。
 ただし女性も濃い人が多かった。
 「身体は大丈夫?」と、娘か何かのように心配してくれる年配の女性とか、
 隣を思いっきり指差しながら、「あいつには負けないでください」と言った同年代の女性とか。
 ヤな言い方をすれば、思いっきりマニア受けしていた。
 美月は、自分と相羽のファン層を冷静に分析して、心の中でため息を吐く。
(ま、わかってましたけどね)
 人を引き寄せる力、言い換えればスター性は間違いなく相羽の方が強く持っている。
 これまで地味だ地味だと言われながら、それをネタにして話題にされてきたのだ。
 対して美月は、何もしなければ本当に地味なまま注目されずに終わるタイプである。
 だからこそ、帰国後はどうすれば一番目立てるかを自分なりに考えてきた。
 こればっかりは現実として認めるより仕方が無い――と思いつつも、
 やっぱり納得仕切れなかった点が、相羽へ辛く当たる原因でもある。

 そんなこんなで色々考えながらサインに応じていた美月の前に、一枚の色紙が差し出された。
「トーナメント、頑張ってください!」
 小学校高学年ぐらいの男の子であった。
 一瞬、並ぶ列を間違えたのかと思ったが、トーナメントのことを言うのだから間違ってないのだろう。
(この年齢で私のファンって、将来が心配だな)
 そんな無茶苦茶なことを考えながら、美月は何十枚目かのサインを書き、
 その下に、「普通に勝ちます。」と書いて色紙を返し、子供の頭を撫でてやった。 

[PR]
by right-o | 2011-12-28 16:10 | 書き物
 国内最高峰のベルトを巻いて以来、美月を始めとする挑戦者たちを悉く跳ね返し、
 戴冠後3カ月にして早くも絶対王者の風格を漂わせはじめた伊達遥。
 そんな彼女への、次なる挑戦者を決めるためのトーナメントであった。
 参加者はまず、これまで伊達に挑戦した中で善戦した者:美月・美冬・みこと
 まだ挑戦していない者の中で、それなりに実績のある者:上戸・内田
 そして、デビュー間も無いながら、格闘技経験を持つ勢いのある若手:神田・近藤
 それと……相羽。

「折角出場枠を譲ってもらったのに……すいませんでした!」
「いや、よくやってくれたよ」
 美月戦後、控室に戻った相羽は、そこに待っていた六角と越後に深々と頭を下げた。
「越後さんも、練習に付き合ってもらったのに……!」
 相羽が謝るよりも早く、越後は相羽の肩を抱いてやる。
「私は、ほんの少しお前の背中を押してやっただけだ。
 まあ今日は経験の差だな。お前ならすぐに追いつけるさ」
 今やすっかり師弟らしくなってしまった二人を見て、六角は、微笑ましくも少し複雑な気分だった。
(自分じゃ、こうはいかなかったんだよな)
 どうにかしてやりたいと思いつつ、相羽にどう助言していいかわからない。
 そんなこともあり、直接自分が相羽を指導することは諦めたが
 その代わり六角は相羽のことを越後に相談し、
 後に自分へ回ってきたトーナメント出場権を相羽に譲ったのであった。
 その甲斐もあり、相羽はどうにか本格的に立ち直ってくれたようである。
(でも、ちょっと甘すぎやしないかい?)
 どうすべきか、どう考えるべきかを、一つ一つ言い含めるように教えていった越後の態度は、
 後輩というより、友人か身内に対するようだった。
 越後は越後で、相羽に対して思うところがあるようである。

 反対側の控室では、タオルを被った美月がベンチで横になっている。
「格下相手に、随分手こずったじゃないの」
 通りかかった内田が、そう声をかける。
 美月は、タオルの下から視線だけで抗議した。
「……冗談よ。あいつもふっきれたみたいね」
「というより、指導がよかったんでしょう」
 起き直った美月は、傍に置いていた私物の眼鏡をかけて内田を見た。
「指導?セコンドに着いてた越後さんの?」
「ほとんどは、彼女が元から出来たことかもしれません。しかし、あのブレーンバスターの変形だけは、
 あれが和希さんの頭から出て来たとは思えません」
 そんな会話をしていた時、上の階から一際大きな歓声が響いてきた。
 どうやら、今行われている神田対近藤の試合に、大きな動きがあったらしい。
「さて、人のこと気にしてる場合じゃないわ」
 既にウォームアップを終えていた内田は、入場のため階段の方へ足を進めた。
 彼女も、このあとみこととの試合が控えている。
「そっちの組合せは楽でいいわね。決勝まで格下としか当たらないじゃない」
「……人のこと気にしてる場合じゃないんでしょ。さっさと行ってください」
 こちらの師弟は、相変わらず憎まれ口ばかりであった。
 
 内田が行ってから数分後。
「……先輩」
 小さくなった神田が、これまでになく落胆した面持ちで控室に帰って来た。
 体のそこここに打撃戦の跡があり、額が一際赤く腫れあがっている。
 明らかに、負けて帰ってきた様子だ。
「……うん、まあ、そういうこともありますよ」
 適当に慰めてやりながら、これで次が難しくなったな、と美月は考えた。

[PR]
by right-o | 2011-12-23 19:01 | 書き物
 世界ヘビー級王座挑戦者決定トーナメント。
 こんなものが、いきなりぶち上げられた経緯はひとまず置いておくとして、
 間もなくその第一試合目が始まろうとしていた。
 場所はプロレスファンおなじみ、聖地後楽園ホールである。
 ここで8人がトーナメント第一戦を戦い、
 残った4人が後日ワンデートーナメント形式で準決勝、決勝を戦い、
 優勝者、つまり王者伊達遥への挑戦者を決定するのである。

「ふん」
 入場を控え、リングのある5階に上がる階段の前で、美月は小さく鼻を鳴らした。
 上では、先に入場している相羽のものらしい、聞き覚えの無い曲が鳴っている。
 特徴的なリズムのドラムから始まる、今までの相羽らしからぬ勇ましさを感じさせる曲だった。
「……あの、何か気に障ることでも?」
 入場時に人混みを掻き分ける露払い役の早瀬葵が、
 自分が何かしたのではないかと心配そうに振り返る。
「いや、別に」
 普段と変わらぬ無表情ながら、どこか不機嫌そうな気配を漂わせている先輩を見て、
 後輩の早瀬は肩をすくめて前を向き直った。
 その内に相羽の曲がフェードアウトしていき、美月の曲に切り替わる。
 ふぅ、と息を整え、美月は前に立つ早瀬の肩に手を置いた。
「それじゃ、お願いします」
「は、はいッ!」
 先に飛び出して行った早瀬に続き、美月もゆっくりと5階への階段を上がる。
 早瀬他数名の後輩が作ってくれている通り道の中を、美月は堂々とリングへ進んで行った。
 東側席の後ろを通り、南側の観客が差し出している手にほんの少しだけ触れてやる。
 リング脇の階段からエプロンに上がり、ジャケットと入場用のダテメガネを放り投げ、
 ロープをくぐってリングイン。
 よく言えば、自信に満ちた、悪く言えば、キャリアの割にやや尊大な、
 既に確立されかけていると言っていい、「杉浦美月」の立ち居振る舞いであった。
 赤コーナーを背に対角線上を向いた美月の前では、相羽が真っ直ぐにこちらを見つめている。
 そしてその下、場外で青コーナーに寄り添っているのは越後しのぶ。
(さて、少しはマシになったのかどうか)
 ちょっと前から、相羽は熱心に越後の指導を受けている様子であった。
 相羽は最近あまり重要な試合が無かったので、その効果のほどはよくわからないが、
 ただ、越後に教えを受け始めてから急に彼女が明るくなったのを覚えている。
(何にせよ、皆にかまってもらえて結構なことで)
 つい、美月は相羽に関して僻みっぽくなってしまうのだった。
 自分が内田に助けてもらったことを棚に上げていると言えなくもない。


「うりゃああああああッ!!!」
 今にも飛び出しそうな気配を見せていた相羽は、その通りにゴングと同時に飛び出してきた。
 ああやっぱり、という感じで、美月は、相羽が肘を振ってきた右腕に自分の右腕を巻き付けつつ、
 相羽の背中に飛びついて右足を左腕に引っ掛ける。
 そこから反動をつけて体重を後ろに預け、高速の横十字固め。
 前回、タッグ王座戦で相羽を沈めた技である。
 いい加減学習しろよ鳥頭。
 そう、溜息と一緒に聞こえてきそうなほど自然に返し技を決めようとして、美月は少し違和感を覚えた。
 後ろに引き倒す時の抵抗が少ない。
 どころか、実際のところ相羽は自分から進んで後ろに倒れようとしていた。
 思い切り後ろに倒されて後頭部を打った相羽は、なんとそのまま後ろに一回転して起き上がったのだ。
「……っりゃあああああああああ!!!」
 ふらふらしながらバックダッシュでロープの反動を受けた相羽は、もう一度突進。
 唖然としながら立ち上がりかけていた美月へ、全体重を乗せたエルボー。
「くッ!?」
 完全に吹き飛ばされた美月は、ロープをくぐって場外へ転落。
 対して自分も倒れ込んでいた相羽も、すぐに起き上がってもう一度ロープへ飛んだ。
 場外でに落ちた美月へ、ロープの間をすり抜けた相羽が一直線。
 渾身のトペ・スイシーダをくらった美月は、場外フェンスに叩きつけられて崩れ落ちた。
「いくぞぉぉぉぉぉ!!」
 拳を突き上げてアピールした相羽に、客席も同じように応えてくれる。
 直後に、イテテ、後頭部をおさえた相羽を見て、周囲の観客と越後から苦笑が漏れた。

(ふっきれた、ってことか)
 美月はそう分析していた。
 何も考えず好きなように暴れてこいとか、そんなことを言われたのだろう。
 力任せ、勢い任せ上等、止められるもんなら止めてみやがれ、と、今の相羽はそんな感じであった。
 どうしよう、どうなるだろう、という躊躇いが全く無い。
 昔の相羽に戻っただけのようでもあるが、今の相羽には、勝たなければいけないという気負いや、
 自分を格好よく見せたいというてらいが感じられない。
 本当に良い意味でふっきれたという印象であった。
 が、だからといって美月も負けるわけにはいかない。
 本当に前後の見境無く突っ込んでくる相羽をあっさりかわし、場外のリングポストに自爆させて逆転。
 リング内に押し込むと、自分はエプロンに上がりつつロープを挟んで相羽を立たせ、
 背後から相羽の頭を掴み、そのまま場外に飛び降りる。
 こうすることで、相羽の頭をトップロープで跳ね上げた。
「いッ……!?」
 再度頭を狙われた相羽が前につんのめったところで、エプロンに戻ってきた美月がトップロープを掴む。
 飛び上がって両足でロープに飛び乗り、相羽の後頭部目掛けてジャンプ。
 スワンダイブ式のミサイルキックを突き刺した。
 たまらず顔から倒れ込んだ相羽を引き起こし、コーナーに振る。
 動かない相羽を見て対角線まで距離を取り、
 走り込んだ美月は両膝を揃えて相羽の胸部へ叩きこんだ。
 さらに反対側に飛ばし、もう一発――を狙おうと踏み出した時、
 おもむろに息を吹き返した相羽が前に出る。
「おおおおおおっ!!」
 リング中央で相羽が右腕を振り抜き、カウンターのラリアットが炸裂した。
 そして今度は相羽が美月をコーナーに振り、助走をつけて串刺しのエルボー。
 さらに相羽も追撃を狙い、反対側に美月を振って雄叫びを上げ、弾丸のような勢いで突っ込んだ。
 が、美月もここで息を吹き返し、相羽をかわしてコーナーを脱出。
 コーナーパットへ壮絶な自爆をかました相羽の背後に飛び掛かり、
 右膝を高く振り上げて後頭部に叩きつけた。
「ぐっ………」
 背後から飛び掛かられた勢いでもう一度コーナーに突っ込んだ相羽は、
 流石に足をもつれさせてリング中央へたたらを踏んだ。
 すかさず、美月がその両肩に手を添える。
「よいしょ、と」
 相羽を飛び越えつつ、右手で頭を掴んで顔面からマットに叩きつけた。
 再三にわたって頭を攻められた相羽は、流石に苦悶の表情を浮かべる。
「う、っく」
「……手こずらせてくれました」
 相羽をうつ伏せから仰向けにし、コーナーの前で位置をセットしながら、美月が呟いた。
 まあなかなか頑張ったじゃないの、という相変わらずの上から目線である。
 動かない相羽を尻目に、美月は一度エプロンに出てからコーナーに上ろうとした。
 450°スプラッシュ狙い。
 一応スワンダイブ式でなければ、この技は安定して決めることができる。
 たまには引き出しの多いところを見せておくか、という色気を出したことが、
 ここで完全に裏目と出ることになった。
「まだまだぁ……ッ!!」
 いきなりがばっと上体を起こした相羽が、そこからもの凄い勢いでコーナーに取り着き、
 またたく間に美月の目の前まで上ってきたのだ。
「な……」
 驚く間もなく、相羽の肘が美月の顔を打つ。
 美月もやり返すが、すぐに相羽に頭を掴んで固定された。
 ゴッ
 客席まで届くような音を立てて、相羽のヘッドバットが決まった。
 散々痛めつけれた頭を自分からぶつけて美月を怯ませた相羽は、
 美月の首を捕まえて、セカンドロープのさらに上へ足をかける。
 右、左と一歩ずつ最上段に足を乗せ、完全にトップロープ上で立ち上がった。
「うわああああああああ!!!」
 そこから、コーナーに座り込んでいた美月を強引に引っこ抜いて見せた。
 逆さのまま伸びあがった美月の体は、そこからコーナーと相羽の身長を足した距離を落下。
 快音を響かせてマットの上へ背中から着地した。
 
「ちっ」
 見事な雪崩式ブレーンバスターであったが、美月はしっかりと受身は取っていた。
 それでも一瞬呼吸が止まるような衝撃が去ったあと、少しずつ体を動かして起き上がろうとする。
「ハァ、ハァ……」
 同じく起き上がろうとしている相羽の方が、ダメージは深いかもしれない。 
 あれだけ頭を攻撃された上、自分でコーナーから落ちたのである。
 それでも相羽は、意地で美月より先に立ち上がり、
 片膝をついている美月を再度ブレーンバスターの体勢に捕らえた。
「ふんぐっ!」
「くっ」
 美月も中腰のまま必死で踏ん張るが、相羽の執念か、少しずつ体が浮かされていく。
「今度は、ボクが、勝つッ!!」
 完全に美月の体が持ち上がり、宙に浮いた。
 そしてそのまま美月を真上に持ち上げ、後ろに倒れ込むかに思われた。
 我慢比べには遅れをとった美月も、持ち上がったところで頭に膝を入れて逃れようと狙っている。
 しかし、そのスキは無かった。
 美月を持ち上げきった相羽は、空中で美月の体を横に回転させてひっくり返しつつ、
 自分自身は倒れるのではなく、その場で勢いよく尻餅をついた。
「なに……?」
 全く予想外の技だった。
 空中で向きを変えられた美月は、マットに対して仰向けではなくうつ伏せに叩きつけられる形になったが、
 相羽が尻餅をついたことで、その肩が美月の頭の下にくることになる。
「がっ!?」
 相羽の肩で顎を跳ね上げられる形になった美月は、両膝立ちのまま、リング中央で硬直。
 そこへ、
「決めるッッッッ!!」
 すかさずロープへ飛んだ相羽の全力エルボーが襲い掛かった。
 前傾して倒れ込むように突っ込んだ相羽に倒され、勢いそのままに押さえ込まれる。
 誰もが、相羽の勝ちを確信した瞬間であった。 

 だが、美月はこれをクリアして見せた。
 ギリギリ、本当に2.9と3の間の際どいところであったが、
 なんとか美月は相羽を跳ね除けて肩を上げた。
 カウントを数えていた観客の声が一瞬驚きに変わり、
 ついで歓声になってその場を踏み鳴らす音と共に降ってくる。
 そして美月は、ロープにすがってどうにか立ち上がりかかった。
「もう一度だ!いけぇっ!!!」
 呆けていた相羽も、セコンドにつきながら初めて声を発した越後に促され、再度突進する。
 これを美月は、滑り込むような低空ドロップキックで迎撃した。
 膝を打ち抜かれた相羽が前のめりに倒れ、スライディングした美月がその背後で体を起こす。
 体が咄嗟に動いた。
 相羽が立ち上がるためについた左膝に、斜め後ろから左足をかけ、右膝を降り抜く。
 背面からのシャイニングウィザード。
「ハァ……」
 動かなくなった相羽を掴んで無理矢理引き起こし、太股の間に頭を挟んだ。
 このままフォールへいっても、起き上がってくるかもしれない。
 そう思うと、この技で決めるしかなかった。
 美月は、最後にもう一度相羽の頭をマットに叩きつけることで、ようやくこの試合に決着をつけた。


 試合終了のゴングが鳴らされたあと、リング上では二人が折り重なって倒れており、
 双方とも自力で起きる気配が無い。
 すぐに早瀬と越後がそれぞれに駆け寄って無事を確認する。
 早瀬に肩を貸されて立ち上がった美月は、勝ち名乗りを受けるのも物憂かったが、
 その右手がいつもより高々と掲げられた。
 揚げているのは、相羽であった。
「……やるじゃないですか」
「そっちこそ」
 それだけ言って、二人はそれぞれに引き上げていった。

[PR]
by right-o | 2011-12-19 21:36 | 書き物
「なるほどなぁ」
 美月に追いつきたいが、どうすればいいかわからない。
 大体そんなことを相羽がぽつりぽつりと語っている間、越後は黙って聞いていて、
 聞き終わるとそう言って腕を組んだ。
 そしていきなり、
「たるんでいるぞッ!!!」
「す、すいませんっ!!」
 マットを叩いて一喝した越後に、相羽の背筋が条件反射的にぴーんと伸びた。
「……なんて、怒鳴ってどうにかなる問題じゃないよな。ごめんごめん」
「あ、はい……」
 あはは、と笑って頭をかく越後の前で、相羽はぽかんとしている他ない。
(こんな人だったっけ……)
 今まで、若手時代の指導以外でほとんど接点のなかった相羽が、初めて触れる人間味のある部分である。
「でも考えてみろ。具体的に、お前のどこが美月に劣ってると思う?」
「え、それは……巧さっていうか技術っていうか」
「頭だな。一言で言うと」
 ズバリ言われてしまった相羽は、流石にちょっと凹んだ。
「だが逆に言えば、身体的に美月がお前を上回っている点なんて一つも無いはずだ。
 それは、お前たちの基礎を指導してきた私にはよくわかる。要は体が劣るから頭を使わざるを得ないのさ」
 そう言われても、相羽は浮かない顔をしている。
 現実に対戦してみて歯が立たなかったのに……とその目が語っているようであった。
「とはいえ、それだけじゃないな。今の美月は、最初から相手を呑んでかかっている気がする。
 あのふてぶてしい自信と、その基になる経験は、お前の言うように海外遠征で得たものかもしれない。だが」
 越後はにゅっと腕を伸ばし、相羽のイジケ顔の前でパチッと指を鳴らした。
「そんなもの、要は気持ち一つだろ?
 ちょっとぐらい騙されようが裏をかかれようが、跳ね返して向かって行けばいいのさ」
「気持ち一つ……」
「そう。大体、お前のようなヤツが悩んでても格好つかないんだよ。
 頭を使う暇があるなら、最初から今日のように体を動かしてろ」
 そう言って、越後は笑いながら相羽の頭をはたく。
「そ、そこまで言わなくてもいいじゃないですかっ」
 頬を膨らませて抗議する相羽だが、その表情は一転して明るいものになっていた。
「よーしっ……」
 と、疲れて横になっていたのも忘れ、今にも動き出しそうな気配を見せたが、
「た、だ、し」
 先に立ち上がった越後が、立ち上がりかけた相羽の頭を押さえた。
「悩む必要が無いってのは、試合に勝つか負けるかを考えた時の話だ。
 勝負を離れたところ、技の見栄えとか、リング外の立ち回りとか、
 ぶっちゃけた話人気とか、その辺はもっと頭を使いなさい」
 う、と相羽の表情がまた一瞬で元に戻った。
「なに、頭を使ってわからない時は相談すればいいのさ。
 友達甲斐の無い同期なんかじゃなくて、頼れるベテランにな」
 無駄に年はくってないんだぜ。
 そう言って越後は、思いの外優雅に片眼を瞑ってみせた。


 それから3カ月後。
「勝負だぁぁぁぁぁッ!!」
 食堂で昼食をとっていた美月の目の前に、いきなり飛びこんで来た相羽が一枚のビラを突きつけた。
(うざい……)
 最近すっかり元の騒々しさを取り戻した相羽である。
 普通にしていても落ち込んでいても、どちらにしても美月にはうざったかった。
「一体なに……」
「先輩ッッッッ!!」
 何か言おうとしたら更にもう一人飛びこんで来て、同じように同じビラを突きつけた。
 今度は神田であった。
「……何ですか一体」
 思いっ切り眉をしかめてからビラに目をやると、
 そこには『世界ヘビー級王座挑戦者決定トーナメント』と書かれている。
 組み合わせは、

 杉浦美月
       対
 相羽和希

 神田幸子
       対
 近藤真琴

ラッキー内田
       対
 草薙みこと

 柳生美冬
       対
マッキー上戸

「今度は、今度こそ勝つからね!!」
「先輩、手は抜きませんからね!!」
 大いに意気込んでいる相羽の隣で同じように意気込んでいる神田は、完全に相羽のことを無視していた。
 そして美月も、自分の隣にある名前はどうでもいい。
(しばらく、あのベルトには縁が無いと思っていたのに)
 王者は以前、伊達のまま。
 とすれば、まず勝ち目は無い。
 だがもしこのトーナメントに勝ちでもすれば、今度は結果を問われる挑戦となってしまう。
 しかし組み合わせを見るに、美月は最低限決勝戦までは勝ち上がる必要があった。
 というか、手を抜かない限り多分そうなってしまう。
 何せその前二戦の相手がどう転んでも格下なのである。
 相羽は当然として、後輩である神田や近藤にも負ける訳にはいかない。
「……誰得」
 目の前で騒ぎ立てている二人を余所に、美月はぼそりと呟いた。

[PR]
by right-o | 2011-12-05 21:24 | 書き物
 とある団体の寮の一室、夜。
「体に異常はありませんんが……とにかくひどい目に遭いました」
 伊達との対戦から3日後、岐阜市内の病院からようやく自分たちの部屋に戻って来た美月は、
 お腹をさすりながら苦笑した。
「ありゃ確かにひどかったな。ま、お疲れさん」
「私たちを差し置いて挑戦するからよ。自業自得ね」
「でも惜しかったね。良い試合だったよ」
 上戸、内田、六角の三人は、それぞれの言葉で美月を出迎え、そのまま部屋に居座った。
「で、自分ではどう感じた?もう一息で獲れると思ったのか、まだまだ最高位の壁は高いと思ったのか」
「さあ……、両方ですかね」
 内田の質問に、美月は曖昧な答えを返した。
 ただ、それが本心でもある。
 本人を含め誰も勝てるとは思っていなかった試合で、
 曲りなりにも伊達をカウント2.9まで追い込んだのだから、予想以上の大健闘だったと思う反面、
 最後はこれ以上ないぐらい叩きのめされて終わった
 結果としてチャンピオン相手に善戦した美月の評価は上がり、
 同時に美月は大目標への道程を確かめることができたので、目論見通りではある。
 美月としては、自分に勢いや話題性があり、挑戦できる時に一度挑戦しておきたかったのだった。
「しばらくは高望みせずに大人しくしてますよ。もうあんな痛い思いはしたくありませんし」
 思いっ切り助走をつけた伊達の膝蹴りを腹部にくらった美月は、
 自分で映像を見ても冗談のような必死さでマットを転げ回って悶絶した。
「そういえば、美冬とみことがいい気味だって言ってたぞ」
 美月に一服盛られて伊達への挑戦を逃した二人も、
 背中を丸めてえずく美月を見て、いくらか溜飲を下げたらしい。
 と、同時に王者伊達への警戒感を一層高めたことだろう。
「……そうですか。まあ、多分次はどちらかが挑戦するんでしょうね」
「それはそれとして、今度は持っているベルトを守る側に立ってもらいましょうか」
「おう!あたしたちの挑戦を受けろよな!」
 美月を挟んで騒がしく挑戦を迫る上戸と内田を眺めていた六角は、ふと窓際から視線を外に向けた。
 3階の窓から見える道場には、まだ灯りが点いている。


「はあッ、はあッ……」
 その道場に置かれたリングの上に、相羽が転がっていた。
 冬の寒い中に猛練習を重ねたせいで、体中から白い湯気が立ち上っている。
 現状の自分をどうにかしたい、とは以前から常々考えていたことだったが、
 この前の美月の試合を見て、その気持ちがより一層強まった。
 しかし、どうすればいいかがわからない。
 最初から天性の腕力を持っていたノエルはともかく、自分と同じスタートラインにいたはずの美月が、
 いつの間にか自分のかなり前を、先頭集団に追いつきそうな勢いで走っている。
 海外遠征がそうさせたのだ、と相羽は当初そう考えて社長に直談判してみたこともあるが、
 考えてみれば美月の成長は海外遠征以前、ノエルに勝った辺りから始まっていたように思われる。
 何が美月を成長させたのかわからない。
 頭で考えることに行き詰った相羽は、とりあえず道場で思い切り体を動かしてみた。
 思いつく限りの練習方法を嫌というほど試してみて、
 もう体が動かないというまでになり、ようやく体を横たえて天井を見上げる。
 だからといって、特に何ということもなかった。
 体を動かしたことで一時的にストレスを追いやっただけで、悩みの根本は何も変わっていない。
「はぁ………」
 寝転がったままで、投げやり気味な溜息を吐いた時、
「そろそろ閉めたいんだけどな」
 入口から声がかかった。
「あ、ハイ、すいませ……」
「ウソウソ、好きにしていいよ」
 急いで起き上がろうとする相羽を押しとどめ、笑いながら近づいて来たのは、越後しのぶであった。
 ジャージ姿の越後はリングに上がり、相羽の横で小さく胡坐をかいて座る。
「で、どうかしたのか?こんな時間に」
「いえ、その……」
 一般的にはいわゆる「鬼軍曹」のイメージで通っている越後は、
 起き上がりかけている相羽の顔を柔らかい表情でのぞき込む。
 相羽も、かつてはリング上同様に竹刀を持った越後に指導を受けたこともあったが、
 それは若手の範疇にいた間だけの話。
 一人前と認めてもらえれば、あとは何くれとなく気を使ってくれたり、相談に乗ってくれたりと、
 非常に頼りがいのある年長者として接してくれる。
 彼女が寮や道場の指導を任されているのも、厳格さよりその辺りを買われてのことだろう。
「考えても仕方がない時、無駄でも何でもとにかく体を動かしたくなる気持ちはわかる。
 何かあったんだろ?力になれるかはわからないけど、とりあえず話してみないか?」
「はい……」
 そう言われて、相羽はたどたどしく自分の心境を話し始めた。

[PR]
by right-o | 2011-12-04 19:55 | 書き物
「っと!」
 蹴り足を掴まれるような形で片足タックルを受けた伊達は、
 重心を前に預けてこらえつつ、冷静に背後のロープへ寄りかかってこれを凌いだ。
『ブレイク!』
 レフェリーが間に入り、両者を引き離そうとする。
 仕方なく、美月は伊達の右足を放して立ち上がり、じりじりと間合いを取ろうとした瞬間、
「シッ」
 短い気合と共に、最高位タイトルマッチの洗礼が放たれた。
 左右の張り手から、今まで以上に強烈なローキックに繋ぐコンビネーション。
 いきなり目の前で火花が散ったと思ったら、美月は両足を払われて尻餅をついていた。
 唖然としている暇も無く、伊達がさらに左足を踏み込んでくる。
 今度は、座っている美月の胸板へ向けてのローキック。
「かっ……!?」
 人間の体の一部がぶつかったとは思えない、乾いた音が響いた。
 伊達は、呼吸を忘れて悶絶する美月の上体をもう一度起こし、
 さらに助走をつけて背中へのローキックを狙いにロープへ飛ぶ。
(起きろッ!)
 開始数分で悲鳴を上げている体に鞭を打ち、ここが潮目と見た美月は瞬時に立ち上がった。
 ロープから跳ね返ってくる伊達へ、体の左側面を向けてジャンプ。
 右足を振り上げ、走ってくる伊達の頭へ膝の内側を引っ掛けるように当てる。
 そのまま体重をかけてギロチンドロップの形で後頭部をマットへ叩きつけた。
 神田が使うシザースキックを、自分から飛びついて決めるような形のこの技が、
 完全に伊達の意表を突いてカウンターヒット。
「まだまだ、これからッ!」
 観客と自分に言い聞かせ、美月は痛む体を起こして伊達を立たせにかかった。


 伊達が圧倒的な攻撃力で試合を支配する展開が続くが、
 美月も要所で効果的な反撃を見せて王者に喰らいついていく。
「せっ……!」
 強烈なニーリフトから美月をブレーンバスターの体勢に捕らえた伊達は、
 軽々と美月を垂直に抱え上げた。
 打撃以外にも様々な引き出しを持つ伊達は、投げ技も多種類使いこなす。
 持ち上げきって背後へ倒れ込もうとしたが、美月が自由な手足をばたつかせて抵抗。
 逆さまになった状態から、伊達の頭頂部へ膝蹴りをかまして脱出した。
「うっ」
 またもや予期せぬ反撃を受けてたじろいだ伊達の背中を滑り下り、
 着地と同時に伊達の肩を掴んで跳躍、跳び箱の要領で体を持ち上げる。
 伊達の頭上を飛び越しつつ後頭部を掴み、体重をかけて顔面をマットに叩きつけた。
 この変形のフェイスクラッシャーから、引き起こした伊達をコーナーに振る。
「勝負っ!」
 串刺し攻撃を狙って突っ込んだ美月の眼前で、伊達の右足がスッと一気に垂直まで持ち上がった。
 そこから振り下ろされた踵が走り込んだ美月の額を直撃。
 額が割れこそしなかったものの、美月はたまらず数歩たたらを踏んで後退した。
 そこをすかさずコーナーから飛び出た伊達が捕まえ、振り回すようにして反対側のコーナーへ飛ばす。
「おおぉぉぉぉぉ!!」
 一度対角線上に戻って距離をつくってから、一気に走り込んで右足を振り上げる。
 串刺し式の前蹴りが美月の顔面に突き刺さった。
 伊達が足を引いたあと、糸の切れた人形のようになった美月が力無く前に崩れ落ちる。
 そこを抱き止めた伊達は再度ブレーンバスターで持ち上げ、
 後ろに倒れ込むのではなく、前に下ろすことで美月をコーナーの上に座らせた。
 狙うのは雪崩式のフランケンシュタイナー。
 たまに見せる隠し玉的なわざである。
 伊達は、左右のロープに足をかけて悠々とコーナーを上り、
 ぐったりと動かない美月の目の前で、コーナーを跨いでトップロープ上に両足で立った。
 だが、今まさに伊達が踏み切ろうとしたところで、動けないはずの美月が死んだフリから蘇った。
 伊達を押してバランスを崩させ、たまらずロープ上で屈んだところへ顔面にエルボー。
「……くっ!?」
 よろめいた伊達が、たまらずコーナーから降りようとする。
 その時、不意にひらめきがあった。
(今ッ!)
 伊達がロープ上からマットに飛び降りた瞬間、美月もコーナーから伊達に飛びついた。
 着地の際に下がった伊達の頭を上から手で押さえつけ、両足の間に挟む。
 間髪入れずにマットを蹴り、伊達の長身を後方に折り畳むような前方回転式パイルドライバー。
 電光石火の一撃に会場が沸きかえる中、美月は夢中でカバーに入る。
(どう、だ……!?)
 絶対の決め技に、手応えは確かにあった。
 業界の頂点まで、あと半歩。
 1、2、……と数えられていくカウントが異様に長く感じられた……が、
 結局3つめが数えられることはなかった。
 レフェリーの手がマットを叩く寸前、限りなく3に近いところで、しかし伊達は確かに肩を上げたのだ。
「ああッッ!!」
 美月自身思いもかけない声が出て、両手をマットに叩きつけていた。 
 が、すぐに気を持ち直す。
 もう一度。
 そう考えて伊達を引き摺り起しにかかる。
 だが何とか片膝立ちになったところで、伊達は美月を突き飛ばした。
「この……」
 苦し紛れに何を、と考えて再度近づこうした美月は、やはり勝ちを焦っていた。
 距離を詰めようとした美月の頭を、開いた間合いを利した左のハイキックが薙ぎ払う。
 まともに側頭部へ受けた美月が崩れ落ち、ダメージの深い伊達も体勢を崩して倒れた。
 このダブルノックダウン状態に、客席は一度湧き返ったあと、
 二人それぞれの名前を呼ぶ声が会場中を包みこんだ。
 
 先に立ったのは伊達だった。
 まだ美月が立ってこないのを見て、ゆっくりと頭を振りながら立ち上がる。
 遅れてうつ伏せからマットに両手をついた美月は、
 眼前に立つ伊達に縋るような形でようやく両膝をマットから離した。
 伊達は、右腕を美月の足の間に入れておもむろに持ち上げ、
 ちょうど真横にして持った美月を、何を思ったかコーナーのサードロープとセカンドロープの間に設置。
 そのまま、自分は対角線上のコーナーに下がった。
 為すがままの美月も、それを見ている観客も、伊達の意図がわからない。
(……強かった)
 一人伊達のみが、挑戦者に敬意を表し、新しい技で仕留めるべく動こうとしている。
 これが美月にしてみれば最悪のお節介となった。
 矢のようにコーナーを飛び出した伊達は、対角線を走り切った勢いを乗せ、
 横向きに固定されている美月に向けて思い切り右膝を突き出す。
「………!!!!!」
 声にもならなかった。
 無防備な腹部へ、伊達の全体重を乗せ切った膝小僧が直撃。
 心身ともに疲れ切っていたはずの体が痙攣するように跳ね上がり、
 ロープの間から抜けてマットへ落ちると、体をくの字に折ってひたすらえずいた。
 ほんの少しの胃液しか出てこなかったが、
 美月にしてみれば内臓が口から飛び出ているような感覚。
 直後、ダメ押しの垂直落下式ブレーンバスターでフォールを奪われるのだが、
 試合終了後に即病院送りとなった美月は、そこまで覚えてはいなかった。
 結果として、勝てないまでも多くの見せ場を残した美月だったが、
 強引に挑戦までこぎつけたツケはきっちり払わされることになったのであった。

[PR]
by right-o | 2011-11-23 22:06 | 書き物
 小細工を弄した美月が、伊達への挑戦権を手に入れてから三週間後。
 初めて単独で迎える最高位王座戦の舞台は、地元だった。
 ほぼ国内を統一状態にあるこの団体にとって、
 最高位ベルトが数千人規模の会場で争われるのは、ここ数年では異例のことである。
 しかし、挑戦者・美月の地元だからということで、この会場が選ばれたのではない。
 それは二次的な理由に過ぎなかった。
 大会場のメインとして据えるには、弱いカードだと思われたのである。
 美月だけでなく、王者・伊達の方も、仲間内での評価はともかく、
 トップレベルの人気という意味ではまだ疑問符がついていた。
 そしてまだ盤石とは言えないからこそ、
 敷居の低い内に挑戦しようとするレスラーたちが数多くいたのであり、
 同じことを考えていた美月としては、水面下のところで卑怯な手を使わざるを得なかったのである。

「勝てるわけがない」
 入場ゲートの裏、神田と一緒に待機していた美月は、誰に言うともなく呟いた。
「え……?」
 名実ともに、自分の数段上をいく王者へ挑戦することについての、紛れもない本心である。
 だが、同時に真逆のことも考えていた。
 たかが相手の肩を3秒床につけるだけのこと、誰が相手でも不可能なはずがない。
「勝つ必要もない」
 帰国後の勢いそのままに突き進んで来た美月にとって、この試合は試金石である。
 無様な試合をすれば、これまでの自分への評価は一変することになるかもしれない。
 しかし、だからといって全てを犠牲にして勝ちに拘る必要もない。
 何しろ、相当熱狂的な美月ファンを例外として、誰も勝つことを期待していないのだ。
 ある程度善戦できればそれで十分であった。
 ただそれでも、もちろん勝って悪いということは全く無い。
 そうなれば、美月は業界の一つの頂点を極めることになる。
「まあ、気楽に」
 最後にそう口に出して自分の思考を振り払い、美月は花道へと足を踏み出した。

 そう大きくない会場ながら、地元ならではの大歓声で迎えられた美月は、
 神田と同じデザインのガウンのフードを目深に被り、普段と同じ足取りで一歩ずつリングに向かう。
 直前でゆっくりとガウンを脱ぎ、かけていた眼鏡を横に放り投げてからロープを跨いだ。
 青コーナーのセカンドロープに上り、沸き立つ客席を軽く一瞥する。
 そこから軽く後ろに跳ね、振り返りながら着地。
 緊張や浮つきと無縁に振る舞う挑戦者は、この日も余計なことはせずゴングを待つ姿勢をとった。
 美月のテーマがフェイドアウトした瞬間から、会場は王者を呼ぶ声援に包まれる。
 哀愁漂うイントロが流れ始め、そこから一転して激しく曲調が変わったところで、
 団体最高位のシングルベルトを肩に掛けた伊達遥が姿を現した。
 数十年前の男臭いアニメソングと、それに合わせた『ハルカ』コールの中で歩を進め、
 リングの手前で見せつけるようにベルトを誇示。
 その後は美月を無視して赤コーナーに上り、再度ベルトを両手で掲げて見せた。
 一度入場ゲートをくぐれば、普段の人見知りはどこへやら。
 才能あふれる若きチャンピオンの、堂々たる姿であった。


 両者とも、ゴングが鳴ってもすぐには動かない。
 伊達はやや開き気味の両手を前に上げ、ほんの少し前傾気味で打撃の姿勢ながら、
 自分から仕掛けずに受けて立つ構え。
 対する美月はぐっと上体を沈ませ、一見して組みつきたい様子。
 しかしアップライトに構えた伊達が付き合うはずもなく、
 美月はタックルを狙うような姿勢のまま、じりじりと距離を詰めて行く。
 あと一歩、というところにまで迫った時、この試合のオープニングヒットが放たれた。
 伊達の右足が鞭のようにしなり、乾いた音を立てて美月の脛を打った。
 思わず声を上げそうなほど痛かったが、美月はそれを押し隠してさらに距離を詰める。
(痛がってたら、触れもしない……!)
 下がりながら再度ローキックを打ってきた伊達に対し、今度は腿に痣が残るほどの蹴りを受けながら、
 美月は自分を蹴った足を掴み、片足タックルの形で押し倒そうと試みた。


[PR]
by right-o | 2011-11-19 22:02 | 書き物