中堅王座戦。
 先日相羽が惨めな敗北を晒すことになった相手に、今度は美月が挑戦することになった。
 その相手とはラッキー内田。
 ノエル戦前に思い詰めていた美月を宥めすかして立ち直らせたこともあり、
 美月にとっては師匠とも言えるような相手であった。


 内田はゴングと同時に両拳を上げ、アップライトに構えて前進してきた。
 ニヤニヤしながら圧力をかけ、挨拶代わりのローキック。
(……イヤな奴)
 打撃は今もって美月の苦手とするところである。
 というか、これまで本格的な打撃を使う相手と当たる機会が無かった。
 挑発的に放たれた蹴りをやや下がって回避した瞬間、
 蹴り足を戻すと同時に身を屈めた内田が凄い勢いで突っ込んでくる。
(タックル!)
 そのまま前から押し倒すかに見せておいて、内田は美月の横をすり抜けて背後に回った。
「ほーらっ、と」
 バックを取って一回り小さな美月を一息に持ち上げ、持ったまま共々に正面へ倒れこむ。
 うつ伏せにした美月の背中で自分の身体を半回転させ、内田は悠々と"がぶり"の姿勢を奪った。
 が、美月はフロントスリーパーに移行すべく首に回ってきた内田の右手首を掴んで、
 自分の身体を回してこれを捻り上げながら内田の下から脱出。
 逆に内田の上になると同時に捻った右手をその背中に固定する。
「ちっ……」
 地面に這いつくばった先輩の頭に膝でも落としてやりたかったが、あえて美月は何をせずに離れた。
 眉間に思いっきり縦皺を刻んで立ち上がった内田を見て、美月はちょっと気分がよかった。


 とはいえ、美月が内田に対抗できるのは密着しての技術だけ。
 その他、身体的な優劣は言わずもがな、投極パ打飛どれをとっても内田を上回っている要素は無い。
 それでも美月は勝負を捨てなかった。
 どれだけ地力に差があろうと、たかが相手の肩を三秒間マットにつければいいだけのこと。
 勝負はやってみなければわからない――というのは、美月が内田から学んだことでもある。

 10分過ぎ、中盤以降は徹底してグラウンドに付き合わない方針を採った内田は、
 大人気なく美月を投げたり叩いたりと好き放題にしていた。
「ほらほら、ほらっ!」
 左右掌底から右ローキックのコンビネーション、と見せ掛けて、
 繰り出した右足を軸にして左の後ろ回し蹴り。
 普段の内田ならやらないはずの無茶な攻撃だが、内田は完全に美月を舐めきっていた。
 そして、そこが美月の付け入る隙である。
 バカのような大振りをしゃがんでやり過ごすと、すかさず右足を精一杯振り上げ、
 見よう見まねのハイキック。
「ッ……!?」
 初めてにしては綺麗な軌道を描いた美月のつま先が、不意を突かれた内田の顎をかすめる。
 咄嗟に身を反らして避けた内田に対し、美月は振り切る直前で右足を一時停止。
 そして反撃しようと身体を戻した内田の側頭部を右の踵で蹴り飛ばした。
 流石の内田もたたらを踏んで後退し、
 足で往復ビンタするような形になった美月はそのまま右足を下ろして半身に構え、一呼吸。
「せッ!」
 会心のトラースキックが炸裂した。
 下から顎を蹴り上げられた内田は昏倒し、美月はすぐにロープ際へ。
 ひとっ飛びにエプロンへ出て、リング内を向いてトップロープを掴み、今度はもっと深く息を吸い込んだ。
(今日こそ決めて見せる!)
 トップロープに飛び乗って両膝を畳み、両手は頭の後ろ。
 最大限ロープのたわみを利用して飛び立つと同時に両手と頭を思い切り前に振って一回転。
 スワンダイブ式の450°スプラッシュ。
 ノエル戦では回りきらずに背中から落ちてしまったが、この日は綺麗に飛ぶことができた。
 そして初めて試合で決まり……はしなかった。
「ごっふ」
 ここぞとばかりに膝を鋭角に立てて待ち構えていた内田に迎撃され、今回も未遂。
「あんまり調子に乗らないことね」
 膝がめりこんだ腹部を押さえて悶絶する美月を見下ろしながら、内田が顎をさすった。
「さ、どうしてやろうかしらっと……」
 暫く考えたあと、内田は美月を無理矢理引き起こしてブレーンバスターの体勢へ。
「よいしょっ」
 軽々と持ち上げてから、内田はその場で回転しつつ美月の首にかけた腕を緩めた。
 放り出された美月がうつ伏せに落下してくると同時に、内田はマットに背中をつけて身体を丸める。
「ぐふっ……!」
 美月は再度、膝剣山を受けさせられる形になった。


「後輩相手にエゲつない技で勝つなんて、大人げないと思いませんか?」
「あんな即興で考えた技で負ける方が悪い」
 控え室でもばっさりやられた美月は、ほんの少し口を尖らせてそっぽを向いてしまった。
「ま、これが一端の若手と王者レベルの差ね」
「王者と言っても中堅ベルト王者のですけどね」
 言った瞬間足を踏みにきた内田の足を寸前でかわし、美月は今度は体ごとそっぽを向いた。
(まだまだ中堅の壁は厚い、か?)
 ベルトのことはともかく、内田の実力は決して低くない。
 しかし、まだまだ上があることも事実であった。
 道は遥かに遠いようである。

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by right-o | 2010-12-19 23:07 | 書き物
 とある団体の寮の一室。
「何というかこう、二度目の載冠ともなると貫禄みたいなものが……」
「……ごめん美月ちゃん、わかんない」
 初めて美月がジュニア王座を奪取してから一年が経ち、
 この間にベルトは美月→綾→ノエルと巡って再び美月の腰に戻って来ていた。
「あーあ、ボクもジュニアに挑戦できれば……」
「なんだと」
「……もういっぺん……言ってみろ………」
 未だ無冠の相羽が迂闊な愚痴をこぼした瞬間、美月とノエルが左右から相羽の頬をつねる。
「ほほう、ジュニアなら自分でも獲れると?私たちになら勝てると?」
「……地味な奴の発想……痩せた考え……」
「ふええ……」
 だが美月は、しばらく相羽の頬をねじり倒してから不意に噴出し笑いを見せた。
「ふっ、しかし和希さんの場合、相手が誰というより自分に問題があるようですね」
「……セルフ……垂直落下……」
「うわあああ言うなあああああ!!」
 言われた途端、相羽は顔を真っ赤にしながら俯いてしまう。
「フフフ、あの場面が何度放送でリプレイされていたことか」
 ノエルと美月が二度目のジュニア王座戦を争ったのと同じ日、
 相羽も中堅ベルトへ二度目の挑戦を果たしていた。
 永原から代わった王者相手にまあそこそこ善戦しているかと思われた矢先、
 雪崩式のフランケンシュタイナーを仕掛けようとした相羽は見事に失敗。
 コーナーに座った相手の首を挟んだ両足がすっぽ抜け、
 相羽一人だけがマットに頭から突き刺さったのだ。
 呆れ返った対戦相手は、勝手に目を回した相羽を蹴り倒して3カウント。
 運悪くテレビ放送の入っていたイベントで、相羽は無様な醜態を晒してしまった。
「雪崩式ならブレーンバスターぐらいにしとけばいいのに、慣れない技を使おうとするから」
「だ、だってタイトルマッチなら秘密兵器ぐらい使いたくなるじゃないか!?」
 雪崩式フランケンシュタイナー程度が秘密兵器という発想はともかく、
 こう言われると美月も同じような覚えがある。
 ただ美月の場合、失敗したことが結果的に良い方に出ただけのことだ。
「まあ何にしても似合いませんから、やめた方がいいですよ」
「え~、ちょっと練習すればできるようになるって。色んなやり方もあるし」
 なんかイラッとしたが、美月は久々で相羽の話につきあってやることにした。


「フランケンといえば、まず元祖ですか」
「スコッ……リリィ・スナイパーだね」
 フランケンシュタイナーを開発したのは、スナイパーシスターズの妹リリィの功績。
 とはいえ、今や本人が使用する場面を見ることはほとんど無いと言っていいほど。
「ちなみにフランケンシュタイナーとウラカンラナ……なんとかは本来別の技だそうですが、
 もう大概混同されすぎてわからなくなってますね」
「それだけ使う人が多いってことかな」
「確かに。日本人で有名なところだと、まずは武藤さんでしょうか」
 数多くの必殺技を持つ武藤めぐみだが、それらを返されたあと、
 さあこれから反撃と勢いづく相手にズバリと決めてみせるのがフランケンシュタイナー。
 正に奥の手といった使い方であり、フォール率はかなり高い。
「フォールせずに投げ捨てる形だと使う人はもっと多くなります」
「ボクは何故かAGEHAさんが印象に残ってるんだけど」
 本人は涼しい顔で使いこなしているが、AGEHAのフランケンは見た目かなり危なっかしい。
 何しろ身は軽くとも身長があるため、大抵は頭がマットにつかないよう、
 相手の横に体を流す形で仕掛ける。
「更に派生技もありますからね。やはり有名なのは雪崩式ですか。で、誰のを真似たんです?」
「ソニックキャット……」
 雪崩式フランケンの元祖はソニックキャット。
 ここから更に細かく派生して、投げる前に相手の前で腰を振るのが渡辺智美、
 コーナーに座っている相手に横のトップロープから飛びついて投げるのが小早川志保、
 そしてコーナー上でタッグパートナーに肩車させた相手を投げ捨てる軽業は成瀬唯のもの。
「あとは……一応リバースフランケンというのもありますね」
「あれ使うときの上原さんって、絶対殺す気だよね……」
 背中を向けた相手に向かってフランケンを仕掛けるのはブレード上原ぐらい。
 もちろんフォールなどという生易しい結果にはならず、相手は後頭部をマットで強打する破目になる。
 更に上原はこれを雪崩式で使用したこともあるが、
 よほど相手を選んでいるのか、一応怪我人は出ていない。
「他に変わった使い方と言えば、保科さんと橘さんですかね」
「合気道って奥が深いよね」
「多分、合気道は関係無いんじゃないですかね……」
 保科は意表を突くフランケンから流れるように腕ひしぎへ移行するが、
 何から着想を得た動きなのかはわからない。
 橘はショルダースルー等で跳ね上げられた際、空中で体勢を立て直してフランケンでカウンターを取る。
 見た目非常に華麗であり、観客を味方につけて一気に流れを引き寄せることができる。
「ああそうそう、パワーボムのカウンターとしても使われます」
「といえば、やっぱり伝説の祐希子市ヶ谷戦だよねぇ」
 マイティ祐希子VSビューティ市ヶ谷戦の見所の一つが、市ヶ谷のビューティボムを巡る攻防。
 これを祐希子がフランケンで返そうと試み、市ヶ谷はこれを更に踏ん張って持ち上げようとする。
 この攻防の際、返し損ねた祐希子が真っ逆さまにマットへ叩きつけられた瞬間は、
 テレビ・会場問わず見ていた者全員を一瞬で氷つかせた。


「というわけで、やっぱり和希さんには似合わない技なので諦めてください」
「え、いや、何が『というわけ』なの……?」
「とにかく、諦めてください」
「そんなあ……」
 口を尖らせて抗議する相羽をなだめすかしながら、
 美月は内心ちょっと本気で相羽にフランケン系の技を使わせたくなかったりする。
(なるべく他人と技が被るのは避けたいところ……)
 実は、美月にも思いついている技があったのだ。

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by right-o | 2010-09-26 19:03 | 書き物
 小川対栗浜戦、真帆&ジョーカー対藤原&みずき戦のあと、
 元々リーグ戦出場が決まっている二人についても、それぞれシングルでの試合が組まれていた。
 
 フレイア鏡の相手は星野ちよる。
 始まる前から結果の見えていたこの試合、鏡はあえて地味なグラウンド技につきあったり、
 ちよる込みであわやの2カウントを取られてみたりと、ちよるの健闘を意図的に演出した。
 が、ロープへ走ったちよるの顔面へカウンターのジャンピングニーを合わせたところから本性を見せる。
 さらにブレーンバスターで持ち上げると見せかけてちよるの両足をトップロープに引っ掛け、
 不安定な状態から落差をつけて強烈なDDT。
 既に青息吐息のちよるを無理に立ち上がらせ、その左脇から肩固めの要領で左肩ごと首に両手を巻きつけると、
 まず自分から背後に倒れ込んでちよるの顔面をマットに叩きつけた。
 そのままの体勢から腕を解くことなくちよるを仰向けにし、その下に自分の左足を差し込んで右腕を押さえつけ、
 最後に右足を頭に引っ掛けながら手と足を使ってちよるの首を締め上げる。
「うふふ」
 自分の足の下で苦痛に歪むちよるの顔を、鏡は相手がタップしたあとも眺め続けた。

 対して中森はエミリー・ネルソンという難しい相手と戦った。
 流石とも言うべきイギリス伝統の技術と渡り合った中森は、
 相手のバックドロップを受けた直後にエクスプロイダーを返して見せる。
 そしてダブルノックダウンを挟んでから立ち上がって向かい合うと、エミリーの右脇に頭を差し入れ、
 右腕を正面から首にかけて再度エクスプロイダーの体勢へ。
 ここから左手でエミリーの右腿の後ろを通して左の手首を掴んだ。
「なんだ……!?」
 初めて強制された姿勢に驚く間もなく、左手を固定されたまま反り投げられたエミリーは頭部をマットに弾ませる。
 相手の意識を飛ばしながらも、中森はきっちりと片エビ固めでフォールを奪った。

 リーグ戦を前に対照的な肩慣らしをおこなった鏡と中森は、
 ともに優勝者に叶えられるという願いを語らぬままリングを降りる。
 言いたくないのか、言うまでもないのか、観客には察しかねるところであった。

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by right-o | 2010-06-13 21:29 | 書き物
 小川と栗浜の退場が終わらない内、会場に3発の銃声が鳴り響いた。
 それがジョーカーレディ&フォクシー真帆入場の合図である。
 揃いのホットパンツと胸元ギリギリまで裂け目の入ったTシャツ、
 それに真帆はバンダナを頭に巻き、ジョーカーは覆面のようにして顔の下半分を隠している。
 六角形をしたリングにたどり着くと、エプロンに立ったジョーカーが客席を向いて背中を反らし、
 その肩口に頭を乗せるようにして真帆がリング内から抱きついた。
 格好も仕草も組み合わせも、何から何までよくわからないタッグであった。
 対するはリーグ戦出場に名乗りを上げたもう一つのチーム、藤原和美&橘みずき。
 こちらはわかりやすく熱血系の似たもの同士である。
 
 ジョーカーとみずきで始まった試合は、まずアームホイップで幕を開けた。
 互いに突進してきた勢いを利用して一度ずつ投げ合い、
 さらにジョーカーは飛びながら足でみずきの腕を絡め取っての一発。
 対して立ち上がったみずきはトーキックから腕を取ったが、ジョーカーは自ら前転してマットへ横になり、
 一瞬体を縮めてからみずきの顔面を両足で蹴って抜け出す。
「うッ!」
 思わず後ろに倒れたみずきだが、即座に両足を頭の方まで持ち上げ、反動をつけて立ち上がった。
 そして真正面で同じように立ってきたジョーカーと、ドロップキックの相打ち。
「むぅ……!」
「フフフ……」
 空中で四本の足が交錯したあと、二人は観客の拍手の中でじりじりと自陣へ退いて行った。
「藤原、行きますッ!!」
「うおおおおッ!!」
 続いてほぼ同じ体格の真帆と藤原が、リング中央で肩口から激突。
「来いッ!」
 どちらも引かないぶつかり合いから、藤原がロープを指して挑発する。
 これを受けてロープへ飛んで帰ってきた真帆をマットに身を横たえてかわし、
 さらにもう一度跳ね返ってきたところを藤原はフロントスープレックスで鮮やかに放り投げた。
 が、投げられた勢いのまま立ち上がった真帆が、強烈なショルダータックルのお返し。
「どうだッ!」
 まずは両チーム互角の立ち上がりであった。

 個々の力に差が無いとすれば、タッグ戦でものを言うのは連携ということになる。
 乱戦になるにつれ、一時は藤原とみずきがそれを見せつけるかとも思われた。
 エプロンにいた真帆をみずきがフライングニールキックで叩き落し、
 正義の味方タッグは標的を悪役っぽい方に定める。
「「ハイッ!、ハイッ!、それッ!!」」
 左右からジョーカーの体を挟み込む形で、ミドル、ミドル、そしてローを膝の裏に打ち込んで体勢を崩し、
「「せぇ~のッ!!」」
 の掛け声で左右同時のトラースキック。
 が、頭を挟み潰される寸前、ジョーカーは自ら後ろに転がって難を逃れた。
「りゃああああッ!!」
 同時にエプロンからトップロープに飛び上がった真帆が、リング中央の二人へ両腕でのラリアット。
 まとめて一気に薙ぎ倒すことに成功すると、ここから真帆ジョーカー組は一気に勝負をかけた。
 軽量のみずきを捕まえた真帆は、タイガードライバーの体勢から一気に持ち上げ、
 仰向けのみずきを自分の右肩に乗せてから場外に落ちた藤原へ向き直った。
「ちゃんと受けろ!」
「わ、ちょ……っ!?」
 そのままリングから場外へ向けてみずきを投下。
 重さを感じさせずふわりと宙を舞ったみずきは、見事にタッグパートナーを背中で押し潰した。
「さあ、お前はこっちだ!」
 みずきを受け止めざるを得なかった藤原は、さらにジョーカーに引き摺られて強制的にリングインさせられる。
 しかし藤原は諦めない。
「まだまだまだぁッ!!」
 引き起こそうとしたジョーカーの手を振り払うと、左右の張り手を連打して渾身のハイキック。
 これは屈んで避けられるも、さらに続けて組み付こうとしたところで、
 目の前のジョーカーがいきなり飛び上がった。
 リープフロッグのように垂直に飛んだジョーカーの背後から、身を屈めた真帆が突進してきていたのだ。
 ジョーカーの開いた両足の下を猛スピードで通過した真帆は、藤原の腹部に肩口から突っ込んで引き倒した。
「さあ、派手にいこうか!!」
「おうっ!」
 あとは仕上げを残すのみとなリ、ジョーカーはコーナーの一つを指し示す。
 真帆は、そこまで引き摺っていった藤原をおもむろにパワーボムで持ち上げると、
 コーナーに背を向けたままで、コーナーに飛び乗ったジョーカーへ近づいた。
「よく見ているがいい!皆、こうしてやる!!」
 客席を向いて首を搔き切るポーズを見せたジョーカーは、真帆の上に乗せられた藤原の頭を、
 自分の左肩の上に乗せて固定。
 そしてコーナーを蹴って後ろに宙返りし、藤原へいわば雪崩式の不知火を敢行。
 さらに真帆は開脚しながら尻餅をつき、こちらはパワーボムで藤原の体を叩きつける。
 真帆&ジョーカー、オリジナルの連携技が完璧に決まった。


「さて、我々がこの団体を代表するのは当然として。願い事な……。
 何でもいいんだろう?なら、メキシコにいるカラスへ挑戦させてもらおうか」
「メキシコ?なんだそれは?うま……」
「ああ、うまい。メキシコはうまいぞ。一緒に行こうじゃないか」
 ほとんど思いつきで無茶を言ってみただけの願いごとだったが、
 ジョーカーは予想通りの反応を示したパートナーへ即座に調子を合わせた。
 単純さもここまでくると、逆に組んでいて楽なものである。
 これはこれで、得難い相棒と言えるかも知れなかった。

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by right-o | 2010-06-12 00:48 | 書き物
 大阪、某テーマパーク内にある常設会場。
 この日、優勝した者の願いが叶えられるというリーグ戦に向け、
 団体からの代表者を決めるための試合が組まれていた。


「この団体を代表するのに、あなたはふさわしくない!」
 入場を終えて黒いローブを脱ぎ捨てた栗浜は、六角形の対角線に立つ小川にこう言い放った。
(ええ、自覚してますとも)
 そんな本心をおくびにも出さず、そ知らぬ顔で聞き流す小川であった。

 栗浜が小川に飛び掛って試合がスタート。
 無理矢理ロープに詰めて反対側へ振ると、跳ね返ってきたところへのドロップキックで先制。
 さらに引き起こしてトーキックを入れ、今度は自分がロープへ飛んだ。
「よいしょ、っと!」
 これをショルダースルーで投げようとした小川の背後に難無く着地してみせ、
 そのままロープワークを続けて小川の振り向きざまへ人工衛星ヘッドシザース。
 投げ捨てられた小川はサードロープの下をくぐって場外に転がり出た。
 こう目まぐるしく攻め立てられては小川の方に分が悪い。
「私が出るんだ!」
 ここで一気に追撃しようと、栗浜がトップロープを飛び越える。
 エプロンに着地して場外の小川へケブラーダを狙ったのだろう。
 が、栗浜の両足でエプロンに着く直前、後ろにいた小川がこれを引っ張ってずらした。
 結果場外に着地してしまった栗浜は勢い余って顔面をエプロンに強打してしまう。
「そんなに急かさなくてもいいじゃない。ゆっくりやりましょう」
 最低限の動きで流れを引き寄せる小川の老獪さは、とても若手のものとは思われなかった。

 一度ペースを掴んでしまえば、これを小川から引き戻すのは難しい。
 まずは首投げで座り込ませた栗浜にスリーパーを極めると、
 髪を掴まれようがバックドロップで投げられようが涼しい顔をして放さない。
 やっとのことで引き離した栗浜からコーナーに振られれば、
 勢い任せに突っ込んできたところへ、ロープにもたれ掛かったままカウンターの延髄斬り。
「はい、はいっと」
 たたらを踏んで後退した栗浜の太股へ左足を引っ掛け、体を駆け上がるようにもう一度延髄斬り。
 さらに膝をついた栗浜へ、自分も膝をついた小川はそれを支点にその場で一回転して低空の延髄斬り。
 あっという間に追い込まれた栗浜は、執念でどうにか肩を上げた。
「頑張るわね……!」
 ここで小川はバックドロップの体勢へ。
 持ち上げようとしたところで栗浜は自分からマットを蹴り、小川の背後へ着地した。
「負けませんっ」
 鞭のようなハイキックで小川の後頭部を打った栗浜は、腰を落とした小川へ背後からのシャイニングウィザード。
 頭への打撃をやり返すと、力を振り絞って、ダウンした小川をコーナーへ後ろ向きに座らせた。
 無抵抗の小川の両足を組んで固定し、上体をコーナーから垂らす。
 相手を逆さ吊りにしておいて、栗浜は同じコーナーの上に飛び乗った。
 そして足元にある小川の膝頭を思いっきり踏みつける。
「いっ…!?」
 たまらず腹筋を使って上体を起こした時には、もう栗浜がコーナーから飛んでいる。
 宙吊りになっている相手の腹部へ、えげつないフットスタンプが決まった。
 同時に足が解けてマットに転がると、流石の小川も腹をおさえて悶絶する。
「さあ、おしまいです!」
 小川がどうにか立ち上がるため、まず片膝をつく。
 そこを栗浜が待ち構えていた。
 今度は正面からのシャイニングウィザード。 
 小川はすかさず反応して両手で顔面をカバーする。
 が、これを読んでいた栗浜は左足で膝を踏んだまま、右足で一旦小川を跳び越した。
 そして右足の踵で小川の後頭部を狙う。
 しかし、さらにこれを小川が読んでいた。
 まるで背中に目があるかのように絶妙なタイミングで頭を沈ませた小川は、
 ヒールキックをかわされてバランスを崩した栗浜の足に絡みつき、横入り式エビ固めで丸め込む。
「こ、このッ!!」
 ギリギリで返した栗浜が立ち上がりかけたところへ、いきなり正面から小川の両足が首を挟んだ。
 中腰の姿勢でフランケンシュタイナーを仕掛けた小川は、そのまま縦ではなく横に栗浜を転がして逆さにし、
 相手の頭の上に座りながらがっちり両足を押さえ込んでフォール。
 何がなんだかわからない内に鮮やかな3カウントを奪ってみせた。


「リーグ戦……あ、ジュニアはトーナメントでしたよね?
 とりあえず、それに勝ったら有給休暇をいただきます。よろしくお願いします」
 負けた栗浜とバックステージで見ていた霧子が呆然とする中、
 観客も何も置き去りしたアピールを残して小川は颯爽とリングを降りていった。
(最近忙しくて勉強する時間も取れませんしね)
 という小川の本心は、リングの上ではちょっと言いづらい。

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by right-o | 2010-06-06 11:53 | 書き物
 ニューヨーク、マディソンスクエアガーデン。
 1世紀以上の歴史を誇るアメリカスポーツの殿堂に、一人の日本人が足を踏み入れた。
 彼女の名前は越後しのぶ。
 今宵このMSGで争われる、IWWFヘビー級王座の挑戦者であった。
 白い鉢巻を巻いて入場ランプを下る越後の姿は、まるで時代が三十年も遡ったようである。
 同じように白鉢巻をして日の丸を背負った日本人が、今までに何人この会場に現れたことだろう。
 彼女たちと越後の違う点は、客席の反応に現れていた。
 満場の憎悪の中を歩かなければならなかったステレオタイプの日本人ヒールたちとは違い、
 越後は一定の敬意と期待をもって迎えられたのだ。
 多少のブーイングは、王者クリス・モーガンの絶大な人気の裏返しでしかない。
 越後の入場と同時に、この試合が一本勝負であることとIWWFヘビー級王座が懸かっていること、
 そして先入場の越後の出身地と名前が観客に紹介された。
 続いて大歓声とともにモーガンが現れてリングに足を踏み入れると、間を置かずすぐにゴングが鳴らされる。
 日本との形式の違いに戸惑うこともなく、越後は自分より20cm近く大きな対戦相手と向かい合った。
 金の長髪と古代の女神像のような肉体を持つ彼女は、
 まさに『天が生んだ逸材』と呼ばれるにふさわしいだけの才能と、それ以上の美しさを兼ね備えている。
 IWWFどころか、アメリカのプロレスそのものを象徴する存在であった。

「ふんっ」
 ロックアップで組み合うと、流石に越後は為す術なくロープに押し込まれてしまう。
 単純な腕力の差は歴然である。
 が、クリーンブレイクに観客が溜息を吐いた時、モーガンの右手が走った。
 重さのある見事な逆水平チョップ。
「Come on!!」
 手招きしながら後退するモーガンに、越後が応じる。
 バチッ、と火花が散りそうな音を立てて越後の逆水平が決まり、モーガンの表情が歪んだ。
 客席から歓声と溜息の中間のような声が漏れる中、越後はさらに右手を振るう。
 たちまちモーガンの真っ白い肌が赤く染まった。
 モーガンも負けじとやり返すが、今度は越後が打撃でロープまで追い詰める。
 そしてロープを背負ったモーガンへミドルキックを一閃。
 聞き慣れない鈍い音が響くと、客席は意外にも感嘆と歓声満たされた。
 このハードヒットを伴うジャパニーズスタイルこそ、
 会場に集った観客たちが越後に期待していたものだったのだ。

 試合は越後の鋭すぎる打撃とモーガンのパワーが均衡する展開が続いたが、
 見た目にはモーガンが押されているように見えた。
 白磁のようだった肌が、所々でピンク色を通り越して痛々しく腫れてしまっている。
「しッ!」
 もちろん越後はそんなことで躊躇しない。
 太股に鞭のようなローキックを放ち、一度前に傾いたモーガンの上体を今度はミドルキックで跳ね上げる。
 このまま越後が押し切るかに見えた時、モーガンの体が小刻みに震え始めた。
「む……?」
 同時に客席が沸き立ち始めたことに違和感を覚えつつも、越後はさらに蹴り続ける。
 が、モーガンは蹴られながらも踏み止まった。
 瞬間、前髪を振り上げて越後を睨みつける。
「You……!!」
 越後を指した指がチッチッと左右に振られ、これがモーガンの反撃の合図。
 重たいナックルパートを打ち込んでロープに押し込み、反対側に振ると、
 跳ね返ってきた越後の顔面を正面に振り上げた右足で蹴り飛ばした。
 越後が仰向けになったところで、一旦コーナーに寄りかかってタメを作れば、
 観客はもうそれだけで熱狂の渦を生み出している。
 そして越後の傍で垂直に飛び上がったモーガンは、振り上げた右脚の下に越後の頭を押し潰した。
 この世界一美しいギロチンドロップこそモーガン絶対の必殺技であり、
 これまで幾多の挑戦者を破ってきた彼女の代名詞である。
「………っ!?」
 しかし、今夜の相手はこの技をギリギリでクリアした。
 どよめいた観客たちを静めるように放たれた二発目をかわして自爆させ、
 逆にモーガンを引き起こしながら鳩尾へニーリフトのお返し。
 悶絶して上体を屈ませたところへ、さらに技名通り斬り捨てるような正確さの延髄斬り。
 こちらは越後の必殺技だったが、モーガンは倒れることなくこれを堪えた。
(流石だ……!!)
 感嘆しながらも、越後にはまだ手があった。
 正面に回り込み、下がりきったモーガンの頭を両足に挟む。
 まさかの声が上がる中、越後はモーガンを高々とパワーボムで持ち上げきってみせた。
 そこから一気に叩きつけ、体全体を浴びせてのフォール。
「やった……ッ!!」
 越後らしくないことだが、この時ばかりはカウント3が入り終わる前に両手が自然と真上に突き出ていた。


『Please come back!!!Please come back!!!』
 全ての観客が口々にそう叫ぶ中、日本人初のIWWFヘビー級王座となった越後は、リングの上でベルトを掲げた。 
 それまでてっきり自分をなじっているものとばかり思い込んでいた声が、
 興奮が醒めるに従ってそうではないことに気づく。
「な、何て言ってるんだ?」
 思わずさっきまでのチャンピオンに聞いてしまった。
「そうね……『逃がさないぞ』って言っているのよ。
 そのベルトを持ったからには、日本に勝ち逃げするなんて許されないわ」
 来日経験の豊富な元王者は笑ってそう答えた。
「望むところだ!」
 こうして越後は、しばらく日米を股にかけた忙しい日々を送ることになったのだった。

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by right-o | 2010-05-05 11:05 | 書き物
「業界のジャーマンを統一します!!」
 団体の中堅ベルト(アジアヘビー)を獲った直後、永原は宣言した。
 その後、次々と相手のジャーマンを封印して自分のものにしてく姿に、
 他のジャーマン使い達は恐怖したという。
 いつしか永原は「ジャーマンに取り憑かれた女」と呼ばれて面白がられ……
 もとい恐れられるようになっていった。


 そんな永原と相羽の戦いは、両者いきなり中腰で見合った状態から始まった。
 お互いが背後に回り込んでのジャーマン狙い。
 この試合の意味を体現した姿勢と言える。
「……ふぅ」
 しかし、王者永原はこの膠着状態からいきなり立ち上がり、無防備に近づいた。
 そして困惑する相羽の頬へ張り手を一閃。
「な……っ!」
 条件反射的に張り返した相羽の腕をかいくぐり、永原は易々と相羽のバックを取った。
 このあたりの駆け引きは、流石にもう勢いだけの若手ではなく、
 一端のチャンピオンの貫禄であった。
(しまった!)
 と相羽は思ったが、ここから何をされるかは分かっている。
 即座に重心を落とし、胴に回ろうとする相手の腕を阻止――しようとしたが、
 永原の腕は予想に反して相羽の脇の下に輪を作っていた。
「うりゃッ!」
 驚く間もなく宙を舞った相羽は、永原の背後へ、後頭部からではなく顔面から叩きつけられた。
 クラッチの場所を高くしたことで、相手を後ろに一回転させたのだ。
 通常の投げっぱなしジャーマンに備えていた相羽には、何が起こったのかわからない。
「痛ってて……」
 相羽がマットに手をついてが立ち上がろうとする間にも、さらに永原が背後に迫る。
「まだまだ、これからだよ!」
 ほとんどうつ伏せの状態から、相羽は綺麗な弧を描いて引っこ抜かれた。
 試合はほぼ全体にわたって永原が攻める展開が続く。

 めぐみの高速ジャーマンから大☆上戸ジャーマン、さらに通常のジャーマンからクラッチを離さず、
 そのまま横に回転しつつ相手と一緒に立ち上がり、ほんの一瞬手を放す。
 すかさず相羽が両腕を体にぴったり付けて掴まれまいとしたところで、
 その両腕ごと掴んで理彩子のだるま式ジャーマン。
 まだまだ手を放さずに立ち上がり、すかさず相羽の両手首を取って沢崎のクロスアーム式ジャーマン。
 流れるように繰り出されるジャーマンの数々に、会場からは溜息が漏れた。
 しかし、永原は爪先立ちの綺麗なブリッジをわざと崩す。
「最後は私のジャーマンで決めるよ!」
 瀕死の相羽に背を向け、余裕の永原は客席に手拍子を求め始めた。
 こうなると相羽は燃えざるをえない。
(何もしないまま負けたくない……!)
 その一心で必死に立ち上がり、無防備な背中を晒す永原に組み付こうとする。
 が、相羽の両腕は虚しく空を切って自分の肩を抱いた。
「甘いね!」
 真下に座り込むことで相羽の腕をかわした永原は、仰向けになりながら相羽の両足を掴みつつ、
 自分の両足を相羽の脇に引っ掛ける。
 そのまま相羽を前のめりに倒し、マットに両肩をつけて完全に押さえ込んだ。
 ジャーマンを仕掛けるだけでなく、返す方法についても永原は知り尽くしているのである。
 ただ、これが相羽にとってささやかな反撃の糸口になった。
「うわわわッ!」
 ジャーマン以外では負けられないとばかりにギリギリで肩を浮かせると、
 逆さまになった姿勢から夢中で永原の背中に組み付いた。
「気合だぁッ!!」
 相羽から力任せに放り投げられ、永原は体を「く」の字に曲げて後頭部で着地。
 流石に動きを止めたところへ、相羽はさらに背後から永原を持ち上げる。
 しかしジャーマンには行かず、永原をコーナーの上へ後ろ向きに座らせる形で設置した。
「いきますッ!!」
 続いてコーナーに上り、相羽は永原の背中に抱きつく形で自分もコーナー上に座るそ。
 そして外側に出した両足をセカンドロープに引っ掛け、思いっきり背中を反った。
(まさか……ッ!?)
 「投げる」というより「落とす」と言った方が見た目には近いが、
 コーナーの落差を利用したジャーマンが炸裂した。
(雪崩式のジャーマン……!!)
 永原も含む誰もが、あり得ないと思っていた形だった。
 天井を向いて放心している永原に対し、相羽はすぐにでも押さえ込みたかったが、
 ロープに足を引っ掛けた宙吊り状態から抜け出すのに苦労している。
「よいしょ、っと……」
 どうにかこうにか両足を抜いてコーナーから降りようとしかけた時、背後から悪寒が迫るのを感じた。
「そうか!どうして思いつかなかったんだろ!!」
「……えっ?」
 投げられたダメージはどこへやら、仰向けから一瞬で立ち上がった永原は、
 コーナー左右のロープへ駆け上がり、なんとそこを足場にして相羽を投げ切った。
 文句無しの、雪崩式ジャーマンスープレックスだった。


「ありがとう!こんな投方、私一人じゃ思いつかなかったよ!!
 この先ジャーマンが発展するためにはみんなの力が必要なんだって、私わかった!!」
 ぶん投げられた直後の頭を思いっきり揺らされながら永原に抱きしめられ、
 相羽はどんどん顔色が悪くなったいった。
「あ、ありがとう、ございます……」
 かくして相羽の欠場一ヶ月を犠牲に、業界のジャーマンは守られたのだった。

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by right-o | 2010-05-04 07:32 | 書き物
 とある病院の一室。
「はー……」
 ベッドの上で起き上がった美月は、ノエルとのタイトルマッチを映像で振り返っていた。
「よく友達にあんなことできるよね」
「……痛かった」
 膝立ちになったノエルの頭を思い切り蹴飛ばした美月に、相羽とノエルがぼそっと感想を漏らす。
「……」
 『あれぐらいの執念が無ければベルトは取れないんですよ和希さん』とでも言って
 無冠の相羽をからかいたかったが、美月は黙っていた。
 美月自身、病室の小さなテレビに映った血まみれの自分が意外だったのだ。
「でもこれでノエルちゃんに続いて美月ちゃんもチャンピオンか。
 これは来週、ボクが続くしかない流れだよね!!」
 あーはいはいと流しかけたところで、美月の眉が寄る。
「……来週?」
「そうっ!来週はボクがベルトに挑戦するんだよ!!」
「……チャンピオンから、指名されてた」
 相羽とノエルの話によれば、相羽はある王者から挑戦者に逆指名されたらしかった。


「ああ、“ジャーマン狩り”。よかったですね和希さん、その没個性な必殺技ともお別れですよ」
「よくないッ!ボクが勝って、ジャーマンをみんなに取り戻すんだ!!」
 相羽に挑戦を打診したのは、いわゆる「中堅ベルト」を持っている永原ちづる。
 彼女は自分の持っているベルトをエサに「負けた方がジャーマン封印」という無茶なルールの試合を組み、
 業界のジャーマンを独占しようとしていた。
「しかしもう結構な回数を防衛してますよね。あの人ジャーマン懸かると妙に強いし」
「うん、数々の名ジャーマンが犠牲になったよ……上戸さんとか沢崎さんとか」
 この通称“ジャーマン狩り”で真っ先に犠牲になったのがマッキー上戸。
 長身が描くブリッジの豪快さには定評があり、また正面からロープに突っ込ませた相手の背後を取って、
 二連続でジャーマンを決めるオリジナルを開発していた。
 が、その技に「大☆上戸ジャーマン」というあんまり過ぎる名前をつけていたため、
 パートナーの内田は上戸のジャーマン封印をむしろ喜んでいたらしい。
 沢崎の場合は変型で、バックを取った状態から右手で相手の左手首、
 左手で相手の右手首を取り、相手の身体の前で腕を交差させるように組んでから引っこ抜く形を得意にしていた。
 こちらは封印されてから明らかに決め手を欠いているため、ちょっと深刻である。
「まあその二人は必殺技にしてたからわからなくもないんですけど、あとの人たちはほとんど言いがかりですよね」
「うーん、他の人たちはむしろジャーマンを繋ぎ技にしてたのが、逆にもっと許せなかったのかも」
 その他意外なところでは武藤めぐみとパンサー理沙子が犠牲になっていたりする。
 めぐみのジャーマンは特徴的で、相手に組み付いてから反り投げるまでの溜めが全く無く、
 瞬発力に任せてノーモーションでブリッジまで持っていってしまう。
 理沙子の方は沢崎と同じく変型で、相手の胴体だけでなく両腕までまとめてホールドして投げる荒技だった。
 

「あ、今思いついたんだけどさ、雪崩式のジャーマンって無いのかな?」
「自分でやってみればいいんじゃないですか?どこを足場にするのか知りませんけど。
 それじゃ、一応健闘を祈ってますよ」
 相羽たちを見送ったあと、美月はベッドへごろりと横になった。
 体と手足が痣だらけなのはともかく、頭を強く打っているため安静にしていなければならない。
「お、やっぱりボロボロね。とても勝った方とは思えないわ」
 さてこれからどうして暇を潰そうかと考え始めた時、病室のドアから青いアホ毛がのぞいた。

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by right-o | 2010-04-11 16:16 | 書き物
 前を見ていたはずの視界に天井の照明が映り、次いで白いマットが壁のように迫ってくる。
 ノエルの腕に引っ掛けられた首を支点に、美月はその場で綺麗に一回転した。
 顔からマットに激突したあと、何が起こったか把握する間もなく喉の痛みにのたうちまわる。
 たった一発での形勢逆転。
(こんな……)
 これまでノエルの試合では何度か見てきた光景ながら、自分でやられてみると不条理極まりない。
 相変わらずの無表情で美月の身体を裏返すと、ノエルはゆっくりとその両肩を押さえ込んだ。
「……うぅッ!」
 先ほどのノエルよりも際どいタイミングで美月が返し、「おお……」という意外そうな声が客席から上がる。
 ここから美月にとって試練の時間が始まった。

 カウンターのラリアットをクリアした美月へ、まるでぬいぐるみでも投げているようなボディスラム、
 フロントスープレックスに続き、今度は自らが走り込んでのラリアット。
 これもカウント3ギリギリで返されると、ノエルは、美月を肩の上でうつ伏せに担いだ。
 決め技の体勢だが、これを美月は再度の高速横十字固めで切り返してみせる。
 この技は元々ノエルの必殺技を切り返すために編み出されたものであった。
(負けるか……負けるか!)
 歯を食いしばり、今まで見たこともないような必死の形相で立ち上がった美月は、
 今度はノエルに向かって真っ直ぐに突進する。
 しかし片足立ちになっていたノエルは、その低い姿勢のままで美月の懐に飛び込み、小さな胴体を右肩で受け止めた。
 一度立ち上がって美月を浮かせ、担ぎ上げた美月の両足をそれぞれ引っ張りながら自分は開脚して尻餅をつく。
 スパインバスター、という力技である。
 美月の背中を思い切り叩きつけたノエルは、ついに本気で試合を終わらせにかかった。
 パイルドライバーを挟み、続けざまにパワーボムで友人を軽々と抱え上げると、
 「く」の字にマットへ打ちつけた美月の上へ全体重を乗せてフォールへ。
 これを返された時、ノエルははっきりと目を見張っていた。
「ハァ、ハァ……!」
 うつ伏せで横に向けた口を半開きにしている美月の、一体どこにそんな力が残っているのか。
 どう見ても死に体だが、フォールを返される限り試合は続けなければならない。
 友人の左手首を左手で掴んだノエルは、肩が抜けそうな勢いで美月を引っ張り、強制的に自分の前へ起立させた。
 と同時に右腕を振り抜き、美月を薙ぎ倒す。
 起こしては倒す、という行動を五回繰り返したあと、両足を抱え込んでのエビ固めでがっちりと全身を押さえ込んだが、
 それでも美月は死ななかった。
「み、美月ちゃん……!?」
 これまでの美月からは想像もできない粘り。
 とはいえ自分から動ける状態ではないため、またしてもノエルによって引き起こされ、今度はブレーンバスターの体勢へ。
 あっさりと持ち上げられて地面と垂直になったところで、美月はようやく自発的に動き出した。
 垂直落下式のブレーンバスターで叩きつけられる寸前、右膝を真下に落としてノエルの頭頂部を一撃。
 ノエルの首に掛かっている腕を放さないまま背中で着地し、DDTに切り返して見せる。
「……!!」
 流石のノエルも動きが止まった。
 すぐに立とうとしても足が動かず、膝立ちの姿勢で固まってしまう。
 そんなノエルより早く立ち上がっていた美月は、
 このあと自分が何をしたかを、後に映像で見るまでよく思い出せなかった。
 実際のところは、まず左右の手で思い切り友人の顔を張り倒し、右脚を側頭部に振り抜くと、
 返す足でトラースキック気味に額を蹴り飛ばしたのだった。
 それでも立ってこようとするノエルの首根っこを捕まえて再度DDTを決めると、
 両者とも糸が切れたように動かなくなる。
 しかし少しずつ、目を真っ赤にした美月は這ってノエルから離れ始めた。
(コーナーに……)
 この日のために練習した技を放つため、美月はただコーナーに上りたい。
 しかし何度も頭に衝撃を受けたせいか、むしろロープの真ん中に近づいていた。
 マットを這っていた手がロープの下をくぐってリングの縁を掴んだ時、初めてそのことに気がついた。
(コーナーもロープも変わるか……!)
 エプロンに出た美月がロープを支えに立ち上がる。
 リング中央のノエルは、寝返りをうつようにして仰向けに姿勢を変えた。
 すぐには動けそうもないが、上下する胸は確かな呼吸が息づいている証拠である。
 目を真っ赤に充血させた美月は、その息を断つためにトップロープへ飛び乗った。
 足元の感触の違いなど気にする余裕も無い。
 とにかくノエル目掛けて飛び上がり、身体を縮めて回転しようとする。
(あ……)
 この時美月の両足はロープの反発を確かに捉えていたが、遠く高く飛ぶことに注意が向きすぎたらしい。
 気がついて背中を丸め始めた時には、とても間に合うとは思えなかった。
 もうどうにでもなれ、と投げた時、やわらかい感触が背中を包んだ。


「美月ちゃん!美月ちゃん!!」
 相羽が必死に呼びかけても、美月は一向に反応を示さない。
 ノエルまで心配そうな視線を送る中、美月は用意された担架で搬送されていった。
 ぐったりと横たわった小さな身体の上に、金色のベルトが掛けられていた。
 
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by right-o | 2010-03-22 16:04 | 書き物
 ノエルのジュニア王座戴冠から一ヶ月後。
 その初防衛戦の青コーナーに、美月が立っていた。
 「ジュニア規格外」という言葉そのものの強烈な腕力を誇る初代王者に、
 これから誰がどのように挑むのか注目されていた中にあって、何の実績もない若手の挑戦はいささか拍子抜けだったと言える。
 が、当の美月にしてみれば、周囲の評価を気にする余裕などなかった。
(勝てなかったら、辞めよう)
 本気でそう思っていた。
 他人から見れば滑稽なことながら、デビュー二年に満たない美月は自分の才能を見限っている。


「二人ともガンバレー!!」
 どちらのセコンドかわからない相羽が声を上げる中、両者はリング中央で暫く見合った。
 ノエルの方はいつもと変わらない無表情、対して美月は汗をかきそうなほど緊張している。
 正面から向き合っては何をしても通じる気がしないのだ。
 組んでも打ち合っても腕力の違いがものを言うし、それに対抗できるようなスピードも無い。
 ひたすら相手の出方を見て、ミスに付け入る以外に考えられなかった。
 幸いノエルはそんな相手の事情に構いはしない。
 真正面から両手を伸ばして組み合おうと距離を詰めた。
(今ッ)
 その脇を屈んですり抜けながらノエルの両足にまとわり付き、美月は背後を取りながら足を掬って倒すことに成功した。
 すぐさま側面に滑り込んでサイドヘッドロック。
 頬骨に沿って腕を巻き付けながら体重を後ろにかけ、うつ伏せにしたノエルを立たせない。
 じりじりと這い進んだノエルがロープに手を伸ばせば、その手を取って脇固めに移行し、さらには素早く腕を捨ててSTFへ。
 最終的に足も捨てた美月は、細い腕をノエルの首に絡ませ背後からの胴締めスリーパーで極めにかかる。
 見た目にはノエルを思うさまにコントロールしているようであった。
 が、うつ伏せのままでいいようにやられていたノエルは、背中に美月を背負ったままで両手をマットにつき、次いで片膝を立てた。
(まさか……っ!)
 なんとスリーパーホールドを仕掛けられたまま立ち上がったノエルは、背後にくっついている美月の頭を両手で挟む。
「ん……!」
 そのまま力任せに真上へ引っ張り上げ、しがみついている美月を強引に引きはがしながら、
 腕の力だけで自分の頭上へ掲げて見せた。
 そしてリングの中央へ向き直り、宙吊りにした美月を前方へ軽々と投げ捨てる。
(やっぱりダメか……)
 マットに背中から叩きつけられた美月は、圧倒的な身体能力の前に技術は通用しないということを再確認していた。
 
 しかし、小手先の技術で勝負にならないことは事前にわかっている。
 ここからが美月にとって本番であった。
「ふんっ」
 引き起こされてロープに飛ばされた美月は、ノエルの数歩前で大きく踏み切った。
 両足を開いてノエルの頭を挟み込み、その周囲を半回転してのヘッドシザースホイップ。
 思わぬ飛び技に意表を突かれたノエルが場外に転げ落ちると、すかさず美月が反対側のロープへ走る。
(どうにでもなれッ!)
 トップロープとセカンドロープの間から飛び出した美月が頭から突っ込み、ノエルの身体を場外の鉄柵に突き飛ばした。
 見様見真似の付け焼き刃、美月らしからぬ勢い任せの空中技に見えたが、それも美月なりに考えた末のことである。
 とはいえ突っ込んだあとのことは考えていなかったので、特に何をするでもなくノエルをリングに転がし入れると、
 美月は一気に勝負を決めに行った。
 立ち上がったノエルの右腕に自分の右腕を絡め、そのまま背後に回り込むように飛びついて右足を左腕に引っ掛ける。
「ん……!」
 このまま後ろに倒れ込んで相手の両肩を押さえ込むのが「横十字固め」というフォールだが、
 美月はそうせず、逆に宙ぶらりんの左半身を持ち上げて勢いを溜めた。
 そして倒れるまいと気張っていたノエルの力が弱まった一瞬、体重を一気に後ろへ預ける。
 後ろに向かって思い切りひっくり返ったノエルは後頭部を強打。
 そこを美月は横十字固めと同じ要領で押さえ込んだ。
(決まれ……ッ!)
 必死にそう願いながら、美月は生涯で最も長い二秒半を過ごした。
 が、三秒は待てなかった。
 三回目にレフェリーの手がマットを叩く直前、折れ曲がっていたノエルの身体が勢いよく伸びて美月を跳ね飛ばしたのだ。
「くっ」
 立ち上がろうとしたノエルが後頭部を押さえているのを見て、悔しがる間もなく美月は奮い立った。
 自分からロープへ飛び、もう一度ノエルへ飛びつこうとする。
 目標への距離を考え、歩数を考慮して踏み切るタイミングを図った。
 このあたりが付け焼き刃の限界と言えるかも知れない。
 飛び技に慣れない美月は、ノエルが一歩大きく踏み出したことに気づかなかった。
「……ぶっ!?」
 何気なく振り回したように見えたノエルの右腕が、美月の首を刈り取った。

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by right-o | 2010-03-21 22:11 | 書き物