サイン会からさらに一週間後、神奈川・横浜文化体育館。
 この夜、準決勝・決勝と続けて行われるトーナメント戦の、まずは準決勝第一試合に美月が姿を現した。
 気負いなくリングに上がり、青コーナーを背にして対戦相手を待つ。
 ほどなくして入場曲が鋭いギター音に切り替わると同時に、
 入場ゲート付近からドライアイスの煙が噴出した。
『YEAAAAAAAHHHHHHHH!!!!!』
 絶叫音が会場に轟いたあと、次第に煙が晴れていくにつれ、
 ゲート下で片膝をついた近藤真琴の姿が明らかになってくる。
 胸の前で交差させて両手の、前腕部半ばまで巻きつけたバンテージの上、
 手の甲に当たる部分には禁欲を表す「X」のマーク。
 ストイックなその性格とは裏腹、赤毛のポニーテールを靡かせたスタイルの良い長身は、
 同時に華やかさをも併せ持っている。
 彼女は神田と同期の格闘技経験者にして、神田以上の将来性を期待される逸材であった。
 デビュー以来初めて迎える大舞台にも動じることなく、
 むしろその両目は一層ぎらぎらと貪欲な輝きを増しているように見える。
(……可愛げの無い後輩だなあ)
 美月にとって、なかなかに厄介な相手となりそうであった。


 とはいえ、同じ打撃主体の伊達と戦ったことを思えば、まだいくらもマシな相手。
 加えてこのあとに決勝戦が控えていることを考えれば、あまり悠長な試合はできないため、
 美月は自分から積極的に仕掛けていくことにした。
 見合った状態から、ゴングと同時に脇をすり抜けるようにして背後に回り、バックを取る。
「くっ」
 ほぼ反射的にクラッチを切った近藤は、
 自分の腰に回っていた美月の右手を取って捻り上げようとする。
 これを見越していた美月は、自分から前転してマットに倒れることで腕の捻りを解消しつつ、
 掴んでいた美月の手に引っ張られる形で下を向いた近藤の顔を、
 寝転がった体勢から両足を真上に突き上げて蹴り飛ばした。
 基礎的な練習がしっかりしていたばっかりに、近藤は美月に釣り込まれる形になってしまったのだ。
 素早く立ち上がった美月は、同時に立ち上がりかけていた近藤の頭をヘッドロックで捕らえ、
 そのまま腰投げの要領で前方に投げ捨てつつ、グラウンドでのサイドヘッドロックへ移行。
「くそっ!」
 逸る近藤の勢いを挫き、10cm以上身長で優る相手をひとまずはコントロールして見せた。

 が、流石に期待のルーキーだけあって、近藤もペースを渡したままにはしておかない。
 組んだ状態から膝を入れ、美月を強引にコーナーへ振ると、
 躊躇無く、その背後を追いかけて自らもコーナーへ突進した。
「こんのぉぉぉッ!!」
 美月がコーナーを背にした瞬間、近藤はその脇のサードロープに左足をかけると、
 右膝を突き出して美月の顎を跳ね上げた。
「がっ……!?」
 反動で前に出掛かった美月の頭をヘッドロックの形に固定し、
 そのままリング中央に向かい、自分の両足を投げ出すようにして尻餅をつく。
 こうすることで、美月を顔面からマットに叩きつけた。
 しかしここでカバーには行かず、近藤は美月が立ち上がるのを待つ。
「せいッ」
 立ち上がったところへ左の掌底を脇腹にめり込ませ、
 続けざま顔面へ左右の掌底、さらにその場で回転して右バックブローの一撃。
 怒涛のコンビネーションから、仕上げの左ハイで側頭部を打ち抜いた。
 が、何度も脳を揺さぶられながら、美月は倒れず踏みとどまる。
(流石は、先輩……っ)
 好戦的な笑みを浮かべた近藤は、足元をふらつかせる美月の懐に潜り込み、
 自分の両肩の上へその身体をうつ伏せに担ぎ上げた。
 会場からどよめきが起こったことは、この体勢が試合の終わりを予告するものである証拠だった。
「これで、終わりだッ!!」
 肩の上に乗せている美月の身体を、前方にふわりと浮くように投げ捨てる。
 同時に右膝を突き上げ、空中で無防備な状態にある美月の顔面を思い切り蹴り飛ばした。
 蹴られた反動を受けて後頭部から倒れた美月の上に覆い被さり、勝利を確信したカバー。
 ここで興奮の余り手応えの無さに気づかなかったことが、経験の違いと言えなくもない。
 意外に危なげなく、美月はカウント2で近藤の必殺技をクリアして見せる。
 実のところ、この技で決まった神田との試合を見ていたため、事前に対処を考えていたのだった。
 空中に放り出されたところで上体をできるだけ反らせつつ、
 膝頭を避けて受けることでダメージを軽減させていた。
 しかし、ここで美月はダメージが残っているように見せかけ、すぐには起き上がらない。
(まだまだ、手はある……!)
 必殺技を返された近藤は、呆けていたのも束の間、
 すぐ次の攻め手に移るべくロープをくぐってエプロンへ出た。
 この前向きさと引き出しの多さが、今回は逆に仇となってしまう。
 どうにか気力だけで動いているという体でふらふらと立ち上がった美月を見届けると、
 近藤はエプロンからトップロープに飛び乗り、さらにリング内へジャンプ。
 上体を前に出す形で、スワンダイブ式のラリアットを敢行しようとした。
(ジョーカーの見様見真似でっ……!)
 直前まで足元が覚束ない様子だった美月は、途端にしっかとマットを踏みしめ、
 飛んでくる近藤に半ば背中を向けるような形で踏み切る。
 空中で近藤の首に右手を巻きつけ、肩の上に固定。
 そのまま自分は背中からマットに落下し、フライングラリアットをダイヤモンドカッターで切り返した。 
 すかさず息を吹き返した美月は、
 朦朧としながら膝をついて起き上がりかけた近藤の背後からシャイニングウィザード。
 近藤の後頭部を蹴り上げながら跨ぐように飛び越し、そのまま正面のロープで反動を受けると、
 続けざま正調のシャイニング式前蹴り。
 気鋭の後輩を文字通り一蹴して見せたのだった。


「ありがとうございました。どうせなら、次も勝っちゃってください」
 試合後は潔く握手を求めてきた近藤に応えながら、美月はそそくさとリングを後にした。
 これでまた、もう一試合上がらなければならなくなった。
(さて、どうかな)
 準決勝第二試合はこの直後に開始される。
 美冬とみこと、どちらも楽な相手ではないため、
 美月としてはなるべく互いに潰しあってくれることを祈るしかない。

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by right-o | 2011-12-30 21:02 | 書き物
 世界ヘビー級王座挑戦者決定トーナメント。
 こんなものが、いきなりぶち上げられた経緯はひとまず置いておくとして、
 間もなくその第一試合目が始まろうとしていた。
 場所はプロレスファンおなじみ、聖地後楽園ホールである。
 ここで8人がトーナメント第一戦を戦い、
 残った4人が後日ワンデートーナメント形式で準決勝、決勝を戦い、
 優勝者、つまり王者伊達遥への挑戦者を決定するのである。

「ふん」
 入場を控え、リングのある5階に上がる階段の前で、美月は小さく鼻を鳴らした。
 上では、先に入場している相羽のものらしい、聞き覚えの無い曲が鳴っている。
 特徴的なリズムのドラムから始まる、今までの相羽らしからぬ勇ましさを感じさせる曲だった。
「……あの、何か気に障ることでも?」
 入場時に人混みを掻き分ける露払い役の早瀬葵が、
 自分が何かしたのではないかと心配そうに振り返る。
「いや、別に」
 普段と変わらぬ無表情ながら、どこか不機嫌そうな気配を漂わせている先輩を見て、
 後輩の早瀬は肩をすくめて前を向き直った。
 その内に相羽の曲がフェードアウトしていき、美月の曲に切り替わる。
 ふぅ、と息を整え、美月は前に立つ早瀬の肩に手を置いた。
「それじゃ、お願いします」
「は、はいッ!」
 先に飛び出して行った早瀬に続き、美月もゆっくりと5階への階段を上がる。
 早瀬他数名の後輩が作ってくれている通り道の中を、美月は堂々とリングへ進んで行った。
 東側席の後ろを通り、南側の観客が差し出している手にほんの少しだけ触れてやる。
 リング脇の階段からエプロンに上がり、ジャケットと入場用のダテメガネを放り投げ、
 ロープをくぐってリングイン。
 よく言えば、自信に満ちた、悪く言えば、キャリアの割にやや尊大な、
 既に確立されかけていると言っていい、「杉浦美月」の立ち居振る舞いであった。
 赤コーナーを背に対角線上を向いた美月の前では、相羽が真っ直ぐにこちらを見つめている。
 そしてその下、場外で青コーナーに寄り添っているのは越後しのぶ。
(さて、少しはマシになったのかどうか)
 ちょっと前から、相羽は熱心に越後の指導を受けている様子であった。
 相羽は最近あまり重要な試合が無かったので、その効果のほどはよくわからないが、
 ただ、越後に教えを受け始めてから急に彼女が明るくなったのを覚えている。
(何にせよ、皆にかまってもらえて結構なことで)
 つい、美月は相羽に関して僻みっぽくなってしまうのだった。
 自分が内田に助けてもらったことを棚に上げていると言えなくもない。


「うりゃああああああッ!!!」
 今にも飛び出しそうな気配を見せていた相羽は、その通りにゴングと同時に飛び出してきた。
 ああやっぱり、という感じで、美月は、相羽が肘を振ってきた右腕に自分の右腕を巻き付けつつ、
 相羽の背中に飛びついて右足を左腕に引っ掛ける。
 そこから反動をつけて体重を後ろに預け、高速の横十字固め。
 前回、タッグ王座戦で相羽を沈めた技である。
 いい加減学習しろよ鳥頭。
 そう、溜息と一緒に聞こえてきそうなほど自然に返し技を決めようとして、美月は少し違和感を覚えた。
 後ろに引き倒す時の抵抗が少ない。
 どころか、実際のところ相羽は自分から進んで後ろに倒れようとしていた。
 思い切り後ろに倒されて後頭部を打った相羽は、なんとそのまま後ろに一回転して起き上がったのだ。
「……っりゃあああああああああ!!!」
 ふらふらしながらバックダッシュでロープの反動を受けた相羽は、もう一度突進。
 唖然としながら立ち上がりかけていた美月へ、全体重を乗せたエルボー。
「くッ!?」
 完全に吹き飛ばされた美月は、ロープをくぐって場外へ転落。
 対して自分も倒れ込んでいた相羽も、すぐに起き上がってもう一度ロープへ飛んだ。
 場外でに落ちた美月へ、ロープの間をすり抜けた相羽が一直線。
 渾身のトペ・スイシーダをくらった美月は、場外フェンスに叩きつけられて崩れ落ちた。
「いくぞぉぉぉぉぉ!!」
 拳を突き上げてアピールした相羽に、客席も同じように応えてくれる。
 直後に、イテテ、後頭部をおさえた相羽を見て、周囲の観客と越後から苦笑が漏れた。

(ふっきれた、ってことか)
 美月はそう分析していた。
 何も考えず好きなように暴れてこいとか、そんなことを言われたのだろう。
 力任せ、勢い任せ上等、止められるもんなら止めてみやがれ、と、今の相羽はそんな感じであった。
 どうしよう、どうなるだろう、という躊躇いが全く無い。
 昔の相羽に戻っただけのようでもあるが、今の相羽には、勝たなければいけないという気負いや、
 自分を格好よく見せたいというてらいが感じられない。
 本当に良い意味でふっきれたという印象であった。
 が、だからといって美月も負けるわけにはいかない。
 本当に前後の見境無く突っ込んでくる相羽をあっさりかわし、場外のリングポストに自爆させて逆転。
 リング内に押し込むと、自分はエプロンに上がりつつロープを挟んで相羽を立たせ、
 背後から相羽の頭を掴み、そのまま場外に飛び降りる。
 こうすることで、相羽の頭をトップロープで跳ね上げた。
「いッ……!?」
 再度頭を狙われた相羽が前につんのめったところで、エプロンに戻ってきた美月がトップロープを掴む。
 飛び上がって両足でロープに飛び乗り、相羽の後頭部目掛けてジャンプ。
 スワンダイブ式のミサイルキックを突き刺した。
 たまらず顔から倒れ込んだ相羽を引き起こし、コーナーに振る。
 動かない相羽を見て対角線まで距離を取り、
 走り込んだ美月は両膝を揃えて相羽の胸部へ叩きこんだ。
 さらに反対側に飛ばし、もう一発――を狙おうと踏み出した時、
 おもむろに息を吹き返した相羽が前に出る。
「おおおおおおっ!!」
 リング中央で相羽が右腕を振り抜き、カウンターのラリアットが炸裂した。
 そして今度は相羽が美月をコーナーに振り、助走をつけて串刺しのエルボー。
 さらに相羽も追撃を狙い、反対側に美月を振って雄叫びを上げ、弾丸のような勢いで突っ込んだ。
 が、美月もここで息を吹き返し、相羽をかわしてコーナーを脱出。
 コーナーパットへ壮絶な自爆をかました相羽の背後に飛び掛かり、
 右膝を高く振り上げて後頭部に叩きつけた。
「ぐっ………」
 背後から飛び掛かられた勢いでもう一度コーナーに突っ込んだ相羽は、
 流石に足をもつれさせてリング中央へたたらを踏んだ。
 すかさず、美月がその両肩に手を添える。
「よいしょ、と」
 相羽を飛び越えつつ、右手で頭を掴んで顔面からマットに叩きつけた。
 再三にわたって頭を攻められた相羽は、流石に苦悶の表情を浮かべる。
「う、っく」
「……手こずらせてくれました」
 相羽をうつ伏せから仰向けにし、コーナーの前で位置をセットしながら、美月が呟いた。
 まあなかなか頑張ったじゃないの、という相変わらずの上から目線である。
 動かない相羽を尻目に、美月は一度エプロンに出てからコーナーに上ろうとした。
 450°スプラッシュ狙い。
 一応スワンダイブ式でなければ、この技は安定して決めることができる。
 たまには引き出しの多いところを見せておくか、という色気を出したことが、
 ここで完全に裏目と出ることになった。
「まだまだぁ……ッ!!」
 いきなりがばっと上体を起こした相羽が、そこからもの凄い勢いでコーナーに取り着き、
 またたく間に美月の目の前まで上ってきたのだ。
「な……」
 驚く間もなく、相羽の肘が美月の顔を打つ。
 美月もやり返すが、すぐに相羽に頭を掴んで固定された。
 ゴッ
 客席まで届くような音を立てて、相羽のヘッドバットが決まった。
 散々痛めつけれた頭を自分からぶつけて美月を怯ませた相羽は、
 美月の首を捕まえて、セカンドロープのさらに上へ足をかける。
 右、左と一歩ずつ最上段に足を乗せ、完全にトップロープ上で立ち上がった。
「うわああああああああ!!!」
 そこから、コーナーに座り込んでいた美月を強引に引っこ抜いて見せた。
 逆さのまま伸びあがった美月の体は、そこからコーナーと相羽の身長を足した距離を落下。
 快音を響かせてマットの上へ背中から着地した。
 
「ちっ」
 見事な雪崩式ブレーンバスターであったが、美月はしっかりと受身は取っていた。
 それでも一瞬呼吸が止まるような衝撃が去ったあと、少しずつ体を動かして起き上がろうとする。
「ハァ、ハァ……」
 同じく起き上がろうとしている相羽の方が、ダメージは深いかもしれない。 
 あれだけ頭を攻撃された上、自分でコーナーから落ちたのである。
 それでも相羽は、意地で美月より先に立ち上がり、
 片膝をついている美月を再度ブレーンバスターの体勢に捕らえた。
「ふんぐっ!」
「くっ」
 美月も中腰のまま必死で踏ん張るが、相羽の執念か、少しずつ体が浮かされていく。
「今度は、ボクが、勝つッ!!」
 完全に美月の体が持ち上がり、宙に浮いた。
 そしてそのまま美月を真上に持ち上げ、後ろに倒れ込むかに思われた。
 我慢比べには遅れをとった美月も、持ち上がったところで頭に膝を入れて逃れようと狙っている。
 しかし、そのスキは無かった。
 美月を持ち上げきった相羽は、空中で美月の体を横に回転させてひっくり返しつつ、
 自分自身は倒れるのではなく、その場で勢いよく尻餅をついた。
「なに……?」
 全く予想外の技だった。
 空中で向きを変えられた美月は、マットに対して仰向けではなくうつ伏せに叩きつけられる形になったが、
 相羽が尻餅をついたことで、その肩が美月の頭の下にくることになる。
「がっ!?」
 相羽の肩で顎を跳ね上げられる形になった美月は、両膝立ちのまま、リング中央で硬直。
 そこへ、
「決めるッッッッ!!」
 すかさずロープへ飛んだ相羽の全力エルボーが襲い掛かった。
 前傾して倒れ込むように突っ込んだ相羽に倒され、勢いそのままに押さえ込まれる。
 誰もが、相羽の勝ちを確信した瞬間であった。 

 だが、美月はこれをクリアして見せた。
 ギリギリ、本当に2.9と3の間の際どいところであったが、
 なんとか美月は相羽を跳ね除けて肩を上げた。
 カウントを数えていた観客の声が一瞬驚きに変わり、
 ついで歓声になってその場を踏み鳴らす音と共に降ってくる。
 そして美月は、ロープにすがってどうにか立ち上がりかかった。
「もう一度だ!いけぇっ!!!」
 呆けていた相羽も、セコンドにつきながら初めて声を発した越後に促され、再度突進する。
 これを美月は、滑り込むような低空ドロップキックで迎撃した。
 膝を打ち抜かれた相羽が前のめりに倒れ、スライディングした美月がその背後で体を起こす。
 体が咄嗟に動いた。
 相羽が立ち上がるためについた左膝に、斜め後ろから左足をかけ、右膝を降り抜く。
 背面からのシャイニングウィザード。
「ハァ……」
 動かなくなった相羽を掴んで無理矢理引き起こし、太股の間に頭を挟んだ。
 このままフォールへいっても、起き上がってくるかもしれない。
 そう思うと、この技で決めるしかなかった。
 美月は、最後にもう一度相羽の頭をマットに叩きつけることで、ようやくこの試合に決着をつけた。


 試合終了のゴングが鳴らされたあと、リング上では二人が折り重なって倒れており、
 双方とも自力で起きる気配が無い。
 すぐに早瀬と越後がそれぞれに駆け寄って無事を確認する。
 早瀬に肩を貸されて立ち上がった美月は、勝ち名乗りを受けるのも物憂かったが、
 その右手がいつもより高々と掲げられた。
 揚げているのは、相羽であった。
「……やるじゃないですか」
「そっちこそ」
 それだけ言って、二人はそれぞれに引き上げていった。

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by right-o | 2011-12-19 21:36 | 書き物
「っと!」
 蹴り足を掴まれるような形で片足タックルを受けた伊達は、
 重心を前に預けてこらえつつ、冷静に背後のロープへ寄りかかってこれを凌いだ。
『ブレイク!』
 レフェリーが間に入り、両者を引き離そうとする。
 仕方なく、美月は伊達の右足を放して立ち上がり、じりじりと間合いを取ろうとした瞬間、
「シッ」
 短い気合と共に、最高位タイトルマッチの洗礼が放たれた。
 左右の張り手から、今まで以上に強烈なローキックに繋ぐコンビネーション。
 いきなり目の前で火花が散ったと思ったら、美月は両足を払われて尻餅をついていた。
 唖然としている暇も無く、伊達がさらに左足を踏み込んでくる。
 今度は、座っている美月の胸板へ向けてのローキック。
「かっ……!?」
 人間の体の一部がぶつかったとは思えない、乾いた音が響いた。
 伊達は、呼吸を忘れて悶絶する美月の上体をもう一度起こし、
 さらに助走をつけて背中へのローキックを狙いにロープへ飛ぶ。
(起きろッ!)
 開始数分で悲鳴を上げている体に鞭を打ち、ここが潮目と見た美月は瞬時に立ち上がった。
 ロープから跳ね返ってくる伊達へ、体の左側面を向けてジャンプ。
 右足を振り上げ、走ってくる伊達の頭へ膝の内側を引っ掛けるように当てる。
 そのまま体重をかけてギロチンドロップの形で後頭部をマットへ叩きつけた。
 神田が使うシザースキックを、自分から飛びついて決めるような形のこの技が、
 完全に伊達の意表を突いてカウンターヒット。
「まだまだ、これからッ!」
 観客と自分に言い聞かせ、美月は痛む体を起こして伊達を立たせにかかった。


 伊達が圧倒的な攻撃力で試合を支配する展開が続くが、
 美月も要所で効果的な反撃を見せて王者に喰らいついていく。
「せっ……!」
 強烈なニーリフトから美月をブレーンバスターの体勢に捕らえた伊達は、
 軽々と美月を垂直に抱え上げた。
 打撃以外にも様々な引き出しを持つ伊達は、投げ技も多種類使いこなす。
 持ち上げきって背後へ倒れ込もうとしたが、美月が自由な手足をばたつかせて抵抗。
 逆さまになった状態から、伊達の頭頂部へ膝蹴りをかまして脱出した。
「うっ」
 またもや予期せぬ反撃を受けてたじろいだ伊達の背中を滑り下り、
 着地と同時に伊達の肩を掴んで跳躍、跳び箱の要領で体を持ち上げる。
 伊達の頭上を飛び越しつつ後頭部を掴み、体重をかけて顔面をマットに叩きつけた。
 この変形のフェイスクラッシャーから、引き起こした伊達をコーナーに振る。
「勝負っ!」
 串刺し攻撃を狙って突っ込んだ美月の眼前で、伊達の右足がスッと一気に垂直まで持ち上がった。
 そこから振り下ろされた踵が走り込んだ美月の額を直撃。
 額が割れこそしなかったものの、美月はたまらず数歩たたらを踏んで後退した。
 そこをすかさずコーナーから飛び出た伊達が捕まえ、振り回すようにして反対側のコーナーへ飛ばす。
「おおぉぉぉぉぉ!!」
 一度対角線上に戻って距離をつくってから、一気に走り込んで右足を振り上げる。
 串刺し式の前蹴りが美月の顔面に突き刺さった。
 伊達が足を引いたあと、糸の切れた人形のようになった美月が力無く前に崩れ落ちる。
 そこを抱き止めた伊達は再度ブレーンバスターで持ち上げ、
 後ろに倒れ込むのではなく、前に下ろすことで美月をコーナーの上に座らせた。
 狙うのは雪崩式のフランケンシュタイナー。
 たまに見せる隠し玉的なわざである。
 伊達は、左右のロープに足をかけて悠々とコーナーを上り、
 ぐったりと動かない美月の目の前で、コーナーを跨いでトップロープ上に両足で立った。
 だが、今まさに伊達が踏み切ろうとしたところで、動けないはずの美月が死んだフリから蘇った。
 伊達を押してバランスを崩させ、たまらずロープ上で屈んだところへ顔面にエルボー。
「……くっ!?」
 よろめいた伊達が、たまらずコーナーから降りようとする。
 その時、不意にひらめきがあった。
(今ッ!)
 伊達がロープ上からマットに飛び降りた瞬間、美月もコーナーから伊達に飛びついた。
 着地の際に下がった伊達の頭を上から手で押さえつけ、両足の間に挟む。
 間髪入れずにマットを蹴り、伊達の長身を後方に折り畳むような前方回転式パイルドライバー。
 電光石火の一撃に会場が沸きかえる中、美月は夢中でカバーに入る。
(どう、だ……!?)
 絶対の決め技に、手応えは確かにあった。
 業界の頂点まで、あと半歩。
 1、2、……と数えられていくカウントが異様に長く感じられた……が、
 結局3つめが数えられることはなかった。
 レフェリーの手がマットを叩く寸前、限りなく3に近いところで、しかし伊達は確かに肩を上げたのだ。
「ああッッ!!」
 美月自身思いもかけない声が出て、両手をマットに叩きつけていた。 
 が、すぐに気を持ち直す。
 もう一度。
 そう考えて伊達を引き摺り起しにかかる。
 だが何とか片膝立ちになったところで、伊達は美月を突き飛ばした。
「この……」
 苦し紛れに何を、と考えて再度近づこうした美月は、やはり勝ちを焦っていた。
 距離を詰めようとした美月の頭を、開いた間合いを利した左のハイキックが薙ぎ払う。
 まともに側頭部へ受けた美月が崩れ落ち、ダメージの深い伊達も体勢を崩して倒れた。
 このダブルノックダウン状態に、客席は一度湧き返ったあと、
 二人それぞれの名前を呼ぶ声が会場中を包みこんだ。
 
 先に立ったのは伊達だった。
 まだ美月が立ってこないのを見て、ゆっくりと頭を振りながら立ち上がる。
 遅れてうつ伏せからマットに両手をついた美月は、
 眼前に立つ伊達に縋るような形でようやく両膝をマットから離した。
 伊達は、右腕を美月の足の間に入れておもむろに持ち上げ、
 ちょうど真横にして持った美月を、何を思ったかコーナーのサードロープとセカンドロープの間に設置。
 そのまま、自分は対角線上のコーナーに下がった。
 為すがままの美月も、それを見ている観客も、伊達の意図がわからない。
(……強かった)
 一人伊達のみが、挑戦者に敬意を表し、新しい技で仕留めるべく動こうとしている。
 これが美月にしてみれば最悪のお節介となった。
 矢のようにコーナーを飛び出した伊達は、対角線を走り切った勢いを乗せ、
 横向きに固定されている美月に向けて思い切り右膝を突き出す。
「………!!!!!」
 声にもならなかった。
 無防備な腹部へ、伊達の全体重を乗せ切った膝小僧が直撃。
 心身ともに疲れ切っていたはずの体が痙攣するように跳ね上がり、
 ロープの間から抜けてマットへ落ちると、体をくの字に折ってひたすらえずいた。
 ほんの少しの胃液しか出てこなかったが、
 美月にしてみれば内臓が口から飛び出ているような感覚。
 直後、ダメ押しの垂直落下式ブレーンバスターでフォールを奪われるのだが、
 試合終了後に即病院送りとなった美月は、そこまで覚えてはいなかった。
 結果として、勝てないまでも多くの見せ場を残した美月だったが、
 強引に挑戦までこぎつけたツケはきっちり払わされることになったのであった。

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by right-o | 2011-11-23 22:06 | 書き物
 とある団体の移動バスの中。
「ハッタリでしょう」
 タッグ王座防衛戦の相手、六角のパートナー・Xについて、美月はそう結論づけた。
「私もあなたも、他人から因縁を持たれる覚えは無い。
 加えて私たちより格上のレスラーは、大方既に当日の試合が組まれています」
「あの、私も考えたんですが」
 神田が控えめに口を挟んだ。
「先輩のように、海外から帰国する方じゃないでしょうか?例えば先輩の同期の……」
「ノエルさんが帰国するという可能性はありません」
 眼鏡を押し上げつつ美月が応じる。
「社長に確かめました。ノエルさんは遠征先の団体がどうしても帰してくれないんだそうです」
 自分とは違って羨ましい話だ、とでも言うように、美月は小さく溜息を吐いた。
「とにかく、パートナーは気にしなくていいんですよ。それより本人の方がよっぽど問題です」
「六角葉月、先輩……ですか。実力者だとは聞いてます」
 神田は、膝の上の拳を強く握りしめた。
「そう、普段は何考えてるかわかんないような人ですが、
 格も実力も私なんかよりずっと上ですから、本気にさせたらどうにもならない可能性があります」
 六角は元々、神田以上の超エリートコースを歩んできた人間である。
 加えてガチンコ最強説があったり、現に抜群のアマレス実績があるだけに、
 一部のファンは六角に幻想めいたものを抱いていたりする。
「……勝てるでしょうか?」
「そこを勝てるようにもっていくのが、言ってみれば私の役目ということになるんでしょう。
 その代わり、Xの方はお任せしますよ」
「ハイッ、もちろんです!」
 と、美月たちはこういう意図でもって六角の挑戦を迎え撃ったのであった。


 なので、自分たちより先に入場していた六角の、横に立っている相羽を見ても、
(ああ)
 ぐらいにしか思わなかった。
 もっと正確に言えば、「ああ、そんなもんか」とか「ああ、これなら勝てそうかも」ぐらいなもんである。
 二人同時に入場した美月たちは、リングインからそれぞれにコーナーへ上ってベルトを誇示。
 再度反対側のコーナーへアピールに行こうとした美月の前へ、相羽が立ちはだかった。
「………!」
 睨んでいる、とは言えないまでも、今までになく強い眼差しで美月を見つめる相羽に対し、
 美月はほんの小さく鼻をならして引き下がった。
 お前なんか張り合う価値もない。
 そう態度でもって示していた。

 先発を神田に任せて赤コーナーに控えた美月には、大体の事情が飲み込めていた。
 大方、うだつの上がらない相羽を見かねた六角が、相羽を発奮させるためのタッグベルト挑戦なのだろう。
(お優しい先輩だことで)
 とすれば、六角はあまり自分が前面に出てこようとはしないはずである。
 六角が試合を引っ張って無理矢理ベルトを獲ったとしても、
 相羽が成長できない、もしくは成長がファンに見せられないのでは意味が無いからだ。
(そうはいくか)
 と美月は思う。
 自分からは何もせず、他人からチャンスを与えられたレスラーなどに負けるわけにはいかない。
 相羽を沈めてさっさと終わりにしてやる――
 そんなパートナーの思考が伝わったかのように、先発した神田はいきなり猛攻を見せる。

(大したことない……!)
 序盤、ほんの少し肌を合わせただけでそう直感した神田は、
 テンプレートな寝技の応酬を終えて立ち上がった瞬間、
 いきなり左のボディブローを相羽の脇腹に突き刺した。
「ふぐぅ……!?」
 声にならない呻きを上げる相羽の首を捕まえ、さらに腹部へ膝を数発。
 相羽の上体を完全に曲げさせたところでロープへ走り、反動をつけながら右足を掲げて跳ぶ。
「シッ!」
 美月との練習では決められなかった、相手の頭を横から挟み込むような踵落としが、
 相羽の後頭部に炸裂した。
「え、ちょ……っ!?」
 いきなりの大技にコーナーから身を乗り出した六角を尻目に、神田は淡々とカバーへ。
 美月も当たり前のように赤コーナーで六角のカットに備えている。
 が、当の六角は急なこと過ぎてカットに入れなかった。
 終わったか……と大方の観客までが思った瞬間、なんとか際どく相羽の肩が上がった。
「ちっ」
 神田と美月は同時に舌打ち。
 神田も既に勝負付けが終わったと思っている相手に、今更手こずりたくはない。
 それでも赤コーナーから手を出している美月に気づくと、大人しく先輩にその場を譲って退いた。
 代わった美月は、仰向けになってどうにか立ち上がろうとしている相羽の左足首をいきなり捕獲。
 スタンディングでのアンクルロックだった。
「うぁっ……!?」
 朦朧としていた意識を苦痛で覚醒させられた相羽は、必死に這ってロープへ向かうが、
 美月は一旦わざとロープへ近づけておいて引き戻す。
「相羽ァッ!!」
 カットを躊躇する六角に対し、神田はすぐ飛び出せるように体勢を整えている。
「うう、う」
 少しずつ、少しずつ、もう一度ロープに這う相羽の粘りを嘲笑うように、
 美月は自分からマットに体を横たえ、グラウンドでのアンクルロックへ移行。
 相羽の片手が上がり、六角がもう限界かとカットの姿勢を見せたが、
 それでもなんとか相羽はロープまで根性で這いきった。
(……相手の粘りが光るような展開も癪だなあ)
 作戦変更。
 極めきれなかった美月は、ここで意外にもあっさりと相羽を放し、逆に距離を取った。
 そして六角の方を向くと、挑発するように小首を傾げる。
「仕方がないね……」
 しばらく相羽は使い物になりそうにない。
 そう判断した六角は、倒れている相羽にロープの隙間から手を伸ばした。

(あ、これはダメだ)
 六角と組み合った瞬間、美月はそう直感した。
 体幹の強さも単純な膂力も美月とはケタ違いである。
 美月がグラウンドで適当に遊ばれたあと、変わった神田もいいように弄ばれた。
 といって一方的に負けているわけではなく、美月や神田が攻め手に回る場面もあるものの、
 どうも六角がわざと受けているような感触があった。
 それならば、と美月は、掌の上でいいようにされて悔しい気持ちはひとまず脇に置き、
 勝負に徹して時期を待つ。
 六角の狙いはわかっているのだ。
 青コーナーの相羽が身を起こし、どうにか戦えるまでに回復したのを確認した六角は、
 相対していた神田に一瞬背を向けて青コーナーへ下がろうとする。
 同時に、美月も交代を要求した。
「よし、行きます!!」
 このままでは終われない相羽は、勢い込んで飛び出していく。
 対して美月もダッシュし、正面からぶつかる……と見せて、相羽の左足を両足で挟み込んで引き倒した。
「行って来な……っておい!?」
 機械のような正確さで、再度左足首へのアンクルロック。
 前に立つ神田へ目配せしたが、それを待たず神田は飛び出していた。
 ロープを跨ぎかけていた六角へ体当たりして場外に落とし、自分もその後を追ってリングを下りる。
 今度は極めきるかと見えたところで、美月は相羽の足を放した。
 立て、という目で、友人を見下ろす。
「くっ」
 舐めるな、と立ってきた相羽の頬へ平手打ち。
 打ち返してきたところを更に打ち返し、平手の応酬が肘の応酬に変わっていく。
「それッ」
 思い切り振りかぶった相羽のエルボーが、ついに美月をぐらつかせた。
 が、美月はロープに走り、勢いを乗せたエルボーを打ち返した。
 これにも耐えて見せた相羽は、自分も反動を受けるべくロープへ走る。
「あちゃあ……」
 相羽が背を向けた瞬間、場外で神田と揉み合っていた六角に向け、美月が舌を出した。
(勢い任せの単純バカ)
 走り込んだ相羽の振るう右腕に自分の右腕を引っ掛けつつ、
 相羽の背後に飛びついて右足を左腕に引っ掛ける。
 横十字固め……と見せかけて、咄嗟に体を固くした相羽の背中の上で、美月は一瞬間を置いた。
(それに研究不足)
 この技は相羽の見ている前、対ノエル戦で初めて出した。
 あの時は返されたが、相羽にはこれで十分だと思った。
 タイミングをずらして溜めた勢いと体重を真下にかけ、相羽を後頭部から背後に引き倒す。
 頭を打った相羽は、そのまま為すすべも無く固められてしまった。


 瞬間的には濃密な時間もあったものの、終わってみれば10分足らず。
 軽いハイタッチを神田と交わしたあと、美月は影のように暗く退場して行く相羽を、
 リング上から手を振って見送った。
(ま、暫くは試合で当たることも無いでしょう)
 美月の中では、同期・友人としての情よりも、
 同業者としてずっと恵まれた位置にいる相羽への憤りや嫉妬の方が大きかった。

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by right-o | 2011-11-06 20:22 | 書き物
 美月と神田がタッグ王者になってから一週間後。
 二人はリングの上で相対していた。
「シッ」
 不用意に突きだれた美月の腕に被せた神田の右拳が、美月の頬に食い込んだ。
 カウンターの一撃は、厚いグローブ越しでさえ、相手の動きを止めるのに十分な衝撃を与える。
「うっぐ……!」
 返す刀で左のボディブローが脇腹に突き刺さり、美月はたまらず体をくの字に曲げた。
 これを狙っていた神田は、すかさず美月と水平方向のロープへ飛ぶ。
「いけぇッ!」
 勢いのまま飛び上がりつつ右足を大きく上げ、振り下ろす踵で美月の後頭部を狙う。
 反動で浮き上がる左足と合わせて、ちょうど美月の頭を両足で挟み込むような形。
 しかし、美月は間一髪で体を起こして両足の鋏から逃れ、同時に今度は自分がロープへ走った。
 避けられた神田はよろめきながらも体勢を立て直すが、その時にはもう美月がロープを背にしている。
 どう対応すべきか判断に迷っている間にも、目の前の美月が一歩一歩眼前に迫り、大きくなっていく。
 ままよ、と意を決して足を踏み出し右腕を振りかぶった時には、美月は既に踏み切りを終えていた。
 美月は、神田がしたのと同じように右足を振り上げながら前にジャンプ。
 ただし、足は振り下ろさず、膝の側面を神田の頭にあてがう。
 神田の首に右足を引っ掛けるような姿勢から、体重を預けて後ろに引き倒した。
 ちょうど立っている状態から無理矢理ギロチンドロップを仕掛けられたようになり、
 神田は後頭部からマットに叩きつけられることになる。
 
「見事でした。やっぱり自分では、まだまだ先輩の相手にはなりません」
「いや……グローブ無しだったら私の体が動いたかどうか」
 道場のリングを使ったスパーリングを終え、二人は並んで隅のベンチに腰を下ろした。
 神田は後頭部を、美月は右の脇腹をそれぞれ手でさすっている。
 練習のため、神田は厚手のボクシンググローブを嵌めていたが、
 それでも美月には十分ダメージが感じられた。
「あ、ところで先輩、これ、記者の人から貰いましたよ」
 そう言って神田は、美月にグローブを脱がせてもらった手で、脇に置いていた雑誌を取り上げた。
 斜め線で大きく二つに区切られた表紙には、立っている千秋にダブルニードロップを仕掛ける神田と、
 千春に前転式パイルドライバーを掛ける寸前の美月の、躍動感に満ちた写真が載っている。
 週刊のプロレス雑誌だった。
「ああ、この前の……まあ棚ボタで載ったようなもんですけどね。その表紙」
「それでも私は嬉しいです。ようやく自分のやってきたことが形になって」
 神田は、いつもの真面目な表情を崩してふやけた笑顔を浮かべた。
 美月もまんざらではない様子で、神田の手にある雑誌を覗きこむ。
「あ、でも」
 ふと、神田は思い出したように怪訝な表情をつくった。
「昨日のあれ、次の挑戦者のXって誰のことなんでしょうか?」
「さあ……」
 美月は軽く首を捻って、つい昨日の夜のことを思い返してみた。


 その夜、美月たちが戴冠を果たして初めて迎えた興行でのこと。
 試合の無かった二人が、ベルトを獲った喜びをささやかに味わいつつ、
 バックステージでのんびりとモニターを眺めていた時、
『これの表紙になってる二人、ちょっと出てきてくれないかな?』
 モニターの中、リングに立っている六角葉月が、
 美月たちが表紙になっているあのプロレス雑誌を掲げてそう言ったのだ。
「へ?」
 一瞬顔を見合わせた美月と神田は、
 慌てて傍らに置いていたベルトを引っ掴んで入場ゲートに向かった。
『まずは、おめでとう。良い試合だったよ』
 内心では何事かと訝りつつも平静を装って出て来た二人へ、六角はそう続けた。
『でもあんまり良い試合だったもんだから、私もそのベルトに興味が沸いちゃってさ。
 昨日の今日で悪いんだけど、次は私に挑戦させてくれないかい?』
『……それは構いませんが』
 美月は、出際に手渡されたマイクを持って、ひとまずそう言った。
 ここで間違っても嫌とは言えないのが、ぽっと出の新米チャンピオンの辛いところである。
『パートナーは誰ですか?まさか一人で挑戦するわけじゃないでしょう』
『まあ、それは当日のお楽しみってことでどうだい?
 ヒントは……あんたたち二人に因縁を持ってる人間、ってところかな。
 それじゃ月末の両国で、私とパートナーのXでタッグのベルトに挑戦決定と。そういうことでよろしく~』
 そんな感じでゆる~く締められて、六角の挑戦が決まったのであった。


「帰国してから、まだ他人から因縁を持たれるようなことをした覚えは無いんですが……」
「私なんか入団以来ありません……」
 本気で悩む二人の後ろ、
(……不憫な子)
 たまたま通りかかって道場の様子を伺っていた内田が、
 忘れられている六角のパートナーを思って、心の中で呟いた。

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by right-o | 2011-10-30 20:54 | 書き物
 神田対千秋の一戦からさらに二週間後。
「さて、出番のようです」
「ハイッ!」
 シリーズ最終戦の、ちょうど試合順の折り返し地点が美月たちの出番であった。 
 地方がら一万人規模の大きな総合体育館の、暗幕で仕切られた裏側に待機していた美月たちは、
 うっすら汗をかく程度でウォーミングアップを終え、準備万端。
「行きましょう!」
「ハイッ!!」
 試合内容についての打合せは散々やった。
 あとはそれを実践してみせるだけである。

 低い打楽器の音が重ねられた重厚なイントロから始まるテーマ曲がかけられ、
 まずタッグ王座戦の挑戦者、神田幸子の入場から始まった。
 袖なしの薄いガウンのフードを目深に被り、
 時折体を揺らしてシャドーボクシングのような動きを見せつつ花道を歩く様は、
 かつてのボクサー時代を思わせる。
 デビュー一年足らずとは思えぬ落ち着きを見せてロープをまたぐと、
 フードを跳ね上げて凛々しい素顔を晒した。
 引き続き神田のテーマの終わりに英語の音声が被せられ、美月の入場へと繋がる。
 ジョーカーから受け継いだ曲で入場してくる美月の姿は、
 この日初めて日本のファンが目にするものであった。
 元々トリックスターたるジョーカーレディのために用意された曲は、
 今の美月が使うには違和感があったが、
 美月は、自分のキャラクターが曲の方に合わせて変わっていくかのような予感がしていた。
 挑戦者組の入場からやや間が合って、
 こちらも英語の、スポーツ実況のような特徴的な導入から始まる曲で王者組が入場してくる。
 それぞれ片手で持ったベルトを左右に誇示して悪態を吐きながら、
 双子の姉妹はゆっくりとリングへ歩を進め、二人同時にロープをくぐった。


 ついにリング上で相対した両組は、どちらからともなく間近に歩み寄って視線の火花を散らした。
『下がって!』
 一触即発の状態から、試合開始前に一度コーナーへ下げようとレフェリーが間に入る。
 それに一旦は従うと見せておきながら、村上姉妹はすぐに踵を返して奇襲――を仕掛けようとしたところ、
 お見通しとばかりに肩越しで振り向いた美月&神田と目が合った。
「チッ」
 二人同時に舌打ちした姉妹は、仕方な一度くコーナーへ下がろうとする。
 しかし、姉妹が背中を見せたその瞬間、反対に美月たちが踊りかかって奇襲をかけた。
「うおっ!?」
 それぞれにドロップキックで姉妹を蹴り飛ばすと、千春の方を場外に落としつつ千秋を捕まえ、
 二人がかりでロープへ振って待ち受ける。
「合わせて!」
「了解!」
 戻ってきた千秋の左右からそれぞれの腕を絡ませ、ダブルのアームホイップ。
 そこから千秋を挟み込むように両側のロープへ走ると、
 神田が横から滑り込む形のギロチンドロップ、美月は勢いのまま空中で前転してのサンセットフリップ。
「ぐぇっ」
 千秋の顔と胴体を押し潰し、まずは美月たちが相手のお株を奪う奇襲とコンビネーションを見せつけた。

 美月にとって、姉妹個々は既に脅威を感じる存在ではない。
 それどころか、体格差が少ない分かなり楽な相手だと感じられる。
 反則行為についてもメキシコで散々やらされたため、かなり耐性がついていた。
 一方、神田も一対一でルールに則った状況ならば姉妹に遅れは取らない。
 が、経験が浅い分どうしても、インサイドワークをフルに活用してくる相手は苦手となるため、
 実力を十分に発揮させてもらえないままで相手のペースに呑まれてしまう恐れがあった。
 そして、このタッグ王者はその辺りの機微に対して非常に聡い。
 最初こそ圧倒されたものの、徐々に狙いを神田に絞り、あの手この手でペースを乱しにかかる。
 
 試合時間が十分を少し過ぎた頃。
 対角線上で完全に捕まった状態の神田へ檄を飛ばしながら、
 美月は内心冷めた目で、「まあ、大方予想通り」と状況を見ていた。
 姉妹は、美月が出ている時は攻められながらも劣勢を過剰に演出し、
 交代した神田が勢い込んで出て来たところを場外からの介入等で躓かせ、
 自コーナーでじわじわと痛ぶりなかなか放そうとしない。
 とはいえ、この展開は美月も神田も十分に予想できた。
 予想できたからといって回避できるわけではないのだが、
 この試合が神田の頑張りにかかっている、という点は事前に本人と確認している。
 加えてもう一つ、美月の密かな企みとしては、
 この試合で自分の手の内を全ては見せたくないと考えていた。
 なるべく神田を長時間試合に出させておき、
 できれば最後のおいしいところだけ自分が持っていければ……というのが美月の思惑だったが、
 当然ながらタッグ王座の奪取が第一目標なので、神田を応援する気持ちに嘘は無かった。

 そんなこんなで神田を激励しつつ待ちに待った十五分過ぎ。
「おらぁッ!」
 ふらふらとコーナーから崩れ落ちて前に倒れ込んだ神田に向け、
 トドメとばかりに、横から走り込んだ千春が右足を振り上げる。
 前哨戦の後で神田の頭を蹴り上げてKOした図を思い描いた観客から悲鳴が上がったが、
 神田は頭を起こしてこれを空振りさせると当時に、足をもつれさせた千春を引き倒して強引に押さえ込む。
「!?……くそッ!」
 千春はカウント2でクリアしたが、神田はそのまま青コーナーから伸びる美月の手に飛びついた。
「あとは……っ!」
「任されますよ」
 コーナーから飛び出した美月は、殴りかかってきた千春の脇をすり抜けつつ、
 すれ違いざまに背後から首を取り、そのまま背中から倒れ込むネックブリーカードロップ。
 さらに千春の立ち上がりざま追撃を狙おうとロープへ走る。
 と、背中を預けたはずのロープの感触が無かった。
「うっ!?」
 千秋が、自分の全体重をかけてトップロープを下げていた。
 支えるものの無い美月は場外に転落。
 美月が攻撃に集中した隙を突かれた形になったが、
 これまでちょっかいを出さなかった美月に手を出してきたということは、村上姉妹も痺れを切らした証拠。
 また神田が出てくるまで待ってはいられないということか、
 と、美月は怪我の無いよう冷静に落下しつつ分析した。
「先輩!」
 落ち着いている美月を余所に、これまで鬱憤が溜まっていた分も含めて激高した神田は、
 試合権利が無いながら、ダメージのある体を引き摺ってコーナーに上った。
 両足を伸ばして立ちあがり、倒れたままの千春に照準を合わせる。
「やらせねーぞ!」
 ダブルニードロップを狙う神田に対し、制止するレフェリーを押しのけて千秋が迫る。
(くっ)
 千春の位置が遠いこともあり、このまま飛んでも空中で千秋の邪魔を受ける公算が高い。
 咄嗟にそう考えた神田は、あえて待った。
 千秋がちょうど千春の前に立ちはだかるような位置に来た瞬間、跳んだ。
「な……!」
 神田は、千春ではなく千秋目掛け、両膝を折って落下。
 肩を膝で押さえつけるようにして千秋の上に乗ると、そのまま背後に押し倒した。
「応用、ってことですか」
 やるな、と感心しつつ、神田の機転を見た美月は急いでリングに戻る。
 ここまで急に試合が動くとは思っていなかったが、こうなってわざわざ勝機を逃す手は無い。
 ようやく起き上がった千春の腹部にトーキックを入れ、屈ませてパイルドライバーの体勢へ。
「まずは上出来ってことで……!」
 前転式のパイルドライバーで千春の脳天をマットに突きさし、完璧な3カウントを奪った。


「はー、メキシコであんな技覚えてくるとはねぇ」
 見たことの無い技の連発と、新タッグ王者の出現に湧きかえる会場を裏から除き見て、
 六角は素直に感心していた。
 成長したとは聞いていたが、美月は六角の想定を上回る動きを見せてくれた。
(こりゃ久々に面白そうな相手かもしれない……)
 湧いてきた好奇心を表に出さないよう装いつつ、六角は傍らに視線を移す。
「で、あんたはそのままでいいのかい。いじけて、置いて行かれたままで」
 拳をきつく握り締めた相羽は、それでも俯かずにリングの上を見ていた。

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by right-o | 2011-10-23 21:12 | 書き物
 再びホテルへ向かうバスの中。
「っ痛……」
「だから私がリングサイドに付くって言ったんですよ」
 千春に蹴り上げられた頭部を冷やす神田の横で、美月が呆れ気味に溜息を吐いた。
「……ただ、試合は見事でした」
「あ、ありがとうございます!」
「お礼を言われても……」
 殊勝に頭を下げる神田を見ていると、美月はどうも背中がむず痒いような気持ちになる。
 自分がジョーカーにしてもらったようなことを神田にしているつもりだったが、
 あんな風に飄々と後進に接することは、なかなかできそうにない。
「でも自分はまだまだです。現に試合の序盤は何もさせてもらえませんでした」
「その辺はもう慣れというか経験が大きいと思いますが、
 確かにまだまだ試合内容には工夫が必要かもしれません。……ところで」
 と、美月はジャージ姿の神田を上から下まで改めて見た。
「一応わかりきったことを聞いておきますが、蹴り技とかはできないんですよね?」
「それはまあ……ボクサーでしたから」
「コスチュームを見ていても思ったんですが、折角足が長くてスタイルもいいし、
 何か蹴り技を使ってみたらいいんじゃないですか?」
「す、スタイルって……」
 あんな思いっ切り側面の開いたコスチュームを着て戦っておきながら、
 そう言われると神田はちょっと赤くなった。
「し、しかし足技は素人ですので、自分には難しいかと思うんですが」
「うーん、何も高等な技術の要る技でなくても……踵落としとかはどうでしょう?」
「……それは普通に空手の技なのでは?」
「ただ踵を振り下ろすだけのことでしょう?
 まあプロレス技なんだし、とりあえず見栄えと威力があればいいんですよ。
 例えば早瀬さんなんかシャイニング式で使うじゃないですか」
「あれは琉球空手の奥義か何かじゃないんですか?」
「そういえば……ってそんなわけないでしょう」
「私は伊達さんの、コーナー串刺し攻撃へのカウンターが好きです」
「あれは本当に顔面狙って踵落としてきますからね……」
 この日も、美月と神田はバスの中で熱い議論を繰り広げ続けた。 


 そんな二人の一つ前の座席。
「はぁー……どうしたもんかねぇ」
「何がよ?」
 深ーい溜息を吐いた六角に、横で目を閉じていた内田が話しかけた。
「いやさ、コレ」
 そう言って六角は、通路を挟んだ隣の席を親指で示す。
 そこには、魂の抜けたように真っ白くなって座っている相羽がいた。
「……それが?」
「なんとかして立ち直らせてやりたいんだけど、どうすりゃいいのかわからなくってさ」
 物好きな、とでも言いたげに、内田は眉間にしわを寄せる。
「どこで情が移ったか知らないけど、放っときなさいよ」
「んー、いや、何か構ってやりたくてさ……」
「自分で解決しなきゃ成長できないわ」
 六角の言葉も、内田は冷たく切って捨てる。
 相羽はまだまだ立ち直りそうになかった。

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by right-o | 2011-10-10 20:32 | 書き物
 神田対相羽の試合から一週間後。
 その間にいくつかの興行を経たあと、美月たちには願ってもない試合がやってきた。
 神田と村上千秋とのシングルマッチである。
 相手の千秋はタッグチャンピオンの片割れであり、
 タッグ王座挑戦を目指す美月たちにとっては、もちろん願っても無い相手。
 ここで印象的な勝ち方をしておけば、挑戦に向けて大きく前進することになる。
「相手は千秋さんですが、姉の方も必ず試合に介入して来るはず。
 なので、今日は私がリングサイドに付きます」
 試合直前、そう申し出た美月に対して、神田は首を振って拒否した。
「今日は私一人で結果を出して見せます」
「あ、いや、私たちが組んでいることをアピールするためにもですね……」
 食い下がる美月を手で制し、神田はこう言った。
「大丈夫です。ただ、試合が終わったあとで、何かあったらお願いします。
 その方が、私たちをより印象的にアピールできるはずですから」
 そう言って神田は入場ゲートをくぐって試合に行ってしまった。
「………むぅ」
 試合が終わったあと、ということについて、美月は神田の言わんとすることがわかった。
 介入は何も試合中だけとは限らないのである。
(結構言うじゃないですか)
 試合そのもについての自信も含め、美月は神田に対する印象を改めた。


 ただし、試合は始まる前から千秋のペース。
「ルーキー!あたしが可愛がってやるぜッ!!」
 ゴング前、コーナーへ一旦控えようとした神田の背中に飛び掛かって奇襲。
 その後もサミングからタッグロープを使ってのチョーク攻撃まで、
 本当に様々な反則技を織り交ぜて神田を翻弄する。
 たまにようやく神田が攻勢に出たかと思いきや、
 今度は村上千春が、ロープに走った神田の足を場外から掬う。
 同伴を拒否された美月は拳を握って見ているしかない。
 ただ、神田は自分の言葉を証明する瞬間のために、ひたすら機会を待って耐え続けた。
 そしてついにその機会がやってくる。
「ハッハー!遊びは終わりだぜ!!」
 千秋が裏投げを決めてカバーに入ったが、神田はこれをギリギリで返す。
「……チッ、おい、さっさと三つ叩きゃいいんだよ!」
 レフェリーに抗議している千秋の背後、神田がゆっくりと自力で立ち上がった。
「おら、どうせ某立ちで動けねーんだからよ!」
 言いながら、千秋は振り向き様弓を引くように振り絞った右拳を振るう。
 神田は、どんなに痛めつけられても集中を切らさず、この時を待っていた。
「遅いッ!!」
 神経を張り詰めさせた神田にとっては、欠伸の出そうな速度で千秋の腕が伸びる。
 これに対し、神田は踏み込みながらわずかに首を振ってかわしつつ、
 自分の右腕を千秋の腕に巻きつかせるように被せる。
 千秋から見れば振り切った右腕の影から、突然神田の右拳が生えた。
「ッ」
 完璧な右クロスカウンター。
 何をされたか意識する間も無く前のめりになった千秋へ、
 すかさず神田はニーリフトを腹部に突き刺し、ダウンを許さない。
 自分が某立ちになった千秋をボディスラムで持ち上げ、コーナーの前に叩きつけた。
「いくぞっ!!」
「……っ、しまった!」
 コーナーを上る神田へ、突然のことで反応が遅れた千春が妨害のために追いすがる。
 だが一瞬早く、神田がコーナーからリングを向いて飛び立った。
 思い切ってかなり高く跳んだ神田は、ジャンプの頂点で両膝を曲げ、
 さらにそれを真下に突き出すようにしながら千秋の上に着地。
「ぐぇっ……!」
 エグい一撃から、場外の千春を睨みながらカバー。
 言葉通り、神田は自分一人で結果を残して見せた。


 ただ、試合の後に起こった出来事については、若干神田の予想を上回ってしまう。
 勝ち名乗りを受けている神田の背後を千春がイスで襲ったのだった。
 たまらず前のめりになって両手をついた神田を見て、千春は意味ありげにコーナーに控えて距離を取る。
「テメェ、舐めたマネしやがって……ッ!」
 慌てて美月がバックステージから飛び出したが、間に合わない。
 コーナーから突進した千春は、四つん這いになった神田の頭を、
 まるでボールか何かのように思い切り蹴り上げた。
 声も無く昏倒した神田を見下ろしているところへ美月が乱入、
 放置されていたイスを振り回して千春を追い払う。
「だ、大丈夫……!?」
 神田に駆け寄ってみると、完全に気絶していた。
 思わず、引きあげて行く千春を睨む。
 すると向こうも、千秋に肩を貸しながらこちらを睨みつけていた。

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by right-o | 2011-10-09 20:37 | 書き物
 会場から宿泊先のホテルへ向かうバスの中。
 来る時と同じ座席で、美月と神田が同じように話しこんでいた。
「……と、いうわけで、私と組んでタッグ王座を目指してもらいます。
 それが私からの、あなたに協力するにあたっての条件です」
「それは願ってもない話ですが、その……私に務まるでしょうか?」
 美月は、ふっ、と苦笑しつつ答えた。
「ま、少なくとも私が選択できる限りでは最良のパートナーですよ」
 腑に落ちない表情を浮かべながらも、神田はとりあえず美月の話に乗って来た。

「ただ、まずはあなたの試合をどうにかするのが先ですね」
「すいません、先ほどは恥ずかしい試合を……」
 しゅん、と神田は肩を落として表情を暗くする。
 意図したものでないだけに、神田にとっても反則負けは不本意だった。
「いや、あのカウンターは続けてください。直接フォールにさえ入らなければ誤魔化せるはすです」
 試合の最後で神田が見せた絶妙なカウンターこそ、相羽には無い引き出しであり、
 美月が神田を買っている点である。
「ただし、どうやってもフィニッシュにはなり得ませんので、何か別の決め技を身につける必要があります」
 もし神田のバックボーンが空手やキックボクシングであれば、
 蹴り技の応用を利かせればどうにでもなるのだが、ボクシングではそうもいかない。
「何かありませんか?こう、得意な投げ技なり関節技なり……」
「そ、そう言われても……。一通りは教わったのですが、何か特別できるわけではなくて……」
 だろうな、とは美月も思っていた。
 そうであればこそ美月に相談してきたのだし、何より相羽との試合を見ていてよくわかった。
「それでは、これから一緒に考えましょうか。
 お手軽簡単かつ説得力を備え、しかも神田幸子のイメージに合う必殺技を」
「はいっ!」
 何だかジョーカーみたいになってきたな、と思いながら、
 美月は神田と一緒に様々なプロレス技を頭の中に思い浮かべる作業を始めた。


「……フットスタンプなんかどうでしょう?多分、あまり使ってる人はいないと思いますが」
「あ!昔は理沙子さんが使っていましたね」
 その名の通り、
 コーナーからもしくはその場で飛び上がって、相手の腹部を両足で踏みつけるのがフットスタンプ。
 その昔、パンサー理沙子がコーナーから華麗に飛んで決めていた。
「自分の知っている限りでは、今使うのはみぎりさんと栗浜さんぐらいです」
「いや、あー……栗浜さんがいましたっけ」
 みぎりの場合、もちろんダイビング式で使えば死人が出るので、
 せいぜい片足を相手の上に置き、徐々に体重をかけながら踏み越えるように使う。
 逆に今現在完全な形で技をモノにしているのが栗浜亜魅。
 彼女はまず相手をコーナーの上に逆さ吊りにし、自分もそのコーナーに上る。
 そして足元にある相手の膝頭をぐりぐりと踏み、
 痛みのために相手が逆さまの上体を腹筋の力で起こしたところを、
 すかさずコーナーから飛んで両足で思い切り踏みつける、という応用も得意としていた。
「あと、ムーンサルト式で使う人もいたとか聞きましたが……」
「上原さんですね。私も実際に見たことはありませんが」
 コーナーからムーンサルトの要領でバック宙しつつフットスタンプ、
 という冗談のような技を過去唯一使っていたのがブレード上原。
 数々の飛び技を使いこなした彼女であっても、これは本当にここ一番でしたか使っていない。
「んー……あ、そうか小早川さんがいました。これはやっぱり考え直した方がよさそうですね」
 小早川は、スワンダイブ式で、かつツープラトンでパートナーが固定した相手の腰や腕でさえ、
 狙ったところをピンポイントで空襲できる。
 栗浜とは別の応用を駆使する名手であった。


「やっぱり別の技にした方がいいでしょうか?」
「いや、単純な技だけにまだまだ応用が利くはず……」
 美月と神田が熱い議論を交わしている中、そのすぐ後ろの座席。
「まあ、そう落ち込むんじゃないよ」
「………」
 珍しく本気でヘコんだ相羽が、六角から慰められていた。
「あーあ、今度こそ重傷かねぇ。よしよし、美月に振られたぐらいで泣くんじゃない」
「ううう……」
 前の会話が聞こえているだけに、相羽は色々とやるせないのであった。

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by right-o | 2011-10-08 19:25 | 書き物
 神田の話は長かった。
 自己紹介から始まって、自分が入団した経緯、練習への取組み方と現在の状況まで、
 遠慮がちながら真摯に話し続けたため、要点を端折ってくれとも言えなかった。
「……で、ですね。あなたが神田幸子さんという名前で、
 ボクシングからプロレスに転向して半年前に入団した後輩で、なのに私より2つ年上で、
 これまで特別扱いされながらも真面目に練習してきたことはよくわかりました。
 でもその、結局私に何をして欲しいんです?」
「わ、私は、もっとプロレスが巧くなりたいというか、もっと良い試合がしたいんです!」
 強くなりたい、とか言わないあたりは、流石真っ当な格闘技からの転向者だろうか。
「杉浦先輩のことは、自分が一ファンだった時からずっとテレビで見ていました。
 ジュニア戦とか、メキシコとか、体格的に恵まれていないのに凄い活躍をされていると思います。
 そんな杉浦先輩から、是非アドバイスをいただきたいと考えました!」
 真剣な顔で言い切られて、美月は戸惑ってしまった。
 ジョーカーからも似たようなことを言われたが、自分がそういう風に見られているのかと思うと、
 何か照れるような、でも何か素直には喜べないような、複雑な心境になった。
「……いかがでしょうか」
「え、ああ、そうですね」
 とりあえず、神田の事情を聞いて悪い気はしなかったので、美月も真面目に応えてみることにした。
「ひとまず試合なり練習なりを見させてもらわないと、何とも言えません。
 今日、試合が組まれてたりしますか?」
「あ、はい!ええと、今日は確か試合が……だ、誰だっかな相手は……」
 神田は、荷物の中をごそごそと探し回り、シリーズ全体の日程表を探し出す。
 そこには、確かに今日の興行に神田の名前が載っていた。


 数時間後、試合が組まれていない美月は、
 体育館の中を暗幕で仕切ったバックステージから顔を出してリング上を覗いていた。
 無難に第一試合で会場を温めた後輩たちを適当に労ってやり、次は第二試合。
 いよいよ神田の登場である。
 向かい合うのは、神田と同じような髪と体格をした、美月が見飽きるぐらいよく知っている顔。
 相羽和希であった。

「おや珍しい。同期の成長が気になるかい?」
「いや、相手の方にちょっと」
 ゴングが鳴ると同時に、後ろから六角に声をかけられた。
 と同時に、リング上では二人が組み合っている。
「神田?鳴り物入りだった割にはパッとしないね」
「でもプロでボクシングやってたんでしょう?それが何で第二試合なんかに」
「あー……その辺は見てればわかるよ。バックグラウンドが活かせてないっていうか、
 まあボクシングをどう活かすかっていうのも難しいけどね」
 言われるままに黙って見ていると、二人は型通りのバックの取り合いからグラウンドに移行し、
 一進一退の攻防を繰り広げていった。
「普通だろう?」
「……普通ですね」
 内容的にはいくらか高度だが、やっていることはさっき第一試合に出ていた若手と大差ない。
「考えてみれば可哀そうな話だよ。いくら格闘技のキャリアがあるからって、
 まだデビュー半年なのにあまり過大な期待をするべきじゃない。
 本人も真面目だから、そんな期待に応えようとしてるみたいだけど、
 このままゆっくり成長させてやった方が本人のためさ」
 六角は溜息混じりにそう言う。
 自身もアマレスの実力者で、かなりの期待を背負ってデビューしたという六角の言葉は、
 同類を憐れむような調子が含まれていた。
 とはいえ、六角の場合は期待に応えるだけの技量と、それに耐えうる図太い神経を備えていたが。
「それよりも、あんたはもっと相羽を気にかけてやるべきだよ。
 あいつこそ未だにこんなとこで燻ってちゃ……」
「それは自業自得です。あの人は現状に真剣な危機感を抱いていないんですよ。神田さんと違って」
 美月はそう言ってのけた。
「相変わらず冷たいねぇ。それはともかく、神田と何かあったのかい?」
「まあ、色々と」
 裏でそんな会話をしている内に、ようやく試合が大きく動き始めた。

「受けてみろっ!!」
 神田の背後を取った相羽が雄叫びを上げ、一息に反り投げる。
 美しいブリッジを描いてスターライトジャーマンが決まった。
「まだッ!」
 が、なんと神田はこれをカウント2でクリア。
 茫然とする相羽の前で、朦朧とする頭を振りながら神田がゆっくりと立ち上がる。
「まだ……まだだッ!」
「ッ……負けないっ!!」
 神田がエルボーを打ちこみ、相羽が打ち返す。
 二人が交互に肘を振るう度に、客席も声を合わせて盛り上がった。
「この、このっ、倒れろっ!!」
 先に手が止まった神田に向け、相羽がエルボーを連発。
 棒立ちになったと見るや、大きく振りかぶって渾身の一発を見舞う。
 が、相羽の右肘は空を切った。
 突然瞳に鋭さを宿した神田は、紙一重のところでほんの少し体をずらして避け、
 それまでのように右手を振りかぶらず、畳んだところから拳を最短距離で伸ばした。
 相羽の右腕が伸びきった瞬間、神田の拳が相羽の顎先をわずかにかすめる。
『おお……!』
 美月と六角、それと客席の全員が思わず呻くほど、完璧なタイミングのカウンター。
 くらった相羽は、糸が切れた人形のように声も立てず前のめりに倒れた。
 10カウントを数える間でもなく完全KO状態の相羽を裏返し、神田は冷静にカバー。
 しかし、思わずマットを叩きかけたレフェリーの手が寸前で止まった。
「え……?」
 神田に対して首を振り、カウント拒否の意思表示。
 普段なんとなく5カウント以内まで許されるものの、厳密に言えばプロレスで顔面パンチはルール違反。
 要するに顔を殴ることとイスで殴りつけることは同じなのだ。
 従って、このレフェリーはカウントを取らなかった。
 ただし完全に目を回して倒れている相羽が起きてくる気配もなかったので、
 結局はゴングを要請して無効試合を宣言した。


「ね?だからボクシングを活かそうってのは難しい……って」
 六角を残して、美月はいつの間にかリングに向かって一人で歩き出していた。
 美月に気付いた観客から起こるどよめきの中でリングに入り、
 寝ぼけたようにふらふらと起き上がりつつあった相羽をリング外に投げ捨てて排除。
 驚いて目を見張る神田の前に立つと、強引にその右手を握りしめた。
「やれやれ、何を企んでいるのやら」
 握っていた神田の右手を挙げ、彼女が勝者だと言わんばかりに誇示して見せる美月を見て、
 六角はそう独りごちた。

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by right-o | 2011-09-24 22:22 | 書き物