「ぐ…ぅ……ッ!?」
 美冬のソバットを腹部に喰らい、伊達は思わずその長身を丸めた。
 さらに屈んだ伊達の後頭部目掛け、一度ハイキックの軌道を描いた美冬の脚が突如方向を変えて蹴り下ろされる。
 バシッ、という乾いた音の後、美冬は伊達の動きが止まったのを確認すると、さらに追撃せんとロープに走った。
 が、美冬が背を向けた次の瞬間には伊達はもう頭を上げ、美冬を追いかけるようにして足を踏み出している。
 そして美冬がロープに背中を預けてリングの内側を向いた瞬間、
「ごほッ!!?」
 ロープを背にして力の逃げ場がない中で、追ってきた伊達の膝頭が美冬の体に突き刺さった。
「セッ!」
 思わず両手で腹を押えて前傾した美冬の首を左脇に抱えると、右手でコスチュームの腰の辺りを掴んで一息に持ち上げ、美冬の体をマットに対して頭から垂直に突き刺す。 
 結局この垂直落下式ブレーンバスターが、この試合最初で最後の投げ技になった。
 普通なら試合が決まってもおかしくない一撃だったが、伊達はあえてカバーに行かない。
 美冬の頭を掴んで立たせると首相撲の状態からさらに膝蹴りを腹部に2発。
(「これは………お返しだっ!!」)
 痛みに耐えかねて美冬が膝をついたのを見て、伊達は左に重心を移して右足を引いた。
(「今!」)
 顔面を狙った伊達のローキックが美冬に届くより一瞬早く、美冬は低い姿勢から一気に飛び上がると、右足の甲で伊達の側頭部に襲い掛かる。
『雷神蹴ゥゥゥゥーーー!!!!』
 実況アナウンサーが絶叫する中、美冬必殺の延髄斬りをモロに喰らった伊達は、糸の切れた人形のようにばったりとうつ伏せに倒れた。
 一方で、蹴った美冬の方も痛みと疲労のせいで着地に失敗して背中から落ち、カバーに行く余裕が無い。
 試合開始から10分。
 ようやくプロレスらしい展開を見せ始めた矢先に、二人の試合は膠着を迎えた。


 この試合、伊達と美冬は双方共に引けない。
 団体対抗戦なのである。
 伊達が所属する方の団体が行っているこの興行において、双方が1勝1敗1分で戦績は全くの互角。
 勝負はこの伊達対美冬、両団体で次代のエースと目される者同士の一戦にかかっている。
 加えて両者には因縁があった。
 一月前、美冬の側の団体において対抗戦が行われた時のこと。
 美冬には伊達より格下の相手との試合が組まれていたが、その試合において美冬は、膝立ちの相手の顔面にソバットを叩き込んでKOしてしまったのである。
 美冬にしてみれば「舐めるな」という意思表示だったのだが、もちろんやられた方の団体の選手達は怒った。
 そして大人しい伊達でさえ、普段滅多に感情を表さないその瞳の奥に静かな怒りを燃やしていた。 


 そういうわけで、試合開始直後から両者が共に得意とする強烈な打撃技の応酬が繰り広げられることになった。
 感情剥き出しで殴りあう場合、自然相手の顔を狙うことが多くなり、その様子はリングサイドで見ている両団体の社長などは試合を直視できなかったほど。
 しかし双方がこのままでは埒があかないと思ったのか、次第にプロレス的な動きが混ざり始めたものの、それでもこれまでのところ二人の戦いは全く互角のまま動く様子がない。


「………っく」
「う、う……」
 ダウンから立ち直るのもほぼ同時だった。
 伊達はうつ伏せから膝をついて、美冬は仰向けからなんとか上体を起こして立ち上がろうとすると、ちょうどお互いの視線がぶつかる。
(「その……目が嫌い……!」)
(「もう、許せん……!」) 
 もはや元々の原因などは忘れ、この場においてはただただお互いへの憎しみしか覚えていない。
 両者同時に拳を固く握って立ち上がると、そのまま相手の顔面に叩きつけた。
 二人ともレフェリーの注意などは全く耳に届いていない。
 続いていきなりハイキックが交錯すると、ロー、ミドル、ハイ、膝蹴りとまたまた試合序盤のような乱打戦へ突入した。
 「ハッ!」
 と今度は伊達がソバットを決めると、続けて先程のお返しとばかりに、前傾した美冬の頭を切り落とすかのような踵落しを見舞う。
 対して美冬もこれに耐えると、伊達の意表をついて裏拳をくらわせ、傾いだ頭へさらにハイキックで追い討ちをかける。
 片方が流れが引き寄せると、他方がすぐに引き戻す。
 やはりまだ決着は見えない…と、リングを見守る観客がそう思いかけた時、ついに均衡が破られた。
「グッ……!」
 伊達の右ミドルキックが美冬の脇腹に決まり、美冬の反撃の手が止まったのだ。
(「効いてるの…!?」)
 再三腹部に入れた膝蹴りのダメージが蓄積されていたか、と伊達は感じ、それは半ば本当でもあった。
 しかし実際のところ、これだけ熱の入った打撃戦をこなしていながら、つまり美冬はどこか頭の一点が冷静だった。
 三味線を弾いているのである。
(「ミドルで崩した後に左でハイを狙いにくる、…それがヤツの定石。その左の大振りをかわして、仕留める!」)
 完全に気持ちだけで闘い、もはやほとんど思考をしていない伊達と、この期に及んでまだ冷めた部分を持ち合わせる強かな美冬。
 結局はこの点が勝負を分けた。
「…ヤッ!」
 脇腹を庇って注意が薄れた頭部を狙った伊達の左ハイキックは、大きく空を切った。
 体を沈めることでこれを避けると同時に力を溜めた美冬は、こちら側を向いてガラ空きになっている伊達の後頭部に照準を定める。
(「もらった!」)
 二度目の雷神蹴を狙って飛び上がろうと体を躍動させたところへ―――
「なっ…!?」
 空を切ってマットについた左足を軸に、続けざま放たれた伊達の右後回し蹴りが襲い掛かった。
 それもちょうど踵がこめかみを直撃する形で最悪の一撃をもらい、この時点ですでに美冬の意識は朦朧としている。
 虚を衝かれて何が何かわからないまま、美冬の霞んだ視界には唇を真一文字に結んで自分を睨みつける伊達の顔が映っていた。
 その目は、美冬が今どんな状態にあるかということなど全く意に介していない。
 そもそも伊達の頭には試合中に相手の出方を窺うような余裕も思考も始めから存在しない。
 ただその場その場で純粋に、体の動くままに闘うだけである。
(「く…そ……」)
 最後に、正調の右ハイキックがわずか残った意識ごと美冬の頭を薙ぎ払った。
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by right-o | 2008-03-31 22:07 | 書き物
seizannさんに「三角締め」をイラスト化していただきました。

文中、桜崎が指摘している通り確かに脚の組み方が逆なんですが、
これ元々私が間違えて左右の脚を逆に書いてるんですよね(汗

まさか絵にしていただけるとは思わなかったので、つい適当に書いてしまって…

…いや多分、技を掛けられる方を妄想して書いていたために、
自分の利き手の左腕に掛けられている想像を文字にしてしまったのかも。

何にしても私なんかの文章からイラストにしていただいて、
本当にありがとうございました。



先週、今週と思いがけず自分の書いたものに反応をいただいて、
大変嬉しく思っています。

これからも続けていきたいと思っていますが、
まだまだ至らない部分も多々ありますし、自分でもできるだけ改善していくつもりです。
そういう意味でも、以前に書いた通り他のサイトさんの文章を読んで勉強させて
いただこうと思っています。

そういうわけで(?)、ココでもNEW WINDさんを真似て、
一度読書感想文で一本更新してみようかと。

とりあえずは相互にリンクさせてもらっているサイトさんが中心になると思いますが、
自薦他薦は問いませんので、ここぞという場所があれば教えてください。
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UP前にチェックした時は万全だったはずの文(内容はともかく)から、
改行ミスやら表現の重複が出てくる出てくる。


今回本当は「ラッキーキャプチャー」のつもりで
ジューシーペア対ゴールデンペアを書いていたところ、
長くなりすぎてまとまりがつかなくなってしまいました。
この4人自体にはそれほど特別な思い入れはなかったはずが、
書いてる途中で試合を省略するのが何か勿体無く感じて
結局ラッキーキャプチャーとは関係の無い話になってしまったので…



そういうわけで、今回はジャーマンをテーマに書いてみました。
一回転・投げっぱなし・ロールスルー+二段式・ロコモーション・高速+だるま式・雪崩式、
そしてクロスアームと、思いつく限りのジャーマンを書いてみたつもりで、
後はスパイダージャーマンぐらいしか残っていないと思うんですが、いかがでしょうか?

三角締め一つの動作に時間をかけた前回と違って、
今回は試合全体を通して色々なジャーマンを2人に使わせてみたわけですが、
書いている分には今回の方が楽しかったです。

永原の方は旧作や愛において「LV2ジャーマン」を持っているということで、
試合中に極端に乱発するという設定にしておいて、
それに意義を唱える相羽とどちらの言い分が正しいか決着をつける…
という筋書きでしたが、終わってみれば蛇足だったような。
妄想してる方としては楽しいんですけどね。こういうのも。

そしてどうでもいい話ですが、「ジャーマン」で何か書いてみようという
切っ掛けになった一発というのがあって、
それを見せてくれたレスラーへのいわゆるリスペクト(?)ということで、
ジャーマンとは関係ない部分でその選手の動きをパクっています。
「フラップジャックで投げ上げた相手の落下を空中で掴まえてジャーマン」という
ちょっと想像し辛い動きで、これには中々驚かされました。

他にも今回書いたジャーマンの中にはそれぞれモデルになった一発というのがあって、
そういう意味でも本当に妄想を文章に起したという感じがします。



さて前回と今回は比較的メジャーな技でしたが、
次回はちょっとマイナーな技でいきたいと思います。
対戦カードとしては、
「伊達対美冬」か「チョチョカラス対ジョーカーレディ」のどちらかで。
ラッキーキャプチャーはまだ時間がかかりそうです。
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「永原先輩は、間違っていると思います!」
 後楽園の休憩明けに組まれた中堅対若手の平凡なシングルマッチは、この相羽の一言によって少し注目されるようになった。
 常日頃からやる気や負けん気は強い相羽だったが、他のレスラーを否定してまで自己主張することは珍しい。
 その原因は、2人が共通して使っている必殺技にある。
 ジャーマンスープレックス。
 恐らく最もメジャーなプロレス技の一つであり、当然使い手も多い。
 それだけに、大概それぞれがジャーマンについて一家言持っていたりする。
「1試合に5回も6回も…。あんな使い方、技が泣いてます!」
 というのが相羽の主張。
 確かに永原は、打撃以外全てジャーマンかというぐらいに多用することがある。
 そんな相羽の言い分についてコメントを求められた永原は、
「ぐだぐだ言わずに、決着はリングでつければいいのよっ!!」
 と一言。
 どちらが強いとか弱いとかいう話じゃないだろう、というツッコミは、あえて入れないのがプロレスファンである。


 ゴングが鳴ってから暫くの間、両者構えて向かい合ったまま相対していた。
 二人とも、特に相羽は試合開始直後から油断無く相手のジャーマンを警戒している。
 そして、やはり永原が動いた。
 相羽の脇をするりと抜けると、経験の差を見せつけてまずは楽々とバックを取る。
 ただ、当然相羽も次に何をされるかはわかっているわけで、両脚を踏ん張り、背後から腰に回った腕を掴んで抵抗しようした。
 が、しかし。
(「あれっ!?」)
 永原が両腕を回してホールドしているのは、相羽の腰ではなく脇のあたりだった。
「やぁッ!!」
 気合と共に放り投げられた相羽は、浅い掴み方をされたせいで余計に回転し、後頭部ではなく顔面から「べちゃっ」という感じでマットに墜落した。
 うつ伏せの相羽を無理矢理ひっくり返しての永原のカバーはカウント2。
「っく…負けるもんか!!」
 相羽は、引き起こしにきた永原の手を跳ね除けてエルボーを連打すると、ロープに飛んでもう一発見舞う。
 永原も一旦はこれに応じると見せて、相羽の大振りを避けると背後に回って今度は正調の投げっぱなしジャーマン。
 その後も事あるごとに永原のジャーマンが決まるが、その都度相羽はなんとか意地でクリアしていく。

 10分が過ぎた頃、漸く相羽の番が回ってきた。
 ジャーマンの体勢で背後に回った永原に肘撃ちを当てると、今度は相羽が素早く永原のバックを取った。
(「くる!?」)
 後に投げられまいと重心を前に置いた永原の意表を突いて、相羽は永原ごと前方のロープに体を預ける。
 その反動で、永原の体をまるで低空のジャーマンを見舞うようにして背後に反り投げるもこれはフェイント。
 いわゆる「ジャパニーズレッグロールクラッチ」という固め技である。
「…っこのぉッ!!」
 レフェリーがカウントを数えようとした時、両肩をついたまま仰向けに「く」の字に曲がっている永原の体を、相羽がマットから強引に引き抜いた。
 そのまま半円の頂上までゆっくり孤を描くと、頂点から一気に加速をつけて永原を後頭部からマットに突き刺す。
 相羽の必殺技、投げる動作に緩急をつけた『スターライトジャーマン』が完璧に決まるも、
「…くッ!!」
 カウント3ギリギリでここは永原も返していく。
 試合前の相羽の発言を考えれば、ここは絶対に一発で負けるわけにはいかなかった。
(「やっぱり相羽、言うだけのことはあるじゃない…!」)
(「永原先輩、次で絶対に仕留める!!」)
 痛む後頭部を抑えつつ立ち上がった永原に対し、相羽は正面から組み付いて急角度のフロントスープレックス。
 さらに続けて捻りを加えたバックドロップを見舞い、着々と自分の思い描く幕引きへの布石を打っていく。
 他の技で入念に頭を揺らしておいて、絶対の自信を持ったジャーマン一発でフィニッシュ。
 それが相羽なりの必殺技の美学だった。

 暫くの間、それまでの鬱憤を晴らすかのような相羽の攻めが続いたが、永原は相羽がロープに振ろうとしたところを逆に振り返すことで、なんとか流れを変えようと試みた。
 しかし、身の軽い相羽は振り返された勢いに逆らわずにそのままセカンドロープに飛び乗ると、その反動を利用してのトペ・レベルサで再び永原に逆襲を図ろうとする。
 こういうあたりは、経験不足と言えるかもしれない。
「しまった!?」
 と、両足が宙に浮いてから後悔しても、もう遅い。
「せえぇぇぇいッ!!」
 永原にしてみれば投げてくださいと言わんばかりの姿勢で飛んできた相羽の体は、ほんの一瞬後には永原の後方で鋭角に折れ曲がっていた。
 隙さえあれば即ジャーマン、それが永原流の美学である。
 そしてさらに、頭上に星が飛んでいる相羽を引き起こすとそのまま有無を言わさずジャーマンへ。
「まだまだ、こんなもんじゃ済まないからね!」
 逆さまになったままでそう宣言すると、相羽の腰に回した腕を放さないまま横回転で立ち上がり、そのままもう一度ジャーマン。
 同じ要領で3発目を放とうとした時、
「ヤッ!」
 相羽は余力を振り絞って自分からマットを蹴ると、背後に投げようとする永原の力を利用して空中で後方に一回転し、永原の背後を取った。
(「まずい!?」)
 危機を感じた永原は、自分がこの試合一度目のジャーマンをかけようとした時に相羽がやったように、思わず腰周りに伸びてくる腕を警戒して脇を締め、両腕をぴたりと胴体につけた。
(「構うもんかッ!!」)
 永原の防御体勢に対して咄嗟にそう判断した相羽は、両腕ごと永原の腰に腕を回すと、
「いっやぁぁぁぁぁぁ!!」
 掛け声と共に一息で永原を投げきった。
 投げ方も尋常ではなく、通常の場合一瞬腰を落として力を入れてから投げるところを、今回の相羽はそういった一切の“ため”を作らず、相手に受身の猶予を与えないまま可能な限り素早く投げるというもの。
 相羽が密かに開発していた、スターライトジャーマンの新しい形であり、投げの動作に緩急がつく以前の形に慣れている相手であれば、まず受身を取ることは不可能だ。
『1!2!…っ!!』
 だが勝負が決まる寸前で、永原はかろうじて肩を浮かせた。
 しかし意識は完全に体の外に出ており、恐らく自分が何をされたのかもはっきりとはわかっていない。
 それでも返すことができたのは、『負けたくない』という無意識の意地と、相羽が相手の両腕を抱き込む慣れない形で投げざるを得なかったことが原因か。
 投げられる前の防御姿勢が一応は役に立ったとも言える。
「クッ………!?」
 相羽としては信じ難いことだったが、返されたからには次の攻め手を考えなければならない。
もはや自力で立てない永原を無理矢理起すと、ブレーンバスターの体勢から右手で永原の左足の膝を前から捕まえ、そのまま持ち上げた後、左の脇に固定した頭から垂直に落としていく。
 落とした後も両腕のクラッチを解かないまま、ちょうど永原がジャーマンでやったのと同じ要領で2発目のフィッシャーマンバスターを喰らわせると、3発目にいくと見せかけておいて今度は持ち上げた姿勢から前方に背中を叩きつけた。
「今度こそ…終わりっ!」
 ジャーマンを乱発する永原を非難した手前、もうジャーマンは使えないし、相羽自身使うつもりもない。
 仰向けに叩きつけられて青息吐息の永原の位置を確認すると、相羽は丁度いい角度と距離を考え、永原に背を向けて手近のコーナーに上り始めた。
(「起きなきゃ…負ける!!」)
 霞む視界で相羽の背中を見ながら、永原はなんとか少しづつ上体を起こし、次に膝をついて立ち上がり始める。
 ムーンサルトを狙う相羽の方も今までの疲労から足に力が入らず、上るのに手間取っていた。
 相羽がふらつく足でどうにかコーナー最上段のトップロープ上に立った時、永原も最後の力でコーナーを駆け上がる。
「えっ…!?」
 背後の殺気に気づいた時には、もう腰に手が回っていた。
 雪崩式のジャーマンスープレックス。
 『まさか…』と固唾をのんで2人の戦いを見ていた観客達は、一瞬声を失った後で地鳴りのような重低音で一斉に足を踏み鳴らした。
『おおおおおおおおおおおぉぉぉぉぉ!!!!?』
 投げた永原は背面から、投げられた相羽は一回転して正面からほぼ同時にマットに激突、バン、というとてもリング上とは思えない音を出し、わずかにマットが波打ったようにさえ見えた。
 自分が投げた方とはいえ暫く体が動かなかった永原は、ややあってから両手をついて身を起し、膝立ちのまま相羽に歩み寄ると、まず自分が立ち上がり、ついで相羽の背中を掴んで後ろ向きに強制起立させる。
(「私の取って置きを見せてあげる!」)
 それが、互いに死力を尽くして闘った相手へ示す敬意だった。
 両腕を相羽の前に回すと、右手で相羽の左手首、左手で相羽の右手首を掴む。
「いくよッ!!」
 相羽の前面で相羽と自分の腕を交差させた姿勢のまま放つ、ジャーマン。
『1!2!…3!』
 これにより、休憩明けながら25分に及んだ死闘についに幕が下ろされた。


 試合後、2人は互いの健闘を称え合い、それぞれの必殺技への拘りを理解しあった。
 ファンにとっても、対決を煽ったマスコミにとっても、そして実際に試合をした2人にとっても、「結局、どちらの言い分が正しかったのか」などという疑問は、既にどうでもよくなっている。
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by right-o | 2008-03-23 23:38 | 書き物
 唐突に決まったカードだった。
 少し前までは年に一度の大イベントだった武道館興行も、団体の規模が大きくなるにつれて、ただのシリーズ最終戦と同じ意味しか持たなくなり、同時に試合の組み方にも緊張感を欠くようになる。
 今回の場合、まず絶対のメインイベントとして「マイティ祐希子VSビューティ市ヶ谷」が決定したが、セミ以下のカードはなかなか決まらず、直前まで大いに難航した。
 結果としてなんとか対戦表は埋まったものの、その過程において最後まで他のカードから完全にあぶれてしまっていたのがフレイア鏡とボンバー来島の2人。
 社長としては人気のあるベテラン2人を遊ばせておくわけにもいかず、とりあえずセミファイナルにシングルマッチという形で試合を組むことになったのだが、特に遺恨やテーマがあるでもないこの試合は、社長にとって今回の興行における不安の種になっていた。

 しかし、いざ試合が始まってみると、社長は自分の心配が杞憂だったことをすぐに悟ることになる。
 流石に両選手とも円熟期を迎えた大ベテラン。
 他に訴えるものが無い場合、試合内容で客を沸かせるしかないことを知っている。
 加えて、両者ともセミに試合が組まれて満足するタイプではない。
 あわよくばメインの試合を喰ってやろうという欲をお互いが持っていた。

 立ち上がりは珍しく来島が鏡に付き合う形で、腕の取り合いからグラウンドへ。
 しかしそれも、1分ほど首4の字固めを決められ続けたまま晒し者にされた頃には我慢の限界を迎え、さっさとロープに足を伸ばして立ち上がると、3階席の後まで響くほどの逆水平一発でいつものスタイルの自分の試合に戻してしまった。
 そして意地があるのかただの気まぐれか、今度は逆に鏡が来島に対して拳を返していく。
「…くっ」
 女子プロレス界屈指の長身2人の打撃戦は、やはり腕力に劣る鏡が胸板を押さえてうずくまる形になったが、
「よっしゃ行くぞ!」
 気合一閃ロープへ飛んだ一瞬後には、来島はカウンターのキチンシンクを受けてもんどりうっていた。

 両者その後も一進一退の攻防を続け、20分を過ぎてから試合は佳境を迎える。
「うっ!?」
 バシッ、という音がするほど強く、来島の右手が鏡の喉を掴んだ。
 邪魔な鏡の右腕を自分の背後に回すと、そのまま腕一本の力だけで鏡を浮かせる。
「くらえ――!!」
 高々と鏡を持ち上げてマットに叩きつけようとした瞬間、鏡の両脚がまるでそこだけ別の生き物のように動いた。
 両脚は来島の首と右腕を挟みこむと、首の後ろで固く絡む。
 完全に不意をつかれた来島は、鏡に引き込まれるように前のめりになり、中途半端に鏡をマットに落とす形になった。
「…迂闊だこと」
 目論見通りに来島を三角締めに捕えた鏡が、自分の両脚に挟まれて苦悶する来島を下から見上げている。
 ここ最近、来島は試合の流れを引き寄せたい場面でチョークスラムを多用していた。
 そこが鏡の付け目になった。
 単純な技だけにわかっていれば返すのは容易いのである。
「クソッ!」
 来島の背後で、鏡の右膝が左の足首に引っ掛かる形で三角締めが完成しており、開いてる左手でどうもがいても外れそうになかった。
 捕まっている右の腕や肩はさほどでもないが、鏡の太股が首を圧迫するため頭に血が上らなくなる。
「早目に諦めることね。もっともアナタが敗北を拒んだとしても、失神すれば同じことだけど」
「けっ、誰が失神なんてするかよ」
 と、強がってはいてもやはり来島の状況は危機的だった。
 一方鏡にしてみれば、目論見通りにコトが運んだ余裕か、まだ本気で来島を「落としに」きているわけでないようである。
「まだまだ時間は残ってるわよ。それまで少しづつ、虐めてあげる…」
「へっ…!」
 腿の間から、心持ち上気したような気がする鏡の顔を睨みつつ、
(「オレが男なら喜んで気絶してやるだろうに」)
 という下らない思考をしてしまうあたりは、実は来島にもまだまだ余裕があるのかも知れない。

 そうこうしている間も絶えず、律儀なレフェリーが間近で『ギブアップ!?』という確認の声を発しながら来島の様子を窺っている。
 それに対して何回目かに「うるせーよ!」と返した後のこと。
 ふと、来島に一計が浮かんだ。
「おい……相手の肩がついてるじゃねぇか。カウントしろよな」
『え?』
 レフェリーが鏡を見ると、技を掛けながらも確かに両肩がマットについている。
 これは本来微妙なところで、人により団体により場合により判断は様々あり得るながら、今回この律儀なレフェリーはすかさずカウントを取りに行った。
『フォール!1!2!…』
「…っ!」
 不意に攻めている側の自分がフォールカウントを取られ、咄嗟に鏡は体を傾けて左の肩を浮かせる。
 今度は来島の機転が奏功した。
「うおおおおぉぉぉぉりゃぁぁぁ…!!!」
 鏡が肩を浮かせると同時に、来島は渾身の力を込めて捕えられている腕を鏡ごと持ち上げると、なんとか自分の頭と同じぐらいの高さまで持って行き、再度自分からマットに膝をついてパワーボムの要領で叩きつけた。
 観客からどよめきの声が上がったが、しかし鏡の脚は緩む気配が無い。
「くっ…!?」
 先程までの余裕は消えたが、その分本気で締め落とす気になった様子で、股が固く硬直するのが首筋の感覚でわかった。
 ただ締めるのに本気になった分受身には注意が回らなかったようで、高さの割にダメージはあった。
(「畜生、もう一度だ…!!」)
 必死で意識を繋ぎとめつつ、来島は再度膝立ちから脚を踏ん張り右腕に力を込める。
 鏡は鏡で、来島の意識を分断すべく、体中の力を両脚に込める。
「お、お、おぉぉぉぉ…!!」
 歯を食いしばり、額から汗を噴出しながら、来島は腕につかまった鏡の体を徐々に持ち上げていく。
 先程より高く、ほとんどパワーボムと同じ位置から、来島は、叩きつけるというより上体を前に投げ出すようにして鏡をマットに落とした。
 その途中、既に意識は途切れていた。
 他方、ドン、という鈍い落下音がリングを震わせた後、ほぼ2人分の体重を後頭部に乗せて落下した鏡の意識も怪しくなっていた。
 両者もつれあって倒れたまま、全く動く様子が無い。
 来島の荒技を見て沸きに沸いた観客達が、一斉に静まり返り、リング上で立っているただ一人の人間を注視する。
 フォールカウントを取るのか、ダウンカウントを取るのか、はたまた両者試合続行不可能で引き分けか。
 選手が死力を尽くした末、試合の結末は全てレフェリーの裁量に委ねられた。
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by right-o | 2008-03-15 23:28 | 書き物