タグ:ヒールができるまで ( 6 ) タグの人気記事

 一年で最も大きな大会のメインイベント、世界王座戦。
 セミで龍子に完璧な3カウントを喫した市ヶ谷が、悔しさを体中に滲ませながら退場するのを待たず、
 入場ゲート上の大型ビジョンは早速この試合の煽り映像に切り替わった。
 
 今年、全レスラーの目標と言えるこの舞台に立つのは、マイティ祐希子と武藤めぐみ。
 挑戦者である祐希子は、長きに渡ってこの団体を引っ張ってきた、誰もが認める大エースである。
 しかし、そんな彼女が長期の欠場に入っていた一年の間、
 祐希子不在の団体を人気・実力の両面から支えてきたのが、現在の王者である武藤めぐみであった。
 そして、数ヶ月前に復帰した祐希子が熾烈な挑戦者争いを勝ち抜いてめぐみの前に立ったことで、
 新旧二人のエースによる、真の主役を決める戦いが実現することになったのだった。


 リング上で改めて二人が向かい合った時、数万人の歓声は物の見事に割れた。
 それぞれ「祐希子」「めぐみ」を呼ぶ声が完全に拮抗し、全体として何を言っているのかよくわからない。
 さらにゴングが鳴った後も膠着状態は変わらなかった。
 スピードは互角、やや力に勝る祐希子に対し、めぐみは鋭い打撃で対抗する。

 そんな中、まず均衡を破ったのはめぐみ。
 走り込んできた祐希子にカウンターの低空ドロップキックを決めると、
 片膝をついた祐希子へシャイニングウィザード…ではなく、有り得ない低さのフランケンシュタイナーで飛びつき、
 中腰の祐希子を頭からマットへ突き刺した。
「ぐっ!?」
 予想外の攻撃にふらつきながらも、すぐに立ち上がろうとした祐希子に合わせ、
 ロープの反動を使ってのフライングニールキック。
 通常より打点の高いめぐみの一撃は、見事に祐希子の眉間を射抜き、
 かつて大きな目標だった先輩を昏倒させた。
 が、これであっさりと幕を引いていい舞台ではない。
 意地と根性に加えてファンの応援も味方したか、祐希子はめぐみの必殺技を2.9で跳ね返して見せる。
 
 対して祐希子の反撃は、正調のフランケンシュタイナーに来ためぐみを
 投げっ放しのパワーボムで切り返したところから始まる。
 すぐに立たせためぐみを背後から肩車で持ち上げ、両手を体の前で交差させる形で固定。
 そのまま背後に倒れてJOサイクロンで叩きつけたが、まだフォールにはいかない。
「決めるよッ!!」
 位置を整えためぐみを背にしてコーナーに上り、滞空時間の長い独特のムーンサルトプレスへ。
 天女の飛翔は完璧だったものの、めぐみもまた祐希子絶対の決め技に肩を上げて見せる。
 体力でも気力でも、双方全く譲らない。
 普通なら試合が終わるような場面を二度も乗り越え、二人の戦いが未知の次元へ入ろうとしていたこの時、
 実は密かに試合の結末が入場ゲートへその姿を見せていた。


「このぉ!」
「このッ!」
 互いに技と余力を出し尽くしたかに見えた二人は、暫く何も考えられないまま、
 ただただリング中央で足を止めてエルボーを打ち合った。
 そんな肘の応酬が数え切れなくなった頃、やや足をふらつかせためぐみに対し、
 祐希子のローリングソバットが顎を捉える。
 どうにか倒れずに踏み止まっためぐみの横をすり抜けてロープを背にし、
 祐希子が背後からフェイスクラッシャーか何かを狙おうとした時、
「…ハァッ!」
 めぐみは突然後ろ向きに回転し、その場飛びのニールキック。
 これ以上ないタイミングのカウンターが、再び祐希子の眉間を撃ち抜いた。
「ぐぅっ……うあああああ!!!!」
 しかし、一度は仰向けにマットへ倒されながら、祐希子は一瞬で起き上がる。
 今度は何を狙ったかわからないが、とにかく勢いのままロープへ走り込んで戻って来たところで、
 めぐみの左足が、走って来た祐希子の右足の付け根辺りにかかった。
「私が…勝つんだッ!」
 続けて右膝が祐希子の顎を下から突き上げ、一時的に意識を吹き飛ばす。
 スタンディング式のシャイニングウィザードとでも言うような一発が、
 続け様のカウンターとして綺麗に入った。
(私が、勝つんだ)
 思わず口をついて出た言葉を無意識に反芻しながら、めぐみは最後の仕上げにかかる。
 シュミット式バックブリーカーを挟んで祐希子を横たえ、コーナーに上がっためぐみは、
 最後の気力を振り絞り、祐希子と同じかそれ以上の華麗さで宙を舞った。



 新しいエースが古いエースを下し、若干の寂しさを残しつつの大団円――
 完全にそんな気分に浸っていた観客達を、いつの間にかリングサイドにいた市ヶ谷が現実に引き戻した。
 カウント3直前、ムーンサルトからフォールに入っていためぐみの足を引っ張り、決着を阻止。
 さらには止めに入ったレフェリーへ暴行を働くと、持っていたイスをめぐみの脳天に振り下ろしたのだ。
 だが、これだけなら良かった。
 「またいつものワガママで、試合を壊しに来たか」と、そう思っていた観客達は、
 続いてふらふらと立ち上がった祐希子へも、市ヶ谷が当然に何かするものと信じて悲鳴を上げる。
「………」
 しかし、何を思ったか市ヶ谷は無言のままでイスを祐希子へ差し出し、祐希子はそれを躊躇なく受け取った。
「…あとで何とでも言えばいいわ」
 ぐったりしためぐみを、市ヶ谷が無理矢理に起立させる。
「ただ、どうしても勝ちたかった。そのベルトが欲しかった。それだけのことよっ!!」
 祐希子対めぐみ。
 近年稀に見る注目カードと言われたこの試合を決めたのは、
 ムーンサルトプレスでもフライングニールキックでもなく、イスを使った一撃だった。
 「なんで!?」「どうして!?」周囲が口々に言い騒ぐのを意にも介さず、
 年間最大のイベントは、祐希子と市ヶ谷の固い握手という、
 ファンの期待を最悪の形で裏切る行為によって締め括られたのであった。

[PR]
by right-o | 2009-06-28 23:07 | 書き物

一人のヒールができるまで 伊達遥の場合


「そ~んなに緊張しなくっても、遥さんなら余裕ですってばー」
「そうよ遥ちゃん、リラックスリラックス」
「う、うん…」
 伊達遥は、これからこの団体での初試合に臨むところだった。
 控え室で緊張している遥を、真鍋つかさと吉原泉の二人がほぐしてくれている。
 遥は苦労人だった。
 デビューした団体が倒産し、それから現在までフリーとして様々な団体を渡り歩いて生きている。
 そんな中、つい先日この団体からオファーがあった。
 名前を激闘龍という。
 メジャーの域には入らないものの、スピード感のある攻防を売りにした独特の試合スタイルで、
 今までプロレスに興味の無かった若年層をファンに取り込み、急速に成長している新興団体だ。
 最初はこの団体独自のスタイルに抵抗を感じていた遥だったが、
 社長の熱心な説得に負けて参戦を承諾したのだった。
 さらに親切なことには、早く団体に馴染むため、
 またマイクアピールが苦手な遥をサポートするための気遣いとして、
 社長はつかさと吉原の二人をつけてくれた。
 明日以降、この三人でユニットを組んでやっていくことになっている。
「そろそろね。行きましょう」
「あ、はい…」
 緊張していたが、同時に遥は張り切ってもいた。
 フリー歴が長い遥には、周囲に仲間のいる環境が懐かしく、心地良い。
(ここなら、長くやっていけるかも…)
 なんとなくだが、そういう思いがしている。


『♪見上げれば~星のように~』
「「ハ・ル・カー!」」
 見た目に似合わず古めかしい入場曲の合間に、一部の観客から合の手が入った。
(私のこと、知ってくれている人がいるんだ……!)
 と、花道を進む遥には、それだけのことが心強い。
 緊張と興奮からすっかり無表情になってしまった顔に、ほんの少し赤みがさした。
 リングインして青コーナーに控えると、すかさず両脇につかさと吉原が控える。
 じっと対戦相手を待つ遥は、最近になく気合が入っていた。
『I!like!colaaaaaaaaa!!!!』
 その相手、小早川志保の入場曲は絶叫から始まる。
 まず観客を煽ったりテレビカメラに向けて表情を作ったりしたあと、
 花道をダッシュで走りきり、そのまま勢いを止めずにリングサイドの観客全員とハイタッチ。
 リングインした後も常に落ち着かず動き回っている様子は、大きな子供のようにも見える。
 そのくせ、表情は所々ふてぶてしさを感じさせ、
 若いながら緊張とは全く無縁の大胆さを持っているようでもあった。
 彼女こそが、押しも押されもしない激闘龍の大エースである。


 が、試合が始まってみると、まず遥が圧倒した。
 ゴング早々に突っ掛かってきた小早川をいなして首投げで転がすと、
 尻餅をついたところに背中への強烈なサッカーボールキック。
「がッ!」
 凄まじい音を立てて決まった一撃に、小早川は一瞬呼吸ができなくなる。
「く、こんのォッ!!」
 それでも意地で痛みを忘れると、両手でマットをバンと叩いて立ち上がり、
 すぐさま遥にエルボーを浴びせていった。
 しかし遥は、顔色も変えずにローキックを膝裏に叩き込んで片膝をつかせると、
 小早川の胸板にこれまた強烈なミドルキックを連発。
「せッ!」
 五発目を喉元に蹴り込んで薙ぎ倒すと、そのまま胸の上に片膝を乗せてフォール。
 これを返されてもすぐに立たせ、ニーリフトをぶち込んで動きを止める。
 続いてコーナーに振り、顔面に串刺しのフロントハイキックで追い討ち。
 たまらず小早川は崩れ落ちた。
(よしっ…)
 淡々と普段通りに自分の試合を進める遥に対して、
 見ている観客の方はすっかり呆気に取られている。
 いつもこの団体で繰り広げられている試合とは違う、凄まじいハードヒットのプロレス。
 自分達のエースを事も無げに叩き潰す存在に対して、徐々に反感が芽生えつつあった。

 といって、小早川もこのままでは終わらない。
 カウンターのトラースキックから、相手の足を組んで逆さまに落とす変形の開脚ドライバーで遥の長身を投げきると、
 ダイビングフットスタンプやジャンピングパイルドライバーなど過激な技で反撃する。
 ただ、それでも遥の余裕は奪えない。
「ッ!?」
 串刺し技を狙ったところを逆に踵落としで迎撃されると、
 コーナーに背を向けて痛がっている小早川の後頭部は、格好の的になった。
(今だ…!)
 遥は、まずリング外を向いて素早くコーナーに飛びつく。
 右足をトップロープ、左足を別サイドのセカンドロープに掛けた状態から、
 リング内へ振り向きながらジャンプしつつ、背中を向けている小早川に延髄斬りを決め、
 そのまま飛び越して前方に転がって着地。
 派手な技が好まれるこの団体に参戦するにあたって、
 遥が一生懸命考えた、三角飛び式の延髄斬りだった。
「終わりっ……!」
 すぐに立ち上がった遥は、棒立ちになっている小早川をブレーンバスターの体勢に捕らえ、
 一息で一気に持ち上げる。
 遥の得意は、打撃だけではない。
 上げきった状態から、自ら回転して捻りを加えながら垂直落下で落とした。
「うわぁッ!!」
 渾身の垂直落下式ブレーンバスターから両足を抱えてガッチリ押さえ込んだ遥を、
 小早川は全身を使ってどうにか跳ねのける。
(意地、なのかな)
 必殺技の一つを返されたところで、遥は動じない。
 小早川が起き上がらないと見るや、ニュートラルコーナーに近づき、
 一旦脇からロープをくぐってエプロンに出ると、内側を向いてコーナー上に登り始めた。
 さきほどの延髄斬りと同じく、この激闘龍で受け入れられたいという気持ちから出た行動である。
 遥は試合中にコーナートップに立った経験がほとんどなかったが、
 とりあえずミサイルキックぐらいは見様見真似でなんとかなると思っていた。
 流石に、このあたりは「余裕」を通り越して「油断」の域に入っていたのかもしれない。
 もたもたとコーナーを登り切った遥の視界に、小早川はいなかった。
「……!?」
 そのことに驚く間も無く、遥の眼前に火花が散る。
 一瞬前、コーナーの真下に前転して潜り込んでいた小早川が、
 全身を使って飛び上がり、遥の顎を掌底で打ち抜いたのだ。
「くっ!?」
「うぅぅりゃああッ!!」
 小早川は、よろけた遥に背を向けてサードロープ上に立つと、
 下から遥の両脇を抱え上げ、自分も開脚してジャンプしつつ遥を前方に投げ出した。
「いっくぞぉッ!!」
 何がなんだかわからない内にコーナーからマットに叩きつけられた遥を尻目に、
 小早川はリング内からひとっ飛びで赤コーナーに飛び乗り、叫ぶ。
 エースの必殺技フルコース最後の仕上げに向けて、観客は一斉に盛り上がりを見せた。
 続いてロープを蹴って跳躍すると、組んだ両手を開いた足の間にくぐらせて一度身体を丸めたあと、
 今度は一気に背中を反ると同時に、仰向けに寝ている遥の腹部を自分の腹で押し潰しにかかった。
 遥の身体の上で、小早川が大きくバウンドする。
「ぐぅッ!?」
 思わず遥が呻き声を立てるほどの衝撃だった。
 仕掛けた方も無事では済まなかったが、小早川は痛みを押し隠してカバーに入る。
(これで決まりっ)
 しかし、カウントが2まで数えられたところで、
 場外から青いプラスチックケースが飛んできて、小早川の後頭部に当たった。
 直後、遥が肩を上げている。
「痛ッ…!!何すんのさ!?」
 命中弾を受けた頭を押さえて振り向いた先には、ロープを挟んでニヤつくつかさがいた。
 この時、つかさと逆のサイドでは吉原がエプロンに上がってレフェリーの気を引いている。
 遥自身は、おめでたいことに、どちらにも気づいていなかった。
「人の試合の邪魔するなっ!!」
 そう言ってつかさを追い払い、遥の方へ向き直った瞬間、小早川の意識はブラックアウトする。
 起き上がった遥の左ハイが、側頭部を襲ったのだった。


 試合後のリング上、反則があったことを知らない遥は、満場からのブーイングに戸惑っていた。
 セコンドに起こされた小早川が、前から凄まじい目で睨んでいる。
「遥さん遥さん」
「え……?」
 後ろから手を引かれ、屈んだところへつかさが(あたしに任せて)と囁いた。
 そしておもむろにマイクを掴む。
「え~っと~、遥さんが言うには、『今まで色々な団体を見てきたけど、ここが一番弱い』ってさ!」
「は……?」
 その場にいた誰よりも、遥が一番驚いた。
「そう、遥ちゃんの言うとおりよね。ウチは今のようなぬるま湯のままではいけないわ」
 吉原までつかさに合わせる。
 遥はただ目を白黒させるしかない。
「だから、私たち三人一緒になって、これから団体を変えるためにやっていこうと思うの」
「…反則で勝ったクセに、何言ってんだよッ!?」
 飛びかかってきた小早川を二人掛かりでリング外に放り出すと、
 つかさと吉原は遥の両手を上げ、三人の結束をアピールする。
(ど、どうなってるの……?)
 団体内に刺激を与えるため、最初からヒールに仕立て上げる目的で雇われた。
 ということを完全に理解するまで、遥にはもう少し時間がかかった。

web拍手を送る

[PR]
by right-o | 2008-09-25 00:22 | 書き物
「オラァッ!」
 ライラが、試合のどの場面においても相手の様子を見ることなど有り得なかったし、
 今夜もそうだった。
 ゴングと同時に突っ掛けてきたライラを、葛城は身をかわして避け、逆にコーナーに詰める。
(単細胞めッ!)
 この待つことを一切しない徹底した力攻めのスタイルも
 ライラ人気の一因と言えるかも知れなかったが、
 葛城には今さらそんなことを考える心のゆとりはもちろん無かった。
 この機会を逃さずに掌底と蹴りを浴びせ、まず葛城が先手を取る。
 しかしその程度で怯むライラでもなく、力任せに右拳を振るって対抗し、
 序盤は打撃戦の様相を呈した。
 観衆は、葛城の綺麗な打撃には感嘆の溜息を漏らしたが、
 それに対してひたすら雑に殴り返すライラを後押しする声援の方が何倍も勝っている。

 均衡を破ったのもライラからだった。
 ロープに走った葛城の戻り際、正面から飛び掛るようにして体を浴びせると、
 引き倒した葛城の上に馬乗りになって拳を連打。
 さらに立ち上がると、ロープの反動を受けつつ倒れている葛城の額へ向けて横から
「ヒャッハァッ!」
 と自分も倒れこみながら肘を落としていった。
 さらに戦場を場外へ移し、試合は完全にライラのペース。
 鉄柵に振り、鉄柱にぶつけ、果ては客席にまでもつれこんで葛城を蹂躙する。
 それもほとんど技らしい技を出さないまま、ライラがやったことは殴る蹴る投げつけるのみ。
 にも関わらず観客は沸きに沸いて、
 ライラが葛城を殴るのに併せてその回数をカウントしたりもした。
 葛城にしてみれば、
(こんなものが試合か!?)
 とも思うし、さらに、恥かしいことだと感じながらも、
(どうして自分ではなく、ライラが応援されているんだ!?)
 とも思う。
 常識から考えれば、この場合どう見ても声援を受けるのは葛城の方であるはずだし、
 ライラは満場からブーイングを浴びなければならない。
 それが何故やりたい放題のライラに人気が集まり、
 本来ならベビーフェイスであるところの葛城がむしろ嫌われているのかについては、
 一言で言えば全てファンが悪い。
 要するに、葛城と、葛城が代表してきたこの団体の試合スタイルは飽きられたのだ。
 その飽きていたところへ、ライラが現れた。
 彼女はある意味馴れ合いとも言える既成の試合スタイルを全く気にしないばかりか、
 進んでそれらを破壊しようとしているようにファンに受け取られた。
 もちろん本人にそうした意識は無いし、受けを狙ってやっていたわけでもなかったが、
 といって別に進んで声援を嫌がるということはなかったし、
 いくらかは、やはり後押しする声があった方が
 ライラの破壊活動も興がのっているように見えた。
 何にせよ、葛城には気の毒というしかない。
 
 そういったところで、
 試合前から葛城が抱えていた不満や怒りは試合に臨んでも解消せずに、
 徐々に大きくなっていった。
 そして、それがついに爆発する時がくる。
「ぐっ!!」
 ガシャッ、と大きな音を立てて、葛城は正面から実況席前の鉄柵に激突した。
 さらに追撃すべく、ライラが鉄柵にもたれたままの葛城を振り向かせようとした時、
 葛城が自分から振り向くと同時に、ライラの額を、掴んでいたゴングでぶん殴った。
「グァッ…ッ!?」
 ゴイーンという鈍い間の抜けた音とは裏腹に、マスクの下から血が滲んでいる。
 葛城はさらにもう一発加えると、ライラの頭を掴んで近くの鉄柱に何度もぶつけ始めた。
「なんで!お前なんか!!」
 そしてライラを転がし入れた後に自分もリングに戻ると、観客の方を向き直る。
「さあ!好きなだけブーイングすればいいじゃない!!みんな私が嫌いなんでしょ!?」
 葛城は目に涙を溜めながら叫ぼうとしたが、それも最後まではできなかった。
 背後から、倒れているはずのライラの右腕がにゅっと伸びてきて
 葛城の左手首を捕えて肩の後ろに引き、
 左腕が自分の首を絞めるような形になる。
 さらにその葛城の左腕と首との隙間を埋めるようにしてライラの左腕が入ってきて、
 自分の右手首をがっちり掴み、締め上げる。
 技名を言ってしまえばコブラクラッチなのだが、
 葛城は元々油断していたことに加えて
 まさか相手が関節技を使うような相手とは思わなかったため、
 最初は何が起きたのかわからなかった。
(この程度のことで…ッ!)
 空いている右手ですぐ前にあるロープを掴もうとした時には、
 既に葛城の両足はマットを離れている。
 ライラはコブラクラッチの形からジャイアントスイングの要領で回転させ、
 葛城の体を振り回した。
 その分右腕が首に食い込んで締まり、血管を圧迫し、
 ようやく回転が止んだ時には、いくらか視界がぼやけてきている。
 が、しかし、
(負けたくないっ!!)
 葛城がそう思った気持ちは、今までのどのタイトルマッチよりも強かった。
 回転させた方のライラも足元が若干おぼつかない中、
 葛城はそれを利用してロープではなくコーナーの方へ、技を掛けられたまま数歩走った。
 最後の力を振り絞ってコーナー2段目に足をかけると、
 そのまま3段目を蹴って宙返りするように体をリングに対して垂直にしようとする。
 後ろにくっついているライラは、葛城ごと背後に倒れこむしかない。
 背中がマットについた。
 当然、カウントが数えられる。
「チッ!」
 仕方なく技を解いて立ち上がろうとした時、葛城はすでに構えていた。
 一呼吸しかできなかったはずが、気合で立っていた。
 膝をついたライラの側頭部へミドルキックを左右から数え切れないほど打ち、
 さらに横合いから顔面を蹴り上げる。
 それでもなお、ライラが立ち上がろうとしたところをハイキックで捉えてダウンさせ、
 両足を取ってリング中央まで引き摺り出しにかかる。
 ライラの足の間から自分の左足を出して、脇腹の横あたりへ踏み出した時、
 葛城はふと動きを止めた。
 足を持っていた右手を一旦放すと、屈みこんでライラの覆面を掴み、引きちぎる。
 その後、ライラの両足を踏み込んだ左膝の前で交差させてステップオーバー、
 サソリ固めをがっちりと極めた。
「ぐぅ……クッソ……!!」 
 ライラの呻きを聞く葛城の顔はやや笑っている。
 試合の前から、最後はこの技と決めていたのだった。
 葛城は打撃に次いで関節技も得意だったが、
 この場合とにかく対戦相手の口から負けを認めさせたかった。
「ウオオォォォォォ……!」
 残った体力の全てを使って、腕立て伏せのように上体を浮かせたライラの額から、
 夥しい量の血が流れた。
 血は、もはやマスクに遮られることなく鼻をつたって唇に落ち、
 さらには前歯の一本を真っ赤に染めてマットに垂れた。
 そんな様子は葛城には見えないが、十分に想像することができる。
「無駄よ」
 葛城が体重をかけ直すと、ライラは再び這いつくばった。
 もう抵抗もしないし、声をあげようともしない。
 その様子を感じた葛城が危ない満足感に浸っていたところで、
 唐突にレフリーが試合を止めた。


「ちょっと、なんで止めるの!?」
 あくまでギブアップを聞くまで放そうとしない葛城を、セコンドが総出でやめさせる。
 さらには自分を応援しなかった観客にマイクで悪態を吐いていたところで、
 復活したライラが葛城に襲いかかった。
 この後、負けはしたものの最後までギブアップしなかったライラの人気はさらに上がり、
 凶器・マスク剥ぎ等非情な攻撃をした葛城の嫌われ方はより徹底したものになった。
 また、葛城の方も吹っ切れたのか、嬉々としてヒールをつとめるようになる。
 もう応援されなくても構わないし、誰からの罵声も気にならない。 

web拍手を送る

[PR]
 とあるドーム球場控え室。
 試合着に着替えてリングシューズの紐を結び終わると、
 葛城早苗はいつものようにイスに浅く腰を下ろし、
 両肘を膝の上に置いて身体を曲げ、俯きながら集中を高め始めた。
 しかし、普段なら目を瞑ればすぐに試合のイメージが湧いてくるところが、
 今夜は何分経っても頭の中に雑念が渦巻くばかりで集中できない。
「ふぅ……」
 仕方なく身を起こすと、傍らにあったペットボトルの水を一口含んだ。
 そして、イスに深く座り直すと背を反らし両手を頭の後ろに回して、
 諦めた様に今度は自分の雑念について考えてみることにした。
 なんで、自分はこうも浮ついた心持ちでいるのか、と。


 葛城は自分の団体のエースだった。
 彼女は、その団体が旗揚げして数年を経た頃に入団し、
 当時既に上り調子だったそこが大きくなるにつれて段々と頭角を表していった。
 もちろん才能はあったし、何より練習熱心だった。
 加えて、リング上の出来事に余計な装飾を加えない団体のスタイルが、
 葛城のストイックさに合ってもいた。
 デビューからちょうど3年後にはシングルヘビーのベルトを奪取して
 名実共に看板レスラーとなり、同時にその頃には団体がかなり大手になっていたので、
 一般への露出も増え、世間での知名度も上がった。
 無論、ファンが増えれば葛城だって悪い気はしない。
 この頃が、リングの内外を問わず葛城も団体も一番充実していた時期だった。

 2年たった。
 葛城自身はいまだトップレスラーとしての実力と地位を保ち続けていたが、
 団体の人気の方にはやや翳りが見え始めていた。
 依然、まず戦いありきの無骨なスタイルを貫いていた団体が、
 派手な舞台装置や大胆な話題づくりで注目を集め始めた
 新興団体の人気に押され始めたのだ。
 まだ所属選手全員が危機意識を持つほど深刻な状況ではなかったものの、
 フロント陣が連日人気回復に向けての協議を開いていた頃、
 ある一人のレスラーが団体に参戦した。
 それこそが、今夜これから葛城が対戦する相手、ライラ神威であった。
 ライラは参戦するなり最初の試合で藤原を反則攻撃で大流血に追い込んで病院送りにし、
 その後も越後、来島、近藤と同じような目に遭わせて連日連夜反則負けを繰り返した。
 もちろん初めの内は、選手・フロント共にライラ自身とその試合内容を嫌っていたが、
 少なくともフロント陣にとっては、すぐに嫌いとばかりも言っていられなくなった。
 ライラに人気が集まりだしたからである。
 選手達がリング上で妥協無く技と肉体を競い合う、といえば聞こえはいいが、
 ともすればこの団体においては
 全試合が同じような内容の単調な繰り返しになってしまうことも多い。
 そんな中で、ライラの試合のみは何が起こるかわからず、
 その過剰とも言える反則攻撃を楽しみにする観客が多くいても不思議はない。
 さらに言えば、ライラには並のヒールにありがちな卑屈さが全く無いということも、
 彼女が人気を集める要因の一つであるかもしれない。
 ライラの反則は試合に勝つためのものではなく、
 むしろ試合に勝とうが負けようが相手を痛めつけられさえすればそれでよかった。
 とにかく、ライラは反則行為を繰り返しながらもフリー選手として団体に呼ばれ続け、
 それどころか正式に所属選手として契約を交わすに至った。
 またその契約がリング上で行われた際にもライラは暴走し、
 社長他同席していた数人をその場で殴り倒し、
 セットされていた机を引っくり返して暴れた末に、
 契約書を引っ手繰るようにサインしてさっさと引っ込んでしまった。
 このことでライラの人気はいよいよ高まったのだから、
 社長としてはその一事だけでも殴られ損ではないと思って自分を慰めるしかなかった。

 しかし、フロントの意向など知らない葛城にしてみれば当然面白くない。
 新参者がやりたい放題に暴れているのは元からの所属選手として気に障るし、
 加えて葛城と同じことを考えてライラに突っかかって行った選手達が見事に返り討ちにされ、
 実力的にもなかなか侮れないということがわかってきていた。
 そういったわけで、今から一月前のある大会において、
 ライラの試合が終わった直後に
 ベルトを携えた葛城がリングに上がってライラを挑発する場面があった。
 挑発といっても、
 「最近威勢がいいようだが、勇気があるなら自分に挑戦してみろ」ぐらいのことで、
 必要以上に相手を貶めたりはしない。
 その時はライラが「ああ?」と言っただけで裏に引っ込んでしまい、
 葛城としてはすかされた形になった。
 が、本物の返答はその後にあった。
 同日、メインイベントを戦っていた葛城の背後をイスで殴って襲い掛かり、
 そのまま滅多打ちにした後で、ライラは、
 「さっきの話、受けてやるよ」と宣言したのだ。


 そういう流れでこれから葛城はライラとタイトルマッチを戦うのだが、
 葛城がここ一月ずっと気にしているのは、ライラが自分の試合に乱入した時の光景である。
 あの場でも、観客は圧倒的にライラを支持していたのだ。
 長く団体を引っ張ってきた自分が、憎むべき反則攻撃を受けているにも関わらず、
 ブーイングの声は圧倒的に少なかった。
 ただ、同時にそんなことを考える自分が卑しいとも思う。
 自分はより強くなるために戦ってきたのであって、
 別に観客に喜ばれるために戦ってきたのではない、と。
 しかしそれでも、この仕打ちはあんまりじゃないか――と、
 考える度に思考が堂々巡りに陥ってどうしようもなかった。
「葛城さん、出番です!」
 不意に控え室の扉が開いて藤原が顔を出すと、
 葛城はすぐに立ち上がり、部屋を出る前に一つ深呼吸をする。
(考えても、仕方がない)
 とにかく、今は試合に勝つことだけを考えようと決めた。
 それに、直接戦うところを見れば観客の反応も変わるかもしれない。
 何せ今日は、アイツが自分の口から負けを認めるところが直に見られるのだから。
 そんなことを思いながら控え室を出た葛城の顔には、
 この時から既に暗い影が差していた。

web拍手を送る

[PR]
by right-o | 2008-08-06 23:05 | 書き物
 対角線上でコールを受ける相羽を見ながら、美月はふと考えた。
 アイツが憎く思えるようになったのは、一体いつからだったろうか、と。

 2人は同期だった。
 同じ日に入団し、同じように練習し、同じように期待された。
 時には互いにたった一人の同期生として向かい合い、時には横に並んだ。
 2人は同じように強くなった。
 しかし、一つだけ同じではなかった点があった。
 それは、今この時のように敵として向かい合っている場合よりも、
 むしろパートナーとして横に並んでいる場合の方が、美月にはむしろより強く感じられる。
 2人で初めて先輩を超えた時も、初めてベルトを巻いた時も、
 常に観客は相羽の名前を叫んでいたのだ。
 少なくとも美月には、自分の名前は聞こえてこなかった。

 美月は最初、そのように感じる自分を恥ずかしく思った。
「考えてもみるがいい」
 そして自分にこう言い聞かせようと努めた。
「彼女は自分にないものを沢山持っている。
 体格も、容姿もそうだが、何よりあの明るい性格はどうだ。
 自分は人前でああも魅力的に振舞えはしない。
 他人が自分よりも彼女に注目するのは仕方のないことなんだ…」
 このように考え始めてから、美月は相羽と同じようであることを止めた。
 次第に相羽より早く練習を始め、相羽より遅く練習を終えるようになっていった。
 人気で敵わなくても、実力で自分が上であればいい。
 周囲に対してはおくびにも出さなかったが、
 彼女にも備わっている人並みかそれ以上の自尊心は、こう考えなければ休まらなかった。

 が、勝てなくなった。
 心中で相羽と決別した時から、美月は急にスランプに陥ってしまった。
 試合で負けるたびに、常に美月は自分の反省点を考えてそれを補うための
 長く苦しい練習を自分に課したが、しかしいつまで経っても結果が伴わなくなった。
 それが半年程前のこと。
 それから現在まで、
 美月は日々自分の中に鬱積する思いを振り払うように練習に打ち込んできた。
 しかしちょうど一月前、
 ついに感情が処理できる許容量を超えてしまう契機となる出来事が起ったのだった。
 相羽が美月にさきがけて団体最高峰のベルトを奪取したのだ。
「最初の挑戦者には、同期の杉浦美月を指名します!」
 大仕事を成し遂げてリング上でそう宣言した相羽に対して、
 会場にいた観客達の反応は鈍かった。
 加えて業界のマスコミから団体のフロント、果ては同僚からも聞かれる、
 美月の挑戦者としての資格を訝る声。
 どれ一つとして彼女を傷つけないものはなかったが、
 何より美月が許せなかったのは、相羽が団体の頂点に立ったという事実そのものである。
 つまり、
 人気に続いて実力でも相羽は自分の届かない遥か高みに行ってしまったという現実を、
 美月は到底受け容れることができなかった。

 幸い、それを否定する機会は向こうからやってきてくれた。
 相羽のタイトル奪取から一月経った今、美月が否定すべき黄金色の“現実”は、
 ちょうどコールを終えた相羽の腰から外されようとしているところである。
(認めるものか。私が相羽に力で劣るなんて………!)
 満場の相羽コールの中、
 タイトルマッチといえど普段と全く異なるところは無いように見える美月の表情に、
 以上のような暗い情熱が込められていることは、誰一人として知らない。
[PR]
by right-o | 2008-05-22 08:17 | 書き物
…という目論見でしたが、う~ん。
どうもやっぱり試合以外は長い文が書けないようです。


プロレスのストーリーの中でも、ヒールターン(もしくはその逆)というのは
個人的に最も興味がひかれる部分なので、
その辺をうまいこと文章で表現できればと思ったんですが…

今回は「嫉妬」です。
長いこと組んでいた、特に若手のタッグやチームが解散するときの理由といえばコレ。
…と思ったけど、意外と具体例が浮かばなかったりして。

覚えている限りではエッジ&クリスチャンとかですかね。
日本にも数多く例があるはずだけど、どうにも思い出せません。

大体、タッグや同期の中で一人だけが抜きん出て成長し始めると、
2番手ポジションの地味な選手がこんな感じで捻くれてしまうイメージがあります。
そうやってヒールではっちゃけてそれまでの地味さを払拭した選手の方が、
最終的には一番出世していたりするような。


で、このお話ではその役は美月にやってもらったわけですが、
もちろん性格の方は大きく歪めてあるとはいえ、
なんとなく相羽の陰に隠れてしまう印象があったのが配役の理由です。

試合の方ではそれほどの反則行為は無いものの、
超危険技カナディアンデストロイヤーを使わせました。

簡単に言うと前方一回転パイルドライバーとかになるこの技、
以前書いたグリンゴキラと同じく、初めて見た時には「いつか死人がでる」と思ったものですが、かける側の技量のせいか未だに怪我人の話は聞きません。

パイルといっても相手を持ち上げるわけではないので
美月ぐらいの体格でも使いこなせるでしょう。

ただ似合うかと言われると微妙かもしれません。
その辺は明日CBT全員の印象を書くときに触れようかと。


「ヒールができるまで」は後3回分ほどのネタがあるので、
受けが悪くてもとりあえず書ききってみるつもりです。
どうせ技SSとセットにするつもりなので、
いつもの試合前の背景紹介が独立しただけのことですね。

それとは別にレッスル小町用のCBTネタには、
もう一度この試合のリターンマッチを書きます。
今まで散々やられ役にしてきた相羽にも、
いい加減見せ場をあげたいと思うので。
[PR]