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 前回のハードコアタイトルマッチから一年と数ヶ月。
 今までの最高視聴率と最多の抗議数を記録し、
 様々な方面で物議を醸したこのカードが再び組まれることになった。
 場所は新木場1stリング。
 どう詰め込んでも五百席に満たない小さな会場で行われた今回の興行は、
 このメインイベント一試合のためだけに「15歳未満お断り」となり、
 更にはなんとかR指定の枠で抑えるため、とある工夫が施されることになる。
「はあ……」
 久々でレフェリーシャツに袖を通した美月が、マイクを持ってリングに上がった。
 もうとっくに怪我も治り、レスラーとしての復帰も果たしているのだが、
 ハードコアタイトルマッチを裁くならやはり美月だろう、という判断で今まで通りレフェリー役である。
『試合のルールを説明いたします』
 そう切り出してみて、凄い矛盾に気づいた。
 試合そのものにルールなど無いからである。
 今回ルールを強制されるのは、なんと試合を見ている観客の方なのだ。
『これから、皆様には目隠しをした状態で試合を観戦していただきます』
 見ずに観る、というのもなんだか不思議な表現である。
『もしも試合中に目隠しを外してしまった方は、強制退場となりますのでご注意ください』
 目隠しを外した不届き者をつまみ出すためだけに、
 来島・龍子・八島・山本・小鳥遊の五名がスタンバイしている。
 新木場は会場と言ってもほぼ倉庫そのままなので、
 襟首を掴んでシャッター脇の入口から放り出すだけで事足りるのだ。
 客席から大ブーイングが飛ぶ中、美月は声を張り上げて続ける。
『これはこの試合を成立させるために必要な措置です!どうかご理解ください!!』
 なんでこんなこと言わなきゃいけないんだろう、と心の中で嘆きながら、
 美月は社会で働くことの理不尽さを噛み締めた。

 全観客が渋々ながら目隠しを装着したことを確認し、鏡、神楽の順番で入場。
 二人とも前回と違って普通のコスチューム姿ではあったが、
 それぞれが何やら黒いカバンを手に提げてコーナーの下に置いたあたりは不安要素である。
 ただそれでも、初めから両者が下着姿で、
 リング中央にベッドが置いてあった前回よりは一応まともなシチュエーションと言えた。
 
 ゴングが鳴り、まずは普通に試合が始まる。
 こんなディープなイベントに来るほど訓練されたプロレスファンともなれば、
 音だけである程度試合の内容がわかるものである。
 加えて新木場は狭いので、遠くて聞こえないということもない。
 ロープがたわむ音とマットが弾む音が聞こえないことから、
 両者はグラウンドの攻防を繰り広げているらしかった。
 そうなればもちろん鏡が有利。
 開始からしばらくして、たまらず神楽が場外に逃げてきた。
 これを追って鏡もリングを下りようとしたところで神楽が逆襲し、持参のカバンで殴打。
 鏡が怯んだのを見て神楽がカバンに手を突っ込んだ次の瞬間、
 カチャリ、という、まず最初に観客たちを戸惑わせる音が発せられることになる。
「えっ……」
 謎の金属音に続き、驚いた鏡の声、そしてもう一度金属音。
 その正体は手錠であった。
 鏡の右手首に手錠をかけつつ場外に立つコーナーポストに押し込み、
 すかさずポストを通して左手首にもかけると、神楽はあっと言う間に鏡を後ろ手に拘束してしまった。
「うふふふふふ、ここからが本番よねぇ」
「ちぃっ……」
 神楽の言うとおり、こうなってからがこの試合の真骨頂である。
 そして、この試合の八割はこの位置関係のままで進むのであった。


 ここまでで十人ほどが興味にかられて目隠しを外してしまい、
 屈強な女子レスラー達に放り出されていたが、これ以降に残った観客にしてみれば、
 彼ら(観客には女性もいたらしいが)は気の毒としか言いようが無い。
チキチキチキチキ
 という、ある種の刃物独特の音を聞いた時、客席の期待は数倍に跳ね上がった。
「うふふふふふふ……」
「………!!」
 取り出した凶器を携えてゆっくりと近づく神楽に対し、
 鏡は必死で手錠を外そうともがいたが、無駄だった。
「動かないで」
 神楽がそう言ったあと、刃物が布を裂くような音が聞こえ、
 続いて明らかに力ずくで何かを破りさる音が聞こえた。
 ここで一気に目隠し外す者が数十人現れ、目の前で拘束されている鏡の姿を網膜に焼き付けるように、
 目を一杯に見開きつつ退場させられて行く。
 晒し者状態の鏡はただ俯いて辱めに耐え、神楽はその様子をニヤニヤしながら楽しんでいたが、
 ふとその視線が、ある退場者が落として行った目隠しに止まった。
「あら、これは思いつかなかったわ。ふふふ、折角だから使ってみましょうか」
 鏡に目隠しを施すと、再度カバンをあさって次なる凶器を取り出す。
ヒュッ
 という、風を切る音がした。
「……何だか、わかるかしら?」
 凶器を振りながら迫ると、鏡はそれから逃れるようにして身をよじる。
 神楽はそれを面白がり、体に当たらないギリギリでそれを振り回して焦らしたあと、
 太股を狙って強かに打った。
「ああッ!」
 初めて大きな声を上げた鏡に、またしても数十人が脱落。
 目隠しを外したあともその場を動こうとしない不届きな輩が腕ずくで引き立てられて行く中、
 続けて神楽は鏡を打った。
「あッ、くぅッ……!」
「あははは、ほらほら、見られてるわよ」
 普段から考えられないような声を上げてのたうつ鏡の体を、腕、足、胸と容赦無く打ち、
 時たま感覚を空けて相手の恐怖を誘うと、見えていない相手の意表をつき、頬に叩きつける。
 なすがまま受身になっている鏡が上げる切ない声に、脱落する者が急増した。
「ねえ、見えない方が興奮する?それとも、自分が見られてるってわかった方が興奮する?」
「興奮してなんかいませんわ……!」
 耳に口をつけて囁いた神楽へ、鏡は気丈に言い返す。
 しかしその折れない態度が、神楽と、ついでに観客の心を更に煽る結果になるのだった。
「あっそ。じゃあ目隠しはそのままで、次は……と」
 その次に神楽が取り出した物は音がしなかった。
 また、美月を含む目隠しをしていない者たちの頭にも「?」が浮かんでいた。
 見た目は、化粧水か何かの容器に見える。
 が、その中から出てきた液体はやたら粘性があった。
 それを見て、ようやく美月たち全員が(うわあ……)という呆れ顔になる。
 観客たちと鏡は、今までと違って音でそれが何かを悟ることができなかったが、
 それだけに不安と期待が膨らんだ結果、
「あっ……あああああああああ!!」
 という屈辱的な声を上げさせられ、それに釣られて目隠しを外す者が続出した。
「ふふふ、染みるのかしら?それとも……」
 神楽に塗りたくられたそれの冷たい感触が、打たれて赤くなった皮膚の上を通る度に、
 鏡は自分の意思とは無関係に悲鳴を上げ、体をくねらせる。
 そしてもちろん、神楽の手は傷跡以外も容赦無くなぞっていく。
 この試合全体を通して、ここで目隠しを外した観客が最も多く、
 また恐らく最もいい思いをしたと思われる。
「ああ……い、嫌ッ!」
 更に神楽は、途中で目隠しを外した。
 よくわからないぬるぬるを纏った自分の身体を弄られ、
 それを他人から見られていることを恥じて赤面する鏡、
 という一番良い構図が見られたのは、このタイミングでつまみ出された者だけである。
「はあ、はあ……」
 神楽の手が落ち着くと、鏡はぐったりと頭を垂れた。
 それを見て、神楽は最後の仕上げに掛かる。
「ふふふ……」
 満面に邪悪な笑みを浮かべた神楽が取り出した物は、
 これまでリング上から死んだ目をして試合を傍観していた美月でさえ、
 思わずツッコミを入れずにはいられない代物であった。
「ちょ、神楽さん、それは……!!」
「んー?これ実は前回も使ったから大丈夫でしょ」
「いやダメ、絶対ダメ!!」
 前回は神楽の使用方法が巧妙だったから見えなかっただけであり、
 見えていたら色んな意味で絶対にアウトである。
 何しろ、音だけでも危ない。
 鏡と団体のイメージに大ダメージを与えることは間違いなかった。
「そこまでダメって言われると……使いたくなっちゃうわ!」
 それを持って鏡に向き直った瞬間、神楽は金属で頭部を殴りつけられた。
「う゛っ!?」
 倒れた神楽の両手をすかさず背中に回し、手錠で捕獲。
「ふん、余計な小道具が仇になりましたわね」
 神楽を踏みつけながら、鏡は手錠の跡が残る手首をさする。
 あの粘性のある液体が脱出の役に立ったようだ。
「ちっ、しまった……!」
 あられもない姿のままで、立場を逆転した鏡は神楽をリングに転がし入れ、自らもリングに入った。
 そして自分がされたように神楽のコスチュームを強引に剥ぎ取ると、
 ついに自分が持ち込んだ凶器を取り出す。
 この時、生き残った数少ない観客が聞いたのは、マッチを擦る音であった。
「げっ……!」
「ふ、ふふふふふふ……」
 誰の目にも用途が明らかだったこの凶器を、馬乗りになった鏡は神楽の膨らんだ部分に近づける。
「熱ッ!ちょ、マジで熱いって!!」
 これは神楽の趣味ではなかったらしく、ただ普通に熱がるだけであった。
 鏡は構わず、徐々に垂らす位置を下に移して行く。
「ッ……本当にやめて」
 紅潮した顔で初めて懇願する台詞を吐いた神楽に対し、
 鏡もまたここで初めて普段どおりの表情を浮かべて返した。 
「誰が」
 さらに下へ行こうとする鏡に、神楽は本気で危機感を覚えた。
「いやホントにやめ……」
 その時、心からどうでも良さそうな目で自分を見下ろしている美月に初めて気づく。
「ぎ、ギブ!ギブアップ!!」
 というわけで、こうして試合としては一応の決着を見た。

 神楽紫苑× (????→ギブアップ) ○フレイア鏡
※神楽が三度目の防衛に失敗。鏡が第18代王者に
 
 しかし、鏡にとっては試合もベルトも関係無く、
 前回と今回神楽にかかされた恥の仕返しをしてやりたいだけである。
 当然手が止まるはずも無く、このあとはただ神楽の絶叫だけが夜の新木場に響き渡った。
「はあ……」
 こうして、美月は観客のいなくなったリングを、何故か自分たちも帰ろうとしない先輩たちを残し、
 ため息と共に後にした。

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by right-o | 2010-10-03 21:49 | 書き物
 神楽が美冬を陥落させた試合の翌週。
「どういうベルトか忘れたけど、まあ、アタシに挑戦したいっていうんなら考えてあげるから、
 希望者は名乗り出てくるといいわ」
 奪ったばかりのベルトを誇示しながら、得意気なマイクアピールを行っていた神楽の前に、
 微笑を浮かべたフレイア鏡が拍手をしながら入場ゲートに姿を現した。
 そのままロープをくぐってリングに上がり、神楽が持っているマイクを上から握って自分の口に当てる。
「とりあえずはそのハードコア王座、獲得を祝って差し上げますわ。それで早速――」
「っ!」
 唇が触れそうな間近で相対していたところから、鏡はさらに間を詰め、故意に触れさせた。
 どころか、先週に神楽が美冬に対してしたように、その内部まで侵入しようとする。
 ただ、流石に神楽は美冬と違い、この不意打ちに対しても動揺せずに対応し、
 きっちりと応戦している様子であった。
 数十秒後、どちらからともなく離れた二人の口元に引かれた糸が、照明に当たって輝いた。
「フフ……知っていて?そのベルトは“何でもあり”なのだそうですわ」
「…それで、アタシにこんな勝負を挑もうっての?へぇ…」
 余裕の笑みをつくりながらも瞳に妖しい光を灯した二人は、自然に右手を動かすと、
 神楽は自分より背の高い鏡の顎を挑発的に持ち上げ、
 鏡はそんな神楽の頬へ手を添えて見下ろす。
「面白いじゃない。私が良い声で鳴かせてあげるわ」
「それは楽しみですわ。もっとも…貴女が保てばの話ですけど」
 会場が主に狂喜した男性ファンによって異様な盛り上がりを見せる中、
 もう大概のことには慣れたはずの美月も、改めて大きな溜息を吐いた。


 試合当日。
 何故かメインイベントで組まれたこの試合の開始前、リング上にキングサイズのベットが設置された。
「それでは、始めましょうか」
「いつでもいいわよ」
(な、なんで私まで…)
ベットの前で向かい合った二人は、遠目にはいつもと変わらない衣装を着ているようにも見える。
 が、その実はそれぞれ黒と赤で彩られた下着姿であった。
 ついでに美月までが色気の無い白の上下を必死に両手で隠している。
「ふふっ…」
 一応開始のゴングが鳴らされると同時に、神楽はベットに腰を下ろして両足を組んだ。
 対して鏡は黙ってその前に腰を屈め、組まれている足をそっと外すと、
 右足を取り上げて口元へと近づけた。
(いい眺めねぇ)
 両手をベットについて上体を反らしながら、神楽は自分に“奉仕”している鏡を見下ろす。
 普段お高くとまっている鏡とのギャップが感じられるのもいいが、
 足にまとわりつきながらも挑発的に見上げてくる妖艶な瞳がなんともいえない。
「まだ早い」
 足先から徐々に上がってきた鏡の唇が危険な箇所に差し掛かったところで、
 神楽は鏡の頭を掴んで引き離した。
 と同時に、言ってみれば試合の流れが変わった。
「うふっ」
 鏡は突然、ベッドの上の神楽に躍りかかってその上に跨ると、
 下になった神楽の両手を押さえつけ、唇を強引に吸った。
 そして顎から首筋へと唇を移動させて胸元に至ると、
 体の前で留まっていたブラジャーのホックを噛むことで外してみせる。
 きつい戒めを解かれた双丘は薄い布地を吹き飛ばす勢いを見せたが、
 どうにかテレビに映せない部分を隠す程度に踏みとどまった。
「あん…」
 両手を塞がれながら辱めを受けて、自分の下で身を捩る神楽を見下ろして、
 鏡もまた、先ほど神楽が鏡を見て感じたのと同じ感覚を味わった。
「可愛いわ…」
 どちらからともなく唇が近づき、重なる。
 客席の最後列まで湿った音が聞こえてきそうな濃厚な接触の中、
 神楽はすかさず転がって体勢を入れ替えると、下になった鏡の腕を取って強引に立ち上がらせ、
 自分に対して後ろを向かせた。
「あっ」
 さらに鏡の背中を突き飛ばして屈ませると、背後から鏡の上を、引きちぎるようにして剥ぎ取る。
 思わず胸元を隠した鏡の姿と併せて、なんとも扇情的な絵であった。
「そろそろ、本番よね」
 ベットにかかった絹のシーツをはね上げ、無理矢理掬い上げた鏡を、その上に放り投げた。
 次いで自分も鏡に重なってベッドに入り、シーツを被る。
 試合はついに、本格的な“寝技”の攻防に入ろうとしていた。


(誰かが、途中で邪魔しに出て来るだろう)
 いまだに下着姿で突っ立っている美月も、二人の攻防に固唾を呑んで見入っている観客も、
 またカメラ越しに録画の用意を始めた視聴者も、心のどこかではこう思いながら、
 神楽と鏡の一挙一動を注視している。
 しかし結局のところ、誰も二人を止めようとする者は現れなかった。
 どころか、二人はついに最後の最後までやり切ってしまう。

 観客達は、シーツ越しに艶めかしく絡み合う二つの肢体が、
 時に激しく、時にゆっくりと動く様子を、
 想像を交えながら、瞬きを忘れて食い入るように見つめた。
 時折、白く長い手足と紅潮した顔がシーツから覗く度に、
 静かな歓声と溜息が会場中から漏れる。
 そんな中、決着の瞬間は突然やって来た。
「…ッ!?」
 どうやら、相手の片足を持ち上げつつ、その上に跨っていたと思しき鏡らしい影が、
 シーツの中で急に身体を捩って大きく悶えた。
「あ、あなた一体、何を…!?」
「うふふふふふ…」
 鏡がうつ伏せの姿勢で、シーツから悩ましく歪んだ顔を覗かせると、
 その直後、すぐその上に嗜虐的な微笑を浮かべた神楽の顔が現れた。
 つまりは鏡の背後に神楽が密着しているわけであり、
 “女性同士”であることを考えれば、あまり意味のある位置関係とは思われなかったが、
「…!?」
 鏡の息はいよいよ荒くなり、両手はしっかりとシーツを握りしめている。
 その後ろで、なんとも形容しがたい運動をしていた神楽が、
 ゆっくりと身体全体を預けて鏡に重なり、その耳元で囁いた。
「自分で言ってたの、忘れたかしら?あのベルトが懸かった試合は、“なんでもアリ”だって…!」
「うっ、く…ぅ…!!」
 一瞬、シーツを握る手に一段と力が入り、その身体を大きく弓なりにしたあと、
 鏡の身体は糸が切れた人形のように崩れ落ちた。
「うふふふ…」
 神楽は、ばさりとシーツを跳ね上げてその上体を起こしたが、
 生憎と両者の腰回りだけはしっかりとシーツに守られて、
 何が試合の決め手になったかを見ることはできなかった。


「しょ、勝者……ッ!?」
 ベッドに入ったままの神楽へ、腕を上げて勝ち名乗りを受けさせようとした美月は、
 いきなり手を引いて抱きすくめられ、ついでに唇を奪われた。
 それだけで先日の美冬のように真っ白く燃え尽きた美月に、さらに神楽の魔手が迫る。
 が、ブラの中心に指をかけた時、神楽の手が止まった。
「う~ん、やっぱつるぺたは趣味じゃないかな」
 美月を放り出し、ベッドにかかっていたシーツを剥いで身体を覆うと、
 神楽は欠伸をしながらそのままの姿で退場して行く。
 こうして、直後に生放送で大問題となった一戦は幕を閉じた。
 しかしこの試合は、これまで団体で行われたどんな名勝負よりも多くの注目と視聴率を記録したのだった。

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by right-o | 2009-07-04 23:47 | 書き物
「ハッ!」
 小剣を前に突き出して腰を落とした姿勢から、
 目にも止まらぬ速さの突きが何度となく繰り出された。
 受け止めることのできない攻撃に、流石の美冬も後ろに下がるしかない。
(異な剣…突きに特化したものか)
 初めて立ち会う武器を前にして、美冬は愛刀を袴の腰に落とした鞘に収める。
「構えろ!臆したか!?」
「…気にするな。既に構えている」
 目線も姿勢も全く油断させることなく挑発してきた相手に対し、
 美冬はただ右手で刀の鯉口を切っただけで応えた。
「ッ!!」
 美冬の態度を侮辱と感じたか、これまで以上の速度と勢いを備えた突きが即座に伸びる。
 が、同時に、美冬の刀はそれ以上の速さで鞘から抜き放たれていた。
「わっ!?」
 カチッ、という乾いた音がしたあと、
 両者の間で脂汗を流しながら事態を見守っていた美月の頬を、
 北条の持っていた“エペ”の刀身がギリギリでかすめ、そのままロープを越えて場外の床に突き刺さった。
「くっ…」
 自分の右手、お椀型のアームカバーのみを残して根本から断たれた愛剣を見ては、
 プライドの高い北条も膝を屈さざるを得ない。
「私の、負けだ…」
 こうして、何故かリング上で行われた異種剣技同士の戦いは、
 またしても美冬の勝利で幕を閉じたのだった。


 その数日後。
 ベルトを管理する美月による涙ながらの訴えが認められ、
 ハードコアマッチにおける刃物の使用が暫定的に禁止されてから、初の王座戦。
 得物を木刀に代えた美冬は、久しぶりに試合着姿でリング上に立っていた。
 これに対するは越後しのぶ。
 こちらも普段の竹刀を木刀に持ち替えての挑戦であった。
(ま、これなら命の危険は無いでしょう)
 真剣も木刀も、実は立ち会いでの危険度には大差がないという話もあったりするが、
 この場合の美月が心配しているのはあくまで自分の命である。
 かっ、と一合してからやや離れて向き合った両者は、まずは全く対照的な姿勢で武器を持った。
 美冬は木刀を持つ右手をだらりと下げ、構えとは呼べない自然体のまま。
 逆に越後はしっかりと両手で木刀を持ち、切っ先を相手の喉へ向けた所謂正眼の構え。
「はッ!」
 片手持ちから様々に繰り出される美冬の攻撃を、越後の木刀は見事に捌き切った。
 その都度、構えは元の正眼に戻り、姿勢にいささかの乱れもない。
 静と動のはっきり分かれた、見事な攻防であった。
「ふ」
 やるな、とでも言おうとしたのか、美冬が手を止めてやや間を置こうとしたのを見逃さず、
 ここで攻守が交代した。
「何を考えている!」
 一気に懐へ飛び込んだ越後は、鍔迫り合いの体勢から美冬を押しのけ、籠手を狙う。
 これを後ろに退いて避けた美冬がロープを背負うと、一足一刀の間合いから面を狙い、
 再度踏み込みながら木刀を大きく振りかぶった。
「めぇ――!?」
 しかし、越後の振り下ろしに対して美冬は真下から木刀を振るったかと思うと、
 柄尻の部分で越後の一刀を受けつつ、そのまま大きく跳ね上げる。
「うっ」
 危うく木刀を取り落としかけた越後は、両手を真上にやったままで数歩後ずさり、体勢を崩した。
 美冬の方は振り上げた木刀を首の後ろに回し、肩に担ぐような姿勢。
 この試合で初めて、構えらしい構えを見せる。
 それでも、
(遠い)
 と越後は見ていた。
 先ほどから何度も刀を合わせ、相手の間合いは完璧に見切っている。
 ――はずであった。
「なっ!?」
 刀か、腕が伸びたようにしか思われなかった。
 担いだ姿勢から美冬が大きく横薙ぎした一閃は、危ういところで額をかすめていったのだ。
(危なかっ…)
 安堵しかけた越後の額から、はらりと純白の鉢巻が割れて落ちる。
 美冬が意識してもう半歩踏み込んでいたら、割れていたのは鉢巻の下だっただろう。
「くぅっ……!」
 膝をついて見上げた越後は、だらりと下がった美冬の右手が、
 いつのまにか木刀の柄尻ギリギリのところを握っていることに気づいた。
 恐らくは腕を振ると同時に手を鍔元から柄尻まで滑らせ、木刀の間合いを伸ばしていたのだ。
 一見すると幼稚に思える発想だが、実践するには精妙な握力の加減が求められ、
 普通はまずできることではない。
「真っ直ぐな剣だ。正直が過ぎるほどにな」
 またしても、汗一つかくこともないままの完勝。
 もはや、美冬を止められる者はいないかに思われた。

「ちょぉっと待った」
 美冬がリングを下りようとしたところへ、唐突に声が上がる。
 右手にマイク、左手に木刀を下げて現れたのは、神楽紫苑であった。
 神楽はさっさとリングに上がると、凶器を持った美冬を恐れることなく、
 ずかずかと間合いを詰めてその目前に立ちはだかった。
「最近思い出したんだけどさぁ、アタシそのベルトを手放した覚えが無いのよね。
 もうそろそろ返してもらえないかしら?」
「…私の知ったことではないな」
 二人の距離は瞬く間に縮まり、ついに互いの鼻が触れそうな位置に近づく。
「ふぅん…そう」
 まさに顔と顔、目と目を合わせた視殺戦。
 美冬の刺すような視線と、それを正面から受けて全く動じない神楽の冷めた視線が、
 間近でぶつかりあって火花を散らした。
 ような気がしたその時、
「むぐっ!?」
 二本の木刀が同時にからりと音を立て、マットの上に転がった。
 そして差し向かっていた二人の距離は更に縮まり、ついに密着。
「う、く……」
 神楽の唇が、美冬のそれを完全に塞いでいた。
 何をされようが構わないという覚悟を持っていた美冬だが、流石にこんなことまでは予想していない。
『うおおおおおおおお!!?』 
 美冬の圧倒的な技量に息を呑んでいた先ほどまでとは一変、
 客席は突如謎の盛り上がりを見せるも、ファン達はすぐにこの異常事態に順応して見せた。
『落・と・せ!落・と・せ!落・と・せ!』
「…はあ!?」
 美月は突然湧き起こった謎のコールに驚きつつも、とりあえずは選手の状態を確認してみる。
「ぎ、ギブアップ?」
「………」
 神楽の腕にしっかりと抱かれた美冬は、目を閉じたままで何の反応も示さない。
 やむなく美月が美冬の右手を掴んで持ち上げてみると、その手はただ力なくだらりと下がった。
「…ワン」
 もう一度同じ事を試しても、やはり美冬は反応しない。
「…ツー」
 三度目、これで腕が落ちればレフェリーストップとなるところで、
 美冬はどうにか意識を繋いだらしく、下がりきる寸前でその手が止まる。
(うわ…)
 その直後、なんとも形容しがたい湿った音が美月の耳だけに聞こえ、
 美冬の体は一気にマットの上へ崩れ落ちた。

柳生美冬× (レフェリーストップ) ○神楽紫苑
※ディープキス 美冬が4度目?の防衛に失敗。神楽が第17代王者に

「ふふふ…ごちそうさま」
 そう言って口を拭った神楽の足元で、美冬が目を見開いたままで真っ白に燃え尽きていた。
 ほんの数分前まで絶対的な強さを誇っていた前王者の抜け殻である。
 それをリング下へと転がしながら大きなため息を吐いた美月は、
 もはや何もかもを諦めきったように冷めた顔で、新しい王者の誕生を見つめるのだった。

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by right-o | 2009-06-14 17:57 | 書き物
 とある高級旅館の一室。
 開け放たれた障子の外に裏山の竹藪を臨む二階が、一流選手にあてがわれた部屋だった。
 畳や襖はもちろん、床の間の掛け軸まで何やら高そうな調度品が並び、
 加えて何故か刀までが柱に立て掛けてある。
(不公平… )
 王者・美冬に呼び出された美月は、出された座布団に正座しながらふくれていた。
 一緒に連れてきた相羽の方は、足が痺れて部屋の景色どころではないらしい。
「…つまり、いつ何時誰でも挑戦でき、それに加えてどんな手段を使っても許されるというのか?」
 対して部屋の主は流石に堂々としたものだった。
 剣道着姿で片膝を立て、刀を抱いて床の間の柱に寄り掛かっている姿は、
 胸の綺麗な曲線を除けば時代劇に出てくる剣術書生のようである。
「まあ、そういうことです」
 自分が管理しているベルトを思いがけず獲得した王者に、そのベルトの説明をしている美月としては、
 恐らく美冬は「馬鹿らしい」とでも言って返上するだろうと思っていた。
 何しろ見た目通りの堅物であり、こういうネタに走った試合を行うためのベルトを好むとは思えない。
 しかし、
「常在戦場」
「…は?」
「侍たるものは、常に戦場に在るような心構えでなければならぬ…。
 いいだろう、気に入った。このベルト、私が精一杯守って見せようではないか」
 本人は意外にも乗り気であった。
「はあ…」
「あ、あの」
 と、予想と違う反応に思わず首を傾げた美月の隣で、相羽の足が悲鳴を上げていた。
「もう帰っても、い、いいでしょうかっ。うくっ」
「うむ。それでは明日から――」
 言いかけて、美冬は急に表情を硬くする。
 同時に、ゆっくりと足を崩しながら立ち上がりかけていた相羽の眼前に、
 外から音を立てて飛んできた弓矢が突き刺さった。
「うわっ!…ぐぅっ!!」
「これは…」
 驚いてひっくり返ったついでに、足の痺れで悶絶する相羽を気にも留めない様子で、
 美冬はまず撃ち込まれた方角を見、ついで畳に刺さった矢を見た。
 矢は普通に弓道などで使われるものよりもずっと短く、その中ほどに白い紙が結わえ付けられている。
 それを素早く手に取って開いた美冬は、読んですぐに掌の中で握りつぶし、不敵に呟く。
「面白い…!」
 言うなり傍らの太刀を掴んで部屋を出ようとした美冬へ、美月はつい驚いて声をかけた。
「ちょっ、それ…」
「行くぞ。早速挑戦者のお出ましのようだ。流石に耳が早い」
「いやそれより、その刀って部屋の飾りなんじゃ…」
「私物だ。何を使ってもいいんだろう?」
「あ、はい…。って!?」
 言いながら、美月はカメラ役の相羽を引き摺るようして外へ出た。
 顔からは、珍しくちょっと血の気が引いている。
 何でもありのハードコア戦線に、ついに本物の"凶器"が投入されようとしていたのだった。


「はぁ、はぁ……」
 旅館から外に出た美冬は、矢が飛んできた竹藪の方へ一人でどんどん分け入って行く。
 その後ろを、カメラを持った相羽と美月が必死に追いかけていた。
「むっ」
 突然、足を止めた美冬が刀の柄に手を掛けると、金属音と共に前方の空間で火花が散った。
 と同時に、星形の鉄片がぽとりと地面に落ちる。
「うわっ、なに…!?」
「手裏剣、でしょうか…?」
 動揺する後ろの二人を尻目に、美冬は刀を右手に持ってだらりと下げ、
 自然体のままで竹の下にできた闇の中へ呼ばわった。
「姿を現せ――と言って出てくるはずもないか。
 お前がそう来るのなら、私も容赦はしない」
 美冬の声に応えるように、上の方で竹がぐっと大きくしなる音がする。
 その次の瞬間、今度は大量の弓矢と手裏剣が風を切って飛んだ。
「飛び道具など!」
 向かい来る矢を躱し、手裏剣を刀で弾き落とす美冬の後ろで、
 ついて来た二人は地面に身を投げ出して縮こまっている。
「す、凄い…!」
「っていうか、美冬さんは一体誰と戦ってるの!?」
 上方に目を凝らすと、竹と竹の間を黒い影が飛び回っているのがなんとなく見えるものの、
 次第に濃くなってきた夕闇に紛れてはっきりとは判らない。
 やっていることには心当たりが無くもなかったけれど、彼女ならもっと目立つ色の服装をしているはずである。
「はぁッ!」
 美月達がそんなことを考えている間にも美冬は忙しく立ち回っていたが、ある時ふと飛び道具の雨が止んだ。
「来るか…!」
 精神を集中するように目を閉じ、刀を収めた美冬の周囲で、
 今度は竹だけが音を立てて激しくしなり始める。
「は、早…っ!?」
 竹を蹴ることで加速しつつ美冬の周囲を飛び回っている影が、その軌跡を次第に小さくしていったが、
 美冬はただじっと刀の柄に手を掛けたままで動かない。
 ついに影が背後から襲いかかろうとしたところで、ようやく美冬の瞳が見開かれた。
「そこだっ!」
 腰を切って振り向きつつ、鞘を払った刀を一閃。
 ぎりぎりのところで影と相対する形で交錯した美冬は、刀を横薙ぎさせた姿勢のままで固まった。
「ぐ…っ、見…事……!」
 同じく刃を逆手に振るった姿勢で硬直していた影が、音もなく地面に崩れ落ちる。
 が、美月と相羽が駆け寄った時には、まるで土に吸い込まれたかのように何も残ってはいなかった。
「忍びは、自らの死骸すら隠してしまうものだ」
 血を飛ばすような仕草をしてから刀を収めた美冬を見て、美月は思わず口走った。
「ま、まさか殺…」
「いや、峰打ちだ」
 さっさと踵を返して来た道を戻り始めた美冬に、慌てて美月と相羽が追いすがる。
「それにしても腕を上げたな。良き忍びになった。
 普段のは正に世を忍ぶ仮の姿というわけだ」
 ぼそりと呟いた美冬の後ろに、
(これからどうなるかな……)
(これ放送していいのかな……)
 それぞれに考え事をした二人が、とぼとぼと従って旅館へ戻って行った。


 翌日。
「あら、RIKKAさんそれどうしたの?」
「………」
 とある別の団体の試合前、ド派手な赤い忍び衣装に身を包んだレスラーの脇腹に、
 ちょっとした痣が出来ていたことを気づけた者は、ほとんどいなかった。

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by right-o | 2009-05-17 01:04 | 書き物
+技「無道」

(たまには、マトモな防衛戦がないものかなあ)
 だいぶレフェリーが板についてきた美月は、着ぐるみが戦うタイトルマッチを裁きながらそんなことを思っていた。
 二十四時間三百六十五日、いつでも挑戦可能。
 ほとんどルール無しというのがルールであるようなベルトを管理するにあたっては、それはなかなか無理な相談である。
 だが、これだけどう考えてもネタにしかならないベルトであっても、
 持っているチャンピオン次第で真っ当な輝きを放つことがある、ということを、
 美月はすぐ思い知ることになるのであった。


「柳生美冬!このベルトを懸けて、今すぐ自分と戦うッス!!」
 美月を伴い、ベルトを持ってリングに上がった真田は、唐突にマイクで挑戦者を指名した。
 ややあって、マイクを持った美冬が入場ゲートに姿を見せる。
「懲りんな。何度やろうと同じ事だ。お前では…」
「うるさい!自分はチャンピオンになったッス!この前のようにはいかないッ!!」
「…ほう、何の王者になったかは知らないが、私とお前の差、それしきのことで埋まりはしないと教えてやろう」
 いつも通り暑苦しい真田と、それを余裕であしらう美冬のやり取りを眺めながら、
(これはひょっとしたら、普通の試合になるか)
 と、美月も予感はしていた。
 美冬は若いながらもこの団体のエース格の一人であり、
 真田は以前から彼女を一方的に目標としてライバル視しているのである。
 どちらも反則を使うことは考えられないので、
 このまま行けば今回は全く通常の試合になるはずであった。

「おおおぉぉぉぉぉっ!!!」
「フンッ!」
 蹴りの交錯から足を止めての張り合い、離れ際にハイキックを互いの顔に擦らせるまで、
 打撃戦に限れば両者は全くの互角と言えた。
 体格と素質で上回る美冬に対して一歩も引かずに打ち合えるのは、ひとえに真田の気迫によるところである。
 しかし、それが通用するのは美冬が真っ向勝負に付き合ってくれている間だけの話。
「ちっ」
 真田の執念に呆れた美冬は正面衝突を避け、次第に打撃以外の勝負へ持ち込んでいく。
 相手の勢いを利用した腰投げで転がすと、起こした真田の背中に立てた片膝を当て、背後から両手で顎を固定、
 チンロックで体力を奪いながら、同時に試合のペースを落ち着かせる。
 かと思えば急に技を解き、強烈なサッカーボールキックを入れて真田に呼吸を忘れさせた。
「ぐぅっ…!まだまだッ!!」
 真田は座った体勢から体をよじって美冬の方を振り返りつつ、膝をついて立ち上がろうとする。
 が、無防備な状態にある真田に対し、美冬は容赦無く右足を振り上げて待ちかまえていた。
「が…ッ!?」
 首を動かして頭への直撃は避けたものの、風切り音が聞こえてきそうな美冬の踵落としが、真田の右肩に食い込む。
 裁いている美月まで思わず痛そうな顔をしてしまった一発は、試合の流れを一気に変えてしまった。

 そこからは、完全に美冬が支配していた。
 満場の『サナダ』コールに押された真田が一時的に盛り返してくる度に、
 それを適当にあしらってから肩に一撃をくらわせ、再び勢いを挫く。
 年季の入ったヒールのような試合運びの中で、美冬はただ仕上げの瞬間を伺っていた。
「うおおおぉぉぉぉぉぉぉ!!!」
 何度目かに立ち上がってきた真田の顔へ肘を一発。
 案の定打ち返してきたところへ、今度は掌底を連打。
「こんのぉぉぉぉぉ!!!」
 気力と体力を振り絞り、まだ動く左の大振り一発でやり返そうとしたところが、美冬の狙い目だった。
 かわしながら真田の左側へもぐり込み、前に引き倒して脇固めへ。
 痛めていない左腕では決め手にならないかと思われたが、そうではなかった。
 這いつくばっている真田の左腕は両脚に挟んで固定し、空いた両手で右腕の方を取りに行く。
 そこから真田に背を向けつつ、右半身ごと起こした右腕を背中越しに自分の左肩に乗せ、
 相手の両腕を背後で合わせるような形で、右腕を真下に向かって思い切り引き絞った。
「うああああああああ!!!」
 要は肩から先を曲がらない方向に曲げられているのである。
 また、うつ伏せの上から相手に乗られているため、ロープに向かうことはほぼ不可能。
 自力で振りほどくには、流石の真田も疲労しすぎている。
 だが、
「余計な怪我をするだけだ。早く諦めろ」
「絶対に…嫌だ……ッ!」
 美冬にはもちろん、美月が何度促しても真田はギブアップしない。
(これは…)
 熱の入った試合の代償に、美月は最後に嫌な役をやらされることになってしまった。

真田美幸× (レフェリーストップ) ○柳生美冬
※変形脇固め 15代王者が初防衛に失敗。美冬が第16代王者に

「なんで…なんで止めたッスか…!?自分はまだ…!」
「いや、だってあのままでは…」
 ボロボロになりながらも、試合後のリング上で泣いて食い下がる真田に対して、
 美月はどうなだめていいかわからない。
(面倒くさい…)
 これなら普段通りのネタ試合の方がまだよかったと、
 特にレフェリー業に思い入れの無い美月は思ったのだった。

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by right-o | 2009-05-10 10:48 | 書き物
 突如ターフに…ではなくマットに現れ、ハードコア王座を奪取していった馬の着ぐるみ。
 正体は不明だが、関係各所に無断で行われたJ○Aマスコットキャラの参戦は一時社長の顔色を失わせたらしい。
 しかしどうにか無事に事後承諾が取れた今、ター○ィー君は完全アウェーの地で初防衛戦に臨もうとしていた。


 都内、某モノレールから見える競馬場。
 砂が敷き詰められたレーストラックの内側で、二頭の着ぐるみが対峙している。
(何か、この前の競馬場とは違うなあ)
 粗末な広場の中心に設置されたリングの上から周囲を見回し、ター○ィー君はそういう感想を持った。
 この日は平日で、また時間的に夕暮れを迎えているということもあったが、
 一見して前回より明らかに子供の数が少ない。
 というか、ほとんどいない。
 代わりに新聞片手の中年層が目に見えて多く、一部を除いて年代を感じさせる様々な施設と共に、
 ある種“いかにも”競馬場という雰囲気を醸し出していた。
 と、どうでもいい話はここで置く。
(なんだコイツ…?)
 ター○ィー君は目前の対戦相手であるもう一頭の着ぐるみに目を向けた。
 見た感じ、安っぽい。
 同じ「馬」をモチーフにした着ぐるみなのにも関わらず、丸っこくて可愛いター○ィー君と違って全体的に細身で、
 全身ほぼ黄色単色の中、胴にオレンジ色の星が描かれているだけというデザインは、
 シンプルを通り越してやっつけ仕事のにおいがする。
 また表情も妙に人間臭くやさぐれていて、所謂「ゆるキャラ」的な雰囲気が漂っていた。

 ともかく、ゴングが鳴った。
(速い…!)
 よちよちとリング中央まで出てきたター○ィー君の周囲を、相手が機敏に駆け回って翻弄する。
 細身である分、向こうの方が機動性は数段上のようだった。
「……!」
 動きに対応して向きを変えるのも一苦労なター○ィー君の背後から、
 無言の気合と共に相手のドロップキックが炸裂する。
 たまらず前につんのめって倒れたター○ィー君を尻目に、
 相手はもう勝ったつもりであるかのようにリングの周囲を回り、コーナーに上って観客にアピールした。
「調子に乗るなっ!」
 着ぐるみの中で声がくぐもって、実際には「フゴフゴフフフ」ぐらいにしか聞こえない気合をかけながら、
 怒りのター○ィー君が前脚をついて立ち上がる。
 リング外へ向けて両脚を振っている相手の背後から組み付き、蹄を前で合わせてクラッチを作った。
「うりゃああああッ!!」
 着ぐるみの中で精一杯に背中を反ってのジャーマンスープレックス。
 自分の大きな頭が邪魔して流石にホールドはできなかったが、
 投げ飛ばした相手を脳天からマットに突き刺し、動きを止めることに成功した。

ター○ィー君○ (体固め) ×う○たせ
※投げっ放しジャーマン 14代王者が初防衛に成功

(向こうの中身は素人ですよ!加減してください!)
(え!?ウチの誰かが入ってると思ってた…)
 試合後のリング上、ベルトを返還された王者がレフェリーの美月とそんなヒソヒソ話をしていた時、
「ちょっと待つッス!!」
 一人と一頭の背後から、突然声がかかった。
「自分は…自分はもう迷いを断ち切ったッス!!」
 振り向くと、何故か拳をきつく握りしめた真田が立っている。
 真田は歯を食いしばってター○ィー君を睨みつけると、左足を一気に踏み出して間合いを詰めた。
「ちょ、ちょっと待っ…!!?」
「もう馬でもなんでも容赦はしないッス!おおぉぉりゃあぁぁぁぁぁ!!!」
 渾身の右ハイキックは、まさに技名の通りター○ィー君の頭を胴から斬り離し、
 客席の向こうまで大きく吹き飛ばした。

ター○ィー君× (TKO) ○真田美幸
※斬馬迅 14代王者が二度目の防衛に失敗。真田が第15代王者に

「やったッス!ベルトを他団体から取り返したッス!!」
 跳ね回って喜ぶ真田の足下で、着ぐるみから頭だけ出した相羽が目を回している。
「か、勝ったらコレ、脱ごうと思ってた…のに……」
(私は知らない、っと)
 余計な関わり合いを避けるために、美月は、
 二頭のマスコットキャラが屍を晒しているリングから、そそくさと離れていった。

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by right-o | 2009-05-02 14:00 | 書き物
???○ (体固め) ×八島静香

とある土曜日、夕方。
「八島さんッ!敵地でベルトを他団体に奪われたって、ホントッスか!?」
「んー…ああ」
 昼間に行われた興行を終えて戻って来た、八島、美月、相羽の三人が食堂で早目の夕食をとっていると、
 どこからか今日の結果を聞きつけた真田が割り込んで来た。
「くあーッ、なんてことッスか!ベルトの他団体流出を許すとはッ!!」
「いや、まあ、他団体つってもな…何て言ったか?」
「えーと確か、日本中央なんとか…」
「とりあえず略称はJ○Aでしたね」
「名前なんてどうでもいいッス!とにかく、獲られたベルトを一刻も早くウチに取り戻さないと!
 こうなったらアタシが行くッス!そのJ○Aとかいう団体に殴り込みッスよ!!」
 一人で息巻いている真田の前で、三人は顔を見合わせて少し考え込んだ。
「確か土日で試合あんだろ?真田がその気なら明日にでも行けるぞ」
「おうッ!上等ッス!明日行って、そのベルト奪った奴をアタシの斬馬迅で薙ぎ倒してくるッス!!」
「斬馬迅で、薙ぎ倒す…」
「子供の目もありますし、実現したらちょっとシャレにならないですね…。
 とはいえ、確かにベルトを預けっ放しにするわけにもいきませんが」
 事情を知っている三人は、あえて真田に詳しい説明をしないよう、目顔で確認しあった。


 明けて日曜日。
 都内某競馬場、馬場内特設リング。
 レースコース内側の空いているスペースに設置されたリングの上で、真田は王者と対面する。
「こちらがチャンピオンです」
「………へ?」
 目の前にいるのは、馬だった。
 それも周囲のコースを疾駆しているサラブレットではなく、ほぼ大型犬ほどの大きさしかない、
 いかにも大人しそうな目をしたポニーである。
 
 ちょうど一日前の同じ場所で行われた興行にて、
 相羽や越後などを相手にハードコアタイトルの防衛戦を行っていた八島は、ふとした拍子から後ろに倒れてしまった。
 その時、普段からこの競馬場の中を人に引率されて歩いているこのポニーが偶然通りかかり、
 倒れた八島を労わるように鼻を近づける。
「な、ちょっ…!?」
 力任せに振り払うことを躊躇う八島を見て、他の選手達も動きを止めてなんとなく見入っていた中、
 美月のみが冷静に3カウントを叩き、恐らくプロレス史上初、馬のチャンピオンが誕生したのであった。

「さあ、どうぞ斬馬迅で薙ぎ倒してください」
「うっ……」
 目の前にいるポニーの瞳をどう覗き込んでも、害意の一欠片も見当たらない。
 加えてリングの周囲を囲んでいるのは、ほとんどが物珍しさに集まってきた家族連ればかりである。
 当然、子供の目も多い。
「じ、自分には…できないッス…」
 真田は、リングの上でがっくりと膝をついた。

ポニー○ (試合放棄) ×真田美幸
※第13代王者が初防衛に成功

(しかしまあ、誰かが取り戻してくれないと困るんですけどね)
 試合後そんなことを考えながら、美月がポニーを追い立ててリングから下ろそうとしていると、
 ここで予定外の乱入者が子供達の間を縫って現れた。
「ん?アレは…」
 馬であった。
 が、二足歩行している。
 茶色い体に緑色のTシャツを着た2.5頭身ぐらいの頭でっかちな馬が、
 子供達に愛想を振りまきながらリングへ向かって来たのである。
 この団体のマスコットキャラクターの着ぐるみだった。
「………!」
 頭をサードロープの下から無理矢理押し込んでリングインすると、
 モコモコした白い前足でポニーの側面をそっと押して横倒しにし、そのまま前足を上に乗せる。
「………」
 その着ぐるみに無言でじっとみつめられ、美月は仕方なしに三つを叩いた。

ター○ィー君○ (体固め) ×ポニー
※ター○ィー君が第14代王者に

 その後、手を振って子供達の歓声に応える王者を、美月は背後からまじまじと観察。
(ははあ、これは…)
 直後、おもむろに自分の頭へ両手をかけた着ぐるみへ、
 後ろからベルトを巻いてやると同時にそっと囁きかける。
「誰だか知りませんが、子供達の前でそれは脱がない方がいいんじゃないですか?」
「うっ…」
 頭と胴体の間から覗いた緑色の髪の毛を見て、美月は着ぐるみの正体を確信していた。

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by right-o | 2009-03-11 00:01 | 書き物
 ある休日の朝方、選手寮玄関口。
「…私はどうなっても知りませんからね」
「ボクも知らないよ」
 玄関を出たすぐ外に、今日もレフェリー&カメラ役として美月と相羽。
 加えてもう一人、村上千春がイライラと足で地面を叩きながら何かを待っている。
「うっせーなあ。お前らは黙ってやることやってりゃいいんだよ。…お、来たな」
 寮の廊下を走る音がして、玄関からさらに村上千秋が顔を出した。
「獲物が来やがったぜ。よし、準備だ!」
 そう言うと二人の姉妹は玄関の左右に分かれ、あらかじめ用意しておいた凶器を持って身を潜めた。
 言う間でもなく、彼女らはハードコア王者である大空みぎり…が持っているぬいぐるみを狙っているのだ。
(これって、勝てるのかな?)
(勝算はあると思います。ただ、後で絶対怒られますけどね)
 そんな会話を交わしつつ、美月と相羽の二人はこれから起こる出来事に備え、姉妹からやや離れて待機。
 ほどなく、玄関の引き戸に内側から手が掛かった。
「ああ、今日も良いお天気ですね~」
 中から出てきた私服のみぎりが、空を見上げて大きく伸びをした時、
「「今だッ!!」」
 その両側から姉妹が現れ、千春の持っていた消火器が火を、もとい消化剤を噴いた。
 寮の廊下に置いてあったのを、二人が勝手に持ち出してきたものである。
「あ、あれっ?っかしいな…」
 千秋の方は操作の手順が正しく無いのか不発だったが、人間一人を無力化するには一つで十分。
「ゲホッ、ゲホッ、な、なんですかぁ!?」
「へへっ、いただきだぜ!」
 真っ白な消化剤まみれになって咽るみぎりの手からぬいぐるみを引っ手繰った千春が、
 それをその場に叩きつけ、足で踏みつけてフォール。
 すぐに美月が駆けつけて、カウントを入れ始めた。
 しかし、
「悪ぃな千秋、ベルトはアタシがもら――」
「いいやアタシがもらうぜ!」
 ここで実はわざと自分の消火器を温存していた千秋が、姉の顔面に至近距離からの噴射を浴びせてカット。
「て、テメェっ!?ゲッホ、ゲホッ!!」
「ヘッ、コイツはタッグのベルトじゃねーんだぜ。姉妹だろうが敵なんだよ。…おら、カバーだ!」
 転げまわって苦しむ千春を尻目に、今度は千秋がぬいぐるみを踏みつける。
 みぎりも動けず、これで三つ入ってしまった。

村上千秋○ (踏みつけ式体固め) ×クマのぬいぐるみ
※消火器噴射から 千秋が11代王者に

「よっしゃ!まずはとりあえず…逃げるぜっ!」
 ちゃんとぬいぐるみに持たせてあったベルトを奪い取り、千秋はブロック塀に囲まれた寮の敷地から外へ出ようとする。
 ドドドドドド……という、重低音が近づいてきていることには気づかない。
「あ!危な…」
「じゃあな!ほとぼりが冷めるまでその辺を――ぐへッ!!」
 結果、外の道路から入ってきた大型バイクと正面衝突。
 前輪に接触した千秋は、美月達の目の前でワイアーアクションのように数メートル宙を舞い、
 きりもみ回転しつつ背中から地面に落下した。
「ちょ、ちょっ…!?」
 相羽が驚き、美月が慌てて駆け寄る一方で、
「…アタシのバイクにぶつかって来るたぁいい度胸だ。キズでも入ってたら承知しないよ」
 千秋を撥ねた本人は、愛車の方を心配していた。
「救急車ッ!!」
 そうこうしている内に、美月が腕を交差させてレフェリーストップがかかる。

八島静香○ (TKO) ×村上千秋
※バイクで撥ねる 八島が12代王者に

「こ、これあげますから!とりあえず今は救急車を!!」
「ほっとけほっとけ、死にゃしないよ。それよりこのベルトはなんだい?」
「…あー、アイツ姐御に撥ねられたんスか?けっ、自分だけ抜け駆けしようとするからだぜ!」
 慌てたり説明したり、美月が忙しく動いているところへ、
 ようやく立ち直った千春が顔を真っ白にして起きてきた。
「まったく、いい気味…」
 そう言って笑おうとした時、千春の肩へ背後から大きな手が置かれる。
「私の、クマさん…」
 振り向くと同時に、千春は喉を片手で掴まれて宙に浮いていた。
「ちょ、ちょっとみぎりちゃん!?」
「みぎりさん、下はアスファルトです!落ち着いてください!!」
 結局、姉妹は二人仲良く病院送りになったのだった。

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by right-o | 2009-03-07 21:56 | 書き物
 初代から八代目まで、一度も観客の目に触れることなく王座の移動が繰り返されてきたハードコア王座だったが、
 九代目の越後で初めて、チャンピオンと共にベルトがリングに上げられた。
「このベルトが欲しいヤツは、どこからでもかかって来るがいい!!」
 ある興行の休憩明け、越後はレフェリーシャツ姿の美月を伴ってリングに立っている。
 この日試合の無かった越後は、「いつでも誰でも挑戦できる」というルールを逆手に取り、
 観客の前でバックステージにいる選手全員に対して挑戦を呼びかけることで、強引に自分の出番を作ったのだ。
(ここに来てようやく、マトモな試合を裁けそうですね…)
 片手にベルト、片手に竹刀を持って肩に担ぎ、入場ゲートを睨みつけている越後の姿は、
 今までの誰よりも王者らし見えて、美月はちょっと感動していた。


 しばらく間があったあと。
 まずは会場に村上姉妹のテーマ曲がかかり、エントランスに村上千秋が姿を現した。
「ずいぶん自信ありそうだなオイ。でも何でもアリの試合ならアタシの方が上だぜ。
 今からそっち行って、そのベルト引っぺがしてやるからな!!」
 ひとしきりマイクでがなり立て、イスを構えてリングに向かう姿勢を見せたが、越後は動じない。
「上等だ。やれるもんなら――」
 言いながらベルトを捨てて両手で竹刀を握ると、密かにリングへ忍び寄り、背後から襲い掛かってきた千春に対し、
 振り返り様にその額へ鮮やかな面を決めて打ち倒した。
「やってみろ。ただし、自分一人でな!」
「チッ…!覚えてやがれッ!!」
 自分が越後の気を引いている間に背後から襲わせる、という作戦が破れた千秋はさっさと背中を向けて帰ってしまい、
 越後は打ち捨てられた千春を足で場外へ転がしながら、もう一度リングの上から全ての選手を挑発する。
「どうした!反則無しのルールで私と戦う度胸のあるヤツはいないのか!?」
(難しいかな)
 勢い込む越後の隣で、美月は冷静に分析していた。
 考えてみると、越後に勝てそうなレベルの選手は今日もそれぞれに試合がある。
 試合が無くて暇してるような、中堅以下の選手達にとって越後はちょっと手強い。
 それでもベルト欲しさに挑戦してくるのは、村上姉妹のように特殊ルールを活かした作戦を立ててくるタイプか、
 もしくは結果を省みずに玉砕覚悟で挑んで行くタイプ。
(あるいは、誰か大物が気まぐれを起こしでもしないと)
 そう美月が一人で結論づけた時、正に文字通りの“大物”が入場ゲートの暗幕からぬっと顔を覗かせた。

「あ、すいません~」
 大空みぎりが、何故か謝りながら、ドスンバタンと走ってリングに駆け寄った。
「もう始まってるなんて知らなくて…まだ大丈夫ですよね?」
「は?あ、みぎりさんは…」
「なるほど、大空か」
 美月が何か言いかけたが、その前に越後が割って入る。
「相手にとって不足は無い。上がれっ!」
「は~い。よい、しょっと」
 いつも通り窮屈そうにロープをくぐった瞬間、越後が竹刀を振りかぶったのを見て、
 みぎりは慌てて場外に転がり落ちた。
「きゃっ!?危ないじゃないですかー。そういうことするなら、私だって…」
 そう言うと、足元に倒れていた千春を拾い、それを両手に持って高々と頭上に掲げて、
「ええーいッ!!」
 リング内の越後目掛けて力一杯放り投げた。
「ぐえっ!」
「うわっ!ちょ、どけッ!!」
 放物線を描いて飛んできた千春に圧し掛かられ、越後は竹刀を取り落とす。
 そしてどうにか千春を押しのけて立ち上がると、
「捕まえましたぁ」
 もう190cmが目前に迫っていた。
「ぐっ!?」
 巨大な手で越後の喉を鷲掴みにし、一気に頂点まで持ち上げて無造作にマットへ投げつける。
 笑顔で放たれたチョークスラム一発で、越後は沈黙した。
 が、みぎりはフォールに行かず、その場でぼーっと立ったまま首を傾げてしまう。
「あれぇ、でも…今日の相手は越後さんではなかったような気がします。変ですね~?」
「あのー、そのことなんですけど…」
 どこで口を挟もうかと思いつつ見ていた美月が、ここでようやくみぎりを見上げて声をかける。
「みぎりさんの試合は次です。
 私達、勝手にリングを使ってたようなものですから、みぎりさんとは何も関係ありません」
「え~!じゃあ…どうしましょう?」
 別にどうする必要も無いのだが、みぎりは一人でオロオロと慌てている。
(この人がチャンピオンだったら何かと苦労しそうだし、ここは越後さんを連れてさっさと帰るが得策…)
「あっ、わかりました!ちょっと待っててください」
 美月の考えを見透かしたようなタイミングで何かを閃いたみぎりは、一旦リングを下り、
 しばらくして、いつも入場の際に連れているクマのぬいぐるみを持って上がってきた。
「それ、まさか…」
「今の試合はこのコが戦いました~、っていうのは、ダメですかぁ?」
 大の字の越後の上にぬいぐるみを乗せ、みぎりは屈託無く笑う。
(時々わからない人だとは思ってたけど…)
「ダメじゃ、無いです…」
 頭を抱えつつ、美月はカウントの姿勢に入らざるを得ない。
 三つ入り、ここに新王者が誕生した。

クマのぬいぐるみ○ (体固め) ×越後しのぶ
※みぎりのチョークスラムから。 ぬいぐるみが第10代王者に。

「え、ベルトまで頂けるんですかぁ?ありがとうございます~」
「どういうことかは後で説明しますから」
 とりあえず保護者の方にベルトを渡し、美月は越後を連れてリングを下りる。
(また面倒くさいことになりそうな予感が…)
 節目にあたる王者の今後をあれこれと想像し、美月は一人溜息を吐いた。

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by right-o | 2009-03-05 23:06 | 書き物
「まだまだ手ぬるいな」
「はあ……そう言われても」
 タイトル管理と言う名の専任レフェリー役を富沢に任せ、しばし温泉旅行を満喫して来た美月は、
 帰るなり社長から呼び出しを受けていた。
 てっきり自分の留守中に金井達が神楽からベルトを奪った手段について何か言われると思っていたところ、
 逆に社長は金井達を褒め、美月に対して注文をつけ始めたのだった。
「この手のベルトには最初からマトモな試合なんて望んでいないんだから、
 もっとこう、カオスな展開をだな…」
 聞いている美月の方は、あからさまに「そんなこと言われても」という表情で眉を寄せている。
 大体、割と保守的なプロレス観を持つ美月には、「その手のベルト」が一体どういうものを指すのかがよくわからない。
 ふてくされ気味の美月が、
「じゃあ、具体的な手本を見せてください」
 とでも口を挟もうとしたところで、社長室のドアがコンコンとノックされた。
「失礼しますっ!金井と富沢と永原、見ませんでしたか!?」
 竹刀片手に顔を覗かせたのは越後しのぶ。
 どうやら、三人組を捜索中のようである。
「いや、見てないが…。杉浦は?」
「あ」
 そういえば、今は選手達が合同で練習しているはずの時間である。
 美月は、ここに来る直前に見掛けた金井達の様子を思い出し、即座に事情を理解した。


「………」
 選手寮一階、共用スペース。
 畳敷きの和室に、ギリッ、という越後の歯軋りの音が響いている。
(先輩方、自業自得ですからね。私は悪くありませんよ…)
 ここまで越後を案内して来た美月は、越後の横に立ちながらそんなことを考えていた。
 とっくに練習開始の時間を過ぎた今、美月の目の前で、
 金井、富沢、永原の三人は暖かな炬燵の中にもぐって、それぞれに安らかな寝息を立てているのでる。
 どう考えても、今から越後の雷が落ちるに決まっている。
 が、意外なことに、越後は一旦気持ちを落ち着けて美月に声をかけた。
「…そういえば、そこのベルト、お前が管理してるんだって?」
「え?ああ、ハイ」
 越後が竹刀で指した先、金井の頭の側にあのベルトが落ちている。
「今チャンピオンがフォールされてるぞ。見逃してもいいのか?」
「…は?誰から?」
「コタツ。よく知らんが、そういうベルトは無茶が利くんだろ。
 練習サボって寝てる奴よりはコタツの方がマシだ。コタツを王者にしてやれ」
「は、はあ…」
 美月は躊躇したが、ついさっき社長から言われた言葉を思い出して決断した。
(そんなにカオスな展開が見たいなら、見せてやりましょう…)
 たまたま仰向けになって寝ていた金井の側で、美月は素早く三つを叩いた。

炬燵○ (体固め) ×キューティー金井
※第7代王者が初防衛に失敗、炬燵が第8代王者に。

「…新チャンピオンの誕生です」
 そう宣言する美月に、越後は受け取ったカメラを向けている。
 が、落ちているベルトを掲げた美月が、それを新しい王者の上に置こうとしたところで、
「ちょっとどいてろ」
 そう言って越後が遮り、カメラを全体が映る位置に設置して炬燵の側に立った。
 寝ている三人はベルトが奪われたことに気がつくどころか、全く起きる気配が無い。
 しばらく飛距離と力加減を測っていた越後は、おもむろに炬燵布団の中に諸手を突っ込んだ。
「そぉい!!」
 気合一閃、宙を舞った炬燵は金井の頭をかすめ、
 最終的には何も無い畳の上へ、足を天井に向けて引っくり返されて着地。
 すかさず押さえ込みに行った越後が、足の内の一本へ腕を回してがっちりと固める。
 
越後しのぶ○ (ちゃぶ台返し→片エビ固め) ×炬燵
※第8代王者が初防衛に失敗、越後が第9代王者に。

「寒ッ!?」
「ふぇ…?」
「んー…もう投げられないよ…」
 炬燵を剥ぎ取られ、ようやく三人が目を覚ました。
「あっ!わたしのベルト!?返してくださいよぉ~!!」
「っていうか寒いんだから炬燵戻しましょ。あー、あとリモコンは…」
「うんうん。体が冷えると良いブリッジができないよね」
 自分の用を済ませた美月は、カメラを回収してそそくさと出て行く。
「お・ま・え・ら……ッ!今何時だと思ってんだぁッ!!!」
 怒号を背後に聞きながら、美月はそっと後ろ手で戸を閉めた。

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by right-o | 2009-03-01 23:35 | 書き物