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『こんばんは!いまだエンジェルカップの熱気冷めやらぬ今日この頃ですが、
 今夜のTNAは重大発表が目白押し!!それらを紹介していくためにも、まずはこの人の登場です!!』
 いつも以上の超満員となった会場に霧子の声が響き、続いてパンク調の曲がかかると、
 観客の中でエンジェルカップを見た者は一様に首を傾げる。
 どこかで聞いたが、誰の入場曲だったか……と思い出そうとしている内に本人が現れた。
 着ているものこそ黒いスーツだが、金髪のツインテールを纏める大きな赤リボン、
 小さな体に似合わぬ高飛車な表情と態度は、まさしくソフィア・リチャーズその人である。
 花火に驚かされることもなくリングに立ったソフィアは、マイクを要求した。
「簡潔に自己紹介するわ。
 あたしが、今日からこの団体のジェネラルマネージャーになったソフィア・リチャーズよ!」
 言い切った瞬間、客席全体が「「えぇ~!?」」という声で満たされた。
 ソフィアはエンジェルカップ後のセレモニーでTNAオファー賞を受けていたが、
 それはレスラーとしてのオファーではなかったのである。
「うるさいうるさいうるさい!!あたしがGMなのよ!誰にも文句は言わせないんだからね!!」
 最後に「ふんっ」と鼻をならして一方的に宣言すると、
 ソフィアは再度リング下に向かって何かを要求した。
「今夜わざわざあんた達の前に出てきてやったのは他でもないわ。コレをお披露目するのよ!」
 そう言ってソフィアが取り出したのは、黄金地に赤でTNAの文字が入った大きなベルト。
 この団体が初めて設立したシングル王座のベルトであった。
「誰がこのベルトを持つにふさわしいか決めてもらうわ。まず手始めに全員で……」
 言い切らない内に鏡のテーマがかかり、次いで本人が姿を現した。
 いつもと変わらぬ優雅な歩みでリングへ上がり、見る見る不機嫌になっていくGMと相対する。
「GMの話を遮るなんて、どういう……」
「誰がそのベルトにふさわしいか、今更決める必要があると?」
 最初から、話を聞くつもりなどあるはずもない鏡は、ただ右手をソフィアに向かって差し出した。
「私以外に、それを巻く資格などあるはずが……」
 と、今度は鏡の言葉が遮られ、意外にも中森の曲がかかる。
 どよめきの中でマイクを持って現れた中森は、歩を進めながら喋り始めた。
「シングルの準決勝でコロッと負けて、この団体の恥を晒した人間にベルトを巻く資格があると?」
「……決勝トーナメントにすら出られなかった人に言われる筋合いはありませんわ」
 完全に自分のことを棚に上げて噛みついた中森に対し、言われて明らかに不機嫌になった鏡が返す。
「確かに、私は決勝トーナメントに出られなかった。お前の汚い反則のせいでな。
 あれさえ無ければ、今頃お前の足首をへし折って、私が決勝を戦っていたはずだ」
「はっ、バカな……!」
 鏡でなくても呆れるほどの暴論なのだが、中森が言うと何となく本当のような気がしてくる。
 恥ずかしげも無くこんなことを言ってのける中森には、明らかに心境の変化があった。
「だったら、今ここで試してあげましょうか……!?」
 そして中森はついに、鏡からこの一言を引き出した。
 これを言わせるためだけの挑発であった。
「ああ、望むとこ……」
「「ちょっと待ったぁ!!」」
 しかし、ここで更に割り込みが入る。
 曲すらかからないまま、客席を割って現れたのはジョーカーと真帆。
 百鬼夜行から勧誘を受けた二人は、既に形からヒールに入っているのか、
 黒と白で揃えた新コスチュームに変わっている。
「エンジェルカップでの活躍を言うなら、ベストパフォーマーたるこの私にも、
 ベルトを巻く資格はあるんじゃないのか?」
「ベルトはかなりウマいって聞いたぞ!!」
 そして、鏡と中森が何か言おうとする前に、
「「ちょおおおおおっと待ったぁ!!!」」
 更に出てきたのは藤原&みずきのヒロインコンビ。
「悪が蔓延る様子を黙って見ているわけにはいきません!!」
「エンジェルカップに出ていないからといって、ベルトを争えないのは不公平です!!」
 この後、栗浜からエミリー・ネルソン、果てはどさくさに紛れて星野ちよるまで手を挙げ、
 リング上はかなり混沌としてきた。
「うるさいうるさいうるさいうるさいうるさいうるさい!!!!!
 黙ってGMであるこのあたしの言うことをゲフッ」
 ついにキレたソフィアがわめき始めたところで、痺れを切らした真帆が鏡へスピアー。
 これが見事にかわされてソフィアを直撃。
 以後ついに口撃では収まらなくなり、リング上の全員を巻き込んだ大乱闘へと発展していった。


「あーあ……かわいそうに」
 乱闘を繰り広げるレスラーたちの足元、お腹を押さえて悶絶しているソフィアをモニター越しに見ながら、
 小川は自室のリクライニングチェアに背中を預けた。
 その指には、ジュニアトーナメント王者の証である指輪が光っている。
「まさかこのタイミングでベルトとは思わなかったけど……まあ、あまりがっつくのも柄じゃないわ。
 折角のお休み、満喫させてもらいましょ」
 机の上に積まれた参考書の山を見ながら、小川は一人で呟いた。
「とりあえず……そうね、危険物取扱あたりから手をつけましょうか。まだ日もあるし……」
 それぞれが大小の変化を迎えた中、TNA組唯一の優勝者は、
 一人プロレスを離れて趣味に没頭していく。
 こうしてエンジェルカップという祭りは終わり、また新しい祭りへの準備が始まった。

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by right-o | 2010-09-15 08:21 | 書き物
 ジョーカーたちが優勢だった時間より、最終的には内田たちが優勢な時間の方が上回る。
 というのは、
「うりゃッ!!」
 と、内田の徹底した足攻めの間隙を突き、真帆がカウンターのパワースラムを決めても、
 コーナーで待っているはずのジョーカーはエプロンに横たわったままなのだ。
「くぅぅぅ……!」
 歯噛みしながら、真帆はコーナーから入って来た上戸に引き摺られてリング中央に戻される。
 そこをすかさず捕まえ、内田は右足へのアキレス腱固め。
 そのままアキレス腱固めをかけ返す、などという器用なことができるはずもなく、
 真帆はロープへ手を伸ばしたり、空いている左足で蹴ったりしていたが、
 そんな暴れ方を巧みに利用し、内田は技をかけたまま回転し、真帆をうつ伏せに。
 すかさずアンクルホールドに移行し、足首への攻めを継続した。
「うっぐ……!」
 まだ耐える真帆は、マットを引っ掻いて必死で這い進もうとする。
 が、極めきれないと見た内田は、改めてリング中央へ引き戻し、
 うつ伏せの真帆の背中をステップオーバー。
 真帆の右足を左足の膝裏に畳んで引っ掛け、後は逆エビと同じ要領で反り上げる、
 必殺のテキサスクローバーホールド。
 完全に腰を落とし、脱出不能な形で極めて見せる。
「よしっ!」
 青コーナーにいて勝利を確信した上戸が、
 念押しに相手パートナーを分断しようと赤コーナーに目をやる。
 すると、横になっていたはずのジョーカーの姿がそこに無い。
(どこ行った……!?)
 探し回るまでもなく、ジョーカーは場外からリングの上に這い出て来た。
 そこはちょうど、テキサスクローバーを極めている内田の正面。
「そろそろ仕事に戻らなくちゃなッ!」
 腰を落としている内田の膝を踏み台にしてのシャイニングウィザード。
「このッ!」
 すぐにコーナーから飛び出した上戸がジョーカーの背後を取り、
 有無を言わさず引っこ抜く投げっ放しジャーマン。
「外野は黙ってやがれ!」
「オマエも黙ってろッ!」
 上戸の立ち上がり際、真帆が今夜二度目のスピアーを発射。
「あなたの相手は私でしょ!」
 かろうじて気合で立ち上がった内田が、真帆の振り返りざまにフライングニールキック。
 決めると同時に内田も倒れ込み、リング上は四者がダウン。
 仰向けになった四人の胸部が、荒々しい呼吸に合わせて激しく上下している。
 天井を見上げて満場の声援を聞きながら、ジョーカーと内田はあるアナウンスを聞き取った。
「ちっ」
 一度コーナーに転がり込み、ジョーカーは真帆を呼び寄せて交代。
「決めるぞッ!」
 内田の首を捕まえて引き起こし、ブレーンバスターで持ち上げると見せて見栄を切ると、
 すぐさま首固めに丸め込んだ。
 しかし内田はこれを横に転がって逆にジョーカーの肩をつける。
 ごろごろと数度転がりながら同じ攻防を続けて離れると、
 埒が明かないと殴りかかったジョーカーの右腕をかわし、背中合わせの状態から逆さ押さえ込み。
「うお!?」
 ジョーカーはギリギリのところで自分から後ろに回転して肩を上げ、
 土下座の体制にある内田の胴を掴みつつ両腕を足で押さえて自分の方に転がし、
 ローリングクラッチホールドの形。
「うっ!?」
 内田も背後に転がって両肩を上げると同時に、
 ジョーカーの両足を掬いつつ前転して両足を開脚ブリッジし、ジャックナイフ式エビ固め。
「くぅぅぅっ……!」
 上にある内田の胴体に両手を回しつつ、ジョーカーは二人分の体重を支えるブリッジで脱出。
 ぐるりと体を回転させると、向かい合った内田の腹部に膝を入れて屈ませ、電光石火のラ・マヒストラル。
 ここでついにゴングが鳴り、長かった試合にようやく終止符が打たれた。


  フォクシー真帆              マッキー上戸
 △ジョーカーレディ (30分時間切れ)  ラッキー内田△

「ふー……お腹空いたぞ……」
「もうダメ。立てん……」
 ラ・マヒストラルを返された瞬間に試合が終わり、ジョーカーはそのままマットに倒れ込んだ。
 同時に真帆もエネルギー切れ。
 二人は横になったまま、肩で息をしながらも立っている内田と上戸に目をやった。
「これからどうなるか知らんけど、まあ頑張って」
「お、お先に、だぞ……」
 ぼうっとしているしかない二人へ揃って親指を上げて見せ、転がりながらリングを下りた。

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by right-o | 2010-09-06 01:09 | 書き物
「上戸、任せたわ!」
「おう、任されたぜっ!」
 待望のタッチを受けて飛び出した上戸は、
 朦朧としながら赤コーナーに向かって這い進むジョーカーの首根っこを掴んで強制起立。
 ダブルアームスープレックスで軽々と投げ切り、フォール……には行かず、
「お返しだぜ!」
 控えていた真帆をラリアットで叩き落とした。
「何するんだっ!?」
 怒ってリングに入ろうとする真帆を、レフェリーが必死にロープ際で食い止める。
 先ほどまでとは完全に逆の状況が現出したところで、ダメージをおして内田が入って来た。
「いいのかよ?」
「ええ、お返しの時間だわ!」
 上戸がジョーカーの両足を掴んで振り回し、徐々に速度を上げて行くのを、
 内田はニュートラルコーナーで観察。
 最高速に達したのを見計らい、側頭部へのドロップキックをやり返した。
 更に二人掛かりで引き起こし、ダブルのブレーンバスター。
 真帆に見せつけるように高々と持ち上げ、勢いよくマットへ叩きつけた。
「お前ら、卑怯だぞっ!」
 自分たちのことを棚に上げて抗議する真帆を完全に無視し、
「おいおい、もう決めちまうか?」
「そうね、大した相手じゃないわ!」
 上戸と内田はさっさと仕上げにかかる。
 ぬいぐるみか何かのようにジョーカーをあっさりと持ち上げ、パワーボムの体勢。
 そこで向かい合った内田が力一杯垂直に飛び上がり、ジョーカーの両肩に手をかけつつ開脚して尻餅をつく。
 リングを揺らしたダブルのパワーボムに、観客席から大きなどよめきが沸き起こった。
 そして、完全にKOされたジョーカーを上戸が思い切り押さえ込む。
 もはやジョーカーはピクリとも動かなかったが、内田の妨害をくぐり抜けた真帆のカットがどうにか間に合った。
「起きろぉッ!!」
 真帆は上戸を突き飛ばしてジョーカーに馬乗りになり、その頬に向かって力一杯の張り手。
「ぶふぅっ」
 手形がはっきり残るほどの一撃は、トドメになったかと思われた。
「お前は黙って見てろ!」
 上戸が真帆を引き離して場外に落とし、今度こそ内田が釘付けにする。
「観念しなっ!」
 再度、上戸がジョーカーを持ち上げてパワーボムの体勢。
 こうなっては、フォールが取れるまでエンドレスで叩きつけられることになる。
 しかし真帆の一発が気つけになり、ギリギリのところでジョーカーが目を覚ました。
「うおおおっ!」
 最初のパワーボムを投げっ放しのフランケンで切り返して見せ、赤コーナーへ飛びつく。
「悪い、しばらく任せる……ッ!」
「やってやるぞ!」
 すかさず内田を振り払った真帆が駆けつけ、タッチ成立。
 茶色の長髪を靡かせてロープを飛び越えると、真帆は一直線に上戸へ突進。
 上戸はこれを肩口で受け止め、ロープを指さした。
 その通りロープに走ってタックルを仕掛けてきた真帆を、やはり仁王立ちで受け止める。
「お前、もう一回行け!」
「次はそっちが行け!」
 二人それぞれがロープを指さした末、結局互いにロープへ飛ぶ。
 リング中央で激突した二人は少しよろけたが、それを隠すようにすぐ歩み寄り、額をつけて睨み合う。
 そしてどちらからともなくヘッドバット合戦が始まり、それに段々とナックルパートが混じり、
 終いにはほとんどショートレンジラリアットのようなハンマーブローで殴り合っても、互いに譲らない。
「ふぅ、ふぅ……」
「はぁ……くっ……」
 相打ちから同時に手が止まり、腕をだらりと下げて見合う。
((負けるかっ!))
 真帆が更に振り回した右腕をかいくぐり、上戸は真帆を両肩の上に担ぎ上げた。
 が、背骨が軋みを上げる前に真帆は上戸の背中を滑り降り、振り向いた上戸の首に両手をかける。
「ぐ、おお……」
「ふんぬッ!!」
 歯を食いしばり、真帆は首を掴んで上戸を投げ切った。
 しかし、ロープに飛んで追撃をかけようとしたした真帆へ、上戸はカウンターのニーリフト。
 体をくの字に曲げて悶絶した真帆は置いて、ここで上戸は内田へタッチ。
 まずは膝立ちの真帆の足へ鋭いローキックを放ち、真帆がこれに耐えて強引に立ち上がった瞬間、
 下段を意識させて無防備になった顎へ的確に決まるローリングソバット。
「うわっ!?」
 内田が出てきたことで、試合の流れがぐっと引き締まった。

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by right-o | 2010-09-06 00:55 | 書き物
「余計なことを考えてるんじゃないですか?」
 珍しく、試合前の控室で寝ずにいるジョーカーに、自分の試合を終えて帰ってきた小川が話しかけた。
「ん?」
「勝つことだけを考えろ、と初日に言われた気がするんですけど」
「……状況が違う」
 ジョーカーは座って爪を噛みながら、含みのある微笑を浮かべる小川に返す。
「勝ったところでこちらに優勝の目は無い。相手の足を引っ張るだけだ。
 そしてどっかの誰かがコロッと負けたもんだから、これがウチとしては最後の試合。
 ……どうしたもんかねえ」
「なぁんだ。要するに、好き勝手できるってことじゃないですか」
「……ああ?」
 爪を噛んでいた口が止まった。
「ふん、そうか。勝っても仕方が無いってことは、勝つ必要も無いってことか」
 首を振って立ち上がったジョーカーに合わせ、こちらはいつも通り丸くなっていた真帆も跳ね起きる。
「お前、たまにはイイことを言うな」
「勝者の余裕、ですね」
 したり顔で言い切った小川の頬を、ジョーカーと真帆は左右から抓り上げた。


 八千人超の観客の中でも、二人はあくまでふてぶてしい表情を通した。
 時折真帆やジョーカーを呼ぶ声がするのは、あのいつもの会場から応援に来てくれたファンか、
 それともこの大会が始まってから増えたファンだろうか。
(どちらにしても、期待には応えるさ!)
 もはや優勝は無いとわかった自分達を応援してくれるファンへの決意を新たに、
 ジョーカーと真帆は二人揃ってトップロープを飛び越えた。

 先に入場しているラッキー内田とマッキー上戸のタッグには、まだ優勝の可能性がある。
 というか、勝てば永原&越後と同点で並ぶ。
 ちなみにジョーカー組が勝っても同点だが、直接対決で負けている分で優勝は無い。
 内田&上戸は永原組に引き分けているため完全に横並びということになるのだが、
 その場合どういう扱いになるのかはわからない。
 さて、そんな内田と上戸にも、大舞台で緊張しているような様子は伺えない。
 青コーナーを挟んで静かに佇む内田と、遠目にも熱を発散している上戸。
 対照的な二人が、不思議なことに立っているだけで呼吸が合っているように見えた。
(ふん)
 楽な相手でないことはわかっていたが、そうでなくては張り合いもない。
 ジョーカーも真帆も、自然唇の端から犬歯をのぞかせていた。
 好き勝手に暴れてやる。
 言葉にするまでも無く意思は通じたが、それだけでは通じきらない部分を、
 ジョーカーは小さく目くばせすることで補った。

 越後・永原戦に引き続き、再度ゴング前の奇襲。
 先発を譲った内田がコーナーに控えるため背中を見せた瞬間を狙う。
「てめ……うおっ!?」
 一直線に内田の背中へ殴りかかろうとするジョーカーに上戸の視線が逸れたところへ、
 不意を突く形で真帆が刺さった。
 スピアーで倒した上戸をリング下へ転がし、真帆とジョーカーは内田を捕獲。
 両側からトーキックを打ち込んでロープへ飛ばすと、
 跳ね返ってきた内田の左右の足をそれぞれで抱えて持ち上げ、背後に倒れる。
「つっ……!」
 無理矢理に急上昇急降下させられた内田は、体の前面からマットに叩きつけられた。
「「いくぞッ!!」」
 二人同時にヘッドスプリングで立ち上がると、内田の左右に分かれてロープへ走り、
 起き上がろうとして浮いた内田の頭を挟み込むように、滑り込んでの低空ドロップキック。
「空を飛ばせてやるぞっ!」
 ふらつく内田を強引に引き起こし、真帆は一息で右肩へ仰向けに担ぎ上げた。
「ちょ……っ!?」
 場外で立ち直った上戸に向かい、真帆はリング内から内田を投がい。
 ジョーカーが「国境越え」と名付けた、投げっ放しのフォクシードライバーである。
 そして上戸が見事に相方を受け止めた時、ジョーカーと真帆は反対側のロープに背中を預けていた。
 二人同時にロープの間をすり抜け、真帆は一直線に上戸へ、ジョーカーは背中を丸めて内田へぶち当たった。
 トペ・スイシーダとトペ・コンヒーロの編隊飛行。
「大したことないぞ!」
「お前らに優勝はさせられないな!!」
 好き勝手を言いつつ、二人は上戸を引き摺ってリングへ戻す。
 まずは完全に先手を奪った。
 ここで一旦真帆が下がり、ジョーカーは上戸をニュートラルコーナーに座り込ませ、その顔面を靴で擦る。
「ほら、どうしたッ!?」
 足で上戸の顔を何度も擦り上げてから、反対側のロープ、つまり青コーナーへ飛ぶ。
 コーナーに戻って来た内田を肘で場外に押し戻しつつ反動を受け、助走をつけての顔面ウォッシュ。
 と同時に赤コーナーからエプロンを走り込んだ真帆が、
 ロープの外から両足を差し込んでドロップキックを合わせた。
「何しやがんだてめぇ!!」
 ここで上戸は真帆の方に突っ掛かって行く。
 不意打ちのスピアーから溜まっていたものがあったのだろうか。
 てっきり自分の方にくるものと思っていたジョーカーは拍子抜けしたが、
 そういうことなら、と、背中を見せた上戸を放ってコーナーに戻り、真帆にタッチ。
 が、相手のコーナーからも声がかかった。
「上戸、交代を!」
 パートナーの気性とダメージを考慮した内田が手を伸ばし、上戸はそれに従った。
 かなり気が強いと思われた上戸が大人しく引いたのは意外である。
 ここまでに上戸と内田が築いた信頼の現れか。
(しかし、それじゃあ面白く無いな!)
 真っ直ぐ向かって行った内田は、同じく飛び出した真帆が振り回した右手を屈んですり抜ける。
 そのままロープの反動を受けようとした時、その背中をジョーカーが蹴った。
「ぐっ」
 またも不意を突かれた内田へ、真帆が意外にもカニ挟みという小技。
 同時にジョーカーはトップロープを飛び越えて走りだし
 抗議の声を上げる上戸をよそに反対側のロープへ。
 そしてうつ伏せに倒された内田の顎を前から両手で掬うように掴むと、
 マットを蹴って前方に回転し、内田を跨ぐように両足を開いて着地。
 足を極めないまま鎌固めを仕掛けた形になり、内田の顔を前向きに固定。
 そこをジョーカーと同じ軌道でロープへ走った真帆が、無防備な顔面へ両足を叩きつける。
 するとすぐにジョーカーは腕を解いて立ち上がり、代わりに真帆が内田に跨った。
 キャメルクラッチで内田の頭を持ち上げ、今度はジョーカーが顔面ドロップキック。
「いい加減にしろ!!」
「ほらアイツ入ってこようとしてるぞ。止めろ止めろ」
 堪りかねた上戸がリングインしようとしたが、これを巧みにレフェリーを使って阻止させる間、
 更にジョーカーたちは二人掛かりでの攻撃を続ける。
「回せ!」
 真帆が内田の両足を持ってジャイアントスイングを仕掛け、
 回っている内田の側頭部へドロップキック。
 ここでようやくジョーカーが下がったが、真帆は内田を赤コーナーの前にボディスラムで叩きつけ、タッチ。
「よっ」
 ロープを飛び越しつつ内田を背中で潰して着地したジョーカーは、内田の髪を持って強引に引き起こした。
 なすがままの内田の体には、全く力が入っていない。
(なんだ、本当にこれで終わりか?)
 疑問に思いつつも、ふらふらの内田をリング中央に置いて張り手を一発食らわし、
 ジャンピングネックブリーカーか人工衛星ヘッドシザースを狙ってロープへ。
 跳ね返って内田へ襲い掛かろうと距離を詰めた瞬間から、
 ジョーカーはスローモーションを見ているような感覚にかられた。
 内田は左から右へ腰を切り、両足をマットから放してその場で回転。
 内田の右足が、青い放物線の軌跡をゆっくりと描いていく。
 マズイ、と必死で体を止めようとしても、もう止まらない。
 青い軌跡を引いた踵が、完璧なタイミングでジョーカーの額を打ち抜いた。
「よしっ!!」
 フライングニールキックをカウンターで決めた内田は、
 コーナーから必死で手を伸ばす上戸に向かって這い進む。
「ぐ……っ」
 昏倒したジョーカーは、真帆がエプロンをバンバン叩く音で、
 切れかけていた意識をかろうじて繋ぎ止めた。

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by right-o | 2010-09-06 00:52 | 書き物
 霧子が用意させた専用の控室で、鏡は相変わらず他の試合を見ることなく、
 静かに試合前の調整を進めている。
「あら」
 第一試合の結果を聞いた時には、床に座り込んで柔軟体操をしながら小さく驚きの声を上げた。
「意外?」
「ふふ……」
 床に開いて投げ出した両足の間に上体を沈ませたまま、低く笑う。
「あの子が、唯一の楽しみでしたのに」
 鏡はゆっくりと上体を起こして立ち上がり、左右に分かれた銀の流れを肩の後ろに押しやった。
 その様子に、霧子は壁にもたながら惚れ惚れと見入る。
 細く長い手足に優美な曲線を備えた体のライン、更に銀の長髪が相まって、
 誰がどう見てもプロレスラーとは思えない。
 それでいてここまでの戦績が示すように、十分過ぎる強さを持っている。
 「いかにも」なプロレスラー像を嫌う霧子の、理想そのものであった。
「油断しないで。あのディアナという子も相当に……」
 わざと余計なことを口に出した霧子の横に手をつくと、
 鏡は霧子にしなだれかかるようにして上から顔を覗き込み、囁く。
「相当に?」
「あ、いえ……」
 特殊な嗜好は持っていないが、それでも霧子は自分が赤面していないか心配だった。
 ちょうど目の前にある鏡の白く塗った唇が、それ自体意思を持つように一語ずつ切りだしていく。
「私以外に、優勝者など、いるはずがありませんわ」
 それだけ言うと、鏡は身体を離して控室を出て行った。
「うふ、うふふ、そうよ、そうよね……!」
 期待通りの返答を得た霧子は、改めて鏡の優勝――単に次戦の勝利ではなく優勝を確信した。
 苦戦を強いられたと言えるライラと中森は既に敗退、
 渡辺に勝利した楠木はリーグ戦で苦も無く退けている。
 そして足が癒えたとはいえ、ディアナは万全とは言い難い。
 この中で、鏡が以外の一体誰が優勝できるというのか。
 霧子でなくとも、こう考えるのは無理なことではなかった。


(どうしてあげようかしら)
 そして当たり前のように鏡はディアナを舐めてかかった。
 ようやく治ったらしい左足か、どうにか血の止まった頭部か、
 それとも先ほど散々痛めつけられたと聞いた首か。
 ゴングが鳴っても、依然鏡はディアナの体を品定めするように眺めている。
「ふざけないでくだサいッ!!」
 ディアナは、鏡の態度に反発するように突っ掛けた。
 打ち返す間を与えずにエルボーで押し切り、ロープに飛ばして打点の高いドロップキック。
 倒れなかった鏡の右腕を掻い潜って背後に回り、振り向きざまのローリングソバットで倒して見せる。
 今夜二試合目というのに、ディアナのスタミナは一向に衰えない。
 しかし、身体に刻まれたダメージはそうはいかなかった。
 途中、鏡はこれまでのリーグ戦と同じく、狙いすましたスタンガンで流れを変えにかかる。
 これをディアナは、持ち上げられると同時に自ら飛び上がり、
 首を打ちつけられるはずだったトップロープへ両足で着地。
 この身体能力とバランス感覚は本当に驚異的としか言いようがない。
 だが、そこからバック宙しつつ鏡を飛び越えてリング内に舞い降りたディアナへ、
 会場中がため息を漏らしたその瞬間、鏡がラリアットで首を刈った。
「う゛っ」
 薙ぎ倒したディアナの首を踏みつけ、快心の笑み。
「うふふ、捕まえましわ」
 ここから、鏡の時間が始まった。

 まずは首を抱えて引き起こし、ゆっくりと首をねじ切るようなネックブリーカードロップ。
 すぐにまたボディに膝を入れつつ立ちあがらせてブレーンバスターで持ち上げ、
 ロープに相手の両足を引っ掛けて、落差をつけて放つエグいDDT。
 ディアナは、首を押さえながらもどうにか転がって場外に脱出。
 これを鏡は楽しそうに微笑みながら追いかけ、鉄柵へのスタンガン。
 そして場外を覆っているマットに手をかけ、大きく引き剥がしすと、
 剥き出しの床へジャンピングパイルドライバー。
 これまでのリーグ戦を総括するように、鏡はディアナの首を容赦無く攻めた。
「くぅぅ……!」
 それでも諦めることなく立ち上がるディアナの姿は、観客の人情と鏡の嗜虐心を一層に煽る。
「思ってたより頑張るのね。さあ、次はどうして欲しいのかしら……?」
「は、反則でス。離れなサい……ッ!!」
 上から圧し掛かられ、両手で首を絞められながらもディアナは言い返した。
 この期に及んでも毅然とした光を失わないディアナの瞳は、鏡の想像力をかきたてる。
 こういった相手がついに膝を屈する瞬間こそ、鏡にとっては何物にも代えられない楽しみなのだ。
 しかしここで、レフェリーのカウントも意に介さず締め続ける鏡に業を煮やし
 、ついにレフェリーが割って入った。
「やれやれ……ですわね」
 あくまで職務に忠実なレフェリーに、若干興醒めしたような様子で鏡が離れ、ディアナは身体を起こす。
(ま、マだ動く?ワタシの身体……!!)
 失われきった体力を気力で補い、ディアナは覚悟を決めて両足に力を込めた。
 間に入っているレフェリーと鏡の脇を一気にすり抜け、ニュートラルコーナーへ。
 一足飛びにコーナー上へ飛び上がり、ディアナは宙を舞った。
(低い……?)
 前回は華麗な放物線軌道を取ったディアナのムーンサルトアタックが、
 弧を描くことなく、振り向いた鏡目掛けて一直線に落下してくる。
 結果、鏡とディアナが逆さまになったまま抱き合うような形で重なった。
 そして落下の勢いに任せ、鏡を後ろに倒しつつ反対にディアナが両足をマットにつく。
 得意のツームストーンパイルドライバーの体勢だったが、
 そこから鏡は体格差を活かして体重を後ろに預け、また自分が両足をついた。
 しかし、足を必死にバタつかせたディアナが更にもう一度逆転。
 着地した瞬間、即両膝を折って鏡の長身をマットに突き刺した。
「ぐっ……!」
 受身が用をなさない垂直落下技を受け、一瞬視界が真っ黒になる。
 それでも、鏡は冷静に状況を見た。
 倒れた場所はリングの中央であり、真上を向いた視界にはいずれのコーナーも入っていない。
 落差のある飛び技は無い。
 そう漠然と頭で考えた鏡は、まさかここが試合の境目……というより終点であるとは読めなかった。
 ツームストーンを決めたディアナは、そのまま即座にロープへ跳躍。
 両足でしっかりとトップロープの反動を受けると、そこから振り向きつつ450°前方回転。
 必殺のフェニックススプラッシュを、なんとスワンダイブ式で放って見せた。
 コーナーより不安定な足場からいつも以上の勢いで舞ったディアナは、
 無防備な鏡の胴体へ垂直に交差する形で落下。
「がッ……!?」
 そして確かに、レフェリーはマットを三回叩いた。


 ×フレイア鏡 (8分55秒 スワンダイブ式フェニックススプラッシュ) ディアナ・ライアル○

「馬鹿な!どこを見ているの!?」
「そうよ!今ので三つ入ってるわけないでしょ!?」
 鏡と、エプロンに上がった霧子の猛抗議に対して、レフェリーは頑として突っぱねた。
 大半の観客が彼女らを無視して、勝利したディアナに惜しみない声援と労いの言葉を送る中、
 鏡はレフェリーを殴り倒してリングを下りた。
 確かに鏡は微妙なタイミングで肩を上げて見せたのだが、
 2.999と3の違いを客観的に証明できるはずがない。
「くっ……」
 カウント3を取れば勝ち。
 詰まるところそれだけの単純な事柄がプロレスの本質。
 そんな自分の理念を、霧子は鏡と共に唇を噛み締めながら嫌というほど味わったのだった。

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by right-o | 2010-09-05 23:47 | 書き物
「さて、決勝だが。問題は一つだな」
 最終戦の前日、小川とジョーカーは練習する気配も見せず、
 無駄にケータリングの充実した食堂で話し込んだ。
「ビューティー市ヶ谷。アレをどうするかに尽きます」
「そう。アレさえいなけりゃ何てことはない」
 二人の見解は一致していた。
「最悪、どっかで襲って試合が終わるまで大人しくしててもらうか。
 それぐらいやっても文句は出ないだろ」
「話題にもなりますし、ウチの社長としてはむしろ喜ぶでしょう。でも……」
 小川は、少し間をおいて真顔で言い切った。
「私はクールかつエレガントに勝ちたいです」
「……何か変なものが伝染したな。まあ、何か考えがあるならいいが」
 妙に清々しい顔で立ち上がった小川は、ジョーカーを振り向いて更にこう漏らした。
「最初に戦ったソフィアだって弱いとは思いません。まして私はあの真壁さんに勝ちました」
 あの、という短い言葉には、精一杯の敬意が詰まっているようである。
「これで私が彼女に負けたら……それはウソだと思いませんか?」
 小川らしからぬ真っ直ぐな言葉だが、偽りのない本音だった
「ふん、まだまだ若いな」
「ええ、おばさんより二つも年下ですよ」
 この後、即猛ダッシュで逃げた小川をジョーカーが追いかけ回し、
 二人は約二時間のランニングで最後の練習を終えた。


 そして最終日第三試合目のリング上、先に入場したた小川は、
 相手が入場して来る前にマイクを取った。
「先日、真壁さんは市ヶ谷の方に苦言を呈しました。
 私は、あなたの方に苦言を呈したいと思います。榎本綾さん」
 綾の入場曲が鳴らず、自分の行動が容認されたことを確認して続ける。
「あなたに負けたターニャも、野村さんも、皆一生懸命この大会のために頑張ってきた。
 その気持ちをあなたは打ち砕いたんです。他人の力で!」
 ここであと一人名前をあげるべきだった気がしたが、小川は思い出せなかった。
「あなたが一人前のプロレスラーだというなら、そして人並みの良心があるなら、
 一人でリングに上がりなさい!」
 小川が言い切ると同時に綾の入場曲が鳴り響き、榎本綾――と、
 ビューティ市ヶ谷が長い花道の向こうに姿を現した。
 怒りに燃える市ヶ谷の手には、既にマイクが握られている。
「黙って聞いていれば好き勝手に……」
「やっぱりあなたは一人では何もできないのかしら!?」
 わざと市ヶ谷の言葉に被せるように、小川は声を張り上げた。
「アナタ、この私の話を……!!」
「保護者がいなければ何もできない、見た目通りの小学生なのかしら!?」
 あくまで市ヶ谷を相手にせず、黙って俯いたままの綾を問い詰める。
「……!!」
 ぎりり、と凄い音を立てて歯軋りした市ヶ谷に、会場中が固唾を飲んだ。
 しかし市ヶ谷は意外にも怒りを内に押さえこみ、いつもの超上から目線を取り戻し、こう言い切った。
「ふ、いいでしょう。この試合は黙って見ていることにしますわ。綾、あなたの成長を見せて御覧なさい!」
「うん。綾、……一人でできるもん!」
 これまた意外にも、小さな両目に精一杯の決意を湛えた榎本綾は、
 ついに一人でリングへ向けて歩き出した。


 綾の振り回すエルボーも、ロープに飛んでのヒップアタックも、
 小川はその場で動かずに受けきって見せる。
「もっと強く!もっと早く!そいつを黙らせるんですのよ!!」
 エプロンを叩き回しながら叫ぶ市ヶ谷の声になんとか応えようと、
 綾も出せる限りの力で小川を打つ。
「えいっ!えいっ!えいっ!!」
 そして体ごと飛び掛るようなエルボーで、ついに綾は小川を倒すことに成功した。
「決めなさいっ!!」
 起き上がる小川を待ち構えてロープに走り、今度は低く飛び掛ってのスライディングe。
 が、小川はこれを待っていた。
 起こした上体を再度マットにつけてこれをかわし、即座に両脇をすくっての横十字固め。
 綾がなんとかカウント2で返したことにどよめきが起こる間も与えず、
 即座にマットへ手をつき、低い姿勢のまま回転しての延髄斬り。
 間髪入れずもう一回転して勢いをつけ、蹴りつけた頭を横から両足で挟み込んで月食に固める。
「綾!!!」
 咄嗟に市ヶ谷がリング下からレフェリーの足を引っ張ろうと手を伸ばしたが、
 それよりも早く、綾は上に圧し掛かった小川を自力で跳ね除けて見せた。
「くっ……!」
 返されると思っていなかった小川の立ち上がり際目掛け、全体重をお尻に預けたヒップアタック。
 再度小川を倒した綾は、今度は先ほどとは逆に小川の後ろにあるロープへ。
「……!?」
 綾を見失った小川が無防備に上体を起こしたところへ、綾は後頭部へのスライディングe。
 そして動きを止めた小川へ、さらに正調のスライディングeが完璧にヒット。
「やりましたわ!!!
 市ヶ谷は両手を上げて歓喜したが、これを小川はギリギリで肩を上げた。
 だが、更に小川の立ち上がり際、攻めに気持ちが転換した瞬間を突いたカサドーラ。
「つ……ッ!」
 これまで他人に散々やってきたことを自分にやられた小川は、かなり際どくこれをクリア。
 更に走り込んできた綾に対し、小川はかなり身を屈めて脇をすり抜けつつバックを取ると、
 その軽い身体を高々と持ち上げて叩き落した。
「うぅ……!」
 それでもすぐに立ち上がって見せた綾へ、さらにもう一発バックドロップ。
 しかし、ふらつきながらも綾はまだ、立ってくる。
(やれば十分、できるじゃないの……ッ!)
 必死にエルボーで胸を打ってきた綾に、強烈なヨーロピアンアッパーカットのお返し。
 後ろを向いた綾の背後にがっちりと組み付き、角度をつけたバックドロップを決め、
 そのままブリッジしてフォールを奪った。


 ○小川ひかる (7分09秒 バックドロップホールド) 榎本綾

「ふぅ……」
 優勝した、という実感より、とりあえず目の前にあった試合に勝った、という感じだった。
 つまり、楽勝では無かった。
 綾は自分一人の力で小川を追い詰めたのだ。
(お陰で、あんまりクールには勝てなかったかしら)
 さて、ここは試合前にこき下ろした綾に謝り、健闘を称えておくところか……
 と思った小川がリング外に目をやると、
「あんな捻くれ者相手によく頑張りました!私の見込んだとおりですわ!!」
「うん…うん……」
「あなたが成長するために一肌脱いだこの私の期待に、あなたは見事に応えましたわ!」
 目に涙を一杯溜めた綾を市ヶ谷が慰め、その光景に観客は惜しみない拍手を送っている。
 そんな馬鹿な、と無粋なツッコミを入れる観客など一人もいない。
「はあ……」
 結局、試合に勝っても最後には全部持っていかれるのか、
 と、勝者は一人寂しくリングを下りた。

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by right-o | 2010-09-05 23:25 | 書き物
「わかってるわよね?」
 メインの試合前、鏡以外の全員が揃った控え室にやってきた井上霧子は、
 中森に向かって開口一番にこう言った。
「は?」
 いつも通り完璧に準備運動を終え、まさにこれから試合へ臨もうとしていた中森には、
 霧子の意図するところが掴めない。
「万が一怪我でもされたら大変でしょう?」
 それだけ言って、霧子はさっさと控え室を出て行ってしまった。
「次の試合、中森にわざと負けろということだな」
「そんな!?中森さんだってまだ……」
 頭に「?」が浮かんでいた小川に、ジョーカーが説明する。
「鏡一人が全勝できれば十分。それに最終戦を前にした合同興行のメインで、
 片方がリングに寝転がって、もう片方がそれを踏みつけて開始3秒でフォールなんていう絵、面白いだろう?」
「面白いって……」
「少なくとも、ウチの女社長様はそう考えてるよ」
 ジョーカーは投げ遣り気味に言い切った。
(さて、あとは本人次第だが)
「中森」
 呼びかけに振り向いた表情は、怒りも困惑もしていない。
「まさか従う気じゃないだろう?アイツの足首、へし折ってやれよ」
 ニヤリと笑って親指を下げたジョーカーにも特に反応を示さず、中森は静かに控え室を出て行った。


 体育館フロアの扉をくぐり、セミファイナルの熱を引き継いだ観客の中を進んでリングに上がるまで、
 普段と何も変わることなく淡々として見えた中森の内面は、その実、複雑だった。
(自業自得か)
 ここまで感情を押し隠せるというのは我ながら感心するところだが、
 それが果たして、プロレスラーとして何の役に立つというのだろうか。
 そんな自嘲めいたことを考えている内に、後入場の鏡が出てきた。
 TNA持ち込みの照明に照らされ、リングサイドの熱心なファンが上半身を投地する中、
 優雅な微笑をたたえて歩く鏡の姿は、寡黙な中森とは対照的である。
 片や好き放題に振舞ってこの待遇。
 片や自己主張することなく、言われるままに仕事をこなして、あの仕打。
 なんとも理不尽な気はするが、プロレス業界、特に中森たちの所属団体ではこんなものだ。
 加えて、これまでの中森には特に主張するほどの自己は無かった。
 しかし、今の中森には明確な主張がある。
(コイツは、気に食わない……!)
 たったそれだけのことを主張するために、中森はようやく仕事を捨てた。

 ゴングが鳴ると同時にその場へ静かに横たわった中森を見ても、鏡は眉一つ動かさない。
 事前に霧子から話が通っていたかどうか。
 自分に踏まれるのがさも当然とでも言うように、鏡は中森の上へ右足を置いた。
 その瞬間、足首を取られた鏡が地面に手をつき、反対に中森が鏡の足を持ったまま立ち上がる。
「なっ……!?」
 しかし、中森はすぐに鏡の足を放した。
「こんなことをしなくても、私はお前に勝てる」
「……痛い目をみなくて済むようにと思いましたのに」
 視線を合わせた二人の目に冷たい戦意が宿り、シングルリーグ最後の試合が幕を上げた。

 鏡の拳と中森の肘が交錯して始まった打ち合いは鏡が制し、ロープに押し込んで反対側に飛ばすと、
 いきなりジャンピングニーパッドを中森の額に炸裂させる。
 昏倒した中森の上体を起こし、スリーパーホールドへ。
 序盤の繋ぎ技ではなく、左右に大きく振り回しながら本気で締め落としにかかった。
「ふん、私に勝てると?」
「勝てる……!」
 足を畳んで強引に立ち上がり、締めている鏡の腰に腕を回して持ち上げ、
 背中から落とす高度のあるバックドロップ。
 すぐに引き起こしてボディスラムで叩きつけてから、中森はその場で飛び上がった。
「ッ……!?」
 折った右膝を鏡の額へ投下。
 怒りに任せて起き上がりかけたところを正面からのサッカーボールキックで蹴り倒し、フォールへ。
 カウント2で返されても、更に続けてもう一度フォール。
 地味な動きだが、着実にスタミナを奪うことができる。
「くっ」
 鏡は、この後も終始ペースを握られたまま意外な苦戦を強いられた。
 その原因、一つには技術においても力においても、両者の間に圧倒できるほど差が無いということ。
 そしてもう一つは、中森は徹底して鏡を研究していたということである。

 埒が明かないと見た鏡は、ラフな攻撃で活路を開こうとする。
 顔面に爪を立てての掻きむしりから、正面から喉を掴んで押し倒し、体重をかけて締め上げる。
 だが、明らかな反則攻撃を見たレフェリーが割って入る前に、
 下から抵抗した中森が反転して上になり、同じことをやり返した。
「ぐぅっ……!」
「かはっ……!」
 しかし更にもう一度反転して上になった鏡は、両手を使って全体重をかけて締める。
 ついにレフェリーが止めに入ったが、一旦離れると見せて、
 喉を押さえてロープ伝いに立ち上がろうとする中森へ滑るように近づいた。
 正面から真上に持ち上げ、そのまま体を半回転させつつ背後に倒れ、中森の首をロープへ。
 これまでのリーグ戦でも多用してきたスタンガンから、無防備な中森の背後を取り、両手を封じる。
 そのままぐるりと回転してアンプリティアー――へ移行しようとした時、
 下になった中森が足を畳んで自ら鏡の背中へ潜り込み、そのまま一気に立ち上がった。
「そんな!?」
 自分の背中で逆さまになったまま呆気に取られる鏡を、
 中森は、その場に尻餅をつくことで頭からマットへ突き刺した。
 グリンゴキラーとかバーターブレイカーとか呼ばれる技と同じ落とし方である。
 そして、中森はついに戦いの中で鏡の足首を取った。
「ああっ……!!」
 頭を打って朦朧としていた意識を痛みで一気に覚まされた鏡は、悲鳴を上げてマットを這う。
「諦めろ!」
 中森が夢見た瞬間であった。
 中森が、この技に至る過程で足首を攻めない理由はいくつかある。
 霧子に叩き込まれたものとして、足を攻めることで相手の動きが鈍ったり制限されたりして、
 一見の客には相手の技やキャラクターが十分に伝わらない恐れがあるため。
 そして鏡を引き立たせるため。
 だがしかし、何よりも、中森にはこの技のみで試合を決められる自信があった。
「放……せっ!」
 痛みを我慢し、足首を取られたまま仰向けになりつつ右足を曲げた鏡が、
 空いた左足で中森を蹴って脱出しようとしても、中森は放さない。
 また、マットを掻いて前進した鏡の指がロープに触れたが、すぐにリング中央へ引き戻した。
「あああああああ!!」
 ついに鏡の手が、マットを叩く位置に上がる。
 既に決勝トーナメント行きを決めている以上、ここでの一勝に大した意味は無い。
 タップアウトが妥当な選択と思われたが、
(……有り得ない!)
 鏡の中の何かが、それでも敗北を拒んだ。
 捕まった右足を歯軋りしながら再び曲げて中森を近づけ、左足を中森の左脇に引っ掛けると、
 鏡は中森の両足の間を抜けるように頭を下げて転がる。
 足首を掴んだまま勢いで前に転がされた中森の上に跨り、右手で中森の両足を抱えながら、
 ついで目の前にあったセカンドロープを左手で掴んで体を固定。
 辛くも、反則のフォール勝ちを奪い取った。


 ○フレイア鏡 (11分04秒 丸め込み) 中森あずみ×

「ちっ」
 マットに拳を叩きつけて悔しがる中森を嘲笑う余裕も無く、鏡は足を引き摺ってさっさと引き上げた。
 それでも顔だけはあくまで余裕の表情なのだから、ある意味大したものである。
「惜しいっ!」
「あ、危なかった……」
 ジョーカーと霧子はそれぞれの場所で声を上げたが、どちらも、
(大会の後が面白くなりそうだ)
 と、中森の変わり身を喜ぶ。
 こうして、TNA勢同士の対決は幕を閉じたのだった。

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by right-o | 2010-08-30 23:33 | 書き物
「惜しいな」
「う~ん……そうですね」
 モニター越しにリングを見ているジョーカーと小川は、
 ディアナの足に巻かれたテーピングを見て思わずそう呟いた。
「怪我さえ無ければこのディアナにも期待できたんだが……」
 ライラの狂気も、朝比奈や楠木のパワーも押しのけた鏡に対抗できる存在として、
 ディアナはかなり有力だった。
「しかし、あの足では……」
「ああ、それにあのテーピングはまずい。痛めつけてくれと言ってるようなもんだ」
 他人の試合を見ない鏡はディアナの状態を知らない。
 いずれは分かることとしても、あえて何もつけないことで序盤を凌げる可能性はあった。


「あら」
 そしてリングの上、怪我を負ったディアナに向けられた視線は、
 金井を最初に見た時よりも無遠慮だった。
 テーピングでガチガチに固められた左足を見た鏡は、内心で大きく舌舐めずりする。
 それでもなるべく足から視線を外し、
 素知らぬ顔で正面から両手で組み合う姿勢を見せつつ間合いを詰めると、
 互いの指が触れるか触れないかという瞬間、ディアナの左足目掛けて低いタックル。
「ッ……!?」
「ふふっ」
 ディアナは体を引いてこれを避け、鏡はマットに両手をついて薄く笑う。
 ついに本当に舌を出して唇を舐めた鏡に対し、ディアナの表情は一層厳しくなった。
「見ろ、あの外道の嬉しそうなこと」
 女神の微笑を一皮剥けば、その下に悪魔の笑みを浮かべているのが鏡である。
 コイツが唖然とする表情を見ることは、ついにできないのか。
 最後の砦であるディアナをも突破しようとしている鏡の姿に、ジョーカーは小さく舌打ちした。

 とはいえ、ディアナは怪我を感じさせない動きを見せる。
 ショルダースルーを狙った鏡の背中に自分の背中を合わせて背後に着地し、
 鏡が振り向く間にロープの反動をつけて絡みつき、
 鏡の周囲を高速で二周して投げ捨てるヘッドシザースホイップ。
 串刺し式の技を狙った鏡にコーナーへ振られたところで、
 一足でコーナー上に飛び上がって宙返り、背後から向かって来る鏡に向けてのムーンサルトアタック。
「まだまだこれからでス!」
 非凡な身体能力を披露するディアナは、このまま押し切りそうな勢いを見せる。
 しかし、鏡のラリアットをくぐり抜け、
 両者背中合わせの状態から振り向きながらローリングソバットを放った時、
 蹴った左足がそのまま鏡の腕に捕まった。
「クッ!」
 間髪入れず、ディアナは右足で踏み切っての延髄斬り。
 鏡はディアナの左足を持ったまま頭を下げてこれをかわし、
 左足の膝から下を両足で挟みながら、仰向けになったディアナの上に乗ってSTF。
 ついにディアナが捕まった。
「ぐぅ……!」
 実はさほど足へのダメージの無いSTFだが、鏡は両足でディアナの足首を挟む形で極めつつ、
 顔面へのフェイスロックもがっちりと固定。
「ああああ……!!!」
 それでもディアナは諦めず、鏡を背中に乗せたままで少しずつロープへ這い進んで行く。
 満場のディアナコールに後押しされ、ディアナはどうにかロープへ辿り着いた。
 鏡はレフェリーに止められるまでもなく、自分からSTFを解いてディアナから離れたが、
「あァッ……!!」
 ロープを支えに立ち上がろうとしたディアナの背後から、左の足首目掛けてのローキック。
 足を払われたディアナが再度立とうとしたところへ、さらに走り込んでもう一発。
「うふふふふふ……」
 目を細めて微笑みながら、鏡は倒れたディアナの左足首を踏みつけた。
 今度はレフェリーの制止も聞かず、踏みつけた足へ徐々に力を込めながらディアナの顔をのぞき込む。
「離れなサいッ!」
 嫌な汗をかきながら、ディアナは鏡をキッと睨みつけた。
 それがまた面白くて鏡は余計に力を込めたが、ここでレフェリーが強引に割って入って鏡を遠ざけた。
 その間にディアナはロープにもたれて立ち上がる。
 すかさずレフェリーを突き飛ばした鏡が足を払いに来たところで、
 ディアナは右足一本で飛び上がってこれを避け、ロープを超えてエプロンに着地。
「お返シ!」
 ロープを挟んで正面にいる鏡の髪を掴み、そのまま背後の場外に飛び降りた。
「かはっ」
 鏡は喉をロープで強打。
 普段、散々他人にやっている技を自分が受けることになった。
「いきまスッ!!」
 リング中央まで後退した鏡に向け、ディアナは自分の左足を叩いて気合を入れ、
 エプロンからトップロープに飛び乗った。
 反動をつけて踏み切り、鏡へ跳躍。
 起死回生のウルトラウラカンラナを狙ったが、鏡はこの逆転技を嗅ぎつけ、
 高く跳んだディアナの下をくぐってやり過ごす。
「あッ」
 着地と同時に大きく左に傾いたディアナの背後から両手を捕まえ、
 アンプリティアーで顔面からマットに叩きつけた。

 ○フレイア鏡 (10分22秒 アンプリティアー→体固め) ディアナ・ライアル


「これで、残る相手は一人だが……難しいだろうな」
 ジョーカーはため息をついてモニターを消した。
「あとはこれまで戦った相手の中から、決勝で当たる誰か……」
 鏡以外の決勝進出者については、いまだ不確定な部分が多すぎる。
 このまま独走を許してしまうのか――
 それでは面白くないだろう。
 他人事ながら、ジョーカーはそう思わずにいられなかった。

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by right-o | 2010-08-28 18:09 | 書き物
「しっかし、面倒くさそうだな」
 中森が金井の足首を取った頃、ようやく惰眠から起き上がったジョーカーは、
 両手を上げて大きく伸びをした。
「……ジョーカーさんにとっていつものことでは?」
「いいや、今回は特別面倒くさい。あの二人は特に面倒くさいな。
 というか、多分ここの団体は全体的に面倒くさい気がする」
 首を左右に振ってバキバキいわせながら、ジョーカーは小川の突っ込みに応える。
 ついで起き上がった真帆も、四つん這いから前足を思い切り伸ばして猫のような伸び。
 相変わらずのこの二人を見ていると、小川にはなんとなく「面倒くさい」の意味がわかる気がした。
 多分、「真面目だ」ということなのだろう

「Cut the music!」
 先に入場を終えたジョーカーは、マイクを要求してわざと英語で呟いた。
「……にしても今時有線のマイクか」
 続いて飛び出したあまりに流暢な日本語に、客席は苦笑で沸き立つ。
「まあいい。さて今日でこのエンジェルカップも11日目だ。
 どっかの誰かの言い草じゃないが、既に結果は見えているんじゃないか?」
 リングの上から、やや見下した調子でジョーカーは続ける。
「で、その誰かのことは置いておくとして、さっき勝った中森だって決勝の目はあるし、
 ジュニアは言うまでもなく小川が決勝進出だ。相手は保護者同伴の小学生だろう?
 優勝はもらったようなものじゃないか」
 微妙な反応を示す会場を見渡し、溜めをつくってから本題に入る。
「そして何より、ここまで無敗のタッグチームである我々が、
 タッグリーグ戦を制するのは自明のことだな!
 今日の相手はなんだ?存在が地味なヤツと地味な必殺技を使うヤツだろう!
 今時ジャーマンなんてカビの生えた技も、
 受けの美学なんていうマゾヒズムも流行りはしない!
 プロレスの最先端を行く我々こそ、この大会の勝者にふさわしいのさ!」
 現時点で無敗のチームは3つもある。
 1.5倍増しで言いたいことを言ってやったジョーカーは、
 ブーイングを気持ちよく浴びながら、入場してくる対戦相手を待った。
 越後と永原両方の顔にみるみる戦意が満ちて行く様子を見て、ジョーカーは満足げに笑う。


「……いくぞ?」
「おうっ!」
 真帆の耳を引っ張ってゴソゴソと話をしていたジョーカーは、
 ゴング前の奇襲を敢行した。
 突進した真帆が永原を弾き飛ばして場外へ落とし、
 一方でジョーカーがトーキックを入れて動きを止めた越後を二人掛かりでロープへ振ると、
 跳ね返ってきたところへ同時にマットを踏みきってのドロップキック。
「上げろ!」
 強引に越後を立たせて背中を取った真帆は、ジョーカーの待つ前方に向かって越後を突き飛ばした。
 そこを待ち構えたジョーカーのトラースキックから、真帆が越後の腰に両手を回して一息に放り投げる。
「越後さんっ!!」
 ただ腕力だけに任せて背後に投げられた越後は、
 後ろに回りきらずほぼ逆さまになったまま頭から着地した。
「どうだ、いいジャーマンだろう!?」
 とまあ、永原に向かってこれが言いたかっただけの仕掛けである。
「ど、どこが……ッ!」
 永原が憤る通り、真帆の投げっ放しジャーマンはもう別の何かと言っていいかも知れない。
 投げ上げるために滞空時間が長く、大体は相手が回りきらずに頭から墜落する。
 しかし、越後は平然と立ってきた。
「ふん、雑なだけだな!」
 恐らく落下の直前に体を丸め、垂直に刺さるのを避けたのだろうか。
(……やっぱり面倒くさいか)
 流石の受けを発揮する越後を見て、ジョーカーは当初の予定通りに試合を運ぶことにした。

 その当初の予定とは永原狙い。
 というよりはジャーマン狙いか。
「投げてみろ!」
 永原と相対したジョーカーは自分から背中を向ける。
 もちろん永原は躊躇いなく反り投げたが、
 自分からマットを蹴っていたジョーカーは永原の手をすり抜け、
 くるりと宙返りして背後に着地。
 美月戦と違って痛がる芝居を見せることなく、
 振り向きながら起き上がりかけている永原の顔面へドロップキック。
(これほど分かり易い相手もないな)
 これまでの試合、特に負けた美月近藤戦を見るに、永原の狙いは余りに明白である。
 加えて遊び半分のダメ押しで更にジャーマンを意識させた。
「絶ッッッッッ対、ぶっこ抜いてやる!!」
 かくしていつも以上に頭の中がジャーマン一色となった永原をあざ笑うように、
 ジョーカーは次々に永原の代名詞を切り返していく。
 まずはクラッチされた両手を掴みつつ、浮き上がった両足で永原の胴を挟み、
 そのまま前転して両肩をつけるカサドーラ。
 次にクラッチにきた右腕を捕まえてチキンウイングアームロック。
 さらには小さく飛び上がってクラッチを抜け、
 畳んだ両足を伸ばして永原の顔面を蹴るカンガルーキック。
 と、このように悉く切り返されても永原に諦める気配は無い。
 しかし、どんなに攻め込まれていても相手のジャーマンで逆に流れを変えられるため、
 全般的に試合を支配しているのはジョーカーと真帆。
 そしてまだジャーマンへの切り札を隠しているジョーカーは、
 余裕をもって仕掛けどころを計っていた。

 とはいえ、真帆もジョーカーも越後は何故か苦手だった。
「せぇぇぇいっ!!」
 ダブルニーを仁王立ちで受けきった越後は、
 ダイヤモンドカッターを踏ん張ってジョーカーを前に放り投げると、
 首根っこを掴んで引き起こし、一気にブレーンバスターで持ち上げて垂直に落とした。
 中盤から越後は永原を一旦下げ、自分が長めに出ている。
 越後の受けっぷりはジョーカーと真帆のリズムを狂わせた。
「おぉぉぉぉッ!!」
 ジョーカーの上半身だけを起こし、越後はロープへ走る。
 勢いをつけたまま、倒れ込むようにして肘を突き刺すスライディングE。
「うおっ!?」
 自分から倒れることでいくらかダメージを減じたが、
 それでも心配した真帆が跳び込んでくるほどの一撃が決まった。
 が、越後はフォールへ行かず、永原に託す。
「決めてみせろ!」
「ハイッ!!」
 真帆と越後がもつれ合って場外へ消え、結局勝負はジョーカー対永原。
 ジョーカーの背中を取って引き起こした永原は、やはり迷うことなくジャーマンへ。
 しかし、ジョーカーの胴を捕まえるはずの両腕が空を切った。
「!?」
 今度は自分からマットに座り込むことで腕から抜けたジョーカーは、
 素早く後ろに倒れつつ、両足を上げて永原の両脇に引っ掛けて前に転がし、
 両肩をつけてフォール。
 サムソンクラッチというこの技はカウント2で返されたが、
 互いの立ち上がり際に永原の顎を跳ね上げるトラースキック。
「終わりだ!」
「永原、今だ!」
 と、永原の頭を固定してコーナーを指さしたところで、
 永原の両手がジョーカーの腰に回る。
(読んでたさ!)
 ここでついに、ジョーカーは自信満々でジャーマンへの切り札を繰り出した。
「ふんっ!」
 靴の踵で、思い切り永原の右足を踏みつける。
 お手軽簡単誰にでも出来て効果的なカウンター、でもなかなか思いつかないだろう。
「痛くなぁぁぁぁいッ!!」
 そんなジョーカーの心の中の小さな自慢は、
 何のことはなくぶっこ抜かれてマットに叩きつけられた。


  越後しのぶ               ジョーカーレディ×
 ○永原ちづる (13分44秒 原爆固め) フォクシー真帆

「ぐうぅぅぅぅ……」
「いや、悪かった。悪かったから……」
 明らかに暴れ足りない真帆をなだめながら、
 後頭部を押さえたジョーカーはこそこそと退場して行った。
『やっぱりジャーマン!おはようからお休みまでジャーマン!!』
 訳がわからないけど何だか得意げな永原のマイクが心に痛い。
 この後、さらに小川や鏡からも散々からかわれることになるジョーカーであった。



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by right-o | 2010-08-26 20:55 | 書き物
 どうしたものか、とゴングを待つ中森は考えた。
 今夜リングで相対するのはキューティー金井。
 ここまで朝比奈と渡辺を破って二勝しているものの、
 負けたか分けた試合のことを考えると、強豪とは言い難い。
(要は負けた二人と同じ轍を踏まないことだ)
 追い詰められてからの爆発力には目を見張るものがある。
 しかし極端な話、それにさえ気をつけていればいいはずだ。
 だが中森の頭には、試合前ジョーカーにかけられた言葉が引っ掛かっていた。
「中森よ。相手のホームリングで休憩前の第四試合だ。
 このシチュエーションを汲んでやるのも仕事じゃないか?」
 半分からかわれているのだが、言わんとしていることはわからなくもない。


「えーいっ!!」
 ゴングと同時に金井が先制のドロップキック。
 中森は正面からこれを受け止め、仁王立ちで耐えて見せた。
 これに対して金井は二度、三度と連発するが、それでも中森は倒れない。
「う~……!!」
 金井は狙いを変えてロープへ走り、反動をつけてのショルダータックル。
 これも余裕で受けきった中森は、今度は自分からロープへ走る。
「ま、負けないもんっ!」
 一度マットに身を横たえてやり過ごし、もう一度跳ね返って来た中森に対し、
 金井はカウンターでドロップキックを決めた。
 ふらつきながらもまだ中森は倒れなかったが、
 金井はすかさずジャンピングネックブリーカードロップ。
 ついにダウンを奪った金井に会場がやんやの歓声をを送る中、
「一気に決めちゃうんだから!
 気合をつけた金井は中森を引き起こし、腰を落として高速ブレーンバスター……で投げられた。

 逆水平チョップを打ち返し、アキレス腱固めを極められたままでアキレス腱固めを極め返す。
 ヒップアタックはどうしようもなかったので、悪いとは思いながらミドルキックで撃ち落した。
(こんなものだろうか)
 とりあえず金井の攻撃を受け止めてからやり返すように心掛けてきたが、
 金井が何か成功させる度に客席が沸き、中森が反撃するとそれ以上に大きな落胆の声が上がる。
 なんだかんだで盛り上がっているのは、金井が愛されているからだろう。
(意外に根性はある)
 この大会で成長したのだろうか、金井はやり返されながらもよく食らいついてきた。
 そしてほぼ全ての技を出し尽くした金井が最後に頼るのは、
 彼女に二つの金星をもたらしたノーザンライトスープレックス。
(しかし、これをくらってやることはできないな)
 この技と金井への警戒と敬意から、中森は正面から組みついてきた金井に対し、
 わざと腰を浮かせて待った。
 そして持ち上げられた瞬間、自分からマットを蹴って投げられる。
「えっ?」
 あまりにも軽い手応えに違和感を覚えるのとほぼ同時に、
 金井の足に中森の腕が絡みついた。
 自分から投げられた中森は、仰向けから体を転がして起き上がり、
 金井を前に倒しつつ足首を取ってのアンクルロック。
「一気に……!」
 加減して健闘を演出してやろうかとも思ったが、思いとどまった。
 全力で足首をいびつな方向へ曲げられ、金井はほとんど反射的にタップアウト。
 仕事人は自分なりの流儀で仕事を終えて見せた。


 ○中森あずみ (5分56秒 アンクルロック) キューティー金井×

「え、あっ」
 試合後、自分に向かって深く頭を下げた中森へ慌てて礼を返した金井を残し、
 中森は先にリングを下りた。
(ようやく三勝か)
 残り一つを勝ったところで、果たして決勝に――などと、中森は考えない。
 最後の一戦、今のところ全勝のアレにたった一つ黒星をつけることさえできれば、
 中森にとってリーグ戦も何も関係は無い。
 それこそが中森の願いそのものなのだから。

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by right-o | 2010-08-26 20:39 | 書き物