<   2012年 08月 ( 3 )   > この月の画像一覧

◇◆◇ 3 ◇◆◇


▼日本 埼玉県所沢市 さいたまドーム


VT-XとJWIの運命をかけた、十六夜と市ヶ谷の決着戦の時が訪れた。


■■ JWI認定世界最高王座 王座戦 ■■

〔王者〕
 《ビューティ市ヶ谷》(JWI)

 VS

〔挑戦者〕
 《十六夜 美響》(VT-X)


異例の五本勝負で行なわれるこの一戦。

最初に登場の十六夜は、シンプルなジャージ姿で登場――
と思いきや、入場ゲートに吹き上がったパイロ(火薬仕掛け)に包まれ、姿が消える。

「!!」

場内騒然とする中、青白い煙の奥から姿を現したのは――禍々しいコスチューム姿の、カラミティ・クイーン、十六夜美響。

「今日は――“全力”で、いかせて貰うわ」

妖しく微笑み、単身、リングイン。

そして、王者の入場――

<<オーーーーッホッホッホッホッホッホッ!!!>>

豪快にもほどのある高笑いと共に現れた、ビューティ市ヶ谷。
こちらは、JWIの選手たちを従え、堂々たる女王の行進――という風情。
なにせ地元、歓声は九分九厘、市ヶ谷へのものである。


<一本目>:ジャケットマッチ(胴着着用、打撃禁止。3カウント・ギブアップでの決着)


まずは、お互い胴着姿で闘うジャケットマッチ。
これはなんといっても、柔道出身の市ヶ谷が圧倒的に有利であろうと思われた。
十六夜を幾度となく投げまくり、叩き付けた市ヶ谷であるが、柔道ではないので、それで一本とはならない。
そんな中、

「――――ッ!」

ふと市ヶ谷が“偶然”スリップして体勢を崩した所へ、その隙逃さず十六夜が飛び掛かった。

「うぐ……ッ!?」

予想外に胴着を“使いこなし”た十六夜が寝技で圧倒、一本目を奪取したのである。

 ×市ヶ谷 vs 十六夜○(17分25秒:裸絞め)

「クッ! まぁいいですわ、これくらいはいいハンデですものね!!」
「……台詞が負けフラグみたいになってるわよ」


<二本目>:グローブマッチ(打撃のみ)


雲行きの怪しくなった市ヶ谷、膂力を生かして猛ラッシュを仕掛けるが、ことごとくブロックされ、有効打とならない。

「猪口才な――――」

気迫もあらわにラッシュを仕掛ける市ヶ谷……と、突然、足元がフラついた。
またしても“偶然”にも、シューズの紐が切れてしまったのだ。
それを見逃さず、十六夜がパンチの連打を見舞い、よもやの王手をかけた――

 ×市ヶ谷 vs 十六夜○(7分4秒:TKO)

「そ、そんな……」
「い、市ヶ谷様……っ」

リングサイドに控えるJWI勢は、顔面蒼白で見守るしかない。
それにしても。
一本目のスリップは、汗のせいだと思えば分からぬでもないが、二本目のヒモは……
よもや、これが“災厄”なのであろうか。


<三本目>:スモーマッチ(相撲ルール)


三本目は相撲ルール――もっとも、まわし一丁にはならないが。
水着の上にまわしをつけた状態での相撲マッチ。
さしもの市ヶ谷も顔が引きつって見えるのは、気のせいか。

「フッ……フフフッ。だいぶ、身体も温まって来ましたわ!!」

後がない市ヶ谷、ここはきっちりと投げ飛ばし、辛うじて一本奪取。

 ○市ヶ谷 vs 十六夜×(24秒:下手投げ)


<四本目>:ストリートファイトマッチ(私服による試合、反則裁定なし)


そして四本目、一転して過激きわまる荒々しいスタイルの試合。
凶器使用OKのこの一戦、漆黒の防護服に身を包み、竹刀やイス、脚立まで持ち込んだ十六夜に対し、市ヶ谷は瀟洒なドレス姿で、しかも素手で登場。

「私に、武器など必要ありませんわ――何故ならば、この肉体そのものが武器なのですから!」

とうそぶいたのは良かったが、序盤から竹刀やイスでメッタ打ちにされ、さしもの市ヶ谷もグロッキー状態に追い込まれる。

「ルーチェ!! テーブルをッッ!!」
「~~ッ」

更に十六夜、ルーチェたちに運び込ませた長机をリング内に投げ込み、

「お嬢様、机をどうぞ――」

と冷笑し、市ヶ谷の背中目掛けて打ち下ろす!!

「おぐぅっ!?」
「い、市ヶ谷様ァーーーッ!!」

場内悲鳴に包まれるなか、更に十六夜の猛攻が続くが、

「調子に乗るのは――その程度になさいッ!!」

市ヶ谷気迫で反撃、十六夜をテーブルに据え付けるや、自らは脚立に登り、最上段からのダイブを図った――その時。

「!!」

突如、脚立が――中ほどから、折れた。

「――――ッッ」

市ヶ谷たまらず、体勢を崩して、真っ逆さま。
危険な角度で、脳天からリングに突き刺さる!

「…………」

ドーム内の観客、ショックで声もない。
これが――“災厄”の力なのか?
が、更に衝撃を与えたのは、十六夜の行動である。

「もっと――テーブルをッッ!!」
「あ……あっ!」

ルーチェらに指示し、受け取るや否や、倒れ伏す市ヶ谷の上に、置いた。
それも一つではなく――三つ、四つと。

「…………!!」

ルール上は、反則裁定なし。
だが、これはあまりにも――
市ヶ谷の姿が見えなくなるまでに机が積み重ねられる。
そこへ、更に。

「……せいっ!!」

十六夜、非情のテーブル上ボディプレス!
あまりの凄惨な有り様に、場内声も無し――

「れ……っ」

「麗華様ァァーーーーーッッ!!」

そう叫んだのは、JWI軍の誰かであったか。

「――――ッッ!!!」

テーブルの山にうずくまっていた十六夜美響が、身を起こした。
と、同時に――

<<オーーーーーーーーッホッホッホッホッ!!!!!>>

哄笑と共に、鮮血にまみれたビューティ市ヶ谷が、テーブルを跳ね飛ばしながら、復活!

<<ウォーミングアップは――――終わりですわ!!!!!>>

「…………ッ!!」

茫然と立ち尽くす十六夜ににじり寄るや、首根っこを掴み、そのままコーナーへブン投げる!

「う、ぐ……っ!?」

悶絶する十六夜を引っ張り上げるや、コーナー最上段に抱え上げ――

――スペーストルネードビューティボム!!(錐揉み雪崩式ビューティボム)

市ヶ谷大流血も、執念の反撃でかろうじて勝利を掴んだ――


 ○市ヶ谷 vs 十六夜×(13分33秒:スペーストルネードビューティボム)


「Monster……!!」

思わずそうつぶやいたのは、ルーチェだったか、羊子だったか。


<五本目>:???


ついに2-2の五分のまま、最終決着戦となる五本目に到達した。
大型ビジョンに映し出されたルーレットによって決定された、五本目のルールは――

――シックスメン・タッグマッチ!!

両軍、パートナーを二人選んでの一本勝負。
ここで十六夜が挙げた名は、神塩や伊達らではなく――

「――ルーチェ・リトルバード――」
「……What??」

よもや、ルーキーのルーチェ、そして、

「――オースチン・羊子」
「……はぁぁっ!?」

あろうことか、デビューすらしていない、羊子であった。

「フン……ッ、そちらがその気なら――」

市ヶ谷が指名したのは、これまたルーキーの〈水上 美雨〉と〈紫乃宮 こころ〉。
いわば五分の様相となったわけだが、

「ちょ、ちょっと待って下さいよっ。オレはっ」
「コスチュームは、持ってきているでしょう――?」
「…………っ」


<五本目>:シックスメン・タッグマッチ

 《ビューティ市ヶ谷》(JWI) & 〈水上 美雨〉 & 〈紫乃宮 こころ〉

 VS

 《十六夜 美響》(VT-X) & 〈ルーチェ・リトルバード〉 & 〈オースチン・羊子〉


ダメージの大きい十六夜と市ヶ谷はほぼリングインせず、実質、若手同士のタッグマッチという形の展開。
ルーチェがこころと場外戦を展開しているさなか、羊子にチャンスが訪れる――

「DEEEEYA!!」
「……うっおっ!?」

美雨を高速ブレーンバスターで投げ、鎌固めに移行。

「ぐ、お、おぉぉ……っ!」

そこから更にがぶり状態に戻り、ヒザ蹴りを連発!!
これぞ、デビューを目指し、ルーチェとの特訓で身に着けた必殺技・“ホーンズ・オブ・エイリース”!!
初披露にして、大一番の決着をつけるか――と思われた。

が、突然、衝撃が羊子を襲った。

「う……ぐっ!?」

強烈なダメージに、たまらず技を解く――
見上げた先にいたのはしかし、こころでも、市ヶ谷でもない。

「な…………ッ!?」
「クッククク……ッ、いいザマだなぁっ、ニセ外人野郎ッッ!!!」

哄笑とともに、更にイスを振り下ろしたのは――

「る、ルミ……ッッ!?」

リングに戻ってきたルーチェも、驚愕の色を隠せない。

「な、何……ッ、考えてん……だっっ! Dxxkhead!!」
「考えてるさ、てめーらよりは、なッッ!!!」

――おい、アイツ、例のアレじゃねぇっ?
――そうだ、アイドルから逃げ出した、なんとか留美!!

そのまま、羊子はもとより、ルーチェや美雨など、敵味方かまわずイスで殴打する留美。
混乱の中、颯爽とリングに駆け上がる影ひとつ。

「少し、おイタが過ぎるようね――」
「!!」

留美を一撃し、イスを奪い取ったのは、JWIのナンバー2・《南 利美》であった。

「……イスって言うのは」

そして、そのイスを留美目掛けて振り下ろす。

「こうやって、使うのよ――」

バキィッッ!!

「お……ごぉっ!?」
「な……?!」

南がイスで殴打したのは、留美ではなく――味方のはずの、美雨。
場内騒然とする中、南は市ヶ谷や十六夜もイスで蹴散らし、リング上を占拠。

「いいかげん、貴方の気まぐれに付き合わされるのも、我慢の限界ってことよ――」

市ヶ谷に三行半を叩き付け、JWIのジャージを脱ぎ捨てる南。
その下には着込んでいるのは、

「……【ジャッジメント・セブン】!?」
「そういうこった――――」

これも意気揚々とVT-Xのジャージを脱ぎ捨て、J7シャツを誇示する留美。
新女を中心に猛威を振るう反乱軍と、加担したというのか。

「ふ、ざけ……やがって……ッッ!! U Sxxk Ass!!」

怒り心頭に達した羊子は、留美に飛びかかったが、

「小賢しいんだよッ、雑魚がッッ!!」
「ぐ……あッッ!?」

豪快なチョークスラム一閃、リングに叩き付ける。

「ルミィィィーーーーッ!!」
「ウッグッ!? てめ……ッ!」

ルーチェ、怒りのトラースキックが留美のアゴにヒット――

その後――
雪崩れ込んできたJ7勢がリングを荒らしまわり、JWI・VT-X軍と入り乱れての大乱闘。
試合が無効となったのは、言うまでもない。


 ▲羊子 vs 美雨▲(19分54秒:留美らの乱入によるノーコンテスト)


南らが撤収すると、残された市ヶ谷・十六夜は共闘を宣言、J7打倒を掲げた。
ルーチェや羊子もまた、そんな渦中に巻き込まれていくことになるのであろうか。




▼日本 東京都新宿区 BAR『Dead End』


「――御苦労様。なかなかの暴れっぷりだったじゃないの」
「そりゃアどうも。……」

騒動の後。
J7軍の打ち上げに参加した留美は、南にそう労われた。

「そのデカさを上手く生かせば、好きなように暴れ回れる。期待させて貰おう」

これはJ7のリーダー格・《越後 しのぶ》の言。

「流石、神楽サンの従妹だけあって、度胸はあるなぁ~。ま、こないだの件は、ご愛嬌ってことで」

そう笑い飛ばすのは《成瀬 唯》。
かつては神楽と同じワールド女子に所属していたが、現在はフリーとなり、J7に参加している。
他でもない、留美に連絡を入れてきたのは――彼女であった。

「……ひょっとして」
「ン?」
「いや。……何でもねェ」

まさか、神楽が成瀬に、留美の身柄を託したのでは?
……という疑いが一瞬浮かんだが、すぐに振り払った。
そんなはずはないし、万が一そうだったとしても、知ったことではない。

(これからは――俺の、好きにやらせて貰う)

(そう、好きなように、な……!)



そして、一ヶ月後――


▼日本 東京都新宿区 国立霞ヶ丘陸上競技場


新日本女子プロレスの――いや、日本最大のプロレスの祭典『Athena Exclamation X』が開催された。
国立競技場には10万人近いオーディエンスがつめかけ、史上最大規模のイベントとして盛大に幕を開けたのである。
大会のサブタイトルは“Last Judgment”――――
その名の通り、【ジャッジメント・セブン】が中心となるマッチメークが行なわれ、《ビューティ市ヶ谷》が久々に新女のリングに上がり、《サンダー龍子》が初参戦するなど、色々な意味で話題の多い大会となった。

メインイベントでは、《マイティ祐希子》が負傷のため返上した“ダブル・クラウン”をめぐり、王座決定戦が行われた。
しかし、そのカードは、しばらく前なら予想だに出来ないものである。


<メインイベント NJWP・IWWF認定無差別級タイトルマッチ 時間無制限一本勝負>

 《南 利美》(ジャッジメント・セブン)

 VS

 《武藤 めぐみ》(NJWP-USA)


市ヶ谷を裏切り、【ジャッジメント・セブン】の新たなボスとして君臨する《南 利美》と、アメリカから凱旋した新女の新鋭・《武藤 めぐみ》の対決。
新星武藤の縦横無尽な無重力殺法に大観衆は酔いしれたが、久々の祭典登場となった南も緩急自在の攻めで応じ、次第にペースを掴んでいく。
そして終盤、武藤の秘技・“フロム・レッド・トゥ・ブルー”(青コーナーに配置した敵めがけ、赤コーナー最上段からミサイルキックを放つ超跳躍技)を受け切った南が、新技“ダブルクロス・サザンクロス”(変形リストクラッチ式エクスプロイダー)を繰り出し、決着――

 ○南 vs 武藤×(24分13秒:ダブルクロス・サザンクロス)

『残念だったわね。まだまだ、貴方じゃ勝てないって事よ――』

“ダブル・クラウン”を奪取した南、そしてJ7が、新日本女子の覇権を握ることとなった。
混迷を深める日本の女子プロレス界は、更なる闘いのステージへ突き進む――

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by right-o | 2012-08-19 17:56 | 書き物
レッスルPBeMのリアクション04を掲載させていただきます。
すんません今頃……

※字数制限かかったので共通部分は省略させていただきました。
 STRさんのサイトでご覧ください

▼日本 福岡県福岡県博多区 さざんれあ博多 多目的ホール


VT-X、地元定期興行――
100人ばかりの観客の前で、レスラーたちが試合を行なっている。

「オラァーーッ!!」
「DEEEEYAAA!!」

容貌魁偉な長身レスラーと、小柄なガイジンレスラーが激しくシバき合う。
良く言えばケンカファイト、悪く言えば技術もへったくれもない、大雑把なドツき合いである。
反則パンチや顔面キックもいとわぬ荒々しいファイトは、VT-Xの売りの一つだが、新人同士だけになおさら容赦がない。
もっとも、同じ戦法なら、ガタイの大きい方――この場合は〈火宅 留美〉に分があるのが道理。

「ルーチェ! もっとキック! そう、ロー!! RUMI Can't Wrestling!!」
「ゴチャゴチャうるせえんだよっ、ニセ外人野郎!!」
「Bullshit!! Shut The Fxxk Up!!」
「ッ、何言ってるかわからねーけど、ムカッつく!!」

やたらと留美に絡んで、〈ルーチェ・リトルバード〉を援護しているコイツは、〈オースチン“プリティ・ガール”羊子〉。
いわゆる悪徳マネージャーというやつ。
ケガのためレスラーデビューを諦め、最近はこうしてマネージャー業にいそしんでいる。
留美とは天敵といっていいくらいに、ソリが合わない相手であった。
そんな妨害を受けつつも、最後はランニング・ビックブートでルーチェを沈めてピン。

(……くだらねェ)

勝ち名乗りを受けながらも、気の乗らない留美。
それも道理かも知れない。

(なにが丸坊主だ。……)

突然勃発した、VT-XとJWIの抗争。
といっても、彼女たち下っ端にはあずかり知らぬ話であり、気づけば更に『負けたら丸坊主』などというオプションまでついていると来た。
留美が思うには、この件は要するに

(VT-XがJWIに吸収される、ってアングルだろ)

だとすれば、形はどうあれ、JWIの下につくことになろう。
その方がギャラは良くなるのかも知れないが……
はした金のために、負け犬扱いされるのも業腹だ(しかも、自分が負けたわけでもないのにだ)。
それ自体、気に食わないところへ持ってきて、丸坊主の一件だ。

(とっととオサラバした方が利口だな)

そうも思うが、彼女もそこまで自分を高く買ってはいない。
今の時点では、そう高く買ってくれる団体があるとも思えぬ。
ツテがあるとすれば、

(……アイツ、か)

従姉にあたる《神楽 紫苑》。
【ワールド女子プロレス】のチャンピオンであり、最近はヒール軍団を率いて活躍している。
しかし、頭を下げるのもシャクにさわり、なかなか踏ん切りがつかずにいた。



そんなおり、留美にTV番組から出演オファーが来た。


▼日本 福岡県福岡市博多区 VT‐Xオフィス


「『仮面刑事アンタレス』? 何だソレ」
「私も良く知らないけど、子供向けのヒーロー番組みたいね~~」

《ナナシー神塩》からオファーの件を聞いた時は、正直、気が乗らなかった。

「なんだ、ガキ向けの特撮かよ。そんなしょーもないモン、出たくねーな。エセガイジンの奴に振ったらどうよ」
「あ~、羊子ちゃんには別のオファーが来てるのよね~。動物番組なんだけど」
「はァん……ま、ケモノ臭い番組より、マシか」

ギャラもまぁまぁ悪くはないので、結局受けることにした。


▼日本 東京都調布市 味の元素スタジアム


留美の役柄は、ヒーローに倒される怪人――の人間体。
そんなチョイ役であるからして、ちょっと顔を出してすぐ終わり……
かと思いきや、そうでもなかった。

(……こんなに待たされるのかよ)

出番自体はごく短時間なのだが、それまでの拘束時間が実に長い。

「ほんま、こんなに長いとは思わんかったわぁ」

とボヤいたのは、〈紫熊 理亜〉――
留美と同様、ゲスト出演で呼ばれているプロレスラーで、リングネームは〈Σ(シグマ) リア〉として知られている。
もっとも留美と違い、黙っていれば芸能人としか思われないほどの美貌であり、今回も重要な役柄なのであったが。
留美の従姉・神楽が所属する【ワールド女子プロレス】に所属するだけに、話題はそこそこあった。

「へぇ~、神楽サンの従妹なんや。そう言えば、ちょっと面影ある……ないわ。ごめん、勢いで言うてもた」
「さぞかし、苦労させられてるんだろ?」
「ソッ……ソンナコト……ナイケド……」
「…………」

そういいつつ目をそらしたのは、何ゆえであろうか。

「そういえば、ヴォルさんとこは大変らしいねぇ」
「まぁね……」
「丸坊主か~~。まぁ、ルミさんは似合いそうやし、ええんちゃう?」
「…………」

ええわけがない。




▼日本 福岡県福岡市博多区 VT‐Xオフィス


ともあれ。
『仮面刑事アンタレス』での熱演が評価された――のかどうか、分からないが。
別のオファーが舞い込んできた。

「アンタ、あのガイジン野郎のジャーマネだろ。俺に何の用だ?」
「ジャーマネ……っていうわけじゃないんだけどねぇ」

苦笑するこの男性は、〈オースチン・羊子〉が所属する芸能事務所【Ωプロダクション】のプロデューサーであった。
しかし今回の訪問は、羊子がらみではなく……

「実は、うちの事務所で、プロレスイベントを開催する予定でして――」

それに出演して欲しい、というのだ。

「フ~~ン……そりゃ、カネ次第だけど」
「えぇ、もちろん。これくらいで考えていますが――」
「……!?」

と提示された額は、驚くほど高額なもので、予想よりも0が一つ多かった。

「……詳しく、聞かせて貰いましょうか」

思わず、いつになく丁重な口調になったのも、無理はない。

プロレスイベント【AngeRing!!】――
Ωプロダクションが手がけるプロレス興行……だが、一般的なそれとは大きく異なる。
何しろ、所属アイドルやタレントを中心とした内容で、レスラーはあくまで添え物。
イメージ的には“バトル・ミュージカル”のようなものを考えているらしい。

「要は、リングで歌や芝居をやろうってことですか」
「えぇ、そんな感じですね」

……言わんとすることは分かる。

「それでですね、安宅さんには、こうした役どころでお願いしたいんですが」

と、企画書を渡される。

「なになに……? 〈アークデーモン留美〉? なんすかコレ」
「あぁ、アタケってなんか読み辛いでしょう? その方が分かりやすいかなって」
「…………」

若干イラッと来たが、まぁ、ドラマの役名のようなものだし……と割り切る。
しかし、よくよく読んでみると、流石に看過出来ないレベルの内容も出てきた。

「あのー……この、《帝王エンジェル》ですか。このヒトたちと闘えばいいってことで?」
「えぇ、そうですね」
「それで、最後はこっちが負ける、と」
「はい。もちろん」

プロレスは、いわゆる意味での競技、スポーツではない。
ゆえに、あらかじめ勝敗や試合内容を打ち合わせたうえで行なう――場合もあると聞く。
いかんせんVT-Xの場合、そういったものがあるのかないのか定かでない。
少なくとも留美に対しては、そういう“指導”は一度もないので、好きにやらせて貰っている。
よって、それはそれで問題はなかったが、

「この、『負けたら即レスラー引退、帝王エンジェルに弟子入りしてアイドルを目指す』……って言うのは?」
「あぁ、もちろんストーリー上の話ですよ。本当に引退していただく必要はありません」
「フ~~ン……」

どうやら、チョロい仕事のようだ。
それでこれだけのギャラを取れるなら、やらない手はない。

「分かりました。……やらせて貰います」
「っ、ありがとうございます! いや~、助かりましたよ。いろんなレスラーさんにオファー出したんですけど、断られちゃって」
「へぇ……?」

これだけの金額なら、十分やり手がいそうなものだが。

「いや~、羊子の言う通りでしたよ。貴方なら受けてくれるんじゃないかって」
「……っ、そう、ですか」

どうやら、ヤツからの紹介、のようなものらしい。
そう言われるといささかシャクではあったが……
まぁ、この場合はヤツにも、いささか、爪の垢くらい、これっぽっちくらいは、感謝してやらないでもない、と言っても過言ではない。かも知れない。
もっとも……
この感謝は、まもなく取り下げられることになったのだけれども。




▼日本 東京都渋谷区 Ωプロダクションレッスン会場


「貴方がアークデーモンさん?
 ……なるほど、悪魔っぽいビジュアルをお持ちですわね」

“共演”することになる《帝王エンジェル》との顔合わせ。
リーダー格の《クイーン東豪寺》の第一声がそれであった。

「うんうん、地獄の底から這い上がってきたばっかりって感じ~☆ 超ウケる~~♪」
「……お二人とも、事実を素直に口にするのはやめた方がいいですよ」

《ミストレス朝比奈》をたしなめたのは《エンプレス三条》であるが、あまりたしなめてもいないかも知れない。

「……どーも」

頬を引きつらせた留美であったが、これもギャラのため――とせいぜい愛想笑いを絶やさずにおく。

「最初に言っておきますけれど――」
「え?」
「わたくしたち、プロレスなど、やる気はありませんの」

東豪寺が断言した。

「……っ、そんなこと、言われたって」

仕事は、仕事ではないか。

「わたくしたちはトップアイドルですのよ? それがどうして、あんな野蛮な真似をしなくてはいけませんの? 意味が分かりませんわ」
「…………」

それは本人たちの勝手だが、留美に言われても困るところだ。

「こんな社長の思いつきのようなイベントで、ケガでもしたら馬鹿馬鹿しいですわ。どうせ貴方も、真面目にやる気はないのでしょう?」
「っ、そりゃ……まぁ」

カネさえ貰えるなら、それでいいと思っているのは確かだが。

「社長がうるさいから、やるにはやるけどぉ~~。痛いの嫌だし、なんかいい感じに誤魔化せない~?」
「は、はぁ……」
「え~と、台本だと…………」



<メインイベント>

 《帝王エンジェル》
 VS
 〈アークデーモン留美〉

帝王エンジェル、最初に入場。持ち歌『ゆるしてタイキック』を披露。

Q東豪寺:プロレスなんて、ちょっと練習すれば楽勝ですわ。
M朝比奈:そうそう♪ 簡単だよね~~☆
E三条:……歌や踊りよりは、ずっと楽ですね。誰にでも出来ます。

(以下アドリブ。プロレスをバカにする発言)

AD留美:おいお前ら、適当なこと言ってんじゃねーぞ!

(アークデーモン登場。場内を威嚇しながらリングに上がる)

AD留美:そんなに簡単だって言うのなら、俺が相手してやるよ。
Q東豪寺:上等ですわ。ちょっぴり図体が大きいからといって、勝てると思わないで。

(以下アドリブで舌戦。残りの尺次第で調整)

AD留美:ゴチャゴチャうるせえ! まとめてかかってこいよ。

(試合開始。3人がかりで挑む帝王エンジェルだが、全く歯が立たない。
 留美、適当に痛めつける)

AD留美:おい、いいザマだな! ファンの前で恥ずかしくねーのか。
Q東豪寺:くっ! ファンのみんな、わたくしたちに力を貸して!

(観客、帝王エンジェル応援グッズ(物販で販売)を掲げて励ます。
 復活した三人、合体攻撃で留美を倒す)

Q東豪寺:これがアイドルの力ですわ。
M朝比奈:ファンのみんなの応援があれば、あたしたちは無敵なの☆
E三条:……ユニヴァース。
AD留美:すみませんでした。どうか、私もアイドルにして下さい。(土下座)
Q東豪寺:仕方ありませんわね、ミュージック・スタート!!

(四人そろって持ち歌『ラッキー☆シスター』を歌う。留美のヘタクソな踊りに場内爆笑。ハッピーエンド)



「まぁ、話の流れはともかく……『適当に痛めつける』と言われましてもね。貴方、どうするつもりですの?」
「そりゃ……投げ飛ばすとか、張り手したり、とか」
「えぇ~っ? 痛そぉぉ~~~」
「……アイドルは……顔が命なんですけど」
「は、はぁ……」

……この辺でようやく、留美は他のレスラーがこのオファーを避けた理由を悟った。

(こ、こいつら……タチが悪い!)

「そうですわね……貴方、『手から毒電波が出る』みたいな設定にしなさい」
「……はぁ?」
「あ、なるほど~。それを浴びてるってテイで、あたしたちが苦しむフリすればいいんだ~~」
「はっ、はぁ……」

むしろ、こっちの頭が痛くなってきた。
もはや“プロレスごっこ”の域ですらなくなりつつある。

(……ま、いいか)

楽してカネが手に入るのだから、少々のことは我慢しよう。
よしんばこれで興行がコケたところで、自分の知ったことではないのだ。





▼日本 東京都江東区有明 有明スポーツアリーナ


かくして、【AngeRing!!】開催の当日――
人気アイドルが多数出演するとあって、会場は2万人近いファンで埋め尽くされている。

(……っ、こんなデカいハコなのかよ)

これまで多くても1000人規模の会場でしか試合をしたことがない留美にとっては、大変なプレッシャーと言える。
おまけに、いつものような力任せのやりたい放題ではなく、台本通りに進行させなければいけないのだ。
更にプレッシャーなのは、この興行、生中継でTV放映されるということ。

「やぁ、君が妖かしのカラミティ・レディの弟子だね」
「……っ」

控え室で硬くなっていた留美に声をかけたのは、【東京女子プロレス】の麗人キャラレスラー《ミシェール滝》。
留美にとっては、レスラーとしてより、TVでのタレント活動の方が印象が強い。

「デビューし立てでいきなりメインとは大変だろうけれど――頑張ってくれたまえ」
「は、はぁ」
「私たちがいくら盛り上げた所で、メインが失敗しては、何もかも台無しだからね」
「……っ」
「そうプレッシャーをかけるなよ、翔子。彼女はルーキーだぞ」

そうフォローを入れてきたのは《ロイヤル北条》。
【日本海女子プロレス】を率いるパワーファイター。
この二人はかねてから知り合いで、今回は久々にタッグを結成するというわけ。

「フフッ、それもそうだ。我々の所の子鹿ちゃんたちも、まだまだだからね。健闘を祈るよ」
「……どーも」


――そして、運命のメインイベント。


<メインイベント>

 《帝王エンジェル》
 VS
 〈アークデーモン留美〉


場内の大型ビジョンに、これまでのいきさつ――留美が記者会見で大暴れ(もちろんアイドルに手をかけたりはしない)したり、帝王エンジェルのライブに乱入して、“悪魔的な”歌を披露したりした顛末――が流される。
アイドルの誇りをかけて、あの悪魔を倒す! と気炎を上げる帝王A。
そして台本に従い、帝王Aの入場、一曲披露……と進行していく。

『お前ら! 好き勝手なこと言ってるんじゃねーよっ』

ここでようやく、〈アークデーモン留美〉が登場。
むやみにゴチャゴチャした鎧のような甲冑を頭からスッポリ着せられ、ひどく視界が悪い。
おかげで客席の様子もよく分からないので、緊張せずにすんだのはまだしもかも知れなかった。
リングに上がり、いざ甲冑を脱いで見ると――

「……う……ッッ」

大観衆に囲まれていることを改めて実感し、思わず、足がすくむ。
マイクを手に取ったものの、

「――――ッッ」

台詞が完全に飛んでしまい、何も出てこない。
妙な間が生まれ、場内がザワつき始める。

『――フン、何かおっしゃりたいのかしら? これだから、脳みそまで筋肉で出来てるプロレスラーなどとは、絡みたくありませんのに――」

とっさに東豪寺がアドリブを入れ、会場が笑いに包まれる。

『……っ、お、お前ら、俺が、相手、してやる……よ』

普段なら難なく出来るマイクが、尻すぼみになってしまう。

――何だソレー? 全然迫力ねーぞー!!
――やる気あんのかー、アークデーモン!!

客席からのヤジに、いつもなら反撃してやる所だが、そんな余裕もない。

『いいですわ、そんなにお相手して欲しいのなら!
 アイドルの力、見せて差し上げます――――』

強引に話を打ち切り、ゴングを要請する東豪寺。
流石に、この辺の肝のすわり具合は尋常ではない。

しかし、いざ試合――となっても、留美は精彩を欠いた。
当初の打ち合わせ通り、『両手から毒電波を出し、相手を苦しめる』という展開に持っていくも、息が合わず、グダグダに。

――何やってんだ? 意味わからーん!
――プロレスやれ、プロレスーー!!

観客席からの容赦ないヤジに、いよいよパニックになる留美。

「う、ウガアッ!!」
「きゃうっ!?」

思わず、朝比奈を力任せに突き飛ばしてしまう。

「ちょっ! 何してるんですのっ!!」
「っ、う――」

緊張が極限に達し、棒立ちになってしまう。

「うっ……うわあああああ……っっ!!」
「……ちょっ、ちょっと!? 貴方……何処へ!!??」

…………




▼日本 福岡県福岡市博多区 VT‐Xオフィス


「あはっ! あはははははっ! イッツ・クール!! 最高だわアイツ、あっはははははは!!」

〈オースチン・羊子〉は腹を抱えて爆笑していた。
【AngeRing!!】の生中継を観戦中、問題のメインイベント。
よもや、こんな展開になるとは――斜め上だった。

「?? ルミ、ドウシテ、逃ゲタ??」

ルーチェなどは、理解に苦しんでいる。
もとより理由は当人にしか分からないが、

『分不相応な仕事をやろうとした報いってこと。あ~、笑った笑った』

番組上では、まさかの留美逃走に、さしもの《帝王エンジェル》も困惑を隠せぬ様子が流れている。

(全国生中継でこの醜態……アイツも流石に、戻ってこれないかもね)

ちなみに、AngeRing!!の方は。
間もなく、急場をしのぐべくヒールキャラへ変身した滝と北条が登場、アイドル相手に見事な立ち回りを披露、きっちりと場内を沸かせ、クライマックスを盛り上げてみせたのは、流石であった。





リングからの『逃走劇』の後……
留美は会場からも逃げるように去り、博多行きの新幹線に飛び乗った。

(クソッ……クソッタレが……ッ)

あんなことになるくらいなら。
いっそ、収集がつかないくらいに暴れてやれば良かった。
カネのために自分を殺したあげく、あんな赤っ恥をさらす羽目になるとは。

博多に戻っても、VT-Xの寮へ帰る気にはなれなかった。
どの面下げて顔を出せよう。

(さぞかし、あのガイジン野郎は大喜びだろうぜ……ッ)

羊子の件を思い出すと、ハラワタが煮えくり返る。
だが、オファーを受けたのは自分であり、その点では誰を恨みようもない。

チラリとネット関係を見てみると――
案の定、大バッシングを受けている。


――アイドル相手に試合放棄、水着姿のまま会場から逃走!!
――プロレスラーの恥、二度とリングに上げるな!
――アイドルから逃げるプロレスラーってwwww
――アークデーモンは にげだした!!(笑)


世間からは失笑を、業界からは大ヒンシュクを買っていた。

「クソッ! 好き勝手、抜かしやがって……ッ」

と、ケータイに着信。

「っ? 何だ……」

登録されていない番号である。
時が時だけに、ややためらわれたが、留美は大きく息をついて、着信ボタンを押した……


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by right-o | 2012-08-19 17:54 | 書き物
 美月対神楽戦の舞台となったのは、神戸ワールド記念ホール。
 立地から見れば神楽寄りの会場だが、特に観客はどちら寄りということもなく、
 これから始まる試合の形式と、そこで何が起こるかに期待している者が多かった。

 美月は普段どおりの無表情でリングに入り、
 神楽もまたいつものように薄い笑みを浮かべてロープをくぐると、
 向かい合った両者の左手首に皮のストラップが巻かれる。
 それは、ちょうどリングの対角線を結んでやや余るほどの長さの鎖で、
 両者を結びつけるためのものであった。
(重い……)
 見た目アルミのように安っぽく光る鎖であったが、
 その実かなり太い鉄の輪を繋げたものであり、人間の力で断ち切ることは不可能だろう。
 先月、柳生美冬を惨たらしく痛めつけたこの凶器が、この試合形式においては鍵となる。
 神楽からの提案を受け入れる形で実現したこのチェーンデスマッチであったが、
 流石の美月も、相変わらずの無表情とは裏腹に、内心では怖いものがあった。
 それでも王者として、また一プロレスラーとしての意地から、
 もうどうにでもなれという半ば自棄に近い気持ちでリングに立っているのであった。


 しかし一度ゴングが鳴ってしまえば、内面がどうであれ身体は動く。
 ゴングと同時、手早く左拳にチェーンを巻きつけて殴りかかってきた神楽の腕をかいくぐり、
 振り向きざまに顔面へのドロップキック。
 が、神楽はドロップキックを受けて倒れながら、
 左手のチェーンを短く持って自分からリング下へ転がり落ちる。
 勢い美月も左手に引き摺られる形で前に倒れ、そのまま場外へ引っ張り出されてしまった。
「ほらほら、どきなっ!」
 すかさず美月の首にチェーンを巻きつけた神楽は、最前列に座っている観客へ手を振って非難させ、
 チェーンを持って場外フェンス越しに美月を投げ飛ばした。
 客席のイスを薙ぎ倒しながら地面に転がった美月へ、神楽はさらにイスを投げて叩きつける。
 この試合、お互いをチェーンで繋ぐこと以外ほぼノールールであり、
 一応ギブアップと3カウントをリング上で行うことの他、何も反則にならない。
 完全に神楽の土俵と思われたこの試合形式で、まずは予想通り神楽が美月を蹂躙した。
 さらに床へボディスラムで叩きつけたあと、
 神楽は再度チェーンを使って美月を場外フェンス越しに投げてリング側へ戻し、
 サードロープの下から美月をリングへ転がし入れる。
 そしてリング内へイスを放り投げておいてから、観客へ悪態を吐く余裕を見せた。
 スキを窺っていた美月はここから反撃開始。
 左手のチェーンを一気に引っ張って手繰り寄せると、場外の神楽が不意に腕を引かれて体勢を崩し、
 リングの支柱に頭から激突した。
「おお……」
 間の抜けた格好でダメージを受けて頭を抱える神楽へ、
 美月はサードロープ下をくぐって場外へのスライディングキック。
「ちっ」
 場外フェンスまで蹴り飛ばされた神楽がチェーンを巻いて殴りかかってくるのを避けつつ、
 神楽が巻いているチェーンの根元を引っ張って引き寄せ、側面から抱きつくような形で密着。
「せぃっ」
 一瞬のタメのあと、捻り式のバックドロップに切って落とした。
 体格の問題から投げ技はあまり使わない美月だが、これぐらいのことはできる。
 横方向の回転で頭頂部から場外マットに激突した神楽はぴくりとも動かず、
 美月はこれを引き起こしてリングへ入れた。
 それから一度自分もサードロープをくぐってリングインしたあと、
 トップロープを飛び越える形でエプロンに立った。
(まだまだ、いける)
 場外でいいようにやられていた美月だが、効いてないというアピールも兼ねて飛び技を狙う。
 流石にチェーンをつけたままで450°スプラッシュは無理と判断し、
 神楽が立つのを待ってからトップロープに飛び乗った。
 だがこういう場合の神楽の頭の回転は早い。
 左手のチェーンを引くことでドロップキックを狙う美月の体制を崩し
 トップロープから前のめりになったところへジャンプして飛びつく。
 ちょうど抱きつくように、右腕を美月の左首筋に巻きつけ、掌で後頭部を掴んだ。
 そのまま空中から美月ごと後ろに倒れこみ、美月の顔面を肩越しにマット――
 ではなく、自分が投げ入れたイスの上に叩きつけた。
 それから間髪入れず裏返してカバーへ。
「……うぶっ!」
 カウント3寸前で美月が肩を上げると同時、激しい呼吸に跳ね上げられた血の霧が舞った。
 顔からイスの底に突っ込んだ美月は、額と鼻から流血。
「ちっ、綺麗に決まったと思ったのに」
 指を鳴らして悔しがった神楽は、それでもすぐ次の手に移った。
 倒れている美月の首へチェーンを巻きつけ、無理矢理に身体ごと引っ張り上げる。
 後ろを向いて背中合わせになると、チェーンを両手で掴んだまま美月を自分の背中へ担ごうとした。
 半ば生命を感じた美月は担ぎ上げられる寸前、
 自分が突っ込んだイスに足を引っ掛けて放り上げ、なんとかそれを掴むことに成功。
「あんまり意地を張ると、知らないわよ……!」
 そう言って神楽は、美月の首にかかったチェーンを思い切り両手で引っ張った。
 鉄の鎖が首へ食い込むと同時、美月は神楽の背中の上で必死にイスを両手で振り上げ、
 神楽の後頭部へ一撃。
 チェーンが緩んだところで、下半身を起こして神楽の上で後方に一回転。
 丁度神楽の頭を跨ぎながらマットに両足をつき、そのままマットを蹴って逆回転。
 身体に巻きついたチェーンを空中で乱舞させながら、
 前方回転式のパイルドライバーで神楽の頭ををマットへ突き刺した。



 3カウントを奪ったあとも、美月は暫く動悸が治まらなかった。
 試合に勝った充実感や達成感は無く、まだ恐怖とそれに対する反発が胸の内で渦巻いている。
 途中までは冷静でいられたものの、スワンダイブを切り返されて以降は死に物狂いであった。
 どうにか立ち上がってベルトを受け取り、両手で掲げて誇示すると、
 客席からは、拍手と歓声に混じってスクリーンに映った血だらけの顔にどよめく声が聞かれた。
 そして赤く染まった美月の裸眼の視界には、花道を歩いて来るいくつかのぼんやりした影が見えた。
(ああ、もういい加減に……)
 汗と血と視力ためにはっきりと見えなくても、大体誰かは想像がつくし、
 用件は想像する必要もなく分かっている。
 美月はうんざりしつつ天井を仰ぐ他なかった。

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by right-o | 2012-08-16 00:13 | 書き物