<   2012年 02月 ( 8 )   > この月の画像一覧

そんな技。

web拍手お返事 新北京観戦お疲れさまですありがとうございます。

>レインメーカーの前にあの美月の話を書き上げているのは、今にして考えると見事なリンクぶり。王座につくことはできても、王者になることは難しいのがプロレス。美月(とレインメーカー)の明日はどっちだ。(カレーマン)

いやレインメーカーよりはマシだと思……います。思いたい。
試合の結果そのものについてはそれほど不思議ではないけど、
最高位ベルトを巻いていいかというと良くない、というレベルだと思う。思いたい。

でも結構こういう王者は現実に多いと思うんですよ。
古くはカートの一回目、ジェリコの一回目、オートンの一回目等。
そこから段々、最高位ベルトを持っていても違和感が無いぐらいになっていった、と思う。
日本だと……中邑の一回目とか、伊東竜二の一回目も個人的にはかなり驚いた。

ただそれにしてもレインメーカーは驚いた。
まさかまさか、今盤石の棚橋から、遠征帰りにしょっぱい試合しただけの印象しかなかった岡田が……
新日は冒険するなあ。


さてま、下のSS。
本当は何で挑戦者が越後になったかの説明と、神楽の挑発のために一回使うべきでしたが、
もう面倒くさくなっていきなり試合に突入。
後付けで説明を補うしかない状況に。大丈夫かな。

あと越後さん。
最初は岩佐拓仕様にして熨斗紙とか使わせる予定でしたが、
折角相羽が弾丸戦士なので、大谷仕様になりました。
今のとこ入場曲しか真似てませんが。

なんとか今週の平日どこかで後編上げられれば。

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 それぞれの挑戦表明から一ヶ月後、福岡・福岡国際センター。
 美月組対相羽組のタッグ王座戦がセミ、
 神楽対美冬の次期世界王者挑戦者決定戦がメインに据えられた今回、
 会場は代々木第二の倍以上の容量を持つ福岡国際が押さえられていた。
 前回のタイトル戦時と比べて団体側が強気に出たのは、神楽戦の話題性を見越してのことである。
 試合が決まってからこの日まで、神楽はリング内外を問わず美冬を挑発してきた。
 美月組+神楽VS相羽組+美冬みたいなカードの前哨戦がこの日まで頻繁に組まれてきたが、
 試合中はことあるごとに外から美冬にちょっかいを出し、
 そのくせタッチを受けてもまともにやり合おうとしない。
 そうすることで神楽は、フラストレーションを溜めていく美冬を楽しんでいるのだが、
 自然その試合中、苛立つ美冬の相手をやらされることになった美月たちとしては、
 たまったものではなかった。


 そうして余計な被害を被りつつ迎えた美月たちのタイトルマッチは、
 正直なところ話題性では完全にメイン戦の影に隠れていた。
「……まったく」
 出番を待つ控室で、美月は週刊のプロレス雑誌を机の上に投げつけた。
 その表紙には、立ったまま鎖で縛り上げられた神楽が、頬を上気させている。
 構図としては攻めを受けている絵なのだが、その目は力強い光を持ち、
 口元は何かを求めるように小さな舌をのぞかせていた。
 もはや何の雑誌か全くわからない。
 でも、聞くところによるとこの号は結構売れたらしい。
「そんなもの気にせず、我々は試合で注目を集めましょう!」
「もちろんです」
 正論を言う神田に、美月は一も二もなく同意した。
 神楽に利用された上に話題まで持って行かれた鬱憤は、挑戦者を痛めつけることで晴らしてやろう。
 美月は二つ、神田は一つのベルトを肩に担ぎ、二人は控室を後にした。

 挑戦者組の入場に際し、風の中、固い地面を歩く靴音が会場に流れた。
 次いで扉を開き、締める音から入場テーマが始まり、一気に盛り上がりを迎えようとしたところで、
 相羽の曲に切り替わる。
「いくぞッ!」
 気合をかけて入場ゲートから姿を現したのは、相羽と、越後しのぶであった。
 合体テーマで入場してきた二人は、揃いの白ハチマキを靡かせて花道を歩き、
 堂々とロープを跨いでリングイン。
 それぞれコーナーに上がった二人に、満員の観客はそれなりに大きな拍手を送ったが、
 続く勇壮な太鼓の音で始まる神田のテーマによって遮られる。
 まず単独で入場した神田はゲートの花道の前で立ち止まり、続く美月の入場を待つ。
 ゲートの前で横に並んだチャンピオンたちは、一瞬視線を合わせたあと、リング目指して駆け出した。
 ロープの下からリングに滑り込んだ二人は、相羽たちと同じようにコーナーに上り、
 ベルトを大きく掲げて観客に誇示。
 タッグ王者と二冠女王の登場に、観客は一際大きな声援を送る。
 見たか、と言わんばかりに、美月は相羽たちを冷たく見下ろした。

 が、試合開始早々、良くも悪くも観客の注目は一気に持って行かれることとなる。
 美月と相羽がそれぞれ先発に出、ゴングが鳴ってさあこれから激突という時、
「………かな」
 ぼそり、と青コーナーに控えた越後が呟いた。
 それを聞いた相羽は、振り向いて越後の頬を思いっ切りはたいたのだ。
 唖然とする美月たちと、騒然となった会場をよそに、
 相羽は何事もなかったように美月と向きあうため前に出る。
 美月も、とりあえず深く考えず相羽に応じた。
 どちらからともなく組み合った状態から、まず美月が素早くバックを取る。
 対して相羽が腰に回った美月の右手を取って捻じり上げると、美月は左手でトップロープを掴み、
 小さくジャンプして前に回転することで捻じりを解消し、逆に相羽の右手を捻じり上げつつ、
 そこから頭に右手を回してヘッドロックへ移行。
「……やッ」
 これを相羽は一旦ロープに押し込み、反対側に突き飛ばすことで脱出。
 跳ね返って来たところをマットに横になって自分の上を跨がせ、
 再度ロープから戻って来たところでカウンターのドロップキック――を狙ったが、
 読んでいた美月はトップロープに背中を預けたまま停止。
 単純なヤツ、と言わんばかりに自爆した相羽を引き起こそうとした時、
 相羽は片膝立ちの状態からタックルを仕掛けるように美月を押し込もうとする。
 美月はこれに逆らわず、逆に自コーナーまで相羽を誘導するように後退し、
 フロントネックロックのような形で相羽を固定したところで、その肩に神田がタッチ。
 交代した神田は、まず無防備な相羽の脇腹に拳を打ちこんだ。
「……っ!」
 思わず膝をついたところで、更に脇腹へストンピング。
 その間に美月はコーナーに控えた。
 続けて神田は、引き起こした相羽の首を捕らえてリング中央へ投げ、尻餅をつかせる。
 そして背後から相羽の左脇に首を差し入れつつ両腕を首に回し、グラウンドのコブラツイストへ。
 神田は脇腹に標的を絞ったようであった。

 赤コーナーに控えた美月は、目ではリング内の二人を注意しながらも、
 頭の中では試合開始時の出来事について考えていた。
 元々相羽がタッグ王座への挑戦を表明し、パートナーに越後の名前を上げた時から、
 何か相羽には胸に期するものがあったような気がしていた。
 それが何か、ということについて、周囲から噂は色々と聞こえてきている。
(何にせよ、知ったことじゃない)
 青コーナーから必死に身を乗り出し、相羽にタッチを要求している越後を、
 美月は冷ややかに見つめた。
 と、リング内では、グラウンドコブラを掛けられた姿勢から、
 相羽が足を畳んでどうにか起き上がろうとしている。
 釣られて自分も立ち上がりながらも、神田は通常のコブラツイストを仕掛け、相羽を放そうとしない。
「しっ」
 後ろから肘を相羽の脇腹に突き立てながら、より一層締め上げる力を強めた。
「……いッやあああああっ!」
 しかし、相羽は強引に神田の足を外してコブラツイストを解くと、
 自分に巻き付いていた神田の腕を取りアームホイップで投げ捨てた。
「神田!」
「相羽、代わってくれ!」
 両コーナーから交代を求める手が伸びたが、相羽は脇腹のダメージからすぐには動けない。
 その場に膝をついてから、どうにか立って越後の元へ戻ろうとした時、
 既に交代を終えた美月が脇に取りついて腰に手を回した。
 低いが、捻りを利かせたバックドロップ。
 相羽を投げ捨てた美月は、そう簡単に交代させるかとばかりに越後をねめつける。
 が、その背後では、
「……おおおおおおおッ」
 頭から投げ捨てられた勢いのまま後ろに回転、起き上がった相羽が仁王立ちになっていた。
 慌てて振り向いた美月へエルボーを振り切り、ふらついたところでニュートラルコーナーへ飛ばす。
 更に串刺しのエルボー攻撃を狙って突っ込んだが、これは立ち直った美月が回避し、コーナーに激突。
「このッ」
 と、一旦距離を取った美月は助走をつけ、今度は自分が串刺し攻撃を狙う。
 体の側面から背面を向け、串刺しのバックエルボーを喰らわせたが、
 相羽は喰らいながらも美月の首に腕を絡ませスリーパーホールドに捕らえた。
「……!?」
 予想外の反撃ではあったが、美月は一旦体を丸めてコーナーから前に出ると見せかけ、
 その後思い切り体重を後ろにかけて相羽を背中からコーナーに叩きつける。
 これで相羽は技を解くかに見えたが、今度は脇の下に美月の首を抱える形でドラゴンスリーパーに移行。
「まだ放さないよ……!」
 ただ、首を締めつけるでもなく、相羽はその体勢のまま後ろ向きにコーナーを上り始める。
(何を……!?)
 今までに全く見せなかった動きをする相羽に対し、美月はもがいて逃れようとするが、
 相羽は構わず美月の首を脇に抱えたままでコーナートップに腰を下ろした。
 そこから、両足を畳んでコーナー上に立ち、跳ぶ。
 前に回転しながらリング内に尻餅をつくと、小脇に抱えていた美月の頭は、相羽の肩の上にくる。
「かはッ」
 コーナーから飛び降りた衝撃は、相羽の体を抜け、肩の上にある美月の顎を跳ね上げた。
 先日のシングル戦でも相羽は似たような技を見せたが、
 とても自分で考えたとは思えない独創的な技である。
「……絶対、勝ちますから!」
「わかってるッ!!」
 ともあれ、相羽は青コーナーに辿り着き、越後と交代を果たした。

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by right-o | 2012-02-26 21:06 | 書き物
まあとりあえずweb拍手お返事から。ありがとうございます。

>>>逆に相羽は、最初の一回が凄く遅かったと。  嘘付け!最初っから扱い悪かったぞ!
>勝ちを一度も描かず、海外遠征にも行かせず、ろくな扱いしてないじゃないか!(成長話もああだったし(普通は勝利だろ))。

>美月と比べて悪い扱い続きだったのに、挫折が遅かったって、言い訳にしか聞こえません。いい加減相羽勝利を描かないと「最後に勝つ」をやる説得力に欠けますので、期待しています。

大抵、一本上げたあとの投稿は飲みながら書いてるので、
ああ、いらんこと書いたなあ……っていう時も多いんですが……

そこツッコミますか。
何だろ、今までずっと挫折してたから扱いが悪かったんじゃなくて、挫折を経験してなかったから、
実力と意欲の点で美月と差をつけてた、と思ってたんですけど。
美月は長編スタートの時点で大きく一回挫折してますからね。

まあでも、今にして思えば挫折なんて真面目な話をそもそも入れるべきじゃなかったのかも。
今時挫折すれば人気が出るわけでもなし、海外遠征にいけば強くなるわけでも……
あ、レインメーカーという大例外がいたか。

真面目にやらず、名前どおりだらだらしてればよかったかな。
なんて言いつつも、やり始めたからには終わらせますぜ。
あくまで主役は美月でね。


さて、下でレッスルPBeMのリアクションを後悔させていただきました。
今回はかなりの分量で、かなり大きな動きが含まれた内容です。
STRさんホントお疲れさまです。

そしてまた次回選択できるアクションも多い。
正直かなり迷ってます。
十六夜対市ヶ谷の結果次第というか……

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以下全文、STRさんが書かれた文の転載です。

◇◆◇ 0 ◇◆◇

Wrestle Angels PBeM

Episode1 天使轟臨 ~Angels Flying in the Supercell~

〔ストーリー〕

西暦20X1年、夏――

渾然となって馳せ巡る数多の運命の輪は、まだ見ぬ未来へとただ一心に突き進む

歴史を人間が作るのか、人間がたどった轍それそのものが歴史なのか?

されど一度、四角いリングの魔性にとらわれたならば、もはや引き返すことは叶わぬのだ

少女たちの流す汗も、涙も、すべては闘いのキャンバスを彩る画材にすぎぬのであろうか――

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■VT‐X(ヴォルテックス) SIDE■
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◇◆◇ 1 ◇◆◇

<<ドキュメント『災禍の中心に立つ~プロレスラー・十六夜美響の12ヶ月~』>>

<VT‐X道場外観>

NA(ナレーション):
福岡県某所にある、女子プロレス団体【VT‐X(ヴォルテックス)】の道場。
 全国的な知名度は新女やWARSなどに及びもつかない新興団体だが、九州では最も大きな勢力を持っている。

<某マンション入り口>

「あら。……ご苦労なことね」

彼女は、VT‐Xの大黒柱といえるスター選手。
《十六夜 美響》。
このいっぷう変わった名を持つ女性には、ありがたくないニックネームがついている。

<道場へ向かう車内>

テロップ:
『災厄の女神』と呼ばれることについてはどう思いますか?

「そうね、特に否定しようがないわ。私の周囲で、そういったことが多発したのは事実だし」

NA:
『災厄の女神』。
プロレスラーなら、こうした凄みのあるキャッチコピーをつけるのは、普通のことだ。
でも、彼女の場合は、違う。

<イメージ映像>

NA:
プロレス入りして以来、周囲に事故やケガが頻発した。
いくつかの団体が潰れたのも、彼女が災いを呼んだためだ、と言う者もいる。
彼女は災厄を操ることが出来るのだ、という者さえいる。

<道場へ向かう道>

テロップ:
『災厄』はコントロール出来る?

「フフッ。客観的に検証出来ない物事は、『信じる』か『信じない』かの二択しかないわ」
「だからそう信じたい人は信じればいいし、そうでない人はそれで仕方がないわね」

テロップ:
最近は『災厄』の様子は?

「これといってないようだけれど、さぁ、いつまた表に出てくるか、分からないわ」
「…………」

<イメージ映像>

NA:
災厄の持ち主と称されたことで、彼女は根無し草のプロレス人生を送ってきた。
そんな美響が、みずから団体を起こした。
それがVT‐Xである。
不安はなかったのだろうか。

<VT‐X道場>

「不安は、もちろんあるわ」
「でも、だからといって何もしない人生なんて、退屈過ぎるでしょう?」
「私の傍に集ってくるような人間は、皆、覚悟の上のはず」
「だから、不安はあえて考えないようにしているわね。……あらあら、もうおしまいかしら?」
(目の前でトレーニング中の若手外国人選手がへたりこんだのを見て、英語で何やら話しかける。すると選手は、また歯を食いしばって再開した)

テロップ:
彼女には何と?

「やめてもいい、代わりはいくらでもいる、とね」

<VT‐X道場・リング上>

NA:
災厄がどうとか言わなくても、リングの上には危険がいっぱいだ。
危険な受け身を取ったりしなくても、ほんのささいな油断やミスが、即、重大な事故につながる。
人間の身体は、想像以上に、もろい。
だとすれば災厄とは、誰しもが持っているものではないのか。

「フフッ、そういうロマンティックな思考は、嫌いではないけれど」
「誰だって、意図せず他人を傷つけてしまうことはある」
「災厄のせいにして済むのなら、その方がいいのかもね」

NA:
しかし、まさに『災厄』そのものとしか思えないような出来事が、我々の目の前で起こった。……


◇◆◇ 2 ◇◆◇


 ▼ 日本 福岡県某所 VT‐X道場


『その瞬間』のことを、〈安宅 留美〉ははっきりと憶えている。

「あァ。……アイツが、アホみたいにロープを昇ってたよ」

アイツとは、〈オースチン・羊子〉。
留美とは同期の練習生であるが、非常に、非常にウマが合わない。
同じ練習生でも、〈ルーチェ・リトルバード〉あたりは言葉が通じないこともあって、逆にこれといって接点もない。
が、羊子とは顔を合わせれば口喧嘩が絶えない。
口だけではすまず、取っ組み合いの喧嘩に発展することもザラであった。

「Rumi S×cks!! アホ! ボケ、カス!!」
「てめぇっ、大概にしろよっ!!」

最初はそれなりに制していた先輩レスラーたちも、最近では

――まぁ、いいか。

といった感じで、だいたい好きにやらせるようになってきた。
大概はどっちも疲れ果てた所で、真壁あたりがまとめて竹刀でブチのめし、おしまいとなる。

「落ちろ! テストどころか人生からも落ちろ!」
「てめぇこそ落ちろ! どん底まで落ちろや!!」

そんな仲である。

「喧嘩するほど仲がいい? ハァ? そんなわけねェだろ」

「大体、アイツまだ芸能事務所か何かに入ってるんだろ? 所詮、プロレスを舐めてんだよ。さっさと芸能界にお帰り下さいってなもんだ」

そんな留美であったが、『その瞬間』はショックであった。
ちょうど休憩中で、水分を取っている最中。

「ハァ、ふぅ、ふぅぅぅ……」
「る~みん、なかなかキレが良くなって来たです~~」

呑気な《獅子堂 レナ》は息をさして切らしてもいない。

「まぁ、まだまだ全然ひよっこですけど」

鼻で笑う真壁。いつかシメる。
近々行なわれる予定のプロテスト。
そこで合格すれば、リングに上がれる。
客の前で、おおっぴらにこの連中をボコボコにできるのだ。
最も、今の実力では返り討ちが関の山かも知れないが……

ふと、目の端にロープと、それにぶら下がっている羊子の姿が映る……

(……バカと煙は高い所が好きってか)

そんな風に冷笑した矢先――
ブチン、と嫌な音がした。

「――――ッッ!!」

次に響いたのは、

――――ドサッ

明らかに“ヤバい”音。
マットの上に、ロープを手にした羊子が倒れていた。
何が起こったのか、気づくまでには、更に時間を要した。

「あ……ああっ!」

最初に声を上げたのは誰だったか。
留美は、その場に立ち尽くすことしかできなかった……



《十六夜 美響》が行なう、ロープ昇り訓練。
天井から吊るされたロープを昇るというシンプルなものだが、腕力だけで昇るのは容易ではない。
軽々とこなせるのはVT-X内でも十六夜のみであろう。
以前、羊子は挑戦して、とても無理だとギブアップしていたはずだったが……
今回再トライしたは良かったが、突然ロープが切れ、落下してしまった。

あれ以来、VT-X内には、良からぬ空気が漂っている。
羊子のケガは事故だが、あんな頑丈なロープが、途中で切れるなど、ありうることだろうか?

――災厄。

十六夜美響がその身に集めるという、災い。
これは、その影響ではないのか。

――そんなバカな。

と笑い飛ばせる人間はいなかった。
実際、これまで十六夜が所属してきた団体では、しばしばこうした『説明できない』アクシデントが起きてきたのだから。
しかし、VT-Xにおいては、旗揚げ以来、こうした事態は皆無だった。
ゆえに人々は、忘れかけていた。
災厄の噂を。
いや、忘れようとしていただけだったのかも知れない。

当の十六夜は、例の『一兆円トーナメント』(結局はバトルロイヤルに変更されたが)に参戦するため、【JWI】に遠征中。
彼女が不在なのだから、これはあくまでただの事故。
いや、それは関係なく、彼女が属する団体に災厄は舞い降りる……
そんな不穏な話が飛び交ったのは、無理もないことであったろう。



留美は、入院した羊子の見舞いに行く気はなかった。
ルーチェなどは毎日のように通っているようだったが。
そもそも行く義理もないし、それどころか

――行かない方がいい

と周囲から止められたこともある。
が、そんな風に言われれば、

――逆に行きたくなるのが人情ってもんだろ。

と、ご丁寧に鉢植えを買って、入院先に向かった。

 ▼ 日本 福岡県某所 某病院

部屋をチラリと覗くと、

「………………」

見たことがないほどに、打ちひしがれた姿の羊子がいた。

「ヘッ、ザマァねぇなぁ。いいツラだぜ」

と面と向かって嘲笑いたい所であったが……流石にやめておいた。
代わりにメッセージを残して、鉢植えを置いて帰った……



 ▼ 日本 福岡県某所 VT‐X道場

その分、というわけでもないが、プロテストには気合を入れて臨んだ。
スパーリングでの結果次第だが、相手は容易ではない。

《伊達 遥》。

十六夜に次ぐ新世代のエースとして期待される、国内有数のストライカーである。
ふだんは会話が成立しないほどの人見知りだが、ことリングの上の威厳とたたずまいは、ベテランはだしといえる。

――せめて、こいつぐらいは超えていかないとな。

と留美が目指すべき標的の一人とも言える。
幸いにも……というか、ここの所の伊達は精彩がない。
羊子の事故でかなりショックを受けているのかも知れない。
とはいえ容易な相手ではなかったが、スパーリングでは互角の攻防を展開、パワーを見せ付けた。



プロテストの合格にも、留美は喜びもしない。
デビュー前のTV番組のインタビューでは、さんざん言いたい放題でビッグマウスを披露する。
団体をPRするためのイベントでも好き勝手に吹きまくり、観衆を煽ってみせた。

 ▼ 日本 福岡県 キャナルシティ博多

「俺がこんなショボくれたクソ田舎のヘボ団体にいてやるのもホンのしばらくだ。その間にせいぜい観に来いや。一生の思い出だぜ」

「俺はスター候補じゃねぇ、スーパースター候補なんだよ。そんな俺サマがデビューしてやるんだ、ありがたく思え」

「いいか、お前らは俺だけ観てりゃいいんだ。俺だけ観に来い。分かったか、三流団体の三流ファンども!!」

――とまぁ、さんざんしゃべりまくった。
オマケとばかりにノリノリで一曲歌ってやったが、これが大変なブーイング。
とはいえ、無反応よりよっぽどマシであろう。

「――相変わらずヒドい歌ね」
「っ! てめぇ……」

控え室に戻った留美の前に現れたのは、羊子でった。
退院したとは聞いていたが……

「へっ。……何の用だ? 引退したんじゃなかったのかよ。デビュー前に引退たァ斬新だけどな」
「……フン。おあいにく。もうしばらく居残ってやることにしたわ。……マネージャーとしてね」
「はァ?」

負傷が癒えるまでは、マネージャーとして興行に帯同することになったという。

「ケッ。悪徳マネージャーかよ。せいぜい、もっと重傷負わないように大人しくしてるんだな」
「そうね……そうするわ」
「……っ」
「あぁ……それと」
「あァ?」
「……お見舞い、ありがとう」
「…………」

寂しげにつぶやいて去っていく羊子の背中は、流石に小さく見えた……


◇◆◇ 3 ◇◆◇


そして、留美のデビュー戦の時がやってきた。

 ▼ 日本 福岡県 大牟田市文化体育館

◆◆ 安宅留美デビュー戦 ◆◆

 〈火宅 留美〉(VT-X)

 VS

 《獅子堂 レナ》(VT-X)

「これに負けたら、『眠れる獅子拳』に入門して貰いますから~」
「ちょっ、まっ!?」

デビュー戦から、とんだ試練であった。

「大変ねェ。セコンド、ついてあげようか?」
「お前だけは絶対いらねーー、超いらねーー」

羊子の誘いも断り、いざデビュー戦に挑む――

そういえば、デビューを知ったイトコの《神楽 紫苑》から電話があったっけ……

『やっとデビューなんだって? テスト受かったんだ。良かったわねぇ~~』
『ケッ、あったりまえだろ。遅ぇくらいだ』
『ふ~ん。じゃあさ、デビューしたらウチに来ない? ギャラは払えないけど~』
『納豆で顔洗って出直せや』

……まったく参考にもならなかった。

リングアナが呼び出しをかける――

『俺が福岡を盛り上げてやる!

 最高の素材が最悪の性格と交じり合った、現代の怪物!!

 〈火宅 留美〉選手の入場です!!』

留美が花道に現れるや、それだけで場内からはブーイングが鳴り渡った。

(……っ、コイツは、結構キツいな)

分かっていたつもりだが、存外しんどい。
だがあくまでもふてぶてしく、大仰に観客を煽ってみせる。

そして試合。
流石に人前での闘いは、勝手が違う。
思ったことと身体が連動せず、空回りしてしまう。
しかし、獅子堂の容赦ない打撃を味わい、追い込まれるうちに、次第に落ち着いてきた。
パワーと打撃を生かして反撃にかかる――

――が、この時、羊子が動いた。
気づけばリングサイドに来ていて、レフェリーのスキを狙って、留美にパウダーをぶちまけたのである。

「!? て、てめぇ……ッ!!」

そこを見逃すほど獅子堂甘くはなく、打点の高いドロップキックが顔面にヒット!
大歓声とともに、そのまま3カウント……と思いきや。
羊子はレフェリーにもパウダーを食らわせており、反則裁定が下って、留美の勝利となった――

 ○火宅 VS 獅子堂×
 (14分29秒:反則)

『デビュー戦勝利おめでとう! 一生の思い出になったでしょ、ス~~パ~~スタ~~~……候補さんっっ!!』

羊子がマイクで煽るや、場内どっと沸いた。
もとより留美は怒り心頭、パウダーまみれの真っ白な顔で羊子を追い回したが、それがまたウケもしたのである。

(やっぱりっ、心身ともにブッ潰しておくべきだったぜ……ッ!!)

何はともあれ、こうして留美のレスラー人生はスタートした……

……が、それもあっさり吹き飛ぶかもしれない暗雲が、VT-Xに立ち込めつつあった。





<名古屋レインボープラザ・外観>

NA(ナレーション):
【JWI】の名古屋大会。
十六夜美響は、いわゆる『一兆円バトルロイヤル』に参戦した。

<名古屋レインボープラザ・リング上>

NA:
次々と猛者たちが脱落していくなか、最後に残ったのは2人。
JWIの《南 利美》、そして《十六夜 美響》である。
勝った者が、《ビューティ市ヶ谷》が持つ『JWI認定世界最高王座』への挑戦権と、『副賞』一兆円を手にするのだ。

<試合前インタビュー>

「一兆円を手に入れたら? ……フフッ。どうしようかしらね」
「九州ドームを買い取って常設会場に? それも悪くないかも知れないわ」
「まぁ、貰ってから考えるとしようかしら」

<名古屋レインボープラザ・リング上>

NA:
最後に立っていたのは、十六夜だった。

「挑戦権は有難く頂くわ。でも――」

NA:
一兆円は要らない。
その代わりに、ベルトと共に賭けて貰うものがある。

「私が勝ったら――ビューティ市ヶ谷! 貴方に、うちの団体に移籍して貰うわ。
 その賭け代に、一兆円は安くはないでしょう?」

 <<<――――オーーーッホッホッホッ!!!>>>

高笑いと共に花道に現れるた市ヶ谷は、たちどころに快諾。
それどころか、

 <<<ケチなことは言いませんわ! この団体ごと、持っておゆきなさい――万が一、いいえ600億が一、勝てたならば!!>>>

NA:
十六夜美響。
ビューティ市ヶ谷。
VT-XとJWIの命運は、この2人の危険な闘いに、ゆだねられた――

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by right-o | 2012-02-19 20:50 | 書き物
ちょっと再現してみたくなったんですよね。
試合そのものをやるかどうかはともかく。


web拍手お返事 いつもありがとうございます。

>美月は王者になりましたが、スター扱いは無理みたいですね。その状態で相羽が成長し、最後にはスターになる訳ですね。美月がスターになるには挫折を味わうしかないので、そろそろ精神的に追い込んで挫折させた方がいいのではと思ったり(今まで挫折せずに来たから、次に進むには挫折しかない!)

うーん、挫折ですか。
そもそも挫折からスタートしてるから、もういいかなという感じ何ですよね。
逆に相羽は、最初の一回が凄く遅かったと。


あとはまあ完全に趣味の世界ですが、
何て言うかこう、努力を積み重ねて徐々に成長していく、なんていう話は、
スポーツでやればいいと思うんですよ。

プロレスは違う。
ぽっと出のわけわかんないのが、いきなりチャンピオンになったりする。
それが面白い。
反則の限りを尽くしてベルトを獲ったヤツが堂々と高笑いしてたりもする。
それは当然八百長だからできることであって、ガチのスポーツではありえないこと。
それこそプロレスの魅力。

……だと思うんですけどね。
ウソだからこそ面白い。


それがこの話では、ガチを地でいきつつ中途半端にプロレスっぽい展開なもんで、
かなり色々破綻してますが、まあなんとか終わらせたいと思います。

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 美月対美冬の戦いから二週間後、後楽園ホール。
 休憩開けのリング上に、美月の姿があった。
『えー……っとですね、その』
 世界王座を重そうに肩に掛け、マイクを持ってリングに立つ美月の姿は、
 あまり絵になっているとは言い難い。
 それでも、観客はその初々しさを前向きに捉え、激励の声援を送ってくれた。
 中規模程度の会場に来てくれるような層のファンからは、結構大きな支持を受けている美月である。
『とにかく、みなさんの後押しのお陰で、このベルトを獲ることができました。
 そのことについては、本心からの感謝を申し上げます。どうもありがとうございました』
 そう言って深く頭を下げた美月に、一際大きな歓声が送られる。
『……しかし、試合の前に言ったとおり、私にとってベルトを獲ることが目的の試合ではありませんでした。
 正直、世界王者になった実感など全くありませんが、現に王者となったからには、
 ベルトに恥じない存在であるよう、心がけていきます。これからも、応援よろしくお願いします』
 つまらないこと言ってるなあ、という自覚はあったが、
 「休憩開けにチャンピオンから挨拶を」なんて当日に振られたところで、
 美月には他に思いつく言葉もなかった。
 だが、そんな型通りの言葉が新鮮に聞こえたのか、
 客席からもう一度大きな声援と拍手が沸き起こったところで、会場に猛々しい三味線の音が響き渡る。
 西側客席の裏を通って、柳生美冬が姿を現した。
 先日の試合で美月によって痛めつけられた右腕を三角巾で釣ったまま、美冬は左手でマイクを持つ。
『別に無理して王者らしくする必要は無い。
 すぐにまた私がそのベルトを取り戻すんだからな。今、お互いに一勝ずつだ。
 ……次で決着をつけよう」
 早速のリターンマッチの要求であった。
 客席もまあまあ盛り上がって美冬を後押しし、美月も大体予測がついていたので、
 淡々と受けるつもりでマイクを取り上げかけた時、
 You think you know me……と、低い呟きから始まる耳慣れない曲がかかった。
 え、と、会場の誰もが一瞬首を捻ったあと、一部の観客から『うおおおお!!』と熱狂的な声があがる。
 そんな中、んー、と大きく伸びをしながら、東側の階段を上がってくる女があった。
 薄手の黒いロングコートの上にウェーブがかった赤毛を垂らし、
 色気のある微笑を浮かべて堂々とリングへ歩を進めた彼女は、
 どよめきと歓声の中でロープをくぐり、美月と美冬を交互に見比べる。
 それから、ゆったりとリングから外に手を伸ばし、自分にもマイクを要求した。
『あ~いむ、ばぁ~っく、ってね』
 彼女、神楽紫苑は微笑を絶やさないまま、まずは観客と視聴者に向かって語りかけ、
 それからまたリング上の二人に向き直った。
『ちょっとサービス過剰だったからってさあ、いきなり謹慎とか何とかで暫く出番無かったんだけど、
 今日から出ていいって言われて来てみれば、何か面白そうなことやってんじゃないの。
 お姉さんも混ぜなさいよ』
『お前には関係無い。黙ってろ』
 美月が何か言う間もなく、美冬が手厳しく跳ね除けた。
『ふぅん、そういうこと言う。でも、こういうのは普通お客さんにも聞いてみるもんじゃないの?
 ねえ、あんたたちはどう思う?この厳つい美冬ちゃんより、
 あたしがそこのチャンピオンに挑戦した方が面白いと思わない?』
 聞かれた観客は美冬には残念ながら、先ほど美冬が挑戦を口にした時よりもずっと盛り上がった。
 やはり観客としては、同じ組合せよりも、神楽に感じる「何かやってくれそうな」期待感の方を支持した。
 というか神楽の場合、「何かやらかしてくれそうな」と言った方が正しいのだが。
 何か言いかけた美冬を手で制し、さらに神楽が続ける。
『……ふん、あたしの方が人気者みたいね。ま・あ、あんたが不満なのも分からなくないから、
 ここは一つ、あたしとあんたで挑戦者決定戦ってことでどうかしらね?』
 勝手に話を進められた美冬は、固定された右腕まで苛立ちに震わせ、
 神楽を睨みつけながらこう絞り出すように言った。
『……いいだろう、お前を黙らせるには、それが一番早い』
『あらそう、じゃあついでに、試合形式も私が決めちゃっていいかしら』
 ぬけぬけと畳みかけた神楽に対し、今すぐにでも力づくで黙らせたい美冬は、
 何も言わずただ苦々しく頷いてみせ、それからすぐに踵を返して退場して行った。
『いいみたいね。それじゃあ、……期待しといてもらおうかしら』
 神楽の目が妖しく光り、唇の端がやや釣り上がる。
 その表情だけで、一部の観客は何事かを察して謎の盛り上がりを見せた。
『それじゃ、今日はこれで帰るわ。またねチャンピオンさん。邪魔してごめんなさい』
『ああ、いえ』
 それまで完全に蚊帳の外に置かれていた美月は、投げキッスを残してリングを去る神楽を、
 肩をすくめて見送る。
 その様子は観客の笑いを誘った。
『まあ、あの……そういう流れらしいです』
 そう言って美月が自分も帰ろうとした時、不意に全く別の入場曲がかかった。
 これは美月にも誰のものかすぐわかった。
『ごめん、邪魔しちゃって』
 相羽だった。
 最初からマイクを持って出て来た相羽は、早速こう切り出した。
『……ベルト、もう一つ持ってるよね』
 いつになく切実な表情の相羽は、デビュー以来初めて観客の前で自分の要求を口にした。

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by right-o | 2012-02-12 20:44 | 書き物
随分時間が空きましたが、まだ一応終わりませんよと。

web拍手お返事 結局こうなりましたが、ありがとうございます。

>折れ!折っちまえ!

流石に折りはしませんでしたが、それでレフェリーストップというオチも有りだったかもしれません。
すいません、随分反応が遅くなりました。

>結局、美月の勝利ですか。これで美月、トップから落ちていくだけですね(笑)
>トップになってこれ以上成長しないとなると、あとは失っていくしかありませんものね。(というより、今までの反動が一気に来てスランプになるかも)こっから最後に相羽に負けるのが楽しみになってしまいました。(最後に某王子みたいに「相羽さん、あなたがナンバー1です」と認めて終わりそう)

まあトップといっても、今回は人気も実力もまだ疑問符がついたままの戴冠ということで、
あまり王者らしく扱われていないわけです。
それと、ここでトップを取ったとしても、まだまだ違うステージがあるので、
さっさとそっちに向かってもらうためにここで獲ってもらったというのもあるわけで。


とはいえ、さしあたってどういう扱いにするかなというところです。
美月はあんまり王者の苦悩とかっていうガラでも無いのかなと思うんですが。


さて、ちょっとまた乱れてしまいましたけど、また週一ペースに戻れればいいな。

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 美冬戦の翌日。
 昨夜、何度目かの病院送りをくらった美月は、すっかり日が高く上った頃に病室で目を覚ました。
「………」
 あれ、何だっけ。
 仰向けになったまま、美月は真っ白い天井を黙ってぼーっと見上げていた。
 その内になんとなく頭頂部に痒みを覚え、頭に手を伸ばそうとした時、
 それを横からにゅっと伸びて掴む手がある。
「おいおい、起きたなら声ぐらいかけてよ」
 ベッドの傍に座っていたジョーカーレディであった。
 自分を覗き込むジョーカーの顔を不思議そうに見つめてから、美月はこう、のたまった。
「あれ、あなた何でここにいるんでしたっけ?」
「何でって……」
 悪気無くスッとぼけてみせる美月に、ジョーカーは苦笑しながら肩を落とした。
「美月のタイトルマッチを見に来たんだよ。っていうか、どこまで覚えてる?」
「どこまでって……ああ」
 言われてみれば段々と思いだしてきた。
 美冬とタイトルマッチをしていて、反則負けになりかけて、何故かリングサイドにジョーカーがいて、
 言われたから仕方なく腕十字を解いて……
「あ……、そうか、頭から血が出てましたね。それでまた私は病院送りになったんですか」
「そうそう、……だから頭を触ろうとするな」
 ついまた美月の手が頭に伸びようとしたところを、ジョーカーは慌てて制した。
「前髪の生え際から頭頂部に向けてざっくり切れてた。
 傷口を縫うために髪を剃ろうとするもんだから慌てて止めたよ。
 ただその分きちんと縫えてるかわからないから、あんまり触らない方がいい」
 そう言って、ジョーカーは個室に備え付けてあった手鏡を取り上げると、
 横になっている美月の髪をそっと掻き分け、傷口を鏡越しに見せてくれた。
「さて、ちょうどよかった。そろそろ飛行機の時間だから、帰らきゃいけなかったんだ。
 その前に少しでも話せてよかったよ」
 ジョーカーは大きく伸びをしてから立ち上がり、個室の壁に掛けてあったコートを取り上げ、
 帰り仕度を始める。
「あ、もう……」
 と、ベッドから起き上がりかけた美月の上体に、ジョーカーがそっと自分の体を重ねて軽く抱きしめ、
 再びゆっくりとベッドに寝かしつけた。
「見送りとかはいいから、もうちょっと寝てなよ。あんな試合の後だしね」
 暇潰しのために読んでいた雑誌類をぽいぽいと旅行鞄に詰めたジョーカーは、
 最後に改めて美月へと向き直った。
「突然来て突然帰るようなことになって悪いと思ってる。
 実は元々日本まで来るつもりは無かったんだけど、ちょっと私にも事情があってね」
「とんでもない。少しでも会えて嬉しかったですよ」
 そう言って美月が差し出した右手を、ジョーカーはしっかりと握り返した。
「おっと、そろそろ本気で時間無いわ。それじゃ、良い試合だったよ。凄く、励みになった」
 手を振って病室のドアに手をかけたところで、ジョーカーはまた不意に美月を振り返った。
「そうそう、そこに励ましのお便りが纏めて置いてあるから、全部しっかり目を通しておくように。
 反則負けなんて望んでなかったってファンは、私だけじゃないんだよ。それじゃね」
 綺麗に片目をつぶって見せ、ジョーカーはドアの向うに姿を消した。
(……本当に行っちゃった)
 ふと寂しさを覚えた美月は、それを紛らわそうと、重たい体を起こしてベッドに腰掛ける。
 そう広くも無い個室の中、ベッドの前に置かれたテーブルの上には、
 ジョーカーが言ったように、美月宛に送られてきた激励のメールを印刷したものの束と、
 金色に輝く大きなベルトが置かれていた。
 美月は、昨夜の試合で勝ち獲ったベルトを持ち上げようとし、
 指をプレートの縁に引っ掛けただけで止めた。
 指先から伝わる感触だけでもかなり重く、疲れた体では持ち上げるのも物憂い。
 代わりに、美月はメールの束を手に取って上から読み始めた。
 と、一枚目を読み終わったところで、
 その後ろから、紙こそA4コピー紙だが明らかに手で書いたと思われるものが出てくる。
 クセの強い筆記体で書かれた英文は美月には読めなかったが、
 最後の署名だけはなんとか読むことができた。
 ジョーカーレディ、と。
「……ゆっくりしていけばよかったのに」
 紛らわせるどころか、寂しさが募ってしまった美月であった。
 が、何故ジョーカーが急に来て急に帰って行ったのか、
 実はその理由がちゃんとそこに記されているのだが、美月がそれを知るのはもう少し後の話になる。


 同じ頃、団体の社長室。
 大きな樫の机を挟んで、社長と秘書が向かい合っていた。
「昨夜の試合、ネット上などの評判はなかなかいいようです。
 DVDの売上はそれなりに期待できるのではないでしょうか」
「うん……まあ、それは何よりだが」
 秘書の報告を受けても、社長の表情は今一つ晴れない。
「話題になるほどの試合内容を残せるというのも大事なことだが、
 今我々が求めているのは、試合内容に関わりなく、名前だけで客を呼べるスターだよ。
 可能な限り、そういう人間があのベルトを巻いていなければいけない」
「しかし、今現在この団体にそういった人物はいないのではないですか」
 秘書は、正直に思った通りのことを口に出して指摘した。
「いや、いないわけじゃない。休養中なだけだ」
「鏡さんと、ライラさんのことですか」
 この団体の二枚看板であった鏡とライラは、二人揃って長期の休養中なのである。
 その間に比較的若手の中から突出して来たのが、伊達であり、美冬であり、美月であった。
「ひとまずはあの二人が戻って来るまで待っていればいい。
 それまでの間は、どうにか我々の方で仕掛けをして話題作りをするしかないよ」
「スター不在という今の状況は、新たなスターが生まれる好機とは言えませんか?」
「まあ、伊達にはその兆しがあったような気がするけどね。その後ベルトを巻いた二人は厳しい。
 その他にも特にこれという人材はいないと思うね。今のところは」
 社長は、自分の団体に辛口の評価を下した。
 直に彼女たちに接している時はまた違うが、経営者としてはこう言わざるをえないのだろう。
「わかりました。それでは、さしあたってどんな仕掛けをいたしましょうか」
「とりあえず、彼女の謹慎を解いてくれ。彼女なら出てくるだけで話題になるだろう」
「謹慎というと……ああ」
 秘書は何かに思い当った風で、ちょっと渋い表情を浮かべた。
「いいんですか?またテレビ放送中に何をやらかすか……」
「まあ、生放送は怖いが……。
 そうでなければ、最初から番組のレーティングを上げてもらうなりすればいい。
 流石に18禁は困るが、R指定までなら話題作りとして目をつぶろう」
「わかりました。それでは次の興行から参加させます」
「そうしてくれ。あとは彼女の方で勝手に目立ってくれるだろう」
 秘書が一礼して部屋を出て行ったあと、社長はイスの背もたれに体を預け、
 大きな溜息を吐いて天井を仰いだ。
「さて、当面はこれでいいとしても、その次は……」
 経営者としては、美月は頭の痛くなるタイプの王者であった。

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by right-o | 2012-02-05 21:18 | 書き物