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 安宅留美、17歳。
 別に貧しい境遇で育ったわけでもない。
 両親は普通に働いていたし、家族関係も良好だ。
 一人、親戚にちょっとハジけた従姉がいるが、周囲にいる変わった人間なんてそれぐらいだった。

 そういう訳で、不自由や抑圧とは無縁の生活を送って来た彼女だが、何か物足りなかった。
 普通に学校に通って、就職して、生活する。
 多分このままでは、そうやって人生は過ぎて行くんだろう。
 何かつまらない。
 普通では物足りない。
 もっと良い生活がしたい。
 家とか、服とか、車とか、宝石とか、その他思いつく限りの贅沢な物を手に入れてみたい。
 そして人に羨ましがられてみたい。
 金や所有物だけじゃなく、容姿とか、才能とか、人格とか、
 自分という人間に対する他人からの惜しみない賛辞を、嫌というほど受けて見たい。
 尊敬されたい。
 
 詰まるところ、成功したい。
 このまま名も無い世間の一員として過ごすのではなく、
 有形無形の欲しいものを全て手に入れた上で、自分の名前を世間一般に知らしめたい。
 そのためなら、我慢はしよう。
 それは仕方が無い。
 望んでいるものがすぐ手に入ると思うほど、子供ではない。
 そんな子供っぽい決心をした17歳の春であった。
 

 さて、意を決したところで考える。
 具体的に、成功するためにはどうしたらよいか。
 まず一般的なところで、勉強する手がある。
 勉強して、良い大学に行って……そのあとはよく知らないが、
 とにかくこの頭を使う道が、多分最も一般的な成功へ続く道だろう。
 が、これはダメ。
 自慢じゃないが、頭のデキを褒められたことはあんまりない。
 口はよく動く方なので、それに直結している頭も、そんなに悪くは無いんじゃないか……
 と自分では思っていても、細々したことは覚えてられない性質なので、
 これまで他人からの評価は芳しくない。
 頭がダメ、となれば体か。
 体という言葉には様々な意味があるが、あんまり道徳的でない道は削除して考える。
 その辺、育ちがいい。
 というか、金はともかくとしても、尊敬は期待できないという考えもある。
 改めて、健全な意味で、体を使って成功する道を考えてみた。
 こっちには自信がある。
 何よりこれまで、自分より背の高い同性にはお目にかかったことがないし、
 体つきも決して軟弱ではない。
 そこで更に、より具体的に、体を使って何をするか考える。
 世の中には様々なスポーツが存在するが、その中で成功できそうなものは何か、と考えた時、
 案外と選択肢が少ないことに思い当った。
 野球やサッカー等のメジャースポーツで、女性が男性並みに成功することは不可能に近い。
 かといってそれらよりマイナーなスポーツでは、そもそも仮にトップに立ったところで、
 社会的に成功しているとは言い難い。
 どうしたもんか、と、思考に行き詰って、ふとテレビを点けた。
 ちょうどプロレス番組をやっていたところで、画面にはワールド女子の試合が映し出されている。
 そこには見慣れた顔があった。
 その、安宅留美と同じ色の髪をした妖艶な女性は、
 リングの上で腰に手を当ててしなを作りながら、自分が持っているベルトを掲げ誇示していた。
(何やってんだか)
 従姉であった。
 当の本人もよくわからない内に、プロレスラーになっていたような人間である。
 そんなヤツが頂点(の内の一つ)に立っている業界とは、一体どんなところなのか。
(あれ?)
 あんなのが頂点に立てるなら、自分にだって出来るだろう。
 ついでに、プロレスで成功するというのは、かなり儲かるという話を従姉が言っていた気がする。
 さらに、団体によっては地上波放送があるので、知名度を得るという意味でもまあ申し分無い。
(コレにするか)
 そうと決まれば善は急げ。
 確か地元にもプロレス団体があったはずで、そこが業界で一番大きいというわけでは多分ないだろうが、
 その点はゆくゆく大きい団体に拾ってもらうか移籍すればいいだけの話。
 それに大所帯の下っ端は色々と面倒くさそうなので、とりあえずそこそこの規模で始めるのも悪くない。
 と、そういうわけで、安宅留美はVT-Xの門を叩いたのだった。

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by right-o | 2011-10-31 11:31 | 書き物
※以下全文、STRさんが書かれた文書の転載です。


西暦20X1年3月……

空前の盛り上がりを見せる女子プロレス界。
全国的な人気を誇る巨大団体・【新日本女子プロレス】を筆頭に、
サンダー龍子率いる【WARS】、ビューティ市ヶ谷の【JWI】、
ブレード上原が支える【太平洋女子プロレス】、
新興ながら勢いのある【東京女子プロレス】などが覇を競い、他にも小規模団体が乱立している。

そんな混迷と動乱の時代……
若さと情熱に溢れ、恐れを知らぬ少女たちが、新たに四角いジャングルへ飛び込もうとしていた。
いずれマット界に訪れる巨大な嵐の存在を知る由もなく……


福岡県某所にある、新興女子プロレス団体【VT‐X(ヴォルテックス)】の道場――

「……996、997」
明日のレスラーを目指す少女たちが集まり、入団テストを受けている。
VT‐Xは歴史の浅い新団体とはいえ、九州では随一の規模を誇るだけあって、希望者も多数詰め掛けている。
まずは小手始めのスクワット……だが、この時点で早くも脱落者が続出。
「998、999、1000!」
1000回のヒンズースクワット――
女子プロレスラーとしては、さして過分な要求とはいえない。
が、最後までやりとげたのはホンの数人。
「お疲れ様です~。あ、もうギブアップな方は、帰って下さいね~~」
審査に立ち会っているVT‐Xレスラーの一人、《神塩ナナシー》が呑気な声で告げる。
息も絶え絶えな少女たちが、はいずるみたいにして道場を出て行く。
「フン…情けないわね」
鼻で笑ったのは《真壁那月》、まだ若手ながら打撃には定評のあるVT‐Xのレスラーである。
「でも~、去年は那月もあんな感じだったけど~~」
突っ込むのはこれまたVT‐Xの《獅子堂レナ》。
「い、いいでしょうっ、ちゃんと1000回こなしたんだから!」
実際、重要なのは1000回こなせるかどうかもさることながら、これを経てなおかつテストを受け続ける気力があるかという気力である。
流石に1000のカベを超えた連中は、疲労の色を濃くしつつも、その目は死んでいない。
その中でも、とりわけ強い眼差しを持つ3人の少女――

一人はアメリカ出身、あちらでは相応に試合もこなしてきたというレスラー。
また一人は長身で眼光鋭い、一匹狼風。
そして整った顔立ちだが、不遜な面構えの少女。

体力テストは更に続いていく。

最初の「体力テスト」は、難なくクリアしてみせた〈安宅 留美〉。
続く「個別面接(自己アピール)」では、飾らない言葉で啖呵を切って見せたが、逆に「それくらい元気があった方がよろしい」みたいな感じで印象はなかなか良かったようだ。
とはいえ、まだまだ気を抜くわけにはいかない。
「スパーリング(練習試合)」もきっちりこなして見せる。

最初の彼女の相手となったのは、
〈ルーチェ・リトルバード〉
という外国人である。
体格的にはパッとしないが、かなり“出来る”と見える。
先ほどの体力テストはきっちりこなしていたが、面接は……どうやら日本語がほとんど喋れないらしく、さっぱりだったようだ。
相当な気持ちで向かってくるだろう。
留美は気持ちを引き締め、リングに上がった。……

――しかしこの対戦では、終始ルーチェが優位を締めた。
留美のパワーをいなし、的確な打撃を打ち込んでくる。
ダウンさせられることはなかったものの、エルボーやニーリフトを叩き込まれ、こちらは有効な技を仕掛けられぬまま、制限時間が訪れた。
引き分け? いや、明らかに判定負けという所だ。

次の対戦相手となったのは、
〈オースチン・羊子〉
である。
体格はほぼルーチェと同等、テクニックで勝負するタイプだろうか。
体力テストではかなり息が上がっていたし、面接の態度もかなり悪かった……まぁ、留美も大差なかったのだが、そこは伝え方の問題であろうか。
スパーリングには全てを賭けてくるだろう。
それより何より、

――何となく、虫が好かねぇ。

いかにも我が強そうで、そのためなら何でもやりそうな奴。
つまりは同属嫌悪であるが、本人は絶対に認めたがるまい。
留美は気を取り直し、羊子と手を合わせた――

「そこまでっ」
レフェリーを務める《伊達遥》が両者の間に割って入った。
留美のショルダータックルで吹っ飛ばされた羊子は、ぐったりとマットに伏している。
脳震盪を起こしただろうか。
「フン……ザマぁねぇな」
鼻で笑って見せるが、そこまで余裕があったわけでもない。

ともあれ、これで全てのテストが終了した。
合否発表の時が訪れる……


「それでは、合格者を発表します~」
緊張の極みにあるテスト生たちとは裏腹に、能天気な声で神塩が続ける。
「え~っとですね、まず……」
「…………っ」
息を呑み、名前を呼ばれることを祈るルーチェ……
「19番、安宅留美さ~ん」
「――当然だな」
不敵にうそぶき、立ち上がる留美。
内心では結構ドキドキであったが、当たり前といいたげに髪をかきあげる。
「それから、30番、オースチン羊子さ~~ん」
「……どーも」
こちらはチト浮かない表情ながら、立ち上がる羊子。
(ゲッ。あいつも合格かよ)
他のスパーリングでもいまいちな結果だったので、てっきり落ちたかと思ったが……
(……まぁ、いいさ)
あの調子じゃ、どうせ入門した所で、練習にはついてこれまい。
遠からず夜逃げするのが関の山だ……

それから何人かの名前が呼ばれ、合格発表は終わった。
「……以上で~す。合格出来なかった人は、またトライして下さいね~」
「――ッッ!!」
ダンッ!! と道場中に轟音が響き渡った。
思わずギョッと音のした方向を見る一同。
さっきの外国人――ルーチェとか言ったか、彼女が立ち上がり、床を踏み鳴らしたのだ。
「ワタシ、カッタ! ワタシ! アイツ、アイツ、ミンナ、カッタ!」
留美たちを次々に指差しながら、必死に訴えているルーチェ。
確かに、スパーリングだけ見れば、彼女の動きは十分なものではあった。
が、いかんせん外国人、しかも日本語が不自由とあっては、なかなか難しいだろう。
「~~~ッ!!」
「●▲×□!! $%&$! #&”$%&~~~~!!」
激情のままに英語でまくしたてる彼女、しかしもはや時すでに――

「――そうね。確かに、強さこそが全てだわ」
ふらりと道場に入ってきた女性の声が、ルーチェの絶叫をかき消した。
その姿を見るなり、留美は思わずゾクリと肌が粟立つのを感じた。
(この女は……っ)
「あら~、十六夜さん、珍しいですね~」
「えぇ。ちょっと――ね」
十六夜――《十六夜 美響》。
VT‐Xのエース格として知られる、カラミティ・クイーン。
ルーチェに視線を向け、微笑を浮かべ、何やら英語で問いかける。
気圧されながらも、うなずく彼女。
「オーケー。……社長、どうかしら」
「見込みがあるんだろうな?」
「私の目が曇っていなければね」
「……いいだろう」
社長がメモに走り書きし、神塩に手渡す。
「あ、は~い。……27番、ルーチェ・リトルバードさ~~ん」
「ハッ……ハイッ!!」
大声で返答するルーチェ。
(――厄介なのが残ったな)
と、黙って見ていた羊子が、ふいにルーチェに英語で話しかけていった。
そういえば、変わった苗字だとは思っていたが……
熱い握手を交わす2人……
その時、羊子が留美に向かってニヤリと笑って見せた。

(――あの女!)

やっぱり、好きになれそうにないタイプだ、と安宅留美は思った。……



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by right-o | 2011-10-31 08:08 | 書き物
……色々あったんです。
ああ、もう……。


web拍手お返事 こんな私にもコメントありがとうございます。

>杉浦さえ感心した神田さんの見事な応用! ボクシング技以外で活躍しているものは珍しいので、思わず何度も読んでしまいました! そして相羽が立つ! 頑張れ相羽! タッグ相手は六角か越後が……どちらでも楽しみです

いつもありがとうございます。
元キャラから見れば壊れまくってる神田ですが、受け入れられてるなら幸いです。
ちょっと強くし過ぎたかもしれませんけど。

そういうわけで、六角さんにお願いしました。
さ、試合の方はどうしようかという感じです。


というわけで、次回はVS相羽・六角。
どうしようかな……

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 美月と神田がタッグ王者になってから一週間後。
 二人はリングの上で相対していた。
「シッ」
 不用意に突きだれた美月の腕に被せた神田の右拳が、美月の頬に食い込んだ。
 カウンターの一撃は、厚いグローブ越しでさえ、相手の動きを止めるのに十分な衝撃を与える。
「うっぐ……!」
 返す刀で左のボディブローが脇腹に突き刺さり、美月はたまらず体をくの字に曲げた。
 これを狙っていた神田は、すかさず美月と水平方向のロープへ飛ぶ。
「いけぇッ!」
 勢いのまま飛び上がりつつ右足を大きく上げ、振り下ろす踵で美月の後頭部を狙う。
 反動で浮き上がる左足と合わせて、ちょうど美月の頭を両足で挟み込むような形。
 しかし、美月は間一髪で体を起こして両足の鋏から逃れ、同時に今度は自分がロープへ走った。
 避けられた神田はよろめきながらも体勢を立て直すが、その時にはもう美月がロープを背にしている。
 どう対応すべきか判断に迷っている間にも、目の前の美月が一歩一歩眼前に迫り、大きくなっていく。
 ままよ、と意を決して足を踏み出し右腕を振りかぶった時には、美月は既に踏み切りを終えていた。
 美月は、神田がしたのと同じように右足を振り上げながら前にジャンプ。
 ただし、足は振り下ろさず、膝の側面を神田の頭にあてがう。
 神田の首に右足を引っ掛けるような姿勢から、体重を預けて後ろに引き倒した。
 ちょうど立っている状態から無理矢理ギロチンドロップを仕掛けられたようになり、
 神田は後頭部からマットに叩きつけられることになる。
 
「見事でした。やっぱり自分では、まだまだ先輩の相手にはなりません」
「いや……グローブ無しだったら私の体が動いたかどうか」
 道場のリングを使ったスパーリングを終え、二人は並んで隅のベンチに腰を下ろした。
 神田は後頭部を、美月は右の脇腹をそれぞれ手でさすっている。
 練習のため、神田は厚手のボクシンググローブを嵌めていたが、
 それでも美月には十分ダメージが感じられた。
「あ、ところで先輩、これ、記者の人から貰いましたよ」
 そう言って神田は、美月にグローブを脱がせてもらった手で、脇に置いていた雑誌を取り上げた。
 斜め線で大きく二つに区切られた表紙には、立っている千秋にダブルニードロップを仕掛ける神田と、
 千春に前転式パイルドライバーを掛ける寸前の美月の、躍動感に満ちた写真が載っている。
 週刊のプロレス雑誌だった。
「ああ、この前の……まあ棚ボタで載ったようなもんですけどね。その表紙」
「それでも私は嬉しいです。ようやく自分のやってきたことが形になって」
 神田は、いつもの真面目な表情を崩してふやけた笑顔を浮かべた。
 美月もまんざらではない様子で、神田の手にある雑誌を覗きこむ。
「あ、でも」
 ふと、神田は思い出したように怪訝な表情をつくった。
「昨日のあれ、次の挑戦者のXって誰のことなんでしょうか?」
「さあ……」
 美月は軽く首を捻って、つい昨日の夜のことを思い返してみた。


 その夜、美月たちが戴冠を果たして初めて迎えた興行でのこと。
 試合の無かった二人が、ベルトを獲った喜びをささやかに味わいつつ、
 バックステージでのんびりとモニターを眺めていた時、
『これの表紙になってる二人、ちょっと出てきてくれないかな?』
 モニターの中、リングに立っている六角葉月が、
 美月たちが表紙になっているあのプロレス雑誌を掲げてそう言ったのだ。
「へ?」
 一瞬顔を見合わせた美月と神田は、
 慌てて傍らに置いていたベルトを引っ掴んで入場ゲートに向かった。
『まずは、おめでとう。良い試合だったよ』
 内心では何事かと訝りつつも平静を装って出て来た二人へ、六角はそう続けた。
『でもあんまり良い試合だったもんだから、私もそのベルトに興味が沸いちゃってさ。
 昨日の今日で悪いんだけど、次は私に挑戦させてくれないかい?』
『……それは構いませんが』
 美月は、出際に手渡されたマイクを持って、ひとまずそう言った。
 ここで間違っても嫌とは言えないのが、ぽっと出の新米チャンピオンの辛いところである。
『パートナーは誰ですか?まさか一人で挑戦するわけじゃないでしょう』
『まあ、それは当日のお楽しみってことでどうだい?
 ヒントは……あんたたち二人に因縁を持ってる人間、ってところかな。
 それじゃ月末の両国で、私とパートナーのXでタッグのベルトに挑戦決定と。そういうことでよろしく~』
 そんな感じでゆる~く締められて、六角の挑戦が決まったのであった。


「帰国してから、まだ他人から因縁を持たれるようなことをした覚えは無いんですが……」
「私なんか入団以来ありません……」
 本気で悩む二人の後ろ、
(……不憫な子)
 たまたま通りかかって道場の様子を伺っていた内田が、
 忘れられている六角のパートナーを思って、心の中で呟いた。

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by right-o | 2011-10-30 20:54 | 書き物
 神田対千秋の一戦からさらに二週間後。
「さて、出番のようです」
「ハイッ!」
 シリーズ最終戦の、ちょうど試合順の折り返し地点が美月たちの出番であった。 
 地方がら一万人規模の大きな総合体育館の、暗幕で仕切られた裏側に待機していた美月たちは、
 うっすら汗をかく程度でウォーミングアップを終え、準備万端。
「行きましょう!」
「ハイッ!!」
 試合内容についての打合せは散々やった。
 あとはそれを実践してみせるだけである。

 低い打楽器の音が重ねられた重厚なイントロから始まるテーマ曲がかけられ、
 まずタッグ王座戦の挑戦者、神田幸子の入場から始まった。
 袖なしの薄いガウンのフードを目深に被り、
 時折体を揺らしてシャドーボクシングのような動きを見せつつ花道を歩く様は、
 かつてのボクサー時代を思わせる。
 デビュー一年足らずとは思えぬ落ち着きを見せてロープをまたぐと、
 フードを跳ね上げて凛々しい素顔を晒した。
 引き続き神田のテーマの終わりに英語の音声が被せられ、美月の入場へと繋がる。
 ジョーカーから受け継いだ曲で入場してくる美月の姿は、
 この日初めて日本のファンが目にするものであった。
 元々トリックスターたるジョーカーレディのために用意された曲は、
 今の美月が使うには違和感があったが、
 美月は、自分のキャラクターが曲の方に合わせて変わっていくかのような予感がしていた。
 挑戦者組の入場からやや間が合って、
 こちらも英語の、スポーツ実況のような特徴的な導入から始まる曲で王者組が入場してくる。
 それぞれ片手で持ったベルトを左右に誇示して悪態を吐きながら、
 双子の姉妹はゆっくりとリングへ歩を進め、二人同時にロープをくぐった。


 ついにリング上で相対した両組は、どちらからともなく間近に歩み寄って視線の火花を散らした。
『下がって!』
 一触即発の状態から、試合開始前に一度コーナーへ下げようとレフェリーが間に入る。
 それに一旦は従うと見せておきながら、村上姉妹はすぐに踵を返して奇襲――を仕掛けようとしたところ、
 お見通しとばかりに肩越しで振り向いた美月&神田と目が合った。
「チッ」
 二人同時に舌打ちした姉妹は、仕方な一度くコーナーへ下がろうとする。
 しかし、姉妹が背中を見せたその瞬間、反対に美月たちが踊りかかって奇襲をかけた。
「うおっ!?」
 それぞれにドロップキックで姉妹を蹴り飛ばすと、千春の方を場外に落としつつ千秋を捕まえ、
 二人がかりでロープへ振って待ち受ける。
「合わせて!」
「了解!」
 戻ってきた千秋の左右からそれぞれの腕を絡ませ、ダブルのアームホイップ。
 そこから千秋を挟み込むように両側のロープへ走ると、
 神田が横から滑り込む形のギロチンドロップ、美月は勢いのまま空中で前転してのサンセットフリップ。
「ぐぇっ」
 千秋の顔と胴体を押し潰し、まずは美月たちが相手のお株を奪う奇襲とコンビネーションを見せつけた。

 美月にとって、姉妹個々は既に脅威を感じる存在ではない。
 それどころか、体格差が少ない分かなり楽な相手だと感じられる。
 反則行為についてもメキシコで散々やらされたため、かなり耐性がついていた。
 一方、神田も一対一でルールに則った状況ならば姉妹に遅れは取らない。
 が、経験が浅い分どうしても、インサイドワークをフルに活用してくる相手は苦手となるため、
 実力を十分に発揮させてもらえないままで相手のペースに呑まれてしまう恐れがあった。
 そして、このタッグ王者はその辺りの機微に対して非常に聡い。
 最初こそ圧倒されたものの、徐々に狙いを神田に絞り、あの手この手でペースを乱しにかかる。
 
 試合時間が十分を少し過ぎた頃。
 対角線上で完全に捕まった状態の神田へ檄を飛ばしながら、
 美月は内心冷めた目で、「まあ、大方予想通り」と状況を見ていた。
 姉妹は、美月が出ている時は攻められながらも劣勢を過剰に演出し、
 交代した神田が勢い込んで出て来たところを場外からの介入等で躓かせ、
 自コーナーでじわじわと痛ぶりなかなか放そうとしない。
 とはいえ、この展開は美月も神田も十分に予想できた。
 予想できたからといって回避できるわけではないのだが、
 この試合が神田の頑張りにかかっている、という点は事前に本人と確認している。
 加えてもう一つ、美月の密かな企みとしては、
 この試合で自分の手の内を全ては見せたくないと考えていた。
 なるべく神田を長時間試合に出させておき、
 できれば最後のおいしいところだけ自分が持っていければ……というのが美月の思惑だったが、
 当然ながらタッグ王座の奪取が第一目標なので、神田を応援する気持ちに嘘は無かった。

 そんなこんなで神田を激励しつつ待ちに待った十五分過ぎ。
「おらぁッ!」
 ふらふらとコーナーから崩れ落ちて前に倒れ込んだ神田に向け、
 トドメとばかりに、横から走り込んだ千春が右足を振り上げる。
 前哨戦の後で神田の頭を蹴り上げてKOした図を思い描いた観客から悲鳴が上がったが、
 神田は頭を起こしてこれを空振りさせると当時に、足をもつれさせた千春を引き倒して強引に押さえ込む。
「!?……くそッ!」
 千春はカウント2でクリアしたが、神田はそのまま青コーナーから伸びる美月の手に飛びついた。
「あとは……っ!」
「任されますよ」
 コーナーから飛び出した美月は、殴りかかってきた千春の脇をすり抜けつつ、
 すれ違いざまに背後から首を取り、そのまま背中から倒れ込むネックブリーカードロップ。
 さらに千春の立ち上がりざま追撃を狙おうとロープへ走る。
 と、背中を預けたはずのロープの感触が無かった。
「うっ!?」
 千秋が、自分の全体重をかけてトップロープを下げていた。
 支えるものの無い美月は場外に転落。
 美月が攻撃に集中した隙を突かれた形になったが、
 これまでちょっかいを出さなかった美月に手を出してきたということは、村上姉妹も痺れを切らした証拠。
 また神田が出てくるまで待ってはいられないということか、
 と、美月は怪我の無いよう冷静に落下しつつ分析した。
「先輩!」
 落ち着いている美月を余所に、これまで鬱憤が溜まっていた分も含めて激高した神田は、
 試合権利が無いながら、ダメージのある体を引き摺ってコーナーに上った。
 両足を伸ばして立ちあがり、倒れたままの千春に照準を合わせる。
「やらせねーぞ!」
 ダブルニードロップを狙う神田に対し、制止するレフェリーを押しのけて千秋が迫る。
(くっ)
 千春の位置が遠いこともあり、このまま飛んでも空中で千秋の邪魔を受ける公算が高い。
 咄嗟にそう考えた神田は、あえて待った。
 千秋がちょうど千春の前に立ちはだかるような位置に来た瞬間、跳んだ。
「な……!」
 神田は、千春ではなく千秋目掛け、両膝を折って落下。
 肩を膝で押さえつけるようにして千秋の上に乗ると、そのまま背後に押し倒した。
「応用、ってことですか」
 やるな、と感心しつつ、神田の機転を見た美月は急いでリングに戻る。
 ここまで急に試合が動くとは思っていなかったが、こうなってわざわざ勝機を逃す手は無い。
 ようやく起き上がった千春の腹部にトーキックを入れ、屈ませてパイルドライバーの体勢へ。
「まずは上出来ってことで……!」
 前転式のパイルドライバーで千春の脳天をマットに突きさし、完璧な3カウントを奪った。


「はー、メキシコであんな技覚えてくるとはねぇ」
 見たことの無い技の連発と、新タッグ王者の出現に湧きかえる会場を裏から除き見て、
 六角は素直に感心していた。
 成長したとは聞いていたが、美月は六角の想定を上回る動きを見せてくれた。
(こりゃ久々に面白そうな相手かもしれない……)
 湧いてきた好奇心を表に出さないよう装いつつ、六角は傍らに視線を移す。
「で、あんたはそのままでいいのかい。いじけて、置いて行かれたままで」
 拳をきつく握り締めた相羽は、それでも俯かずにリングの上を見ていた。

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by right-o | 2011-10-23 21:12 | 書き物
こんなコメントをいただきました。

>千春が投げキャラで千秋が打撃キャラになってますヨ! 逆ー逆ー!(誰も気付かなかったんだろうなーと思いホロリときたHIGEであった)

ハッハッハ、またまたご冗談を。
いくら何でもそんなこと、書く前に確認するに決まってるじゃないですか……


……はい、すいません。間違えてました。
自分の中で、
千春―姉―単純―投げ
千秋―妹―狡猾―打撃
っていう式が何故か頭ににあったようです。

待てよ、確か以前も同じ間違いを直接指摘されたことがあったような。
あとでこっそり名前を入れ替えておきます。


次まで相羽は一回休み。
その次ぐらいで立ち直ってもらいますか。


あとそう技の方。
ダイビングダブルニードロップはDDTの現KO‐DチャンピオンKUDOの決め技。
そのまんま、飛んで両膝を折った姿勢で相手の上に着地するエグイ技です。
これはちょっと派生した使い方があるので、それはまた次回。

技と関係ない話ですが、KUDOは是非次の一回だけでも防衛して欲しい。
正直、佐藤光留が何故総選挙で一位なのかわからない。
変態の割に言うことが細かいというか理屈っぽいというか、好きになれない。

で、パントキックはランディ・オートンの技。
技というか、アメフトだかラグビーだかで楕円のボールを蹴ってゴールに入れる行為。
チャーリー・ブラウンが毎回ルーシーにスカされてずっこけるアレ。
それを人間の頭にやってしまうというもの。

踵落としは、次回ある技を閃くためのただの布石。
その内伊達が出てくる予定なので、その時にでも。

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3日連続で更新。
ちょっと中身は薄くなりましたが……


web拍手お返事 どうもありがとうございます。

>幻の右に相羽の脳みそがシェイクされた! 流石、カミソリ掌底の持ち主ですね。このことに杉浦は一体何を思ったのか……杉浦のプロデュース計画が始まる! なんかジョーカーさんみたいになってきた杉浦ですね。

そういうことです。
ジョーカーみたいなことをしつつ、タッグ王座を目指す美月……さてどうなることやら。
神田が強いのか弱いのかイマイチわかりませんが、このタッグで村上姉妹に挑戦することになります。
さて結果はどうしたもんか……


>続きみたいっす。みつきがどんどん俺好みになっていく・・・

ありがとうございます。
多分、今月中はこんな感じで進むかと。
ただ、この後はちょっと美月が前面に出て話を進める構想ですので、よければお楽しみください。
好みと言っていただけるのは何よりです。


>神田さんの真面目さに杉浦の頭脳が加わって、何とも言えない絶妙なかけ合いですね。相羽……もういっそ六角さんと組んでください。

相羽のパートナーはちょっと迷っていますが、いまのところは本当に六角の予定です。
ただ無理矢理越後をここで突っ込もうかとも考えてますので、まだわかりません。
……我ながら行き当たりばったりだな。


正直、相羽を気にかけてくださる方がいて意外でした。
今後ほんの少しだけ見せ場がありますので、ご期待ください(?)・



いつもコメントありがとうございます。
ホント、励みになります。

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 再びホテルへ向かうバスの中。
「っ痛……」
「だから私がリングサイドに付くって言ったんですよ」
 千春に蹴り上げられた頭部を冷やす神田の横で、美月が呆れ気味に溜息を吐いた。
「……ただ、試合は見事でした」
「あ、ありがとうございます!」
「お礼を言われても……」
 殊勝に頭を下げる神田を見ていると、美月はどうも背中がむず痒いような気持ちになる。
 自分がジョーカーにしてもらったようなことを神田にしているつもりだったが、
 あんな風に飄々と後進に接することは、なかなかできそうにない。
「でも自分はまだまだです。現に試合の序盤は何もさせてもらえませんでした」
「その辺はもう慣れというか経験が大きいと思いますが、
 確かにまだまだ試合内容には工夫が必要かもしれません。……ところで」
 と、美月はジャージ姿の神田を上から下まで改めて見た。
「一応わかりきったことを聞いておきますが、蹴り技とかはできないんですよね?」
「それはまあ……ボクサーでしたから」
「コスチュームを見ていても思ったんですが、折角足が長くてスタイルもいいし、
 何か蹴り技を使ってみたらいいんじゃないですか?」
「す、スタイルって……」
 あんな思いっ切り側面の開いたコスチュームを着て戦っておきながら、
 そう言われると神田はちょっと赤くなった。
「し、しかし足技は素人ですので、自分には難しいかと思うんですが」
「うーん、何も高等な技術の要る技でなくても……踵落としとかはどうでしょう?」
「……それは普通に空手の技なのでは?」
「ただ踵を振り下ろすだけのことでしょう?
 まあプロレス技なんだし、とりあえず見栄えと威力があればいいんですよ。
 例えば早瀬さんなんかシャイニング式で使うじゃないですか」
「あれは琉球空手の奥義か何かじゃないんですか?」
「そういえば……ってそんなわけないでしょう」
「私は伊達さんの、コーナー串刺し攻撃へのカウンターが好きです」
「あれは本当に顔面狙って踵落としてきますからね……」
 この日も、美月と神田はバスの中で熱い議論を繰り広げ続けた。 


 そんな二人の一つ前の座席。
「はぁー……どうしたもんかねぇ」
「何がよ?」
 深ーい溜息を吐いた六角に、横で目を閉じていた内田が話しかけた。
「いやさ、コレ」
 そう言って六角は、通路を挟んだ隣の席を親指で示す。
 そこには、魂の抜けたように真っ白くなって座っている相羽がいた。
「……それが?」
「なんとかして立ち直らせてやりたいんだけど、どうすりゃいいのかわからなくってさ」
 物好きな、とでも言いたげに、内田は眉間にしわを寄せる。
「どこで情が移ったか知らないけど、放っときなさいよ」
「んー、いや、何か構ってやりたくてさ……」
「自分で解決しなきゃ成長できないわ」
 六角の言葉も、内田は冷たく切って捨てる。
 相羽はまだまだ立ち直りそうになかった。

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by right-o | 2011-10-10 20:32 | 書き物
 神田対相羽の試合から一週間後。
 その間にいくつかの興行を経たあと、美月たちには願ってもない試合がやってきた。
 神田と村上千秋とのシングルマッチである。
 相手の千秋はタッグチャンピオンの片割れであり、
 タッグ王座挑戦を目指す美月たちにとっては、もちろん願っても無い相手。
 ここで印象的な勝ち方をしておけば、挑戦に向けて大きく前進することになる。
「相手は千秋さんですが、姉の方も必ず試合に介入して来るはず。
 なので、今日は私がリングサイドに付きます」
 試合直前、そう申し出た美月に対して、神田は首を振って拒否した。
「今日は私一人で結果を出して見せます」
「あ、いや、私たちが組んでいることをアピールするためにもですね……」
 食い下がる美月を手で制し、神田はこう言った。
「大丈夫です。ただ、試合が終わったあとで、何かあったらお願いします。
 その方が、私たちをより印象的にアピールできるはずですから」
 そう言って神田は入場ゲートをくぐって試合に行ってしまった。
「………むぅ」
 試合が終わったあと、ということについて、美月は神田の言わんとすることがわかった。
 介入は何も試合中だけとは限らないのである。
(結構言うじゃないですか)
 試合そのもについての自信も含め、美月は神田に対する印象を改めた。


 ただし、試合は始まる前から千秋のペース。
「ルーキー!あたしが可愛がってやるぜッ!!」
 ゴング前、コーナーへ一旦控えようとした神田の背中に飛び掛かって奇襲。
 その後もサミングからタッグロープを使ってのチョーク攻撃まで、
 本当に様々な反則技を織り交ぜて神田を翻弄する。
 たまにようやく神田が攻勢に出たかと思いきや、
 今度は村上千春が、ロープに走った神田の足を場外から掬う。
 同伴を拒否された美月は拳を握って見ているしかない。
 ただ、神田は自分の言葉を証明する瞬間のために、ひたすら機会を待って耐え続けた。
 そしてついにその機会がやってくる。
「ハッハー!遊びは終わりだぜ!!」
 千秋が裏投げを決めてカバーに入ったが、神田はこれをギリギリで返す。
「……チッ、おい、さっさと三つ叩きゃいいんだよ!」
 レフェリーに抗議している千秋の背後、神田がゆっくりと自力で立ち上がった。
「おら、どうせ某立ちで動けねーんだからよ!」
 言いながら、千秋は振り向き様弓を引くように振り絞った右拳を振るう。
 神田は、どんなに痛めつけられても集中を切らさず、この時を待っていた。
「遅いッ!!」
 神経を張り詰めさせた神田にとっては、欠伸の出そうな速度で千秋の腕が伸びる。
 これに対し、神田は踏み込みながらわずかに首を振ってかわしつつ、
 自分の右腕を千秋の腕に巻きつかせるように被せる。
 千秋から見れば振り切った右腕の影から、突然神田の右拳が生えた。
「ッ」
 完璧な右クロスカウンター。
 何をされたか意識する間も無く前のめりになった千秋へ、
 すかさず神田はニーリフトを腹部に突き刺し、ダウンを許さない。
 自分が某立ちになった千秋をボディスラムで持ち上げ、コーナーの前に叩きつけた。
「いくぞっ!!」
「……っ、しまった!」
 コーナーを上る神田へ、突然のことで反応が遅れた千春が妨害のために追いすがる。
 だが一瞬早く、神田がコーナーからリングを向いて飛び立った。
 思い切ってかなり高く跳んだ神田は、ジャンプの頂点で両膝を曲げ、
 さらにそれを真下に突き出すようにしながら千秋の上に着地。
「ぐぇっ……!」
 エグい一撃から、場外の千春を睨みながらカバー。
 言葉通り、神田は自分一人で結果を残して見せた。


 ただ、試合の後に起こった出来事については、若干神田の予想を上回ってしまう。
 勝ち名乗りを受けている神田の背後を千春がイスで襲ったのだった。
 たまらず前のめりになって両手をついた神田を見て、千春は意味ありげにコーナーに控えて距離を取る。
「テメェ、舐めたマネしやがって……ッ!」
 慌てて美月がバックステージから飛び出したが、間に合わない。
 コーナーから突進した千春は、四つん這いになった神田の頭を、
 まるでボールか何かのように思い切り蹴り上げた。
 声も無く昏倒した神田を見下ろしているところへ美月が乱入、
 放置されていたイスを振り回して千春を追い払う。
「だ、大丈夫……!?」
 神田に駆け寄ってみると、完全に気絶していた。
 思わず、引きあげて行く千春を睨む。
 すると向こうも、千秋に肩を貸しながらこちらを睨みつけていた。

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by right-o | 2011-10-09 20:37 | 書き物
 会場から宿泊先のホテルへ向かうバスの中。
 来る時と同じ座席で、美月と神田が同じように話しこんでいた。
「……と、いうわけで、私と組んでタッグ王座を目指してもらいます。
 それが私からの、あなたに協力するにあたっての条件です」
「それは願ってもない話ですが、その……私に務まるでしょうか?」
 美月は、ふっ、と苦笑しつつ答えた。
「ま、少なくとも私が選択できる限りでは最良のパートナーですよ」
 腑に落ちない表情を浮かべながらも、神田はとりあえず美月の話に乗って来た。

「ただ、まずはあなたの試合をどうにかするのが先ですね」
「すいません、先ほどは恥ずかしい試合を……」
 しゅん、と神田は肩を落として表情を暗くする。
 意図したものでないだけに、神田にとっても反則負けは不本意だった。
「いや、あのカウンターは続けてください。直接フォールにさえ入らなければ誤魔化せるはすです」
 試合の最後で神田が見せた絶妙なカウンターこそ、相羽には無い引き出しであり、
 美月が神田を買っている点である。
「ただし、どうやってもフィニッシュにはなり得ませんので、何か別の決め技を身につける必要があります」
 もし神田のバックボーンが空手やキックボクシングであれば、
 蹴り技の応用を利かせればどうにでもなるのだが、ボクシングではそうもいかない。
「何かありませんか?こう、得意な投げ技なり関節技なり……」
「そ、そう言われても……。一通りは教わったのですが、何か特別できるわけではなくて……」
 だろうな、とは美月も思っていた。
 そうであればこそ美月に相談してきたのだし、何より相羽との試合を見ていてよくわかった。
「それでは、これから一緒に考えましょうか。
 お手軽簡単かつ説得力を備え、しかも神田幸子のイメージに合う必殺技を」
「はいっ!」
 何だかジョーカーみたいになってきたな、と思いながら、
 美月は神田と一緒に様々なプロレス技を頭の中に思い浮かべる作業を始めた。


「……フットスタンプなんかどうでしょう?多分、あまり使ってる人はいないと思いますが」
「あ!昔は理沙子さんが使っていましたね」
 その名の通り、
 コーナーからもしくはその場で飛び上がって、相手の腹部を両足で踏みつけるのがフットスタンプ。
 その昔、パンサー理沙子がコーナーから華麗に飛んで決めていた。
「自分の知っている限りでは、今使うのはみぎりさんと栗浜さんぐらいです」
「いや、あー……栗浜さんがいましたっけ」
 みぎりの場合、もちろんダイビング式で使えば死人が出るので、
 せいぜい片足を相手の上に置き、徐々に体重をかけながら踏み越えるように使う。
 逆に今現在完全な形で技をモノにしているのが栗浜亜魅。
 彼女はまず相手をコーナーの上に逆さ吊りにし、自分もそのコーナーに上る。
 そして足元にある相手の膝頭をぐりぐりと踏み、
 痛みのために相手が逆さまの上体を腹筋の力で起こしたところを、
 すかさずコーナーから飛んで両足で思い切り踏みつける、という応用も得意としていた。
「あと、ムーンサルト式で使う人もいたとか聞きましたが……」
「上原さんですね。私も実際に見たことはありませんが」
 コーナーからムーンサルトの要領でバック宙しつつフットスタンプ、
 という冗談のような技を過去唯一使っていたのがブレード上原。
 数々の飛び技を使いこなした彼女であっても、これは本当にここ一番でしたか使っていない。
「んー……あ、そうか小早川さんがいました。これはやっぱり考え直した方がよさそうですね」
 小早川は、スワンダイブ式で、かつツープラトンでパートナーが固定した相手の腰や腕でさえ、
 狙ったところをピンポイントで空襲できる。
 栗浜とは別の応用を駆使する名手であった。


「やっぱり別の技にした方がいいでしょうか?」
「いや、単純な技だけにまだまだ応用が利くはず……」
 美月と神田が熱い議論を交わしている中、そのすぐ後ろの座席。
「まあ、そう落ち込むんじゃないよ」
「………」
 珍しく本気でヘコんだ相羽が、六角から慰められていた。
「あーあ、今度こそ重傷かねぇ。よしよし、美月に振られたぐらいで泣くんじゃない」
「ううう……」
 前の会話が聞こえているだけに、相羽は色々とやるせないのであった。

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by right-o | 2011-10-08 19:25 | 書き物