<   2010年 08月 ( 33 )   > この月の画像一覧

「わかってるわよね?」
 メインの試合前、鏡以外の全員が揃った控え室にやってきた井上霧子は、
 中森に向かって開口一番にこう言った。
「は?」
 いつも通り完璧に準備運動を終え、まさにこれから試合へ臨もうとしていた中森には、
 霧子の意図するところが掴めない。
「万が一怪我でもされたら大変でしょう?」
 それだけ言って、霧子はさっさと控え室を出て行ってしまった。
「次の試合、中森にわざと負けろということだな」
「そんな!?中森さんだってまだ……」
 頭に「?」が浮かんでいた小川に、ジョーカーが説明する。
「鏡一人が全勝できれば十分。それに最終戦を前にした合同興行のメインで、
 片方がリングに寝転がって、もう片方がそれを踏みつけて開始3秒でフォールなんていう絵、面白いだろう?」
「面白いって……」
「少なくとも、ウチの女社長様はそう考えてるよ」
 ジョーカーは投げ遣り気味に言い切った。
(さて、あとは本人次第だが)
「中森」
 呼びかけに振り向いた表情は、怒りも困惑もしていない。
「まさか従う気じゃないだろう?アイツの足首、へし折ってやれよ」
 ニヤリと笑って親指を下げたジョーカーにも特に反応を示さず、中森は静かに控え室を出て行った。


 体育館フロアの扉をくぐり、セミファイナルの熱を引き継いだ観客の中を進んでリングに上がるまで、
 普段と何も変わることなく淡々として見えた中森の内面は、その実、複雑だった。
(自業自得か)
 ここまで感情を押し隠せるというのは我ながら感心するところだが、
 それが果たして、プロレスラーとして何の役に立つというのだろうか。
 そんな自嘲めいたことを考えている内に、後入場の鏡が出てきた。
 TNA持ち込みの照明に照らされ、リングサイドの熱心なファンが上半身を投地する中、
 優雅な微笑をたたえて歩く鏡の姿は、寡黙な中森とは対照的である。
 片や好き放題に振舞ってこの待遇。
 片や自己主張することなく、言われるままに仕事をこなして、あの仕打。
 なんとも理不尽な気はするが、プロレス業界、特に中森たちの所属団体ではこんなものだ。
 加えて、これまでの中森には特に主張するほどの自己は無かった。
 しかし、今の中森には明確な主張がある。
(コイツは、気に食わない……!)
 たったそれだけのことを主張するために、中森はようやく仕事を捨てた。

 ゴングが鳴ると同時にその場へ静かに横たわった中森を見ても、鏡は眉一つ動かさない。
 事前に霧子から話が通っていたかどうか。
 自分に踏まれるのがさも当然とでも言うように、鏡は中森の上へ右足を置いた。
 その瞬間、足首を取られた鏡が地面に手をつき、反対に中森が鏡の足を持ったまま立ち上がる。
「なっ……!?」
 しかし、中森はすぐに鏡の足を放した。
「こんなことをしなくても、私はお前に勝てる」
「……痛い目をみなくて済むようにと思いましたのに」
 視線を合わせた二人の目に冷たい戦意が宿り、シングルリーグ最後の試合が幕を上げた。

 鏡の拳と中森の肘が交錯して始まった打ち合いは鏡が制し、ロープに押し込んで反対側に飛ばすと、
 いきなりジャンピングニーパッドを中森の額に炸裂させる。
 昏倒した中森の上体を起こし、スリーパーホールドへ。
 序盤の繋ぎ技ではなく、左右に大きく振り回しながら本気で締め落としにかかった。
「ふん、私に勝てると?」
「勝てる……!」
 足を畳んで強引に立ち上がり、締めている鏡の腰に腕を回して持ち上げ、
 背中から落とす高度のあるバックドロップ。
 すぐに引き起こしてボディスラムで叩きつけてから、中森はその場で飛び上がった。
「ッ……!?」
 折った右膝を鏡の額へ投下。
 怒りに任せて起き上がりかけたところを正面からのサッカーボールキックで蹴り倒し、フォールへ。
 カウント2で返されても、更に続けてもう一度フォール。
 地味な動きだが、着実にスタミナを奪うことができる。
「くっ」
 鏡は、この後も終始ペースを握られたまま意外な苦戦を強いられた。
 その原因、一つには技術においても力においても、両者の間に圧倒できるほど差が無いということ。
 そしてもう一つは、中森は徹底して鏡を研究していたということである。

 埒が明かないと見た鏡は、ラフな攻撃で活路を開こうとする。
 顔面に爪を立てての掻きむしりから、正面から喉を掴んで押し倒し、体重をかけて締め上げる。
 だが、明らかな反則攻撃を見たレフェリーが割って入る前に、
 下から抵抗した中森が反転して上になり、同じことをやり返した。
「ぐぅっ……!」
「かはっ……!」
 しかし更にもう一度反転して上になった鏡は、両手を使って全体重をかけて締める。
 ついにレフェリーが止めに入ったが、一旦離れると見せて、
 喉を押さえてロープ伝いに立ち上がろうとする中森へ滑るように近づいた。
 正面から真上に持ち上げ、そのまま体を半回転させつつ背後に倒れ、中森の首をロープへ。
 これまでのリーグ戦でも多用してきたスタンガンから、無防備な中森の背後を取り、両手を封じる。
 そのままぐるりと回転してアンプリティアー――へ移行しようとした時、
 下になった中森が足を畳んで自ら鏡の背中へ潜り込み、そのまま一気に立ち上がった。
「そんな!?」
 自分の背中で逆さまになったまま呆気に取られる鏡を、
 中森は、その場に尻餅をつくことで頭からマットへ突き刺した。
 グリンゴキラーとかバーターブレイカーとか呼ばれる技と同じ落とし方である。
 そして、中森はついに戦いの中で鏡の足首を取った。
「ああっ……!!」
 頭を打って朦朧としていた意識を痛みで一気に覚まされた鏡は、悲鳴を上げてマットを這う。
「諦めろ!」
 中森が夢見た瞬間であった。
 中森が、この技に至る過程で足首を攻めない理由はいくつかある。
 霧子に叩き込まれたものとして、足を攻めることで相手の動きが鈍ったり制限されたりして、
 一見の客には相手の技やキャラクターが十分に伝わらない恐れがあるため。
 そして鏡を引き立たせるため。
 だがしかし、何よりも、中森にはこの技のみで試合を決められる自信があった。
「放……せっ!」
 痛みを我慢し、足首を取られたまま仰向けになりつつ右足を曲げた鏡が、
 空いた左足で中森を蹴って脱出しようとしても、中森は放さない。
 また、マットを掻いて前進した鏡の指がロープに触れたが、すぐにリング中央へ引き戻した。
「あああああああ!!」
 ついに鏡の手が、マットを叩く位置に上がる。
 既に決勝トーナメント行きを決めている以上、ここでの一勝に大した意味は無い。
 タップアウトが妥当な選択と思われたが、
(……有り得ない!)
 鏡の中の何かが、それでも敗北を拒んだ。
 捕まった右足を歯軋りしながら再び曲げて中森を近づけ、左足を中森の左脇に引っ掛けると、
 鏡は中森の両足の間を抜けるように頭を下げて転がる。
 足首を掴んだまま勢いで前に転がされた中森の上に跨り、右手で中森の両足を抱えながら、
 ついで目の前にあったセカンドロープを左手で掴んで体を固定。
 辛くも、反則のフォール勝ちを奪い取った。


 ○フレイア鏡 (11分04秒 丸め込み) 中森あずみ×

「ちっ」
 マットに拳を叩きつけて悔しがる中森を嘲笑う余裕も無く、鏡は足を引き摺ってさっさと引き上げた。
 それでも顔だけはあくまで余裕の表情なのだから、ある意味大したものである。
「惜しいっ!」
「あ、危なかった……」
 ジョーカーと霧子はそれぞれの場所で声を上げたが、どちらも、
(大会の後が面白くなりそうだ)
 と、中森の変わり身を喜ぶ。
 こうして、TNA勢同士の対決は幕を閉じたのだった。

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by right-o | 2010-08-30 23:33 | 書き物
美:汚いな流石ジョーカー汚い。
ミ:四日目の話を今されても。
  大体、ウチでお前の扱いはこんな真っ直ぐなキャラじゃないし……


美:そういうわけでかなり久々のこのコーナーですが、今回はマジメにやります。
ジ:今までふざけた狙いをやってきたのは大体お前の方なんだが……
美:まあ、その、書いてる人が高速で切られた違反切符の罰金代を出すために、
  ちょっと真剣にデータ見てたから、そのついでに。


新潟記念
◎スマートギア
○ナリタクリスタル
△スリーオリオン
△サンライズベガ

美:6月以降の重賞組から、斤量は57キロまで、もちろん新潟実績と速い上がり。
  結論:武豊やむなし!
ジ:こういう時に買っても来ないから嫌いなんだろ。


今週の切り札!その1
▲メイショウベルーガ

美:プリキュアかと思いましたが。
ジ:いや、流石に。大逃げはちょっと怖いが、このコースでは。
  データだと斤量で拾えんからこっちで。


キーンランドカップ
◎ワンカラット
○ビービーガルダン
△モルトグランデ
△ウエスタンビーナス

美:函館スプリント組は人気を裏切らない!牝馬強い!札幌実績!
  結論:函館スプリントのやり直し!!
ジ:とはいえ、函館組から勝ち馬は出てないのだが……


今週の切り札!その2
△トウカイミステリー

ジ:正直あんまり思いつかんかった。まあこのレースに限れば外枠はいいらしい、とかいうぐらい。


ジ:固いなあ……大丈夫か?
美:データの導きのままに。

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by right-o | 2010-08-29 07:28 | 競馬
「惜しいな」
「う~ん……そうですね」
 モニター越しにリングを見ているジョーカーと小川は、
 ディアナの足に巻かれたテーピングを見て思わずそう呟いた。
「怪我さえ無ければこのディアナにも期待できたんだが……」
 ライラの狂気も、朝比奈や楠木のパワーも押しのけた鏡に対抗できる存在として、
 ディアナはかなり有力だった。
「しかし、あの足では……」
「ああ、それにあのテーピングはまずい。痛めつけてくれと言ってるようなもんだ」
 他人の試合を見ない鏡はディアナの状態を知らない。
 いずれは分かることとしても、あえて何もつけないことで序盤を凌げる可能性はあった。


「あら」
 そしてリングの上、怪我を負ったディアナに向けられた視線は、
 金井を最初に見た時よりも無遠慮だった。
 テーピングでガチガチに固められた左足を見た鏡は、内心で大きく舌舐めずりする。
 それでもなるべく足から視線を外し、
 素知らぬ顔で正面から両手で組み合う姿勢を見せつつ間合いを詰めると、
 互いの指が触れるか触れないかという瞬間、ディアナの左足目掛けて低いタックル。
「ッ……!?」
「ふふっ」
 ディアナは体を引いてこれを避け、鏡はマットに両手をついて薄く笑う。
 ついに本当に舌を出して唇を舐めた鏡に対し、ディアナの表情は一層厳しくなった。
「見ろ、あの外道の嬉しそうなこと」
 女神の微笑を一皮剥けば、その下に悪魔の笑みを浮かべているのが鏡である。
 コイツが唖然とする表情を見ることは、ついにできないのか。
 最後の砦であるディアナをも突破しようとしている鏡の姿に、ジョーカーは小さく舌打ちした。

 とはいえ、ディアナは怪我を感じさせない動きを見せる。
 ショルダースルーを狙った鏡の背中に自分の背中を合わせて背後に着地し、
 鏡が振り向く間にロープの反動をつけて絡みつき、
 鏡の周囲を高速で二周して投げ捨てるヘッドシザースホイップ。
 串刺し式の技を狙った鏡にコーナーへ振られたところで、
 一足でコーナー上に飛び上がって宙返り、背後から向かって来る鏡に向けてのムーンサルトアタック。
「まだまだこれからでス!」
 非凡な身体能力を披露するディアナは、このまま押し切りそうな勢いを見せる。
 しかし、鏡のラリアットをくぐり抜け、
 両者背中合わせの状態から振り向きながらローリングソバットを放った時、
 蹴った左足がそのまま鏡の腕に捕まった。
「クッ!」
 間髪入れず、ディアナは右足で踏み切っての延髄斬り。
 鏡はディアナの左足を持ったまま頭を下げてこれをかわし、
 左足の膝から下を両足で挟みながら、仰向けになったディアナの上に乗ってSTF。
 ついにディアナが捕まった。
「ぐぅ……!」
 実はさほど足へのダメージの無いSTFだが、鏡は両足でディアナの足首を挟む形で極めつつ、
 顔面へのフェイスロックもがっちりと固定。
「ああああ……!!!」
 それでもディアナは諦めず、鏡を背中に乗せたままで少しずつロープへ這い進んで行く。
 満場のディアナコールに後押しされ、ディアナはどうにかロープへ辿り着いた。
 鏡はレフェリーに止められるまでもなく、自分からSTFを解いてディアナから離れたが、
「あァッ……!!」
 ロープを支えに立ち上がろうとしたディアナの背後から、左の足首目掛けてのローキック。
 足を払われたディアナが再度立とうとしたところへ、さらに走り込んでもう一発。
「うふふふふふ……」
 目を細めて微笑みながら、鏡は倒れたディアナの左足首を踏みつけた。
 今度はレフェリーの制止も聞かず、踏みつけた足へ徐々に力を込めながらディアナの顔をのぞき込む。
「離れなサいッ!」
 嫌な汗をかきながら、ディアナは鏡をキッと睨みつけた。
 それがまた面白くて鏡は余計に力を込めたが、ここでレフェリーが強引に割って入って鏡を遠ざけた。
 その間にディアナはロープにもたれて立ち上がる。
 すかさずレフェリーを突き飛ばした鏡が足を払いに来たところで、
 ディアナは右足一本で飛び上がってこれを避け、ロープを超えてエプロンに着地。
「お返シ!」
 ロープを挟んで正面にいる鏡の髪を掴み、そのまま背後の場外に飛び降りた。
「かはっ」
 鏡は喉をロープで強打。
 普段、散々他人にやっている技を自分が受けることになった。
「いきまスッ!!」
 リング中央まで後退した鏡に向け、ディアナは自分の左足を叩いて気合を入れ、
 エプロンからトップロープに飛び乗った。
 反動をつけて踏み切り、鏡へ跳躍。
 起死回生のウルトラウラカンラナを狙ったが、鏡はこの逆転技を嗅ぎつけ、
 高く跳んだディアナの下をくぐってやり過ごす。
「あッ」
 着地と同時に大きく左に傾いたディアナの背後から両手を捕まえ、
 アンプリティアーで顔面からマットに叩きつけた。

 ○フレイア鏡 (10分22秒 アンプリティアー→体固め) ディアナ・ライアル


「これで、残る相手は一人だが……難しいだろうな」
 ジョーカーはため息をついてモニターを消した。
「あとはこれまで戦った相手の中から、決勝で当たる誰か……」
 鏡以外の決勝進出者については、いまだ不確定な部分が多すぎる。
 このまま独走を許してしまうのか――
 それでは面白くないだろう。
 他人事ながら、ジョーカーはそう思わずにいられなかった。

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by right-o | 2010-08-28 18:09 | 書き物
ちょっと新潟まで行ってきます。
探さないでください……


web拍手お返事 ランブルお疲れ様でした。ありがとうございます。

>ジョ、ジョーカーさんがマッスル化しとる・・・(カレーマン)

蒼魔刀を2度返された試合の勝率は0%だ!先に2回打ってこい!みたいな。
……違うか。

何かすっかり変なキャラになってしまった。
初日の第1試合書いてた時に何か変な物が降りてくるまでは、こんなはずじゃなかったのに……


しかし果たして本当に辿り着けるのか?
エンジェルカップは更新します。

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by right-o | 2010-08-27 19:45 | その他
「しっかし、面倒くさそうだな」
 中森が金井の足首を取った頃、ようやく惰眠から起き上がったジョーカーは、
 両手を上げて大きく伸びをした。
「……ジョーカーさんにとっていつものことでは?」
「いいや、今回は特別面倒くさい。あの二人は特に面倒くさいな。
 というか、多分ここの団体は全体的に面倒くさい気がする」
 首を左右に振ってバキバキいわせながら、ジョーカーは小川の突っ込みに応える。
 ついで起き上がった真帆も、四つん這いから前足を思い切り伸ばして猫のような伸び。
 相変わらずのこの二人を見ていると、小川にはなんとなく「面倒くさい」の意味がわかる気がした。
 多分、「真面目だ」ということなのだろう

「Cut the music!」
 先に入場を終えたジョーカーは、マイクを要求してわざと英語で呟いた。
「……にしても今時有線のマイクか」
 続いて飛び出したあまりに流暢な日本語に、客席は苦笑で沸き立つ。
「まあいい。さて今日でこのエンジェルカップも11日目だ。
 どっかの誰かの言い草じゃないが、既に結果は見えているんじゃないか?」
 リングの上から、やや見下した調子でジョーカーは続ける。
「で、その誰かのことは置いておくとして、さっき勝った中森だって決勝の目はあるし、
 ジュニアは言うまでもなく小川が決勝進出だ。相手は保護者同伴の小学生だろう?
 優勝はもらったようなものじゃないか」
 微妙な反応を示す会場を見渡し、溜めをつくってから本題に入る。
「そして何より、ここまで無敗のタッグチームである我々が、
 タッグリーグ戦を制するのは自明のことだな!
 今日の相手はなんだ?存在が地味なヤツと地味な必殺技を使うヤツだろう!
 今時ジャーマンなんてカビの生えた技も、
 受けの美学なんていうマゾヒズムも流行りはしない!
 プロレスの最先端を行く我々こそ、この大会の勝者にふさわしいのさ!」
 現時点で無敗のチームは3つもある。
 1.5倍増しで言いたいことを言ってやったジョーカーは、
 ブーイングを気持ちよく浴びながら、入場してくる対戦相手を待った。
 越後と永原両方の顔にみるみる戦意が満ちて行く様子を見て、ジョーカーは満足げに笑う。


「……いくぞ?」
「おうっ!」
 真帆の耳を引っ張ってゴソゴソと話をしていたジョーカーは、
 ゴング前の奇襲を敢行した。
 突進した真帆が永原を弾き飛ばして場外へ落とし、
 一方でジョーカーがトーキックを入れて動きを止めた越後を二人掛かりでロープへ振ると、
 跳ね返ってきたところへ同時にマットを踏みきってのドロップキック。
「上げろ!」
 強引に越後を立たせて背中を取った真帆は、ジョーカーの待つ前方に向かって越後を突き飛ばした。
 そこを待ち構えたジョーカーのトラースキックから、真帆が越後の腰に両手を回して一息に放り投げる。
「越後さんっ!!」
 ただ腕力だけに任せて背後に投げられた越後は、
 後ろに回りきらずほぼ逆さまになったまま頭から着地した。
「どうだ、いいジャーマンだろう!?」
 とまあ、永原に向かってこれが言いたかっただけの仕掛けである。
「ど、どこが……ッ!」
 永原が憤る通り、真帆の投げっ放しジャーマンはもう別の何かと言っていいかも知れない。
 投げ上げるために滞空時間が長く、大体は相手が回りきらずに頭から墜落する。
 しかし、越後は平然と立ってきた。
「ふん、雑なだけだな!」
 恐らく落下の直前に体を丸め、垂直に刺さるのを避けたのだろうか。
(……やっぱり面倒くさいか)
 流石の受けを発揮する越後を見て、ジョーカーは当初の予定通りに試合を運ぶことにした。

 その当初の予定とは永原狙い。
 というよりはジャーマン狙いか。
「投げてみろ!」
 永原と相対したジョーカーは自分から背中を向ける。
 もちろん永原は躊躇いなく反り投げたが、
 自分からマットを蹴っていたジョーカーは永原の手をすり抜け、
 くるりと宙返りして背後に着地。
 美月戦と違って痛がる芝居を見せることなく、
 振り向きながら起き上がりかけている永原の顔面へドロップキック。
(これほど分かり易い相手もないな)
 これまでの試合、特に負けた美月近藤戦を見るに、永原の狙いは余りに明白である。
 加えて遊び半分のダメ押しで更にジャーマンを意識させた。
「絶ッッッッッ対、ぶっこ抜いてやる!!」
 かくしていつも以上に頭の中がジャーマン一色となった永原をあざ笑うように、
 ジョーカーは次々に永原の代名詞を切り返していく。
 まずはクラッチされた両手を掴みつつ、浮き上がった両足で永原の胴を挟み、
 そのまま前転して両肩をつけるカサドーラ。
 次にクラッチにきた右腕を捕まえてチキンウイングアームロック。
 さらには小さく飛び上がってクラッチを抜け、
 畳んだ両足を伸ばして永原の顔面を蹴るカンガルーキック。
 と、このように悉く切り返されても永原に諦める気配は無い。
 しかし、どんなに攻め込まれていても相手のジャーマンで逆に流れを変えられるため、
 全般的に試合を支配しているのはジョーカーと真帆。
 そしてまだジャーマンへの切り札を隠しているジョーカーは、
 余裕をもって仕掛けどころを計っていた。

 とはいえ、真帆もジョーカーも越後は何故か苦手だった。
「せぇぇぇいっ!!」
 ダブルニーを仁王立ちで受けきった越後は、
 ダイヤモンドカッターを踏ん張ってジョーカーを前に放り投げると、
 首根っこを掴んで引き起こし、一気にブレーンバスターで持ち上げて垂直に落とした。
 中盤から越後は永原を一旦下げ、自分が長めに出ている。
 越後の受けっぷりはジョーカーと真帆のリズムを狂わせた。
「おぉぉぉぉッ!!」
 ジョーカーの上半身だけを起こし、越後はロープへ走る。
 勢いをつけたまま、倒れ込むようにして肘を突き刺すスライディングE。
「うおっ!?」
 自分から倒れることでいくらかダメージを減じたが、
 それでも心配した真帆が跳び込んでくるほどの一撃が決まった。
 が、越後はフォールへ行かず、永原に託す。
「決めてみせろ!」
「ハイッ!!」
 真帆と越後がもつれ合って場外へ消え、結局勝負はジョーカー対永原。
 ジョーカーの背中を取って引き起こした永原は、やはり迷うことなくジャーマンへ。
 しかし、ジョーカーの胴を捕まえるはずの両腕が空を切った。
「!?」
 今度は自分からマットに座り込むことで腕から抜けたジョーカーは、
 素早く後ろに倒れつつ、両足を上げて永原の両脇に引っ掛けて前に転がし、
 両肩をつけてフォール。
 サムソンクラッチというこの技はカウント2で返されたが、
 互いの立ち上がり際に永原の顎を跳ね上げるトラースキック。
「終わりだ!」
「永原、今だ!」
 と、永原の頭を固定してコーナーを指さしたところで、
 永原の両手がジョーカーの腰に回る。
(読んでたさ!)
 ここでついに、ジョーカーは自信満々でジャーマンへの切り札を繰り出した。
「ふんっ!」
 靴の踵で、思い切り永原の右足を踏みつける。
 お手軽簡単誰にでも出来て効果的なカウンター、でもなかなか思いつかないだろう。
「痛くなぁぁぁぁいッ!!」
 そんなジョーカーの心の中の小さな自慢は、
 何のことはなくぶっこ抜かれてマットに叩きつけられた。


  越後しのぶ               ジョーカーレディ×
 ○永原ちづる (13分44秒 原爆固め) フォクシー真帆

「ぐうぅぅぅぅ……」
「いや、悪かった。悪かったから……」
 明らかに暴れ足りない真帆をなだめながら、
 後頭部を押さえたジョーカーはこそこそと退場して行った。
『やっぱりジャーマン!おはようからお休みまでジャーマン!!』
 訳がわからないけど何だか得意げな永原のマイクが心に痛い。
 この後、さらに小川や鏡からも散々からかわれることになるジョーカーであった。



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by right-o | 2010-08-26 20:55 | 書き物
 どうしたものか、とゴングを待つ中森は考えた。
 今夜リングで相対するのはキューティー金井。
 ここまで朝比奈と渡辺を破って二勝しているものの、
 負けたか分けた試合のことを考えると、強豪とは言い難い。
(要は負けた二人と同じ轍を踏まないことだ)
 追い詰められてからの爆発力には目を見張るものがある。
 しかし極端な話、それにさえ気をつけていればいいはずだ。
 だが中森の頭には、試合前ジョーカーにかけられた言葉が引っ掛かっていた。
「中森よ。相手のホームリングで休憩前の第四試合だ。
 このシチュエーションを汲んでやるのも仕事じゃないか?」
 半分からかわれているのだが、言わんとしていることはわからなくもない。


「えーいっ!!」
 ゴングと同時に金井が先制のドロップキック。
 中森は正面からこれを受け止め、仁王立ちで耐えて見せた。
 これに対して金井は二度、三度と連発するが、それでも中森は倒れない。
「う~……!!」
 金井は狙いを変えてロープへ走り、反動をつけてのショルダータックル。
 これも余裕で受けきった中森は、今度は自分からロープへ走る。
「ま、負けないもんっ!」
 一度マットに身を横たえてやり過ごし、もう一度跳ね返って来た中森に対し、
 金井はカウンターでドロップキックを決めた。
 ふらつきながらもまだ中森は倒れなかったが、
 金井はすかさずジャンピングネックブリーカードロップ。
 ついにダウンを奪った金井に会場がやんやの歓声をを送る中、
「一気に決めちゃうんだから!
 気合をつけた金井は中森を引き起こし、腰を落として高速ブレーンバスター……で投げられた。

 逆水平チョップを打ち返し、アキレス腱固めを極められたままでアキレス腱固めを極め返す。
 ヒップアタックはどうしようもなかったので、悪いとは思いながらミドルキックで撃ち落した。
(こんなものだろうか)
 とりあえず金井の攻撃を受け止めてからやり返すように心掛けてきたが、
 金井が何か成功させる度に客席が沸き、中森が反撃するとそれ以上に大きな落胆の声が上がる。
 なんだかんだで盛り上がっているのは、金井が愛されているからだろう。
(意外に根性はある)
 この大会で成長したのだろうか、金井はやり返されながらもよく食らいついてきた。
 そしてほぼ全ての技を出し尽くした金井が最後に頼るのは、
 彼女に二つの金星をもたらしたノーザンライトスープレックス。
(しかし、これをくらってやることはできないな)
 この技と金井への警戒と敬意から、中森は正面から組みついてきた金井に対し、
 わざと腰を浮かせて待った。
 そして持ち上げられた瞬間、自分からマットを蹴って投げられる。
「えっ?」
 あまりにも軽い手応えに違和感を覚えるのとほぼ同時に、
 金井の足に中森の腕が絡みついた。
 自分から投げられた中森は、仰向けから体を転がして起き上がり、
 金井を前に倒しつつ足首を取ってのアンクルロック。
「一気に……!」
 加減して健闘を演出してやろうかとも思ったが、思いとどまった。
 全力で足首をいびつな方向へ曲げられ、金井はほとんど反射的にタップアウト。
 仕事人は自分なりの流儀で仕事を終えて見せた。


 ○中森あずみ (5分56秒 アンクルロック) キューティー金井×

「え、あっ」
 試合後、自分に向かって深く頭を下げた中森へ慌てて礼を返した金井を残し、
 中森は先にリングを下りた。
(ようやく三勝か)
 残り一つを勝ったところで、果たして決勝に――などと、中森は考えない。
 最後の一戦、今のところ全勝のアレにたった一つ黒星をつけることさえできれば、
 中森にとってリーグ戦も何も関係は無い。
 それこそが中森の願いそのものなのだから。

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by right-o | 2010-08-26 20:39 | 書き物
とある甲子園出場校で、野球部の応援に行こうとした3年生に向けてある先生が言った一言だそうな。
個人的には凄い明言です。


ま、そんなわけで8月も下旬。
いやー、エンジェルカップ以外に手間取ってます。

鏡、真帆、ジョーカーと好きなキャラを出して好き勝手やらせてもらってる感じなので、
私なんかは楽な方でしょうが、やっぱり他人様のキャラを使うのは難しい。


web拍手お返事 久々のまともな試合でもありがとうございます。

>幕場、試合、試合後を通じて鏡さんが凶悪すぎる。色々な意味で。 WWE両国公演はいらっしゃるのでしょうか?今年は満員札止めらしく、いやー・・・うらやましい・・・(カレーマン)

いやー、すいません。
ぼーっとしてる内にWWE興行終わってました。
まあ、あの……ほら、来月変態團興行でも一緒に行きましょう(嘘)

まあしかし、行かれたかどうかは存じませんが、なかなか良い興行だったようですね。
ヨシタツ凱旋で。


今週の金曜から新潟に旅立ちます。
ネズミ取り対策にGPS付きのレーダーも買ったぜ。

そういや、日曜日に小倉の新場戦でアレの産駒が一倍台で新場戦を勝っておりますよ。
案外馬格はありませんが、これからに期待!


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by right-o | 2010-08-23 21:50 | その他
(※ジュニアトーナメント準決勝戦)

「まさかロジユニが粘ろうとはな。あれさえ無ければ……って、
 アーネストリーはともかくアクシオンは持ってなかったから一緒か。
 まあ札幌はどうでもいいんだよ。その分新潟は取らせてもらったから。
 今回もソリタリーキングの頭が無いことぐらい……」
「う・る・さ・い」
 きょとんとしている真帆相手にべらべらと喋っていたジョーカーを、小川が遮る。
 小川には話の内容が全く不明だったが、パンパンになった財布を見れば何の自慢かは大体わかる。
「……あ、ハイ。これから試合だったよな。悪い」
 ジョーカーは素直に謝った。
「ふぅ」
 小川は初日の試合前と同じように、タオルを頭から被って控え室のイスに座り、
 これから始まる試合のことを考えていたのだが、結局考えはまとまらなかったようだ。
(相手に合わせても仕方が無い。いつもと同じことをするだけ)
 心を決めて立ち上がると、ドアを開ける前にジョーカーの方を振り向いた。
「今夜は、全部奢りでいいですよね?」
「……ふん、いいだろ。トーナメント制覇の前祝ということにしておいてやる」
 最後の緊張を振り払い、小川はリングへと向かって行った。


(エレガントというには今一つ何かが……あ)
 身長か、と、小川は自分のことを棚に上げ、目の前に立つ真壁那月を観察し終えた感想を持った。
 多分間違っても口には出さない方がいいのだろう。
「……?」
 じろじろ見られた真壁が訝しげな視線を返してきたが、
 これぐらい余裕がある方が自分らしい、と小川は自分に言い聞かせた。

 意外にも、まずは小川が先に打撃で勝負を仕掛ける。
 折り曲げた右肘を、下から真壁の顎目掛けて突き上げた。
 ヨーロピアンアッパーカット。
 この大会で初めて見せる、小川の主力打撃技である。
「やりましたわねっ」
 初めの内は張り手で応戦していた真壁の技が、打ち合いを続ける内に掌底に切り替わった。
「くっ……!」
 普段この手の本格的な打撃と無縁な小川は、それでも何とか怯まずに打ち返す。
 が、ここで真壁はまず機先を制さんとラッシュをかけた。
 左、右と素早い掌底のワンツーから前蹴り。
 掌底がまともに入ったと見せ掛けた小川は、距離を取るために放たれたこの蹴りで、
 後ろに倒れて尻餅をついた。
「受けなさいッ!」
 すかさず左足を踏み込んだ真壁に、小川は内心でほくそ笑みながら上体を後ろに倒し、
 正面からのサッカーボールキックをマットに寝ることで回避。
 すぐに空振りした真壁の足へ背後から腕を絡ませて後ろに倒し、スクールボーイで丸め込んだ。
「こんなことでっ!」
 1で跳ね返した真壁は、すぐに片足をついて立ち上がろうとする。
 そのまさに体を起こそうとしたところを小川は狙い撃った。
 両足で首を挟んで横向きに転がして逆さになった真壁の上に乗り、足まで掴んで固定。
 初戦と同じく、小川は月食での秒殺を狙っていたのだった。
 しかし、小川の体はカウント2の時点で勢いよく下から跳ね飛ばされてしまう。
「うっ!?」
「こんなもの利かな……」
 真壁が言うよりも早く、立って向かい合った姿勢から脇を潜り抜けて背後に回り、
 背中合わせから両脇を取っての逆さ押さえ込み。
 これもカウント2止まり……と見せ掛け、左肩を上げて返された勢いで横回転し、もう一度逆さ押さえ込み。
 が、これでも3つは入らない。
「そんなエレガントさの欠片も無い技で、私が倒せると思わないことですわ!」
 この時ばかりは、真壁の宣言がエレガントに(?)決まった。

 対する小川としては弱ってしまう。
 試合への集中力が凄いのか、はたまたどんな局面にでも対応できる柔軟性に優れるのか。
 もしかしたら、自分のやり方はとうに研究されていたのかも知れない――と、
 色んなことを考えながらも、小川は最終的に腹を括った。
(意表を突かなければ丸め込みは通じない。暫くは意識を逸らさなければ)
 決心するが早いか体が前に動いたところで、真壁は素早く小川の腕を取って巻き投げた。
 そうして尻餅をつかせたところへ、今度は背中へのサッカーボールキック。
「ッ……!!」
 呼吸が止まりそうな一撃だった。
(やってくれるっ!)
 これでさも痛そうに崩れ、あえて受身にまわりつつ試合のペースを落とす、
 なんてことができるようになるのが小川のスタイルの完成形だろうか。
 だが、まだ小川はそこまで老けきれていなかった。
 マットを叩いて立ち上がり、素早く真壁と向かい合う。
 その瞬間、小川は真壁に投げ飛ばされていた。
 中森の使うエクスプロイダーとほぼ同じだが、そのままブリッジしつつ相手の肩をつけてフォールへ。
「くぅっ!」
 ギリギリで肩を上げた小川は、立ち上がり際に真壁の脇へ頭を差し入れ、
 ノーザンライトスープレックスでお返し。
 これもあっさりと返された。
(こうなったら……!)
 ロープへ飛んだ小川に対し、真壁はやや前進することでタイミングをずらし、
 相手の勢いを利用したカウンターのスクラップバスター。
 すっかり守勢に回ってしまった小川は、なすがままに真壁から引き起こされた。
「エレガントに決めて見せますわ!」
 上から押さえつけて屈ませた小川の顔面へ、真壁の強烈なステップキック。
「!?」
 星が散った小川の視界に、後ろを向いた真壁の姿が映る。
 ステップキックで相手の頭を跳ね上げ、すかさずエレガントブローという流れ。
 これを見破った小川は、すかさず頭を下げて真壁の裏拳をやり過ごした……はずだった。
 しかし真壁はそのままもう一回転。
 二回転目に入ったエレガントブローの直撃を受け、小川は大の字になって倒れた。
 やや足元をふらつかせながらも、真壁はすぐに片エビで押さえ込む。
 カウント2.9で小川はなんとか敗北を拒否した。
「くっ、やはり完璧ではなかったようですわね……!」
 エレガントブローの連発は咄嗟の思いつきであり、
 一度目ほどの威力を乗せられなかったようである。
 とはいえ、小川は青息吐息。
 歯を食いしばってどうにか立ち上がった小川へ、真壁が三回転目を狙っていた。
(どうする……!?)
 頭の中では疑問を浮かべながら、それとは無関係に体が動いた。
 背中を向けた瞬間の真壁へ突進してそのままロープへ押し込む。
「なっ……!?」
「てぇえええええ!!」
 反動を受け、真壁の腰に組み付いたまま背後に放物線を描き、そのままブリッジ。
 バックドロップホールド。
 滅多に使うことの無いもう一つの必殺技で、小川は辛うじて真壁を退けた。
 

 ○小川ひかる (13分40秒 バックドロップホールド) 真壁那月

「ありがとうございました」
 そう言って差し出された小川の手を、真壁は握り返した。
 表情に悔しさは滲み出ているが、
 互いの健闘を称える行為を無視するのもエレガントではないのだろう。
「エレガントに……私も勝ちたかったんですけどね」
 リングを降りる前に、小川は腫れ始めた自分の頬を撫で、
 苦笑しながらひとりごちた。

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by right-o | 2010-08-22 22:50 | 書き物
 スタンガンから首への攻撃までは負けまいとする執念によるものだが、
 それ以降は違った。
 呻くライラの首を脇に抱え、そのまま上体をぐるりと半回転。
 背中を向けたライラの首を担ぐような姿勢から、鏡は一気に両膝をついた。
「ぐぁッ……」
 ネックブリーカードロップ。
 TNAのレスラーは身体の一点への集中攻撃を禁じられているが、
 その理由は二つある。
 一つは関節技主体のつまらない試合を防ぐこと。
 もう一つは、鏡を際立たせること。
 自分だけに許された一点集中攻撃の特権を、鏡はここで存分に発揮した。
 首を蹴って場外に転がり落とし、敷かれていた保護マットをめくり上げる。
 剥き出しになったフロアへ向け、加減無しのジャンピングパイルドライバー。
 額を擦ったライラはマスクの下から流血したが、
 それ以上に目に見えない部分へのダメージが大きい。
「クソッ……!」
 首を押さえながらリングへ縋りついたライラを見て、鏡もロープをくぐる。
 そしてエプロンまで上がって来たライラを捕まえ、
 ロープを挟んでブレーンバスターの体勢。
「……ナメんじゃねェ!!」
 当然、腕力ではライラに分がある。
 首の痛みを忘れて無理矢理引き抜きにかかったが、
 鏡は持ち上げられながら両足でセカンドロープを蹴り、
 ライラの上体ごとリングの内側へ引き摺り込もうとした。
 両足だけをトップロープに引っ掛けて宙吊りになったライラへ、落差をつけたDDT。
 徹底して首を狙っている。
「……ふふ、どうしたのかしら?」
 ライラの髪を掴んで上体を引き起こし、無理に顔を上げさせ、鏡が迫る。
「フザけんな……!」
 悪態を吐いた瞬間、鏡の拳が出血したライラの額を打った。
 二発、三発と出血箇所を殴りつけ、傷口を広げながら殴り倒す。
「まだまだ元気なようね」
 血でべったりと濡れたグローブを外して投げ捨て、再度ライラの頭を掴み、引き起こしにかかった。
 立ち上がりかけにニーリフトを入れて屈ませ、鏡は高々と右足を振り上げる。
「……フザけんなぁッ!!!」
 屈んだライラの首を狙った踵落としだったが、ライラはこれを察知。
 体を起こしつつ鏡の右脚を受け止めると、片足を取ってのパワーボムで叩きつけ、
 見事に切り返して見せた。
 ここまでコケにされては、ライラも黙ってやられてはいない。
「テメェ!このッ!死ねッ!死ねェッ!!」
 泥遊びをするようなストンピングの連打。
 鏡が動かなくなるまで右足を降らせ続けたあと、強引に引き起こして両肩の上に担いだ。
『地獄落とし……!!』
『どうかな』
 と、解説めいたことを行ったのは霧子の方だった。
 その言葉に呼応するように、死んだフリをしていた鏡はライラの背中を滑り落ちつつ、
 左手と左足を両脇に引っ掛けて後ろに倒し、横十字固めに切り返す。
「捕まえた!」 
 カウントが入るのを待たずにホールドを解き、
 素早くライラの下に右足を滑り込ませ、これで両腕を封じた。
 そして左足を首に引っ掛け、両手で作った輪で反対側の首を引き寄せる。
 横十字固めから蜘蛛絡みへの移行。
「グアアアアアッ……!!」
 両手を封じる完全な形の蜘蛛絡みでは、自力での脱出はまず不可能。
 加えてリング中央である。
「ふふふ、痛い?ねぇ、どうかしら!?」
「テメェ……!!」
 散々痛めつけられた首を極められながらも、ライラは間近に迫った鏡の顔を睨みつけた。
「ふふ、いい?いくわよ?いくわよ……?」
 暗い喜びに興奮を抑えきれない鏡は、真っ白な顔を上気させながら両手と左足に目一杯の力を入れる。
「ぐ……うぅ……!!」
 それでもライラは最後まで敗北を拒否した。
 しかし、次第に体から力が抜け、鏡を見据えていた目が虚ろになった時、
 これ以上は危険と判断したレフェリーが、両手を交差させて試合を止めたのだった。


 ○フレイア鏡 (15分08秒 蜘蛛絡み→レフェリーストップ) ライラ神威×


「負けてねぇって言ってんだろうがッ!止めてくれなんて頼んでねェんだよ!!」
「チッ」
 すぐに蘇生してレフェリーとセキュリティに凄まじい勢いで食ってかかるライラと、
 舌打ち一つ残してリングを下りた鏡。
 どちらにとっても不本意な幕切れであった。
『ともあれ、鏡さんは無敗を守りました』
『さあ、いよいよ後半戦を迎えるエンジェルカップですが、
 もはやシングルの優勝者は決まったようなものでしょう!
 それでは、USJ内TNAアサイラムから生放送でお送りしたエンジェルカップ八日目はこれで終了です!
 皆さまごきげんよう!おやすみなさい!』

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by right-o | 2010-08-21 23:29 | 書き物
『うーん、残念ですね……』
『まあ全勝とはいきませんでしたが、気を取り直してメインイベント……の前に、
 こちらの映像をご覧ください!』
 完全にメインの結果を予定している霧子の振りから、スクリーンに映像が流れ始める。
 それは初日で金井の入場を奇襲したことに始まり、楠木をイスで乱打し、
 中森を場外のイス盛りに叩きつけ、ディアナの首を絞めるライラ神威の様子だった。
 そしてゴングをディアナの足へ投げつけた瞬間、映像が白黒になり、
 足を押さえたディアナの絵に、低く加工されたライラの高笑いが響き渡る。
(あれっ?)
 小川が違和感を感じたように、この場面でライラは笑っていない。
 他から取った声を入れ込んだ、悪意ある編集である。
 とはいえ、ここまで悪いイメージの映像素材に事欠かないライラもライラだが。
 こうして情報の少ない観客に実際以上のヒール像を植え付け、
 あとは鏡がこれを退治すれば、霧子の描いたシナリオ通りということになる。

『……あの映像、必要無かったんじゃないですか?』
『確かにそうかも知れません……』
 それは実際にライラを見た二人の正直なところだった。
 悪い意味で、オーラが違う。
 血走った目を一杯に見開きながら周囲を睥睨するライラの姿は、瘴気を纏っているように禍々しい
 ライラと並んでライラ以上に悪人に見える人間などまず存在しているとは思えない。
 誰が見てもヒールという外見である。
 対していつも通りの曲と演出で登場した鏡は、いつも以上に余裕の表情でリングへと歩みを進める。
 死神を前にしてさえ、女神の微笑が曇ることはない……とでも言うか。
 その様子を見て、ライラの苛立ちは増したようである。
 鼻がぶつかりそうな距離で向かい合った両者の表情は、面白いほど対照的だった。
 今にも噛みつきそうな顔で目を血走らせるライラと、それを珍しい動物でも見るような目で眺める鏡。
 ここまで共に“無敗”の二人であった。

(これはやはり、面白そうだな……)
 モニター観戦では満足できず、ジョーカーはこっそり客席に紛れ込んでいた。
 これまでの相手と比べ、ライラは実力もそうだが何よりスタイルにおいて一閃を画す。
 コイツなら、あるいは。
 ジョーカーは期待に満ちた視線をリング上に注ぐのであった。


 そんなジョーカーの期待が、まずは見事に叶えられた。
 互いに向かい合った状態から、一度コーナーに下がろうと後ろを向いた鏡の肩にライラが手を掛け、
 無理矢理振り向かせてから渾身の右。
「っ……!?」
「ハッハー!!」
 腰が落ちたところへ更に拳を連打してロープへ押し込み、反対側へ振る。
 跳ね返ってきたところへ、ライラは正面から飛び掛かりながら全身を浴びせて押し倒し、
 マウントポジションから無防備な顔面へさらにパンチの連打。
「死ねェ!」
 立ち上がって垂直方向のロープへ走ると、両膝を折って体重をかけ、
 倒れ込むように鏡の額目掛けてエルボードロップ。
「くっ!」
 たまらず場外へ転がり出たが、そこはライラの庭。
「ヒャァハッハッハッハッハ!!」
 場外フェンスを背にした鏡へ思い切り右腕を叩きつけるラリアット。
 鏡は無様に客席へ頭から叩き落とされた

(動揺を隠してるのか、それとも……)
 試合前の映像で行われていたことのほとんどを実際にやられている鏡を見ながら、
 小川は隣に座る霧子の様子を伺っていた。
 その表情には特に変化もなく、実況も淡々と続けている。
「ククク、どうしたッ!そんなもんかよぉッ!!」
 ライラはカウントアウトを避けるために、途中で自分だけ半身をリングに入れては戻しつつ、
 場外戦で鏡を蹂躙し続ける。
 その攻めは徐々に過激になっていった。
 ついにはコーナーポストにもたれかかっている鏡へ、イスを思い切り叩きつけようとしたが。
 流石にこれは間一髪でかわされた。
「ッ……!?」
 金属製のイスから伝わる痺れで、ほんの少しライラの動きが止まった間に、
 鏡はリングに転がり込む。
 すぐに追って来たライラが、ロープにもたれる鏡へ突っ込んだ。
「……ふふっ」
 屈んでライラの下に潜り込み、その体を力一杯持ち上げる。
 これまでも多用してきたスタンガンで流れを変えにかかった。
 が、ロープに首を打ちつけたライラに対し、鏡は更に背後から飛び掛かり、
 その後頭部に右膝をあてがう。
『あれは……!?』
『首に対して、片膝で行うバッククラッカーとでも……!?』
 相手の背中に両膝を突き立てつつt背後に倒れることでダメージを与える、
 バッククラッカーという技がある。
 鏡はそれをライラの首に対して放った。
「がァッ……!?」
 たまらず仰向けになったライラの首を、鏡は踵で踏みつける。
「ふふっ、ふふふふふっ……」
 ライラの狂気に負けないものが、鏡の中に灯った。

 例によって対戦相手を事前に調べたりしない鏡は、
 初めて向かい合ったライラのことを何とも思っていなかった。
 しかし、場外で痛めつけられている間に見方を変えた。
 ここまで一方的に痛めつけられたのは初めてだったが、
 それ以上に、ここまで一方的に他人を痛めつけられる人間と出会ったのは、
 鏡自身という例外を除けば初めてである。
 その目には、慈悲とか謙虚さとか相手への敬意とか、
 攻撃を躊躇う要素がいささかも無い。
 自分が勝って当たり前、自分が相手を壊して当たり前という傲慢さが滲み出ている。
 そんなライラの性格を体感しながら鏡は、「コイツはどんな声で泣くだろう」と思った。
 例えば金井のような人間を痛めつけて楽しんできた鏡だが、
 ライラのような、自分が痛めつけられることを想像もしていないような人間が、
 折れて傷つき、膝を屈して哀願するとすれば、どんな言葉を吐くだろうか、と、
 鏡は痛めつけられながら愉快な想像をめぐらせ、ついにそれを実行に移した。

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by right-o | 2010-08-21 22:25 | 書き物