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 国内最高峰のベルトを巻いて以来、美月を始めとする挑戦者たちを悉く跳ね返し、
 戴冠後3カ月にして早くも絶対王者の風格を漂わせはじめた伊達遥。
 そんな彼女への、次なる挑戦者を決めるためのトーナメントであった。
 参加者はまず、これまで伊達に挑戦した中で善戦した者:美月・美冬・みこと
 まだ挑戦していない者の中で、それなりに実績のある者:上戸・内田
 そして、デビュー間も無いながら、格闘技経験を持つ勢いのある若手:神田・近藤
 それと……相羽。

「折角出場枠を譲ってもらったのに……すいませんでした!」
「いや、よくやってくれたよ」
 美月戦後、控室に戻った相羽は、そこに待っていた六角と越後に深々と頭を下げた。
「越後さんも、練習に付き合ってもらったのに……!」
 相羽が謝るよりも早く、越後は相羽の肩を抱いてやる。
「私は、ほんの少しお前の背中を押してやっただけだ。
 まあ今日は経験の差だな。お前ならすぐに追いつけるさ」
 今やすっかり師弟らしくなってしまった二人を見て、六角は、微笑ましくも少し複雑な気分だった。
(自分じゃ、こうはいかなかったんだよな)
 どうにかしてやりたいと思いつつ、相羽にどう助言していいかわからない。
 そんなこともあり、直接自分が相羽を指導することは諦めたが
 その代わり六角は相羽のことを越後に相談し、
 後に自分へ回ってきたトーナメント出場権を相羽に譲ったのであった。
 その甲斐もあり、相羽はどうにか本格的に立ち直ってくれたようである。
(でも、ちょっと甘すぎやしないかい?)
 どうすべきか、どう考えるべきかを、一つ一つ言い含めるように教えていった越後の態度は、
 後輩というより、友人か身内に対するようだった。
 越後は越後で、相羽に対して思うところがあるようである。

 反対側の控室では、タオルを被った美月がベンチで横になっている。
「格下相手に、随分手こずったじゃないの」
 通りかかった内田が、そう声をかける。
 美月は、タオルの下から視線だけで抗議した。
「……冗談よ。あいつもふっきれたみたいね」
「というより、指導がよかったんでしょう」
 起き直った美月は、傍に置いていた私物の眼鏡をかけて内田を見た。
「指導?セコンドに着いてた越後さんの?」
「ほとんどは、彼女が元から出来たことかもしれません。しかし、あのブレーンバスターの変形だけは、
 あれが和希さんの頭から出て来たとは思えません」
 そんな会話をしていた時、上の階から一際大きな歓声が響いてきた。
 どうやら、今行われている神田対近藤の試合に、大きな動きがあったらしい。
「さて、人のこと気にしてる場合じゃないわ」
 既にウォームアップを終えていた内田は、入場のため階段の方へ足を進めた。
 彼女も、このあとみこととの試合が控えている。
「そっちの組合せは楽でいいわね。決勝まで格下としか当たらないじゃない」
「……人のこと気にしてる場合じゃないんでしょ。さっさと行ってください」
 こちらの師弟は、相変わらず憎まれ口ばかりであった。
 
 内田が行ってから数分後。
「……先輩」
 小さくなった神田が、これまでになく落胆した面持ちで控室に帰って来た。
 体のそこここに打撃戦の跡があり、額が一際赤く腫れあがっている。
 明らかに、負けて帰ってきた様子だ。
「……うん、まあ、そういうこともありますよ」
 適当に慰めてやりながら、これで次が難しくなったな、と美月は考えた。

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by right-o | 2011-12-23 19:01 | 書き物
 世界ヘビー級王座挑戦者決定トーナメント。
 こんなものが、いきなりぶち上げられた経緯はひとまず置いておくとして、
 間もなくその第一試合目が始まろうとしていた。
 場所はプロレスファンおなじみ、聖地後楽園ホールである。
 ここで8人がトーナメント第一戦を戦い、
 残った4人が後日ワンデートーナメント形式で準決勝、決勝を戦い、
 優勝者、つまり王者伊達遥への挑戦者を決定するのである。

「ふん」
 入場を控え、リングのある5階に上がる階段の前で、美月は小さく鼻を鳴らした。
 上では、先に入場している相羽のものらしい、聞き覚えの無い曲が鳴っている。
 特徴的なリズムのドラムから始まる、今までの相羽らしからぬ勇ましさを感じさせる曲だった。
「……あの、何か気に障ることでも?」
 入場時に人混みを掻き分ける露払い役の早瀬葵が、
 自分が何かしたのではないかと心配そうに振り返る。
「いや、別に」
 普段と変わらぬ無表情ながら、どこか不機嫌そうな気配を漂わせている先輩を見て、
 後輩の早瀬は肩をすくめて前を向き直った。
 その内に相羽の曲がフェードアウトしていき、美月の曲に切り替わる。
 ふぅ、と息を整え、美月は前に立つ早瀬の肩に手を置いた。
「それじゃ、お願いします」
「は、はいッ!」
 先に飛び出して行った早瀬に続き、美月もゆっくりと5階への階段を上がる。
 早瀬他数名の後輩が作ってくれている通り道の中を、美月は堂々とリングへ進んで行った。
 東側席の後ろを通り、南側の観客が差し出している手にほんの少しだけ触れてやる。
 リング脇の階段からエプロンに上がり、ジャケットと入場用のダテメガネを放り投げ、
 ロープをくぐってリングイン。
 よく言えば、自信に満ちた、悪く言えば、キャリアの割にやや尊大な、
 既に確立されかけていると言っていい、「杉浦美月」の立ち居振る舞いであった。
 赤コーナーを背に対角線上を向いた美月の前では、相羽が真っ直ぐにこちらを見つめている。
 そしてその下、場外で青コーナーに寄り添っているのは越後しのぶ。
(さて、少しはマシになったのかどうか)
 ちょっと前から、相羽は熱心に越後の指導を受けている様子であった。
 相羽は最近あまり重要な試合が無かったので、その効果のほどはよくわからないが、
 ただ、越後に教えを受け始めてから急に彼女が明るくなったのを覚えている。
(何にせよ、皆にかまってもらえて結構なことで)
 つい、美月は相羽に関して僻みっぽくなってしまうのだった。
 自分が内田に助けてもらったことを棚に上げていると言えなくもない。


「うりゃああああああッ!!!」
 今にも飛び出しそうな気配を見せていた相羽は、その通りにゴングと同時に飛び出してきた。
 ああやっぱり、という感じで、美月は、相羽が肘を振ってきた右腕に自分の右腕を巻き付けつつ、
 相羽の背中に飛びついて右足を左腕に引っ掛ける。
 そこから反動をつけて体重を後ろに預け、高速の横十字固め。
 前回、タッグ王座戦で相羽を沈めた技である。
 いい加減学習しろよ鳥頭。
 そう、溜息と一緒に聞こえてきそうなほど自然に返し技を決めようとして、美月は少し違和感を覚えた。
 後ろに引き倒す時の抵抗が少ない。
 どころか、実際のところ相羽は自分から進んで後ろに倒れようとしていた。
 思い切り後ろに倒されて後頭部を打った相羽は、なんとそのまま後ろに一回転して起き上がったのだ。
「……っりゃあああああああああ!!!」
 ふらふらしながらバックダッシュでロープの反動を受けた相羽は、もう一度突進。
 唖然としながら立ち上がりかけていた美月へ、全体重を乗せたエルボー。
「くッ!?」
 完全に吹き飛ばされた美月は、ロープをくぐって場外へ転落。
 対して自分も倒れ込んでいた相羽も、すぐに起き上がってもう一度ロープへ飛んだ。
 場外でに落ちた美月へ、ロープの間をすり抜けた相羽が一直線。
 渾身のトペ・スイシーダをくらった美月は、場外フェンスに叩きつけられて崩れ落ちた。
「いくぞぉぉぉぉぉ!!」
 拳を突き上げてアピールした相羽に、客席も同じように応えてくれる。
 直後に、イテテ、後頭部をおさえた相羽を見て、周囲の観客と越後から苦笑が漏れた。

(ふっきれた、ってことか)
 美月はそう分析していた。
 何も考えず好きなように暴れてこいとか、そんなことを言われたのだろう。
 力任せ、勢い任せ上等、止められるもんなら止めてみやがれ、と、今の相羽はそんな感じであった。
 どうしよう、どうなるだろう、という躊躇いが全く無い。
 昔の相羽に戻っただけのようでもあるが、今の相羽には、勝たなければいけないという気負いや、
 自分を格好よく見せたいというてらいが感じられない。
 本当に良い意味でふっきれたという印象であった。
 が、だからといって美月も負けるわけにはいかない。
 本当に前後の見境無く突っ込んでくる相羽をあっさりかわし、場外のリングポストに自爆させて逆転。
 リング内に押し込むと、自分はエプロンに上がりつつロープを挟んで相羽を立たせ、
 背後から相羽の頭を掴み、そのまま場外に飛び降りる。
 こうすることで、相羽の頭をトップロープで跳ね上げた。
「いッ……!?」
 再度頭を狙われた相羽が前につんのめったところで、エプロンに戻ってきた美月がトップロープを掴む。
 飛び上がって両足でロープに飛び乗り、相羽の後頭部目掛けてジャンプ。
 スワンダイブ式のミサイルキックを突き刺した。
 たまらず顔から倒れ込んだ相羽を引き起こし、コーナーに振る。
 動かない相羽を見て対角線まで距離を取り、
 走り込んだ美月は両膝を揃えて相羽の胸部へ叩きこんだ。
 さらに反対側に飛ばし、もう一発――を狙おうと踏み出した時、
 おもむろに息を吹き返した相羽が前に出る。
「おおおおおおっ!!」
 リング中央で相羽が右腕を振り抜き、カウンターのラリアットが炸裂した。
 そして今度は相羽が美月をコーナーに振り、助走をつけて串刺しのエルボー。
 さらに相羽も追撃を狙い、反対側に美月を振って雄叫びを上げ、弾丸のような勢いで突っ込んだ。
 が、美月もここで息を吹き返し、相羽をかわしてコーナーを脱出。
 コーナーパットへ壮絶な自爆をかました相羽の背後に飛び掛かり、
 右膝を高く振り上げて後頭部に叩きつけた。
「ぐっ………」
 背後から飛び掛かられた勢いでもう一度コーナーに突っ込んだ相羽は、
 流石に足をもつれさせてリング中央へたたらを踏んだ。
 すかさず、美月がその両肩に手を添える。
「よいしょ、と」
 相羽を飛び越えつつ、右手で頭を掴んで顔面からマットに叩きつけた。
 再三にわたって頭を攻められた相羽は、流石に苦悶の表情を浮かべる。
「う、っく」
「……手こずらせてくれました」
 相羽をうつ伏せから仰向けにし、コーナーの前で位置をセットしながら、美月が呟いた。
 まあなかなか頑張ったじゃないの、という相変わらずの上から目線である。
 動かない相羽を尻目に、美月は一度エプロンに出てからコーナーに上ろうとした。
 450°スプラッシュ狙い。
 一応スワンダイブ式でなければ、この技は安定して決めることができる。
 たまには引き出しの多いところを見せておくか、という色気を出したことが、
 ここで完全に裏目と出ることになった。
「まだまだぁ……ッ!!」
 いきなりがばっと上体を起こした相羽が、そこからもの凄い勢いでコーナーに取り着き、
 またたく間に美月の目の前まで上ってきたのだ。
「な……」
 驚く間もなく、相羽の肘が美月の顔を打つ。
 美月もやり返すが、すぐに相羽に頭を掴んで固定された。
 ゴッ
 客席まで届くような音を立てて、相羽のヘッドバットが決まった。
 散々痛めつけれた頭を自分からぶつけて美月を怯ませた相羽は、
 美月の首を捕まえて、セカンドロープのさらに上へ足をかける。
 右、左と一歩ずつ最上段に足を乗せ、完全にトップロープ上で立ち上がった。
「うわああああああああ!!!」
 そこから、コーナーに座り込んでいた美月を強引に引っこ抜いて見せた。
 逆さのまま伸びあがった美月の体は、そこからコーナーと相羽の身長を足した距離を落下。
 快音を響かせてマットの上へ背中から着地した。
 
「ちっ」
 見事な雪崩式ブレーンバスターであったが、美月はしっかりと受身は取っていた。
 それでも一瞬呼吸が止まるような衝撃が去ったあと、少しずつ体を動かして起き上がろうとする。
「ハァ、ハァ……」
 同じく起き上がろうとしている相羽の方が、ダメージは深いかもしれない。 
 あれだけ頭を攻撃された上、自分でコーナーから落ちたのである。
 それでも相羽は、意地で美月より先に立ち上がり、
 片膝をついている美月を再度ブレーンバスターの体勢に捕らえた。
「ふんぐっ!」
「くっ」
 美月も中腰のまま必死で踏ん張るが、相羽の執念か、少しずつ体が浮かされていく。
「今度は、ボクが、勝つッ!!」
 完全に美月の体が持ち上がり、宙に浮いた。
 そしてそのまま美月を真上に持ち上げ、後ろに倒れ込むかに思われた。
 我慢比べには遅れをとった美月も、持ち上がったところで頭に膝を入れて逃れようと狙っている。
 しかし、そのスキは無かった。
 美月を持ち上げきった相羽は、空中で美月の体を横に回転させてひっくり返しつつ、
 自分自身は倒れるのではなく、その場で勢いよく尻餅をついた。
「なに……?」
 全く予想外の技だった。
 空中で向きを変えられた美月は、マットに対して仰向けではなくうつ伏せに叩きつけられる形になったが、
 相羽が尻餅をついたことで、その肩が美月の頭の下にくることになる。
「がっ!?」
 相羽の肩で顎を跳ね上げられる形になった美月は、両膝立ちのまま、リング中央で硬直。
 そこへ、
「決めるッッッッ!!」
 すかさずロープへ飛んだ相羽の全力エルボーが襲い掛かった。
 前傾して倒れ込むように突っ込んだ相羽に倒され、勢いそのままに押さえ込まれる。
 誰もが、相羽の勝ちを確信した瞬間であった。 

 だが、美月はこれをクリアして見せた。
 ギリギリ、本当に2.9と3の間の際どいところであったが、
 なんとか美月は相羽を跳ね除けて肩を上げた。
 カウントを数えていた観客の声が一瞬驚きに変わり、
 ついで歓声になってその場を踏み鳴らす音と共に降ってくる。
 そして美月は、ロープにすがってどうにか立ち上がりかかった。
「もう一度だ!いけぇっ!!!」
 呆けていた相羽も、セコンドにつきながら初めて声を発した越後に促され、再度突進する。
 これを美月は、滑り込むような低空ドロップキックで迎撃した。
 膝を打ち抜かれた相羽が前のめりに倒れ、スライディングした美月がその背後で体を起こす。
 体が咄嗟に動いた。
 相羽が立ち上がるためについた左膝に、斜め後ろから左足をかけ、右膝を降り抜く。
 背面からのシャイニングウィザード。
「ハァ……」
 動かなくなった相羽を掴んで無理矢理引き起こし、太股の間に頭を挟んだ。
 このままフォールへいっても、起き上がってくるかもしれない。
 そう思うと、この技で決めるしかなかった。
 美月は、最後にもう一度相羽の頭をマットに叩きつけることで、ようやくこの試合に決着をつけた。


 試合終了のゴングが鳴らされたあと、リング上では二人が折り重なって倒れており、
 双方とも自力で起きる気配が無い。
 すぐに早瀬と越後がそれぞれに駆け寄って無事を確認する。
 早瀬に肩を貸されて立ち上がった美月は、勝ち名乗りを受けるのも物憂かったが、
 その右手がいつもより高々と掲げられた。
 揚げているのは、相羽であった。
「……やるじゃないですか」
「そっちこそ」
 それだけ言って、二人はそれぞれに引き上げていった。

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by right-o | 2011-12-19 21:36 | 書き物
※以下全文、STRさんが書かれたものの転載です。


 ◇◆◇ 0 ◇◆◇

Wrestle Angels PBeM

Episode1 天使轟臨 ~Angels Flying in the Supercell~

〔ストーリー〕

西暦20X1年4月――

日本の女子プロレス界は、新たなうねりの中に飲み込まれつつあった。
――それは自然の流れ?
――あるいは何者かの意志?

そんな大きな渦とは関係なく……
それぞれの想いを胸に、それぞれのやりかたでプロレス界という荒波に飛び込んだ少女たち。
彼女たちの行方はいかに――

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■VT‐X(ヴォルテックス) SIDE■
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◇◆◇ 1 ◇◆◇


福岡県某所、新興女子プロレス団体【VT‐X(ヴォルテックス)】の社長室――

「色々と動きが出てきたようね」

ディスプレイに躍るネットニュースに目を通しながら満足げにつぶやいたのは、VT‐Xのトップレスラー、《十六夜 美響》。

「これがお望みだったんだろ? 災厄の女王様」

VT‐Xの社長が振り向く。

「えぇ。どんな形であれ、動きがあるのはいいことだわ。かき回しがいがあるもの」
「そのためなら、JWIだろうが東京女子だろうが、お呼びがかかれば即参上――か」
「そういうことね」
「気楽に言ってくれる」

社長は苦笑するしかない。
VT‐Xは九州の中では大規模な団体ではあるが、まだまだ地力はない。
良くも悪くも、その運命はエースである十六夜の双肩にかかっているといっていい。
その彼女が、ほいほいと無責任に他団体へ打って出ていいものではあるまい。

「私がいなくても神塩や遥がいるわ。レナや那月も、少しはマシになってきているし」
「どうだかな。……まぁいい。JWIには色よい返事をしておくさ」

JWIが発表した“一兆円トーナメント構想”。
各プロレス団体のエース選手を一同に集め、トーナメントを開催、優勝を争わせようという企画である。
その優勝者には、賞金一兆円(!)と、市ヶ谷への挑戦権が与えられる――という、なんともフザけた話。
他団体はほとんど突っぱねるか無視しているようだが、十六夜はあえてそれに乗ろうという。

「これがお前の言う“渦”か」
「えぇ。でも、まだまだ全然、足りていないけれど」

もっと、たくさんの渦を生み出さねばならない。
もっと、巨大な渦を作り出さなくてはならない。
さもなければ――

「“大渦”が現れた時、ひとたまりもないわ」
「……分かっている。そのための、VT‐Xだ」


◇◆◇ 2 ◇◆◇


ここは【VT‐X(ヴォルテックス)】の選手寮の一室……

「う、うぅ~ん……うぐ……ぬぐぐ……」
「貴方は入りたくな~る……“眠れる獅子拳”に弟子入りしたくな~る……」
「んぐ……んんん……」
「ねむれりゅ……ひひけん……ぐうすぅ……むにゃむにゃ……」
「……って途中で寝ないで下さいよっ!!」

〈安宅 留美〉は同室となった先輩レスラー、《獅子堂 レナ》に苦情を言ったが、相手は留美のベッドに潜り込んだまま寝入っているので、仕方なく上のベッドに移る。

(ったく、なんで俺がこんな目に……)

最初は、それなりに好待遇なのかと思った。
同じ練習生でも、あの外国人と××××野郎(自主規制)が同室なのに対して、自分は先輩との相部屋。
期待されてるからこそ、そうなったとばかり思っていたが、

(……そうでもないのかもな)

この獅子堂という先輩、別に無理難題を押し付けたり暴力を振るったりはしないので、ごく扱いやすいのだが、こんなふうにことあるごとに“眠れる獅子拳”とやらに勧誘されるのは正直ウザい。
あまりにうっとうしいのでいっそ入門してやろうかとも思うくらいだが、何だかそれはそれで負けた気がするので、ガマンしている。
それに、そんなことを気に病んでいるほど、練習生はラクじゃない。



「ワタシ、ワルクナイ! ナンデ、ナグッタ!?」

何やら叫んでいる〈ルーチェ・リトルバード〉。
日本語がカタコトしか話せないため、ぶっちゃけあんまり絡みようがない。

それより厄介なのは、

「……ケッ。おい、まだ辞めねーのか? さっさとアメリカに帰ったらどうだ」
「アxホール! そっちこそ、ママのxxxxにxxxxしてきた方が利口なんじゃないの?」
「っ、てめぇ、俺が英語分からないと思ってムチャクチャ言ってるだろっ!」
「だったら日本語で言ってあげようか? この●●●●野郎っ、ママの●●●●に●●●●!!」
「てっ、てめぇ、このっ!!」
「やるか――」

……バキッ!! バッキイ!!

『い゛っ゛だぁっっ!?』

「はいはい、それくらいにして、さっさと練習に戻るっ」

『……オッス』

竹刀を振り下ろした《真壁 那月》に睨まれ、しぶしぶ練習に戻る。

〈オースチン・羊子〉――
新人テストで会って以来、これでもかという程にソリが合わない相手である。
天敵、ってのはこういう奴を指すのかも知れない。



「ハーイ。そっちはどぉ? まだ夜逃げしてない?」
「してたら、アンタからの電話に出られねーよ」
「はは、そりゃそうね。で、どうなの? やってけそう?」
「……全然、たいしたことねーよ。楽勝楽勝」
「ふ~ん、だったらいいけど。うちも新人獲ったんだけどさ~、どいつもこいつも変なのばっかりで、超面白いわ。アンタもそっちがダメだったらウチに来れば~?」
「っ、余計なお世話だ。俺はこっちでビッグになってやるよっ」
「はぁん……まぁいいや。じゃーね。早いとこ、同じリングに立てるようになってよ」
「フン、そっちこそ、俺と闘えるまで、廃業しないように頑張れよ」
「ふっふふふふ」

従姉にあたる《神楽 紫苑》。
現在は大阪の【ワールド女子プロレス】に属し、チャンピオンとして君臨している。
今の自分とは天と地の差があるが、いずれは……


◇◆◇ 3 ◇◆◇


さて、練習生にもちょっとした休みがない訳ではない。
しかし、一番見たくないツラと出くわした。

「ごきげんよう、留美さん」
「……はァ? なーにがごきげんようだ。そんなキャラか、お前」
「もちろんです。わたくし、帰国子女ですので」
「うぜー超うぜーよお前。さっさと辞めたら?」
「そういう貴方こそさっさとお辞めになったらいかがですかこのSxxK野郎」
「あぁ!?」
「……おっといけない。ついわたくしとしたことが、心の底からの本音を吐いてしまいました」
「お前顔貸せやコラ」
「まぁ、無駄話はいいんです。貴重な余暇を無駄にしたくないですしね」
「お、ま、え、が、無駄にさせてるんだよ!!」
「やれやれ、図体がでかいくせに細かい人だ。それより本題ですが」
「俺コイツ殴っても罪にはならないと思うな」
「真壁さんが、【WARS】の興行に出ることはご存知ですね」
「……あ? そういや、そんな話もあったな」

先輩レスラーの真壁は、【WARS】の《永沢 舞》と親交が深いらしい。
そのつながりで、永沢の凱旋興行であるWARS福岡大会に特別参戦を予定しているとか。

「わたくし、真壁さんのお手伝いで同行する予定なんです」
「はぁん? ……」

なんでわざわざ……と疑問を抱いたが、はっと思い当たった。

「そういやお前、永沢舞を倒すためにレスラーになりたい、とか言ってたよな」

テストの時のアピールで、そんなことを口走っていた気がする。

「さぁ……そんなこともあったかも知れませんね。なにぶん緊張していたので」
「何言ってやがる。まさかお前、興行をブチ壊そうとか思ってんのか?」
「ふふっ、何を言い出すかと思ったら。これだからMxxT野郎はイヤなのです」
「マジぶっ飛ばすぞテメェなめてんのか」
「とにかく、これから出かけますが……貴方も一緒にどうです?」
「……はぁ? 何で俺が行かなきゃならねーんだよ」
「えぇ、別に理由はありません。でも、どうせヒマなのでしょう?」
「くっ、くっくっくっ。残念だったなぁ」
「……?」
「今日は、『レッスル西日本』の取材が入ってるのさ!」
「…………っ」

初めて動揺を見せた羊子の様子に、してやったりな留美。
ローカルな格闘技雑誌ではあるが、取材には違いない。

「悪いなぁ~、お前さんが下働きに行ってる間に、こっちは取材だぜ、しゅ・ざ・い」
「……っ、クッ……オレをさしおいて、なんでこんな脳味噌筋肉、略して脳筋FxxK野郎に……っ」
「まぁ、お前も頑張れや。あーっはっはっ」

久しぶりに羊子を言い負かし、いい気分な留美。

(……そういや、今日の大会じゃタイトルマッチもあるんだっけか)

WARSの総大将・《サンダー龍子》に、フリーの大物ヒール《フレイア鏡》が挑む一戦。

(鏡さん……か)

以前、地元で偶然すれ違い、何となく会話をした憶えがある。
まさかあの頃は、こうして自分もレスラーになるなどとは予想だにしていなかったが。

ともあれ今は、午後からの取材に備えるとしよう。



……そして、数日後……

「――さて、安宅留美くん。なぜ呼ばれたか、分かるかな?」
「……えぇ、薄々は」

VT‐Xの社長室。
そこに留美は呼び出しを受けていた。

心当たりは、もちろんある。
先日受けた『レッスル西日本』の取材。
あの時、留美は自慢のビッグマウスを連発し、大言壮語を吹きまくった。
後になって、流石に言い過ぎたのでは……とも思ったが、マズい部分は掲載しないだろう、とタカをくくっていた所はある。
が、送られてきた『レッスル西日本』の最新号を見て目が点になった。

――『身の程知らずな新人登場! 傍若無人のビッグマウスで、団体、業界、ファンを痛烈批判!!』

……いや、確かにちょっと、大げさに言ったけども。
なーんの実績もない、ただの練習生の言動ですよアナタ。
それをこんな、センセーショナルに書き立てなくても――

「ふむ。……何か、言いたいことはあるかな?」
「………………いいえ」

少なくとも、あの記事には、彼女が言っていないことは書かれていなかった。
『片田舎のショボい団体』とか、
『世間知らずのローカルマスコミ』とか、
『安っぽい郷土愛にあふれた生温かいゆるゆるファン』とか、
言ったのは事実で。

「そうか。……」
「…………っ」

「――分かった。練習に戻ってくれ」
「え……あの……っ」
「ん? どうかしたのか」
「いえ、その、……おとがめっつーか、そういうのは」
「おとがめ? なんでそんなものが必要なのかな」
「いや、そりゃ……」
「呼び出したのは、アレが記者の作文なのか、君が本当に口にしたのか、確認したかっただけだ」
「…………」
「本当に言っていたのなら、それでいい」
「は、はぁ……」
「これからも遠慮はいらん。君がやりたいようにやりたまえ。
 つまらん常識だの、良識だのに色目を使って、遠慮する必要など微塵もない」
「………………っ」
「それが、【VT-X】の流儀だ」

どうやら、思った以上に、この団体は――
ハチャメチャであるようだった。


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by right-o | 2011-12-18 19:58 | 書き物
「なるほどなぁ」
 美月に追いつきたいが、どうすればいいかわからない。
 大体そんなことを相羽がぽつりぽつりと語っている間、越後は黙って聞いていて、
 聞き終わるとそう言って腕を組んだ。
 そしていきなり、
「たるんでいるぞッ!!!」
「す、すいませんっ!!」
 マットを叩いて一喝した越後に、相羽の背筋が条件反射的にぴーんと伸びた。
「……なんて、怒鳴ってどうにかなる問題じゃないよな。ごめんごめん」
「あ、はい……」
 あはは、と笑って頭をかく越後の前で、相羽はぽかんとしている他ない。
(こんな人だったっけ……)
 今まで、若手時代の指導以外でほとんど接点のなかった相羽が、初めて触れる人間味のある部分である。
「でも考えてみろ。具体的に、お前のどこが美月に劣ってると思う?」
「え、それは……巧さっていうか技術っていうか」
「頭だな。一言で言うと」
 ズバリ言われてしまった相羽は、流石にちょっと凹んだ。
「だが逆に言えば、身体的に美月がお前を上回っている点なんて一つも無いはずだ。
 それは、お前たちの基礎を指導してきた私にはよくわかる。要は体が劣るから頭を使わざるを得ないのさ」
 そう言われても、相羽は浮かない顔をしている。
 現実に対戦してみて歯が立たなかったのに……とその目が語っているようであった。
「とはいえ、それだけじゃないな。今の美月は、最初から相手を呑んでかかっている気がする。
 あのふてぶてしい自信と、その基になる経験は、お前の言うように海外遠征で得たものかもしれない。だが」
 越後はにゅっと腕を伸ばし、相羽のイジケ顔の前でパチッと指を鳴らした。
「そんなもの、要は気持ち一つだろ?
 ちょっとぐらい騙されようが裏をかかれようが、跳ね返して向かって行けばいいのさ」
「気持ち一つ……」
「そう。大体、お前のようなヤツが悩んでても格好つかないんだよ。
 頭を使う暇があるなら、最初から今日のように体を動かしてろ」
 そう言って、越後は笑いながら相羽の頭をはたく。
「そ、そこまで言わなくてもいいじゃないですかっ」
 頬を膨らませて抗議する相羽だが、その表情は一転して明るいものになっていた。
「よーしっ……」
 と、疲れて横になっていたのも忘れ、今にも動き出しそうな気配を見せたが、
「た、だ、し」
 先に立ち上がった越後が、立ち上がりかけた相羽の頭を押さえた。
「悩む必要が無いってのは、試合に勝つか負けるかを考えた時の話だ。
 勝負を離れたところ、技の見栄えとか、リング外の立ち回りとか、
 ぶっちゃけた話人気とか、その辺はもっと頭を使いなさい」
 う、と相羽の表情がまた一瞬で元に戻った。
「なに、頭を使ってわからない時は相談すればいいのさ。
 友達甲斐の無い同期なんかじゃなくて、頼れるベテランにな」
 無駄に年はくってないんだぜ。
 そう言って越後は、思いの外優雅に片眼を瞑ってみせた。


 それから3カ月後。
「勝負だぁぁぁぁぁッ!!」
 食堂で昼食をとっていた美月の目の前に、いきなり飛びこんで来た相羽が一枚のビラを突きつけた。
(うざい……)
 最近すっかり元の騒々しさを取り戻した相羽である。
 普通にしていても落ち込んでいても、どちらにしても美月にはうざったかった。
「一体なに……」
「先輩ッッッッ!!」
 何か言おうとしたら更にもう一人飛びこんで来て、同じように同じビラを突きつけた。
 今度は神田であった。
「……何ですか一体」
 思いっ切り眉をしかめてからビラに目をやると、
 そこには『世界ヘビー級王座挑戦者決定トーナメント』と書かれている。
 組み合わせは、

 杉浦美月
       対
 相羽和希

 神田幸子
       対
 近藤真琴

ラッキー内田
       対
 草薙みこと

 柳生美冬
       対
マッキー上戸

「今度は、今度こそ勝つからね!!」
「先輩、手は抜きませんからね!!」
 大いに意気込んでいる相羽の隣で同じように意気込んでいる神田は、完全に相羽のことを無視していた。
 そして美月も、自分の隣にある名前はどうでもいい。
(しばらく、あのベルトには縁が無いと思っていたのに)
 王者は以前、伊達のまま。
 とすれば、まず勝ち目は無い。
 だがもしこのトーナメントに勝ちでもすれば、今度は結果を問われる挑戦となってしまう。
 しかし組み合わせを見るに、美月は最低限決勝戦までは勝ち上がる必要があった。
 というか、手を抜かない限り多分そうなってしまう。
 何せその前二戦の相手がどう転んでも格下なのである。
 相羽は当然として、後輩である神田や近藤にも負ける訳にはいかない。
「……誰得」
 目の前で騒ぎ立てている二人を余所に、美月はぼそりと呟いた。

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by right-o | 2011-12-05 21:24 | 書き物
 とある団体の寮の一室、夜。
「体に異常はありませんんが……とにかくひどい目に遭いました」
 伊達との対戦から3日後、岐阜市内の病院からようやく自分たちの部屋に戻って来た美月は、
 お腹をさすりながら苦笑した。
「ありゃ確かにひどかったな。ま、お疲れさん」
「私たちを差し置いて挑戦するからよ。自業自得ね」
「でも惜しかったね。良い試合だったよ」
 上戸、内田、六角の三人は、それぞれの言葉で美月を出迎え、そのまま部屋に居座った。
「で、自分ではどう感じた?もう一息で獲れると思ったのか、まだまだ最高位の壁は高いと思ったのか」
「さあ……、両方ですかね」
 内田の質問に、美月は曖昧な答えを返した。
 ただ、それが本心でもある。
 本人を含め誰も勝てるとは思っていなかった試合で、
 曲りなりにも伊達をカウント2.9まで追い込んだのだから、予想以上の大健闘だったと思う反面、
 最後はこれ以上ないぐらい叩きのめされて終わった
 結果としてチャンピオン相手に善戦した美月の評価は上がり、
 同時に美月は大目標への道程を確かめることができたので、目論見通りではある。
 美月としては、自分に勢いや話題性があり、挑戦できる時に一度挑戦しておきたかったのだった。
「しばらくは高望みせずに大人しくしてますよ。もうあんな痛い思いはしたくありませんし」
 思いっ切り助走をつけた伊達の膝蹴りを腹部にくらった美月は、
 自分で映像を見ても冗談のような必死さでマットを転げ回って悶絶した。
「そういえば、美冬とみことがいい気味だって言ってたぞ」
 美月に一服盛られて伊達への挑戦を逃した二人も、
 背中を丸めてえずく美月を見て、いくらか溜飲を下げたらしい。
 と、同時に王者伊達への警戒感を一層高めたことだろう。
「……そうですか。まあ、多分次はどちらかが挑戦するんでしょうね」
「それはそれとして、今度は持っているベルトを守る側に立ってもらいましょうか」
「おう!あたしたちの挑戦を受けろよな!」
 美月を挟んで騒がしく挑戦を迫る上戸と内田を眺めていた六角は、ふと窓際から視線を外に向けた。
 3階の窓から見える道場には、まだ灯りが点いている。


「はあッ、はあッ……」
 その道場に置かれたリングの上に、相羽が転がっていた。
 冬の寒い中に猛練習を重ねたせいで、体中から白い湯気が立ち上っている。
 現状の自分をどうにかしたい、とは以前から常々考えていたことだったが、
 この前の美月の試合を見て、その気持ちがより一層強まった。
 しかし、どうすればいいかがわからない。
 最初から天性の腕力を持っていたノエルはともかく、自分と同じスタートラインにいたはずの美月が、
 いつの間にか自分のかなり前を、先頭集団に追いつきそうな勢いで走っている。
 海外遠征がそうさせたのだ、と相羽は当初そう考えて社長に直談判してみたこともあるが、
 考えてみれば美月の成長は海外遠征以前、ノエルに勝った辺りから始まっていたように思われる。
 何が美月を成長させたのかわからない。
 頭で考えることに行き詰った相羽は、とりあえず道場で思い切り体を動かしてみた。
 思いつく限りの練習方法を嫌というほど試してみて、
 もう体が動かないというまでになり、ようやく体を横たえて天井を見上げる。
 だからといって、特に何ということもなかった。
 体を動かしたことで一時的にストレスを追いやっただけで、悩みの根本は何も変わっていない。
「はぁ………」
 寝転がったままで、投げやり気味な溜息を吐いた時、
「そろそろ閉めたいんだけどな」
 入口から声がかかった。
「あ、ハイ、すいませ……」
「ウソウソ、好きにしていいよ」
 急いで起き上がろうとする相羽を押しとどめ、笑いながら近づいて来たのは、越後しのぶであった。
 ジャージ姿の越後はリングに上がり、相羽の横で小さく胡坐をかいて座る。
「で、どうかしたのか?こんな時間に」
「いえ、その……」
 一般的にはいわゆる「鬼軍曹」のイメージで通っている越後は、
 起き上がりかけている相羽の顔を柔らかい表情でのぞき込む。
 相羽も、かつてはリング上同様に竹刀を持った越後に指導を受けたこともあったが、
 それは若手の範疇にいた間だけの話。
 一人前と認めてもらえれば、あとは何くれとなく気を使ってくれたり、相談に乗ってくれたりと、
 非常に頼りがいのある年長者として接してくれる。
 彼女が寮や道場の指導を任されているのも、厳格さよりその辺りを買われてのことだろう。
「考えても仕方がない時、無駄でも何でもとにかく体を動かしたくなる気持ちはわかる。
 何かあったんだろ?力になれるかはわからないけど、とりあえず話してみないか?」
「はい……」
 そう言われて、相羽はたどたどしく自分の心境を話し始めた。

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by right-o | 2011-12-04 19:55 | 書き物
「っと!」
 蹴り足を掴まれるような形で片足タックルを受けた伊達は、
 重心を前に預けてこらえつつ、冷静に背後のロープへ寄りかかってこれを凌いだ。
『ブレイク!』
 レフェリーが間に入り、両者を引き離そうとする。
 仕方なく、美月は伊達の右足を放して立ち上がり、じりじりと間合いを取ろうとした瞬間、
「シッ」
 短い気合と共に、最高位タイトルマッチの洗礼が放たれた。
 左右の張り手から、今まで以上に強烈なローキックに繋ぐコンビネーション。
 いきなり目の前で火花が散ったと思ったら、美月は両足を払われて尻餅をついていた。
 唖然としている暇も無く、伊達がさらに左足を踏み込んでくる。
 今度は、座っている美月の胸板へ向けてのローキック。
「かっ……!?」
 人間の体の一部がぶつかったとは思えない、乾いた音が響いた。
 伊達は、呼吸を忘れて悶絶する美月の上体をもう一度起こし、
 さらに助走をつけて背中へのローキックを狙いにロープへ飛ぶ。
(起きろッ!)
 開始数分で悲鳴を上げている体に鞭を打ち、ここが潮目と見た美月は瞬時に立ち上がった。
 ロープから跳ね返ってくる伊達へ、体の左側面を向けてジャンプ。
 右足を振り上げ、走ってくる伊達の頭へ膝の内側を引っ掛けるように当てる。
 そのまま体重をかけてギロチンドロップの形で後頭部をマットへ叩きつけた。
 神田が使うシザースキックを、自分から飛びついて決めるような形のこの技が、
 完全に伊達の意表を突いてカウンターヒット。
「まだまだ、これからッ!」
 観客と自分に言い聞かせ、美月は痛む体を起こして伊達を立たせにかかった。


 伊達が圧倒的な攻撃力で試合を支配する展開が続くが、
 美月も要所で効果的な反撃を見せて王者に喰らいついていく。
「せっ……!」
 強烈なニーリフトから美月をブレーンバスターの体勢に捕らえた伊達は、
 軽々と美月を垂直に抱え上げた。
 打撃以外にも様々な引き出しを持つ伊達は、投げ技も多種類使いこなす。
 持ち上げきって背後へ倒れ込もうとしたが、美月が自由な手足をばたつかせて抵抗。
 逆さまになった状態から、伊達の頭頂部へ膝蹴りをかまして脱出した。
「うっ」
 またもや予期せぬ反撃を受けてたじろいだ伊達の背中を滑り下り、
 着地と同時に伊達の肩を掴んで跳躍、跳び箱の要領で体を持ち上げる。
 伊達の頭上を飛び越しつつ後頭部を掴み、体重をかけて顔面をマットに叩きつけた。
 この変形のフェイスクラッシャーから、引き起こした伊達をコーナーに振る。
「勝負っ!」
 串刺し攻撃を狙って突っ込んだ美月の眼前で、伊達の右足がスッと一気に垂直まで持ち上がった。
 そこから振り下ろされた踵が走り込んだ美月の額を直撃。
 額が割れこそしなかったものの、美月はたまらず数歩たたらを踏んで後退した。
 そこをすかさずコーナーから飛び出た伊達が捕まえ、振り回すようにして反対側のコーナーへ飛ばす。
「おおぉぉぉぉぉ!!」
 一度対角線上に戻って距離をつくってから、一気に走り込んで右足を振り上げる。
 串刺し式の前蹴りが美月の顔面に突き刺さった。
 伊達が足を引いたあと、糸の切れた人形のようになった美月が力無く前に崩れ落ちる。
 そこを抱き止めた伊達は再度ブレーンバスターで持ち上げ、
 後ろに倒れ込むのではなく、前に下ろすことで美月をコーナーの上に座らせた。
 狙うのは雪崩式のフランケンシュタイナー。
 たまに見せる隠し玉的なわざである。
 伊達は、左右のロープに足をかけて悠々とコーナーを上り、
 ぐったりと動かない美月の目の前で、コーナーを跨いでトップロープ上に両足で立った。
 だが、今まさに伊達が踏み切ろうとしたところで、動けないはずの美月が死んだフリから蘇った。
 伊達を押してバランスを崩させ、たまらずロープ上で屈んだところへ顔面にエルボー。
「……くっ!?」
 よろめいた伊達が、たまらずコーナーから降りようとする。
 その時、不意にひらめきがあった。
(今ッ!)
 伊達がロープ上からマットに飛び降りた瞬間、美月もコーナーから伊達に飛びついた。
 着地の際に下がった伊達の頭を上から手で押さえつけ、両足の間に挟む。
 間髪入れずにマットを蹴り、伊達の長身を後方に折り畳むような前方回転式パイルドライバー。
 電光石火の一撃に会場が沸きかえる中、美月は夢中でカバーに入る。
(どう、だ……!?)
 絶対の決め技に、手応えは確かにあった。
 業界の頂点まで、あと半歩。
 1、2、……と数えられていくカウントが異様に長く感じられた……が、
 結局3つめが数えられることはなかった。
 レフェリーの手がマットを叩く寸前、限りなく3に近いところで、しかし伊達は確かに肩を上げたのだ。
「ああッッ!!」
 美月自身思いもかけない声が出て、両手をマットに叩きつけていた。 
 が、すぐに気を持ち直す。
 もう一度。
 そう考えて伊達を引き摺り起しにかかる。
 だが何とか片膝立ちになったところで、伊達は美月を突き飛ばした。
「この……」
 苦し紛れに何を、と考えて再度近づこうした美月は、やはり勝ちを焦っていた。
 距離を詰めようとした美月の頭を、開いた間合いを利した左のハイキックが薙ぎ払う。
 まともに側頭部へ受けた美月が崩れ落ち、ダメージの深い伊達も体勢を崩して倒れた。
 このダブルノックダウン状態に、客席は一度湧き返ったあと、
 二人それぞれの名前を呼ぶ声が会場中を包みこんだ。
 
 先に立ったのは伊達だった。
 まだ美月が立ってこないのを見て、ゆっくりと頭を振りながら立ち上がる。
 遅れてうつ伏せからマットに両手をついた美月は、
 眼前に立つ伊達に縋るような形でようやく両膝をマットから離した。
 伊達は、右腕を美月の足の間に入れておもむろに持ち上げ、
 ちょうど真横にして持った美月を、何を思ったかコーナーのサードロープとセカンドロープの間に設置。
 そのまま、自分は対角線上のコーナーに下がった。
 為すがままの美月も、それを見ている観客も、伊達の意図がわからない。
(……強かった)
 一人伊達のみが、挑戦者に敬意を表し、新しい技で仕留めるべく動こうとしている。
 これが美月にしてみれば最悪のお節介となった。
 矢のようにコーナーを飛び出した伊達は、対角線を走り切った勢いを乗せ、
 横向きに固定されている美月に向けて思い切り右膝を突き出す。
「………!!!!!」
 声にもならなかった。
 無防備な腹部へ、伊達の全体重を乗せ切った膝小僧が直撃。
 心身ともに疲れ切っていたはずの体が痙攣するように跳ね上がり、
 ロープの間から抜けてマットへ落ちると、体をくの字に折ってひたすらえずいた。
 ほんの少しの胃液しか出てこなかったが、
 美月にしてみれば内臓が口から飛び出ているような感覚。
 直後、ダメ押しの垂直落下式ブレーンバスターでフォールを奪われるのだが、
 試合終了後に即病院送りとなった美月は、そこまで覚えてはいなかった。
 結果として、勝てないまでも多くの見せ場を残した美月だったが、
 強引に挑戦までこぎつけたツケはきっちり払わされることになったのであった。

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by right-o | 2011-11-23 22:06 | 書き物
ちょっと中途半端なとこで切りましたが、今回はちょっと事情があって土曜日更新。
明日は多分、なんか書くような体力が残っていないので。


web拍手お返事 あと2、3回待ってくださいありがとうございます。

>相羽の扱いは何処でも悪いですね。ただ、最近は美月を持ち上げるために貶めているようにしか見えなくて、かなりイラっとしました。一回ぐらいベルトを採らせてもいいんじゃないかなと思っています。(もしくは美月を思いっきり挫折させるなど)

そうそう、最近は完全に美月と対比してダメな人扱いです。
それが何でかと言われると色々あるんですが、一番の理由は相羽に思い入れが持てないということです。
なので、扱いはともかく上手にフォローができない。

とは言え、この話で最後の最後に勝つのは相羽です。
そのためにもそろそろ強化してあげなきゃいけないところですので、本当になんとかします。


>杉浦ってば……恐ろしい子っ! 皆で温泉……神田、ボディだったら負けないぞ! それにしても相羽と杉浦の間には、実力だけではなく考え方にまで大きな差が……ノエルも交えて「美月のだらだら技談義」を和気藹々(?)としていた頃が懐かしいです。

ぶっちぎりで貧相なのが美月でしょうねえ……ボディ的な意味で。
多分、一番凄いのは上戸。実は六角さんよりウエストが細く、バストは上回るという驚異の女。

まあそんなことはどうでもいいんですが、
確かにだらだらしてた頃が懐かしくもあります。
どうしよっかなー、というのが正直なところ。


相羽ねえ……相羽……
やっぱりちょっと助っ人をいれますか。

次回はVS伊達の続き。
伊達は相変わらず望月成晃仕様。
そして多分、忘れ去られてしまったと思われる、とある技がテーマに。

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by right-o | 2011-11-19 22:47 | 書き物
 小細工を弄した美月が、伊達への挑戦権を手に入れてから三週間後。
 初めて単独で迎える最高位王座戦の舞台は、地元だった。
 ほぼ国内を統一状態にあるこの団体にとって、
 最高位ベルトが数千人規模の会場で争われるのは、ここ数年では異例のことである。
 しかし、挑戦者・美月の地元だからということで、この会場が選ばれたのではない。
 それは二次的な理由に過ぎなかった。
 大会場のメインとして据えるには、弱いカードだと思われたのである。
 美月だけでなく、王者・伊達の方も、仲間内での評価はともかく、
 トップレベルの人気という意味ではまだ疑問符がついていた。
 そしてまだ盤石とは言えないからこそ、
 敷居の低い内に挑戦しようとするレスラーたちが数多くいたのであり、
 同じことを考えていた美月としては、水面下のところで卑怯な手を使わざるを得なかったのである。

「勝てるわけがない」
 入場ゲートの裏、神田と一緒に待機していた美月は、誰に言うともなく呟いた。
「え……?」
 名実ともに、自分の数段上をいく王者へ挑戦することについての、紛れもない本心である。
 だが、同時に真逆のことも考えていた。
 たかが相手の肩を3秒床につけるだけのこと、誰が相手でも不可能なはずがない。
「勝つ必要もない」
 帰国後の勢いそのままに突き進んで来た美月にとって、この試合は試金石である。
 無様な試合をすれば、これまでの自分への評価は一変することになるかもしれない。
 しかし、だからといって全てを犠牲にして勝ちに拘る必要もない。
 何しろ、相当熱狂的な美月ファンを例外として、誰も勝つことを期待していないのだ。
 ある程度善戦できればそれで十分であった。
 ただそれでも、もちろん勝って悪いということは全く無い。
 そうなれば、美月は業界の一つの頂点を極めることになる。
「まあ、気楽に」
 最後にそう口に出して自分の思考を振り払い、美月は花道へと足を踏み出した。

 そう大きくない会場ながら、地元ならではの大歓声で迎えられた美月は、
 神田と同じデザインのガウンのフードを目深に被り、普段と同じ足取りで一歩ずつリングに向かう。
 直前でゆっくりとガウンを脱ぎ、かけていた眼鏡を横に放り投げてからロープを跨いだ。
 青コーナーのセカンドロープに上り、沸き立つ客席を軽く一瞥する。
 そこから軽く後ろに跳ね、振り返りながら着地。
 緊張や浮つきと無縁に振る舞う挑戦者は、この日も余計なことはせずゴングを待つ姿勢をとった。
 美月のテーマがフェイドアウトした瞬間から、会場は王者を呼ぶ声援に包まれる。
 哀愁漂うイントロが流れ始め、そこから一転して激しく曲調が変わったところで、
 団体最高位のシングルベルトを肩に掛けた伊達遥が姿を現した。
 数十年前の男臭いアニメソングと、それに合わせた『ハルカ』コールの中で歩を進め、
 リングの手前で見せつけるようにベルトを誇示。
 その後は美月を無視して赤コーナーに上り、再度ベルトを両手で掲げて見せた。
 一度入場ゲートをくぐれば、普段の人見知りはどこへやら。
 才能あふれる若きチャンピオンの、堂々たる姿であった。


 両者とも、ゴングが鳴ってもすぐには動かない。
 伊達はやや開き気味の両手を前に上げ、ほんの少し前傾気味で打撃の姿勢ながら、
 自分から仕掛けずに受けて立つ構え。
 対する美月はぐっと上体を沈ませ、一見して組みつきたい様子。
 しかしアップライトに構えた伊達が付き合うはずもなく、
 美月はタックルを狙うような姿勢のまま、じりじりと距離を詰めて行く。
 あと一歩、というところにまで迫った時、この試合のオープニングヒットが放たれた。
 伊達の右足が鞭のようにしなり、乾いた音を立てて美月の脛を打った。
 思わず声を上げそうなほど痛かったが、美月はそれを押し隠してさらに距離を詰める。
(痛がってたら、触れもしない……!)
 下がりながら再度ローキックを打ってきた伊達に対し、今度は腿に痣が残るほどの蹴りを受けながら、
 美月は自分を蹴った足を掴み、片足タックルの形で押し倒そうと試みた。


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by right-o | 2011-11-19 22:02 | 書き物
 美月たちがタッグベルトを防衛した夜、同時に様々な路線の物語が決着を迎えた。
 中堅ベルトを巡る内田と上戸の抗争は最終的に上戸の勝利で終わり、
 内田は試合後の握手でもってそれを認めた。
 そして世界王座のベルトを巡る世代間闘争においては、
 若き王者伊達遥が、主だつ挑戦者たちを全て退け、長きに亘る戦いに終止符を打った。

 そんな記録的な日から一週間後、都心からそう遠くない、とある温泉地にて。
「コレ、一度やってみたかったんだよ。
 熱いお湯に浸かりながらの冷酒ってのがまた、体に沁みいるねぇ……」
 六角が、露天風呂のお湯に盆を浮かせて日本酒を呑んでいた。
「へー、あんなのホントに用意してもらえるんだな」
「勝手に持ち込んでるんじゃないの?」
 その隣で内田と上戸が、激戦を物語る痣だらけの体を湯に沈めている。
 更にその隣では、先輩ばかりの中に一人だけ入って恐縮しきりの神田。
 そして無言で遠くを見つめる美月と、更にその横で暗いオーラを放って湯に沈みかけている相羽和希。
「それにしてもどういう風の吹きまわしだい?全員を温泉にご招待ってのはさ」
「そうね。私たちと、まあ神田はともかく、そこの暗いのまで」
 内田が相羽を顎で示した。
「……ツアー中はともかく、寮に帰ると未だに同室なんですよ。
 部屋でいつまでも暗い顔されてると、こっちまで暗くなります」
 美月にそう言われて、沈みかけていた相羽がちょっと浮いてきた。
「で、結局、何でオレたちをここに呼んだんだ?まさか、日頃お世話になってる先輩方に……
 って柄じゃないし、どーせ何か企んでるんだろ?」
 鋭い、というより遠慮の無い上戸は、ずけずけとそう言ってのけた。
「まあ……そうなんですけど、その前に一つ」
 美月は頭上に置いていたタオルを取って、背中を預けている岩の上に置き、
 お湯に浸かった一同を見ながらこう切り出した。
「この中で、世界王座に挑戦しようって人は?」
 とてもとても、と即座に首を振ったのは神田と相羽。
 内田、上戸、六角の3人は、返答までにやや間があった。
「今のところ興味無いね。当面はアイツでも鍛えてやって、
 もう一回あんたたちのベルトに挑戦するのが目標だよ」
 そう言って、六角は持っていた猪口で相羽を指した。
「興味が無くはないけど……中堅ベルトを落としたばっかりで、
 その上を狙うってのは、ちょっと難しいわね」
「あたしも頂点に興味はあるんだけどさ、
 その前にまたコイツと組んで、お前らのベルトに挑戦すんのが先かな!」
 そう言って肩を組んできた上戸へ、内田は諦めたように抵抗しない。
「あーもう好きにして。あなたと殴り合うのはもう懲りたわ……組んでた方がまだマシ」
「……みなさん、当面は挑戦の予定無しと」
 全員の答えを聞き終えた美月は、ちょっと躊躇ってからこう切り出した。
「実は、ちょっと協力していただきたいことがあります」


 翌日、都内で行われた興行の控室にて。
「あ、神田」
 試合から帰ってきた神田は、同期の近藤真琴から呼び止められた。
「お土産ありがとな。あとで食べるよ」
 神田が控室に置いておいた温泉まんじゅうの箱を振りながら、近藤が言った。
「あ、ああ……」
 神田は、何故か目を逸らし気味。
「なあ、その……お前、やっぱり伊達さんへ挑戦しようとしてるのか?」
「当然だろ。敵わないかもしれないけど、今は少しでもインパクトを残したいんだ。
 ベルトを先に獲ったのはお前だけど、見てろよ、すぐ追いついてやるからな!」
「そ、そうか」
 何も知らない同期に対し、神田は心の中でこっそり詫びを入れていた。

 こちらはまた別の控室。
「あら、お菓子ですか」
 この日タッグで試合が組まれている二人、草薙みことと柳生美冬が控室に入ると、
 簡易机の上に置いてある温泉まんじゅうの箱が目に入った。
「誰かのお土産でしょうか」
「そういえば、杉浦たちが温泉に行くとか言っていたな」
 美冬が箱を開け、白い薄紙に包まれた中身を何気なく摘まんでみた時、
「あんたたち、それ――」
 ちょうど二人の後から、六角が控室に入って来た。
「六角さんからのお土産ですか?ありがとうございます」
「あ、ああ……」
 六角の目は、みことの頭上あたりを泳いでいる。
「あー、ところでその、あんたたちは伊達を狙ってるのかい?」
「当然だ」
「そうですね」
 二人とも即答した。
「あいつとは一緒にやってきたが、つまらない抗争から解放された今、次はこちらを向かせてみせる」
「私も同じ考えです。そして、挑戦は表明するには、今日こそが最適の日」
「そ、そうかい。まあ、頑張りなよ……」
 淀み無くそう言ってのけた二人の前から、六角は苦笑を残してさっさと退散した。

「これでホントにうまく行くのか?」
「さあ。うまく行くかどうかは私たちに関係ないもの。とりあえず頼まれたことはやったわ」
 内田と上戸の二人は、バックステージからメインイベントを覗き見ていた。
「……でも試合後って、結構甘い物食べたくならない?」
「なるよなあ」
 二人も、『お土産です』と書いた温泉まんじゅうの箱を控室に幾つか置いてきていた。
「さて、成功か失敗か、すぐにわかるわよ」
 リング上では、メインの試合が終わり、勝者の伊達が勝ち名乗りを受けている。
 そんな時、影に隠れて覗いている二人の横を、美月一人が通り過ぎて行った。
「うまくいったな」
 そう囁いた上戸に、片眼を閉じて見せた。

『ちょっとすいません』
 タッグのベルトを襷掛けにし、マイクを持って花道に出て来た美月を見て、
 観客からは意外そうなざわめきが起こった。
 リングの手前まで歩を進めた美月は、伊達がこちらを真っ直ぐ見つめるのを確認してから、
 再度ロープ越しに語りかける。
『お疲れのところ申し訳ありませんが、あなたへの挑戦を認めていただきたくて参りました。
 色々と不足はあるかも知れませんが……』
 ここでチラリと花道の後ろを見やる。
『他に誰も……いらっしゃらないようですし、
 ここは一つ、防衛回数を稼ぐと思って、私の挑戦、受けていただけませんか』
 とりあえず、下手に出て見た美月である。
 更に何か言おうとした美月を、伊達が手を上げて制し、自分もマイクを持った。
『……いいよ。あなたの挑戦、受ける』
 普段から言葉少ないチャンピオンは、それだけ言って右手を差し出す。
『ありがとうございます』
 美月は、その伊達の手を力強く握り返した。
 
 その頃バックステージでは、数人のレスラーがトイレを離れられない事態になっていたのだった。

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by right-o | 2011-11-13 21:20 | 書き物
 とある団体の移動バスの中。
「ハッタリでしょう」
 タッグ王座防衛戦の相手、六角のパートナー・Xについて、美月はそう結論づけた。
「私もあなたも、他人から因縁を持たれる覚えは無い。
 加えて私たちより格上のレスラーは、大方既に当日の試合が組まれています」
「あの、私も考えたんですが」
 神田が控えめに口を挟んだ。
「先輩のように、海外から帰国する方じゃないでしょうか?例えば先輩の同期の……」
「ノエルさんが帰国するという可能性はありません」
 眼鏡を押し上げつつ美月が応じる。
「社長に確かめました。ノエルさんは遠征先の団体がどうしても帰してくれないんだそうです」
 自分とは違って羨ましい話だ、とでも言うように、美月は小さく溜息を吐いた。
「とにかく、パートナーは気にしなくていいんですよ。それより本人の方がよっぽど問題です」
「六角葉月、先輩……ですか。実力者だとは聞いてます」
 神田は、膝の上の拳を強く握りしめた。
「そう、普段は何考えてるかわかんないような人ですが、
 格も実力も私なんかよりずっと上ですから、本気にさせたらどうにもならない可能性があります」
 六角は元々、神田以上の超エリートコースを歩んできた人間である。
 加えてガチンコ最強説があったり、現に抜群のアマレス実績があるだけに、
 一部のファンは六角に幻想めいたものを抱いていたりする。
「……勝てるでしょうか?」
「そこを勝てるようにもっていくのが、言ってみれば私の役目ということになるんでしょう。
 その代わり、Xの方はお任せしますよ」
「ハイッ、もちろんです!」
 と、美月たちはこういう意図でもって六角の挑戦を迎え撃ったのであった。


 なので、自分たちより先に入場していた六角の、横に立っている相羽を見ても、
(ああ)
 ぐらいにしか思わなかった。
 もっと正確に言えば、「ああ、そんなもんか」とか「ああ、これなら勝てそうかも」ぐらいなもんである。
 二人同時に入場した美月たちは、リングインからそれぞれにコーナーへ上ってベルトを誇示。
 再度反対側のコーナーへアピールに行こうとした美月の前へ、相羽が立ちはだかった。
「………!」
 睨んでいる、とは言えないまでも、今までになく強い眼差しで美月を見つめる相羽に対し、
 美月はほんの小さく鼻をならして引き下がった。
 お前なんか張り合う価値もない。
 そう態度でもって示していた。

 先発を神田に任せて赤コーナーに控えた美月には、大体の事情が飲み込めていた。
 大方、うだつの上がらない相羽を見かねた六角が、相羽を発奮させるためのタッグベルト挑戦なのだろう。
(お優しい先輩だことで)
 とすれば、六角はあまり自分が前面に出てこようとはしないはずである。
 六角が試合を引っ張って無理矢理ベルトを獲ったとしても、
 相羽が成長できない、もしくは成長がファンに見せられないのでは意味が無いからだ。
(そうはいくか)
 と美月は思う。
 自分からは何もせず、他人からチャンスを与えられたレスラーなどに負けるわけにはいかない。
 相羽を沈めてさっさと終わりにしてやる――
 そんなパートナーの思考が伝わったかのように、先発した神田はいきなり猛攻を見せる。

(大したことない……!)
 序盤、ほんの少し肌を合わせただけでそう直感した神田は、
 テンプレートな寝技の応酬を終えて立ち上がった瞬間、
 いきなり左のボディブローを相羽の脇腹に突き刺した。
「ふぐぅ……!?」
 声にならない呻きを上げる相羽の首を捕まえ、さらに腹部へ膝を数発。
 相羽の上体を完全に曲げさせたところでロープへ走り、反動をつけながら右足を掲げて跳ぶ。
「シッ!」
 美月との練習では決められなかった、相手の頭を横から挟み込むような踵落としが、
 相羽の後頭部に炸裂した。
「え、ちょ……っ!?」
 いきなりの大技にコーナーから身を乗り出した六角を尻目に、神田は淡々とカバーへ。
 美月も当たり前のように赤コーナーで六角のカットに備えている。
 が、当の六角は急なこと過ぎてカットに入れなかった。
 終わったか……と大方の観客までが思った瞬間、なんとか際どく相羽の肩が上がった。
「ちっ」
 神田と美月は同時に舌打ち。
 神田も既に勝負付けが終わったと思っている相手に、今更手こずりたくはない。
 それでも赤コーナーから手を出している美月に気づくと、大人しく先輩にその場を譲って退いた。
 代わった美月は、仰向けになってどうにか立ち上がろうとしている相羽の左足首をいきなり捕獲。
 スタンディングでのアンクルロックだった。
「うぁっ……!?」
 朦朧としていた意識を苦痛で覚醒させられた相羽は、必死に這ってロープへ向かうが、
 美月は一旦わざとロープへ近づけておいて引き戻す。
「相羽ァッ!!」
 カットを躊躇する六角に対し、神田はすぐ飛び出せるように体勢を整えている。
「うう、う」
 少しずつ、少しずつ、もう一度ロープに這う相羽の粘りを嘲笑うように、
 美月は自分からマットに体を横たえ、グラウンドでのアンクルロックへ移行。
 相羽の片手が上がり、六角がもう限界かとカットの姿勢を見せたが、
 それでもなんとか相羽はロープまで根性で這いきった。
(……相手の粘りが光るような展開も癪だなあ)
 作戦変更。
 極めきれなかった美月は、ここで意外にもあっさりと相羽を放し、逆に距離を取った。
 そして六角の方を向くと、挑発するように小首を傾げる。
「仕方がないね……」
 しばらく相羽は使い物になりそうにない。
 そう判断した六角は、倒れている相羽にロープの隙間から手を伸ばした。

(あ、これはダメだ)
 六角と組み合った瞬間、美月はそう直感した。
 体幹の強さも単純な膂力も美月とはケタ違いである。
 美月がグラウンドで適当に遊ばれたあと、変わった神田もいいように弄ばれた。
 といって一方的に負けているわけではなく、美月や神田が攻め手に回る場面もあるものの、
 どうも六角がわざと受けているような感触があった。
 それならば、と美月は、掌の上でいいようにされて悔しい気持ちはひとまず脇に置き、
 勝負に徹して時期を待つ。
 六角の狙いはわかっているのだ。
 青コーナーの相羽が身を起こし、どうにか戦えるまでに回復したのを確認した六角は、
 相対していた神田に一瞬背を向けて青コーナーへ下がろうとする。
 同時に、美月も交代を要求した。
「よし、行きます!!」
 このままでは終われない相羽は、勢い込んで飛び出していく。
 対して美月もダッシュし、正面からぶつかる……と見せて、相羽の左足を両足で挟み込んで引き倒した。
「行って来な……っておい!?」
 機械のような正確さで、再度左足首へのアンクルロック。
 前に立つ神田へ目配せしたが、それを待たず神田は飛び出していた。
 ロープを跨ぎかけていた六角へ体当たりして場外に落とし、自分もその後を追ってリングを下りる。
 今度は極めきるかと見えたところで、美月は相羽の足を放した。
 立て、という目で、友人を見下ろす。
「くっ」
 舐めるな、と立ってきた相羽の頬へ平手打ち。
 打ち返してきたところを更に打ち返し、平手の応酬が肘の応酬に変わっていく。
「それッ」
 思い切り振りかぶった相羽のエルボーが、ついに美月をぐらつかせた。
 が、美月はロープに走り、勢いを乗せたエルボーを打ち返した。
 これにも耐えて見せた相羽は、自分も反動を受けるべくロープへ走る。
「あちゃあ……」
 相羽が背を向けた瞬間、場外で神田と揉み合っていた六角に向け、美月が舌を出した。
(勢い任せの単純バカ)
 走り込んだ相羽の振るう右腕に自分の右腕を引っ掛けつつ、
 相羽の背後に飛びついて右足を左腕に引っ掛ける。
 横十字固め……と見せかけて、咄嗟に体を固くした相羽の背中の上で、美月は一瞬間を置いた。
(それに研究不足)
 この技は相羽の見ている前、対ノエル戦で初めて出した。
 あの時は返されたが、相羽にはこれで十分だと思った。
 タイミングをずらして溜めた勢いと体重を真下にかけ、相羽を後頭部から背後に引き倒す。
 頭を打った相羽は、そのまま為すすべも無く固められてしまった。


 瞬間的には濃密な時間もあったものの、終わってみれば10分足らず。
 軽いハイタッチを神田と交わしたあと、美月は影のように暗く退場して行く相羽を、
 リング上から手を振って見送った。
(ま、暫くは試合で当たることも無いでしょう)
 美月の中では、同期・友人としての情よりも、
 同業者としてずっと恵まれた位置にいる相羽への憤りや嫉妬の方が大きかった。

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by right-o | 2011-11-06 20:22 | 書き物