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「……っりゃぁッ!」
 リング上、美月の背後を取った相羽は躊躇無くジャーマンを放った。
 一息で背後へ放り投げられ、美月は頭からマットへ真っ逆さま――と思いきや、
 投げられた勢いのまま後方へ一回転して立ち上がる。
「……せぇッ!」
 美月より遅れて立ち上がった相羽の脇へぴたりと張り付き、
 お返しとばかりに半円を描く捻り式のバックドロップ。
 相羽も頭から突き刺さったように見えたが、こちらも即立ち上がって渾身のエルボー。
 美月も飛び掛かる様に肘を突き出し、二人はリング中央で交錯。
 どちらもばったりと天井を向いて仰向けにダウンした。

「熱心なのはいいんだが、練習で頭から落とすのは感心しない」
 道場のリング下、本番さながらのスパーリングを終えた相羽の後頭部を氷嚢で冷やしながら、
 越後しのぶがやんわりと二人に苦言を呈した。
 隣のベンチでは美月が、同じように神田から首筋へ冷却スプレーを噴射されている。
「すいません、つい熱くなっちゃって」
「すいません、ついイラッときて」
 え、ちょ、と素直に凹んでくれる相羽が面白くてついこんなことを言ってしまう美月は、
 すぐにウソウソとばかりに左手を振ってみせた。
「まあちょっと試合に近い感じで試したいことがあったので、
 なるべく遠慮しないよう事前に和希さんに頼んでたんですよ」
「ひょっとしてそれか、試したかった物って」
 べっ、と美月が口から出して端にくわえた物を見て越後が聞いた。
「……何それ?」
「あ、マウスピースですか」
 元ボクサーの神田には当然見慣れたものである。
「そう」
 美月はくわえていたマウスピースをタオルの上に吐き出した。
「噛み合わせをしっかりすることで普段以上の筋力を発揮できるとか聞いたもので、試してみました。
 確かに効果があった……ような気がします」
 マウスピースは、ボクシング等の格闘技においては口中の保護、
 特に舌を噛むことを防止するために着用が義務づけられている。
 だがそれ以外にも、美月の言うように普段以上の筋力ないし瞬発力を引き出せる効果もあるとか。
「ま、非力なもんですから、これぐらいの小細工はね」
 そう言って美月は、プロレスラーのイメージとはかけ離れた自分の細腕を撫でた。
「と言ってもお前、この前の試合で神楽を投げ切っただろう。あれぐらいできれば十分だと思うが」
「あれは腕力というよりタイミングですから」
「あ、神楽さんって言えばさ、何か今日膝に巻いて歩いてたよ」
 首を左右に回して具合を確認しながら相羽が口を挟んだ。
「膝って……この前の試合では痛めたような素振りはなかったですけど」
 んー、と相羽は顎に人指し指を当てて思い出し顔。
「でも何かかなりガチガチに固めてるっぽっかったなあ。何て言うんだろアレ?」
「ひょっとしてニーブレイスじゃないですか?」
 神田の言うニーブレイスとは、膝と周辺の損傷部位を固定するための装具である。
 しかし美月が思ったように神楽は怪我などしておらず、
 膝に装着したそれを凶器として使用することを企んでいるだけなのだが、
 神楽が使うにはちょっと地味で陰湿な凶器かもしれない。
「ニーブレイスとか、まあテーピングもそうだが、
 個人的にはああいうものをしたままリングに上がるヤツの気が知れない。
 “ここが弱点です”って相手に向かって言ってるようなもんじゃないか」
「まあそれもそうですけどね」
「あ、そうそう、ところで前から思ってたんだけどさ、
 神田さんってオープンフィンガーグローブは着けないの?」
「オープンフィンガーグローブですか……」
「うん。だってあれ着けたら拳で殴っても反則にならないんじゃなかったっけ?」
 相羽に聞かれた神田はちょっと考えて答えた。
「私は元々ボクシングですからオープンフィンガーは慣れませんし、
 ……それに一応、プロレスで勝負しようと思ってますから」
「そうそう、パンチはここぞという時に使えばいいんですよ。安売りしてはダメ」
「といっても素手じゃ殴った方も殴られた方も無用な切り傷なんかをつけてしまうので、
 バンテージは巻くようにしています」
「……同じことを柳生美冬に聞かせてやりたい」
 神田と同じく強烈な打撃、特に蹴り技を使いながら、
 あえて足に保護のレガースを着けない主義の柳生美冬。
 恐らく自分の足は徹底的に痛めつける修練をしたことで既に痛みを感じないレベルなんだろうが、
 蹴られる方は全くたまったものではない。
「その辺、凝る人間はリストバンドから靴下まで凝るからな。
 ある意味それはそれでプロレスラーとして正しい姿勢だが」
「私も大事な試合では勝負ネクタイをするようにしていますよ」
 さらっと冗談を言ってみた。
「っていうかさ、あれ何か意味あるの?何でコスチュームでネクタイなの?」
「いつかその内引っ張られたりするんじゃないですか?首締まって危ないですよ?」。
「実際あれ何なんだ?胸の谷間を強調してるのか?」
「……さあ」
 本当のところ、デビュー時からそういう風に用地されていただけで、
 美月も自身あれが何のためにあるのかは知らなかった。

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by right-o | 2012-10-02 00:27 | 書き物
◇◆◇ 3 ◇◆◇


▼日本 埼玉県所沢市 さいたまドーム


VT-XとJWIの運命をかけた、十六夜と市ヶ谷の決着戦の時が訪れた。


■■ JWI認定世界最高王座 王座戦 ■■

〔王者〕
 《ビューティ市ヶ谷》(JWI)

 VS

〔挑戦者〕
 《十六夜 美響》(VT-X)


異例の五本勝負で行なわれるこの一戦。

最初に登場の十六夜は、シンプルなジャージ姿で登場――
と思いきや、入場ゲートに吹き上がったパイロ(火薬仕掛け)に包まれ、姿が消える。

「!!」

場内騒然とする中、青白い煙の奥から姿を現したのは――禍々しいコスチューム姿の、カラミティ・クイーン、十六夜美響。

「今日は――“全力”で、いかせて貰うわ」

妖しく微笑み、単身、リングイン。

そして、王者の入場――

<<オーーーーッホッホッホッホッホッホッ!!!>>

豪快にもほどのある高笑いと共に現れた、ビューティ市ヶ谷。
こちらは、JWIの選手たちを従え、堂々たる女王の行進――という風情。
なにせ地元、歓声は九分九厘、市ヶ谷へのものである。


<一本目>:ジャケットマッチ(胴着着用、打撃禁止。3カウント・ギブアップでの決着)


まずは、お互い胴着姿で闘うジャケットマッチ。
これはなんといっても、柔道出身の市ヶ谷が圧倒的に有利であろうと思われた。
十六夜を幾度となく投げまくり、叩き付けた市ヶ谷であるが、柔道ではないので、それで一本とはならない。
そんな中、

「――――ッ!」

ふと市ヶ谷が“偶然”スリップして体勢を崩した所へ、その隙逃さず十六夜が飛び掛かった。

「うぐ……ッ!?」

予想外に胴着を“使いこなし”た十六夜が寝技で圧倒、一本目を奪取したのである。

 ×市ヶ谷 vs 十六夜○(17分25秒:裸絞め)

「クッ! まぁいいですわ、これくらいはいいハンデですものね!!」
「……台詞が負けフラグみたいになってるわよ」


<二本目>:グローブマッチ(打撃のみ)


雲行きの怪しくなった市ヶ谷、膂力を生かして猛ラッシュを仕掛けるが、ことごとくブロックされ、有効打とならない。

「猪口才な――――」

気迫もあらわにラッシュを仕掛ける市ヶ谷……と、突然、足元がフラついた。
またしても“偶然”にも、シューズの紐が切れてしまったのだ。
それを見逃さず、十六夜がパンチの連打を見舞い、よもやの王手をかけた――

 ×市ヶ谷 vs 十六夜○(7分4秒:TKO)

「そ、そんな……」
「い、市ヶ谷様……っ」

リングサイドに控えるJWI勢は、顔面蒼白で見守るしかない。
それにしても。
一本目のスリップは、汗のせいだと思えば分からぬでもないが、二本目のヒモは……
よもや、これが“災厄”なのであろうか。


<三本目>:スモーマッチ(相撲ルール)


三本目は相撲ルール――もっとも、まわし一丁にはならないが。
水着の上にまわしをつけた状態での相撲マッチ。
さしもの市ヶ谷も顔が引きつって見えるのは、気のせいか。

「フッ……フフフッ。だいぶ、身体も温まって来ましたわ!!」

後がない市ヶ谷、ここはきっちりと投げ飛ばし、辛うじて一本奪取。

 ○市ヶ谷 vs 十六夜×(24秒:下手投げ)


<四本目>:ストリートファイトマッチ(私服による試合、反則裁定なし)


そして四本目、一転して過激きわまる荒々しいスタイルの試合。
凶器使用OKのこの一戦、漆黒の防護服に身を包み、竹刀やイス、脚立まで持ち込んだ十六夜に対し、市ヶ谷は瀟洒なドレス姿で、しかも素手で登場。

「私に、武器など必要ありませんわ――何故ならば、この肉体そのものが武器なのですから!」

とうそぶいたのは良かったが、序盤から竹刀やイスでメッタ打ちにされ、さしもの市ヶ谷もグロッキー状態に追い込まれる。

「ルーチェ!! テーブルをッッ!!」
「~~ッ」

更に十六夜、ルーチェたちに運び込ませた長机をリング内に投げ込み、

「お嬢様、机をどうぞ――」

と冷笑し、市ヶ谷の背中目掛けて打ち下ろす!!

「おぐぅっ!?」
「い、市ヶ谷様ァーーーッ!!」

場内悲鳴に包まれるなか、更に十六夜の猛攻が続くが、

「調子に乗るのは――その程度になさいッ!!」

市ヶ谷気迫で反撃、十六夜をテーブルに据え付けるや、自らは脚立に登り、最上段からのダイブを図った――その時。

「!!」

突如、脚立が――中ほどから、折れた。

「――――ッッ」

市ヶ谷たまらず、体勢を崩して、真っ逆さま。
危険な角度で、脳天からリングに突き刺さる!

「…………」

ドーム内の観客、ショックで声もない。
これが――“災厄”の力なのか?
が、更に衝撃を与えたのは、十六夜の行動である。

「もっと――テーブルをッッ!!」
「あ……あっ!」

ルーチェらに指示し、受け取るや否や、倒れ伏す市ヶ谷の上に、置いた。
それも一つではなく――三つ、四つと。

「…………!!」

ルール上は、反則裁定なし。
だが、これはあまりにも――
市ヶ谷の姿が見えなくなるまでに机が積み重ねられる。
そこへ、更に。

「……せいっ!!」

十六夜、非情のテーブル上ボディプレス!
あまりの凄惨な有り様に、場内声も無し――

「れ……っ」

「麗華様ァァーーーーーッッ!!」

そう叫んだのは、JWI軍の誰かであったか。

「――――ッッ!!!」

テーブルの山にうずくまっていた十六夜美響が、身を起こした。
と、同時に――

<<オーーーーーーーーッホッホッホッホッ!!!!!>>

哄笑と共に、鮮血にまみれたビューティ市ヶ谷が、テーブルを跳ね飛ばしながら、復活!

<<ウォーミングアップは――――終わりですわ!!!!!>>

「…………ッ!!」

茫然と立ち尽くす十六夜ににじり寄るや、首根っこを掴み、そのままコーナーへブン投げる!

「う、ぐ……っ!?」

悶絶する十六夜を引っ張り上げるや、コーナー最上段に抱え上げ――

――スペーストルネードビューティボム!!(錐揉み雪崩式ビューティボム)

市ヶ谷大流血も、執念の反撃でかろうじて勝利を掴んだ――


 ○市ヶ谷 vs 十六夜×(13分33秒:スペーストルネードビューティボム)


「Monster……!!」

思わずそうつぶやいたのは、ルーチェだったか、羊子だったか。


<五本目>:???


ついに2-2の五分のまま、最終決着戦となる五本目に到達した。
大型ビジョンに映し出されたルーレットによって決定された、五本目のルールは――

――シックスメン・タッグマッチ!!

両軍、パートナーを二人選んでの一本勝負。
ここで十六夜が挙げた名は、神塩や伊達らではなく――

「――ルーチェ・リトルバード――」
「……What??」

よもや、ルーキーのルーチェ、そして、

「――オースチン・羊子」
「……はぁぁっ!?」

あろうことか、デビューすらしていない、羊子であった。

「フン……ッ、そちらがその気なら――」

市ヶ谷が指名したのは、これまたルーキーの〈水上 美雨〉と〈紫乃宮 こころ〉。
いわば五分の様相となったわけだが、

「ちょ、ちょっと待って下さいよっ。オレはっ」
「コスチュームは、持ってきているでしょう――?」
「…………っ」


<五本目>:シックスメン・タッグマッチ

 《ビューティ市ヶ谷》(JWI) & 〈水上 美雨〉 & 〈紫乃宮 こころ〉

 VS

 《十六夜 美響》(VT-X) & 〈ルーチェ・リトルバード〉 & 〈オースチン・羊子〉


ダメージの大きい十六夜と市ヶ谷はほぼリングインせず、実質、若手同士のタッグマッチという形の展開。
ルーチェがこころと場外戦を展開しているさなか、羊子にチャンスが訪れる――

「DEEEEYA!!」
「……うっおっ!?」

美雨を高速ブレーンバスターで投げ、鎌固めに移行。

「ぐ、お、おぉぉ……っ!」

そこから更にがぶり状態に戻り、ヒザ蹴りを連発!!
これぞ、デビューを目指し、ルーチェとの特訓で身に着けた必殺技・“ホーンズ・オブ・エイリース”!!
初披露にして、大一番の決着をつけるか――と思われた。

が、突然、衝撃が羊子を襲った。

「う……ぐっ!?」

強烈なダメージに、たまらず技を解く――
見上げた先にいたのはしかし、こころでも、市ヶ谷でもない。

「な…………ッ!?」
「クッククク……ッ、いいザマだなぁっ、ニセ外人野郎ッッ!!!」

哄笑とともに、更にイスを振り下ろしたのは――

「る、ルミ……ッッ!?」

リングに戻ってきたルーチェも、驚愕の色を隠せない。

「な、何……ッ、考えてん……だっっ! Dxxkhead!!」
「考えてるさ、てめーらよりは、なッッ!!!」

――おい、アイツ、例のアレじゃねぇっ?
――そうだ、アイドルから逃げ出した、なんとか留美!!

そのまま、羊子はもとより、ルーチェや美雨など、敵味方かまわずイスで殴打する留美。
混乱の中、颯爽とリングに駆け上がる影ひとつ。

「少し、おイタが過ぎるようね――」
「!!」

留美を一撃し、イスを奪い取ったのは、JWIのナンバー2・《南 利美》であった。

「……イスって言うのは」

そして、そのイスを留美目掛けて振り下ろす。

「こうやって、使うのよ――」

バキィッッ!!

「お……ごぉっ!?」
「な……?!」

南がイスで殴打したのは、留美ではなく――味方のはずの、美雨。
場内騒然とする中、南は市ヶ谷や十六夜もイスで蹴散らし、リング上を占拠。

「いいかげん、貴方の気まぐれに付き合わされるのも、我慢の限界ってことよ――」

市ヶ谷に三行半を叩き付け、JWIのジャージを脱ぎ捨てる南。
その下には着込んでいるのは、

「……【ジャッジメント・セブン】!?」
「そういうこった――――」

これも意気揚々とVT-Xのジャージを脱ぎ捨て、J7シャツを誇示する留美。
新女を中心に猛威を振るう反乱軍と、加担したというのか。

「ふ、ざけ……やがって……ッッ!! U Sxxk Ass!!」

怒り心頭に達した羊子は、留美に飛びかかったが、

「小賢しいんだよッ、雑魚がッッ!!」
「ぐ……あッッ!?」

豪快なチョークスラム一閃、リングに叩き付ける。

「ルミィィィーーーーッ!!」
「ウッグッ!? てめ……ッ!」

ルーチェ、怒りのトラースキックが留美のアゴにヒット――

その後――
雪崩れ込んできたJ7勢がリングを荒らしまわり、JWI・VT-X軍と入り乱れての大乱闘。
試合が無効となったのは、言うまでもない。


 ▲羊子 vs 美雨▲(19分54秒:留美らの乱入によるノーコンテスト)


南らが撤収すると、残された市ヶ谷・十六夜は共闘を宣言、J7打倒を掲げた。
ルーチェや羊子もまた、そんな渦中に巻き込まれていくことになるのであろうか。




▼日本 東京都新宿区 BAR『Dead End』


「――御苦労様。なかなかの暴れっぷりだったじゃないの」
「そりゃアどうも。……」

騒動の後。
J7軍の打ち上げに参加した留美は、南にそう労われた。

「そのデカさを上手く生かせば、好きなように暴れ回れる。期待させて貰おう」

これはJ7のリーダー格・《越後 しのぶ》の言。

「流石、神楽サンの従妹だけあって、度胸はあるなぁ~。ま、こないだの件は、ご愛嬌ってことで」

そう笑い飛ばすのは《成瀬 唯》。
かつては神楽と同じワールド女子に所属していたが、現在はフリーとなり、J7に参加している。
他でもない、留美に連絡を入れてきたのは――彼女であった。

「……ひょっとして」
「ン?」
「いや。……何でもねェ」

まさか、神楽が成瀬に、留美の身柄を託したのでは?
……という疑いが一瞬浮かんだが、すぐに振り払った。
そんなはずはないし、万が一そうだったとしても、知ったことではない。

(これからは――俺の、好きにやらせて貰う)

(そう、好きなように、な……!)



そして、一ヶ月後――


▼日本 東京都新宿区 国立霞ヶ丘陸上競技場


新日本女子プロレスの――いや、日本最大のプロレスの祭典『Athena Exclamation X』が開催された。
国立競技場には10万人近いオーディエンスがつめかけ、史上最大規模のイベントとして盛大に幕を開けたのである。
大会のサブタイトルは“Last Judgment”――――
その名の通り、【ジャッジメント・セブン】が中心となるマッチメークが行なわれ、《ビューティ市ヶ谷》が久々に新女のリングに上がり、《サンダー龍子》が初参戦するなど、色々な意味で話題の多い大会となった。

メインイベントでは、《マイティ祐希子》が負傷のため返上した“ダブル・クラウン”をめぐり、王座決定戦が行われた。
しかし、そのカードは、しばらく前なら予想だに出来ないものである。


<メインイベント NJWP・IWWF認定無差別級タイトルマッチ 時間無制限一本勝負>

 《南 利美》(ジャッジメント・セブン)

 VS

 《武藤 めぐみ》(NJWP-USA)


市ヶ谷を裏切り、【ジャッジメント・セブン】の新たなボスとして君臨する《南 利美》と、アメリカから凱旋した新女の新鋭・《武藤 めぐみ》の対決。
新星武藤の縦横無尽な無重力殺法に大観衆は酔いしれたが、久々の祭典登場となった南も緩急自在の攻めで応じ、次第にペースを掴んでいく。
そして終盤、武藤の秘技・“フロム・レッド・トゥ・ブルー”(青コーナーに配置した敵めがけ、赤コーナー最上段からミサイルキックを放つ超跳躍技)を受け切った南が、新技“ダブルクロス・サザンクロス”(変形リストクラッチ式エクスプロイダー)を繰り出し、決着――

 ○南 vs 武藤×(24分13秒:ダブルクロス・サザンクロス)

『残念だったわね。まだまだ、貴方じゃ勝てないって事よ――』

“ダブル・クラウン”を奪取した南、そしてJ7が、新日本女子の覇権を握ることとなった。
混迷を深める日本の女子プロレス界は、更なる闘いのステージへ突き進む――

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by right-o | 2012-08-19 17:56 | 書き物
レッスルPBeMのリアクション04を掲載させていただきます。
すんません今頃……

※字数制限かかったので共通部分は省略させていただきました。
 STRさんのサイトでご覧ください

▼日本 福岡県福岡県博多区 さざんれあ博多 多目的ホール


VT-X、地元定期興行――
100人ばかりの観客の前で、レスラーたちが試合を行なっている。

「オラァーーッ!!」
「DEEEEYAAA!!」

容貌魁偉な長身レスラーと、小柄なガイジンレスラーが激しくシバき合う。
良く言えばケンカファイト、悪く言えば技術もへったくれもない、大雑把なドツき合いである。
反則パンチや顔面キックもいとわぬ荒々しいファイトは、VT-Xの売りの一つだが、新人同士だけになおさら容赦がない。
もっとも、同じ戦法なら、ガタイの大きい方――この場合は〈火宅 留美〉に分があるのが道理。

「ルーチェ! もっとキック! そう、ロー!! RUMI Can't Wrestling!!」
「ゴチャゴチャうるせえんだよっ、ニセ外人野郎!!」
「Bullshit!! Shut The Fxxk Up!!」
「ッ、何言ってるかわからねーけど、ムカッつく!!」

やたらと留美に絡んで、〈ルーチェ・リトルバード〉を援護しているコイツは、〈オースチン“プリティ・ガール”羊子〉。
いわゆる悪徳マネージャーというやつ。
ケガのためレスラーデビューを諦め、最近はこうしてマネージャー業にいそしんでいる。
留美とは天敵といっていいくらいに、ソリが合わない相手であった。
そんな妨害を受けつつも、最後はランニング・ビックブートでルーチェを沈めてピン。

(……くだらねェ)

勝ち名乗りを受けながらも、気の乗らない留美。
それも道理かも知れない。

(なにが丸坊主だ。……)

突然勃発した、VT-XとJWIの抗争。
といっても、彼女たち下っ端にはあずかり知らぬ話であり、気づけば更に『負けたら丸坊主』などというオプションまでついていると来た。
留美が思うには、この件は要するに

(VT-XがJWIに吸収される、ってアングルだろ)

だとすれば、形はどうあれ、JWIの下につくことになろう。
その方がギャラは良くなるのかも知れないが……
はした金のために、負け犬扱いされるのも業腹だ(しかも、自分が負けたわけでもないのにだ)。
それ自体、気に食わないところへ持ってきて、丸坊主の一件だ。

(とっととオサラバした方が利口だな)

そうも思うが、彼女もそこまで自分を高く買ってはいない。
今の時点では、そう高く買ってくれる団体があるとも思えぬ。
ツテがあるとすれば、

(……アイツ、か)

従姉にあたる《神楽 紫苑》。
【ワールド女子プロレス】のチャンピオンであり、最近はヒール軍団を率いて活躍している。
しかし、頭を下げるのもシャクにさわり、なかなか踏ん切りがつかずにいた。



そんなおり、留美にTV番組から出演オファーが来た。


▼日本 福岡県福岡市博多区 VT‐Xオフィス


「『仮面刑事アンタレス』? 何だソレ」
「私も良く知らないけど、子供向けのヒーロー番組みたいね~~」

《ナナシー神塩》からオファーの件を聞いた時は、正直、気が乗らなかった。

「なんだ、ガキ向けの特撮かよ。そんなしょーもないモン、出たくねーな。エセガイジンの奴に振ったらどうよ」
「あ~、羊子ちゃんには別のオファーが来てるのよね~。動物番組なんだけど」
「はァん……ま、ケモノ臭い番組より、マシか」

ギャラもまぁまぁ悪くはないので、結局受けることにした。


▼日本 東京都調布市 味の元素スタジアム


留美の役柄は、ヒーローに倒される怪人――の人間体。
そんなチョイ役であるからして、ちょっと顔を出してすぐ終わり……
かと思いきや、そうでもなかった。

(……こんなに待たされるのかよ)

出番自体はごく短時間なのだが、それまでの拘束時間が実に長い。

「ほんま、こんなに長いとは思わんかったわぁ」

とボヤいたのは、〈紫熊 理亜〉――
留美と同様、ゲスト出演で呼ばれているプロレスラーで、リングネームは〈Σ(シグマ) リア〉として知られている。
もっとも留美と違い、黙っていれば芸能人としか思われないほどの美貌であり、今回も重要な役柄なのであったが。
留美の従姉・神楽が所属する【ワールド女子プロレス】に所属するだけに、話題はそこそこあった。

「へぇ~、神楽サンの従妹なんや。そう言えば、ちょっと面影ある……ないわ。ごめん、勢いで言うてもた」
「さぞかし、苦労させられてるんだろ?」
「ソッ……ソンナコト……ナイケド……」
「…………」

そういいつつ目をそらしたのは、何ゆえであろうか。

「そういえば、ヴォルさんとこは大変らしいねぇ」
「まぁね……」
「丸坊主か~~。まぁ、ルミさんは似合いそうやし、ええんちゃう?」
「…………」

ええわけがない。




▼日本 福岡県福岡市博多区 VT‐Xオフィス


ともあれ。
『仮面刑事アンタレス』での熱演が評価された――のかどうか、分からないが。
別のオファーが舞い込んできた。

「アンタ、あのガイジン野郎のジャーマネだろ。俺に何の用だ?」
「ジャーマネ……っていうわけじゃないんだけどねぇ」

苦笑するこの男性は、〈オースチン・羊子〉が所属する芸能事務所【Ωプロダクション】のプロデューサーであった。
しかし今回の訪問は、羊子がらみではなく……

「実は、うちの事務所で、プロレスイベントを開催する予定でして――」

それに出演して欲しい、というのだ。

「フ~~ン……そりゃ、カネ次第だけど」
「えぇ、もちろん。これくらいで考えていますが――」
「……!?」

と提示された額は、驚くほど高額なもので、予想よりも0が一つ多かった。

「……詳しく、聞かせて貰いましょうか」

思わず、いつになく丁重な口調になったのも、無理はない。

プロレスイベント【AngeRing!!】――
Ωプロダクションが手がけるプロレス興行……だが、一般的なそれとは大きく異なる。
何しろ、所属アイドルやタレントを中心とした内容で、レスラーはあくまで添え物。
イメージ的には“バトル・ミュージカル”のようなものを考えているらしい。

「要は、リングで歌や芝居をやろうってことですか」
「えぇ、そんな感じですね」

……言わんとすることは分かる。

「それでですね、安宅さんには、こうした役どころでお願いしたいんですが」

と、企画書を渡される。

「なになに……? 〈アークデーモン留美〉? なんすかコレ」
「あぁ、アタケってなんか読み辛いでしょう? その方が分かりやすいかなって」
「…………」

若干イラッと来たが、まぁ、ドラマの役名のようなものだし……と割り切る。
しかし、よくよく読んでみると、流石に看過出来ないレベルの内容も出てきた。

「あのー……この、《帝王エンジェル》ですか。このヒトたちと闘えばいいってことで?」
「えぇ、そうですね」
「それで、最後はこっちが負ける、と」
「はい。もちろん」

プロレスは、いわゆる意味での競技、スポーツではない。
ゆえに、あらかじめ勝敗や試合内容を打ち合わせたうえで行なう――場合もあると聞く。
いかんせんVT-Xの場合、そういったものがあるのかないのか定かでない。
少なくとも留美に対しては、そういう“指導”は一度もないので、好きにやらせて貰っている。
よって、それはそれで問題はなかったが、

「この、『負けたら即レスラー引退、帝王エンジェルに弟子入りしてアイドルを目指す』……って言うのは?」
「あぁ、もちろんストーリー上の話ですよ。本当に引退していただく必要はありません」
「フ~~ン……」

どうやら、チョロい仕事のようだ。
それでこれだけのギャラを取れるなら、やらない手はない。

「分かりました。……やらせて貰います」
「っ、ありがとうございます! いや~、助かりましたよ。いろんなレスラーさんにオファー出したんですけど、断られちゃって」
「へぇ……?」

これだけの金額なら、十分やり手がいそうなものだが。

「いや~、羊子の言う通りでしたよ。貴方なら受けてくれるんじゃないかって」
「……っ、そう、ですか」

どうやら、ヤツからの紹介、のようなものらしい。
そう言われるといささかシャクではあったが……
まぁ、この場合はヤツにも、いささか、爪の垢くらい、これっぽっちくらいは、感謝してやらないでもない、と言っても過言ではない。かも知れない。
もっとも……
この感謝は、まもなく取り下げられることになったのだけれども。




▼日本 東京都渋谷区 Ωプロダクションレッスン会場


「貴方がアークデーモンさん?
 ……なるほど、悪魔っぽいビジュアルをお持ちですわね」

“共演”することになる《帝王エンジェル》との顔合わせ。
リーダー格の《クイーン東豪寺》の第一声がそれであった。

「うんうん、地獄の底から這い上がってきたばっかりって感じ~☆ 超ウケる~~♪」
「……お二人とも、事実を素直に口にするのはやめた方がいいですよ」

《ミストレス朝比奈》をたしなめたのは《エンプレス三条》であるが、あまりたしなめてもいないかも知れない。

「……どーも」

頬を引きつらせた留美であったが、これもギャラのため――とせいぜい愛想笑いを絶やさずにおく。

「最初に言っておきますけれど――」
「え?」
「わたくしたち、プロレスなど、やる気はありませんの」

東豪寺が断言した。

「……っ、そんなこと、言われたって」

仕事は、仕事ではないか。

「わたくしたちはトップアイドルですのよ? それがどうして、あんな野蛮な真似をしなくてはいけませんの? 意味が分かりませんわ」
「…………」

それは本人たちの勝手だが、留美に言われても困るところだ。

「こんな社長の思いつきのようなイベントで、ケガでもしたら馬鹿馬鹿しいですわ。どうせ貴方も、真面目にやる気はないのでしょう?」
「っ、そりゃ……まぁ」

カネさえ貰えるなら、それでいいと思っているのは確かだが。

「社長がうるさいから、やるにはやるけどぉ~~。痛いの嫌だし、なんかいい感じに誤魔化せない~?」
「は、はぁ……」
「え~と、台本だと…………」



<メインイベント>

 《帝王エンジェル》
 VS
 〈アークデーモン留美〉

帝王エンジェル、最初に入場。持ち歌『ゆるしてタイキック』を披露。

Q東豪寺:プロレスなんて、ちょっと練習すれば楽勝ですわ。
M朝比奈:そうそう♪ 簡単だよね~~☆
E三条:……歌や踊りよりは、ずっと楽ですね。誰にでも出来ます。

(以下アドリブ。プロレスをバカにする発言)

AD留美:おいお前ら、適当なこと言ってんじゃねーぞ!

(アークデーモン登場。場内を威嚇しながらリングに上がる)

AD留美:そんなに簡単だって言うのなら、俺が相手してやるよ。
Q東豪寺:上等ですわ。ちょっぴり図体が大きいからといって、勝てると思わないで。

(以下アドリブで舌戦。残りの尺次第で調整)

AD留美:ゴチャゴチャうるせえ! まとめてかかってこいよ。

(試合開始。3人がかりで挑む帝王エンジェルだが、全く歯が立たない。
 留美、適当に痛めつける)

AD留美:おい、いいザマだな! ファンの前で恥ずかしくねーのか。
Q東豪寺:くっ! ファンのみんな、わたくしたちに力を貸して!

(観客、帝王エンジェル応援グッズ(物販で販売)を掲げて励ます。
 復活した三人、合体攻撃で留美を倒す)

Q東豪寺:これがアイドルの力ですわ。
M朝比奈:ファンのみんなの応援があれば、あたしたちは無敵なの☆
E三条:……ユニヴァース。
AD留美:すみませんでした。どうか、私もアイドルにして下さい。(土下座)
Q東豪寺:仕方ありませんわね、ミュージック・スタート!!

(四人そろって持ち歌『ラッキー☆シスター』を歌う。留美のヘタクソな踊りに場内爆笑。ハッピーエンド)



「まぁ、話の流れはともかく……『適当に痛めつける』と言われましてもね。貴方、どうするつもりですの?」
「そりゃ……投げ飛ばすとか、張り手したり、とか」
「えぇ~っ? 痛そぉぉ~~~」
「……アイドルは……顔が命なんですけど」
「は、はぁ……」

……この辺でようやく、留美は他のレスラーがこのオファーを避けた理由を悟った。

(こ、こいつら……タチが悪い!)

「そうですわね……貴方、『手から毒電波が出る』みたいな設定にしなさい」
「……はぁ?」
「あ、なるほど~。それを浴びてるってテイで、あたしたちが苦しむフリすればいいんだ~~」
「はっ、はぁ……」

むしろ、こっちの頭が痛くなってきた。
もはや“プロレスごっこ”の域ですらなくなりつつある。

(……ま、いいか)

楽してカネが手に入るのだから、少々のことは我慢しよう。
よしんばこれで興行がコケたところで、自分の知ったことではないのだ。





▼日本 東京都江東区有明 有明スポーツアリーナ


かくして、【AngeRing!!】開催の当日――
人気アイドルが多数出演するとあって、会場は2万人近いファンで埋め尽くされている。

(……っ、こんなデカいハコなのかよ)

これまで多くても1000人規模の会場でしか試合をしたことがない留美にとっては、大変なプレッシャーと言える。
おまけに、いつものような力任せのやりたい放題ではなく、台本通りに進行させなければいけないのだ。
更にプレッシャーなのは、この興行、生中継でTV放映されるということ。

「やぁ、君が妖かしのカラミティ・レディの弟子だね」
「……っ」

控え室で硬くなっていた留美に声をかけたのは、【東京女子プロレス】の麗人キャラレスラー《ミシェール滝》。
留美にとっては、レスラーとしてより、TVでのタレント活動の方が印象が強い。

「デビューし立てでいきなりメインとは大変だろうけれど――頑張ってくれたまえ」
「は、はぁ」
「私たちがいくら盛り上げた所で、メインが失敗しては、何もかも台無しだからね」
「……っ」
「そうプレッシャーをかけるなよ、翔子。彼女はルーキーだぞ」

そうフォローを入れてきたのは《ロイヤル北条》。
【日本海女子プロレス】を率いるパワーファイター。
この二人はかねてから知り合いで、今回は久々にタッグを結成するというわけ。

「フフッ、それもそうだ。我々の所の子鹿ちゃんたちも、まだまだだからね。健闘を祈るよ」
「……どーも」


――そして、運命のメインイベント。


<メインイベント>

 《帝王エンジェル》
 VS
 〈アークデーモン留美〉


場内の大型ビジョンに、これまでのいきさつ――留美が記者会見で大暴れ(もちろんアイドルに手をかけたりはしない)したり、帝王エンジェルのライブに乱入して、“悪魔的な”歌を披露したりした顛末――が流される。
アイドルの誇りをかけて、あの悪魔を倒す! と気炎を上げる帝王A。
そして台本に従い、帝王Aの入場、一曲披露……と進行していく。

『お前ら! 好き勝手なこと言ってるんじゃねーよっ』

ここでようやく、〈アークデーモン留美〉が登場。
むやみにゴチャゴチャした鎧のような甲冑を頭からスッポリ着せられ、ひどく視界が悪い。
おかげで客席の様子もよく分からないので、緊張せずにすんだのはまだしもかも知れなかった。
リングに上がり、いざ甲冑を脱いで見ると――

「……う……ッッ」

大観衆に囲まれていることを改めて実感し、思わず、足がすくむ。
マイクを手に取ったものの、

「――――ッッ」

台詞が完全に飛んでしまい、何も出てこない。
妙な間が生まれ、場内がザワつき始める。

『――フン、何かおっしゃりたいのかしら? これだから、脳みそまで筋肉で出来てるプロレスラーなどとは、絡みたくありませんのに――」

とっさに東豪寺がアドリブを入れ、会場が笑いに包まれる。

『……っ、お、お前ら、俺が、相手、してやる……よ』

普段なら難なく出来るマイクが、尻すぼみになってしまう。

――何だソレー? 全然迫力ねーぞー!!
――やる気あんのかー、アークデーモン!!

客席からのヤジに、いつもなら反撃してやる所だが、そんな余裕もない。

『いいですわ、そんなにお相手して欲しいのなら!
 アイドルの力、見せて差し上げます――――』

強引に話を打ち切り、ゴングを要請する東豪寺。
流石に、この辺の肝のすわり具合は尋常ではない。

しかし、いざ試合――となっても、留美は精彩を欠いた。
当初の打ち合わせ通り、『両手から毒電波を出し、相手を苦しめる』という展開に持っていくも、息が合わず、グダグダに。

――何やってんだ? 意味わからーん!
――プロレスやれ、プロレスーー!!

観客席からの容赦ないヤジに、いよいよパニックになる留美。

「う、ウガアッ!!」
「きゃうっ!?」

思わず、朝比奈を力任せに突き飛ばしてしまう。

「ちょっ! 何してるんですのっ!!」
「っ、う――」

緊張が極限に達し、棒立ちになってしまう。

「うっ……うわあああああ……っっ!!」
「……ちょっ、ちょっと!? 貴方……何処へ!!??」

…………




▼日本 福岡県福岡市博多区 VT‐Xオフィス


「あはっ! あはははははっ! イッツ・クール!! 最高だわアイツ、あっはははははは!!」

〈オースチン・羊子〉は腹を抱えて爆笑していた。
【AngeRing!!】の生中継を観戦中、問題のメインイベント。
よもや、こんな展開になるとは――斜め上だった。

「?? ルミ、ドウシテ、逃ゲタ??」

ルーチェなどは、理解に苦しんでいる。
もとより理由は当人にしか分からないが、

『分不相応な仕事をやろうとした報いってこと。あ~、笑った笑った』

番組上では、まさかの留美逃走に、さしもの《帝王エンジェル》も困惑を隠せぬ様子が流れている。

(全国生中継でこの醜態……アイツも流石に、戻ってこれないかもね)

ちなみに、AngeRing!!の方は。
間もなく、急場をしのぐべくヒールキャラへ変身した滝と北条が登場、アイドル相手に見事な立ち回りを披露、きっちりと場内を沸かせ、クライマックスを盛り上げてみせたのは、流石であった。





リングからの『逃走劇』の後……
留美は会場からも逃げるように去り、博多行きの新幹線に飛び乗った。

(クソッ……クソッタレが……ッ)

あんなことになるくらいなら。
いっそ、収集がつかないくらいに暴れてやれば良かった。
カネのために自分を殺したあげく、あんな赤っ恥をさらす羽目になるとは。

博多に戻っても、VT-Xの寮へ帰る気にはなれなかった。
どの面下げて顔を出せよう。

(さぞかし、あのガイジン野郎は大喜びだろうぜ……ッ)

羊子の件を思い出すと、ハラワタが煮えくり返る。
だが、オファーを受けたのは自分であり、その点では誰を恨みようもない。

チラリとネット関係を見てみると――
案の定、大バッシングを受けている。


――アイドル相手に試合放棄、水着姿のまま会場から逃走!!
――プロレスラーの恥、二度とリングに上げるな!
――アイドルから逃げるプロレスラーってwwww
――アークデーモンは にげだした!!(笑)


世間からは失笑を、業界からは大ヒンシュクを買っていた。

「クソッ! 好き勝手、抜かしやがって……ッ」

と、ケータイに着信。

「っ? 何だ……」

登録されていない番号である。
時が時だけに、ややためらわれたが、留美は大きく息をついて、着信ボタンを押した……


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by right-o | 2012-08-19 17:54 | 書き物
 美月対神楽戦の舞台となったのは、神戸ワールド記念ホール。
 立地から見れば神楽寄りの会場だが、特に観客はどちら寄りということもなく、
 これから始まる試合の形式と、そこで何が起こるかに期待している者が多かった。

 美月は普段どおりの無表情でリングに入り、
 神楽もまたいつものように薄い笑みを浮かべてロープをくぐると、
 向かい合った両者の左手首に皮のストラップが巻かれる。
 それは、ちょうどリングの対角線を結んでやや余るほどの長さの鎖で、
 両者を結びつけるためのものであった。
(重い……)
 見た目アルミのように安っぽく光る鎖であったが、
 その実かなり太い鉄の輪を繋げたものであり、人間の力で断ち切ることは不可能だろう。
 先月、柳生美冬を惨たらしく痛めつけたこの凶器が、この試合形式においては鍵となる。
 神楽からの提案を受け入れる形で実現したこのチェーンデスマッチであったが、
 流石の美月も、相変わらずの無表情とは裏腹に、内心では怖いものがあった。
 それでも王者として、また一プロレスラーとしての意地から、
 もうどうにでもなれという半ば自棄に近い気持ちでリングに立っているのであった。


 しかし一度ゴングが鳴ってしまえば、内面がどうであれ身体は動く。
 ゴングと同時、手早く左拳にチェーンを巻きつけて殴りかかってきた神楽の腕をかいくぐり、
 振り向きざまに顔面へのドロップキック。
 が、神楽はドロップキックを受けて倒れながら、
 左手のチェーンを短く持って自分からリング下へ転がり落ちる。
 勢い美月も左手に引き摺られる形で前に倒れ、そのまま場外へ引っ張り出されてしまった。
「ほらほら、どきなっ!」
 すかさず美月の首にチェーンを巻きつけた神楽は、最前列に座っている観客へ手を振って非難させ、
 チェーンを持って場外フェンス越しに美月を投げ飛ばした。
 客席のイスを薙ぎ倒しながら地面に転がった美月へ、神楽はさらにイスを投げて叩きつける。
 この試合、お互いをチェーンで繋ぐこと以外ほぼノールールであり、
 一応ギブアップと3カウントをリング上で行うことの他、何も反則にならない。
 完全に神楽の土俵と思われたこの試合形式で、まずは予想通り神楽が美月を蹂躙した。
 さらに床へボディスラムで叩きつけたあと、
 神楽は再度チェーンを使って美月を場外フェンス越しに投げてリング側へ戻し、
 サードロープの下から美月をリングへ転がし入れる。
 そしてリング内へイスを放り投げておいてから、観客へ悪態を吐く余裕を見せた。
 スキを窺っていた美月はここから反撃開始。
 左手のチェーンを一気に引っ張って手繰り寄せると、場外の神楽が不意に腕を引かれて体勢を崩し、
 リングの支柱に頭から激突した。
「おお……」
 間の抜けた格好でダメージを受けて頭を抱える神楽へ、
 美月はサードロープ下をくぐって場外へのスライディングキック。
「ちっ」
 場外フェンスまで蹴り飛ばされた神楽がチェーンを巻いて殴りかかってくるのを避けつつ、
 神楽が巻いているチェーンの根元を引っ張って引き寄せ、側面から抱きつくような形で密着。
「せぃっ」
 一瞬のタメのあと、捻り式のバックドロップに切って落とした。
 体格の問題から投げ技はあまり使わない美月だが、これぐらいのことはできる。
 横方向の回転で頭頂部から場外マットに激突した神楽はぴくりとも動かず、
 美月はこれを引き起こしてリングへ入れた。
 それから一度自分もサードロープをくぐってリングインしたあと、
 トップロープを飛び越える形でエプロンに立った。
(まだまだ、いける)
 場外でいいようにやられていた美月だが、効いてないというアピールも兼ねて飛び技を狙う。
 流石にチェーンをつけたままで450°スプラッシュは無理と判断し、
 神楽が立つのを待ってからトップロープに飛び乗った。
 だがこういう場合の神楽の頭の回転は早い。
 左手のチェーンを引くことでドロップキックを狙う美月の体制を崩し
 トップロープから前のめりになったところへジャンプして飛びつく。
 ちょうど抱きつくように、右腕を美月の左首筋に巻きつけ、掌で後頭部を掴んだ。
 そのまま空中から美月ごと後ろに倒れこみ、美月の顔面を肩越しにマット――
 ではなく、自分が投げ入れたイスの上に叩きつけた。
 それから間髪入れず裏返してカバーへ。
「……うぶっ!」
 カウント3寸前で美月が肩を上げると同時、激しい呼吸に跳ね上げられた血の霧が舞った。
 顔からイスの底に突っ込んだ美月は、額と鼻から流血。
「ちっ、綺麗に決まったと思ったのに」
 指を鳴らして悔しがった神楽は、それでもすぐ次の手に移った。
 倒れている美月の首へチェーンを巻きつけ、無理矢理に身体ごと引っ張り上げる。
 後ろを向いて背中合わせになると、チェーンを両手で掴んだまま美月を自分の背中へ担ごうとした。
 半ば生命を感じた美月は担ぎ上げられる寸前、
 自分が突っ込んだイスに足を引っ掛けて放り上げ、なんとかそれを掴むことに成功。
「あんまり意地を張ると、知らないわよ……!」
 そう言って神楽は、美月の首にかかったチェーンを思い切り両手で引っ張った。
 鉄の鎖が首へ食い込むと同時、美月は神楽の背中の上で必死にイスを両手で振り上げ、
 神楽の後頭部へ一撃。
 チェーンが緩んだところで、下半身を起こして神楽の上で後方に一回転。
 丁度神楽の頭を跨ぎながらマットに両足をつき、そのままマットを蹴って逆回転。
 身体に巻きついたチェーンを空中で乱舞させながら、
 前方回転式のパイルドライバーで神楽の頭ををマットへ突き刺した。



 3カウントを奪ったあとも、美月は暫く動悸が治まらなかった。
 試合に勝った充実感や達成感は無く、まだ恐怖とそれに対する反発が胸の内で渦巻いている。
 途中までは冷静でいられたものの、スワンダイブを切り返されて以降は死に物狂いであった。
 どうにか立ち上がってベルトを受け取り、両手で掲げて誇示すると、
 客席からは、拍手と歓声に混じってスクリーンに映った血だらけの顔にどよめく声が聞かれた。
 そして赤く染まった美月の裸眼の視界には、花道を歩いて来るいくつかのぼんやりした影が見えた。
(ああ、もういい加減に……)
 汗と血と視力ためにはっきりと見えなくても、大体誰かは想像がつくし、
 用件は想像する必要もなく分かっている。
 美月はうんざりしつつ天井を仰ぐ他なかった。

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by right-o | 2012-08-16 00:13 | 書き物
 ある日の午後、WARSの事務所にて。
 この新興団体の本拠は一階を道場、二階を事務所としており、
 都心からちょっと離れた郊外に位置している。
「ん……落ち着かない」
 ここの主、サンダー龍子こと吉田龍子は、社長室とは名ばかりの、
 パーテーションで区切られたフロアの一角でレンタル物のオフィス机に座ってそう言った。
 身一つで自分の団体を起こした彼女は、数年をかけてメジャーに対抗できるだけのレスラーたちを集め、
 彼女らと自分自身を最大限に活用して出来うる限り良質な興行を続けてきた結果、
 ようやく経営を軌道に乗せることができ、その結果自分達の城を持つに至ったのだ。
 が、その玉座に座る龍子は、居心地悪そうに数分ごとに身じろぎしていた。
「ダメじゃないの龍子。社長らしく、どーんと構えてなきゃ」
 パーテーションの合間を縫って入って来た石川涼美が、
 社長の椅子の上でもぞもぞしている龍子を見てそう言った。
「この格好で社長らしくもないだろ」
「うふふ、まあ、それはそうねぇ」
 二人ともジャージ姿であった。
 何しろ社長と兼任の現役レスラーである。
 下で他の所属レスラーたちと同様の練習をこなしたあと、
 こうして二階に上がって事務仕事をこなさなければならない。
 専属の事務員も数人雇ってはいるが、
 どうしても重要な決定事項は社長やレスラー陣に相談する必要があるし、
 加えて事務員そのものの数も足りていないため、一部気のつくレスラーたちが兼任したりしていた。
「失礼します」
 と、そんな兼任レスラーの一人である小川ひかるが、パーテーションの影から顔をのぞかせた。
「小川か。……そんな堅苦しくしなくていいって」
 彼女だけはジャージ姿ではなく、襟のついたブラウスにスカートという、
 事務員らしい服装をわざわざ自前で用意していた。
「そう言われても、団体外との折衝もありますから……。
 と、それで早速なのですが、先ほどテレビ局の方がいらっしゃいました」
「ああ、いつものスポーツチャンネル?それか例のプロレス専門の?」
「いえ、それが地上波から」
「あらぁ、珍しいですね」
 WARSの試合は衛星放送にて二つのチャンネルで録画放送されている。
 その関係で大きな興行の際は日程や場所の打合せと行うことがあるのだが、今回は相手が違った。
「珍しい、っていうか初めてだろう。
 しかし、地上波テレビ局がウチに何の用だって?」
 龍子が覚えている限り、WARSと地上波の間に接点はなかった。
 他団体に上がれば地上波に映ることはあったが、その際は別段事前の打合せなど不要である。
「それが、ドラマの出演オファーでした」
「ドラマ……っていうと、何か撮影中のヤツに脇役で出演してくれということか?」
 龍子の頭に、いかついレスラーが悪役として主人公の前に立ちはだかる絵が浮かんだ。
「いえ、それがそうではなくてですね、私たちでオリジナルのドラマを一本撮りたいとのことでした」
「ってことは、プロレスの?」
 今度は、とある新人レスラーが入団からデビューを迎えるまでの軌跡……みたいなことが頭に浮かんだが、
 それはドラマではなくドキュメンタリーというのではないだろうか。
「いえそれが、全くの別ジャンルです」
「……?」
 プロレスとは関係無い事柄で、自分たちを出演させてドラマを一本作りたい。
 龍子には相手が一体何をしたいのか全くわからなかった。
 WARSがアイドル集団とかならそういうのもアリかもしれないが、
 とてもこの団体にはプロレスファン以外の一般層を引き付けるような知名度はない。
「何でも、プロデューサーさんが大のプロレスファンで、特にウチの大ファンだとか」
「ああ、そういう……。で、誰を出演させたいと?」
「ウチからはほぼ全員。あとは新女から吉原さんと市ヶ谷さんが」
「新女からも出るのか。何だか妙な人選だが……」
「新女のお二人は脇役だそうですから。ちなみに龍子さんが主役ですよ」
「私が……?」
 龍子の頭の中の疑問符は増える一方であった。
 プロレスとは無関係なオリジナルドラマの主役が、自分。
 何をどう考えてそうなったのか、非常に不思議である。
 それだけに、とりあえず話だけでも聞いてみようという気になった。
「また明日、先方がこちらにいらっしゃるということですので、
 直に聞いてもらった方がいいと思います」
 一人だけ企画の内容を知っているはずの小川は、何か言いかけた龍子を制してそう言った。
「あ、ただ一点だけ確認しておいて欲しいと言われていました。
 龍子さん、乗馬の経験はありますか―――?」
 乗馬、と、龍子はますます分からないといった表情を浮かべ、
 石川も不思議そうに小首をかしげる。
 しかし翌日、龍子たちは結局そのオファーを受けることになるのであった。

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by right-o | 2012-05-06 20:10 | 書き物
 福岡での興行終了後、美月たちは新幹線で帰京の途についた。
 その車内、一つ前の座席を回転させてボックス席としたところに、
 美月、神田、相羽、そして越後の四人が向かい合って座っている。
「……美月ちゃん、次大丈夫なの?」
「……どうでしょうか」
 つい数時間前激しくやり合っていた人間から、美月は心配されていた。
「恐らくまた、今日みたいに無茶苦茶な試合形式を要求してくるに決まってますよ!」
「そしてチャンピオンであればなおのこと、挑戦者の要求を受けて立たずにはいられないわけだな」
 同じく心配顔の神田に、越後だけがそう淡々と応じる。
 四人とも、頭の中には先ほど見たリング上の無残な光景が生々しく刻まれていた。


 「参った」と言った方が負け、という、ある意味これ以上無いほど単純なルールは、
 裏を返せば当人以外は誰も試合を止められない危険なルールでもある。
 神楽が提案したルールを美冬が飲む形で決まったこの試合、事実上は何でもアリに等しい。
 その試合のゴングが鳴った瞬間、神楽は美冬に背を向け、猛ダッシュで場外へ滑り出た。
「なっ!?」
 喧嘩を売っておきながら即逃げの姿勢を見せた神楽を、美冬はバカ正直に追いかける。
 そして何やらリングの下をゴソゴソとやっている神楽の頭を、
 ロープから身を乗り出して掴もうとしたところ、
 咄嗟に体を起こした神楽が美冬へ竹刀で一撃。
 肩と頭に竹刀を打ちこみ、反対に下から掴んで美冬を場外に引き摺り出した。
「使えるものは、使わなきゃねぇッ!?」
 場外の鉄柵に美冬を振った神楽は、助走をつけて思い切り竹刀を叩きつける。
 美冬は、背にしていた鉄柵を乗り越えて観客席の中に墜落していった。

 奇襲に面食らった美冬だが、そこは元世界王者だけあり、
 ただやられたままというわけではなかった。
 観客席に叩きこまれた美冬に、神楽はまずイスを上から投げつける。
 二つ、三つと無造作に美冬の背中へ叩きつけたあと、
 仕上げとばかりに今度は持ったままのイスを振り下ろそうとした時、
「シィッ」
 フロアに這いつくばったままの姿勢から美冬が躍動した。
 イスを振り下ろしかけていた神楽の顔面へ、一瞬で飛び上がっての雷迅蹴。
 起死回生の瞬間を目撃し、会場は驚嘆の歓声に湧き返った。
(や、ヤバかった……)
 が、昏倒させられたかに見えた神楽は、倒されながらもまだ意識を保っている。
 イスを振り下ろしかけていたお陰で、顔の前に出ていた両腕が美冬の足をブロックする形になったようだ。
 そんな神楽をリングに戻そうと、美冬が右手で頭を掴んだが、すぐに両手で持ち直し、
 イスの倒れた観客席の中を引き摺って行く。
 おや、と神楽の唇が誰にも見えないところで歪んだ。
 神楽をリングに入れた美冬は、まずボディに膝を突き刺し、ついでミドルキックで上体を跳ね上げ、
 更に左右のローから左ハイキック。
「……っぐ」
 咄嗟に右腕を上げてガードしたものの、そのハイキックの衝撃は頭を揺らし、
 美冬にもたれかかるような形で前のめりに――倒れようとしたところで神楽は美冬の右腕を捉え、
 自分からその場に倒れ込む形のアームブリーカー。
「痛ッ」
 美冬は思わず肘を庇ってマットに転がった。
 美月戦から約一カ月だが、まだあの時の傷が完治していなかったようである。
 このスキに、神楽は再度場外に下りてごそごそとリング下を漁った。
 試合前に何か仕込んでおいたことは間違い無いが、
 そもそもこのルールでは何をしようが誰からも咎められることはない。
 けけけ……と邪悪な笑みを浮かべた神楽の腰と腕に、会場の照明を受けて光る何かが装備されていた。
「……この程度っ!」
 リングに上がった神楽へ、美冬は果敢にも痛めた右腕で掌底を放った。
「うっぐ」
 頬を捉えた一発は、腕を痛めていてさえ神楽を怯ませ、一歩退かせる。
 が、お返しとばかりに神楽が振るった右拳は一撃で美冬からダウンを奪った。
「効いたわぁ……」
 自分の頬を撫でながら美冬を見下ろす神楽の右手には、鎖が巻かれていた。
 そして仰向けに倒れた美冬の頭を左手で掴んで起こし、その額へ鎖を巻いた右拳を連打。
 最後に大きく弓を引いて殴りつけたあとには、鎖から血が滴っていた。
 それでも美冬は、半ば神楽に縋るような形になりながらも立ち上がろうとする。
「うぇ」
 触るな気持ち悪い、とばかりに神楽は膝を入れて美冬を屈ませると、
 すかさずその頭を右の脇に抱えつつ左手で腰のあたりを掴み、相手を持ち上げながら自分もジャンプ。
 自分も飛び上がることで落差と角度をつけたDDTで、美冬をマットに叩きつけた。
 そして足で美冬を裏返し、首元を右足で踏みつける。
「“参りました”は?」
「誰が……言うか……っ!」
 ボロボロになりながらも、美冬は敗北を拒否した。
「あっそ」
 神楽は、美冬の首に置いていた足を右肘の上に移し、体重をかけながら踵でぐりぐりと踏みつける。
 美冬は歯を食いしばって耐えていた。
 暫くして、神楽はその反応にも飽きた。
「あんまり酷いことしたくなかったんだけど、あんた強情だからしょうがないわよね……」
 言葉とは裏腹、神楽は何か楽しそうに美冬をコーナーまで引き摺って行く。
 そこでふと、美冬は右手首に冷たい感触を覚えた。
「!?」
 ついで右腕を引っ張られ、その先のトップロープと自分の腕が手錠で繋がれているのを見た。
 呆気にとられる暇も無く、さらに左手がコーナーを挟んだ反対側のロープへ繋がれる。
 二つの手錠は、神楽が場外から腰に手挟んで持っていたものであった。
「さーてぇ……」
 両手を後ろ手にロープへ繋がれた美冬の前で、神楽は腕に巻いていた鎖をするすると解き、
 その端を右手に持って振りかぶる。
 強烈な歓声とブーイングが半々の中、神楽はまた意地悪く微笑んだ。
「ここら辺でやめといた方がいいと思うんだけど、どうするぅ?」
「誰が……ぐッ!?」
 美冬が言い終わるのを待たず、神楽が振るった鎖が鉄の鞭となって美冬の右腕を打つ。
「じゃーあ、仕方がないわねぇ……!」
 心の底から楽しそうに、神楽が笑った。

 それから数分後。
 美冬は、両膝をついていた。
 露出の多い肌には一様に赤いみみず腫れが走り、所々丸い痣になっている箇所もある。
 それでも美冬は、勝負を投げていなかった。
「……頑張るわねぇ」
 ただし、神楽もまだ美冬を痛めつけることに飽きてはいない。
 神楽は鎖を放り投げると、動けない美冬に近づいて膝をつき、顔の高さを合わせる。
 そして神楽は、美冬の腰にある、
 胴丸のようなコスチュームにかかっている紐の結び目をしゅるりと解いた。
「なに、を……?」
「何って、勝つための手段よ」
 言うが早いか、その部分を取り外してがらりと放り投げた。
「あんたをここで丸裸にしてさぁ、それでも負けを認めないってなら、
 あたしが“まいった”って言ってやるわ」
 神楽は、美冬の耳に口をつけながらそう囁いた。
「バカな……っ!?」
 美冬が反応するより早く、神楽は短い和服状の美冬のコスチュームの襟を掴み、前を開けた。
「……っと、コスチュームの下が直に真っ裸ってことはないか」
 下は、襦袢であった。
「ん、でも汗で肌に張り付いてるってことは、この下は、と……」
 重ね合わせの隙間から、神楽の手が差し入れられようとした時、
「やめ……」
「ん?なに?」
 神楽は、差し入れかけた手を止めた。
「聞こえないんだけど」
「ッッ!?」
 焦れた神楽は、美冬の胸を襦袢の上から思いっ切り鷲掴んだ。
「やめ……やめろ」
「……やめろ?」
 不満げな神楽の指が、一層美冬の肌に食い込む。
「やめて、ください……まいりました、から……」
 こうして、いつの間にか三十分を越えていた長い試合がようやく終わりを迎えた。


「あれは暫く立ち直れんのだろうなあ」
 美冬の様子を思い返し、越後が呟いた。
 試合後、美月と神楽がやり取りしている間も手錠に繋がれたまま放置されていた美冬は、
 その後ぐったりした様子でみことに担がれて退場して行った。
 身体以上に心のダメージは相当だろう。
「やはり、先輩との試合も同じルールで……」
「いや、多分それはないな。
 多分、神楽は美冬をあんな目に遭わせることを始めから考えた上で、あの試合形式を要求した」
 心配げな神田に越後が即答した。
「え、っと……それはつまり?」
「だから、最初から美冬を辱める目的であの試合を選んだってこと」
「いや、美月ちゃんだって同じことされるかもしれないんじゃ?」
 美月より早く、相羽の方が聞きたかったことを聞いてくれた。
「んー、まあはっきり言えば、こんなちんちくりん苛めても面白くないと思う」
「……ほう」
 ウソウソ、と苦笑して誤魔化そうとする越後を、美月は思いっ切り睨みつける。
 勝利の余韻か、越後にしては珍しい冗談であった。

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by right-o | 2012-03-25 21:39 | 書き物
『実を言えば……この試合が決まる前から、今日で引退するつもりでした』
 試合後、ベルトを巻いた越後は、マイクを持ってこう切り出した。
『それをコイツが、あたしを無理矢理こんな舞台に引っ張り出した上、
 人が最後と思って感傷に浸ってるところをぶっ叩いて働かせてくれた……!』
 越後は、傍らに寄り添う相羽の、汗だくの頭を力一杯撫でまわす。
『お陰で目が覚めた!まだこんな中堅で燻ったままで終われるか!
 これからまだまだコイツと一緒に目立ってやるから、応援よろしくお願いしますッ!!』
 思いもよらないベテランの復活に対し、観客は一様に大きな声援をもって支持してくれる。
 そんな中、満身創痍の新タッグ王者は互いに寄り添う形で記念写真に収まった。
 

 一方、フラッシュと歓声を浴びる勝者たちを背に、すごすごと引き上げて来た美月たち。
「……なんか、すいませんでしたね」
「いえ、私こそ……」
 二人しかいない控室は、どんよりとしていた。
 パイプイスに向かい合って座った二人は、共にタオルを頭から被ってうなだれている。
 油断ならない相手ではあったが、正直言って負けるとは思っていなかった。
 越後によって身体的・精神的に成長を遂げた相羽の実力も、
 その越後自身の経験や勝負強さも、計算づくのつもりであったのだが。
 伊達に力づくで叩き潰された時、また美冬にレフェリーストップで不本意な敗北を喫した時とも違う、
 美月にとって腑に落ちない負け方であった。
(一人の負けじゃあ、ないってことか)
 神田と組むことで初のタッグ王者となり、防衛を重ねることその後二回。
 越後と相羽ほどではないにしろ、美月も神田に指導のようなことをし、
 互いに影響しあうことで実力を高めあってきた。
 そうしてタッグとしての自信を深めつつあった矢先の躓きである。
「……これで終わりというわけではありません。また、やり直しましょう」
「そうですね。……もう一度、挑戦しましょう」
 長い沈黙の後、ようやくそれだけの言葉を絞り出し、二人が帰り支度を始めようとした時、
「美月先輩!」
 控室の扉を勢いよく開き、慌てた早瀬が飛び込んできた。
「早く来てくださいっ!次期挑戦者に呼ばれてますっ!!」


 早瀬に引っ張られる形で入場ゲートの裏まで連れられて来た美月は、
 そのまま背中を突き飛ばされるようにして再度観客の前に姿を現すこととなる。
『遅っそいじゃないのチャンピオン!さっきからずっと呼んでたんだから』
 神楽が呼ぶリングの上を見た美月は、そのまま凍りついてしまった。
 それぐらい、リング上の勝者と敗者はあまりにも対照的だった。
 片や汗一つかかず余裕の表情で不敵な笑みを浮かべる神楽に対し、
 美冬の姿はあまりにも惨め過ぎた。
 ところどころコスチュームは破れ、露出した肌には真っ赤な痣が走っている。
 そしてその右手は、なんと手錠でトップロープと繋がれていた。
 右手を繋がれたままその場に崩おれる美冬の表情は窺えないが、
 恐らくは羞恥のために震えていることだろう。
『さあ、本番はどんな試合がいいかしらね?』
 もう一つのベルトを守るため、美月に敗戦を引き摺っている暇はなかった。

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by right-o | 2012-03-13 22:51 | 書き物
「ようし……ッ!」
 タッチを受けた越後はすぐリングに入ろうとせず、
 エプロンを伝って中央付近まで行き、リング内を向いてトップロープを掴む。
 狙うのは、顎を跳ね上げられたダメージから足元をふらつかせる美月の頭。
 エプロンから一気に飛び上がり、両足の裏でしっかりとトップロープを捉えた。
「先輩っ!!」
 神田の叫びも空しく、リング内に向けて飛び上がった越後は、
 スワンダイブ式のドロップキックで美月の後頭部を蹴り飛ばした。
 華麗さは無いが、勢いと説得力を感じさせる越後の得意技であったが、
 最近では滅多に見られなかった。
 前につんのめる形でダウンさせられた美月は、
 続けて頭部に大ダメージを負わされたため容易に起き上がれない。
「ちっ……」
 鈍く痛む頭をどうにか持ち上げかけたところで、
 越後の手が美月を無理矢理リング中央へ引き摺っていく。
 頭を押さえて前傾姿勢にさせた美月の額を、越後は容赦無くステップキックで蹴り上げた。
「ぐっ」
 靴紐の跡が残るほど強烈に蹴り上げられ、強制的に顔を上げさせられる。
 そこへ間髪入れず越後の強烈な張り手。
「どうしたっ!?」
 踏ん張って耐えた美月に対し、越後は打ってこいとばかりに挑発する。
 思わず美月が張り返し、越後もまた美月の顔を張った。
(付き合ってられるかっ)
 何度か張り手の応酬を繰り返したあと、美月は早々にこれを切り上げるべくロープを使った。
 反動をつけた美月のエルボーを仁王立ちで受け止め、今度は自分の番と越後がロープへ走る。
 その戻ってきたところを見計らい、美月は越後の膝を低空ドロップキックで打ち抜き、
 そのままさっさと神田にタッチした。
「うおおおお……っ!?」
 が、勢い良く飛び出した神田を、
 既に立ち上がっていた越後はカウンターのパワースラムで切り返した。
 これを神田はカウント2で返したが、越後はすぐさま引き起こしてコーナーに叩きつける。
 コーナーを背にした神田へ膝を入れて怯ませ、両足を払って尻餅をつかせた。
「よっしゃいくぞー!!」
 青コーナーに控える相羽と一緒に観客を煽っておいてから、
 越後は、リングシューズの側面で擦るように神田の顔を蹴る。
 おい、おい、おい、と、何度も同じように神田の顔を擦るにつれ、
 相羽と観客が声を揃えて越後を囃し、その声に後押しされた越後は、
 最後にコーナー間を往復する形で助走をつけ、思い切り神田の顔を蹴り飛ばした。
「よぉーしっ!!」
 越後しのぶ、数年来なかった好調ぶりである。

(何かあるな……)
 越後たちとは、挑戦表明からこの日まで何度か前哨戦を戦う機会があった。
 その際、相羽については元々かなり気合が入っていたが、
 越後については特段どうという感想もなく、どちからというと影が薄かった。
 気がつけばこの団体の所属レスラー中最年長となっていた越後は、
 既に半分コーチのような存在であり、特にここ最近は存在感が希薄となっている。
 そろそろ引退するのではないか――というのが大方の見方だったため、
 相羽がパートナーとして名前を上げた時は、大体の人がかなり意外だと感じたものである。
 それが本番に来てこの奮闘ぶり。
 試合開始直後の相羽とのやり取りが原因かどうかわからないが、
 ともかく何か心境の変化なり事情があったように思われる。
 が、ちょっとぐらい気合が入ったからといって、それでベルトを取られるわけにはいかない。
 タッグとしての経験で勝る美月と神田も、当然ながらやられっぱなしではなかった。

「うっぐ」
 試合時間が十五分を越えていよいよ終盤に差し掛かろうというところ、相羽対神田の局面。
 神田のボディブローが相羽の腹部に突き刺さった。
 相羽を前傾させたところで、神田は側面方向のロープに走る。
 右足を振り上げつつジャンプ、左足と右足で挟み込むような踵落としを相羽の後頭部に見舞った。
 しかし、相羽は片膝をついたものの倒れない。
「負けるかぁ……ッ!」
 すぐに立ち上がり、右→左→右とエルボーを打ちこんで神田をロープに押し込み、
 仰け反った神田をロープに張り付けるようなエルボーの連打。
「っりゃああぁぁぁ!!」
 そこから反対側のロープを背に受け、全体重を乗せた渾身のエルボー。
「……っざけるなぁッ!!」
 だが神田も意地を見せる。
 相羽が突っ込んできた勢いを背後のロープで跳ね返して相羽を突き飛ばし、
 左右の掌底を連打して中央まで押し返した。
 更に相羽もエルボーを返し、神田もまた張り返す。
(ここだっ)
 何度目かの応酬のあと、相羽の右腕の影から被せるように神田の左腕が伸びた。
 電光石火のクロスカウンター。
 過去にも相羽を斬って落とした裏技が、今回も相羽の顎先を鋭くかすめた。
「っ!?」
 が、同時に今回は相羽の拳も神田の頬にめり込んでいた。
 これを読んでいたのか、相羽はエルボーと見せかけて自分も拳を伸ばしていたのだ。
 二人は重なり合うようにして前のめりに倒れた。
「神田っ!」
「相羽ぁ!!」
 ダブルノックアウトとなった二人に、両コーナーから同時に檄が飛ぶ。
 それに応えるようにしてじりじりと自陣に這い寄った二人は、
 ほぼ同じタイミングでパートナーの手に飛びついた。
 飛び出すと同時にフロントハイキックを繰り出してきた越後をいなし、美月はバックを取る。
 越後は腰のクラッチを外そうと試みたが、既に美月の両手は越後の両肩にかかっていた。
 跳び箱の要領で越後を飛び越しつつ、その後頭部を掴んで体重をかけ、
 落差をつけたフェイスクラッシャー。
「決めるッ」
 美月は、決定事項を読み上げるように淡々と宣言した。
 と同時に、コーナーから身を乗り出していた相羽にトラースキック一閃。
「……っこの!」
 クリーンヒットしなかったものの体勢を崩した相羽が飛び出しかけたが、
 そこへすかさず神田が襲い掛かり、同体になって場外に転落した。
 邪魔者のいなくなった美月は、
 片膝をついて立ち上がる越後をその背後で静かに待ち、一気に動く。
 まずは後ろから越後の左足を踏み台にし、右膝で下からカチ上げるように後頭部を打つ。
 そのままの勢いで越後を跨ぎつつ正面のロープを背に受けた。
 そして今度は正面から越後の膝に足をかけ、体重を乗せた前蹴り。
 ここ最近の必勝パターンのようになっている二発が完璧に決まった……が、
 越後は顔面を蹴られた瞬間に立ち上がった。
「なっ!?」
 美月の前蹴りを受けた鼻から血を流しながらも、越後は美月の両足の間に頭を入れ、
 パワーボムの形で持ち上げる。
 大きなどよめきの中で美月を抱え上げきった越後は、
 体に捻りを加えることで美月を回転させながら、開脚して尻餅をつく形でパワーボムを放った。
「あ……先輩っ!?」
 場外で相羽を押さえつけていた神田が一転してカットに入ろうとしたが、
 すかさず相羽がその腰にすがりついてこれを止める。
 1、2、……と、観客とレフェリーが一体となってカウントを数えるも、
 3直前で美月は両足で越後の頭を挟み込むように打ちつつ、腰から背中を浮かすことで敗北を拒否。
 観客が一斉に足を踏み鳴らす中、またも試合は振り出しに戻った。
 二人共にしばらく立ち上がれずもがいていたが、先に立ち上がったのは美月。
 ふらつきながらも越後を引き起こした美月は、トーキックを入れて越後を前傾させる。
 やはり最後はこの技しかないとばかり、太股で越後の頭を挟み込み、パイルドライバーの姿勢。
 既に定着しきったフィニッシュホールドの姿勢に、観客は今度こそ試合の終わりを予感した。
 場外では、再度神田が相羽を押さえつける側に回っている。
「終わりです、先輩」
 思わず口をついて言葉が出たと同時に踏み切り、
 越後を真後ろのマットに突き刺すための前転に入ろうとした時、
「……お、終われるかッ」
 体が持ち上がりかけたところで、越後は美月の両膝を前に押し出し、自分の頭を抜いた。
 一瞬、宙に浮かされる形となった美月が着地した瞬間、その首を刈り取るようなラリアット。
「うおおおおおおおおおおお!!」
 身体的にはとうにボロボロのはずの越後が、心は折れていないとばかりに咆哮する。
「くっ、先輩……!」
「決めて!越後さん!!」
 場外では、またも逆転された美月を助けに向かおうとする神田を、相羽が必死で引き止めていた。
 ゆっくりと美月を引き起こした越後は、再びパワーボムの体勢へ。
 持ち上げきると、今度はその場でまず一回転したあと、
 その回転の勢いのままシッとダウンパワーボムで美月をマットへ叩きつけた。

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by right-o | 2012-03-04 18:21 | 書き物
 それぞれの挑戦表明から一ヶ月後、福岡・福岡国際センター。
 美月組対相羽組のタッグ王座戦がセミ、
 神楽対美冬の次期世界王者挑戦者決定戦がメインに据えられた今回、
 会場は代々木第二の倍以上の容量を持つ福岡国際が押さえられていた。
 前回のタイトル戦時と比べて団体側が強気に出たのは、神楽戦の話題性を見越してのことである。
 試合が決まってからこの日まで、神楽はリング内外を問わず美冬を挑発してきた。
 美月組+神楽VS相羽組+美冬みたいなカードの前哨戦がこの日まで頻繁に組まれてきたが、
 試合中はことあるごとに外から美冬にちょっかいを出し、
 そのくせタッチを受けてもまともにやり合おうとしない。
 そうすることで神楽は、フラストレーションを溜めていく美冬を楽しんでいるのだが、
 自然その試合中、苛立つ美冬の相手をやらされることになった美月たちとしては、
 たまったものではなかった。


 そうして余計な被害を被りつつ迎えた美月たちのタイトルマッチは、
 正直なところ話題性では完全にメイン戦の影に隠れていた。
「……まったく」
 出番を待つ控室で、美月は週刊のプロレス雑誌を机の上に投げつけた。
 その表紙には、立ったまま鎖で縛り上げられた神楽が、頬を上気させている。
 構図としては攻めを受けている絵なのだが、その目は力強い光を持ち、
 口元は何かを求めるように小さな舌をのぞかせていた。
 もはや何の雑誌か全くわからない。
 でも、聞くところによるとこの号は結構売れたらしい。
「そんなもの気にせず、我々は試合で注目を集めましょう!」
「もちろんです」
 正論を言う神田に、美月は一も二もなく同意した。
 神楽に利用された上に話題まで持って行かれた鬱憤は、挑戦者を痛めつけることで晴らしてやろう。
 美月は二つ、神田は一つのベルトを肩に担ぎ、二人は控室を後にした。

 挑戦者組の入場に際し、風の中、固い地面を歩く靴音が会場に流れた。
 次いで扉を開き、締める音から入場テーマが始まり、一気に盛り上がりを迎えようとしたところで、
 相羽の曲に切り替わる。
「いくぞッ!」
 気合をかけて入場ゲートから姿を現したのは、相羽と、越後しのぶであった。
 合体テーマで入場してきた二人は、揃いの白ハチマキを靡かせて花道を歩き、
 堂々とロープを跨いでリングイン。
 それぞれコーナーに上がった二人に、満員の観客はそれなりに大きな拍手を送ったが、
 続く勇壮な太鼓の音で始まる神田のテーマによって遮られる。
 まず単独で入場した神田はゲートの花道の前で立ち止まり、続く美月の入場を待つ。
 ゲートの前で横に並んだチャンピオンたちは、一瞬視線を合わせたあと、リング目指して駆け出した。
 ロープの下からリングに滑り込んだ二人は、相羽たちと同じようにコーナーに上り、
 ベルトを大きく掲げて観客に誇示。
 タッグ王者と二冠女王の登場に、観客は一際大きな声援を送る。
 見たか、と言わんばかりに、美月は相羽たちを冷たく見下ろした。

 が、試合開始早々、良くも悪くも観客の注目は一気に持って行かれることとなる。
 美月と相羽がそれぞれ先発に出、ゴングが鳴ってさあこれから激突という時、
「………かな」
 ぼそり、と青コーナーに控えた越後が呟いた。
 それを聞いた相羽は、振り向いて越後の頬を思いっ切りはたいたのだ。
 唖然とする美月たちと、騒然となった会場をよそに、
 相羽は何事もなかったように美月と向きあうため前に出る。
 美月も、とりあえず深く考えず相羽に応じた。
 どちらからともなく組み合った状態から、まず美月が素早くバックを取る。
 対して相羽が腰に回った美月の右手を取って捻じり上げると、美月は左手でトップロープを掴み、
 小さくジャンプして前に回転することで捻じりを解消し、逆に相羽の右手を捻じり上げつつ、
 そこから頭に右手を回してヘッドロックへ移行。
「……やッ」
 これを相羽は一旦ロープに押し込み、反対側に突き飛ばすことで脱出。
 跳ね返って来たところをマットに横になって自分の上を跨がせ、
 再度ロープから戻って来たところでカウンターのドロップキック――を狙ったが、
 読んでいた美月はトップロープに背中を預けたまま停止。
 単純なヤツ、と言わんばかりに自爆した相羽を引き起こそうとした時、
 相羽は片膝立ちの状態からタックルを仕掛けるように美月を押し込もうとする。
 美月はこれに逆らわず、逆に自コーナーまで相羽を誘導するように後退し、
 フロントネックロックのような形で相羽を固定したところで、その肩に神田がタッチ。
 交代した神田は、まず無防備な相羽の脇腹に拳を打ちこんだ。
「……っ!」
 思わず膝をついたところで、更に脇腹へストンピング。
 その間に美月はコーナーに控えた。
 続けて神田は、引き起こした相羽の首を捕らえてリング中央へ投げ、尻餅をつかせる。
 そして背後から相羽の左脇に首を差し入れつつ両腕を首に回し、グラウンドのコブラツイストへ。
 神田は脇腹に標的を絞ったようであった。

 赤コーナーに控えた美月は、目ではリング内の二人を注意しながらも、
 頭の中では試合開始時の出来事について考えていた。
 元々相羽がタッグ王座への挑戦を表明し、パートナーに越後の名前を上げた時から、
 何か相羽には胸に期するものがあったような気がしていた。
 それが何か、ということについて、周囲から噂は色々と聞こえてきている。
(何にせよ、知ったことじゃない)
 青コーナーから必死に身を乗り出し、相羽にタッチを要求している越後を、
 美月は冷ややかに見つめた。
 と、リング内では、グラウンドコブラを掛けられた姿勢から、
 相羽が足を畳んでどうにか起き上がろうとしている。
 釣られて自分も立ち上がりながらも、神田は通常のコブラツイストを仕掛け、相羽を放そうとしない。
「しっ」
 後ろから肘を相羽の脇腹に突き立てながら、より一層締め上げる力を強めた。
「……いッやあああああっ!」
 しかし、相羽は強引に神田の足を外してコブラツイストを解くと、
 自分に巻き付いていた神田の腕を取りアームホイップで投げ捨てた。
「神田!」
「相羽、代わってくれ!」
 両コーナーから交代を求める手が伸びたが、相羽は脇腹のダメージからすぐには動けない。
 その場に膝をついてから、どうにか立って越後の元へ戻ろうとした時、
 既に交代を終えた美月が脇に取りついて腰に手を回した。
 低いが、捻りを利かせたバックドロップ。
 相羽を投げ捨てた美月は、そう簡単に交代させるかとばかりに越後をねめつける。
 が、その背後では、
「……おおおおおおおッ」
 頭から投げ捨てられた勢いのまま後ろに回転、起き上がった相羽が仁王立ちになっていた。
 慌てて振り向いた美月へエルボーを振り切り、ふらついたところでニュートラルコーナーへ飛ばす。
 更に串刺しのエルボー攻撃を狙って突っ込んだが、これは立ち直った美月が回避し、コーナーに激突。
「このッ」
 と、一旦距離を取った美月は助走をつけ、今度は自分が串刺し攻撃を狙う。
 体の側面から背面を向け、串刺しのバックエルボーを喰らわせたが、
 相羽は喰らいながらも美月の首に腕を絡ませスリーパーホールドに捕らえた。
「……!?」
 予想外の反撃ではあったが、美月は一旦体を丸めてコーナーから前に出ると見せかけ、
 その後思い切り体重を後ろにかけて相羽を背中からコーナーに叩きつける。
 これで相羽は技を解くかに見えたが、今度は脇の下に美月の首を抱える形でドラゴンスリーパーに移行。
「まだ放さないよ……!」
 ただ、首を締めつけるでもなく、相羽はその体勢のまま後ろ向きにコーナーを上り始める。
(何を……!?)
 今までに全く見せなかった動きをする相羽に対し、美月はもがいて逃れようとするが、
 相羽は構わず美月の首を脇に抱えたままでコーナートップに腰を下ろした。
 そこから、両足を畳んでコーナー上に立ち、跳ぶ。
 前に回転しながらリング内に尻餅をつくと、小脇に抱えていた美月の頭は、相羽の肩の上にくる。
「かはッ」
 コーナーから飛び降りた衝撃は、相羽の体を抜け、肩の上にある美月の顎を跳ね上げた。
 先日のシングル戦でも相羽は似たような技を見せたが、
 とても自分で考えたとは思えない独創的な技である。
「……絶対、勝ちますから!」
「わかってるッ!!」
 ともあれ、相羽は青コーナーに辿り着き、越後と交代を果たした。

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by right-o | 2012-02-26 21:06 | 書き物
以下全文、STRさんが書かれた文の転載です。

◇◆◇ 0 ◇◆◇

Wrestle Angels PBeM

Episode1 天使轟臨 ~Angels Flying in the Supercell~

〔ストーリー〕

西暦20X1年、夏――

渾然となって馳せ巡る数多の運命の輪は、まだ見ぬ未来へとただ一心に突き進む

歴史を人間が作るのか、人間がたどった轍それそのものが歴史なのか?

されど一度、四角いリングの魔性にとらわれたならば、もはや引き返すことは叶わぬのだ

少女たちの流す汗も、涙も、すべては闘いのキャンバスを彩る画材にすぎぬのであろうか――

*-----------------------------
■VT‐X(ヴォルテックス) SIDE■
*-----------------------------

◇◆◇ 1 ◇◆◇

<<ドキュメント『災禍の中心に立つ~プロレスラー・十六夜美響の12ヶ月~』>>

<VT‐X道場外観>

NA(ナレーション):
福岡県某所にある、女子プロレス団体【VT‐X(ヴォルテックス)】の道場。
 全国的な知名度は新女やWARSなどに及びもつかない新興団体だが、九州では最も大きな勢力を持っている。

<某マンション入り口>

「あら。……ご苦労なことね」

彼女は、VT‐Xの大黒柱といえるスター選手。
《十六夜 美響》。
このいっぷう変わった名を持つ女性には、ありがたくないニックネームがついている。

<道場へ向かう車内>

テロップ:
『災厄の女神』と呼ばれることについてはどう思いますか?

「そうね、特に否定しようがないわ。私の周囲で、そういったことが多発したのは事実だし」

NA:
『災厄の女神』。
プロレスラーなら、こうした凄みのあるキャッチコピーをつけるのは、普通のことだ。
でも、彼女の場合は、違う。

<イメージ映像>

NA:
プロレス入りして以来、周囲に事故やケガが頻発した。
いくつかの団体が潰れたのも、彼女が災いを呼んだためだ、と言う者もいる。
彼女は災厄を操ることが出来るのだ、という者さえいる。

<道場へ向かう道>

テロップ:
『災厄』はコントロール出来る?

「フフッ。客観的に検証出来ない物事は、『信じる』か『信じない』かの二択しかないわ」
「だからそう信じたい人は信じればいいし、そうでない人はそれで仕方がないわね」

テロップ:
最近は『災厄』の様子は?

「これといってないようだけれど、さぁ、いつまた表に出てくるか、分からないわ」
「…………」

<イメージ映像>

NA:
災厄の持ち主と称されたことで、彼女は根無し草のプロレス人生を送ってきた。
そんな美響が、みずから団体を起こした。
それがVT‐Xである。
不安はなかったのだろうか。

<VT‐X道場>

「不安は、もちろんあるわ」
「でも、だからといって何もしない人生なんて、退屈過ぎるでしょう?」
「私の傍に集ってくるような人間は、皆、覚悟の上のはず」
「だから、不安はあえて考えないようにしているわね。……あらあら、もうおしまいかしら?」
(目の前でトレーニング中の若手外国人選手がへたりこんだのを見て、英語で何やら話しかける。すると選手は、また歯を食いしばって再開した)

テロップ:
彼女には何と?

「やめてもいい、代わりはいくらでもいる、とね」

<VT‐X道場・リング上>

NA:
災厄がどうとか言わなくても、リングの上には危険がいっぱいだ。
危険な受け身を取ったりしなくても、ほんのささいな油断やミスが、即、重大な事故につながる。
人間の身体は、想像以上に、もろい。
だとすれば災厄とは、誰しもが持っているものではないのか。

「フフッ、そういうロマンティックな思考は、嫌いではないけれど」
「誰だって、意図せず他人を傷つけてしまうことはある」
「災厄のせいにして済むのなら、その方がいいのかもね」

NA:
しかし、まさに『災厄』そのものとしか思えないような出来事が、我々の目の前で起こった。……


◇◆◇ 2 ◇◆◇


 ▼ 日本 福岡県某所 VT‐X道場


『その瞬間』のことを、〈安宅 留美〉ははっきりと憶えている。

「あァ。……アイツが、アホみたいにロープを昇ってたよ」

アイツとは、〈オースチン・羊子〉。
留美とは同期の練習生であるが、非常に、非常にウマが合わない。
同じ練習生でも、〈ルーチェ・リトルバード〉あたりは言葉が通じないこともあって、逆にこれといって接点もない。
が、羊子とは顔を合わせれば口喧嘩が絶えない。
口だけではすまず、取っ組み合いの喧嘩に発展することもザラであった。

「Rumi S×cks!! アホ! ボケ、カス!!」
「てめぇっ、大概にしろよっ!!」

最初はそれなりに制していた先輩レスラーたちも、最近では

――まぁ、いいか。

といった感じで、だいたい好きにやらせるようになってきた。
大概はどっちも疲れ果てた所で、真壁あたりがまとめて竹刀でブチのめし、おしまいとなる。

「落ちろ! テストどころか人生からも落ちろ!」
「てめぇこそ落ちろ! どん底まで落ちろや!!」

そんな仲である。

「喧嘩するほど仲がいい? ハァ? そんなわけねェだろ」

「大体、アイツまだ芸能事務所か何かに入ってるんだろ? 所詮、プロレスを舐めてんだよ。さっさと芸能界にお帰り下さいってなもんだ」

そんな留美であったが、『その瞬間』はショックであった。
ちょうど休憩中で、水分を取っている最中。

「ハァ、ふぅ、ふぅぅぅ……」
「る~みん、なかなかキレが良くなって来たです~~」

呑気な《獅子堂 レナ》は息をさして切らしてもいない。

「まぁ、まだまだ全然ひよっこですけど」

鼻で笑う真壁。いつかシメる。
近々行なわれる予定のプロテスト。
そこで合格すれば、リングに上がれる。
客の前で、おおっぴらにこの連中をボコボコにできるのだ。
最も、今の実力では返り討ちが関の山かも知れないが……

ふと、目の端にロープと、それにぶら下がっている羊子の姿が映る……

(……バカと煙は高い所が好きってか)

そんな風に冷笑した矢先――
ブチン、と嫌な音がした。

「――――ッッ!!」

次に響いたのは、

――――ドサッ

明らかに“ヤバい”音。
マットの上に、ロープを手にした羊子が倒れていた。
何が起こったのか、気づくまでには、更に時間を要した。

「あ……ああっ!」

最初に声を上げたのは誰だったか。
留美は、その場に立ち尽くすことしかできなかった……



《十六夜 美響》が行なう、ロープ昇り訓練。
天井から吊るされたロープを昇るというシンプルなものだが、腕力だけで昇るのは容易ではない。
軽々とこなせるのはVT-X内でも十六夜のみであろう。
以前、羊子は挑戦して、とても無理だとギブアップしていたはずだったが……
今回再トライしたは良かったが、突然ロープが切れ、落下してしまった。

あれ以来、VT-X内には、良からぬ空気が漂っている。
羊子のケガは事故だが、あんな頑丈なロープが、途中で切れるなど、ありうることだろうか?

――災厄。

十六夜美響がその身に集めるという、災い。
これは、その影響ではないのか。

――そんなバカな。

と笑い飛ばせる人間はいなかった。
実際、これまで十六夜が所属してきた団体では、しばしばこうした『説明できない』アクシデントが起きてきたのだから。
しかし、VT-Xにおいては、旗揚げ以来、こうした事態は皆無だった。
ゆえに人々は、忘れかけていた。
災厄の噂を。
いや、忘れようとしていただけだったのかも知れない。

当の十六夜は、例の『一兆円トーナメント』(結局はバトルロイヤルに変更されたが)に参戦するため、【JWI】に遠征中。
彼女が不在なのだから、これはあくまでただの事故。
いや、それは関係なく、彼女が属する団体に災厄は舞い降りる……
そんな不穏な話が飛び交ったのは、無理もないことであったろう。



留美は、入院した羊子の見舞いに行く気はなかった。
ルーチェなどは毎日のように通っているようだったが。
そもそも行く義理もないし、それどころか

――行かない方がいい

と周囲から止められたこともある。
が、そんな風に言われれば、

――逆に行きたくなるのが人情ってもんだろ。

と、ご丁寧に鉢植えを買って、入院先に向かった。

 ▼ 日本 福岡県某所 某病院

部屋をチラリと覗くと、

「………………」

見たことがないほどに、打ちひしがれた姿の羊子がいた。

「ヘッ、ザマァねぇなぁ。いいツラだぜ」

と面と向かって嘲笑いたい所であったが……流石にやめておいた。
代わりにメッセージを残して、鉢植えを置いて帰った……



 ▼ 日本 福岡県某所 VT‐X道場

その分、というわけでもないが、プロテストには気合を入れて臨んだ。
スパーリングでの結果次第だが、相手は容易ではない。

《伊達 遥》。

十六夜に次ぐ新世代のエースとして期待される、国内有数のストライカーである。
ふだんは会話が成立しないほどの人見知りだが、ことリングの上の威厳とたたずまいは、ベテランはだしといえる。

――せめて、こいつぐらいは超えていかないとな。

と留美が目指すべき標的の一人とも言える。
幸いにも……というか、ここの所の伊達は精彩がない。
羊子の事故でかなりショックを受けているのかも知れない。
とはいえ容易な相手ではなかったが、スパーリングでは互角の攻防を展開、パワーを見せ付けた。



プロテストの合格にも、留美は喜びもしない。
デビュー前のTV番組のインタビューでは、さんざん言いたい放題でビッグマウスを披露する。
団体をPRするためのイベントでも好き勝手に吹きまくり、観衆を煽ってみせた。

 ▼ 日本 福岡県 キャナルシティ博多

「俺がこんなショボくれたクソ田舎のヘボ団体にいてやるのもホンのしばらくだ。その間にせいぜい観に来いや。一生の思い出だぜ」

「俺はスター候補じゃねぇ、スーパースター候補なんだよ。そんな俺サマがデビューしてやるんだ、ありがたく思え」

「いいか、お前らは俺だけ観てりゃいいんだ。俺だけ観に来い。分かったか、三流団体の三流ファンども!!」

――とまぁ、さんざんしゃべりまくった。
オマケとばかりにノリノリで一曲歌ってやったが、これが大変なブーイング。
とはいえ、無反応よりよっぽどマシであろう。

「――相変わらずヒドい歌ね」
「っ! てめぇ……」

控え室に戻った留美の前に現れたのは、羊子でった。
退院したとは聞いていたが……

「へっ。……何の用だ? 引退したんじゃなかったのかよ。デビュー前に引退たァ斬新だけどな」
「……フン。おあいにく。もうしばらく居残ってやることにしたわ。……マネージャーとしてね」
「はァ?」

負傷が癒えるまでは、マネージャーとして興行に帯同することになったという。

「ケッ。悪徳マネージャーかよ。せいぜい、もっと重傷負わないように大人しくしてるんだな」
「そうね……そうするわ」
「……っ」
「あぁ……それと」
「あァ?」
「……お見舞い、ありがとう」
「…………」

寂しげにつぶやいて去っていく羊子の背中は、流石に小さく見えた……


◇◆◇ 3 ◇◆◇


そして、留美のデビュー戦の時がやってきた。

 ▼ 日本 福岡県 大牟田市文化体育館

◆◆ 安宅留美デビュー戦 ◆◆

 〈火宅 留美〉(VT-X)

 VS

 《獅子堂 レナ》(VT-X)

「これに負けたら、『眠れる獅子拳』に入門して貰いますから~」
「ちょっ、まっ!?」

デビュー戦から、とんだ試練であった。

「大変ねェ。セコンド、ついてあげようか?」
「お前だけは絶対いらねーー、超いらねーー」

羊子の誘いも断り、いざデビュー戦に挑む――

そういえば、デビューを知ったイトコの《神楽 紫苑》から電話があったっけ……

『やっとデビューなんだって? テスト受かったんだ。良かったわねぇ~~』
『ケッ、あったりまえだろ。遅ぇくらいだ』
『ふ~ん。じゃあさ、デビューしたらウチに来ない? ギャラは払えないけど~』
『納豆で顔洗って出直せや』

……まったく参考にもならなかった。

リングアナが呼び出しをかける――

『俺が福岡を盛り上げてやる!

 最高の素材が最悪の性格と交じり合った、現代の怪物!!

 〈火宅 留美〉選手の入場です!!』

留美が花道に現れるや、それだけで場内からはブーイングが鳴り渡った。

(……っ、コイツは、結構キツいな)

分かっていたつもりだが、存外しんどい。
だがあくまでもふてぶてしく、大仰に観客を煽ってみせる。

そして試合。
流石に人前での闘いは、勝手が違う。
思ったことと身体が連動せず、空回りしてしまう。
しかし、獅子堂の容赦ない打撃を味わい、追い込まれるうちに、次第に落ち着いてきた。
パワーと打撃を生かして反撃にかかる――

――が、この時、羊子が動いた。
気づけばリングサイドに来ていて、レフェリーのスキを狙って、留美にパウダーをぶちまけたのである。

「!? て、てめぇ……ッ!!」

そこを見逃すほど獅子堂甘くはなく、打点の高いドロップキックが顔面にヒット!
大歓声とともに、そのまま3カウント……と思いきや。
羊子はレフェリーにもパウダーを食らわせており、反則裁定が下って、留美の勝利となった――

 ○火宅 VS 獅子堂×
 (14分29秒:反則)

『デビュー戦勝利おめでとう! 一生の思い出になったでしょ、ス~~パ~~スタ~~~……候補さんっっ!!』

羊子がマイクで煽るや、場内どっと沸いた。
もとより留美は怒り心頭、パウダーまみれの真っ白な顔で羊子を追い回したが、それがまたウケもしたのである。

(やっぱりっ、心身ともにブッ潰しておくべきだったぜ……ッ!!)

何はともあれ、こうして留美のレスラー人生はスタートした……

……が、それもあっさり吹き飛ぶかもしれない暗雲が、VT-Xに立ち込めつつあった。





<名古屋レインボープラザ・外観>

NA(ナレーション):
【JWI】の名古屋大会。
十六夜美響は、いわゆる『一兆円バトルロイヤル』に参戦した。

<名古屋レインボープラザ・リング上>

NA:
次々と猛者たちが脱落していくなか、最後に残ったのは2人。
JWIの《南 利美》、そして《十六夜 美響》である。
勝った者が、《ビューティ市ヶ谷》が持つ『JWI認定世界最高王座』への挑戦権と、『副賞』一兆円を手にするのだ。

<試合前インタビュー>

「一兆円を手に入れたら? ……フフッ。どうしようかしらね」
「九州ドームを買い取って常設会場に? それも悪くないかも知れないわ」
「まぁ、貰ってから考えるとしようかしら」

<名古屋レインボープラザ・リング上>

NA:
最後に立っていたのは、十六夜だった。

「挑戦権は有難く頂くわ。でも――」

NA:
一兆円は要らない。
その代わりに、ベルトと共に賭けて貰うものがある。

「私が勝ったら――ビューティ市ヶ谷! 貴方に、うちの団体に移籍して貰うわ。
 その賭け代に、一兆円は安くはないでしょう?」

 <<<――――オーーーッホッホッホッ!!!>>>

高笑いと共に花道に現れるた市ヶ谷は、たちどころに快諾。
それどころか、

 <<<ケチなことは言いませんわ! この団体ごと、持っておゆきなさい――万が一、いいえ600億が一、勝てたならば!!>>>

NA:
十六夜美響。
ビューティ市ヶ谷。
VT-XとJWIの命運は、この2人の危険な闘いに、ゆだねられた――

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by right-o | 2012-02-19 20:50 | 書き物