「スワントーンボム」 武藤めぐみ&結城千種VS村上千春&村上千秋

+試合形式「ケージマッチ」

 武藤めぐみは、ある病気に罹った。
 といって菌やウイルスが原因のものではない。
 ただし、その病気は上が原因のものと同じく、身体を蝕み命を縮め、
 極端な場合は死に至ることも有り得る危険なものだ。
 反面、この病気を得て以来めぐみの人気はうなぎ上りに上昇し、
 既に一部のファンからは熱狂的に支持されている。
 加えて病気の本来の作用とは異なるが、最近のめぐみはそれまでのつっけんどんな態度がなりを潜め、
 徐々に周囲に溶け込みつつもあったし、逆に同僚からも尊敬を集め始めていた。
(めぐみ、変わったなあ…)
 千種としては複雑だった。
 友人として、めぐみの正の変化を最も間近で感じていると同時に、
 パートナーとしては、めぐみの病気の発現をも一番近くで目にしなければならない。
「今日も凄い試合をしようね」
 めぐみは病気になって以来、ウォーミングアップが終わった後の控え室で、
 キラキラ光る瞳で千種を真っ直ぐ見つめてこう言うようになった。
 彼女の場合、これは発作が起こる予兆だった。
 そして、発作はリングの上で起こる。


 四方を金網で囲まれたリングに、先にめぐみと千種が足を踏み入れて王者組、村上千秋・千春を待った。
 金網は地上約5m、マットからは4mといったところで、
 花道側の一面にのみ出入りのための扉が設けられているが、これは全員が金網に入った時点で閉じられる。
 その後で内側から金網を乗り越え、先に二人共が場外へ脱出したチームが勝者となるルールだ。
 この試合は、村上姉妹が毎回に渡って「フォール又はギブアップでなければ、負けても王座は移動しない」という
 ルールを逆手に取り、わざと反則負けになることでベルトを守ってきたことに業を煮やしためぐみ・千種の二人が、
 社長に直訴したことで実現したものである。
 しかし、金網の中の千種は、姉妹との完全決着のためとはいえ、
 こんな試合の実現を社長に訴えたことを後悔していた。
 会場の雰囲気は、明らかにめぐみの“病気”を期待しているのである。
(こんな試合、早く終わらせなきゃ…!)
 という千種の焦りが、結局は普段以上の惨事を引き起こす原因の一つになった。
 

「「オラァッ!」」
 二組の入場を終え、扉に南京錠が下ろされると同時に、まずは村上姉妹が襲いかかる。
 千春がめぐみに、千秋が千種にトーキックをくらわせると、
 それぞれ相手の後頭部を掴んで早速金網に顔面を叩きつけようとしたが、
「「いきなり何すんのよっ!」」
 それぞれがバックエルボーで反撃され、姉妹は逆に自分達が金網にぶち当てられた。
 そればかりか、さらにもう一発今度は反対側の金網に向けて助走付きで叩きつけられると、
 これが意外に効くものなのか、姉妹は二人ともフラフラしている。
「めぐみっ!もう決めちゃおう!!」
「えっ?あ、うん」
 めぐみが千春を、千種が千秋を捕まえてリング中央に引きずり出すと、
 千種はブレーンバスター、めぐみは千春に天井を向かせたリバースブレーンバスターの形で
 それぞれ姉妹の頭を左腕で小脇に抱えた。
「「せぇー、のっ!!」」
 右手を一旦水平に上げてから放つ、正調とリバースのダイヤモンドカッターが二人同時に決まる。
「よし!逃げよう、めぐみ!」
 首を押えてジタバタしている姉妹を横目に、千種は物足りなそうなめぐみを促して、
 金網からの脱出にかかった。
 追手を分散させるため、二人は対角線上にあるニュートラルコーナーの角を登る。
(意外と呆気無かったかも)
 千種はそう思いつつ登っていたが、金網の縁に手をかけた時に振り返ると、
 もうすぐ下に千秋が来ている。
 それを見て急いで体を持ち上げて金網を跨ごうとした時、反対側から千春の声が聞こえてきた。
「オイ!そっちは逃がせ!」     
「え…!?」
 訝しんだ千種が金網の反対側の角へ目をやろうとするより早く、
 千秋が縁に跨っていた千種の体を下から上に押し上げ、リング外に出そうとする。
「わわわっ!?」
 不意に押されたせいでバランスを崩して場外へ落ちそうになったが、
 なんとか耐え、ゆっくり慎重に金網の外側を降り、両足をしっかりと地面につけてから気がついた。
 罠だったのである。
「めぐみぃ~ッ!!」
 反対側では、金網の途中でめぐみが千春にしがみつかれている。
 次いで千種の脱出を見届けた千秋も向かっているところから、恐らくは逃げ切れないだろう。
 こうして、二人の内どちらか一方だけをわざと金網から脱出させることで、
 内側で二対一の状況を作り出し、その相手一人を動けなくなるまで叩きのめしてから
 自分達は二人同時に脱出しようという寸法である。
 流石にこの状況では一方的だった。
 二人がかりでめぐみを網から叩き落した村上姉妹は、
 まずめぐみをロープへ振って返ってきたところへ、金網の直前でダブルのショルダースルーに放り投げる。
 こうすることで、めぐみは金網に対して空中で上下逆さまに叩きつけられ、
 そのままロープと金網の間に頭から落下することになった。
 さらにその場で引き起こして無理矢理立たせ、金網を背にしためぐみに対して串刺し攻撃を連発。
 挙句の果てに額を金網に擦りつけ、ついに流血させてしまった。
「めぐみ!めぐみーッ!!」
 千種は何度も金網の中へ戻ろうと試みたが、そのつど周りのスタッフに止められた。
 一度脱出した方は、もう中へは戻れないことになっているのだ。
 名前を叫ぶことしかできない千種は、一旦病気のことを忘れていた。
  
「さて、そろそろ引き上げっか」
「だな」
 千春に額を蹴り上げられた後、上体が跳ね上がったところで千秋の裏投げに繋がれ、
 ついにめぐみは動かなくなった。
 外では千種が相変わらず叫び続けている。
「ま、あたしらちょっと本気を出せばこんなもんだからよ」
「もう挑戦させてやらねーからな」
 好き勝手言いながら、姉妹は先にめぐみと千種がしたのと同じように、
 対角のニュートラルコーナーに分かれて金網を登り始めた。
 もう完全に勝ったつもりの姉妹は、少しずつゆったりと手足を進めていく。
 ちょうど半分を過ぎたあたりで、めぐみがゆらりと起き上がったことには、二人とも気がつかなかった。
「よいしょっ……うぉ!?」
 千春が金網の縁に両手をかけた時、めぐみの手が足首を掴んだ。
 下を見ると、血で真っ赤になっためぐみの顔がすぐそこまで迫ってきている。
「しつっこいんだよ!!」
 なんとか蹴り落とそうと試みても、めぐみは全く意に介さずに登ってくる。
 そうこうしている内に、千春の真横に並ぶ形になった。
「この!このっ!このっ!!」
 千春はめぐみの頭を掴んで金網に叩きつけるが、それでも効いている様子がない。
 どころか、
「落ちろっ!!」
 とめぐみにやり返され、一発で頭が揺れ、二発目でマットに向かって落下していった。
「やったぁ!めぐみッ!!」
 下からその様子を見ていた千種は、一旦喜んだ後、凄く嫌な予感に襲われた。
 明らかにめぐみの様子がおかしかったのだ。
 金網の外に出ようとせず、角の上で、それも内側を向いて立ち上がろうとしている。
「ちょっと、まさか……!?」
 リング上には、さっき落下していった千春が、うまい具合にめぐみから見て水平に体を横たえている。
 何が起こるか悟った観客も、これを待っていたとばかりに一斉に盛り上がり始めた。
「……ふぅ」
 やや両腕を横に広げ、深呼吸を一つ。
 大歓声と千種の絶叫の中、めぐみは金網の上から4m下のマットに向かって飛び立った。


「めぐみ、めぐみっ!?」
 リング上、めぐみは、千種の腕の中で気がついた。
 我ながら飛行姿勢は完璧だったと覚えている。
 前に飛び出した後、すぐに回転せず両手両足をやや後ろに反ったままで逆さになり、この姿勢をキープ。
 目標に乗る直前で顎を引いて背を丸め、相手を潰す――
 と、その潰した感触と、傍らにベルトが無いことから、どうやら避けられて自爆した末に負けたらしいと気がついた。
「試合、ごめんね」
 言いながら、あまり悔しがっていない自分がいることにも気づいている。
 飛ぶ直前、観客の盛り上がり方を思い出すだけで、身の内が震えるぐらいなんとも言えない気持ちになるのだ。
 一度誰にも真似できないようなことをして、観客から独特の熱狂を引き出してしまうと、
 その快感は病みつきになってしまう。
 危険を冒さずにはいられない、それがめぐみの罹った病気だった。


「…頭おかしいんじゃねーの?なあ?」
「マトモじゃねーよな。ま、勝ったからいいけどよ」
 金網の中で意識を取り戻しためぐみを見ながら、村上姉妹がベルトを担いで引き上げていると、
 不意に背後からフライパンか何かで殴られたように感じ、前のめりに倒された。
「いっ…!?」
 姉妹を素手で殴り倒した二つの巨大な影は、千春の方を花道脇の客席に投げ込むと、
 持参した木製の簡易テーブルを組み立て、千秋をその上にパワーボムで叩きつけて真っ二つにし、
 おもむろに持っていたマイクで喋り出した。
『防衛オメデトウだよチンピラども!オレはガルム小鳥遊、こっちがグリズリー山本ってんだよ。
 来月お前らの所と合同で過激なことをやろうって団体のレスラーだ。覚えときな!』
 ここで、マイクが一回り小さいほうに渡る。
『そこでアタシら二人がそのベルトに挑戦することが決まったから、ちょいと挨拶に来てやったんだよ』
『それと、そこのリングの上で伸びてる奴。お前らも気に入ったから混ぜてやるよ。
 金網なんかよりもっと楽しい試合を用意しとくから、楽しみにしときな!!』  
 言うだけ言って、二人の大型レスラーは帰っていった。
(ちょ、え、…なに?どうなったの?)
 事態が飲み込めない千種の膝の上で、めぐみ一人が小さく笑っていた。 

[PR]
by right-o | 2008-10-21 23:29 | 書き物