「蒼魔刀」 サンダー龍子VS佐尾山幸音鈴
チョップ一発胸に受けただけで、佐尾山は俯いて咽せかえった。
「…くッ!!」
それでもすぐに頭を上げると、覚悟を決めて前に出る。
十センチ以上身長の高い相手に向かって、半ば飛び掛るようにしてエルボーを連発。
続いてローキックから脇腹へミドルキックを放つも、何事も無かったようにあっさり蹴り足を捕えられてしまった。
直後、片足立ちになっているところへ張り手一閃。
それだけで、佐尾山は半回転してうつ伏せに吹き飛ばされる。
(つええ……)
対戦相手のサンダー龍子と佐尾山幸音鈴とでは、何もかもが違い過ぎた。
身長が違う、筋力が違う、そして何よりキャリアが絶対的に違う。
駆け出しと超ベテランの戦いなのだ。
試合を見ている観客は、誰一人として佐尾山が勝てるとは思っていないし、
当の佐尾山本人に至っては勝ち負けについて意識さえしていない。
ただ、今自分がやれるだけのことをやるだけ。
ボロ雑巾になるまで何分耐えられるか、その間に何回反撃できるか。
そういう次元の話だった。
加えて、今回は特に相手が悪い。
「…うわッ!?」
佐尾山が起き上がろうとしてマットから顔を浮かせたところへ、
龍子が下から顔面を蹴り上げた。
顔に靴紐の跡が残る、と言われる龍子独特のしごき技である。
続けて、たまらず顔を押えてマットに伏せた佐尾山の右足を取ると、
後頭部を足で踏みつけながら超高角度の片逆エビ固めで反り上げた。
「うあああああああ!!?」
身体全体を限界までたわませ、自分の足の下で佐尾山が呻いている声を聞いても、
龍子は無表情のまま眉一つ動かすことがない。
元々龍子の格下に対する厳しい攻めは有名だった。
しかし、最近はそれに拍車がかかったと言われている。
さらに格下との試合に限らずに、ほとんど勝負がついてしまった後、
傍から見れば不必要と思えるような攻撃を加えるようになった。
そして先日、佐尾山の同期を一人病院送りにしたことにより、
(何か、おかしい)
と、周囲の疑いはもう決定的になっている。
二分ほど佐尾山を弓形にした後、龍子はようやく足を放した。
耐え切った佐尾山に温かい拍手が送られたが、同時に観客は緊張する。
病院送りにされた新人がやられたのも、逆片エビを凌いだ後だったのだ。
案の上、龍子は虫の息の佐尾山をパワーボムの体勢に捕える。
龍子必殺のプラズマサンダーボムは、到底新人に受けきれる技ではないし、
そもそも使うべき技でもない。
先日これをくらった新人は、リング上で完全に失神させられた。
が、龍子が前屈みになった佐尾山の腰に手をかけて持ち上げようとした時、
瀕死のはずの佐尾山が動いた。
小さな身体を利用して、自分も前屈みになっている龍子の腹の下に潜り込むと、
股に右腕を通し、左手を頭にまわす形で龍子の全身を両肩に載せる。
「うおおおおおおおッ!!」
「なっ…!?」
そのまま一気に立ち上がって担ぎ上げると、力を振り絞って龍子の身体を一瞬だけ上に放り投げ、
同時に自分はマットに背中をつけて膝を抱えた。
要するに、飛び技を切り返す「剣山」を一人でやったのだ。
「うっ!」
佐尾山の膝頭の上に腹部から落ちた龍子が、膝立ちの姿勢で腹を押えてわずかに怯む。
これだけで既に大健闘と言えたが、もちろん佐尾山はこの隙を見逃さない。
予想外の頑張りを、観客も精一杯の歓声で盛り上げてくれている。
「うおおおりゃあああぁぁぁッ!!」
膝立ちの龍子を、ロープに飛んだ佐尾山が、低い軌道の真空飛び膝蹴りで正面から薙ぎ倒した。
すかさず全身で覆いかぶさってフォール。
『ワン!ツー!……』
「チッ!!」
龍子は力任せに佐尾山を退けたが、なかなか際どいカウントだった。
ギリッと音を立てて歯軋りした龍子のこめかみに、青筋が浮いている。
「まだまだ……ぶッ!」
前から走り込んできた佐尾山を全力のラリアットで一回転させると、
髪を掴んで引き起こし、そのままゴミでも捨てるようにトップロープを超えて場外へ放り投げた。
ギリギリで意識を保っていたのか、佐尾山は危ういところで足から落ち、怪我は免れている。
しかし、これからが本番だった。
自分も場外へ降りた龍子は、無言で場外マットを剥がしにかかったのだ。
さらにレフェリーが制止するのも聞かず、再度プラズマサンダーボムの体勢に。
無抵抗の佐尾山が一杯に持ち上げられると、周囲からは本気の悲鳴が上がった。
バシッ、と乾いた音がして、龍子の背中がイスが当たる。
「っ!」
持ち上げかけていた佐尾山を解放した龍子が、ゆっくりと振り向いた。
「いい加減にしなよ」
普段は飄々としている一つ目が、今日は笑っていない。
龍子と肩を並べるほどのベテラン、六角葉月は、持っていたイスを捨てて、改めて龍子を睨み据えた。
「…他人の試合を邪魔するな」
「試合だって?そんなものはさっきのラリアットで終わってるんだ。
そっから先は試合なんかじゃない。ただの弱い者苛めさ」
大柄な二人が並び立つ姿はそれだけでも迫力があったが、
さらに両者は、互いの息がかかるような距離で顔を突き合わせ、
火花が出そうな睨み合いをしている。
自然、周囲には観客とマスコミが輪を作って見守っていた。
「このぐらいで壊れるようじゃ、プロレスラーとは言わないんだよ」
「誰もがアンタほど馬鹿みたいに頑丈じゃないんだ……!」
六角にしてみれば、佐尾山を気に掛けていたこと以外にも、
誰彼かまわず怪我をさせるような龍子の姿勢に対して、思うところがあったのかも知れない。
「…結局、どうしたいんだ?」
「来月、随分過激なイベントがあるらしいじゃないか。
そこでアタシがアンタを壊してやるよ。少しは怪我させられる方の痛みを知ればいいさ…!」
さらに暫く視殺戦をやってから、二人はどちらからともなく引き上げていった。
サンダー龍子と六角葉月、ともすればやや地味な方に入りそうな二人のベテランは、
このことがきっかけになって、後に血みどろの試合を繰り広げることになる。