「ラストライド」 八島静香VSフレイア鏡

「…もう誰も戦う相手がいませんわ。
 この団体の人間は、一人残らず私の足下に跪きましたもの」
 年間最大のビッグイベントを一月後に控えたある日、
 フレイア鏡は、リング上で得意の長演説をぶっていた。
 肩に黄金のベルトを掛け、両脇には配下の村上姉妹を従えている。
「このままでは、一ヶ月後にベルトを賭けて戦う必要も無…」
「待ちな」
 長々と自慢話を聞かされたあげく、結局それが言いたかったのか。
 そう思った観客が一斉にブーイングを始めようとしたところで、
 エントランスから八島が姿を現した。
 そのままリングに上がると、憮然としている鏡の前に立ちはだかり、
 二人は顔を突き合わせて睨みあう。
「誰か忘れてやしないかい」
「最初から数に入ってないだけですわ」
 体格だけでなく、存在そのものが団体内屈指の大物である二人が対峙する光景に、
 それを見守る観客と村上姉妹は一気に緊張した。
「アタシに挑戦させるなら、アンタも“有名”にしてやるよ」
 八島と抗争を繰り広げたレスラーは、凄惨なまでに痛めつけられることで、逆に名前が売れる。
 そういうジンクスがある。 
「フフフ、私は既にこれ以上ないぐらい有名ですから。ただし、人を“痛めつける”方でね」
 こうして、ここ数年不思議と交わらなかった二人の大物に、
 強引な因縁が生まれたのであった。



『Bow down to the,bow down to The Queen!!』
 テーマ曲生演奏という無駄に豪華な演出と共に鏡の入場が始まり、
 ドーム球場内のかなり長い花道の両脇を囲んだファン達が、
 前に投げ出した両腕を上下させて鏡を称える。
 それら周囲の全てを傲岸な目で見下しながら、
 鏡は、自分の肢体を見せつけるようにゆったりとロープを跨いだ。
 その後少し間が開いて、会場内の緊張と期待感が高まった頃を見計らい、
ドドドドドドドド……
 という、重低音が徐々に近づいてくる。
 そして八島の入場テーマがかかった瞬間、先程とは違った明るい歓声が一気に沸き上がった。
 入場ゲート前に広く設けられたステージ上、大型バイクに乗ったまま姿を現した八島は、
 長い花道を一気に加速しながらリングに向かい、
「うわっ、ちょっ!?」
「こっちくんなっ!」
 鏡にくっついて来ていた村上姉妹を追い回すようにして、リングの周囲を一週した。
 そしてリングに背を向ける形で花道に停車すると、バイクを降りて鏡の方に進みながら、
 ゆっくりと拳にオープンフィンガーグローブを巻き、対戦相手を睨めつける。
 雰囲気があるという点では共通していても、それ以外は根本からタイプの違う二人だった。


 入場以外の全ての手順をすっ飛ばし、まずは八島が正面から殴りかかる。
 対して鏡も引かない。
 グラウンド勝負など始めから諦めているのか、基本的には押されながらも、
 所々でジャンピングニーパットやフェイスバスターをカウンターで決め、
 簡単にはペースを握らせない。
 しかし、勝負が場外に移ったところで八島が圧倒する。
 鏡をショルダースルーで場外フェンスを超えて投げ捨てると、
 客席の中を引き摺り回しながら蹂躙。
 途中、千春がイスで背中を叩いて止めにかかっても全く効かず、
 それどころか、
「あ゛?」
 と逆に振り向いた八島に睨まれ、固まっているところをイスごと殴り倒された。
 そしてかれこれ十分近く会場中を引き回して暴れたあと、
 鏡の髪を掴んでリングに戻ってきた八島は、さっさと必殺技で仕留めにかかった。
 前傾させた鏡の頭を足の間に突っ込んだパワーボムの体勢から、まずは右腕を掲げてアピール。
「呆気ないねぇ」
 確かに、いつも卑怯の限りを尽くしている鏡にしては、呆気無さ過ぎた。
 今までありとあらゆる手段を使って勝利してきた執着心が、今日は全く感じられない。
 といって、それはただ八島が見逃しているだけのこと。
 この時まさに、鏡は起死回生の手段を文字通り手にしていた。
「フンッ…!」
 一気に八島の肩の上まで持ち上げられた鏡の手には、大きなハンマーが握られていた。
 通常の金槌の四倍程ありそうなそれは、八島が持ち上げる寸前、
 場外の千秋がマットを滑らせて鏡に渡したものだ。
 無論、その間レフェリーの目は千春が引きつけてある。
 八島が鏡のコスチュームの腰部を掴んでもう一段高く持ち上げようとした瞬間、
 何人もの名選手を鏡と一緒に倒してきた“相方”は、八島の額に振り下ろされた。
「がっ…!?」
 即座に相方を場外へ投げ捨てると、崩れ落ちた八島の上に跨るようにしてフォール。
 しかし、八島はなんとかギリギリで肩を上げた。
「チッ、しぶといこと!」
 とは言え、これで完全に試合の主導権は入れ替わることになる。
 鏡は流血した八島の額目掛けて何度も拳を振り下ろし、
 そして手袋を真っ赤に染めたまま、殴り、踏みつけて侮辱する。
 かと思えば唐突に八島を場外へ放り投げて姉妹に攻撃させるなど、
 一転して鏡側のやりたい放題が続いた。 
 ただしすぐに後悔させられることになったが。

 レフェリーをコーナーに追い詰めて脅し上げていた鏡が、
 「ぎゃっ!」という悲鳴を聞いて振り返ると、
 ついさっき自分が捨てたハンマーを持った八島が、今まさにリングへ上がろうとしているところだった。
 止めに入ったレフェリーを一睨みすると、獲物を大きく振りかぶったまま鏡の方へ近づいてくる。
「さあ、足かい?腕かい…?」
「ひっ……!?」
 すかさずコーナーにへたり込むと、鏡は両手を広げて前に出し、必死に宥めようとする体を繕う。
「ちょ、ちょっと待ってそんな…」
 首を振りつつ怯えた目で八島を見上げ、いかにも哀れみを乞うているように見せかけつつ、
 当然内心ではそんなこと欠片も考えていない。
 単に村上姉妹が回復するための時間を稼いでいるだけのこと。
 案の定、場外フェンスに叩きつけられて伸びていた姉妹が復活してきた。
「こンのぉッ!!」
 今度は二人同時に背後からイスで殴りかかったが、それでも八島は倒れない。
 ただ、ハンマーは落とした。
「テメェら、いい加減うざったいんだよ!!」
 千春を目の前に構えていたイスごと殴り飛ばし、
 千秋の顔面をビッグブートで蹴り倒すと、振り向きざま、
 背後でハンマーを振りかぶっていた鏡の喉を右手で掴んだ。
「うっぐ!?」
 そのまま片腕で持ち上げ、特大のチョークスラムでマットに叩きつける。
 大の字になった鏡を見下ろしながら、八島は改めて右腕を掲げてトドメを宣言した。
 無理矢理引き起こしてパワーボムの形に持ち上げると、
 両手で鏡の腰を掴んで一杯に持ち上げ、さらに高度をつくり、
「オラァァッ!!」
 そのまま上体を思い切り曲げ、鏡の体を前方に叩きつけた。
 マットが波打ったかと思えるほどの衝撃の後、ピクリとも動かない鏡に覆い被さると、
 両手首を掴んで押さえ込む独特のフォールへ。
 結果として、鏡は一段と“有名”になった。


「くっ……!」
 ベルトを首に掛けて花道をバイクで疾走していく八島の後姿を、
 鏡は村上姉妹に助け起こされながら見送った。
「覚えて…いなさい…」
 恨みがましくそんなことを呟いてはいても、一週間も経てば八島に負けたことなどほとんど忘れている。
 そして、それがさも当然のことのように、今日失ったベルトに挑戦させるよう社長に強弁しているのだ。
 卑怯で、強引で、他人を顧みないこと。
 そのあたりが、鏡が本当の意味で有名になれた秘訣かも知れない。  

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by right-o | 2008-10-02 21:07 | 書き物