「ツイスター」「マッドスプラッシュ」 伊達遥VS小早川志保


一人のヒールができるまで 伊達遥の場合


「そ~んなに緊張しなくっても、遥さんなら余裕ですってばー」
「そうよ遥ちゃん、リラックスリラックス」
「う、うん…」
 伊達遥は、これからこの団体での初試合に臨むところだった。
 控え室で緊張している遥を、真鍋つかさと吉原泉の二人がほぐしてくれている。
 遥は苦労人だった。
 デビューした団体が倒産し、それから現在までフリーとして様々な団体を渡り歩いて生きている。
 そんな中、つい先日この団体からオファーがあった。
 名前を激闘龍という。
 メジャーの域には入らないものの、スピード感のある攻防を売りにした独特の試合スタイルで、
 今までプロレスに興味の無かった若年層をファンに取り込み、急速に成長している新興団体だ。
 最初はこの団体独自のスタイルに抵抗を感じていた遥だったが、
 社長の熱心な説得に負けて参戦を承諾したのだった。
 さらに親切なことには、早く団体に馴染むため、
 またマイクアピールが苦手な遥をサポートするための気遣いとして、
 社長はつかさと吉原の二人をつけてくれた。
 明日以降、この三人でユニットを組んでやっていくことになっている。
「そろそろね。行きましょう」
「あ、はい…」
 緊張していたが、同時に遥は張り切ってもいた。
 フリー歴が長い遥には、周囲に仲間のいる環境が懐かしく、心地良い。
(ここなら、長くやっていけるかも…)
 なんとなくだが、そういう思いがしている。


『♪見上げれば~星のように~』
「「ハ・ル・カー!」」
 見た目に似合わず古めかしい入場曲の合間に、一部の観客から合の手が入った。
(私のこと、知ってくれている人がいるんだ……!)
 と、花道を進む遥には、それだけのことが心強い。
 緊張と興奮からすっかり無表情になってしまった顔に、ほんの少し赤みがさした。
 リングインして青コーナーに控えると、すかさず両脇につかさと吉原が控える。
 じっと対戦相手を待つ遥は、最近になく気合が入っていた。
『I!like!colaaaaaaaaa!!!!』
 その相手、小早川志保の入場曲は絶叫から始まる。
 まず観客を煽ったりテレビカメラに向けて表情を作ったりしたあと、
 花道をダッシュで走りきり、そのまま勢いを止めずにリングサイドの観客全員とハイタッチ。
 リングインした後も常に落ち着かず動き回っている様子は、大きな子供のようにも見える。
 そのくせ、表情は所々ふてぶてしさを感じさせ、
 若いながら緊張とは全く無縁の大胆さを持っているようでもあった。
 彼女こそが、押しも押されもしない激闘龍の大エースである。


 が、試合が始まってみると、まず遥が圧倒した。
 ゴング早々に突っ掛かってきた小早川をいなして首投げで転がすと、
 尻餅をついたところに背中への強烈なサッカーボールキック。
「がッ!」
 凄まじい音を立てて決まった一撃に、小早川は一瞬呼吸ができなくなる。
「く、こんのォッ!!」
 それでも意地で痛みを忘れると、両手でマットをバンと叩いて立ち上がり、
 すぐさま遥にエルボーを浴びせていった。
 しかし遥は、顔色も変えずにローキックを膝裏に叩き込んで片膝をつかせると、
 小早川の胸板にこれまた強烈なミドルキックを連発。
「せッ!」
 五発目を喉元に蹴り込んで薙ぎ倒すと、そのまま胸の上に片膝を乗せてフォール。
 これを返されてもすぐに立たせ、ニーリフトをぶち込んで動きを止める。
 続いてコーナーに振り、顔面に串刺しのフロントハイキックで追い討ち。
 たまらず小早川は崩れ落ちた。
(よしっ…)
 淡々と普段通りに自分の試合を進める遥に対して、
 見ている観客の方はすっかり呆気に取られている。
 いつもこの団体で繰り広げられている試合とは違う、凄まじいハードヒットのプロレス。
 自分達のエースを事も無げに叩き潰す存在に対して、徐々に反感が芽生えつつあった。

 といって、小早川もこのままでは終わらない。
 カウンターのトラースキックから、相手の足を組んで逆さまに落とす変形の開脚ドライバーで遥の長身を投げきると、
 ダイビングフットスタンプやジャンピングパイルドライバーなど過激な技で反撃する。
 ただ、それでも遥の余裕は奪えない。
「ッ!?」
 串刺し技を狙ったところを逆に踵落としで迎撃されると、
 コーナーに背を向けて痛がっている小早川の後頭部は、格好の的になった。
(今だ…!)
 遥は、まずリング外を向いて素早くコーナーに飛びつく。
 右足をトップロープ、左足を別サイドのセカンドロープに掛けた状態から、
 リング内へ振り向きながらジャンプしつつ、背中を向けている小早川に延髄斬りを決め、
 そのまま飛び越して前方に転がって着地。
 派手な技が好まれるこの団体に参戦するにあたって、
 遥が一生懸命考えた、三角飛び式の延髄斬りだった。
「終わりっ……!」
 すぐに立ち上がった遥は、棒立ちになっている小早川をブレーンバスターの体勢に捕らえ、
 一息で一気に持ち上げる。
 遥の得意は、打撃だけではない。
 上げきった状態から、自ら回転して捻りを加えながら垂直落下で落とした。
「うわぁッ!!」
 渾身の垂直落下式ブレーンバスターから両足を抱えてガッチリ押さえ込んだ遥を、
 小早川は全身を使ってどうにか跳ねのける。
(意地、なのかな)
 必殺技の一つを返されたところで、遥は動じない。
 小早川が起き上がらないと見るや、ニュートラルコーナーに近づき、
 一旦脇からロープをくぐってエプロンに出ると、内側を向いてコーナー上に登り始めた。
 さきほどの延髄斬りと同じく、この激闘龍で受け入れられたいという気持ちから出た行動である。
 遥は試合中にコーナートップに立った経験がほとんどなかったが、
 とりあえずミサイルキックぐらいは見様見真似でなんとかなると思っていた。
 流石に、このあたりは「余裕」を通り越して「油断」の域に入っていたのかもしれない。
 もたもたとコーナーを登り切った遥の視界に、小早川はいなかった。
「……!?」
 そのことに驚く間も無く、遥の眼前に火花が散る。
 一瞬前、コーナーの真下に前転して潜り込んでいた小早川が、
 全身を使って飛び上がり、遥の顎を掌底で打ち抜いたのだ。
「くっ!?」
「うぅぅりゃああッ!!」
 小早川は、よろけた遥に背を向けてサードロープ上に立つと、
 下から遥の両脇を抱え上げ、自分も開脚してジャンプしつつ遥を前方に投げ出した。
「いっくぞぉッ!!」
 何がなんだかわからない内にコーナーからマットに叩きつけられた遥を尻目に、
 小早川はリング内からひとっ飛びで赤コーナーに飛び乗り、叫ぶ。
 エースの必殺技フルコース最後の仕上げに向けて、観客は一斉に盛り上がりを見せた。
 続いてロープを蹴って跳躍すると、組んだ両手を開いた足の間にくぐらせて一度身体を丸めたあと、
 今度は一気に背中を反ると同時に、仰向けに寝ている遥の腹部を自分の腹で押し潰しにかかった。
 遥の身体の上で、小早川が大きくバウンドする。
「ぐぅッ!?」
 思わず遥が呻き声を立てるほどの衝撃だった。
 仕掛けた方も無事では済まなかったが、小早川は痛みを押し隠してカバーに入る。
(これで決まりっ)
 しかし、カウントが2まで数えられたところで、
 場外から青いプラスチックケースが飛んできて、小早川の後頭部に当たった。
 直後、遥が肩を上げている。
「痛ッ…!!何すんのさ!?」
 命中弾を受けた頭を押さえて振り向いた先には、ロープを挟んでニヤつくつかさがいた。
 この時、つかさと逆のサイドでは吉原がエプロンに上がってレフェリーの気を引いている。
 遥自身は、おめでたいことに、どちらにも気づいていなかった。
「人の試合の邪魔するなっ!!」
 そう言ってつかさを追い払い、遥の方へ向き直った瞬間、小早川の意識はブラックアウトする。
 起き上がった遥の左ハイが、側頭部を襲ったのだった。


 試合後のリング上、反則があったことを知らない遥は、満場からのブーイングに戸惑っていた。
 セコンドに起こされた小早川が、前から凄まじい目で睨んでいる。
「遥さん遥さん」
「え……?」
 後ろから手を引かれ、屈んだところへつかさが(あたしに任せて)と囁いた。
 そしておもむろにマイクを掴む。
「え~っと~、遥さんが言うには、『今まで色々な団体を見てきたけど、ここが一番弱い』ってさ!」
「は……?」
 その場にいた誰よりも、遥が一番驚いた。
「そう、遥ちゃんの言うとおりよね。ウチは今のようなぬるま湯のままではいけないわ」
 吉原までつかさに合わせる。
 遥はただ目を白黒させるしかない。
「だから、私たち三人一緒になって、これから団体を変えるためにやっていこうと思うの」
「…反則で勝ったクセに、何言ってんだよッ!?」
 飛びかかってきた小早川を二人掛かりでリング外に放り出すと、
 つかさと吉原は遥の両手を上げ、三人の結束をアピールする。
(ど、どうなってるの……?)
 団体内に刺激を与えるため、最初からヒールに仕立て上げる目的で雇われた。
 ということを完全に理解するまで、遥にはもう少し時間がかかった。

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by right-o | 2008-09-25 00:22 | 書き物