「ラッキーキャプチャーフェイント」 ラッキー内田VSマイティ祐希子

下の「キメラプレックス」のさらに続きです。


 内田は怒っていた。
 といって、人の忠告を丸っきり忘れてしまったパートナーに対してではない。
 控え室のモニターで試合を見ながら呆れはしたものの、
 上戸にあれ以上口うるさく言っていたところで、結果は変わらなかったと思っている。
 そんなことより。
(バカにしている)
 この団体について、そう思えてならない。
 タッグタイトルの前哨戦とはいえ、来島・祐希子という団体の看板選手二人と、
 自分たちのシングルマッチがあっさり組まれたことが不満だった。
(アメリカじゃないんだから)
 当然のこととして、内田は自分の力量に自信を持っている。
 例え団体のシングル・タッグ二冠王であるマイティ祐希子が相手であっても、
 絶対にひけを取らないつもりだし、
 現に先日のゴールデンペア戦でそれを明確に示したはずなのだ。
 だったら、自分たちのシングルマッチは、もっと大事に取って置かれるべきカードではないのか。
 少なくとも、内田は自分が正当な評価を受けているとは思えなかった。
 そういうわけでこの試合、内田は最初からマトモな勝負をする気が無い。
 どうせ来週にはタイトルマッチがあるわけで、
 このカードを組んだ人間の目を覚まさせるには、そこでベルトを取ればいい話。
 そうなれば、後は内田自身がさっき上戸に言ったように、
 何もわざわざ前哨戦から手の内を見せてやることはないのである。


 だからといって、ゴングと同時に横になってわざとフォールされたり、
 露骨にカウントアウト狙いでリングを離れたりはしない。
 自分の評価を覆すのとはまた違った意味で、周囲に一泡吹かせてやりたいと考えているのだ。
 ただし、やる気の無さ自体は必要以上にアピールした。
 試合開始直後、素早いロープワークから祐希子のドロップキックを受けると、
 骨でも折れたように大げさな痛がり方を見せてリング外に転げ落ち、
 そのまま場外から戻ろうとしない。
「いやムリ。ムリだから」
 リングに入れようとするレフェリーに対して首を振って抵抗すると、
 そのままカウントギリギリまで場外に居座った。
 さらにその後も、少し真面目に戦ったかと思うと、
 チョップ一発受けただけで場外エスケープしたり、
 客席の野次や声援に試合を中断して言い返したり、
 一見すると、単にのらりくらりと立ち回って時間を稼いでいるだけのように振る舞う。
 もちろん、対戦相手の祐希子にとっては面白くない。
「真面目にやりなさいっ!」
 と何度も叫んでみたが、内田は一向に聞かなかった。
 だったら実力行使しかないとばかりに、祐希子は内田の無気力に構わず、
 強引に攻め込むことで自分のペースに乗せようとする。
 強烈なフライングニールキックを叩き込んでダウンさせると、
 コーナーに振った内田を追いかけて串刺しのラリアット。
 さらに対角線に振ってもう一発狙ったところで、
 流石に持て余した内田が前転で祐希子の腕をすり抜けてかわし、
 勢いでコーナーに突っ込んだ祐希子を、逆に追い詰めたような格好になった。
 祐希子にしてみれば、これでようやく普通の勝負が始まるかと思われたが、
 ここで一言、
『アホ毛がんばれー!』
 という野次が飛んでしまったことが、結局全てを台無しにしてしまう。
「うるさい!他人の髪型をそんなふうに言うな!!」
 いかにもカチンときたように、客席に向かって言い返す内田を見て、
 祐希子の辛抱も限界に達した。
(もう知らない!)
 コーナーを飛び出して、横を向いたままの内田に向かって突進。
 内田の唇の端が緩んでいたが、その面の横顔は、祐希子からちょうど陰になって見えていない。
 そして気づいた時には、胴が両足で挟まれていた。
 続いてマットを這わされ、膝十字を極められる。
 カウンターのラッキーキャプチャーが一瞬で決まった。
「しまった…ッ!?」
 思わずそう口にした時には、祐希子は既にロープを目指して必死に進んでいる。
 幸い掛かりが浅かったのか、意外にあっさりエスケープすることができた。
 内田は、祐希子の手がロープに届く前からさっさと技を解いて離れ、
 足の伸ばしたり曲げたりして状態を確かめつつ立ち上がっている祐希子に、
 両手の人差し指で照準する。
「ラッキィィィィィィ…」
『『『キャプチャー!!』』』
 だいぶ浸透してきた技名をファンと一緒に叫んでから、
 改めてもう一度ラッキーキャプチャーを狙ってきた…ように、祐希子からは見えた。
(ここで…?)
 祐希子はロープを背負っている。
 そんな相手に関節技を狙うような、考え無しのレスラーには思われない。
 しかし、こうして一瞬無駄な思考をしてしまったこと自体が、内田の術中に落ちている証拠なのだ。
 頭に疑問符が点いたままの祐希子に対し、内田は先ほどと同じように背中を向けて飛びついて
 両足で腰を挟み込み、そのまま体を前に倒して、祐希子の股の間をくぐろうとする。
 ここまでは、確かにラッキーキャプチャーの動き。
「あっ!?」
 しかしそこから、内田は足関節を取りに行かないままで祐希子の足の間をくぐると、
 同時に自分の両足を祐希子の両脇に下から引っ掛けて前に倒し、
 自然と前方に転がった祐希子の両肩をマットにつけ、さらに足を持って固めてしまった。
 要するに、「カサドーラ」というルチャ系の丸め込み技と同様の形。
 さらに。
『フォール!ワン!ツー!…』
 レフェリーがカウントに入るために屈むのを見計らって、
 内田はおもむろにセカンドロープを掴んだ。
 しかも、わざと祐希子に見せつけるように、堂々と。
「ちょっ…!?」
『…スリー!』
 反則に注意がいったせいで、肝心のフォールを返すことを忘れてしまった。
 結局、内田の策略はこれ以上無いぐらい図に当たったのだった。


『う~ん、私、シングルの方に挑戦しちゃおうかな』
「………」
 特に言い訳もせず、無言のまま睨んでいる祐希子の前で、
 実況席のマイクを取った内田は憎まれ口を叩いていた。
 その内自分だけ喋るのに飽きたのか、「何か言え」とばかり、リング内にマイクを投げ入れる。
 祐希子はそれを持つと、一言だけ口にした。
『本番じゃ、今日みたいにはいかないわよ』
『ふん……本当はアナタに言っても仕方ないんだけど』
 内田は再度リングに入り、初めて祐希子を正面から睨み返す。
『それはこっちの台詞なのよ。来週はこんな簡単に負けさせてもらえると思わないことね』
 二人の視線が、静かに火花を散らしている。
 アイスガールの闘争心に、これでようやく火が灯った。

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by right-o | 2008-09-12 21:23 | 書き物