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「ゴア」「ゴゴプラッタ」 フォクシー真帆VSフレイア鏡

「何を考えているかわからない」
 ということで、
 フォクシー真帆は対戦相手に対して精神的な優位に立てることが案外多かった。
 この印象は、少し経つと「何も考えていない」となり、
 続いて「何をするかわからない」になる。
 もっとも、何も考えていない本人にそんな内面の駆け引きができるわけもないので、
 そこに付け入ったりはしない、というかできないが。

 逆に、そんな真帆にも苦手が何人かいた。
 全員が突き抜けた技巧派で、真帆が力技で圧倒していた試合でも、
 一瞬でコロっと逆転できてしまうような選手たちである。
 その中でも、フレイア鏡は特別だった。
 何しろ同時期に入団して以来、一度も勝ったことがない。
 しかも毎回、試合が終わった後はイライラしてどうしようもなくなるような負け方をする。
 締め落とされる、丸め込まれるというあたりは当然として、
 一度など真帆の位置をうまく誘導した後、
 襲い掛かった真帆をかわしてレフリーを殴らせ、反則勝ちを奪われたこともあった。
 真帆に言わせれば、鏡の方がよほど「何を考えているかわからない」し、
 鏡の場合は真帆と違って、事実何を考えているのか不気味なところがある。

 
 しかし、そんな苦手意識も今日限りだ。
 などと、言葉にしていちいち頭に思い浮かべるような習慣を真帆は持たないが、
 そんなような意識を持っていることは、リング上で鏡の背中を見据えている表情から窺えた。
 それと一応、鏡の持つベルトが掛かった試合であることも関係しているのだろう。
 対して、鏡は真帆を見ずにコーナー側を向いて試合開始を待っていた。
 俯いているが、前の方の客席からは唇の端が曲がっているのが見える。
(今日は、どうしてあげようかしら)
 そう考えると、どうしても表情が保てなかった。
 市ヶ谷、芝田などとはまた違った意味での女王様気質であり、
 やはり真帆に限らず他人から見ても、何を考えているかわからない。
 が、ひとまず鏡の微笑は試合開始直後に消し飛んだ。

 試合開始のゴングが鳴り、鏡がコーナーからゆっくりと振り返った瞬間、
「ゴフッ!?」
 真帆の右肩口が腹部に突き刺さった。
 体が宙に浮くほど凄まじい勢いで胴タックルをくらった鏡は、
 そのままコーナーへ串刺しにされたような格好になり、
 真帆の体が離れると同時に倒れ、無意識の内にリング外へ転がり出て非難していた。
「待てっ!」
 一旦逃がしはしたものの、今日の真帆はいつになく執拗だった。
 リングを降りると、腹を押えたまま鉄柵にもたれかかっている鏡の頭を掴み、
 中に転がし入れる。
 気まぐれ狐が、珍しく真剣だった。

 その後、序盤で勢いを掴んだまま、試合は9割がた真帆が攻めた。
 よほど開幕のスピアータックルが効いたようで、
 たまに鏡が攻めていても、腹部に一撃もらうとすぐに崩れてしまう。
 そんな様子を見て、一気にいけると思ったのか、それとも逆に不気味だったのか、
 ともかく真帆は早々と仕上げにかかった。
「終わりだっ!」
 リング中央で、無理矢理立たせた鏡をダブルアームスープレックスの体勢に捕えると、
 そのまま一息で鏡の体を持ち上げ、右肩の上に仰向けに乗せる。
 そこで両手を鏡の腰のあたりに持ち替えると、飛び上がりつつ開脚し、
 尻餅をつきながら鏡を前方に叩きつけた。
 結構な迫力でフォクシードライバーが決まったが、
 真帆は首を振ってフォールにいかなかった。
 無言で鏡の体を押しのけると、うつ伏せになった鏡の正面にあたる赤コーナーで待機。
 足を開いて姿勢を低く構え、鏡が立ち上がるのをじっと待つ。
 最後は、もう一発スピアーをくらわせるつもりだった。
 それを感じ取った観客が、「ついに鏡越えか」と騒ぐ様子にまるで合わせるように、
 鏡はゆっくりと立ち上がり始める。
 銀髪が顔に垂れかかっているため、表情は誰にも見えない。
「おおおおおッ!!」
 両手をつき、片膝をついて体を起こし、ついに両足で立ち上がった直後、真帆が殺到した。 
 バン、と鏡の長身がマットに倒れる音がして、その上に真帆が重なって見える。
 しかし、鏡に覆いかぶさったところで真帆の動きが止まった。
「うっ!ぐ……!?」
「ふ、フフフ…」 
 首に、いつの間にか鏡の足が絡まっている。
 真帆の突進を受けて倒れたように見えた鏡は、
 その実自分から倒れて真帆を引き込んだのだった。
 鏡の両脚は胡坐をかくようにして組まれ、
 その左足の脛と右足の脹脛の間に真帆の首が挟まっている。
(あら)
 総合格闘技で言うフットチョークの形だったが、かけている鏡自身も驚いたことに、
 普通は両脚に加えて腕を使って補助する必要のあるこの技が、
 足だけで完成してしまっているのだった。
 真帆の首が細いか、それでなければ余程鏡の足が器用に出来ているのだろう。
 ともあれ、両膝をついた真帆の首を足で絞めている鏡の両手は、自由だった。
「ぐぅっ…!…ッ……ッ」
 脛で喉を潰され、真帆の顔は見る見る内に紅潮してきた。
 ロープは遥かに遠く、しかも四つん這いになった状態からでは、
 とてもこの技を脱出できるとは思えない。
 やむを得ず、真帆が首に巻きついている鏡の太股を叩いて降参しようとした時、
「!」 
「させませんわ」
 鏡が、タップしかけていた真帆の両手を掴んだ。
 驚いて一杯に見開かれた真帆の瞳を、鏡はうっとりと眺めている。
「ほら、もっと頑張りなさい」
 首を絞められているために、口で「ギブアップ」とは言えない。
 鏡は、苦しさと悔しさで真っ赤になった真帆を、その後5分近くも眺め続けた。
 たまに足を緩めて息をいれさせたかと思えば、
 次の瞬間には一気に硬直させたりして、真帆を存分に嬲り、
 その苦しむ様子に目を細めて見入った。
 しかし、時間が経つにつれて、そうした反応も段々と鈍くなっていった。


「………う?」
 ぼんやりと視界が開けると、何やら光の点滅が眩しく感じられた。
 誰かの腕が首にかかっているようだが、締められているわけではなく、
 背後から優しく抱きしめてくれているようだ。
 背中にやわらかい感触が当たることからして、女性らしい。
「あら、起きた?」
 という声が耳元で聞こえた。
 そしてゆっくり頭を撫でてくれた。
 それにしても、気がついたときから妙にイイ匂いがする。
 真帆は香水の匂いには詳しくなかったが、どこかそういった人口の香りよりも甘ったるくて、
 前から変だなと思っていたこの匂いは――
「うわッ!!」
 気づくと同時に、真帆は鏡を突き飛ばすようにして離れた。
 それを見て、リングサイドに並んでいるカメラマン達が一斉にフラッシュを焚く。
「うふふふ」
 落ちていた真帆の上体を起こして蘇生させ、後ろから愛おしそうに抱いたり撫でたりしていた
 鏡は、あわてる真帆の様子を見て、楽しそうに微笑んだ。
「また遊びましょう」
 そう言って悠々と引き上げていく鏡の姿を、
 真帆は恥かしさと悔しさで涙目になりながら、睨んで見送った。
(今日も、やられたっ…!)
 リングの狐にとって、この天敵はかなり手強い。 

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by right-o | 2008-08-18 00:14 | 書き物