「シャープシューター」「ミリオンダラードリーム」 葛城早苗VSライラ神威

「オラァッ!」
 ライラが、試合のどの場面においても相手の様子を見ることなど有り得なかったし、
 今夜もそうだった。
 ゴングと同時に突っ掛けてきたライラを、葛城は身をかわして避け、逆にコーナーに詰める。
(単細胞めッ!)
 この待つことを一切しない徹底した力攻めのスタイルも
 ライラ人気の一因と言えるかも知れなかったが、
 葛城には今さらそんなことを考える心のゆとりはもちろん無かった。
 この機会を逃さずに掌底と蹴りを浴びせ、まず葛城が先手を取る。
 しかしその程度で怯むライラでもなく、力任せに右拳を振るって対抗し、
 序盤は打撃戦の様相を呈した。
 観衆は、葛城の綺麗な打撃には感嘆の溜息を漏らしたが、
 それに対してひたすら雑に殴り返すライラを後押しする声援の方が何倍も勝っている。

 均衡を破ったのもライラからだった。
 ロープに走った葛城の戻り際、正面から飛び掛るようにして体を浴びせると、
 引き倒した葛城の上に馬乗りになって拳を連打。
 さらに立ち上がると、ロープの反動を受けつつ倒れている葛城の額へ向けて横から
「ヒャッハァッ!」
 と自分も倒れこみながら肘を落としていった。
 さらに戦場を場外へ移し、試合は完全にライラのペース。
 鉄柵に振り、鉄柱にぶつけ、果ては客席にまでもつれこんで葛城を蹂躙する。
 それもほとんど技らしい技を出さないまま、ライラがやったことは殴る蹴る投げつけるのみ。
 にも関わらず観客は沸きに沸いて、
 ライラが葛城を殴るのに併せてその回数をカウントしたりもした。
 葛城にしてみれば、
(こんなものが試合か!?)
 とも思うし、さらに、恥かしいことだと感じながらも、
(どうして自分ではなく、ライラが応援されているんだ!?)
 とも思う。
 常識から考えれば、この場合どう見ても声援を受けるのは葛城の方であるはずだし、
 ライラは満場からブーイングを浴びなければならない。
 それが何故やりたい放題のライラに人気が集まり、
 本来ならベビーフェイスであるところの葛城がむしろ嫌われているのかについては、
 一言で言えば全てファンが悪い。
 要するに、葛城と、葛城が代表してきたこの団体の試合スタイルは飽きられたのだ。
 その飽きていたところへ、ライラが現れた。
 彼女はある意味馴れ合いとも言える既成の試合スタイルを全く気にしないばかりか、
 進んでそれらを破壊しようとしているようにファンに受け取られた。
 もちろん本人にそうした意識は無いし、受けを狙ってやっていたわけでもなかったが、
 といって別に進んで声援を嫌がるということはなかったし、
 いくらかは、やはり後押しする声があった方が
 ライラの破壊活動も興がのっているように見えた。
 何にせよ、葛城には気の毒というしかない。
 
 そういったところで、
 試合前から葛城が抱えていた不満や怒りは試合に臨んでも解消せずに、
 徐々に大きくなっていった。
 そして、それがついに爆発する時がくる。
「ぐっ!!」
 ガシャッ、と大きな音を立てて、葛城は正面から実況席前の鉄柵に激突した。
 さらに追撃すべく、ライラが鉄柵にもたれたままの葛城を振り向かせようとした時、
 葛城が自分から振り向くと同時に、ライラの額を、掴んでいたゴングでぶん殴った。
「グァッ…ッ!?」
 ゴイーンという鈍い間の抜けた音とは裏腹に、マスクの下から血が滲んでいる。
 葛城はさらにもう一発加えると、ライラの頭を掴んで近くの鉄柱に何度もぶつけ始めた。
「なんで!お前なんか!!」
 そしてライラを転がし入れた後に自分もリングに戻ると、観客の方を向き直る。
「さあ!好きなだけブーイングすればいいじゃない!!みんな私が嫌いなんでしょ!?」
 葛城は目に涙を溜めながら叫ぼうとしたが、それも最後まではできなかった。
 背後から、倒れているはずのライラの右腕がにゅっと伸びてきて
 葛城の左手首を捕えて肩の後ろに引き、
 左腕が自分の首を絞めるような形になる。
 さらにその葛城の左腕と首との隙間を埋めるようにしてライラの左腕が入ってきて、
 自分の右手首をがっちり掴み、締め上げる。
 技名を言ってしまえばコブラクラッチなのだが、
 葛城は元々油断していたことに加えて
 まさか相手が関節技を使うような相手とは思わなかったため、
 最初は何が起きたのかわからなかった。
(この程度のことで…ッ!)
 空いている右手ですぐ前にあるロープを掴もうとした時には、
 既に葛城の両足はマットを離れている。
 ライラはコブラクラッチの形からジャイアントスイングの要領で回転させ、
 葛城の体を振り回した。
 その分右腕が首に食い込んで締まり、血管を圧迫し、
 ようやく回転が止んだ時には、いくらか視界がぼやけてきている。
 が、しかし、
(負けたくないっ!!)
 葛城がそう思った気持ちは、今までのどのタイトルマッチよりも強かった。
 回転させた方のライラも足元が若干おぼつかない中、
 葛城はそれを利用してロープではなくコーナーの方へ、技を掛けられたまま数歩走った。
 最後の力を振り絞ってコーナー2段目に足をかけると、
 そのまま3段目を蹴って宙返りするように体をリングに対して垂直にしようとする。
 後ろにくっついているライラは、葛城ごと背後に倒れこむしかない。
 背中がマットについた。
 当然、カウントが数えられる。
「チッ!」
 仕方なく技を解いて立ち上がろうとした時、葛城はすでに構えていた。
 一呼吸しかできなかったはずが、気合で立っていた。
 膝をついたライラの側頭部へミドルキックを左右から数え切れないほど打ち、
 さらに横合いから顔面を蹴り上げる。
 それでもなお、ライラが立ち上がろうとしたところをハイキックで捉えてダウンさせ、
 両足を取ってリング中央まで引き摺り出しにかかる。
 ライラの足の間から自分の左足を出して、脇腹の横あたりへ踏み出した時、
 葛城はふと動きを止めた。
 足を持っていた右手を一旦放すと、屈みこんでライラの覆面を掴み、引きちぎる。
 その後、ライラの両足を踏み込んだ左膝の前で交差させてステップオーバー、
 サソリ固めをがっちりと極めた。
「ぐぅ……クッソ……!!」 
 ライラの呻きを聞く葛城の顔はやや笑っている。
 試合の前から、最後はこの技と決めていたのだった。
 葛城は打撃に次いで関節技も得意だったが、
 この場合とにかく対戦相手の口から負けを認めさせたかった。
「ウオオォォォォォ……!」
 残った体力の全てを使って、腕立て伏せのように上体を浮かせたライラの額から、
 夥しい量の血が流れた。
 血は、もはやマスクに遮られることなく鼻をつたって唇に落ち、
 さらには前歯の一本を真っ赤に染めてマットに垂れた。
 そんな様子は葛城には見えないが、十分に想像することができる。
「無駄よ」
 葛城が体重をかけ直すと、ライラは再び這いつくばった。
 もう抵抗もしないし、声をあげようともしない。
 その様子を感じた葛城が危ない満足感に浸っていたところで、
 唐突にレフリーが試合を止めた。


「ちょっと、なんで止めるの!?」
 あくまでギブアップを聞くまで放そうとしない葛城を、セコンドが総出でやめさせる。
 さらには自分を応援しなかった観客にマイクで悪態を吐いていたところで、
 復活したライラが葛城に襲いかかった。
 この後、負けはしたものの最後までギブアップしなかったライラの人気はさらに上がり、
 凶器・マスク剥ぎ等非情な攻撃をした葛城の嫌われ方はより徹底したものになった。
 また、葛城の方も吹っ切れたのか、嬉々としてヒールをつとめるようになる。
 もう応援されなくても構わないし、誰からの罵声も気にならない。 

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