「クロスフェイス」「リバースフォクシードライバー」フォクシー真帆VS中森あずみ

「相変わらず、やりづらいな…」
 ベルトを持ってひょいとトップロープを飛び越えた王者を見て、
 中森あずみは思わずそう呟いた。
 タイトルマッチの開始を目前にして集中力を高めようとしている自分とは対照的に、
 ベルトを掲げてリング上を跳ね回っている対戦相手はどこまでも自然体に見える。
 王者、フォクシー真帆との対戦成績はほとんど五分。
 しかしながら、試合前後の自分の気疲れを考えると、
 とても相性のいい相手とは言い難かった。
「何にせよ、集中あるのみ」
 型に嵌らないファイトスタイルゆえに動きの読める相手ではないが、
 考えて動いているわけではないため付け入る隙は多いはず。
 自分にそう言い聞かせながら、中森はコーナーを離れた。


「おおおおっ!」
 ゴングが鳴ると同時に飛び掛ってきた真帆を避けると、
 ロープを背にしたところへミドルキックを一発。
 怯んだところを反対側のロープへ振り、
 戻ってきた真帆へ完璧なタイミングでドロップキックを突き刺した――
 まではよかったが、
「全然効かないぞっ!」
「うおっ!」
 一歩後ずさっただけで持ち応えた真帆に、
 強烈なショルダータックルで逆襲されてしまう。
 思わずセカンドロープからリング外へ転げ落ちたところへ、さらに、
「飛ぶぞー!!」
 と、ノータッチのプランチャ、
 というかとにかく勢いに任せて真帆がロープを越えて飛んでくる。
「くっ……」
 のっけからリズムを崩される形になった中森だが、
 しかし逆転の機会はすぐに訪れた。
 同体になって客席まで突っ込んだあと、
 このまま場外戦にでも持ち込まれては堪らないと
 無理に立ち上がってリングに戻ろうとしていたところへ、
「うぅぅりゃぁっ!!」
 ちょうど中森が鉄柱を背にしていたところへ突っ込んだ真帆が、
 あっさりかわされて激突。
 ごいーんという音と一緒に場外マットの上で大の字に倒れた。
(本当に、やりづらい…)
 王者をリング内に押し戻しながら、改めて中森はそう思った。


 その後も中森は王者の野生力に苦しみつつ、
 相手のミスを誘ったり隙を突いたりしては的確に反撃していった。
 大振りの逆水平やフロントハイキックをかわしつつ
 掌打から蹴りに繋ぐコンビネーションを入れ、
 馬鹿力でぶん投げられたお返しに、足や腕を取っての関節技でダメージを与える。
 毎回はっきりと力対技術のぶつかり合いになるこの組み合わせは、
 客席から見ればなかなかの好試合に見える。


「お終いだぞっ!!」
 対角のコーナーに振った中森に向けて真帆が右腕を高く振り上げて宣言すると、
 対照的な2人の戦いもいよいよ佳境を迎えた。
「ぐぅっ…!」
 コーナー間を全力疾走しての串刺しラリアットをくらった中森が、
 ふらふらとリング中央へ歩み出てきたのを見計らい、真帆がロープへ飛ぶ。
 基本的に自由形な真帆のファイトスタイルの中で、
 唯一お決まりと言えるのがこのフィニッシュへの布石、
 殴りつけるようなラリアットだった。
 格下相手であればこれで勝負をつける程の技であり、
 どうやら真帆お気に入りの動きらしい。
 それだけに、中森にしてみれば数少ない狙い所でもある。
(これを待っていたっ!)
 真帆の右側に回りこみつつ、振り回された右腕の上から自分の左腕を被せ、
 まずは脇固めの形に捕獲してマットに倒し、
 そのまま真帆の右腕を両脚で挟み込んで固定。
 両腕はうつ伏せに倒した真帆の顔の前でしっかりと組み、
 力を込めて首から上を背面に向かって思い切り反らせにかかる。
 肩と首を極める中森必殺のサブミッションが一瞬で完成した。
「む…!ぐ……!!」
「ギブアップ、してください…ッ!」
 加減無しで、腕を通して体重を後ろにかけ、仕留めにかかる。
 戦前から狙うことができた数少ない勝機、逃すわけにはいかなかった。
 ポジションもほぼリング中央、王者を応援する客席の声は高まっていたが、
 流石にこれはどうやっても脱出不可能に見える。
 しかし、野生はそんな常識的な見方を超越してしまった。
「…っく……!?」
 真帆は、初め左手で顔面にかかった中森の腕をどかそうとしていたが、
 それが無理とわかると腕を自分の背中の方に回してもがき始めた。
「…?」
 無視して絞り続けていた中森が、真帆の狙いに気づいたのは、
 急に襲ってきた喉の苦しさに耐えかねて腕を離した後だった。
 真帆だけでなく2人ともだが、髪が非常に長い。
 中森が真帆を捕獲した時、
 締め上げている中森の首から肩にかけて、
 真帆の大きな髪の束がぐるりと纏わりついていたのだ。
「負けない、ぞっ…」
 左手で背面を探っていた真帆は、たまたま自分の髪の先端を掴むことに成功し、
 それを力任せに引っ張った。
 すると自然、中森は一瞬だがキュッと首を締め上げられることになる。
「なッ……!?」
 不意を突かれた中森は、思わずレフリーの方を見てしまった。
 しかし、他人の髪ならともかく、
 自分の髪を使うことについて何か規定があったかどうか、レフリーにも覚えが無い。
 そうこうしている内に、真帆は既にロープから飛んで帰ってきていた。
 そのままの勢いで中森の立ち上がり際を薙ぎ倒すと、
 すぐに起き上がらせてダブルアームスープレックスの体勢に捕える。
「とっておきだっ!!」
 相手の両腕を背中で組んだ状態のまま、
 タイガードライバーで落とさずに自分の肩の上まで一息に担ぎ上げると、
 開脚しながら前方に力一杯叩きつけた。
 両腕を捕えられたまま顔面からマットに激突した中森をひっくり返すと、
 胸の上に跨るようにして両肩の付け根に膝を乗せてカバー。
『ワン、ツー、スリー!』
 観客と一緒に指折り数え終わると、
 真帆はすぐに飛び上がって勝利をアピールし始めた。
「勝った!勝ったぞー!!」
 倒れたままそれを見つめる中森には、「後一歩だった」という悔しさに増して、
 やっと終わったという疲労感なのか開放感なのか、
 なんとも言えず気怠い気持ちが大きい。
 どうやら中森のようなレスラーにとって、真帆は天敵のようであった。
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by right-o | 2008-07-10 23:24 | 書き物