「ワンマンコンチェアト」「ランニングローキック」 村上千春VS村上千秋

「客に媚びるような試合しやがって!!もうお前なんか姉だと思わねーよ!!」
 リング上、うつ伏せに寝かされたまま動かない村上千春を見下ろしながら、
 千秋はそう叫んでいた。
 持ち込んだイスを、一脚は千春の頭の下に差し入れ、
 もう一脚を両手で持って思い切り振りかぶる。
 何をしようとしているのか察したセコンド陣が止めに入ろうとしたが、もう遅かった。
「死ねッ!」
 本気で引いている観客達の前で、千秋は実の姉の頭部に容赦無くイスを振り下ろした。


 全ての発端は2ヶ月程前に遡る。
 姉妹が所属している中堅団体は、とある大きな団体と対抗戦を始めた。
 ヒールタッグだったはずの2人も、なし崩し的に参加させられることになったのだが、
 団体内で負傷者が続出した関係で段々と重要な試合を任されるようになり、
 ついには千春が一人で相手側のシングルベルトが掛かった試合に
 抜擢されることになる。
 そして、なんと千春はその試合に勝ってしまった。
 ホームリングでの快挙に対して客席から大歓声が送られる中、
 千春と千秋は全く慣れない状況に2人揃って呆然としていたのだった。

 一夜にして大ベビーフェイスになってしまった千春は、
 その後はどんな反則をしても、どんな悪態を吐いても観客の支持を受けた。
 まして、そのベルトを奪い返そうと乗り込んで来た他団体の選手に対しては、
 何をやっても非難の声はほとんど起こらない。
 このあたりは、この団体の規模があまり大きくないということも関係しているのだろう。
 
 そんな中迎えた初めての防衛戦で今回の悲劇は起こった。
 30分を超える大激戦を地力で制した千春が、
 相変わらず慣れないながらもなんとか声援に応えようとマイクを取った瞬間、
 試合中は黙ってリング下から観戦していた千秋が背後に忍び寄り、
 後頭部をイスで一撃。
 さらにもう一脚持ち込むと、2つのイスで姉の頭を挟み潰したのだ。
 担架で運ばれていく姉の姿を見ながら、
 千秋は落ちていたマイクを拾い、さらに罵倒を続ける。
「オイ馬鹿姉貴!ってもどーせ聞こえてねーだろうから後で誰か教えてやれよ!
 いいか!?次、オマエの持ってるベルトにアタシが挑戦してやるよ。
 ただし、試合は反則裁定ナシでな!
 コイツらに応援されたせいで腑抜けになったんじゃねーって言うんなら、
 受けてみやがれ!!」
 満場の大ブーイングの中、千秋はそれだけ叫ぶとマイクを投げ捨てて帰っていった。
 少なくともその表情からは、後悔の色は全く読み取れない。


 それから2週間後、予定されたタイトルマッチ当日。
 千秋の襲撃からこの日まで、千春は全ての試合を欠場した。
 頭の傷が重いとか、妹に裏切られて精神的にまいっているといった憶測が流れたが、
 本人が千秋からの挑戦は受諾したということで、試合そのものは組まれたのだった。

「あの程度で休むなんて、だらしのねぇチャンピオンだなオイ。
 大体これから試合できるのかよ?できないってんなら、アタシの不戦勝で――」
 先に入場した千秋が早速好き放題に喋っているのを遮り、
 千春が入場ゲートに姿を現した。
 その頭には痛々しく包帯が巻かれている。
「千秋………ッ!!」
 途中でベルトを投げ捨てつつ花道を一散に駆けると、そのままの勢いで、
 選手コールもタイトルマッチ宣言も待たずに千春は千秋に殴りかかった。
 コーナーに押し込むと、怒りに任せてただひたすら拳を振るい続ける。
『千春っ!下がって!!』
「くっ……!」
 しかし、見兼ねたレフリーが止めに入ると、千春は意外にあっさり引き下がった。
 実のところ千春にとって、思いがけず得た今の人気は嬉しかったし、
 同時に重くもあったのだ。
 できればこの歓声を、客席の支持を失いたくない――
 そう思うと、少しづつ身上のラフファイトが鈍ってきていた。
 そして、そういった心の機微に対して流石に妹は敏感だった。
「オラァッ!」
 レフリーに分けられるのを待っていたかのように、千春の腹部に膝を入れると、
 前傾した頭部をヘッドロックで捕らえる。
「ぐ…っ………!!」
「この試合反則ナシだって聞いてなかったのかよ?
 オマエやっぱりチャンピオンになってから甘くなっちまったよなぁ!」
 自分で作った負傷箇所をギリギリと締め上げる千秋は、
 千春とは対照的に以前より憎たらしさに磨きがかかって見える。

 ヘッドロックで締め上げた後、ダウンした千春に対して
 千秋はさらに頭部への攻撃を加えた。
 まずは頭を蹴り、踏みつけてから引き起こして急角度のバックドロップ。
 さらに場外へ放り投げると、鉄柱に数回ぶつけて千春の動きを止め、
 その間に場外マットを剥がすと剥き出しの床の上にパイルドライバー。
 そして極めつけに、実況席の脇に置いてあったゴングを持ち出して、
「まだ試合開始の合図が鳴ってねーぜ!」
 と叫びながら千春の頭にそれを叩きつける。
 それまでは千秋の攻撃の合間になんとか反撃できていた千春が、
 これで全く動かなくなってしまった。

 続けて千春をリングに転がし入れると、
 千秋はリングサイドの客を恫喝してイスを二脚調達。
 リングインすると、千春の状態を確認しているレフリーを突き飛ばし、
 慣れた手つきで2週間前と同じ状態にイスをセットした。
「馬鹿姉貴、いや千春!今度こそサヨナラだぜ!!」
 客席から悲鳴も上がる中、大きく上に振りかぶったイスを千秋が振り下ろそうとした時、
「千秋ィィィッ!!」
 千春は仰向けになると同時に両脚を頭の方まで曲げ、
 振り下ろされたイスを下から逆に蹴り上げた。
「ぶっ!?」
 自分の持っていたイスに顔面を直撃された千秋はよろめきながら後退、
 ロープにぶつかった反動でふらふらと戻ってきたところに、
 千春によってイスの底が抜けるほどの一撃を脳天に浴びせられた。
「終わりだッ!!」
 さらに千春は千秋の両足を刈って尻餅をつかせると、
 ロープに走ってから、
 イスが掛かったままの千秋の首と顔面を思い切りローキックで蹴り飛ばす。
 そのまま自分も倒れこむように覆いかぶさると、
 姉妹による因縁の一戦はようやく幕引きとなった。


「お前らなんてアタシの知ったことじゃねーよ。アタシは今まで通りにやるだけだ。
 それでも応援したいんなら好きにしやがれ!」
 そうマイクアピールしている千春の声を背にしながら、
(これでいいんだ……)
 と、千秋は思った。
 千春がベビーフェイスとして歓声を集める中、ヒールの自分と組んでいるままでは、
 両方が足を引っ張り合って中途半端になってしまう。
 若干やり過ぎた部分もあったが、
 一連の千秋の行動はこのように考えた上でのものだった。
 あとは、自分のスタイルを見失いつつあった姉へ喝を入れる意味もいくらかあった。
 千秋なりに、一応姉のことを思ってはいたのである。
 ただし、最後の最後、試合に関してだけは誤算だった。
 千秋の予定では、あのまま千春を完全にKOすることで、
 ベルトは自分がいただく予定だったのだから。
「チッ……すぐに追いついてやるからな」
 目映いライトに照らされたリングをちょっとだけ振り返ると、
 千秋は花道を通って舞台裏に消えた。
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by right-o | 2008-07-01 23:57 | 書き物