「斬馬迅」「雷神蹴」真田美幸VS柳生美冬

※一応、流血の描写が苦手な方は少しご注意ください


 この日一番の大熱狂を引き起こした一瞬の後、客席は水を打ったように静まり返っていた。
 リング上には、ぴくりとも動かずに横たわっている真田美幸と柳生美冬。
 凶器を使って試合をしたわけでもないのに、
 2人の周囲には夥しい量の赤い血がマットを汚している。


「龍子………」
「……………」
 解説席で腕を組んだまま、サンダー龍子は、心配そうな顔をしている石川涼美と
 リング上で倒れている2人を助けに入ろうかと躊躇しているセコンド陣を眼で制した。
 最後の最後で他人に試合を壊されては堪らないだろう――
 という、文字通り死力を尽くして戦ってきた2人に対する龍子なりの心遣いである。


 この試合はWARSの若手で争われたトーナメントの決勝戦だった。
 セミで中森を下した龍子がそのまま解説席に座って見守る中、
 WARSの次期エースを決める戦いは、
 ちょうど良い具合に温まった観客たちの大歓声の中でスタートする。

「うぅおおおおぉぉぉぉぉぉぉ!!!!」
「おおおぉぉぉぉ!!!」
 ゴングと同時にハイキックが交錯すると、それだけで美冬の脛がドス黒く変色した。
 コスチュームに隠れている真田の足の方も恐らく同様だったに違いない。
 にも関わらず、両者とも痛みなど全く表情に出さないまま、まずはとにかく蹴りまくった。
 ロー、ミドル、ハイ、ソバットとそれぞれ何発も交換した後は、張り手、エルボー、頭突き。
 真田はもちろんのこと、普段は冷静な美冬までがこの試合では感情を剥き出しにし、
 体が動くに任せてひたすら相手に打撃を叩き込んでいく。
 この試合の意味、つまりはこの団体のエースになるとはどういうことかを、
 2人はこれ以上なく理解していた。

 戦前の下馬評は美冬優勢の見方が大半だったが、勢いは真田にあった。
 真田、美冬ともにこの日はこれが2試合目であり、真田の方が試合の間隔が狭い。
 これが普通とは逆に、
 真田にとっては前の試合のテンションをそのまま引き継いで臨めるという方向で
 プラスに働いたらしく、序盤から中盤にかけては美冬に打ち勝つ場面も多く見られた。
 しかし、もちろんそのまま押し切られる美冬ではない。
「…シッ!」
 コーナーに詰めたところで串刺し式を狙って突進してきた真田へ
 カウンターの踵落としを一閃。
 さらに、これで額を割って流血した真田を逆にコーナーへ追い込んで座らせると、
 血だるまにした真田の胸板と顔面へ非情なローキックを連発して客席の悲鳴を誘った。
 こういう場合、脚に何も付けていないために一発一発がくぐもった鈍い音を放つ
 美冬の蹴りは、他の選手の陽気な蹴り音とは違った不気味さを見る側に感じさせる。
 ただ、真田もこれだけでは終わらない。
 ドッ、ドッ、と胸板に美冬の蹴りが炸裂している中、
 まずは両手でコーナーから左右に伸びているトップロープを掴むと、
 それを支えにして少しづつ起き上がり始める。
「ハッ!」
 コーナーを背にして完全に立ち上がると同時に
 美冬のハイキックが側頭部に飛んできたものの、
 再び火が点いた真田の闘志を消すにはとても至らなかった。
「おおりゃぁッ!!」
 美冬が蹴り足を戻した瞬間、両手で頭を掴んで固定したところへ、
 思い切り仰け反って勢いをつけた真田の前頭部が激突。
 流石の美冬も視界に星が飛んでいる間に、
 真田は左手で美冬の頭を掴み、
 振りかぶった右の肘を何十発と美冬のこめかみに叩き込んだ。
 これで頭を切った美冬も流血し、
 両者とも豊かな髪を血でべったりと顔に貼り付けたまま蹴り合い殴り合う
 凄惨な絵が以後試合終了直前まで続くことになる。

 ここまで双方ともに、考えがあってのことかどうかはわからないが、
 これだけ壮絶な試合を繰り広げながらも必殺技だけは温存してきた。
 しかしこの、真田に攻め込まれた状況の中で、まず美冬がこれを解禁する。
「このォッ!」
 真田の腕を振り払うと、真田の正面からやや体を横にずらしつつ跳躍。
 側頭部や後頭部を狙わず、
 あえて流血した額目掛けてジャンピングハイキックで蹴り込んだ。
「ぶぁッ!!?」
 鼻っ柱から額にかけて美冬の右足の甲が接触した瞬間、
 汗ではなく、血が霧状になって飛び散る。
 この凄まじい一瞬を捉えた写真は、あるプロレス週刊誌の次の週の表紙を飾った。
「くぉのォォォォォォォ!!」
 まだ真田は倒れない。
 歯を食いしばって意識を繋ぎ留めると、
 雷神蹴の着地から美冬が身を起こしたところを見計らって
 渾身の右ハイキック、斬馬迅で襲い掛かる。
「うごっ」
 この一発で、美冬は頭だけでなく上体ごとぐるりと真田から見て左へ4分の1回転。
 これも流血箇所を直撃したため、美冬を薙いだ真田の脚は血で赤い軌跡を描いていた。
「くっ……そ…!」
「まだ……まだだ……!!」
 もつれる足でなんとか踏みとどまり、真っ赤に染まった視界がぼやけていく中、
 必殺技まで互いに交換しあった2人はまだなんとか立っていた。
 そして、
(もう一度、これに賭けるしかない……!)
 と、2人は最後に同じタイミングで決断する。
 真田が右足を引くのと、美冬が飛び上がるために身体を屈めるのが全くの同時。
 相手に到達するのは雷神蹴が一瞬早く、今度は本来の延髄斬りの形で決まった一撃は、
 真田の意識を完全に吹き飛ばした。
 しかし斬馬迅は止まらない。
 それは空中の美冬の無防備な顔面へ突き刺さり、
 当たりこそ浅かったものの、美冬を頭からマットに着地させるという二次的効果を生み出した。


 以上のような経緯から、2人はマット上に血溜りを作って倒れているのだった。
 ちなみに、この試合の解説席には龍子の他、
 石川と小川がゲストとして呼ばれていたのだが、
 龍子は実況から話を振られても「うん」とか「ああ」しか言わず、
 石川はリング上の2人を心配するあまりほとんど会話が耳に入らなくなっていったため、
 解説役は小川が1人で全てこなした。

「…良い試合だった」
 ダウンカウントが数えられていく中、龍子はしみじみと呟いた。
 団体の代表としても、先輩レスラーとしても、後輩2人の成長は嬉しかったし、
 何より龍子はこういう試合が好きだった。
 いつも通りの表情の中にも満足感が滲み出ている龍子の顔を見て、
 石川と一緒に隣で座っていた小川が質問する。
「ところで、この試合ってこのまま両者KOで引き分けだった場合はどうなるんですか?」
「………あ」
 思わず石川と顔を見合わせた瞬間にもカウントは進んでいる。
(どうしたもんか……)
 まさか今再試合をさせるわけにはいかないし、
 後日再試合ではこの場の収まりがつかない……
 そんなことを考えている内に、試合終了のゴングは鳴ってしまったのだった。
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by right-o | 2008-06-15 22:29 | 書き物