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「ネックスクリュー」「プラズマサンダーボム」サンダー龍子VS中森あずみ

 とあるWARS興行でのお話。
 サンダー龍子率いるこの団体は、元々あまり規模が大きくなかった。
 なので興行を打つ際には毎回フリーの選手を呼ぶことで人数を揃えていたが、
 近頃は団体の経営も安定してきて、龍子としてもそろそろ身内を増やしたいところだった。
 新人は新しく募集をすればいいとして、それとは別に即戦力となる人材がいないものか。
 そんなふうに漠然と考えながら、この日も龍子は自分の団体のリングに上がる。


(む………?)
 いい表情だな、というのがその選手を見た第一印象だった。
 若手のトーナメント戦決勝を後に控えたセミの試合、
 龍子と対角線上に立ったその選手は、
 睨むでもなくただじっと龍子の瞳を真っ直ぐに見つめている。
 両者がコールを終えてリングの真ん中で対峙した時には、
 初対面ながら遺恨試合などとはまた違った、しかし妙な緊張感が漂った。
「よろしくお願いします」
 その選手、中森あずみが口を開いた。
「ああ」
 適当に答えた龍子は、この時、
 向かい合った中森の表情が龍子のそれに似ていることにまでは、まだ気がついていない。


 試合はなかなかの好勝負だった。
 まず龍子が凄まじい音のする逆水平を連発すると、中森も同じ技でやり返す。
(見掛けによらず、気が強いな)
 そうは思いながらも、
 龍子は相手が本来油断のならない技巧派タイプであることは察していた。
「ぐぅっ…!」
 力の違いを見せつけるようにして一発で中森を吹き飛ばすと、
 どこか得体の知れない相手に警戒しながらも、
 引き起こして一気に攻め込むべく中森の頭に手を伸ばそうとした時、
 やはり龍子の予感が当たった。
「なっ!?」
 倒れているところへ不用意に近づいた龍子の右足首を取ると、
 中森はそのまま自分の両足を龍子の足に絡ませて引き倒し、
 一瞬でアキレス腱固めを完成させる。
(やっぱり油断はできないな……!)
 必死でロープに手を伸ばす龍子の頭から、
 無意識に相手を値踏みしていた余計な思考が徐々に抜け落ちていった。

 スタイルは真逆ながら、
 静と動が一進一退を繰り返す様は不思議と噛み合っているように見えた。
 そして、2人がお互いの実力を身を以って知っていくに従って、
 試合は一気に熱量をを増していく。
「おおおォッ!!」
「……はぁッ!」
 まず龍子が垂直落下式ブレーンバスターで口火を切ると、
 起き上がりざまにラリアットで追い討ちをかけてきたところを
 素早くスリーパーに捕らえた中森が、
 そのままの体勢から龍子を後方に反り投げてやり返す。
 頭からマットに激突した両者は、ほんの暫くの間だけ大の字になって休んだ。
 その後、中森がロープにもたれて立ち上がろうとしているのを認めた龍子は、
 無理矢理に体を起こすと、中森を場外に叩き落とすために
 再び右腕を振りかぶって突進した。
「甘いっ」
 中森はロープを掴んだまま身を沈ませてそれをかわすと、
 上体にのしかかかってきた龍子の体をショルダースルーで跳ね上げる。
「おっ…と!」
 危うく自分が場外に落とされかかった龍子はロープを掴んでなんとかエプロンに着地すると、
 中森がちょうど体を起こしたところへエルボーを一発。
「…怪我はしてくれるなよ」
 さらに、そう小声で呟きつつ、ロープ越しに中森をブレーンバスターの体勢に捕らえた。
「っ!?」
 中森は、驚く間もなく一気に浮き上がった体を必死に動かしてこれに抵抗した。
 これをくらえば当然無事では済まない上、
 龍子は明らかに冗談ではなく本気で投げようとしている。
 とはいえ、実のところある程度中森の予想通りの展開でもあった。
「チッ!」
 マットと垂直に持ち上げられる寸前でなんとか龍子を諦めさせた中森は、
 そのままリング内のマットではなくサードロープの上に着地した。
 さらにそこからDDTの要領で体重を後ろにかける。
「おっ……!?」
 急に引っ張られた龍子の体はリング内に向かって引きずり出される形になり、
 エプロンを離れた足はかろうじてトップロープの上に、
 首は依然中森の小脇に抱えられたままである。
「…あなたなら、怪我はしませんよね」
 頭の上からそう聞こえたような気がした次の瞬間、
 龍子は天井の照明を見ていた。
 眩しい、と思う間もなく首と頭に激痛が走る。
 と同時に視界が遮られ、耳元で聞きなれたカウントの声とマットを叩く音が2回。
(ヤバイ…!!)
 肩はがっちりと押さえ込まれて咄嗟には上げられない、
 そう思うと同時に龍子は必死に爪先を伸ばしていた。
 これもいわゆる、"プロレスラーの本能"の変形かもしれない。
「クッ!」
 龍子の首にドラゴンスクリューをかけた中森は、
 絶好の勝機をロープブレイクという初歩的なミスで逃したことを心から後悔した。
 しかしすぐ様冷静さを取り戻すと、
 龍子の上体だけを起き上がらせて背後から首に腕を回す。
 全身の力を両腕に込めたスリーパーホールドで、
 このまま一気に締め落としにかかったのだった。
「ぐ……ぅ…!?」
 視界がみるみる霞んでいく中で、龍子は歯を食いしばってなんとか意識を繋ぎとめると、
 両足を必死に踏ん張って少しづつ少しづつ立ち上がった。
 両手は首にかかった中森の腕を掴んでいたが、指を入れるような隙は到底存在していない。
「!?」
 それでもどうにか立ち上がることで幾分楽になった龍子は、
 両手を離すと背後に立つ中森の頭を両側から挟みこむようにして掴んだ。
「うおおおおおおおッ!!」
 そのまま思い切り体を前方に曲げ、中森を振りほどくと同時に投げ捨てる。
 今度は中森の方が何が起こったのか信じられなかった。
 続けて龍子は十分な呼吸もしないままで中森を引き起こし、
 腹部に一蹴り入れて前傾させると、一息でパワーボムの形に持ち上げきった。
(加減無しだッ…!)
 そして中森の腰の辺りを押さえていた両手を両足の付け根に持ち替え、
 一瞬タメを作った後に全身全霊を込めてマットに叩きつける。
 足を持ったことで中森の体には角度と遠心力が付き、
 背中ではなく、大きく振り回された後頭部が直に叩きつけられる形になった。
 「く」の字の下の部分に短く右向きの直線を追加したようにして折れ曲がった中森の体に、
 龍子はさらに両手で両肩をがっちり押さえ、
 上から圧し掛かかって体重をかける。
 この万全のフォールを返すことができたレスラーは、いまだかつて一人もいない。


「さて、まいったな……」
 セコンドに介抱されてようやく起き上がろうとしている中森の様子を見ながら、
 コーナーにもたれかかって息を入れていた龍子は悩んでいた。
 試合が終わって、レスラーではなく団体経営者としての龍子が
 段々と頭の中によみがえってきていたのである。
 戦うことで、間違いなくお互いに実力を認めあえたことは確信している。
 しかし、実力を認めたからこそ伝えなければならない用件までは、
 試合をしながら伝えることはできない。
 後で石川や小川に頼めば多分うまくやってくれるだろうとは思ったが、
 できれば他人の口からではなく自分で直接伝えたかった。
(うまく言えるだろうか…)
 口下手であることを自覚している龍子は、
 それでも意を決してマイクを要求した。
by right-o | 2008-06-03 23:49 | 書き物