「アラバマスラム」「スタイルズクラッシュ」相羽和希VS杉浦美月

 美月のシングル王座獲得からさらに半年後。
 この間美月は月に一度のペースで防衛戦を行い、
 挑んできた団体内のトップレスラー達を全て返り討ちにしていた。
 もはや誰も美月の実力を疑う者はいなくなり、
 どころか防衛を重ねるにつれてその戦い方はより洗練されていくようでもある。

 対してベルトを奪われた相羽の方も、ただ立ち止まってはいなかった。
 美月戦の敗北からあっさり立ち直ると、
 再度の王座返り咲きを目指してひたすら努力を続けたのだった。

 そして今、半年前とは逆の立場で、
 先に入場を終えた相羽は青コーナーでチャンピオンを待っていた。



 入場曲に似つかわしくない、ひどく単調なリズムの曲がかかり、同時に場内が暗転する。
 コスチュームの上から真っ白なフード付きの薄い生地を羽織った美月が
 入場ゲートに姿を現すと、言いようの無い独特の緊張感が会場を支配した。
(今日は、勝つ!)
 リングと同じ高さになっている花道を堂々と進んでくる美月を真っ直ぐに見据えながら、
 相羽は自分の頬を叩いて気合を入れ直しにかかった。
 番狂わせと言われた前回の時点から既に美月を高く評価していた相羽にとって、
 周囲がこの試合に想像している因縁やらリベンジやらというのものは、全く頭に無い。
 「この前は自分の方が弱かったが、今日は違う」という、ただそれだけの話である。
 この前向きさこそ、相羽最大の長所といえるのかもしれない。

 いつの間にかリング中央まで進み出て美月を睨んでいた相羽は、
 美月がロープの手前まで来たところで踵を返して青コーナーへ控えようとした
 フードに隠れて表情の見えない美月が動いたのは、
 そんな相羽が自分に背中を向けるのと同時だった。
 肩にかけていたベルトを花道から脇へ放り投げ、
 飛び上がってトップロープに右足をかけると同時に上着を脱ぎ捨てて跳躍、
 空中で大きく引いた右前腕を無防備な相羽の後頭部に叩きつけた。
「いっ!?」
 完全に意表を突かれた相羽をリング外に叩き出すと、
 表情を動かさずに黙ってゆっくり両手を広げ、
 どうしたと言わんばかりに相羽を見下す。
 当然、大勢は相羽支持に決している客席全体から
 凄まじいブーイングがそそがれることになった。
「フン」
 そんな、自分が作り出した会場の雰囲気の中で、
 ただ一人相羽だけが自分を普段どおりに真っ直ぐ見ていることが、
 すっかり嫌われ者になってしまったはずの美月にとっては少し不満だった。


 相羽は会場の雰囲気にこそ呑まれなかったものの、
 その後試合の方は終始美月のペースで進んだ。
 体格的な問題で力技こそ限界があったが、
 その他は万遍なくこなす器用さと自信を身に付けたことに加え、
 時より反則まで織り交ぜてくる美月に対して相羽はなかなか反撃の糸口が掴めない。
 流れを変えようとして強引に試みたスターライトジャーマンも、
 前回と同じように躊躇なく足を踏まれて防がれてしまった。
「このっ!このっ!このっ!!」
 それでもなんとかエルボーを連発で美月の頭に叩き込むことで、
 リング中央で棒立ちにさせると、ここから一気に攻め込むために相羽はロープへ走る。
 勢いをつけたラリアットで遂に美月を引き倒した――と思いきや、全く手応えはなかった。
「あれ…!?」
「…ヤッ!」
 脇をすり抜けられた相羽が振り返った時にはもう遅い。
 相羽の視界一杯に、白地に赤い紐を通した美月のリングシューズの結び目が大きく見えた。
 前回の対戦以来、
 美月はすっかりこの唐突に繰り出すオーバーヘッドキックを自分のものにしている。
「うわっ!?」
 またも同じ技で崩された相羽に対して、今度は美月が仕掛けにかかる。
 相羽の頭を腿に挟みこんでパイルドライバーの体勢をつくると、
 そのまま前方に回転するために一度膝を沈ませた。
「くっ!」
 前方回転式のパイルドライバー。
 いまだ技名をつけられていないこの技は、
 相羽を下した後も不動のフィニッシュホールドとして
 今まで全ての挑戦者をマットに沈めてきた。
 流石に2度も同じパターンで負けるわけにいかない相羽は、
 必死になって重心を前にかけ、体が浮き上がらされることに抵抗する。
 しかし、これが裏目に出た。
(そうくると思った…!)
 美月は、この技の対策に対する対策を既に十分練ってあった。
 なんのことはない、
 上体を持っていかれないようにすることのみを考えている相手の裏をかき、
 通常のパイルドライバーのように持ち上げればいい…
 美月はそう考え、実際にそうした。
「しまった!?」
「まだまだ甘い…!」
 と、逆さまになってジタバタと抵抗している相羽をよそに、
 美月はそのまま落とさず、片足づつ足を相羽の腕の前に出して掛け、封じる。
 非力な美月にとっても実は必死な作業ではある。
「ぶっ!!」
 両足を逆さまの相羽の両腕に掛けた状態から、美月が前に勢いよく倒れ込むことで、
 相羽は防御しようのない顔面からマットに叩きつけられた。
 さらにそのまま美月がごろりと横に半回転することで、
 自然とローリングクラッチホールドのように見事なフォールの体勢が出来上がる。
「まだだよっ!!」
 力一杯右肩を上げた相羽の勢いを利用して美月はさらに左へ半回転。
 そうすることで、なんと元のパイルドライバーを掛ける前の形に戻ってしまった。
「これで終わり…ッ!」
 両太股で相羽の頭をしっかり締め付けると、そのまま美月は前へ飛んだ。
 こうすることで、相羽はあたかも後方宙返りに失敗した人間が頭から墜落するようにして
 マットへ突き刺さる――はずだったが、
「うっ!?」
 飛び上がった直後、不意に両足首を掴まれて美月の体が固くなった。
 ここで構わず勢いのまま技を仕掛けていれば、結果は違ったかもしれない。
「嫌…だッ!」
 美月の両足を掴んだ相羽は、
 ちょうど上体が起き上がりきる寸前のところでなんとか耐えていた。
 ほんの一瞬だけ全身を強張らせて美月の勢いと戦っていたが、
 それが過ぎてしまえば軽量の美月が背中に張り付いているぐらい、
 相羽は重いとも感じない。
「うわああああッッッッ!!!」
 相羽は、背中に背負った美月の両足首を掴んだまま、容赦なく前方へ思い切り叩きつけた。
 見た目はこれ以上無いぐらい単純な技だったが、
 それだけに力が入れやすく、衝撃はどんな技よりも大きい。
「う、くっ……」
 マットが波打ったかと思われるほどの勢いで頭と背中を打ちつけられた美月は、
 これでもうほとんど意識が飛んでしまっていた。
「これで決めるよ!!」
 しかし相羽はそう宣言すると美月を無理矢理引き起こし、
 背後から腰を両腕で固定すると、
 一気にスターライトジャーマンで大きな孤を描く。
 最後はこの技で決める。 
 これが相羽流の、対戦相手への最高の敬意の表し方だった。


(ベルトに対する意欲の差、というところなのかな)
 初めてベルトを獲った時と同じようにリング上でインタビューを受ける相羽に背を向けて、
 氷嚢で後頭部を冷やしつつ花道をとぼとぼと帰っていた美月は、
 敗因をそう分析した。
『美月ー!よかったぞー!!』
『また取り返してくれー!!』
 途中、花道の両側から少なくない声援が上がる。
(そう、欲しくなったらその内また取り返せばいい)
 実際のところ、もはや今の美月はベルトを必要としておらず、
 これについてほとんど執着がなかった。
 もう誰も実力を疑う者がいなくなったということもあったけれど、
 どんなに嫌われても、相羽に勝てなくても、
 いつも自分を見ていて励ましてくれる声が聞こえるようになってしまったことが、
 一番大きかった。
「…応援、ありがとうございました」
 声のした方へ顔を向けると、美月はちょっと照れながらそう呟いた。
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by right-o | 2008-05-26 23:16 | 書き物