「カナディアンデストロイヤー」 相羽和希VS杉浦美月

※すぐ下のSSからの続き物です


 ゴングが鳴り、試合が始まると、暫くは美月のペースで進んだ。
 相羽は美月を挑戦者に指名しただけのことはあり、
 周囲の評価よりは美月を重く見て、普段より幾分慎重になっていた。
 同期の誼というだけで数多い同僚から美月を選んだわけではないのである。
 序盤はとにかく美月のねちっこいともいえるグラウンド技が続き、
 相羽はそれに必死でついていった。
 5分が過ぎた頃には、
 この種の攻防の趣を解さない野暮な観客からブーイングが飛び始めたが、
 もはや観客に媚びることを諦めている美月は気にも留めない。
 が、相羽は違った。
 客席の雰囲気を察した相羽は、グラウンドでサイドヘッドロックをかけられてる状態から
 力任せに無理矢理立ち上がると、
 まだ頭を放そうとしない美月の腰に腕を回しバックドロップに切って落とした。
 この辺りの機微がわかるというのが、
 相羽が美月よりもずっと観客受けがいい理由の一つでもある。
「いくぞー!!」
 一発で声援と主導権を呼び寄せた相羽とは対照的に、
 以後美月の動きは明らかに悪くなった。
(くっ………)
 心の中で歯噛みしながらも、美月は相羽の猛攻に割り込むことがどうしてもできない。
 彼女は試合前の周到なシミュレーション通りに試合が運んでいる場合には
 誰に対しても優位に立つことができたが、
 一旦それが崩れてしまうと
 以後はズルズルと相手のペースに巻き込まれてしまうような脆さがあった。
 長く続いているスランプの主な原因はこれである。

「うぐっ!」
 ちょうど試合時間が15分を経過した時、
 美月は相羽のフィッシャーマンバスターで頭からマットに叩きつけられて
 声にならない悲鳴を発した。
 なんとかフォールは跳ね返したものの、相羽の猛攻を受け続けた体はもう限界に近い。
 しかし、何度と無く頭から落とされたにも関わらず、
 思考だけは体力と無関係にはっきりしている。
(情けない……)
 観客に向けてフィニッシュをアピールする相羽の足元で、美月の頭はまわり続ける。
(肉体的な素質では何一つ相羽に勝っているとは言えない。
 観客にアピールする能力も私には無い…)
 仰向けになっている美月を、相羽がゆっくりと引き起こしにかかる。
(天性備わっているものでレスラーとして秀でている部分は、私には何も無い)
 背面を取った相羽の腕が、美月の腰をがっちりとホールドした。
(だからといって…こんなのは……)
「不公平だ!!」
 と美月は口に出して叫んだような気がしたが、実際はほとんど言葉にならない叫びだった。
 言った瞬間、美月は必殺のスターライトジャーマンを今まさに炸裂させようと
 背を反りかけていた相羽の右足を思いきり踏みつけた。
「いっ!!?」
 全く予期していなかった反撃を受けた相羽が、
 思わずクラッチを解き、やや身を屈めたところへ―――
「このォッ!!」
 美月本人も後にビデオで確認するまでここで自分が何をしているのかわからなかったが、
 一声発すると同時になんと後方へ宙返りし、
 その途中で右脚を使って屈んだ相羽の側頭部を蹴り飛ばしたのだった。
「うっ……!」
 流石に着地を決めることはできなかったが、
 体力と気力を振り絞ってなんとか立ち上がった美月の前には、
 相羽が膝をついて頭を抱えている。
(勝てる…!?)
 という予感を、美月は試合が始まって以来初めて感じた。
 それと同時に、
 今まで自分を散々苦しめてきた眼前の存在をもっと苦しめてやりたいという欲がうまれた。
 相羽の頭を掴んで自分の太股で挟み込み、上から胴体に腕を回して持ち上げようと試みる。
 パイルドライバーなどという滅多にやらない技を
 仕掛けようと思い立ったのは咄嗟のことだったが、
 この時点で、美月は既に試合のペースを握った際のような冷静さも取り戻しつつあった。
「させない…っ!」
 体を持ち上げられまいと必死で抵抗する相羽の背中を見下ろしながら、
 美月の、執念と冷ややかな落ち着きが同居した頭脳はある閃きを発した。
 そして、この体勢を強いられたレスラーが行う反作用が相羽に起るのを暫く待った。
「はっ!」
 両脚で相羽の頭部を、両腕で相羽の胴を固定した状態のまま、
 パイルドライバーの体勢から美月を上に跳ね除けようとする
 相羽の力を利用して前方に回転。
 勢いつられて後方に回転することになった相羽は、宙返りに失敗したかのようにして、
 2人分の体重を乗せて後頭部からマットに突き刺さった。
 最後の形こそほぼ同じながら、それまでの過程が全く異なる奇形のパイルドライバー。
 当然、初めて受身を取る相羽のことなど微塵も気にかけてはいない一撃。
 なんとも言えない無残な落とされ方をした相羽を見て、観客は一様に声を飲んだ。
「…カウント」
 ただ一人冷静な美月の声を聞くまで、
 レフェリーさえ目を見張ったまま突っ立っていたのだった。
 相羽の両足を抱え込む形で、美月は不必要なほどがっちりと相羽を固めている。
 すぐさまカウント3が数えられると、
 同時に客席からは驚きの声と落胆の溜息が入り混じったものが上がった。
 しかし、それらもやはり美月には聞こえていない。
 美月はベルトを受け取ると、全く動かない相羽を一瞥してすぐに花道へ去った。
(これが、本来当然の結果)
 とでも言いたげな横顔には、ほんの数分前には全く見られなかった自信が溢れていた。
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by right-o | 2008-05-22 08:18 | 書き物