一人のヒールができるまで  杉浦美月の場合

 対角線上でコールを受ける相羽を見ながら、美月はふと考えた。
 アイツが憎く思えるようになったのは、一体いつからだったろうか、と。

 2人は同期だった。
 同じ日に入団し、同じように練習し、同じように期待された。
 時には互いにたった一人の同期生として向かい合い、時には横に並んだ。
 2人は同じように強くなった。
 しかし、一つだけ同じではなかった点があった。
 それは、今この時のように敵として向かい合っている場合よりも、
 むしろパートナーとして横に並んでいる場合の方が、美月にはむしろより強く感じられる。
 2人で初めて先輩を超えた時も、初めてベルトを巻いた時も、
 常に観客は相羽の名前を叫んでいたのだ。
 少なくとも美月には、自分の名前は聞こえてこなかった。

 美月は最初、そのように感じる自分を恥ずかしく思った。
「考えてもみるがいい」
 そして自分にこう言い聞かせようと努めた。
「彼女は自分にないものを沢山持っている。
 体格も、容姿もそうだが、何よりあの明るい性格はどうだ。
 自分は人前でああも魅力的に振舞えはしない。
 他人が自分よりも彼女に注目するのは仕方のないことなんだ…」
 このように考え始めてから、美月は相羽と同じようであることを止めた。
 次第に相羽より早く練習を始め、相羽より遅く練習を終えるようになっていった。
 人気で敵わなくても、実力で自分が上であればいい。
 周囲に対してはおくびにも出さなかったが、
 彼女にも備わっている人並みかそれ以上の自尊心は、こう考えなければ休まらなかった。

 が、勝てなくなった。
 心中で相羽と決別した時から、美月は急にスランプに陥ってしまった。
 試合で負けるたびに、常に美月は自分の反省点を考えてそれを補うための
 長く苦しい練習を自分に課したが、しかしいつまで経っても結果が伴わなくなった。
 それが半年程前のこと。
 それから現在まで、
 美月は日々自分の中に鬱積する思いを振り払うように練習に打ち込んできた。
 しかしちょうど一月前、
 ついに感情が処理できる許容量を超えてしまう契機となる出来事が起ったのだった。
 相羽が美月にさきがけて団体最高峰のベルトを奪取したのだ。
「最初の挑戦者には、同期の杉浦美月を指名します!」
 大仕事を成し遂げてリング上でそう宣言した相羽に対して、
 会場にいた観客達の反応は鈍かった。
 加えて業界のマスコミから団体のフロント、果ては同僚からも聞かれる、
 美月の挑戦者としての資格を訝る声。
 どれ一つとして彼女を傷つけないものはなかったが、
 何より美月が許せなかったのは、相羽が団体の頂点に立ったという事実そのものである。
 つまり、
 人気に続いて実力でも相羽は自分の届かない遥か高みに行ってしまったという現実を、
 美月は到底受け容れることができなかった。

 幸い、それを否定する機会は向こうからやってきてくれた。
 相羽のタイトル奪取から一月経った今、美月が否定すべき黄金色の“現実”は、
 ちょうどコールを終えた相羽の腰から外されようとしているところである。
(認めるものか。私が相羽に力で劣るなんて………!)
 満場の相羽コールの中、
 タイトルマッチといえど普段と全く異なるところは無いように見える美月の表情に、
 以上のような暗い情熱が込められていることは、誰一人として知らない。
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by right-o | 2008-05-22 08:17 | 書き物