「スライディングD」「みちのくドライバーⅡ」真田美幸VS村上千秋

 とあるインディー団体の後楽園ホール大会。
 この団体にとっては、月に一度の後楽園は大きなイベントである。
 そのメイン戦において、この団体を引っ張る大エース、
 真田美幸が団体の至宝を賭けた闘いに臨もうとしていた。
 重いドラムの音から始まるテーマ曲に乗って北西の階段から真田が姿を現すと、
 すぐさま会場は「サナダ」コール一色に包まれる。
 肩に丸い黄金色のベルトを乗せて、唇を真一文字に結んだ真田は、
 赤コーナーの下まで来ると真っ直ぐにリング上を見据えた。
「おらっ、さっさと上がって来いよ!ビビってんのか!?」
 ロープから身を乗り出して挑発しているのは、
 挑戦者――ではなくこの試合とは無関係な村上千春。
 本当の挑戦者である村上千秋の方は、青コーナーにもたれかかってニヤニヤしている。
「関係ないだろ!下がれッ!!」
 と真田や観客が叫ぶのも無視して暫く暴れていた千春は、
 レフェリーやセコンドに分けられてようやくリングを降りた。
 が、控え室に帰ろうとはせず、妹がいるコーナーの下に張り付いたまま動かない。
 誰の目にもこの姉妹の魂胆は明らかだった。


 真田がベルトを返還し、両者がコールを終えてゴングが鳴らされると、
 それから暫くの間は意外にもクリーンファイトが展開された。
 真田の強烈な打撃に対して、
 千秋の方も投げ技と技術で対抗して容易にペースを握らせない。
 しかし、どれだけ投げられてもすぐに立ち上がるタフネスに加えて、
 満場の声援に後押しされた真田は次第に勢いを増していく。
「おりゃあッ!!」
「うっぐっ…!?」
 走り込んできた千秋に対して、
 真田は強烈なミドルキックを胸板に叩き込んで動きを止めると、
 さらに追撃すべくロープへ飛ぶ。
 とその時、ここで遂に千春が動いた。
 真田の狙いを察知するや、素早くエプロンに足をかけて手を伸ばし、
 トップロープを両手で掴んで体重をかけたのである。
「うわっ!?」
 体を預けるはずのトップロープを千春によって下げられた真田は、
 背中でロープを乗り越えて後向きにリング下に転落した。
 幸い怪我は無く、すぐに体を起したところへ――
「おらぁッ!」
 エプロンを短く走って助走をつけた千春が、リング下で立ち上がった真田の胸を
 ちょうどサッカーボールでも蹴るようにして蹴りつける。
 流石の真田もうずくまったと見るや、すかさず千春はエプロン上から、
「どけっ!!」
 と手を振りながら自分の正面、南側リングサイドに座っている観客を散らせる。
 ちなみに、この団体は興行の際に観客席とリングの間に鉄柵を設けていない。
 凄まじいブーイングと「帰れ」コールの中、
 エプロンを下りた千春は真田の腕を掴むと、
 避難が済んで誰も座っていない観客席のイス群れに向かって思い切り真田を振った。
 ガシャガシャと音を立ててイスを倒しながら吹き飛んだ真田は、
 客席間を隔てる鉄の防護壁に激突してようやく停止。
『やめろ!!』
 制止しようとするレフェリーに対して、
 リング上の千秋が宥めたりすかしたり脅したりしている間に、
 千春の方はさらに真田を痛めつけにかかる。
 立ち上がりかけた真田を手近なイスに座らせると、
 後に数歩助走を取ってから走り込んでのミドルキック。
 さらにイスごと後に倒れた真田の背中を、手近のイスを掴んで何度も殴打する。
「おーい、もうそろそろいいぞ」
 そう千秋から声がかかってから、ようやく千春は真田をリング内に転がし入れた。
 相変わらずの滝のようなブーイングに対しても、
 千秋と千春は耳を塞いで意に介さずにふてぶてしい態度を終始続けている。
「ハイ、終わりー!」
 千秋は真田を無理矢理引き起こすと、股に手を入れてボディスラムの要領で持ち上げる。
 そして自分は開脚してマットに尻餅をつきながら、
 持ち上げた真田を頭からほぼ垂直に、前方のマットに突き刺すようして叩きつけた。
 リング中央で必殺技を決めた千秋は、ぐったりしている真田の体に足の方を向いて跨ると、
 真田の両脚を抱える形で全体重を乗せて真田を押さえ込みにかかる。
「ワーン、ツー…」
「………うおおおりゃぁァァァッ!!」
 勝利を確信した姉妹は、
 リングの内外で指を立てながらレフェリーと一緒にカウントを数えていたが、
 ギリギリのところで真田は上に乗っている千秋を跳ね飛ばして敗北を拒否した。
「ゲッ!?なんだコイツ…」
「千秋っ!」
 うろたえる妹に向かって、リング外から姉がイスを滑り込ませた。
 と同時に自分はエプロンに立ってレフェリーの注意を引く。
 反則ながら息のあった見事なフォローではある。
「このヤロウ、しつっこいんだよ!!」
 フラフラしつつ立ち上がった真田に向かって、千秋は渾身の力でイスを振り下ろした。
 イスの底が抜けそうなほど強烈な一撃が脳天を襲ったが、それでも真田は倒れない。
「うおおおおおおおおおおおおおお!!!」
 両足を踏ん張って雄叫びを上げる真田にむかい、
 今度は顔面を横殴りにする形で千秋がイスを振るうも、、
 ちょうどイスが千秋の顔の前を通る瞬間、真田の右脚がイスごと千秋の頭を捉えた。
 バチーンという音を立ててイスがリング下に飛んでいくと同時に、
 千秋の意識の方もほとんど飛びかかっている。
 返す刀で、振り向いた真田は間に立っていたレフェリーを押しのけて
 千春にもロープ越しの斬馬迅をくらわせると、
 もはや立っているのがやっとの状態だった千秋の両足を払い、
 ぺたんと尻餅をつかせた。
「おおおおおおおおおぉぉぉぉぉぉぉぉ!!!」
 上に掲げた右肘を左手で掴んで独特のアピールをつくると、
 全速力で千秋の前方、東側のロープへ飛ぶ。
 ロープから帰ってくると、上体だけを起こしている千秋に向かって、
 自分の上体をやや前に投げ出すようにして前方に滑り込みつつ、
 全体重を突き出した肘に預けて千秋の顎を直撃した。
 千秋の上体が後に倒れると同時に、
 そのまま上に乗る形になった真田は足を取ってがっちりと片エビに固める。
『ワン!ツー!スリー!』
 最後は会場全体で3カウントを数えると、
 真田喜びの絶叫さえも消え入りそうなほどの歓声と拍手がリングを包んだ。
「このベルトと団体は、私が絶対に守り抜いてみせます!!応援ありがとうございました!!」
 そう締めて頭を下げた真田に、会場は最後にもう一度湧き上がった。
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by right-o | 2008-05-01 21:20 | 書き物