「ラッキーキャプチャー」ジューシーペアVSゴールデンペア  前編

 とある大型体育館の舞台裏。
 花道と暗幕一枚隔てた場所で、ジューシーペアの二人は間近に迫った出番を待っていた。
 長い赤毛を左右に揺らしながら、
 ステップを踏んだり屈伸したりとせわしなく動いているマッキー上戸とは対照的に、
 ラッキー内田はじっと目を閉じて立ったまま、微動だにしない。
「へへっ、いよいよだな!」
 この日は彼女達にとって記念すべき日だった。
 長年フリーランスとして各地の団体を渡り歩いてきた二人に、
 ついに業界最大手の超メジャー団体から声がかかり、
 これからその団体での初試合が始まるのである。
「これでよ~やくアタシの実力を全国に知らしめることができるんだもんな!くぅ~待ちきれないぜ!!」
「…アタシ“達”よ」
 もうほとんど待つ時間は無いのだが、今の内田にとってはこの能天気さがむしろ頼もしい。
 そうこうしている内に暗幕の向こうから唐突にパイプオルガンの音色が響き、
 二人は揃って一息呑んだ。
 これまで何百回となく繰り返してきた所作である。
「よっしゃ!行くぜっ!!」
「待った」
 幕を押し上げて出て行こうとする上戸の手首を内田が掴む。
「なんだよ!?もうさっさと出て行っちまおうぜ!」
「いつも通りのタイミングと順番よ。音が変わったら、私が先に出るから」
(たかがTV放送が入ってるぐらいで、焦って安く見られてたまるもんですか……!)
 少し込み入ってはいるものの、考えていることは内田も上戸と変わらない。


 オルガンの落ち着いた旋律から突如鋭いギター音に変わったところで、
 内田、上戸の順でジューシーペアが会場に姿を現した。
 二人は、団体の練習生達がファンの間に身を挺して作ってくれている
 細い通路を縫ってリングに上がる。
(…まあまあ、かしらね)
 というのが、ロープをくぐるなり早速コーナーに上ってアピールしている上戸を
 横目で眺めつつの感想。
 この団体には初登場ながら、
 やはり一般客はともかくプロレスファンには2人の認知度は高い。
 歓声もそこそこもらえている。
 しかし、それも二人の入場曲が鳴り終わるまで。
 場内に対戦相手、ゴールデンペアの曲がかかると同時に会場は一気に盛り上がりを増した。
「チッ、流石に人気者だよな」
「それだけオイシイ相手よ」
 ボンバー来島の後、マイティ祐希子がトップロープを一息に飛び越えたところで
 会場は最高潮に達し、それからは赤と青の角に分かれて睨み合う両軍をじっと見守るように、
 さっと静かになっていく。
(自分達と似たタイプか)
 と、対角線上で視線を交わしながら、四人は相手のチームをそれぞれ分析していた。
 大別してパワーとテクニックという別の型に属する二人が組んだチーム
 という意味では確かに同じ。
 そして、こういう場合は自分と同じ型の相手の方により負けたくないという思いが強くなる。
「先、行かせてもらうぜ」
「どーぞ」
 どうせ止めても聞きやしないんだし、
 と内心で独り言を言いつつ内田はコーナーに控えて上戸を見送った。
 赤コーナーにいる相手の方もやはりというか来島が出てくると、
 両者はゴング前からリング中央で額をつき合わせて視殺戦をやり始める。
「…何が楽しいんだか」
 内田が、コーナーポストに頬杖を付きながら一人ごちたところでゴングが鳴らされた。
 と同時に、リング内の二人はどちらからともなくそれぞれ逆方向のロープに走る。
「おらぁっ!!」
「うおりゃあっ!!」
 両者吼えながらリング中央でぶつかりあうことそれから数回。
 どちらも引かずに再び頭をくっつけての睨み合いに戻ってしまった。
(あの二人、放っておいたら一晩中続けかねないわね)
 赤コーナーで祐希子が客を煽って来島を応援しているのとは対照的に、
 青コーナーの内田だけが一人冷めている。
 そうしている内に、力自慢同士の意地の張り合いは次の段階に移ったらしかった。
 来島が黙って西側のロープを指で指すと、
 そのロープから跳ね返った上戸がその場に留まった来島に思い切りぶちかます。
「そんなもんかよ!?」
「ああ!?」
 あくまで効いていないフリをする来島に向かって、今度は上戸が逆方向のロープを指した。
「あー…もう、付き合ってられない」
 それを見た内田も、こっそりとエプロンを降りる。
「うおっ!?」
 ロープに飛んだところで内田に足を掬われた来島が顔からマットに転倒すると、
「おい、余計なことすんな!」
 と言いつつ上戸もちゃっかり来島の後頭部にギロチンドロップを落としていく。
 文句を言いながらもキチンと連携できているあたり、
 タッグとしての長い経験が滲み出ているのかもしれない。
 軽いブーイングの中で素早くコーナーに戻って上戸とタッチすると、
 内田は起き様の来島をヘッドロックに捕えた。
「よっ」
 そのまま来島の大きな体を腰で跳ね上げてリング中央向きに落とし、
 グラウンドのサイドヘッドロックへ。
 が、脇腹に来島のエルボーが入るとあっさり緩め、
 力任せにロープに押しやられて帰ってくると、ショルダースルーで高々と放り投げられた。
 バタン、とマットに落ちると背中を浮かせ、いかにも痛そうな様子をつくっておきながら、
「よいしょ、っと」
 来島と交代した祐希子がリングに入ってくると、即座にヘッドスプリングで跳ね起き、構える。
「さて、仕切り直しね」
「………」
 勢いを挫かれた祐希子も同じように構え、先程とはまた違った緊張感がその場を覆った。
 隙あらばすぐに組み付くという姿勢を見せながら、双方がじりじりと間合いを詰めていく。
 それぞれの指先がついに触れ合おうとした時、唐突に内田の足が動いた。
 不意のトーキックで祐希子を怯ませると、背中から祐希子の懐に素早く飛び込み、
 首投げの態勢に捕える。
(真正直なこと…)
 内田は長年の経験から、常に相手の機先を制して試合をコントロールする術を心得ている… とはいえ、ここは多少相手の力を見誤ったかもしれない。
 前に投げ落とそうと内田が力を込めた瞬間、投げられる方が自分からマットを蹴っていた。
「ヘ?」
 驚異的な柔軟性とバランス感覚、そして咄嗟の判断がなせる技か、
 祐希子は前転しつつ背中を一杯に反らせることで内田の前に足から着地すると、
 呆気に取られている内田の鳩尾に振り向き様の後ろ蹴り。
 そしてくの字に曲がった内田の体が元に戻るのを見計らって、
 その場から体全体で飛び上がってのドロップキックを喰らわせ、
「よっし、飛ぶよー!!」
 と、大きくバランスを崩してリング下に転がり落ちようとする内田を見て、
 祐希子は反対側のロープに走った。
 しかし、祐希子が背中を見せてから一瞬遅れて内田はサードロープを掴んでいる。
 リング外に落ちかけていた体を片手で止めると、
 まるで直前の巻き戻し映像を見るような動きでリングに体を戻し、
「…ヤッ!」
 転落したはずの内田に飛び掛ろうと戻ってきた祐希子に、
 絶妙のタイミングでカウンターのフライングニールキックが決まった。
 正確に額を射抜かれて昏倒した祐希子を引き摺るようにして自陣に戻ると、
 もう出番を待ちかねていた上戸にタッチ。
「おっしゃあ!!」
 獲物を近場のロープに押し込んで逆水平を叩き込んでいる相方を見ながら、
 内田は内心で相手の実力に舌を巻いた。
 祐希子の機転に対して内田も持ち技を使って反撃はしたものの、
 さっきのは一種の奥の手であって、
 間違っても序盤から考え無しに使う技ではない。
 流石は…と思わざるを得なかった。
 相手は押しも押されもしないこの団体の看板選手二人である。
(やっぱり、一筋縄ってわけにはいかないわね)
 そんなことを考えている間にも、攻め込まれていたはずの祐希子は
 ロープに振られて帰ってきたところで上戸の足の間をくぐると、
 振り向いた上戸の顎を打点の高いローリングソバットで蹴り飛ばしていたりする。
「うおっ…!?」
 ふらつく敵を尻目に、
 祐希子はくるりと前転して赤コーナーから伸びている来島の手に飛びついた。
「おし!…うおおぉぉぉりゃッ!!」
 コーナーを飛び出した来島はそのままの勢いで上戸に衝突し、ついに倒すことに成功すると、
 まだ頭が揺れている相手をすぐさま引き起こしてブレーンバスターへ。
 相手の腰と首に手をかけると、両脚を踏ん張り、体を反る。
 いわゆる投げの“呼吸”とか“タイミング”を一切無視した力技で、
 来島は恐らく自分よりも重い上戸を投げきった。
「もう一丁!」
 と、沸きに沸いている客席に気を良くした来島が二発目を狙ったところで、
「調子にっ、乗んなぁ!!」
 双方が正面から肩を組んだブレーンバスターの態勢から、
 さっと来島の股に手を通すと、今度は上戸が強烈なボディスラムをお返し。
 そして頭を掴んで起こすとニーリフトを入れてからもう一発、
 ちょうどロープを挟んで内田の前に落とす。
「よいしょっ」
 そのままタッチを受けた内田は、トップロープを軽く飛び越しながらのギロチンドロップを投下。
 ついでにカバーにいってみるが、これは余裕で返された。
(勝ちにいくとすれば、こっちを狙うべきね)
 起き上がった来島の脚を取ってドラゴンスクリューで再び引き倒すと、
 マットに横向きに置いた来島の右膝の上から自分の右膝を押し当て、
 体重をかけつつ足首を掴み膝が本来曲がらない横の方向に曲げようとする。
「あ痛ッ!」
 などと喚いている内は効いていない証拠。
 内田もまさかこんな技で勝てるとは思っていない。
 後に勝負をかける技への布石である。
(とはいえ、あまりじっくりやり過ぎるのも印象悪いかしら?)
 そんなことを考えている内に来島の方がこの展開に痺れを切らし、
 内田を突き飛ばして無理矢理に起き上がった。
 すかさず内田はトーキックを入れると、
 手近のロープに押し込んでから反対側に振るそぶりを見せる。
 しかし相手のペースに巻き込まれたくない来島は、
 これを踏みとどまると逆に内田を振り返した。
 全く内田にしてみれば予想通りの動きである。
「ぐあっ!」
 ロープの反動でついた勢いを使ってすかさず低空のドロップキックを来島の膝へ。
 思わず膝をついた来島の頭を掴んで立たせ、青コーナーに投げつけて上戸にタッチ。
「おらおら、どうした!?」
 コーナーに押し込んだ来島を、
 体重の乗った串刺しエルボーやニーリフトで攻め立てる上戸を見つつ、しばし休憩。
 ただし、一点を集中して攻めよう、という意図は相方には汲んでもらえなかったようである。
「おい、もう決めちまおうぜ!?」
「はいはい」
 とことん気の短い上戸に誘われるまま、内田は一息つく間もなくリングインした。
「ま、派手なとこもアピールしなきゃね」
「そーゆーこと!」
 ここから一気に試合のペースが上がることになる。
 まずは来島を二人掛りでニュートラルコーナーに振ると、
 内田が側転からの串刺しフライングニールキック。
 そしてそのまま脇のロープをくぐってエプロンで待機。
 続いて上戸が「うおりゃぁぁぁ!」と全身でぶつかる串刺しラリアット。
 さしもの来島も思わず衝撃で数歩前に出たところで、
「くらえ、っと」
 エプロンからコーナー横のトップロープに飛び乗った内田が、
 来島の後頭部目掛けてスワンダイブ式ミサイルキック。
 前につんのめる形でダウンした来島へのカバーは2で返されたが、
 流石にこれだけ畳み込めば効いている。
(も一回ぐらい、いっとこうかしら?)
 と来島を引き起こしつつ内田が思ったのは、
 予想外に沸いた会場の歓声に気を良くした部分もやはりあったろうか。
 上戸がレフェリーに捕まってリング外に追いやられている間、
 内田は再び来島をコーナーに振ってフライングニールキック。
 が、今度は受け止められてしまった。
「ちょっ…!?」
 蹴り足と首に手を回して持ち上げられた姿は、
 ちょうど片足を外してお姫様だっこされているように見える。
「おりゃっ!」
 素早く体を入れ替えると、来島はリング中央へ向けて内田を放り投げた。
「恵理っ!」
 そして出番を待ちかねていた祐希子にタッチ。
(っ痛…調子に乗ったかなあ…)
 そんなことを考えつつ立ち上がった内田に向かい、
 今度は祐希子がスワンダイブ式ミサイルキックでリングイン。
 カバーに行かず内田を立たせた祐希子は、
 内田をロープに振って戻ってきたところへフランケンシュタイナー。
 固めてフォールにいく形ではなく後方に投げ捨てられた内田が、
 サードロープをくぐってリング外に滑り落ちたところへ、
「今度こそ、行くよー!!」
 ノータッチのトペ・コンヒーロで祐希子が飛んできた。
 しかも内田に対して綺麗に背を丸めてぶつかることで、
 全く危なげなく両足で着地して見せる。
 その後すぐにリングに戻された内田は、さらにボディスラムで叩きつけられると、
「さっきはよくもやってくれたな!」
 と、タッチを受けた来島が赤コーナートップからのダイビングエルボードロップ。
 これは返したものの、それからしばらくの間はゴールデンコンビに捕まってしまった。
「恵理、決めるわよ!」
「おう!!」
 自分達が先程来島にしたようにニュートラルコーナーへ振られると、
 まずは祐希子の串刺しドロップキック。
 続いて来島が胴体へのショルダータックルで続く。
 しかしここからが違った。
「行くぞ!!」
 ふらふらしている内田を来島が肩車して指示を送る。
 そして祐希子がコーナー横ではなく、コーナー間のロープ中央部分へ飛び乗り、
「行くわよっ!!」
 ダイビングラリアットで内田の頭を刈り取った。
 コーナーからではなく、スワンダイブしてのダブルインパクト。
 来島の肩の上からから逆さまにマットへ落とされた内田に、祐希子がカバーに入る。
『1!2!…ッ!?』
 内田はなんとかギリギリでクリアした。
「おい、しっかりしろっ!!」
 カットに入ろうとしたところを来島に押えられていた上戸が声を張り上げたのが聞こえ、
 ボーっとしていた内田の頭がなんとか回り始める。
(あんまり形振り構ってられないかな…)
 そんなことを考えている間も、当然相手の攻めは止まない。
 内田を起こした祐希子は、何を狙ってかロープからロープへ内田を振った。
(ロープに詰めてキチンシンクか、ラリアット…?)
 自分をロープに振った後、祐希子がそれを追いかけてきている気配を感じた内田は、
 瞬時に頭を働かせる。
 この攻め方を切り返す手はかなり少ない。
 だが、だからこそ相手の意表を衝くこともできる。
「これで、どうっ!?」
 振られた勢いのままセカンドロープに飛び乗った内田は、
 そのままリング内へのムーンサルトの要領で宙返り。
 すると――
「えっ…!?」
 ちょうど背後を追いかけてきていた祐希子の首を、
 宙返りの過程で逆さまになっている内田の右腕が捕えた。
 そのまま着地すると、なんとリバースDDTの体勢が出来上がっている。
 これが咄嗟にできるというのはほとんど神業に近いものがある。
 そのまま倒れることで祐希子の後頭部をマットに叩きつけると、
 今度は正調のDDTの体勢に捕えて祐希子を起き上がらせた。
 しかしすぐには技をかけず、赤コーナーににじり寄ると、
 祐希子の首を抱えたまま飛び上がってコーナーに控えている来島を蹴りつける。
「ヤッ!」
「うおっ!?」
 その反動を利用してリング中央側に方向転換してのスイングDDT。
 これだけ見事に決まれば内田でなくても(どーよ?)と思うに違いない。
 そしてようやく上戸にタッチ。
「よっしゃあああぁぁぁぁ!!」
 と怪気炎を上げる相方を尻目に、内田が休憩しようとしたところ、
「おい、上がれ!」
 親指を上に向け、上戸が指示を出した。


後編へ
[PR]
by right-o | 2008-04-14 21:17 | 書き物