「ハイキック」 伊達遥VS柳生美冬

「ぐ…ぅ……ッ!?」
 美冬のソバットを腹部に喰らい、伊達は思わずその長身を丸めた。
 さらに屈んだ伊達の後頭部目掛け、一度ハイキックの軌道を描いた美冬の脚が突如方向を変えて蹴り下ろされる。
 バシッ、という乾いた音の後、美冬は伊達の動きが止まったのを確認すると、さらに追撃せんとロープに走った。
 が、美冬が背を向けた次の瞬間には伊達はもう頭を上げ、美冬を追いかけるようにして足を踏み出している。
 そして美冬がロープに背中を預けてリングの内側を向いた瞬間、
「ごほッ!!?」
 ロープを背にして力の逃げ場がない中で、追ってきた伊達の膝頭が美冬の体に突き刺さった。
「セッ!」
 思わず両手で腹を押えて前傾した美冬の首を左脇に抱えると、右手でコスチュームの腰の辺りを掴んで一息に持ち上げ、美冬の体をマットに対して頭から垂直に突き刺す。 
 結局この垂直落下式ブレーンバスターが、この試合最初で最後の投げ技になった。
 普通なら試合が決まってもおかしくない一撃だったが、伊達はあえてカバーに行かない。
 美冬の頭を掴んで立たせると首相撲の状態からさらに膝蹴りを腹部に2発。
(「これは………お返しだっ!!」)
 痛みに耐えかねて美冬が膝をついたのを見て、伊達は左に重心を移して右足を引いた。
(「今!」)
 顔面を狙った伊達のローキックが美冬に届くより一瞬早く、美冬は低い姿勢から一気に飛び上がると、右足の甲で伊達の側頭部に襲い掛かる。
『雷神蹴ゥゥゥゥーーー!!!!』
 実況アナウンサーが絶叫する中、美冬必殺の延髄斬りをモロに喰らった伊達は、糸の切れた人形のようにばったりとうつ伏せに倒れた。
 一方で、蹴った美冬の方も痛みと疲労のせいで着地に失敗して背中から落ち、カバーに行く余裕が無い。
 試合開始から10分。
 ようやくプロレスらしい展開を見せ始めた矢先に、二人の試合は膠着を迎えた。


 この試合、伊達と美冬は双方共に引けない。
 団体対抗戦なのである。
 伊達が所属する方の団体が行っているこの興行において、双方が1勝1敗1分で戦績は全くの互角。
 勝負はこの伊達対美冬、両団体で次代のエースと目される者同士の一戦にかかっている。
 加えて両者には因縁があった。
 一月前、美冬の側の団体において対抗戦が行われた時のこと。
 美冬には伊達より格下の相手との試合が組まれていたが、その試合において美冬は、膝立ちの相手の顔面にソバットを叩き込んでKOしてしまったのである。
 美冬にしてみれば「舐めるな」という意思表示だったのだが、もちろんやられた方の団体の選手達は怒った。
 そして大人しい伊達でさえ、普段滅多に感情を表さないその瞳の奥に静かな怒りを燃やしていた。 


 そういうわけで、試合開始直後から両者が共に得意とする強烈な打撃技の応酬が繰り広げられることになった。
 感情剥き出しで殴りあう場合、自然相手の顔を狙うことが多くなり、その様子はリングサイドで見ている両団体の社長などは試合を直視できなかったほど。
 しかし双方がこのままでは埒があかないと思ったのか、次第にプロレス的な動きが混ざり始めたものの、それでもこれまでのところ二人の戦いは全く互角のまま動く様子がない。


「………っく」
「う、う……」
 ダウンから立ち直るのもほぼ同時だった。
 伊達はうつ伏せから膝をついて、美冬は仰向けからなんとか上体を起こして立ち上がろうとすると、ちょうどお互いの視線がぶつかる。
(「その……目が嫌い……!」)
(「もう、許せん……!」) 
 もはや元々の原因などは忘れ、この場においてはただただお互いへの憎しみしか覚えていない。
 両者同時に拳を固く握って立ち上がると、そのまま相手の顔面に叩きつけた。
 二人ともレフェリーの注意などは全く耳に届いていない。
 続いていきなりハイキックが交錯すると、ロー、ミドル、ハイ、膝蹴りとまたまた試合序盤のような乱打戦へ突入した。
 「ハッ!」
 と今度は伊達がソバットを決めると、続けて先程のお返しとばかりに、前傾した美冬の頭を切り落とすかのような踵落しを見舞う。
 対して美冬もこれに耐えると、伊達の意表をついて裏拳をくらわせ、傾いだ頭へさらにハイキックで追い討ちをかける。
 片方が流れが引き寄せると、他方がすぐに引き戻す。
 やはりまだ決着は見えない…と、リングを見守る観客がそう思いかけた時、ついに均衡が破られた。
「グッ……!」
 伊達の右ミドルキックが美冬の脇腹に決まり、美冬の反撃の手が止まったのだ。
(「効いてるの…!?」)
 再三腹部に入れた膝蹴りのダメージが蓄積されていたか、と伊達は感じ、それは半ば本当でもあった。
 しかし実際のところ、これだけ熱の入った打撃戦をこなしていながら、つまり美冬はどこか頭の一点が冷静だった。
 三味線を弾いているのである。
(「ミドルで崩した後に左でハイを狙いにくる、…それがヤツの定石。その左の大振りをかわして、仕留める!」)
 完全に気持ちだけで闘い、もはやほとんど思考をしていない伊達と、この期に及んでまだ冷めた部分を持ち合わせる強かな美冬。
 結局はこの点が勝負を分けた。
「…ヤッ!」
 脇腹を庇って注意が薄れた頭部を狙った伊達の左ハイキックは、大きく空を切った。
 体を沈めることでこれを避けると同時に力を溜めた美冬は、こちら側を向いてガラ空きになっている伊達の後頭部に照準を定める。
(「もらった!」)
 二度目の雷神蹴を狙って飛び上がろうと体を躍動させたところへ―――
「なっ…!?」
 空を切ってマットについた左足を軸に、続けざま放たれた伊達の右後回し蹴りが襲い掛かった。
 それもちょうど踵がこめかみを直撃する形で最悪の一撃をもらい、この時点ですでに美冬の意識は朦朧としている。
 虚を衝かれて何が何かわからないまま、美冬の霞んだ視界には唇を真一文字に結んで自分を睨みつける伊達の顔が映っていた。
 その目は、美冬が今どんな状態にあるかということなど全く意に介していない。
 そもそも伊達の頭には試合中に相手の出方を窺うような余裕も思考も始めから存在しない。
 ただその場その場で純粋に、体の動くままに闘うだけである。
(「く…そ……」)
 最後に、正調の右ハイキックがわずか残った意識ごと美冬の頭を薙ぎ払った。
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by right-o | 2008-03-31 22:07 | 書き物