「ジャーマンスープレックス」 相羽和希VS永原ちづる

「永原先輩は、間違っていると思います!」
 後楽園の休憩明けに組まれた中堅対若手の平凡なシングルマッチは、この相羽の一言によって少し注目されるようになった。
 常日頃からやる気や負けん気は強い相羽だったが、他のレスラーを否定してまで自己主張することは珍しい。
 その原因は、2人が共通して使っている必殺技にある。
 ジャーマンスープレックス。
 恐らく最もメジャーなプロレス技の一つであり、当然使い手も多い。
 それだけに、大概それぞれがジャーマンについて一家言持っていたりする。
「1試合に5回も6回も…。あんな使い方、技が泣いてます!」
 というのが相羽の主張。
 確かに永原は、打撃以外全てジャーマンかというぐらいに多用することがある。
 そんな相羽の言い分についてコメントを求められた永原は、
「ぐだぐだ言わずに、決着はリングでつければいいのよっ!!」
 と一言。
 どちらが強いとか弱いとかいう話じゃないだろう、というツッコミは、あえて入れないのがプロレスファンである。


 ゴングが鳴ってから暫くの間、両者構えて向かい合ったまま相対していた。
 二人とも、特に相羽は試合開始直後から油断無く相手のジャーマンを警戒している。
 そして、やはり永原が動いた。
 相羽の脇をするりと抜けると、経験の差を見せつけてまずは楽々とバックを取る。
 ただ、当然相羽も次に何をされるかはわかっているわけで、両脚を踏ん張り、背後から腰に回った腕を掴んで抵抗しようした。
 が、しかし。
(「あれっ!?」)
 永原が両腕を回してホールドしているのは、相羽の腰ではなく脇のあたりだった。
「やぁッ!!」
 気合と共に放り投げられた相羽は、浅い掴み方をされたせいで余計に回転し、後頭部ではなく顔面から「べちゃっ」という感じでマットに墜落した。
 うつ伏せの相羽を無理矢理ひっくり返しての永原のカバーはカウント2。
「っく…負けるもんか!!」
 相羽は、引き起こしにきた永原の手を跳ね除けてエルボーを連打すると、ロープに飛んでもう一発見舞う。
 永原も一旦はこれに応じると見せて、相羽の大振りを避けると背後に回って今度は正調の投げっぱなしジャーマン。
 その後も事あるごとに永原のジャーマンが決まるが、その都度相羽はなんとか意地でクリアしていく。

 10分が過ぎた頃、漸く相羽の番が回ってきた。
 ジャーマンの体勢で背後に回った永原に肘撃ちを当てると、今度は相羽が素早く永原のバックを取った。
(「くる!?」)
 後に投げられまいと重心を前に置いた永原の意表を突いて、相羽は永原ごと前方のロープに体を預ける。
 その反動で、永原の体をまるで低空のジャーマンを見舞うようにして背後に反り投げるもこれはフェイント。
 いわゆる「ジャパニーズレッグロールクラッチ」という固め技である。
「…っこのぉッ!!」
 レフェリーがカウントを数えようとした時、両肩をついたまま仰向けに「く」の字に曲がっている永原の体を、相羽がマットから強引に引き抜いた。
 そのまま半円の頂上までゆっくり孤を描くと、頂点から一気に加速をつけて永原を後頭部からマットに突き刺す。
 相羽の必殺技、投げる動作に緩急をつけた『スターライトジャーマン』が完璧に決まるも、
「…くッ!!」
 カウント3ギリギリでここは永原も返していく。
 試合前の相羽の発言を考えれば、ここは絶対に一発で負けるわけにはいかなかった。
(「やっぱり相羽、言うだけのことはあるじゃない…!」)
(「永原先輩、次で絶対に仕留める!!」)
 痛む後頭部を抑えつつ立ち上がった永原に対し、相羽は正面から組み付いて急角度のフロントスープレックス。
 さらに続けて捻りを加えたバックドロップを見舞い、着々と自分の思い描く幕引きへの布石を打っていく。
 他の技で入念に頭を揺らしておいて、絶対の自信を持ったジャーマン一発でフィニッシュ。
 それが相羽なりの必殺技の美学だった。

 暫くの間、それまでの鬱憤を晴らすかのような相羽の攻めが続いたが、永原は相羽がロープに振ろうとしたところを逆に振り返すことで、なんとか流れを変えようと試みた。
 しかし、身の軽い相羽は振り返された勢いに逆らわずにそのままセカンドロープに飛び乗ると、その反動を利用してのトペ・レベルサで再び永原に逆襲を図ろうとする。
 こういうあたりは、経験不足と言えるかもしれない。
「しまった!?」
 と、両足が宙に浮いてから後悔しても、もう遅い。
「せえぇぇぇいッ!!」
 永原にしてみれば投げてくださいと言わんばかりの姿勢で飛んできた相羽の体は、ほんの一瞬後には永原の後方で鋭角に折れ曲がっていた。
 隙さえあれば即ジャーマン、それが永原流の美学である。
 そしてさらに、頭上に星が飛んでいる相羽を引き起こすとそのまま有無を言わさずジャーマンへ。
「まだまだ、こんなもんじゃ済まないからね!」
 逆さまになったままでそう宣言すると、相羽の腰に回した腕を放さないまま横回転で立ち上がり、そのままもう一度ジャーマン。
 同じ要領で3発目を放とうとした時、
「ヤッ!」
 相羽は余力を振り絞って自分からマットを蹴ると、背後に投げようとする永原の力を利用して空中で後方に一回転し、永原の背後を取った。
(「まずい!?」)
 危機を感じた永原は、自分がこの試合一度目のジャーマンをかけようとした時に相羽がやったように、思わず腰周りに伸びてくる腕を警戒して脇を締め、両腕をぴたりと胴体につけた。
(「構うもんかッ!!」)
 永原の防御体勢に対して咄嗟にそう判断した相羽は、両腕ごと永原の腰に腕を回すと、
「いっやぁぁぁぁぁぁ!!」
 掛け声と共に一息で永原を投げきった。
 投げ方も尋常ではなく、通常の場合一瞬腰を落として力を入れてから投げるところを、今回の相羽はそういった一切の“ため”を作らず、相手に受身の猶予を与えないまま可能な限り素早く投げるというもの。
 相羽が密かに開発していた、スターライトジャーマンの新しい形であり、投げの動作に緩急がつく以前の形に慣れている相手であれば、まず受身を取ることは不可能だ。
『1!2!…っ!!』
 だが勝負が決まる寸前で、永原はかろうじて肩を浮かせた。
 しかし意識は完全に体の外に出ており、恐らく自分が何をされたのかもはっきりとはわかっていない。
 それでも返すことができたのは、『負けたくない』という無意識の意地と、相羽が相手の両腕を抱き込む慣れない形で投げざるを得なかったことが原因か。
 投げられる前の防御姿勢が一応は役に立ったとも言える。
「クッ………!?」
 相羽としては信じ難いことだったが、返されたからには次の攻め手を考えなければならない。
もはや自力で立てない永原を無理矢理起すと、ブレーンバスターの体勢から右手で永原の左足の膝を前から捕まえ、そのまま持ち上げた後、左の脇に固定した頭から垂直に落としていく。
 落とした後も両腕のクラッチを解かないまま、ちょうど永原がジャーマンでやったのと同じ要領で2発目のフィッシャーマンバスターを喰らわせると、3発目にいくと見せかけておいて今度は持ち上げた姿勢から前方に背中を叩きつけた。
「今度こそ…終わりっ!」
 ジャーマンを乱発する永原を非難した手前、もうジャーマンは使えないし、相羽自身使うつもりもない。
 仰向けに叩きつけられて青息吐息の永原の位置を確認すると、相羽は丁度いい角度と距離を考え、永原に背を向けて手近のコーナーに上り始めた。
(「起きなきゃ…負ける!!」)
 霞む視界で相羽の背中を見ながら、永原はなんとか少しづつ上体を起こし、次に膝をついて立ち上がり始める。
 ムーンサルトを狙う相羽の方も今までの疲労から足に力が入らず、上るのに手間取っていた。
 相羽がふらつく足でどうにかコーナー最上段のトップロープ上に立った時、永原も最後の力でコーナーを駆け上がる。
「えっ…!?」
 背後の殺気に気づいた時には、もう腰に手が回っていた。
 雪崩式のジャーマンスープレックス。
 『まさか…』と固唾をのんで2人の戦いを見ていた観客達は、一瞬声を失った後で地鳴りのような重低音で一斉に足を踏み鳴らした。
『おおおおおおおおおおおぉぉぉぉぉ!!!!?』
 投げた永原は背面から、投げられた相羽は一回転して正面からほぼ同時にマットに激突、バン、というとてもリング上とは思えない音を出し、わずかにマットが波打ったようにさえ見えた。
 自分が投げた方とはいえ暫く体が動かなかった永原は、ややあってから両手をついて身を起し、膝立ちのまま相羽に歩み寄ると、まず自分が立ち上がり、ついで相羽の背中を掴んで後ろ向きに強制起立させる。
(「私の取って置きを見せてあげる!」)
 それが、互いに死力を尽くして闘った相手へ示す敬意だった。
 両腕を相羽の前に回すと、右手で相羽の左手首、左手で相羽の右手首を掴む。
「いくよッ!!」
 相羽の前面で相羽と自分の腕を交差させた姿勢のまま放つ、ジャーマン。
『1!2!…3!』
 これにより、休憩明けながら25分に及んだ死闘についに幕が下ろされた。


 試合後、2人は互いの健闘を称え合い、それぞれの必殺技への拘りを理解しあった。
 ファンにとっても、対決を煽ったマスコミにとっても、そして実際に試合をした2人にとっても、「結局、どちらの言い分が正しかったのか」などという疑問は、既にどうでもよくなっている。
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by right-o | 2008-03-23 23:38 | 書き物